もしも虚圏にGOD EATERのシオがいたら、という自己満足のやつです。

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白い少女

 

 

 夜空を照らす淡い月光。

 

 地平まで続く砂の丘。

 

 月からわずかに降り注ぐ、さして明るくはないその月明かりが大地を薄く照らし、また照り返す。

 

 決して陽が昇ることのないこの地は、常に夜の帳が下りている。

 周囲一帯が見渡す限りの白い砂で覆われ、一滴の雫さえない砂漠地帯。静寂に包まれたこの世界は幻想的でありながらもどこか寂しく、肌を刺すような孤独感に苛まれる。

 

 人の気配が感じられないそのような場所に、ひとりの少女が佇んでいた。

 短く揃えられた白髪と琥珀色の瞳。病的なまでに色素が抜け落ちた青白い肌は、ヒトならざる者であることを連想させる。事実、彼女はヒトではないのだろう。その身には襤褸(ぼろ)を纏っているだけなのだが、立ち振る舞いは夜の砂漠特有の寒さを微塵も感じさせない軽やかなものだった。

 何かを探すような、辺りをきょろきょろと見回す仕草は、可憐な外見と相まって微笑ましい。見た目から連想する年齢相応の好奇心を隠そうともせずに、興味の引かれる物やモノへと駆け寄っては手に取ったり口に入れたりしている。

 

 好奇心の赴くまま、白い砂を踏みしめて無邪気に走り回る少女。

 しかし時間が経つにつれて、その足取りはだんだんと遅くなっていく。食料も水もない状態で砂漠地帯を横断しているのだから当然のことだろう。徒歩で進んでいるのならばなおのこと。

 空腹感からか、疲労感からか。駆け回ることを止めのんびりと歩いていた少女だったが、やがて乱雑に生える石英のような枯れ木の傍で立ち止まり、おもむろに木の幹に手をついた。

 

「オナカ、スイタ……な」

 

 鈴を転がすような声。

 思わずこぼしてしまったのだろう透明な声は、誰に聞こえることもなく空を覆う宵闇に呑まれた。物欲しそうに周囲へ視線を遣るも、彼女以外に動くものはおらず、月の光が焦燥感を煽る。

 大型の獣どころか小型の動物さえ見当たらないのでは、この胸にある喪失感──飢餓を紛らわすこともできない。

 

 先程とは打って変わって、のんびりとした足取りで腹の足しになりそうな動物を探し始める。その顔は、まるでピクニックにでも行くかのように上機嫌だったものが、今では好物を取り上げられた子供のように項垂れていた。

 

「うー……」

 

 少女は胸の蟠りをため息と共に吐き出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「イタダキマス!」

 

 ようやく見つけた動物を前に、満面の笑みを浮かべる。

 声を発すると同時に右腕を片刃の大剣に変化させ、瞬時に間合いを詰めつつすれ違いざまに一閃。その速さに、標的となった獲物は狙われたことさえも気づかなかっただろう。僅かに漏れた呻き声を最期に、その動物は事切れた。

 

 腕を元の形状に戻しながら、地に伏した食事へそっと近づく。

 獲物を仕留めたことを確認すると、顔をゆっくり近づけてそれを頬張り始めた。

 本能の赴くまま、空腹を満たす為だけにただひたすら食事を貪り、無心で腹に流し込む。地に手足をつけて顔を埋めるその姿は、血に飢えた猛獣を連想するほどに理性を感じさせない有様だ。

 普段は可憐な少女という言葉通りの立ち振る舞いを見せているが、この時だけはその外見を捨て去り、()()()()()()とその咀嚼音を辺りに響かせた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 しばらくの間、砂漠をそぞろに歩いて行く。

 ある程度腹は満たせたのだろう。その足取りは、以前のような軽やかなものに戻っていた。

 

「〜♪」

 

 ……否、どこで聞いたのか鼻歌混じりに歩を進めている様子を見るに、心做しか先程よりも上機嫌なようだ。

 少女は足音を楽しむように耳を澄ませる。

 ざくざくと、砂を踏みしめる音だけが空虚に響き渡った。

 

 広大な砂漠をあてもなく歩き続ける。

 虚を見つければ、本能のままにそれを食らう。

 食事を終えると、またも砂漠を彷徨い歩く。

 

 失った心を補うように。

 喪失感を埋めるように。

 やがていつか、胸の“孔”が満たされると願って。

 

「……ん?」

 

 静寂を破る振動音。

 遠くから聞こえてきたそれは、徐々にこちらへと近づいているようだ。揺れが肌で感じ取れるほど大きくなり、足元の砂が盛り上がる。

 

 瞬間、轟音と共に砂丘が爆ぜた。

 

 砂煙が舞う中現れたのは、小さな山ほどもある巨大な何か。

 それは頭から黒い布を被っており、顔には鼻の尖った骸骨のような仮面をつけている。見た目通りの緩慢な動きで砂漠を見下ろすその姿は、言いようのない不気味な雰囲気を纏っていた。

 

 大虚(メノスグランデ)

 

 (ホロウ)と呼ばれる悪しき霊体の中でも、数多の虚が互いを喰らい続けた結果生まれたとされる存在だ。

 

「オマエ、でっかいなー」

 

 前方に現れた巨体を見上げながら、思わず呟く。だが、明確な自我を持たない大虚がそれに答えることはなかった。

 しかし、投げられた言葉で少女の姿を見つけたのだろう。自らの霊圧を急速に高めながら、口元に赤い光を集め始める。

 

 それこそが、大虚が用いる破壊の閃光、虚閃(セロ)

 虚退治を主な業務とする死神でさえ、並の力量の者なら跡形もなく消し飛んでしまうほどの力の奔流。

 

「んん?」

 

 少女は小首を傾げ、その様子をじっと見つめる。

 危機感などは微塵も抱いていないのか、純粋なまでに興味を向け続ける。

 

 やがて赤い光は球状に束ねられると、勢いよく弾けた。

 

 赤い閃光が空を裂く。

 眩いほどの光によって、少女の姿は瞬く間に覆い隠された。

 

 虚閃の余波で、辺りの砂が夜空へ巻き上げられていく。

 閃光はその勢いのまま地面に着弾すると思われた。しかし突如として現れたのは、光を受け止める無数の触手。

 花弁のごとく四方へ伸ばされたそれは、蛸が獲物を絡めとるように()()()()と閃光を包み込む。次々と生えては光を覆い尽くす触手によって、撃ち出された虚閃は白い蕾と化した。

 

 砂漠に響いていた騒音が落ち着くと、蕾は大虚と同じ大きさにまで膨らんでいた。目の前で何が起きたのか理解出来ないのか、呆然とそれを見つめる大虚。

 すると、蕾は何かを飲み干す音と同時に勢いよく圧縮された。

 

「んぐっ、んぐっ」

 

 現れたのは、虚閃に消し飛ばされたはずの白き少女。目の前にいる大虚など意に介さず、豪快に触手を飲み干していく。

 そうして拳大にまで縮んだ蕾を、少女はあんぐりと口を大きく開いて飲み込んだ。

 

「んー。これ、あんまりうまくないなー」

 

 味が好みではなかったのか、口を尖らせながら不満を漏らす。そしてそのまま正面に視線を投げた。

 

「──おまえはうまいのか?」

 

 ぞくり、と。

 

 思考などないはずの大虚が、その巨体を震わせた。本能的に恐怖を覚えたのだろう。その場から一歩後ずさる。

 

「イタダキマス、だな!」

 

 少女の食事が始まった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 大虚だったものは、骨も残らず食い尽くされた。

 気抜けした少女の足元には血溜まりが広がる。身体が血に染まることを厭わずその場に座りんで、ぼんやりと夜空を見上げた。

 

 雲ひとつない空。

 されど星は瞬かず。

 ぽつんと佇む白い月。

 

 ……孤独。

 満たされぬ心。喪失感。

 

 何とはなしに、手のひらを掲げてみる。

 

「あれ、うまいのかな」

 

 まんまるの月を包み込み、夢想する。

 

 風に煽られ砂塵が舞う。

 むせるような鉄の匂いが、どうしようもなく嗅覚を刺激した。

 

 (ホロウ)は失くした心を補うため、本能的に他者の魂魄を欲すると言われている。

 成長し大虚(メノスグランデ)となった虚は、共食いを続けることでその力をさらに増していく。

 

 自我を失い、獣並の知能しか持たない最下級大虚(ギリアン)

 自我を保ったギリアンが共食いを続けて進化した中級大虚(アジューカス)

 

 ──そして、身体的特徴が人間に酷似している、最上級大虚(ヴァストローデ)

 

 ……少女もまた、虚としての本能に囚われていた。

 

「──ほう、これは珍しい。自力で破面(アランカル)となった個体がまだいたのか」

 

 誰もいないはずの砂漠で不意に問いかけられる。

 声の主を探す少女の顔には、虚が本来付けているはずの仮面が見当たらなかった。

 

 破面(アランカル)

 虚の仮面を剥ぎ取り、虚の身のまま死神の能力を得て、強大な力を手に入れた者。

 

 本来なら確認されていないはずの『成体』の破面に、少女は自力で到達していた。

 

「……ん? んん? いつものとちがう?」

「ああ、そうだ。私達は死神なのだから」

「シニガミ?」

 

 その単語を理解できないのか、復唱しながら疑問符を浮かべる。“死神”と名乗り姿を現したオールバックの男は、それを見て訝しむように考え込んだ。

 

「……ふむ。見た目に反して知能は発達していないのか。ますます興味深いな」

 

 顎に手を当てその場でひとりごちる男を見て、後ろに控える者たちがため息を漏らす。

 

「ホンマにこの子なん? 斬魄刀も見当たらんし、ボクら嘘吐かれたんちゃいます?」

「バラガンやハリベルの言葉を信じれば、()()が持つ力は今までの虚とは一線を画すはずだ。だが、この様子では……」

 

 肩を竦め落胆する彼らを尻目に、しかし男はそのまま問いかけた。

 

「君の名を聞かせてくれるかい」

「シオ!」

 

 その言葉に満足げに口元を緩ませると、『シオ』と名乗った少女へ手を差し伸べる。

 

「君は今の自分に満足しているかい? この手を取り私に従うのならば、更なる力を与えよう」

「んーと、それ、うまいのか?」

「──フフッ」

 

 その言葉に拍子抜けしたのか、男の表情が幾分か和らぐ。

 

「……ああ。私と共に来れば、君の望みも叶うだろう」

 

 うんうんと唸り、なおも頭を悩ませる少女。その様子を眺めながら、男は柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 ──ここは虚圏(ウェコムンド)

 現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)の狭間に位置する、虚達の世界。

 

 


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