ククク……、セイちゃんは我々黄金世代のなかでも恋愛面は最弱……。

 っと失礼、こほん!
 ……このお話は、恋愛奥手のマイペースでこのままだと敗北者になるのが見え見えのセイウンスカイちゃんがトレーナーさんに勇気を振り絞って告白する、それまでの過程を少し回りくど~く描いた短編デース! あとレースもあるよ! って感じデェェス!

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王者が私を差しに来る

『セイウンスカイ、まさかまさかの逃げ切りだ! これは大波乱っ! 3バ身差で今、ゴーールッ!!』

 

 

 青空の下、先頭でゴール板を駆け抜けた。

 肌をくすぐりながら抜けていく風がどこまでも気持ちいい。

 

「にゃはは」

 

 観客席に手を振ると、地鳴りのようなどよめきが沸き起こる。

 勝ったのはこの私、セイウンスカイ。

 誰も期待していなかった大穴のウマ娘。

 予想を裏切るのは楽しかった。

 才能よりも血統よりも、トレーナーさんと2人で講じた策が結果に結びつく。私たちの絆の強さを証明できたんだ、とぞくぞくするような快感が背筋を走っていた。

 

 トレーナーさん、聞こえます? この歓声もどよめきも、あなたのウマ娘に向けられているんですよ?

 

 笑顔を振りまきながらのウイニングラン。目当ての相手はすぐに見つかった。

 

「おーい、スカイ! こっちだ!」

 

 居た居た、私のトレーナーさん。

 そんなに大げさに腕を振らなくったってもう見つけたから。

 いい大人が子どもみたいに喜んじゃって。

 てへへ、と口元が緩んでしまう。

 熱量たっぷりの視線に頬の筋肉がとろけてしまいそう。

 やーめてくださいよー、トレーナーさん。こんな大観衆のなかで恥ずかしいですよ~?

 

「へへ~、ざっとこんなもんかな~。セイちゃん智謀の大勝利!」

「やったな! これでスカイも立派なGⅠウマ娘だ!」

 

 わっ、近い近い!

 肩でも抱きしめるつもりですかこのひとは。もう!

 

「あんまり褒めても何もでませんよ~?」

 

 照れ隠しにくるりと身を翻していると、トレーナーの後ろからチームメイトのウマ娘が現れた。

 彼女の名は、キングヘイロー。

 いつも気難しい顔をしている彼女も今日ばかりは嬉しそうに微笑んでいる。

 私もつられて嬉しくなる。

 うん、チームメイトっていいもんだ。

 

「1位おめでとう。同じチームのウマ娘として誇らしいわ」

「えへ。ありがと」

「今回の作戦も上手くいってよかったわ。……もう、ほんとハラハラしたんだから。スタミナ不足を装うなんて、わかっていても心臓に悪い」

「にゃはは。でもさ、そんな私にキングもそろそろ慣れてきたんじゃない?」

「慣れたくなんてなかったわ。けど同じチームになって何度も練習に付き合わされていたらさすがにね。それに……」

「ん?」

「あなたみたいな、自分のやり方を極める道もあるって気付けたから。私が皐月賞で勝利できたのも、その、少しは……あなたのおかげだって、認めてあげないこともないわ!」

「おや? おやおや~? 今日はやけに素直に褒めるんだねえ。明日は雪でも降るかも~」

「なっ、……おばか! 言ってなさい!」

「まあまあまあ」

 

 トレーナーが笑顔で手を叩く。

 私たちの2人だけのトレーナー。

 見た目はあまりぱっとしない。シャツはよれよれ、髪はぼさぼさ。冴えない男だって言うひともいるけど、トレーナーとしての資質はバツグンだと思う。

 だって私とキング、癖の強い2人のウマ娘をGⅠ勝利まで導いたんだから。

 

「トレーナーさんも嬉しいんじゃないですか~? これでチームの2人がGIをとれたんですからね~。新人トレーナーとは思えない成果じゃないですか。やっぱりセイちゃんの目に狂いはなかったな~」

「当然! だってこのキングが見込んだトレーナーですもの!」

「はは……。俺はそんな大したトレーナーじゃないよ。ただ君たちの手助けをしただけ。がんばったのは君たちだ」

「またそんなこと言って。一流のトレーナーなら堂々と胸を張りなさいな!」

 

 いつも通りにキングがぷりぷりと怒っている。

 トレーナーは、困り顔で頭を掻いていて。

 ……これが私たちの日常風景だった。

 GIを勝利しても変わらない、永遠に続いていくはずの居心地のいい時間。

 競バ場にそよぐ風と歓声を浴びながら、つい誰かに自慢してやりたくなってしまう。

 最高のチームでしょ? って。

 ま、口には出さないけどね。

 

 

 

 

 トレーナールームで打ち上げをすることになった。

 キングと2人、顔を突き合わせ、テーブルに並べたたくさんの食べ物を気ままに頬張る。メニューは出前のピザ、山盛りポテト、サラダにから揚げ、他にも色々。パーティに必要なものがたくさんある。

 でも、トレーナーだけが居なかった。

 

 

 

――『すまん! どうしても外せない用事があるんだ!』

 

 

 

 そんなふうに両手を合わせてどこかへ出かけてしまった。

 嘘でしょー、と叫びたい。

 というか実際に叫んだ。

 だって、それはないでしょ?

 あなたの愛バがGIをとった記念すべき日なのにさ。

 

「はぁ~あ~」

 

 思わずため息が漏れてしまう。

 なんだかな~。画竜点睛を欠く、ってかんじ。

 

「……ちょっと。私の前で辛気臭い顔しないでちょうだい」

 

 正面で、キングが眉間に皺を寄せていた。

 けれどもやっぱり気分は変わらなかった。

 打ち上げなのにアガらない。祝われてる気がしない。

 ガラスのコップを揺らしてみる。からん、と氷が空しく揺れた。

 

「むーむー、むむむのむー」

「なんなのよもう。このキングが相手してあげてるのよ? もっと楽しそうな顔しなさいな」

「だぁって~」

「だってじゃないの。まったく……」

 

 コーラを注いで、口に含む。炭酸が舌の上で弾けた。

 美味しいといえば美味しい。けど物足りない。

 

「あなたってほんとわかりやすいのね」

「なにがー」

 

 キングは応えず、ウーロン茶のグラスを唇につけて傾けた。細い喉がこくりと上下する。

 えらくお上品な飲み方。様になる。

 これも育ちの違いってやつなのかなー、田舎娘とは違いますな~、とつい自分の雑さと比べてしまう。

 いけないいけない。

 自分らしくて何が悪い。美味しく食べられればいいのです。

 ポテトをつかんで口に放り込む。

 むしゃむしゃ。おいしー。

 嘘でーす。冷めてるから微妙でーす。

 セルフツッコミもやっぱり空しい。なんだか自室でだらだらしている気分になってきた。キングと2人、お菓子の袋を開けながら、借りてきたDVDを眺めているような感じ。

 まあそれはそれで悪くないか。

 よいしょー、と慣れた動作でソファーに横になる。感触も匂いもよく知っていた。ここは私がトレーナーの担当ウマ娘になったときからの指定席。こうしているとキングが目を三角にして、ソファーを寝具のように使うなと小言を零し、私はのんびりあしらって……それがトレーナールームの日常。

 だけどこの日は違った。

 キングの声に、聞きなれた親しみのある険はなかった。

 

「ねえスカイさん、前から言おうと思っていたのだけど」

「なに~?」

「あなたマイペースすぎじゃないかしら」

「んー? そうだよ、の~んびり過ごすのがセイちゃんのモットーなんです」

「それも時と場合によるでしょう? あなた、人生はレースだって分かってる?」

「なんかソーダイな話が始まったなあ。まだまだ先は長いでしょー? 意気込んでばっかりじゃもたないよ?」

「物事は変化するものよ。ゴールが近いものだってある」

「え~? 急にどうしたの。真面目な感じ、出しちゃって」

 

 寝そべったまま腕枕、身体を横にしながらキングの表情を見てみると、本当に真面目な顔をしていた。

 あら美人。……な~んてからかっても乗ってこなかった。

 なんだろう。キングが何を言いたいのかよく分からない。

 

「えーと……なんの話? ゴールって、次のレースの話とか? ……あ、宝塚記念か」

 

 俄かに思い出す。

 次に出走する予定のGⅠレース宝塚記念は、キングも出走することになっている。

 つまり同じチームの仲間で勝負することになるんだった。

 けどそんなの別に珍しい話でもない。

 それに、これはトレーナーの方針でもある。私たちはまだ若い。出られるレースには出走し、少しでも経験を積んでいく。そのためのGIレース出走だ。

 

 ははぁ、なるほど。

 キングはあれだ、この一流であるキングヘイロー様と戦うのに気を抜いているんじゃない! とか、そんな苦言を呈したいわけだね。

 ……って思ったけど、それも違うみたい。

 

「スカイさん、今のあなたは『ウサギと亀』のウサギよ。休んでいて亀に抜かされそうになっても気付いていない」

「ウサギ? 私が? それでキングが亀なの? ご謙遜をー。キングは亀じゃないでしょ。キングはね~、犬とオオカミ、その中間生物だね」

「それって褒めてるの? ……まあいいわ。あのね、宝塚記念の話じゃないの」

「ほえ?」

 

 ありゃりゃ?

 前提が違ったか。

 でも、それじゃ、いったい何の話だったんだろう? さっぱり分からなくなった。

 ん~? と首を傾げていると、キングは小さく溜め息をついた。おまけにこんな独り言を呟いた。ほんと鈍感ね、って。

 思わせぶりではっきりしない態度。

 なんだかキングらしくないなぁ……なんてそのときはまだ考えていた。

 

「スカイさん。あなた、トレーナーのこと好きでしょう」

 

 いきなりの剛速球。

 思わずむせる。堪らず噴き出した。

 

「な、なな……?」

「ちょっと! もう、汚いわね! 染みになったらどうするの!」

「いや、びっくりしちゃって……ごめん」

「……はぁ。もういいわ。スカイさん相手に回りくどく言って分かってもらおうとした私がバカだった。ハッキリ言うわ!」

「な、なに?」

 

 立ち上がったキングが胸を張る。腕を組んで「ふんっ」と鼻を鳴らした。

 上から見下ろされるといつもより圧があって、思わずうなじの毛が逆立った。

 ぴぴっ! と危機を察知して本能的に身を翻す。よく分からないまま中腰で迎撃のポーズをきめてみる。

 

 なんだなんだ、いったい?

 

 見上げたキングは、やはり美人さんだった。背後に見える安物のスチールロッカー、くすんだ天井、薄汚れたホワイトボードが似つかわしくない。絵画から抜けだしてきたお姫様のようで思わず騙し絵を見た気分になった。

 華奢な癖毛の先が小さく揺れているのが印象的だった。

 

「いい? 私はさっきからトレーナーの話をしているのよ」

「と、とれーなー、さん?」

「そう。トレーナー。あのひとは大人で、立派に一流をやってるわ。私とスカイさんにGⅠをとらせたんですもの。これからは周囲に違った目で見られるはずよ」

「う、うん」

「本当に分かってる? 彼目当てのひとが増えるってことよ?」

「えーと、それって……うちのチームに入りたがるウマ娘が増えるってこと?」

「そういう話じゃない」

 

 キングは言った。

 彼を狙う女が増えるってこと、って。

 

 なんだか嫌な流れだった。

 つい腰を浮かせようとすると、その前にキングが歩きだした。

 ドアの前で立ち止まる。と思ったら、おもむろに内鍵をガチャリとかけた。

 

「あれ、あれれ? キングは何をするつもりかな?」

「別に。ただ逃げられないようにしただけ。あなたって、真面目な話になると「はいもうこの話は終わり~、ではでは本日はさようなら~」……とか言って逃げるでしょ?」

「え~。え~? どうかなぁ」

「このキングは一流なのよ? 同じく一流と認めた相手を測り違えることがあると思って?」

「まいったな~、はは。どうしよ」

 

 いやほんと。

 どうしよう、これ?

 キングが熱に浮かされかけている。恋バナという名の青春病に。

 そんなキャラだっけ、と思いつつ、逃げ道を塞がれてしまったからにはどうにかしてやりすごすしかないと唾を飲み下した。

 さ~て、どうしよう?

 ゆっくりと座りなおしながらプランを構築していく。

 まずは相手を落ち着かせる。そしていかに自身が恥ずかしいことを言っているかを自覚させ、話をうやむやにする。それでいこう。

 

「キングさ、ちょっと勘違いしてない?」

 

 美人の眉がぴくりと吊りあがる。

 う~ん、ちょっと怖いですよ。

 

「そりゃー確かに私もトレーナーさんと一緒に居たいって思ってるよ? だってたった3人のチームだもんね。1人が横を向いてたらつまんないでしょ」

「なにそれ」

「おおっと? 言葉通りの意味ですけど」

「あのね、私はあなたを一流のチームメイトとして認めているの。あなたはどうなの? 私をどう思ってるの?」

 

 またしても変な言い方をする。

 なんか告白みたいだなあ、と思った。

 

「いやいや、キングのことはすごいって思ってますよ? 一流、王者、偉大なウマ娘!」

「……言い方が気になるけど、今はおいておくわ。つまりね、私が言いたいのは、今さら隠し事なんてしないでちょうだいってこと」

「はあ。……じゃあ暴露しまーす。昨日寮であった本当に怖い話を、」

「そういうのいいから」

 

 ぴしゃりと遮られる。

 

「あなたはトレーナーが好きなんでしょう」

 

 また言った。

 すき。

 その言葉に息がつまる。

 『Like』じゃなくて『Love』。直球勝負はどうにも苦手。息苦しい。

 

「い、いやだなあ。別にそんなんじゃないから」

「じゃあ、嫌いなの」

「――では、ないけど」

「好きでしょ。好きなのよ、あなた。丸分かりよ」

「い、言い切りますねー」

 

 形勢不利だった。

 まずい。この論調から脱け出さないともっと追い詰められる、と本能が言っている。

 ぐぬぬ、戦略的後退。

 

「仮に……仮にだよ? 私がトレーナーさんを、す、す、すき……として! それがなにか、問題あるの?」

「……レースはね、ゴールだけを見ればいいと言うひともいるけど、私はそう思わない。競争相手もきちんと見るべきよ」

「ん? うん……? 突然、どしたの?」

「さっきも言ったでしょう? あのひとはいいひとなんだから、他に狙ってるひとがいても不思議じゃないって」

「あはは、それってキングのことだったりしてー? なんちって」

「そうよ」

「へ」

「私は、トレーナーが好きよ」

 

 どきり、と心臓が跳ねた。

 キングがトレーナーを好き。

 いきなり背中を刺されたような気分。

 

「私は、ずっと一流を夢見てた。あのままだったら、二流止まりだったかもしれない。それを本当に一流にしてくれたのは、あのひと」

 

 キングの意志の強い瞳が向けられる。

 

「ずっと考えていたの。このキングが更に次のステップに進むためには、やっぱりあのひとが必要だって。この先もずっと隣に居てもらわなければならない……。つまり、一生よ」

「へ、へぇ。そうなんだ。キングともあろう方が、新人トレーナーに随分入れ込むねえ」

 

 キングの目がすぅっと細められる。

 

「そんなので、いいの?」

「いやぁ、そう言われても……ちょっと落ち着いたら? それともジュースで酔っぱらっちゃった?」

 

 キングは深々と溜め息をついた。

 

「ねえ。トレーナーは、今、どこで何をしていると思う?」

「え? 記者さんのインタビュー受けてるとか?」

「お見合いよ」

 

 豆鉄砲を食らった。

 ……ような顔をしていたと思う。

 

 おみあい……?

 なにそれ?

 それって昭和か平成で廃止されたはずの文化じゃなかったかな。

 お見合い。

 お見合い……?

 

「――の、前段階ね。今夜は2人で顔合わせなんですって。なんでも近場に住んでるらしいから会っておこうっていう話で……大丈夫?」

「へ、へ、へえ~。そうなんっだぁ~~。ふっうううん?」

 

 キングは呆れたとばかりに鷹揚に腕を組む。

 コツコツと足音を立ててソファーへ戻ったけど、今はそれどころではなかった。ひどく落ち着かない。ぐわんぐわんと頭が揺れて、まるで海に潜ったときのように重心が定まらない。

 

「あの人だって大人の男なんだから、そういう話も出てくるわよね。むしろ担当のウマ娘を2人もGI勝利に育てあげた実績ができたなら……分かるでしょ? これからもっと増えるわよ。のんびりやってる暇はないの」

「いやいや、そんなこと言っても。私たち、まだ中等部ですし?」

「……スカイさん。本当に、それでいいの?」

「なにが?」

「わかっているでしょう」

「あはは。私ってそーゆーふうに見える? 違うから~」

「あら、そう」

 

 キングはぴっと背筋を伸ばし、並べた両膝に手を添えた。

 真っ直ぐに見つめてくる瞳には炎が燃えているようだった。

 

「あなたとは勝負する必要があると思っていた。けれど降りるっていうなら、是非もない」

 

 まるで決闘を申し込む騎士のよう。

 才色兼備の字が浮かぶ。

 

「私がもらうわ」

 

 思わずごくりと唾を飲みこんだ。

 そんなことを言われても、困る。

 トレーナーのことを、す、好きとか、嫌いとか。

 まあ、一緒に居て、なんにも気兼ねしなくていい、好いひとだとは思うけど。

 だからって、こう……ねえ?

 今すぐどうこうなんて想像もできない。

 

 それに。

 私が得意なのは、長距離戦。

 調べて、考えて、準備して、用意して、策を講じて、とにかくあらゆる仕掛けを施して――そうやって獲物を釣り上げるのが私のやり方。

 真っ向勝負なんて、向いていない。

 

 と、そこまで考えて、気がついた。

 キングヘイローは、私とは正反対のウマ娘。

 得意なのは短距離戦。

 真正面から速攻をかけてくる。

 

 

 

 

 まず始めに、自身の偽りのない気持ちってやつを見つめ直す必要があると思った。

 私とトレーナーさんの相性はかなりいい。……と感じている。

 どちらも悠々自適で、のんびり屋。

 焦らず騒がず、マイペースに腰を据え、根性よりも策謀で獲物を釣り上げる。

 話も合うし、ウマも合う。

 だからというわけではないけれど、仮に、仮に恋のレースというものが存在するとして……その相手がキングヘイローだったとしても、今の私は、かなり先行しているはずだった。

 5バ身。いや、10バ身。

 けれどキングヘイローは差しウマだ。

 それもただの差しウマではない。

 一流の差しウマ。

 それを思い知らされた。

 

 

 

「はい、これ」

 朝。いつものようにトレーナー室にやってくると、キングがトレーナーに包みを渡していた。

「……? なんだい、これ」

 寝癖がついたままのトレーナーが困惑しながら受け取った。包みを開けようとすると、キングが顎をあげて制する。

「軽食よ」

「おお……?」

「あなた、いつも朝に食べてこないでしょう。一流のトレーナーの自覚があるなら自己管理ぐらいできるようになりなさい。ま、まあ? できるようになるまでは支えも必要よね? だからこうして作ってきてあげたの文句あるっ?」

 

 若干早口になりながらキングはツンデレめいた台詞を言い切った。

 

 うひゃ~~。

 キングさん。本気ですか、キングさん。

 見ているこっちが恥ずかしい。

 前振りなしでこれはどうなんでしょう。

 だってこんなの、「あなたに気があります」と暗に言っているも同然じゃないですか。初手突撃も甚だしい。頭の片隅で「バクシンバクシーン!」と某委員長の掛け声が再生されちゃうね。

 

 トレーナーは、まんざらでもなさそうだった。

 

「へえ~、わざわざ持ってきてくれたのか。嬉しいな、早速食べていいか?」

「え、ええ。そのために作ってきたんですもの。よぅく味わって食べなさい!」

「どれ……おおっ、おにぎり! 手作りかっ」

 

 トレーナーさんは恭しい手つきでそっと持ち上げる。

 

「こ、これが伝説の手作り弁当……。初めて見た」

「あの、ただのおにぎりと漬物なんですけど……」

 

 キングはこほんと咳払い。

 

「気に入ったのなら、明日も作ってあげてもいいけれど?」

「本当かっ」

 

 大喜びだった。

 まさかこんなベタな手がクリティカルヒットするなんて。

 いや。ベタこそ王道。先人が築いた人類の知恵。むしろ活用して然るべき。

 

 やばい。キング強い。

 

 それからもキングの猛攻は続いた。

 

 

 

 

「ちょっと! シャツはアイロンをかけなさいって言っておいたでしょう! ……苦手なの? ふ、ふんっ、しょうがないわね。だったら私がやっておいてあげてもいいわ!」

「ああ、助かるよ。ありがとう」 

 

 ……。

 

 

 

 

「あらトレーナー、ネクタイが曲がっていてよ? それではこのキングの隣に並ぶ超一流のトレーナーにはなれないわ。しゃきっとなさい」

「悪い悪い。いやあキングはいいお嫁さんになれるな~。はっはっは」

 

 ……。

 

 

 

 

「ト、トレーナー? 次のお休みの日、時間あったりするかしら? シューズを新調しようと…………いえ、違うわ。訂正します。……こほん。……デ、デートに付き合ってくれませんこと!?」

「いいぞ」

 

 ……。

 ………………っ!?

 

 い ま な ん と ?

 

 

 

 

 そしてデートの日になった。

 我が言動に一点の引け目なし――とでも言わんばかりに、キングは私が居る前で堂々とデートの約束を取り付けていた。日時も、集合場所も隠そうとしなかった。

 

 すごい、どんな心臓をしていたらそんな勇気を出せるんだろう。

 

 ――などと、どこか他人事のように考えているのもまた現実逃避にすぎないと自分でも分かっていた。

 

 トレーナーさんがキングにとられてしまう。

 

 胃の下あたりを誰かにきゅうきゅうと握りしめられているような落ち着かなさ、不安感が収まらない。

 今さら焦りを覚え始めていた。

 

 どうしたらいいか、わからない。

 だって話がこんなにトントン拍子に進むとは思わなかった。

 自分たちはまだ中等部、相手は大人の男であるわけで、どうアプローチしても苦笑いで受け流されると思っていた。例えキングがいくらがんばってみせようとトレーナーさんは微笑ましく思うだけで交際相手としてなんか見てくれないだろう。

 そう思っていたからこそ、自分だって何もしてこなかった。

 ただちょっと日々を楽しく、他の誰かよりも近い距離感でからかい合って――それだけで現状が守られると思っていた。穏やかな時間を過ごしていれば自分が大人になる頃にはきっと上手い策だって浮かんでいて、トレーナーさんの方から告白させることもできるだろう、なんて。

 

 そんな都合のいい話があるわけがない、とキングだけがわかっていた。

 

 

――『お見合いよ』

 

 

 胃がキリキリする。

 お見合い、は確かに極端な例かもしれない。

 だけど、いい大人のトレーナーさんがいつまでも独身の恋人なしでいてくれると思う方が間違いだ。それこそキングの言った通り、彼は実績のある立派な社会人。ほっといても誰かが寄ってくる。本人にその気がなくても合コンとかいうやつに連れていかれることもあるかもしれない。

 どうする? そこで顔もスタイルも家柄もいい年頃のヒト娘『桐生院葵(仮名)』が「私ぃ、トレーナーさんみたいな男の人がタイプなんですぅ~」としなをつくって迫っていたら。重ねられた女の手の体温、その誘惑を、セイウンスカイという名の小娘の存在が断ち切ることができるのか?

 否。

 答えは否だった。

 話が合って、ウマが合う――それだけの貧相な中等部のウマ娘が、どうして淫乱ボディの合法同僚ヒト娘に対抗できるだろう?

 

 

「むむむ、許すまじ、桐生院葵(仮名)! そしてキング! むがー!」

 

 ぎりぎりと歯ぎしりしながら追跡対象を睨みつけた。

 駅前の時計台の下でデート相手を待つウマ娘――キングヘイロー、そのひとを。

 目的はいわずもがな、デートの監視だった。

 見ていたからってどうすることもできないが、のんびり放っておけるほど強くもなかった。ウマ耳をハンチング帽で隠し、伊達メガネをかけ、気がつけば逢瀬の約束場所へと走りだしていた。

 到着したのは合流予定の1時間前。

 キングは既にそこに立っていた。

 荘厳かつシンプルなワンピースはいかにも値が張りそうだ。彼女にとっては別の意味での勝負服であることは間違いない。ふっくらとした唇に薄く引かれたルージュは可憐さとともに背伸びした色気を遠目からでも感じさせた。ナチュラルメイクもよく映えている。ずるいと思った。私がやっても、ああはならない。

 極めつけは、その、なんというか、スタイルの良さだった。特に一部分の隆起が中等部離れしている。それは先ほどの妄想にも登場した桐生院葵(仮名)も持ち合わせていた、けして自分では持ちえぬオンナの魅力。ぶっちゃけてしまえばおっぱい。

 嗚呼、憎悪でひとを呪えたら。

 固く目を瞑り、理不尽に対する鬱屈をやりすごすしかない。念仏を唱える。

 大丈夫、スズカさんよりはある。マックイーンさんよりはある……。

 

 

 集合時間の30分前、トレーナーさんは現れた。

 

「やあ、キング! 早いな、待たせたか?」

「遅い! どうして1時間前に来ないの!?」

「えええ~!? そんな理不尽な……」

「そのぐらいキングの臣下として当然でしょう! 罰として今日のランチはあなたが奢りなさい!」

「ああ、それは別にいいけど。最初から奢るつもりだったし」

 

 キングは腰に手を当てて仁王立ち。ふん、と鼻を鳴らしてトレーナーをねめつけた。

 

「で、どうして遅れたの? まさか寝坊したなんてわけじゃないでしょうね」

「いや、遅れてないけど。えーとな、来る途中でちょっとトラブルがあって。中等部のウマ娘が自主トレ中に足を挫いたらしくて、寮まで送ってた」

「……ふうん」

 

 キングはほんの少し唇を尖らせた。

 子どもっぽい仕草でも、妙に似合う。

 

「助けるな、とは言わないけど。デートの時間には遅れないでちょうだい。今は私の時間なんだから。それとも私、キングヘイローはあなたにとっては担当でもないウマ娘と同程度の価値しかないってことかしら?」

「いや、そんなことはない。……ちょっと待ってくれ。これ、デートなのか?」

「そう言ったでしょう?」

「ああ、そう、だったな。なんか、悪い」

「謝らないで。それより、返事を聞いていないのだけど」

「返事?」

「私はあなたにとってどの程度の価値のあるウマ娘なのかしら」

「そりゃあもう。大事な、俺の愛バだよ」

「だ、だったらいいの。……おーっほっほっほっほ! 次からは2時間前に着くようにすることね!」

「きついなあ」

「そうじゃないでしょ? 私に付き合える一流のトレーナーなんだから、胸をはって「もちろん!」って言えばいいの!」

「へいへい。……じゃあ、今日は不肖ながらこの俺がキングお嬢様を…………いや、違うか。今日は良い一日にしよう。君をめいっぱい楽しませてあげると誓うよ」

「……そうよ、それでいいの! 分かってきたじゃない!」

 

 

 この私、セイちゃんは駅前の牛丼屋の壁際から歩道に出て、ぐるりとロータリーを大きく回りこむようにして監視位置を変えた。

 ウマ耳を隠した今の私はただの美少女中等部生、顔でも見られない限りバレないだろうと大胆に接近する。ちなみに尻尾は、腰に巻いた上着の内側に隠した。スマホをいじっているフリをしながら横目で時計台の2人を確認する。トレーナーは普段と変わらない様子でリラックスしているけど、キングは不敵に笑みを浮かべつつも背中では手を白くなるほどに強く握りしめていた。あれは相当緊張してる。

 そうこうしているうちに、2人が移動を始めた。

 慎重に距離を保ちながら追いかける。

 映画館に入った2人は、チケット売り場で立ち止まり、しばらくしてからチケットもぎりのお姉さんに何かを渡して入場していった。

 当たり前の話だけど映画を観るためにどれかのスクリーンに入室したんだろうね。

 そこで、はたと気がついた。

 

「あれれ? 2人はいったいどの映画のチケットを買ったのかな……?」

 

 慌てて入場口に駆け寄ったけど、とき既に遅し。奥はすぐ曲がり角になっていて2人がどのスクリーンへ消えてしまったかまるで分からなかった。

 

 なんてこったー。セイちゃん、一生の不覚!

 

「ど、どどどうしよう?」

 

 まさか全てのスクリーンのドアを開けて確かめていくわけにもいかない。室内だって薄暗いんだから、相手にバレないように顔を1人1人確認していくなんて不可能です。

 じゃあどうする? 当てずっぽう?

 いやいやいや、それこそない、だって上映しているスクリーンの数は10を超えている。

 なら無難に待つ? 2時間も? えええ~~! そんなの中で何が起こってるか全然分からないよね? その何かを確認するために来たのに、スルーはないよ、ありえない。大体、薄暗い室内で男女が2人隣り合うなんて、デ、デートのなかでも過ちが起こりやすいポイントじゃありませんか。ここは逃せない勝負所なのですよ。

 でも、でもでもどうしたらいい?

 

「あれえっ? セイちゃん? こんなところでどーしたのっ?」

「み゛ゃっ!?」

 

 尻尾が逆立った。

 恐る恐る、振り向くと――ハルウララが首を傾げて立っていた。

 

 

 

「あのねあのね、昨日の夜に最近の映画ってどんながやってるかな~って調べてたんだ! わたしは観る気なかったんだけど朝になってご飯食べてたらどんどん観たくなってきちゃってね、だったら1人でもいいから観ようかなって思って来ちゃった! ……ん? 『わたしは観る気なかった』って、じゃあどうして調べたのかって? それはね、頼まれたからだよ。なんかねー、トレーナーさんとお出かけするから人気の映画を知りたいって言われちゃったんだぁ。うん、そうだよー、同じルームメイトの頼みだからね~、一緒に夜遅くまで調べてたの! だからちょっと眠くって……え? それって誰かって? セイちゃんも知ってるでしょ? キングちゃんだよ?」

「や、やったーー! ウララ最高ーーっ!」

 

 両手をとって、引き寄せる。もうチュウしちゃいたいくらい感激だった。

 感謝のしるしにポップコーンとホットドッグとアイスコーヒーを奢って渡し、聞き出したスクリーンに引っ張りこんだ。

 

「なになに? 一緒に映画観るの? いいよ~! あ、パンフレットも買う?」

「いらないいらない! 早く行こう早く!」

「ん? うん? 分かった~」

 

 潜入完了。

 上映される映画は『バック・トゥ・ザ・ウマ娘』。

 なんでも主人公であるウマ娘がタイムトラベルするために時速88マイルの速度で走れるようになるまで地獄の特訓を繰り返すスポ根ものらしい。……なにそれ、無茶苦茶すぎません? 時速88マイルって、時速142キロだし。そんな速度で走れるウマ娘がいたら世界一、いや宇宙一速い生命体ということになってしまいますよ多分。

 まあ、いいです。この際映画の内容なんてどうでもいいのです。

 スクリーン後方の座席を確保する。ウララと2人で陣取って、目を皿にして観客たちの後頭部をチェックした。

 

 いた。ウマ耳発見。

 間違いなくキングだ。そして隣に座っているのは、トレーナー。

 

「ねえ、何してるの?」

「いやー、別にー?」

「さっきから見てるのって、もしかしなくてもキングちゃんだよね? あーやっぱりこれ観に来てたんだぁ」

「そうだね」

「映画が終わったら一緒にご飯食べに行こうって誘おっか!」

「それはだめ」

「えーなんでっ?」

「……」

「ん~~、さっきから気になってるんだけど、セイちゃんはどうして変装してるの?」

「……」

「えいっ」

「わひゃっ」

 

 脇腹をつつかれて変な声がでた。

 前方の客たちが迷惑そうに振り返る。

 

「わ、わわっ、すいませんっ」

 

 急いで頭を下げて座席の裏に隠れる。

 

「ちょっとっ、ウララ!」

「ねえー、なんで隠れてるの? もしかして、びこーってやつ?」

「これにはちょっと事情があるのっ。遊びってゆーか、そんな感じっ」

「ちゃんと教えてくれないとまたつついちゃうかも」

「だーめだって! ……わかりました、降参しまーすっ」

 

 映画はまだ始まっていない。

 スクリーンのなかではモデルで活躍中のウマ娘が麗しい金髪を靡かせながら最新の香水をアピールしている。

 観客たちがその美貌に目を奪われているなか、ひそひそ声で尾行劇の事情を説明した。

 

「キングちゃんと、トレーナーさんが、でーと? はえ~、すごいねえ!」

「う、うん。デート、なんだよね」

「それをセイちゃんは見に来たってこと? なんで? 応援?」

「そうそう。だって、キングったらすっごい緊張してるから。せっかくのおデートなのに彫像みたいに固まっちゃったら大変でしょ? だーかーらー、こうやっていざってときのために備えているのです。セイちゃんは友達想いだからね~」

「そうなんだぁ。えらいねぇ!」

 

 CMが終わり、本編が始まる。

 静まり返った薄暗い空間。そのなかで、ゆっくりとキングの頭が動いた。

 

「あ」

 

 徐々に傾いていく。

 スローモーションのようだった。

 キングの頭が、トレーナーさんの肩へと吸い寄せられていく。

 

 どきり、とした。

 

 それはまるで自然の流れであるかのように、距離は半分になり、4分の1になり、留まることなく0になって、トレーナーさんの肩に着地した。

 2つの黒いシルエットがべったりと密着していた。

 見間違いではない。

 けれど現実でもない。と思った。

 何かがおかしい。こんなに早く話が進むわけがない、って。

 

 あ、そっか。

 これって演技なんじゃない?

 このデートは初めから私をからかうために仕組まれたドッキリで、キングもトレーナーさんも打ち合わせ通りに恋人を演じているだけ。そうだ、それならしっくりくる。

 ……けど、そうするためには、前提としてトレーナーさんは私の気持ちを知っている必要があるわけで……。あれ? トレーナーさんは分かった上で私をからかってるの? そんなの……ううん、あのひとはそんなことしない。だから、ええと……。

 

「わー! キングちゃん、大胆!」

 

 目を逸らせない。

 トレーナーさんとキング、2人の背中しか見えない位置関係なのが口惜しい。

 2人の前側はどうなっているのかな。もしかしたら膝の上で2人の手の平は合わさっていて、指も絡み合っていたりして。

 

「……」

 

 もう自分の鼓動しか聞こえなかった。

 どうして当事者でもない自分がこんなに緊張しなきゃいけないのか。呼吸の仕方を思い出すだけで精一杯。

 藁にも縋る想いでウララの手をとった。

 

「ん、セイちゃん?」

 

 ひとの温もり、誰かが傍に居る実感が欲しい。

 ウララが自分の横顔をじっと見つめているのが分かる。

 自分は今、きっと変な顔をしていると思う。

 

「あのね、きっと大丈夫だよ」

 

 大人びた声でウララが言った。

 

「キングちゃん、寝てるだけだよ」

 

 

 

 

 ランチタイムはカフェテリアだった。

 敷地の隅のテーブル席を確保してターゲットを遠目に確認していると、すぐ隣のテーブルに見知った顔のウマ娘たちが居ると気がついた。

 

「あら、セイちゃん? こんなところで奇遇ですね」

「こんにちわデース!」

 

 グラスちゃんとエルがにこやかに手を振っていた。2人とも地味めな装いで、帽子を目深にかぶってウマ耳を隠している。聞けば最近取材がしつこい記者が居るから目立たないようにしているらしい。

 なんにせよトレーナーさんたちに気付かれにくいのは都合がいい。

 声を潜めて2人に事情を説明する。

 

「キングちゃんを徹底マークしているんですか。なにやら面白そうですね」

「またそんなこと言って。グラスー? 一歩間違えれば不審者デース!」

「まあ。エルが常識的なことを言ってます。今日はどうしたのでしょう」

「私はいつでもまともデース!」

 

 店員にコーヒーを頼んでターゲットを横目で覗き見る。

 すぐ隣からグラスちゃんとエルが世間話をふってきたけど生返事しか返せない。代わりにウララが困ったように相槌を打って、話題を継いだ。談笑が始まって、さっき観たばかりの映画がどうとか聞こえたけど、やっぱり加わることはできなかった。ちょっと申し訳ないと頭の片隅で思う。

 

 休日のカフェテリアには柔らかな陽射しが降り注いでいた。

 時折、肌を撫でるような優しい風がそよいでくる。

 屋外席はどこもカップルで埋まっていて、トレーナーさんとキングはそのなかに溶け込んでいた。違和感なんてどこにもない。

 そのとき、キングが笑った。

 遠くて声は聞こえないけれど、少女は片手を優雅に口元に添えて、少しはにかむような表情をしていた。

 

「それでね、時速88マイルに達したときにシラオキ様の予言通りに雷が落ちてきたんだ! どっかーんって! すごかったよ~。ヒロインの子に1.21ジゴワットの電流が流れてタイムトラベルは成功したんだ~!」

「ちょっと待ってください、ウララ! それ普通に死ぬやつデス!」

「あらまあ。頑丈なウマ娘もいるものですねえ」

 

 運ばれてきたコーヒーを啜りながら、考える。

 トレーナーさんはこちらに背を向けていて表情が見えない。

 今はどんな顔をしてるんだろう。キングと同じく、私が見たことのないような笑みを浮かべているのかな。

 そう思うと、どうにも息苦しかった。

 

「それでね、タイムトラベルして居なくなっちゃった後には、炎の足跡だけがターフに残されてたんだ。かっこよかったな~」

「エル。今度やってみてください」

「ケ!? どうやって!?」

 

 トレーナーさんと、キング。

 2人が居なくなってしまう。

 留まりたがる私を置いて、先の世界へと。

 

 そんなのは、嫌だ。

 だから私がするべきことは1つしかなくて。

 けれど実行するためには、覚悟を決める時間が必要だった。

 

「――今日は、もういいかな」

 

 よいしょと声を作って立ち上がる。テーブルの上にお代を置いた。

 みんなの方は見なかった。

 

「天気がいいから眠くなっちゃいました~。セイちゃんはそろそろ退散しまーす」

「いいんですか? まだ料理がきたばかりなのに」

「え!? で、でもこの後にスペちゃんも来るんですケド……」

「ごめんねー。でもさっきエルが言ってた通り、あんまり付き纏ってても仕方ないしさ。キングももう大丈夫でしょ~」

 

 踵を返す。

 と、

 

「セイちゃん」

 

 背中にウララの声が突き刺さった。

 

「あのね、キングちゃんはこの後、ウマ娘用のスポーツ用品店とゲームセンターに行くって言ってたよ」

「そうなんだ~。ウララ、今日はありがとね」

 

 振り向くと、ウララが大きな瞳でこちらをじっと見つめていた。

 

「わたしね、チームで居るときのセイちゃんってすっごく楽しそうで羨ましいな~って思ってるの」

「……そう? そうかな?」

「でも今のセイちゃん、寂しそう」

 

 ウララはときどきずるいと思う。

 今の私じゃ苦笑を返すことしかできない。

 

 とりあえず、その2箇所だけは行かないと心に決めた。

 

 

 

 

 夕暮れ。目的もなく河川敷をうろついた。

 自主練中と思わしきウマ娘たちが怪訝そうにすれ違っていく。休日の終わりにぽつんと独り、外行きの服でトレセン学園から逆方向へと歩いていくウマ娘を見たら不思議に思うのも無理はない。

 けれど今はこれでいい。

 両手を頭の後ろに回して、口笛なんか吹きながら、夕陽を背負って気ままに散歩。

 海が近くなってきたせいか蟹が土手道を横切っている。足元に気をつけながら、髪の生え際を撫でつける生温い風の感触に目を細めた。

 オレンジ色の空に向けてどこかで聞いた洋楽を口ずさむ。

 

「Yesterd(昨日は)ay,」

 

 学園や寮に戻る気にはなれない。

 他の候補も頭のなかで並べてみたけれど、どこも都合が悪かった。

 昼寝スポットや釣りスポットはトレーナーさんに把握されていて、遊び場所はキングにバレている。

 男には独りになれる時間が必要と聞くけれど、女の子にだって要るときはあると思う。

 

「all my troubles seemed so far aw(悩みなんてはるか遠くにあったのに)ay」

 

 困ったことに、どこに行こうとしてもチームの2人との想い出に先回りされる。

 独りになれない。どうして気付かなかったのか。居心地の良い距離感ってやつがこんなにずぶずぶと浸るほどの近さになっているなんて。

 雲のように自由なセイちゃんはもういない。

 知らないうちに飼いならされてしまった。

 

「Now it looks as though they're here(今はここにあるかのようで) to stay」

 

 トレーナーさんが悪いと思う。あのひとがもっとタイプの違う熱血マンとかだったらこっちもちゃんと警戒してクールな関係を保てたのに。

 

 はぁ。

 まいったな。

 気付いちゃった。

 あのひとが隣に居ない生活を想像できない。

 キングもそう。今さら離れられても困るんだよね。

 

I believe in yesterday(まだ昨日のような日を信じてる)…………ってね」

 

 さて。

 さてさて。

 胸のむかつきが収まらないけど、いい加減そろそろ認めなくてはいけないと思う。

 私は、出遅れた。

 このままにしておけば、トレーナーさんとキングはどこかへ行ってしまう。

 自分だけが取り残されてしまう。

 そうなってからじゃ手遅れ。そっけなさを装って挨拶したところで「どちらさまでしたっけ?」なんて顔をされてしまうんだ。もうセイちゃんは過去のひと。よそよそしい愛想笑いと無難な話題でやりすごされる。

 そんな世界。走りたくない。

 

 冗談ではないですよ。

 忘れられるぐらいなら嫌われた方がましですよ。

 

「たまにはシリアスモードでやりますか」

 

 好きってなに?

 よくわからない。

 けれどキングは走り出した。

 だったら私も走らなきゃだめ。そうしなければ隣には居られない。

 

 

 

 

 次の日。

 早朝、定刻の2時間前、トレーナールームを訪れると、ドアのところでキングとかち合った。

 

「やっぱり来たわね」

 

 開口一番が、この台詞。

 思わず噴き出してしまう。

 このひとは本気でそう思っていただろうから困る。何もかもお見通しと言わんばかりのドヤ顔が憎らしくも誇らしい。

 

「キング。話があるんだけど」

「私もあるわ」

「私と同じじゃない?」

「そうね」

「じゃあ、どうする? 勝負する?」

「勿論」

「どうやって決めよっか」

「宝塚記念はどうかしら」

「のった」

 

 キングは美しかった。

 腰に手を当ててふんぞり返るほどに胸を張る姿は、内面から滲みでる自信に彩られて神々しくある。私が男だったら惹かれていたかもしれない。もしかしたら大人のトレーナーさんだって魅了できる力があるのかも、って思った。

 だけど仕方ないとは思わなかった。

 

「権利を賭けましょうか」

「いいよ」

「勝った方が先に告白する」

「わかった」

 

 言いたいことは、色々あった。

 けれど今言うべきはそれではない。

 

「キングもバカだね。黙っていればそのままゴールできたかもなのに」

「そんなの本当の勝利じゃないわ」

「後悔するよ~? なにせ、このセイウンスカイを本気にさせたんだから」

「知らないの? 私に負けはない。そんな道は潰したわ」

「ほうほう。じゃあさっそく勝負開始ということで。分かっていると思うけど、私は何でもやる派なんでー、今この瞬間から気をつけてくださいね~」

「知ってるわ。誰よりもね」

 

 

 実際は、策なんてない。

 同じチームメイトとして手の内は見せ尽くしてきた。今さら工夫を凝らしたところですぐに見破られてしまうと思う。

 だから、できるのは、こうやって策が有るように装うことぐらい。

 

 とどのつまり、最後の最後に信じられるのは己の肉体――地道な努力だけ。

 それを教えてくれたのは、キング。あなただよ。

 

 

◆◆◆

 

 

「黄・金・会・議ぃーーっ!!」

「いえーい」

「いえーい」

「説明! 解説! 復習デェェス! 当会議はっ、黄金世代の黄金世代による黄金世代のための互助会デース! ……いえ、組合のほうが正確? ん~~、組織の定義なんてどうでもいいデスね! とにかくそういう集まりなのデス! ええーと、本日集まったのはァ、ワタクシ不死身の怪鳥エルコンドルパサーとぉぉ……」

「グラスワンダーです」

「ス、スペシャルウィークです」

「以上、3人っ! ……ええい、声が小さいデス! もっと盛り上げてください!」

「そうは言っても、エル? 私とスぺちゃんは来週の宝塚記念に出るんですからね? こんな遊びにかまけている余裕はないんです。今日は10分で切り上げて調整にいきますよ?」

「えええぇぇぇ!? グラスがいつも以上に冷たいデース……」

「あらまあ。いつも優しくしてあげてるのにひどい言い草ですねえ」

「うっ……その眼がもう、氷点下デース」

「ええと、エルちゃん、そういうわけだから早く本題に入らない?」

「あっ、そうデシタ! 本日のお題は~、先日より引き続きの~……こちら! どんっ!」

 

 

 

 第1回! チキチキ ☆ 恋の花火よーいドッカン ☆ サポート大会! 

   ~ セイちゃん様を告らせたい 黄金世代の恋愛頭脳戦 ~

  ~ セイウンスカイ VS キングヘイロー 仁義なき戦い ~ 

 

 

 

「エル?」

「な、なんですか! グラスだってこのネーミングに賛成しましたヨ!?」

「あのときは酔、……どうかしていました……」

「まあまあ名前はおいとこうよ。とにかく、今回はこの――ええとこれってキングちゃんの依頼なんだよね?」

「そうデス。セイちゃんが恋愛奥手のマイペースで、このままだと敗北者になるのが見え見えだから無理やり焚きつける……ってのが主旨なのデース!」

「わ~……。ちなみに当のセイちゃんは、知らないんだよね?」

「ええまったく。この黄金会議の存在もまだ知りませんネ」

「あとで怒られないかな……」

「こほん。そんなわけで先日のデートのサポート……、もといデートに付き纏うサポートを、私たち黄金トリオがやってみたわけですが~?」

「はい、私スペシャルウィークが、足を捻ったふりをしてトレーナーさんを足止めしました」

「あれはナイスなお仕事デシタ! そしてその間にこのエルコンドルパサーが部屋でうじうじ引きこもっているはずのセイちゃんを連れ出すはずでした~……が! 彼女、1人で追いかけちゃいましたねー」

「誰でしたっけ、「ククク……、セイちゃんは我々黄金世代のなかでも恋愛面は最弱……。彼奴にはデートを直視する度胸はないワ!」とか言ってたの」

「ウグッ!」

「その後の映画のスクリーン選びでも役に立てていませんでしたよね? たまたまウララさんが居てくれたからよかったものの……。ランチだってすぐに見つかってしまうし……」

「だって! 私、潜入サポートなんて初めてでしたカラ!」

「結果として上手くいったからいいものの。反省しなければなりませんね」

「……あの。1つ気になってるんだけど」

「なんです、スぺちゃん?」

「これってキングちゃんはどういう立ち位置なの? セイちゃんに告白させたいの? だったらあのデートは演技ってこと? トレーナーさんのこと、本当は好きじゃないの?」

「彼女曰く――『嘘は1つも言ってない』だそうですよ?」

「へええ……」

「つまり、どういうことデース?」

「正々堂々勝負して決着をつけたいのでしょうね。この宝塚記念はそのための舞台ということです」

「う~~ん。エルにはよくわかりません!」

「私もちょっとわからないなぁ」

「そうですか。私はわからなくもないですけど。ただ……」

「ただ?」

「始めは私……実はちょっと、憤りがあったんです。ウマ娘みんなの目標であるGIレースを私情のダシに使うのかって。でもここ最近の2人の真剣さを見ていたらそうも言っていられなくなりました」

「あっ、そうだよね。セイちゃんもキングちゃんもすっごくがんばってトレーニングしてるよね」

「そう、それなんです。目的が不純だって思ってましたけど、世の中には走る理由が増えた分だけ足し算して、全部綺麗にエネルギーに換えてしまうタイプもいるようです」

「ふ~~ん。エルにはやっぱりよく分かりません!」

「まあそういうわけで、来週の宝塚記念は、2人とも本気で走るというわけです」

「そうなんだ……。でもやっぱりこの依頼ってキングちゃんらしくないなぁ。回りくどいって思う」

「それは彼女自身もわかっているみたいですね」

「うん? そうなの?」

「勝負のために、そして望む結果を得るためにあらゆる手段を模索する――そんなやり方をセイちゃんから学んだ、と零していました。自分にないものをチームメイトから吸収したんです。ええ、とても素晴らしいことだと思います」

「セイちゃんも同じデース。泥をかぶってでも強くなる――そんなキングの気迫を得た今の彼女は尋常ではない仕上がりっぷりデス。私のトレーナーさんなんてこう評していましたヨ? 『まるで虎のようだ』って」

「だ・か・ら。私とスぺちゃんもライバルたちの応援をしている場合ではないんですよ?」

「あ、10分経ったよ」

「はい。では、おしまいということで。今回の黄金会議は解散しますよ~」

「えええぇぇぇ!? なーんにも会議してないデース!」

 

 

◆◆◆

 

 

 そして決戦のときは来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪神 芝  2200m

 

 

 

宝 塚 記 念

 

 

 

 

 

 

 やれることは全てやった。

 私は走る。走るだけ。

 セイウンスカイという名前さえ今は必要ない。

 速く。

 なによりも速く。

 

 

『全国のウマ娘ファンの皆さん、本日はいかがでしょうか。初夏の陽射しが照りつける、阪神競バ場、宝塚記念。地の果て、そして天の上までも駆け抜けた1年前のサイレンススズカの雄姿が思いだされます。今年もまたあの夢が見られるのか、それとも更なる高みを見せてくれるのか。声援を届けましょう、彼女たちは必ず応えてくれるはずです』

 

 

 頭の上をアナウンスが抜けていく。

 耳の奥にも留めない。

 ただただ、軽く、可能な限り薄くなる。

 過去も忘れ、未来も忘れ、今という認識だって不確かで構わない。

 ひたすら軽くなり、速く走れるようになるだけで。

 私は走る。走る生き物。

 ウマ娘。

 

 

『それにしてもこの暑さ、非常に暑いですね。出走バのほぼ全員が汗をかいていますから砂漠の上に居るようです。ただ、バ場に関しては雨の影響はほとんどない、とのこと。ゴール前が少し荒れている程度で問題はないでしょう――』

 

 

 心音のテンポ。

 呼吸のリズム。

 意識する。

 

 

『さて、今年は豪華メンバーが揃いました。特に黄金世代の4人は実績もあり、人気も十分。あとはもうそれぞれのウマ娘のコンディションでしょうね。成長性における期待度、その点ではやはりスペシャルウィークは外せません』

 

 

 血の流れ。

 大気の揺らぎを聞き分ける。

 

 

『グラスワンダーもまだまだ限界を見せていません。怪我も治ってリハビリも既に終わったとのこと。準備にぬかりはありません。そういった意味では1番何をするかわからないウマ娘と言って間違いないでしょう』

 

 

 前だけを見る。

 他は見ない。

 

 

『各バともに比較的、落ち着いています。特にセイウンスカイが泰然自若といった感じで本当に落ち着いています。キングヘイローはじわじわとこう、気合をですね、放ち始めています』

 

 

 前だけを見る。

 前だけを見る。

 

 

『風が止みました。各ウマ娘のゲートインはスムーズです。はたして黄金世代の凌ぎ合いとなるのか、それとも一角を崩すウマ娘がでてくるのか? さあ、まもなく宝塚記念のファンファーレが阪神競バ場に響き渡ります!』

 

 

 前だけを……

 前を……

 

 

『係員、離れて――』

 

 

 前へ!

 

 

『スタートしました! 12人――2200m飛び出した! 一気に大歓声が上がる阪神競バ場、まずは位置取り争い、さあ外から行ったのはセイウンスカイ! やや遅れてマチカネフクキタル、3番手は――』

 

 

 よし!

 悪くない。かなりいい。逃げとしてベストの立ち上がり。

 あとはペースをいかに配分するか。自分との闘い。

 足運び、呼吸のリズム、それだけを考える。

 平常心のままゴールまで駆け抜ける。

 

 

『まず先頭はセイウンスカイ、リードが2バ身から3バ身ぐらいで11人を引き連れて2コーナーに入りました。1400を切っています――スペシャルウィークとグラスワンダーは集団の中ほど、キングヘイローは内から不気味に前方を窺っています』

 

 

 足が芝を掴む。リズムができている。

 横隔膜に意思が行き渡る。順調。何も問題ない。

 ここまでは。

 ここまでは。

 そう、わかってる。勝負所は後半。

 まだだ、まだゆっくりと息を吸え。

 

 

『セイウンスカイ未だに先頭、リードがまるで縮まりません。むしろ少しずつ広がっているような……誰も影を踏めないのか、完全に独走状態です。他の黄金世代は――おおっと、ここで行くのか!?』

 

 

 もう来たか。

 いや、わかってる。

 わかっていることだ。

 このプレッシャーにも動じない。逃げウマは楽じゃない。そんなことは知っている――ああ、違う、余計なことを考えるな!

 

 

『3コーナー回って800を切ったところでスペシャルウィークが詰めてきた! 前へ前へ! 2番手に上がった!』

 

 

 わかってる。それでも、やっぱり、備えるしかないみたい。

 思考に『走る』以外が混じってしまっても、後の動揺への備えを固めておくしかない。そうしておかないと勝負所で心がもたない。

 

 ……逃げウマは、逃げウマは楽だなんて、言うひとがいるけれど……私に言わせれば、こんなに苦しいポジションは、ない。

 だって、後ろが、他のウマ娘たちがまったく見えない。

 

 

『スペシャルウィーク! スペシャルウィーク! 加速は十分、ここで決めるかスペシャルウィーク!』

 

 

 ライバルたちとの距離間がわからない。勢いがわからない。

 背後から刃物をつきつけられているのに振り向けない。振り向けばリズムが乱れて、その分遅れる、捕まってずたずたにされる。かといって闇雲にペースをあげるわけにもいかない。スタミナがきれて、ゴール前に仕留められてしまう。

 だから、例え背中から殺意が迫ろうと、悪夢が増殖しようとも、けして振り向かずに最適なペースを守り続けなければならない。

 絶対に動揺してはならない。

 

 

『ここで青い勝負服が翻る! グラスワンダーがすぅっとやって来た! さあ行った行ったグラスワンダー!』

 

 

 わかってる。わかってる! このレースは最悪だ。今世代最強クラスの差しウマ娘が3人も居る。その全員が私を狙いに来ている。追われる恐怖は知っていた、けどそんなの慰めにもなっていない。うなじに突きつけられた刃物のイメージ――回転式の丸鋸、植物の生命力を余さず斬り刻む刈払機――その金切り音が離れない! 甲高い駆動音がいまにも私の首の肉に刃を食い込ませようとしている! 骨ごと首を落とそうとしている! どういうことだ、こんなプレッシャーが2つも同時に来るなんて!

 実況っ! 何をしている!?

 早くバ身を言ってくれ!

 私と後続は、いったい何バ身離れているんだ!?

 

 

『スペシャルウィークとグラスワンダーが追い上げる! 肩を並べて第4コーナーに入った! 凄まじい光景に場内が騒然としている! 依然として先頭はセイウンスカイだが――』

 

 

 芝を蹴る、脚の重さが気になって、自覚したらああ駄目だ! 肌が異様に冷えているとわかってしまった、喉が息苦しく、心臓のフル稼働が気になって仕方ない!

 ペースを乱すな! ペースを乱すな! ペースを乱すな!

 後ろから、足音が、迫ってくる。

 2人、2人分、スペちゃんとグラスちゃん、わかってる、迫ってきた、わかってる、わかってるんだから、まだだめだ、速い、強い、わかってた、今じゃない、このレースだけは違う、彼女たちじゃない、今だけは、本当の本当に最後に来るのはもう1人のウマ娘なんだから――

 

 

『第4コーナーカーブから直線コース! セイウンスカイ先頭! 1バ身後ろからスペシャルウィークとグラスワンダーが狙っている、やはり黄金世代の争いか!? 並ぶか! 並ぶか! 並ん――いやっ、外から! 外から、緑の勝負服! キングヘイロー、キングヘイローが上がってきた!』

 

 

 来た――

 王者が私を差しに来た。

 

 

『キングヘイロー! キングヘイロー! なんという追い上げだ! やはり皐月賞1着は伊達ではない!』

 

 

 喉が痙攣、してしまった。

 酸素を取り込むリズムがコンマ1秒乱れ、ズレを無理やり抑え込んで速度を維持するそのツケが負担が臓腑に伝播する。

 

「っ」

 

 心臓が、悪魔に握られた。

 

 まずい――

 消耗。そして何よりも、集中力が切れた。

 

「~~~っ!」

 

 五感が、戻ってくる。

 音の洪水が全身にぶつかってくる。

 観客席が見えてしまう。ひしめく客たちと振り上げられた腕の動きをいちいち認識してしまう。

 汗で衣装が濡れて重くて空気が淀んで気色悪くて靴は緩んでいるようなそんな余計な知覚がどこまでも邪魔をする。

 そのくせ、実況は聞こえづらい。

 

 でも、いい。

 教えられなくても、もうわかる。

 すぐ耳元から乱雑な呼吸音、2人分。逃げウマ殺しの黄金世代――

 

 

『スペシャルウィーク! グラスワンダー! 並んだ! 並んだ! 3人で競り合っている! セイウンスカイまだ粘っている! 阪神競バ場、ボルテージが上がってきた!』

 

 

 わかっていた。

 この2人ならここまでやってくる。速い、強い、わかってた、だけど今じゃない。

 私に突きつけられた刃物のイメージ、2人からびりびりと伝わってくる回転式の丸鋸――そんなもの、まだ優しかった。

 もっと恐ろしいものが来る。

 もっと恐ろしいひとが来る。

 私を含めた先頭3人、残らず巻き込んで真っ二つにする、巨大で無慈悲な王者のギロチンが。

 すぐそこまで、来ている。

 見なくてもわかる。聞こえなくてもわかる。彼女はもう私の背中に触れられる。

 

 

『キングヘイロー! 外からキングヘイロー物凄い圧だ! 前に! 届くか! 届くか! 届いた! 捕らえた、抑えた、まだ加速! 衝撃の据え脚!』

 

 

 視界の端に、緑の影。

 

 来たな――キングヘイロー!

 

 あなたの顔がようやく見れる。見たい。見てやりたい。

 けれど。それよりも、今は、私の本気を見せつけたい。セイウンスカイは下がらないと教えたい。

 視界の後ろに引っ込むのは私じゃない――あなただ!

 

 たった一足の踏み込みを。

 そのために準備し続けた泥被りのトレーニング。脚を鍛え、心肺能力を鍛え、スタミナと根性を伸ばしに伸ばしたのはこの時のためだった。

 最後の脚を使うときがきた。

 

 

『キングヘイロー並ばない! 並ばない! 一気に先頭へと伸び、いや、もう1人! セイウンスカイが同時に抜け出した! もう一度セイウンスカイ! もう一度セイウンスカイ! 逃げて差す! サイレンススズカの再来か!』

 

 

 死に物狂いで脚を出す。感覚がない、死んだ脚、上体と腕に鞭を打つ。いつ破綻してもおかしくない。すでにもう心臓が苦しい、肺が破れるまでのカウントダウンがちらついて、もうゼロになるぞと本能が脅してきた。お願いだからやめてくれ、ほんの少しペースを落とすだけで酸素を取り込むことができるから、壊死するから破裂するから未来の自分を助けると思って頼むからたった数10mを速く走るためだけに人生を懸けないでくれ。

 

 うるさい。

 キングヘイローが見てるんだ。

 

 

『後方からはスペシャルウィークとグラスワンダーが食らいついている! 先頭は内からセイウンスカイ、外からはキングヘイロー! さあ2人、必死に身体を合わせて一歩もお互い譲らない! 並んでいる! 並んでいる!』

 

 

 どうして私がこんな目に。

 喚き散らしたい。

 どうして、どうして! どうして私だったんだ!

 

 

『一騎打ちとなるのか、セイウンスカイ! もう言葉は要らないのか、キングヘイロー!』

 

 

 キングヘイロー!

 どうして気ままで勝手なウマ娘の隣に居続けた!

 なのにどうして今さらどこかへ行こうとするんだ!

 私は、絶対に、下がらない!

 

 

『2人が並んでいる! 並んでいる! 依然並んだまま――ゴールイン!』

 

 

 青空の下、並んでゴール板を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 風が、歓声が、煩わしい。

 

「ひゅはっ……はっ、ぐ……はっ、はっ……」

 

 ばたばたと、脚がよろめいた。

 ウイニングランと呼ぶにはあまりにみっともない。

 

 ウイニング、ラン……?

 そもそも、勝てたの?

 

 喉はからからで、鼓動に同期して痛みが走った。

 だめだ、苦しい。

 着順掲示板を見上げるどころじゃない。

 自分の身体がまるで他人のもののよう。言うことを聞かない。

 立ち止まって、膝を折る。

 息を荒げて芝を見つめる。それしかできない。

 

 観客席から地鳴りのようなどよめきが沸き起こった。

 

 勝者が決定したのかな。

 けれど頭を上げるのが辛い。

 誰か、代わりに見て。そして教えに来てほしい。

 

「おーい、スカイ! よく走った!」

 

 届く声。

 私のトレーナーさん。あなたのウマ娘はどうだったんです?

 

 まだ動けずに呼吸を整えていると、もう1人のチームメイトの足先が見えた。

 

「はぁ……はぁ……。スカイさん、いい、勝負だったわね。褒めて、あげてもいい、わ」

 

 ……キング。

 キングさ。ねえ? なんでもう、喋れるの? こっちは、なんか、気持ち悪くなって、きてんですけど。

 あ。

 まずい。

 

「ひゅ」

 

 地球がゆっくり傾いていく。

 地面が目の前にせり上がってくる。

 

 これほんとにやばいやつ。

 

 反射的に目を瞑る。頼りを求めて腕を上げようとしても冷たい汗が首筋を伝うだけ。

 怖い。

 

 手の平に、温かな感触が握られた。

 

 掴んで、くれた――

 

 

 

 

 夢は見なかった。

 

 ぱちりと目を覚ますと知らない天井が出迎える。

 頭はすっきりしていた。全身快適。

 むくりと起き上がる。

 見渡すと、場所はどうやら医務室で、自分はベッドの上で、傍らにはキング1人が座っていた。

 他には誰も居ない。

 

「あらおはよう」

 

 なんだか落ち着かない。

 寝起きにキングの顔を見るのは初めてかもしれない。

 というか、ずっと傍に居たってことは……寝顔、見られたか~。

 

「酸欠ですって」

 

 言われて、すぐに思い出す。

 私は倒れたらしい。

 阪神競バ場を全力で走りきり、余力がなくなって――

 

「あ、そうだ。順位、どうなった?」

 

 キングはすぐに教えてくれた。

 

「同着よ」

 

 じわじわと頭に染み入っていく。

 同着。

 ……過去のレースでもあったと思う。

 確か1%より低いって話なんだけど、それでもありえないわけじゃない。

 

 そうか、私とキングは互角だったんだ。

 

「同着、かぁ~……」

「がっかりした?」

「ううん、気が抜けた。勝つか負けるかしか考えてなかったよ」

「私もよ」

 

 奇妙な沈黙が漂った。

 いつの間にか、視線が絡み合う。

 キングヘイロー。私のライバル。チームメイト。そしてそれ以上のなにか。

 向こうも同じことを考えていると思う。それが伝わったのか、お互い同時に小さく噴きだした。

 

「あ~あ。これからどうしよっか? まさか2人同時に言いに行くわけにもいかないもんねぇ~」

「もう一勝負する? 種目はなんでもいいけど」

「いやーん、許してー。セイちゃんはもうへろへろなんです。そんな気力はありませ~ん」

「じゃあどうするの」

「もうさ、どっちが先でもいいと思うんだよね~。会ったらそのまま言っちゃおうよ」

「あら」

 

 キングは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「だったら早速、私の番ね」

 

 おもむろに立ち上がる。もう行くのかな、とぼんやり眺めているとドアの前で立ち止まった。内鍵をガチャリとかける。

 そしてキングはくるりと振り返った。

 シリアスモードな表情で。

 

「おお?」

 

 そのままずんずんとスツール椅子まで戻ってきて、でも座らずにベッドに腰掛けて、ぐぐいと端正な顔立ちを寄せてきた。

 

「キ、キング? どうしたの。なんか真面目な感じ、出ちゃってるけど」

「別に。ただ逃げられないようにしただけ。あなたって、真面目な話になると逃げるでしょ?」

「え。え~? まあ、確かに? そうかもしれないけど」

「あなた、前に言ったわよね? 私のこと、犬とオオカミの中間生物だって」

「あ、うん。言ったかも。もしかして気にしてた? 別に変な意味はないんだけど」

 

 キングはゆっくりとかぶりを振る。

 気にしていない、と。

 

「逆に私は言ったわ。あなたはウサギ。覚えてる?」

「うん。それがなに?」

「……知ってるかしら? 犬もオオカミも、ウサギに出会ったらすることは同じなのよ」

 

 あれ? なんだろ? え、なに、この雰囲気?

 

「キ、キングはさ、トレーナーさんのとこ行かないの? 今なら先に告れるよ~?」

「どうして私がトレーナーに告白しなきゃいけないの」

 

 あれ?

 あれあれ?

 なに? どういうこと?

 

「ちょ、ちょっと待って。だってそういう勝負だったでしょ? キングはトレーナーのこと好きだって言ったよね?」

「言ったわよ。トレーナーとして、好きだって。でも男としてじゃない。『Love』じゃなくて、『Like』なの」

「えええぇぇぇ……?」

 

 嘘でしょ?

 え~と……はは、そんなの詐欺でしょ?

 

 マヌケのような声しかでない。

 ひどい詐欺にあっていた。許されざる裏切り。取り返しのつかない場所まで昇らされたのに梯子を外された。

 えっ、ほんとに??

 

 じわじわとかつてキングが告げた台詞が蘇ってくる。

 

 

――ずっと考えていたの。このキングが更に次のステップに進むためには、やっぱりあのひとが必要だって。この先もずっと隣に居てもらわなければならない……。つまり、一生よ

 

 

 んっ、んんん~?

 た、確かに? なんかビジネスパートナーっぽい言い回しだなーって思ったけど。

 でも『一生』って言ってるじゃん。言ってるじゃん!

 

 

「だ、騙したなー!?」

「騙してない」

「だって、ほら、この勝負、『勝った方が先に告白する』って話だったでしょ? だったらキングはLoveでもないトレーナーさんに告白するつもりだったの? 違うよね? なら勝負にならないじゃん! 私だけが告白することに…………あっ!?」

 

 かちっと頭の中でピースがはまる。

 

 そうか、それこそが狙いだったんだ。

 キングは私をはめたんだ。

 

「全部、私を告らせるための出来レース……?」

 

 身体中から力が抜けていく。へろへろとベッドのシーツに手をついてどうにか身体を支えた。

 そんな私を見て、キングはもう一度かぶりを振った。

 

「おばか。違うわよ」

「なにがー!」

「嘘なんて1つもついてないわ。ええ、私もちゃんと告白します。そのためにここに居るんですもの。……確か、会ったらそのまま告白する、だったわよね?」

 

 キングは自らの勝負服の首元に指を入れる。さながらネクタイを緩めるサラリーマンのようにボタンを1つ外した。上気した頬。上唇をぺろりと舐める舌の艶めかしさがなぜか印象的だった。

 ベッドの上ににじり寄ってくる。

 

「んえっ、ちょっとっ?」

 

 思わず後ずさったが、すぐに後ろの壁にぶつかってしまう。追い詰められる。呆然と見上げた女の目は三日月の形になっていた。あっけにとられてしまい、肉食獣の牙の隙間から漏れでた呟きを聞いていることしかできない。

 

「ほんとわかりやすくて、鈍感なひと」

 

 オオカミが、ゆっくりと腕を突きだした。

 

 あ、知ってる。

 これ、壁ドンってやつだ。

 

 ――などと、どこか他人事のように考えているのを別の自分が遠いところから必死に諌めている。けれど頭はバカになっていた。心音はうるさくて鼓膜まで届いていて、喉が渇いてしょうがなくてごくりと唾を飲みこんだ。それ以外まったく動けない。

 

 え、どうなってんの? これ、ほんと? ほんとのやつ? そういうやつ?

 

「あ、あああれ? これ、顎クイってやつじゃなぁぁい……?」

 

 覚えのある温かな手の平が重ねられた。動けない。手と顎と壁の3点で留められた哀れな草食動物は眼前の捕食者に慈悲を願うしかなく、しかしその潤んだ瞳がかえって仕留める好機だと知らせてしまっていることに未熟なセイウンスカイは気付けなかった。

 もう食べられるしかない。

 

 キングヘイローはずっとずっと狙っていた。

 調べて、考えて、準備して、用意して、策を講じて、とにかくあらゆる仕掛けを施して――そうやって獲物を追い詰めて、勝負所になったら真正面から速攻をかけてくる。

 そんな超一流のウマ娘に、無防備に手ぶらで何の策も用意していなかったトリックスター(笑)が敵うわけがなかった。

 

「この私キングヘイローは、あなた、セイウンスカイのことを――」

 

 

 

 

 

 み゛ゃっ!?

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「――はい、というわけでっ、我々黄金世代による黄金会議、その記念すべき第1回目の依頼は無事成功ーーっ、デェェス! おしまーーいっ!」

「……ちょ、ちょっと待って!?」

「なんデスか、スペちゃん!」

「いいの、これでっ?」

「いいも何も……今回の依頼者はキングちゃんなのですから。彼女の願いが叶えば万々歳じゃないデスか。ですよね、グラス?」

「そうですよ。何の問題もありません」

「え、え、ええええ? セイちゃんはどうなるの?」

「愛することは生き物の本能であり、愛は常識に縛られません。愛が常識に負けていいんですか? 良くありませんよね?」

「セイちゃんの意思はっ?」

「あとは若い2人に任せましょう」

「同じ世代!」

「アメリカでは多様性に寛容なのデス」

「ここ日本! いや、う~ん……えっと、なにかが! なにかが、おかしい!」

「どうもセイちゃんを贔屓してるみたいですねぇ。まあいいですけど。……ところで、ちょっとそこの窓からグラウンドを見てください」

「……あ、セイちゃんとキングちゃんが走ってる。追いかけっこ?」

「いいえ。自主トレです」

「前のセイちゃん、すごい必死だね……」

「あの真剣さは見習いたいですよね。まるでサバンナの狩りのような追跡と逃亡。もしも捕まってしまったら命かそれに近いものを取られてしまうんじゃないかと思わせるほどの迫力です」

「……」

「彼女たち、あんな自主トレを休み時間毎にやっているみたいですよ。他のウマ娘たちは恐れをなして彼女たちのチームにはけして入ろうとしないそうです」

「……あれってさ、本当にトレーニングなの?」

「混ざってみればわかるんじゃないですか?」

「スペちゃん、行ってみたらどうデス? 私は絶対に嫌ですけど」

「……私も、ちょ~っと遠慮したい、かな」

「はい。じゃあこの話題はおしまいです」

「では次の依頼に行きましょう~。黄金会議、第2回のお題は~、ご存知こちらの怪物グラスワンダーから……どんっ!」

 

 

 

  第2回! チキチキ ☆ 恋の花火よーいドッカン ☆ サポート大会!

 ~ グラスワンダーを担当してるトレーナーだが、俺はもう限界かもしれない ~ 

 

 

 

「エル?」

「こっ、この副題をつけたのは私じゃないデェェス!!」

「スペちゃん?」

「違うよ!?」

「じゃあ、誰が、」

「どーーーん! 私だよっ、セイちゃんだよーっ!」

「わあっ、びっくりした」

「こらあっ、3バカ黄金世代! よくも私の知らないところで――ウワァッ、もう来た! むむむっ、次回は私も一枚噛むからねっ! さよならっ」

「どーーーん!」

「わっ、今度はキングちゃん!」

「おーっほっほっほ! 一流のウマ娘、キングヘイローよ! スカイさんはどこっ?」

「あっち」

「あっち」

「あちらです」

「一流の返答に感謝するわ! では、また!」

「……」

「……」

「……行っちゃいましたね」

「あのね、私、思ったんだけど」

「うん? なんデス、スペちゃん?」

「よく上手くいったなって。私たちのサポートってことごとく失敗しちゃってたよね」

「ああ、そうですねえ。……そういえば、こんな噂を聞いたことがあります。トレセン学園には恋の妖精さんが居るって」

「なんですそれ~? 三女神の亜種みたいなヤツですか?」

「いいえ。どうやら実在するウマ娘らしいです。なんでも人知れず誰かの恋路を助けてくれているという話ですが……」

「へえ~! そんなウマ娘が居るんだ! 誰だろうね~? 会ってみたいなぁ」

「まあ、噂は噂ですからね。あまり頼りにしても仕方ないでしょう。問題事は自分自身や周りの友人たちとともに解決すべきです。そのための黄金会議でしょう?」

「そうですねー」

「ですので……次の黄金会議、つまり私の依頼はけして失敗しないようお願いしますよ? エル?」

「ケ!? どうして私限定なんデス!?」

「頼りにしてるからこそ言うんです」

「絶対に嘘ですよね!?」

「まあまあ。……え~と、グラスちゃんの依頼って何だっけ」

「また恋バナですよ! お相手は、グラスのトレーナーさん!」

「そうです。ちなみに失敗したら、お腹を切ってもらいます」

「うひ~~。冗談に聞こえまセン!」

「そ、それで、いったいどんな悩みがあるの?」

「ええ、それは――」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 ウマ娘。

 彼女たちは走り続ける。たった1人分しかない栄光を勝ち取るために。

 けれど、彼女たちは独りじゃない。

 競い合う友がいる。

 支えようとするトレーナーがいる。

 夢を託す大勢のファンがいる。

 

 今日も誰かが誰かのために手を伸ばす。

 温かなゴールへと辿り着けるように。

 

 

 

Their story never ends.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、セイちゃんとキングちゃんのトレーナーさんだ、こんにちわ! ウララだよ! ……えっ、知ってるの? わあ、嬉しいなあ! うん、そうだよ、キングちゃんのルームメイトで、セイちゃんともお友達なの。……あっそうだ、聞いてよ。こないだの休日なんだけど、セイちゃんがすっごくおめかししてお出かけするの見たんだ。もしかしてキングちゃんと一緒なのかなーって思ったけど、キングちゃんはお部屋に居たし、スペちゃんたちも一緒じゃなかったみたいなんだよね~。じゃあ独りで出かけたのかなって思ったけど、そしたらあんなにおめかしする必要ないよねって思うんだ。うーん、不思議だよね? それでね、夕方になったら帰ってきて、すっごくカチカチな顔してキングちゃんを物陰に引っ張ってって、「私も言ったから」って言ってたんだ。キングちゃんはすっごく難しい顔になって「そう」ってだけ言ってね、それでお話は終わっちゃった。なんだったんだろう? それが一週間前のことなの。でね、それからセイちゃん、ずっと様子が変なの。日が経つごとにそわそわ落ち着かなくなってて、あるときウララ気付いちゃったんだ。そわそわするのってトレーニングに行く直前だって!

 ……ねえ、すぐにお返事してあげなきゃだめだよ?」

 

 




読了いただきありがとうございました。

途中の黄金会議のくだり、話の流れをぶっ壊してる感がすごくて抜こうか迷いました。けど入れたくてしょうがなかったんです。こういうのの両立ができる作者になりたい。


※実況でスズカさんが変な言われ方をしていますが不幸があったわけではありません。アメリカで楽しく元気にやっております。
※セイちゃんが河川敷で歌ってるのは『Beatles』の『YESTERDAY』です。
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