毎朝、日課のように鏡の前に立つ。
そこでじっと数秒間、鏡に映る自分の姿だけを見つめる。
映っているのは、いつも通りの私・・・・・・
といえば問題ないように聞こえるけれど、
私にとっては大問題だ。
なんせ、いま私は必死に笑顔を作ろうとしているのだから。
けれども、そこにあるのは『無表情』という顔をした素のままの私だ。
別に『仏頂面』というわけではない。
本当にただの無表情。
顔から感情を読み取ることができないニュートラルの状態。
『目は口ほどに物を言う』というが、
自分自身でさえ鏡に映るその顔から
何を考えているのか伺うことなんてできない。
「はぁ・・・・・・」
毎日、こんなことを繰り返してはため息をつく。
しかし、その時でさえ『落胆』という表情も作れやしない。
これまで戦いを通して、いろいろな人の感情を・・・
表情を学んできたというのに私単体ではそれを表現することも叶わない。
周囲に浮かぶ面を見つめる。
ふと、無意識のうちにそのうちの一つ・・・・・・姥の面に手が伸びる。
けれど、それを必死にこらえる・・・・・・こらえたい。。
感情を表したいのなら彼らを被れば手っ取り早いことはわかっている。
嬉しければ女の面を。
ムカついたのなら般若の面を。
そして悲しければ・・・・・・。
それぞれの感情にあった仮面をかぶってしまえばいい。
そして、それが『普通』であることが面霊気たる私らしさだとも思ってはいる。
けれども、幻想郷で出会った巫女や魔法使い、人間や妖怪。
彼女たちの姿を見て、素のままの自分でにぎやかに騒ぐ、その光景にあこがれた。
私もあの輪の中に入りたいと。
けれど、その想像の中で一人だけが浮いていた。
みんなが笑顔の中、仮面をかぶった私だけが。
「ああ、もう・・・・・・ていっ!」
自分の頬に指を当て、無理やりに口角を上にあげる。
あの中に混じるのなら面を使わないで、素の私で笑い合いたい。
* * * * *
カリソメ(仮素面)
* * * * *
とある人里での出来事だ。
一人の女の子がある店の前に立っている姿が目に入った。
彼女は無表情にただ店先に並んでいる商品を見つめていた。
彼女が何を考え、視線の先のものを見つめているのかわからず、
すぐ近くにいた店員もおたおたと話しかけるかどうかを悩んでいるようだった。
そんな光景が数分にわたって続いた後、動きを見せたのはじっと商品を見つめていた彼女だった。
「すみません」
「は、はぃ!?」
彼女の声かけが突然で驚いたのか、店員の声が面白い風に裏返っていた。
「こちらとこちらのものをいただけますか?」
「はい、少々お待ちください・・・・・・はい、どうぞ・・・・・・」
彼女が指さしたものを店員が袋に詰め、あわただしく彼女に手渡す。
まるで、彼女と少しでも関わり合いを持ちたくないかのように。
「ありしゃしたー・・・・・・ふぅ、やっとか」
彼女が店を立ち去った時にぼそり、と店員が呟いた。
それはおそらく誰にも聞かせるつもりもない一言のはずだったのだろうが、
立ち去る彼女の耳に、その言葉は届いてしまった。
つぶやいた後で、相手が『人間離れ』していることを思い出し、
「やべっ」と店員が焦った顔をした。
だが、彼女は全く表情を変えずただ歩き去る。
まるで、本当に聞こえなかったかのように、そそくさと。
彼女の姿が見えなくなって、ほっと店員は胸をなでおろしていた。
よかった。聞こえてなかったのか、と。
けれど、その反面で、実は聞かれていたらどうしようとも、ただの人間である彼は思っていた。
その心配はストレスに変わり、いらだった一言に変わった。
「ちっ・・・・・・無表情って、なんだよなぁ・・・・・・何考えてるんだか・・・・・・」
店員としては褒められない態度。
けれど、だれに聞かれても構わない。
今度のはそういうつもりで、その言葉を発していた。
どうせみんな同じようなこと思っているんだろう、とたかをくくって。
「能面の付喪神だか知らんけど・・・・・・無表情なんて残念な顔だよなぁ」
『お前の顔の方が残念だろ・・・・・・』
「なんだと! だれだ!・・・・・・って、え?」
自分のことを悪く言ったやつに一言言おうと、顔を向けるが、近くには誰もいなかった。
確かに囁くような声が聞こえたはずだが、見える範囲にいるもので、
そんな風に声をかけれそうなものはいない。
「あれ?・・・・・・気のせいだった・・・・・・のか?・・・・・・うっ」
急に気持ち悪い気分でいっぱいになり、男は急いで店の中に駆け込んでいった。
* * * * *
その様子を少し離れたところから眺めていた。
一軒、家を挟んだ程度の距離から事の始末を見ていたが、
男の言動にいら立ち思わず能力を使ってしまった。
だが、幸いなことに相手は、俺が『思考を送り込んだ』とは気が付かなかったようだ。
「おい、そんな使い方していいのか?」
自分の隣で同じように、その様子を見ていた女性が自分に問いかける。
「女の子にあんな言葉吐いたんだ。胸糞悪い気持ちを『相手に読ませる』くらい構わないだろ?」
女の子は大切にするものだろ? と悪びれもなく返答する。
「まったく、自業自得だとは思うが・・・・・・直接殴りに行かないあたり、たちの悪い平和主義者だよお前は」
そんな俺の様子に髪をひと房だけ染めた女性はあきれ顔になった。
「で、どうするんだ・・・・・・あっちは追いかけるのか?」
「当然だな・・・・・・悲しんでる女性を放っておけないぜ、俺ってやつは!」
「うわ~、かっこいいこと言ってるけど・・・・・・なんか犯罪くせぇな」
「なんでや!」
* * * * *
『無表情なんて残念な顔だよなぁ』
さっきまで相手をしていた店員の一言が脳内で何度も再生される。
彼の言葉は最後までしっかりと聞こえていた。
こういう常人離れした部分が少し恨めしく思う。
もしも自分が普通の人間だったら、そんな言葉も聞こえなかったのに、と。
「あ、けど普通の人間だったら、まずそんなこと言われないか・・・・・・」
もしも自分が普通の人間だったら、そもそもそんな言葉をいわれるはずがなかった。
「ははははは」
無理に声に出して笑ってみるが、表情が動いていないことが自分でもわかる。
『まったく、厄介だなぁ『私』というのも・・・・・・』
笑えるのに笑えないという自分自身を、心の中で盛大に自嘲する。
「ああ、なぜだろうな・・・・・・涙は流れるというのに」
知らず内にぽたぽたと、涙が目からあふれていた。
『同じように、なぜ笑えないかな・・・・・・』
それは『涙』というのが『表情ではないから』ということは自分自身で理解している。
今も私は泣いてはいるが、きっと悲しい顔はしていない。
「やぁ、どうかしたかい? こころちゃん」
そんな私に声をかける人がいた。
「そんな悲しい顔をされると、おにぃさん困っちゃうぜい!」
偉く陽気そうな雰囲気を漂わせた人物だった。
見覚えはないはずだが、誰だろう。
「おっと、俺が誰だかわからないって顔してるな!俺の名前は・・・・・・なんて言えばいいんだ・・・・・・俺!」
『うぉぉぉぉおおおおお、しまったー! なのれるなまえがねぇぇぇぇえええええ』と一人で絶叫する男。
その様子に驚き、思わず走り去ろうかと反射で体が動きそうになるが・・・・・・
「黙れ! お前がビビらせてどうする!」との一声とともに、叫んでいた男はゴロンと地面に転がされた。
見てみれば男の背後から、容赦ないけりをくらわせていた女性がいた。
「悪いな。コイツも悪いやつじゃないんだが、どうにもノリで突拍子もないことをする性質なんだ」
「は、はぁ・・・・・・」
要領は全く得られないが、どうやら彼女は彼の連れらしい。
今も彼を立たせようと・・・・・・容赦なく脇腹に蹴りを入れていた。
「正邪ちゃん・・・・・・せめて立たせたいなら、手でお願いします」
「やなこった。あくまであんたとは敵対関係なんだ。手は貸さんよ」
正邪・・・・・・いま、ペロッと舌を出し笑っている彼女のことのようだ。
「名乗り遅れたね。私は鬼人正邪。あまのじゃくだ。で、こっちが『名無し』。
便宜的に呼べば、地底にいる古明地の兄貴だよ。それならあんたもわかるだろう?」
古明地といえば・・・・・・あの地霊殿のさとり妖怪のことだろう。
彼女に兄がいたとは初耳だった。それに『ななし』とはどういうことだろう。
「どうも! 『名無し』こと、古明地さとりの兄です! 訳あって名前をはく奪されてね。
まぁ、しょうがないからさとりの兄とか呼んでくれ。
もしくは愛称でもいいぜ? 女の子にだったら歓迎だ!」
彼はハイテンションにまくしたてるようにマシンガントークを始めるが、全くそれについていけない。
彼との間の温度差に戸惑うばかりだ。
「は、はぁ・・・・・・あの、それでその古明地さんのお兄さんが何用でしょうか?」
そういえば・・・・・・気が付けば先ほどまで流れていた涙がすっかり止まっていた。
「うん・・・・・・良い顔になった。よかったよかった!」
いい・・・・・・顔?
「うむ、俺の目的がなにかといわれたら・・・・・・あなたに笑顔を持ってきた、ってとこかね?」
彼がさっきの涙のことを指していることに気が付いて、急に恥ずかしくなった。
とっさにすぐそばにいた面で顔を隠す。
見られたという事実は変わらないが、少しだけましになった気がした。
やはり、仮面をかぶると落ち着いてしまう。
直したいのに、どうしようもない自分の部分だった。
「いい顔なんて私にできませんよ・・・・・・私は『無表情』ですから」
その言葉に彼は少し考えたかと思うと、
「無表情でもいいやん? それが君の素顔なら、それは素敵な顔じゃん?」
ひどく軽い言葉だった。
まるでどうとでもないというような一言。
それは彼の本心からこぼれた、何気ない素の言葉だからなんだろうが・・・・・・
その一言が私には大きな言葉に思えた。
「え、え?どうし・・・・どうしてまた泣くん!?」
彼は私の前でおたおたとせわしなく動く。
その焦りの一言で、自分がまた涙を流していることに気が付いた。
仮面からこぼれるほどの大泣きだ。
「ああ、大丈夫です。これは・・・うれしいんですよ」
ずっと仮面をかぶっていた自分が自信を持てなかったそれを。
表情を作れなかった自分を。
そのままでいいよ。といわれたかったのかもしれない。
「えっ? えっ!? 俺何かしたか!?」
ひどくうろたえる彼の様子に思わず笑い声が出そうになる。
ああ、この人は・・・・・・自分のしていることの大きさをわかってないんだなぁ。
「あなたに『笑顔』をもらえました。ありがとうございます」
「お、おぉう・・・・・・それなら・・・いいんだけど・・・・・・」
明らかに泣いたままの私に『ありがとう』といわれて、
彼はどうしたものかと視線を巡らせる。
ああ、もう、ここは空気読んで去ってくれてもいいのに。
「もう、帰っていただいて大丈夫ですよ。『私はもう大丈夫』ですから!」
「その・・・そういわれたら帰るしかないんだが・・・そうもいかないというか・・・・・・」
ああ、もうこの人はいい人過ぎるようだ。
私が泣き止むまでここにいるつもりだろうか。
「その、もう少しここにいちゃいけないかなぁって・・・・・・って、うおぉおお!?」
げしっっという音とともに、彼はまた地面に転がった。
「おい、帰るぞ!」
そういうと、正邪さんは彼の後ろ襟をつかみ、引きずるようにその場を後にする。
「ちょ・・・・・・・まって、せめてたたせ・・・・・・」
「うっさい鈍感! 黙れ! 迷惑だろ」
「いや、だから、せめて歩くから、自分で歩くから、まって・・・・・・・こころちゃんまたな~!」
結局、彼らはそのまま去って行った。
最後はしまらなかったが・・・・・・もしかしたらそれが『彼らしさ』なのかもしれない。
* * * * *
鏡の前に立つ。
いつもの日課のように。
けれど、いつもとは違うように。
笑顔の練習はやめた。
練習で作った笑顔なんてものは、ただの仮面だということをある人が教えてくれたから。
みんなの輪に入りたいのなら素のままの自分で良い。
素のままの自分がいい。
そう自分でも思っていたのに。
いつの間にか私はまた仮面をかぶろうとしていたらしい。
たとえ表情が作れなくても、きっとあの巫女や魔法使い、人間や妖怪。
幻想郷で出会った彼女たちはどうとも思わないだろう。
私たちにはそれ以上に語れるものがあった。
本気で本音をぶつけ合う『弾幕ごっこ』という遊びが。
「よしっ、いくぞー!」
鏡の中の自分と一緒に気合を入れる。
その時一瞬だけ、鏡の中の自分が『にこり』と笑っていた気がした。
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。
そして、あとがきの場ですが、朗読してくださった某生放送主の方に感謝を。
毎月毎月、自分の小説を朗読していただけるなんてとても申し訳ないです。
今回はこころちゃんということだったんですが・・・
正直に申し上げると、自分こころちゃんと原作で一度もあってません。
(ほんと申し訳ない)
だから、こころの日として書き始めるのにちょっと抵抗感ありました。
でもまぁ、自分の小説・・・いつもいつもオリジナル設定ですし・・・・・
見返せば、さとりも、妖夢も原作設定ほとんど踏まえてないっすよね・・・・・・
良いのか自分!!
とここで叱咤しておきます。
原作もちょっとずつやっていきたいなぁ。
そして小説ももっとうまく書けたらなぁ、と毎回のように思っています。
この月例企画が一年(12回)終わった頃には少しでも成長していたらいいなあ。