ロット王は愛妻家   作:藤猫

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ランスロットの語り的なものです。


湖の騎士はかく語りき

 

サー・ランスロット、あなたは素晴らしい騎士だ。

 

そんな感嘆をよく聞いた。

それにランスロットは淡く微笑んで礼を言った。賞賛に、礼を言った。

そんな賞賛はよくあって、聞き馴染んだばかりのことだ。

そんな言葉の中に、混ざる言葉があった。

 

そのように武勇に優れ、礼節も守るほどに勤勉であると言うことは相当の苦労をされたのでしょう。

 

それに対して、ランスロットはずっと不思議だった。

それをランスロットはあまり苦労だとは思っていなかった。

 

そうあれと願われたから、そうある。

ランスロットにとって、それ以上でもそれ以下でも無かったものだから。

 

 

 

ランスロットの最初の記憶はとても、とても、美しい女の姿から始まる。

 

それは、ランスロットの養母である貴婦人だった。貴婦人などと言っても人ではない、妖精であった彼女は、ランスロットに優しかったのだと思う。

 

彼女はランスロットに多くのことを教えた。

それは例えば武術であるだとか、知識だとか、礼節だとか、そんなことを。

ランスロットはきっと、養母は己のことを立派に育ててくれようとしていたのだと思う。人として、当たり前の道徳だとか、正しさだとかをランスロットに教えてくれようとしていた。

 

君主に対して忠実でありなさい。

はい。

礼節を重んじ、名誉を守りなさい。

はい。

レディを守るものでありなさい。

はい。

強いものでありなさい。

 

彼女の言うことはどこまでも正しい。それにランスロットは、はいと頷いて、それを忠実にこなして見せた。

幸いなことにランスロットにはそれが出来るだけの能力があった。だから、それをこなし続けた。

けれど、ランスロットは礼儀を覚え、武勇を鍛え、彼は貴婦人の願うとおりの正しい騎士になった。

けれど、ランスロットはずっと思っていた。

 

養母の元を離れて、武者修行の旅に出た。

そこで多くの人を見た。

悪辣なるものがいれば、善き人もいた。

善き者を助け、悪辣を除けた。

 

悪辣なものは言った。

今に見ていろと。

善き者は言った。

あなたほどに強く、優しい人などいないでしょう!

 

きっと、充実している。なすことをなせている。ランスロットはその旅を続ける。

正しいから正しい。

 

これで大丈夫。このままでいい。教えられたことを全うできている。

 

・・・・・本当に?

 

 

ランスロットは、どこか、何かを探すように旅を続けた。

騎士として生きるのならば、仕えるべき存在がいるはずで。ランスロットはそれを求めて旅を続けた。

きっと、いるはずだ。

自分に仕えるべき、なすべきことがどこかに。

 

そこでランスロットは見つけた。

アーサー・ペンドラゴンという星に。

 

その輝かしさが、その、まばゆさ!!

ああ、見事に、ランスロットは、その輝かしい光にすっかりと目を焼かれてしまった。

 

この人に会いたかったのだ!

この正しく、清廉で、強き王に会うために自分は、きっと、ここまで来たのだと。

そう、思っていた。

 

 

 

「・・・・君が、ランスロットかい?」

 

それは、アーサーの元に身を寄せてからすぐのことだ。

自分にとって先輩、といえるのだろうか。

そんな存在が自分を迎えた。

 

声がした。声が、した。

金の髪に、青い瞳。黄昏の色を持つ自分とはまったく違う、大らかで、暖かくて、太陽のように優しい匂いのする人。

 

「ほら、こちらに来てください。」

 

自分を呼ぶ声がした。

そうだ、その時、きっと自分は。人の愛とは、こんな男のことを言うのだと、信じたのだ。

 

彼の愛を知っている。彼は少しだけ年下の自分に時折兄ぶることがあった。まるで、年上染みた態度を取るときがあった。

ランスロットの完璧さに遠巻きにみるものたちと違い、彼は当たり前のような愛をくれた。

それは友人に向けるだけのもので、それは彼にとってささやかなもので。そのくせ、そこにはひとつまみだけ弟へ向けるような慈しみがあって。

きっと、これが人の愛なのだ。人が人に向ける、当たり前のような愛なのだ。

心地が良くて、嬉しくて。

ランスロットはきっと、その時、誰よりも、何よりも、ガウェインの事が好きだった。

自分に兄がいれば、いや。

 

(父とは、きっと、こんなものなのだろうか。)

 

恥ずかしい話だとわかっている。年がそう変わらない男に向けるにはあまりにも不釣り合いな感情だった。

 

だから、ランスロットは初めて会ったガウェインに、城を案内してくれた男を見つめて言った。

 

「あなたのような騎士になりたいです。」

 

思わず漏れ出た言葉に、ガウェインは驚いた顔をしたけれど、すぐに破顔してランスロットの頭を乱雑に撫でた。

 

「そうか、それは嬉しいことを言ってくれる。」

 

その笑みは本当に屈託がなくて。

いいなあと。

漠然とそんなことを思った。

 

 

ランスロットはアーサー王に出会うために、仕えるために自分は騎士になったと思った。けれど、それと同時にこうも思った。

こんな人になるために、自分はここまでやってきたのだと。

 

当たり前のように誰かを守って、当たり前のように誰かを愛し、少しだけ抜けていて、優しくて、妻を愛し、子を慈しみ、生きている人。

 

だから、ランスロットはガウェインのまねをした。

まねをするのは得意だ。模倣こそが人の本質だ。彼のような人になりたかったから。

だから、ランスロットは、ガウェインを見ていた。

 

けれど、ガウェインの視線の先にはいつだって、彼の愛するきょうだいがいた。

 

それをようやく自覚したのは、彼はアグラヴェインやガへリスと接しているのを見たとき。

本当の家族へ向けるそれを見たとき、ランスロットは身勝手に落胆した。

そうだ、結局、自分と彼は友人で、彼の一番では無いのだと。

 

それに失望することも、絶望することも無かった。それは当たり前の話で、自分が勝手に彼に対して憧れていただけの話だ。

それからずっと、愛に憧れた。少しだけ抱いた、それに焦がれた。たくさんの人が自分を褒め称え、そうして認めてくれた。

 

誰かに願われたことを遂行するのは得意でした。

 

王の期待に応えることも、誇りに思っていた。

それでも、誰も、ガウェインのような、当たり前の、取るに足らないような暖かな感情を向けてくれなかった。

熱狂があった、ある意味で心酔があった。けれど、それは、どれもランスロットの憧れたものではなかった。

完璧な騎士、最強の存在。

それに下心だけでは無かった、心のそこからの何かがあった。けれど、どれもがきっと、あの日向けられた、取るに足らないような己を呼ぶ声以上のものだと思えなかった。

 

 

それでもよかった。それで、きっと、よかった。

彼と自分は違うもので、少しだけ年が上だとしても、そんな感情を抱くなんておかしな話しだ。

だって、ランスロットは優れた騎士で、憧れで、正しくて。

だから、そんな、同胞に向ける子どものような憧れと甘えなんて、きっと、正しくなかったのだ。

ああ、なんてことを思ったのだろうか。

もう、自分は子供ではないのなら、それは正しくない。

 

正しいものでありなさい。

 

養母の声がこだまする。

 

だから、それを胸にしまって忘れることにした。

言うべきで無いことがあることぐらいはわかっていた。

 

ランスロットは完璧な騎士だった。

そう望まれて、そう願われたものだから。そのままでよかった。

 

 

けれど、けれど、だ。

だから、きっと、ランスロットはその人に恋をしてしまったのだろう。

憧れた人に選んでもらえなかった、伸ばした手は最初から届かない。

 

王妃、グィネヴィア。

その人の嘆きを見た時、ランスロットは、その人に笑って欲しいと思ってしまった。

それが、きっと、全ての終わりの始まりだった。

 

ランスロットとグィネヴィアは違う。

ランスロットのガウェインの後ろ姿を追ってしまう感情と、グィネヴィアのアーサー王のことを見つめる感情は違う。

けれど、ランスロットには少しだけわかるのだ。

手を伸ばしても届かないこともむなしさが。

だから、ランスロットはグィネヴィアに微笑んだ。

たわいもない話をして、彼女の心が慰められるのが嬉しかった。

 

いつからだろうか。

考える。

いつから、彼女のことを、愛してしまったのだろうか。

 

いつかなんて覚えていないけれど。

彼女だけは愚かなランスロットを知っていてくれた。その愚かさを愛してくれた。

幸せになって欲しかった。

取るに足らないことだったかもしれない。でも、ただ、伸ばした手が取られなかったこと。

それが悲しかった。それが、寂しかった。

それが仕方が無いことで、彼らは自分の運命ではきっと無くて。

よくあることだったのかもしれない。

 

よくあること?

本当に?

目の前で笑う美しい人、優しい人、賢しい人。

周りを見た。

 

王の子を産めぬ石女、そう彼女を罵倒する。

グィネヴィアはそれを仕方が無いのだという。仕方が無くて、そうして、泣いた。

 

私の罪は、何なのでしょうか?

 

その声にランスロットは周りを見た。

一人の女が泣いている、一人の女が苦しんで、のたうち回っている。

それを助ける騎士は、おらず。

 

もしも、そこに、ランスロットというそれの物語を語る、人でなしの語り部がいたのならば。

それは、仮面のように微笑んでいったことだろう。

 

そうだ、そうして、お姫様はその涙と愛で、一人の男にかけられた呪いをといたわけだ。

なあ、君。

人でなしに育てられた人間は、果たして、真の意味で人であると言えるのか。

…かくて、人でなしは美しい生き物を生み出した。真っ当で朗らかで、正しくて強い生き物、に見えるだけの生き物を。

そんなことは可能か?

ああ、人は清廉で、正しくあれる。己のためにあるという大前提を、自分は他人のためにあるという前提にすり替えれば。

エゴが育たぬままに生きた人はまさしく無垢なる、正しい生き物だろうね。

よくある話だろう?

 

 

 

ランスロットというそれは確かに人間だった。

けれど、彼を育てたのはどうしようもない人でなしだった。

教えられたのは善だった、定義づけられたのは清廉さだった、施されたのは祝福だった。

 

人が好きです、騎士として誇りを持っています、誠実でありたいと思っています。

 

本当に?

 

本当は、本当は、ランスロットというそれはそんなことなど知らなかった。

教えられた善性も、誠実さも、祝福も、愛も。

結局の話、それは、人でなしが持つだけの、知識であり、知恵だった。

慈しまれていたのだ、大切にされていたのだ。

けれど、ランスロットはどこか、理解していなかった。それがとっても素敵なものであるとわかっていたのに。

わかっていたのに、それに触れたことがそれにはない。

騎士としてなぞった物語のような正しさを人は肯定し、それこそがランスロットであるとたたえた。

が、ただの一人として、ただの、遠い昔に親から引き離された人の子供がどこにいるのかなんて誰も知らなかった。

だからランスロットにはわからない。人としての己の、本当の意味でのエゴなんて彼はずっと知ってさえいなかった。

 

 

ランスロットは愛されていた。

 

ランスロットという騎士はどこまでも愛され、信頼され、讃えられていた。

まるでお伽話のように。

ランスロットは騎士だった。それで物語の最高の主人公であれただろう。芽生えた自我の上に上塗りされたそれを突き破るほどまで男のエゴが育つことなどなければ、きっと。

 

 

女が泣いている。

どうして?

 

誰よりも慕った王は王妃を妻とすれど、どこか役割を演じるように空虚で。

信頼する同胞は女の悲哀を知れど、目を逸らしたまま。

わかっている。

どうしようもないことは、わかっていた。

 

けれど、女が泣いている。なんの罪もない女が泣いている。

間違っている、間違っている、間違っている。

あの日、人でなしの教えた正しさはランスロットに喚き続ける。

 

それは、間違っているから。

 

女への哀れみ(芽生えたてのエゴ)は正しく騎士道(建前)を男に掻き立てさせた。

 

 

笑ってくれればいい。

思いが成就せずとも、真の意味で結ばれることがなくても。それでよかった。

ただ、泣いている女が、孤独で寂しい思いをしなければそれでよかった。

 

あの日、一人の男にその秘密を剥ぎ取られることがなければ、ランスロットはそのまま女の側にいることだけで満足していただろう。

 

 

罰を受けるのは仕方がない。

ランスロットはそれに、納得していた。裏切ったのは自分だから。

ランスロットはグィネヴィアが殺されることはないと確信していた。立場上そんなことができないとわかっていた。

だから、せめて、自分だけは罰を。

 

それは正しい、それは当然だ。

 

けれど、ランスロットには罰が訪れることはなかった。

 

代わりにグィネヴィアにだけ、罰が下った。

 

何故だ?

自分に罰がないのなら、グィネヴィアもそうだった。

グィネヴィアが罰せられるのならそれは自分まであるはずだ。

 

アーサー王の1番の後ろ盾であるグィネヴィアを殺すのか?

ランスロットのフランスからの伝手があるが故に貞操を汚したランスロットは許されるのか?

 

ランスロットはずっと正しい騎士だった。

そう育てられ、そんな生き方しか知らなかった。

皆がそれを肯定し、自我を覆い尽くした他己的なそれは、ランスロットの矛盾を徹底的に壊した。

 

だから、ランスロットは狂ったのだ

 

己の行いを振り返る。

殺して、殺して、殺して。

 

誰かのための生き物は、心に蓄えられた贅肉で徹底的に醜く、狂ってしまった。

愛したものを裏切り、憧れの憧れたる所以だった太陽の騎士の愛を悉く潰した。

 

最後の最期に彼は言った。

何故だと、理由を問うた。

惨劇の理由、裏切りの末路。

 

何を言い訳などできるでしょうか。

私はあの日狂ってしまっていた。初めてのエゴに、私は剥き出しの心を暴走させた。

 

‥だから、私は少しだけ嬉しかった。彼が私を殺しにきてくれたこと。

私にもたらされた最後の(慈悲)

 

きっと、あの人のようになれるのだと。

そんな世迷言のような願いのためにわたしは全てを壊してしまった。

 

本当に、願いが叶うのならば、一つだけ謝りたい。多くのことへの許しを乞う資格を私は失ってしまったから。けれど、一つだけは謝りたい。

 

ガウェイン卿に、あなたのようになりたいとそう願ったことを果たせなかったこと。

それだけは彼に謝りたい。

 

 

 

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