たとえば、こんなセファール。   作:けっぺん

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第十幕『星を照らす篝火』-1

 

 

 ここまでは順当――と、信じ込むことで、内心の焦りを制御する。

 なおも危機は危機。私たちは未だ、滅亡の淵で抗っているに過ぎない。

 

「陣形を変えるぞっ、頼む、ヘカテ!」

「了解したわ! 全員、衝撃に備えなさい!」

 

 アトリの号令に応じて、転移術式を起動する。ヒルデにはそこまでの余裕はあるまい。

 抗うべきはこの場所だけではない。ここで私たちが嵐を打倒せんとする一方で、現在進行形でこの世界の皆が戦っている。

 この場の全員の座標を確定し、転移を実行しつつも、振り返る。

 障壁は万全ではない。空からの侵略種を押しとどめ、天を征くワルキューレたちが全霊を尽くして討伐しているが、それでも障壁を貫いて落ちてくるものはいる。

 

 それを市民たちに至らせないための、元々アトリが指揮していた騎馬部隊のワルキューレたち。

 そして――数々の防衛機構を展開するワルキューレと、彼女たちとともに戦うことを選んだ人々。

 彼らの生きざまたる輝きが、遠くに見える。

 細かく一つ一つを見て、不安なところがあれば手助けしたいところではあるが、私にさえ千里眼を維持する余裕はない。

 信じるしかあるまい。いや、信じるとも。技術局の努力家な弟子たちの頑張りを。ワルキューレたちの意地を。

 

 とはいえ――とはいえ、だ。

 落ちてくる侵略種は絶え間ない。普段はそれらに分担して当たっている、この世界の最上位戦力たちも、この場に集まってしまっている。

 そして、その状態はまだ続く。あの嵐たる蛇竜は、それほどの存在だ。

 

「次、お願い……!」

 

 きゅっ……と、胸の内で不明なエラーが生じる。

 そう……不明なエラー。正直に言えば理由など分かりきっているものを黙殺する。

 まったく関係のない、自分たちとは異なる歴史のために全力で戦う少年少女は、体力の消耗を気力で補い、疲労を押し殺して戦い続けている。

 嵐から分かたれた風の刃を少女の盾が受け止めて、その隙に少年が新たな英霊を呼び出す。

 

「なるほど、大した憎悪だ。古ぼけた恨みつらみであそこまでの嵐を巻き起こせるとは」

 

 黒鎧の騎士。これまた……凄まじいのがやってきたな。

 先の、現在進行形で怨念の津波を堰き止めている蛇竜もそうだが、カルデアとは一体どれほどまでに見境のない場所なのだろう。

 駆る黒馬の強壮さはエクリプスにも劣るまい。暴風に晒されても決してその疾駆は鈍っていない。

 

「だが、こちらも伊達に嵐の王(ワイルドハント)を冠している訳ではない。旧き神話に、格の違いというものを知らしめてくれる」

 

 ……ちょっと待て。あの槍、まさか最果ての塔か?

 なんてものを持ち出してきているんだ。ほんの一時、そして影とはいえ、他所のそれがこの世界にあっていいものなのか?

 離れた場所にいる彼らにそんな不安が届いてくれる筈もなく、騎士は槍の先を嵐の中心に向け、その暴威を解放する。

 

「打ち砕け――『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!」

 

 赤黒い爆発を伴った、嵐の螺旋は、咄嗟に展開された防御反応だろう風の防壁を容易く粉砕する。

 騎士本人の、嵐の具現としての性質も相まって、この場においてかなりの優位性を発揮したようだ。

 そして騎士は、最奥に届かせることは不可能だと判断したのか、或いはあれに対して有効な手立てを即座に悟ったのか、ごうごうと唸る槍を横に薙ぎ払った。

 大規模な破壊はさぞあの嵐に効いただろう。

 僅かながら、その勢いが収まり、皆が息を入れ直す猶予になる。

 だが、あれほどの大威力の攻撃を使えば、現界は維持できない。強力な英霊であっても短時間しか維持できない、彼らの使う簡易召喚の弱点か。

 令呪とかいう代物でブーストをかけている蛇竜も、いずれ限界が訪れよう。それまでに、どうにか優勢に持っていきたいところだが。

 

「私の嵐が纏う呪詛も、向こうからすれば新たな牙か。だが、それ以上に鎧は剥がせただろう。この機を逃すな――どうやら、言うまでもないようだな」

 

 槍が放つ赤黒い輝きが伴う呪いは、やがて向こうを強化する。

 その前に、可能な限り弱らせる。一度好機が訪れたら徹底的に攻勢に出るべきだというのは、私たちの世界でもまた同じ。

 一足早く嵐に突っ込んで、それぞれの力を好き放題に解放する者たちを見ながら、騎士は消えていく。

 そして、少年も慣れたもの。

 嵐が体勢を立て直す前に、すぐさま次の英霊を呼び出した。

 

「ハッハァ! 大当たりだ! 次に喚ばれるならアタシだって思っていたよ、マスター!」

 

 荒れ狂う海ではない、嵐そのものに乗って、しかし粉々になることもなく悠々と飛ぶ船の群れ。

 そして、その一隻に立つのは、赤髪の女海賊。

 

「ちょ、なんですかこの船、邪魔なんですけど」

「ああ、ちょいと邪魔させてもらうよ! なんせ嵐を超えるのはアタシら船乗りの専売特許なんでね!」

 

 ……一見突出していない英雄に見えるが。

 その実、あれは『難攻不落』を堕とすことに特化した英雄だ。

 限界を超え、崩れない壁を崩し、道なき道を征き、超えられない海を超えることを何よりも得意とする――この世界には決して生まれ得ない英雄だ。

 輝ける星、人々の希望、そういう存在。

 ……あそこまでか。汎人類史の英雄とは、あそこまで眩しいものなのか。

 

「ふむ。(エクリプス)、あっちだ。この船、足場にちょうどいい。少し休ませてもらうぞ」

「好きに使いな! だが休んでいたら、あんたたちの出番はなくなるけどね!」

「む、それは困る。お前たちの後塵を拝せば妹たちに示しがつくまい。行くぞ、(エクリプス)

 

 攻撃の威力は、こちらの世界の面々が勝る。

 あの船の数々に積まれた砲も、あの英霊が持つ装備も、この世界の最前線に匹敵するほどの火力を引き出せる訳ではない。

 だが、この中で誰よりも、嵐に対して有効なのはあの英霊だ。

 この世界には生まれない輝く星は、嵐がまったく想定していない存在となる。

 それに、彼女の言い分。あれは真実なのだろう。

 嵐など日常茶飯事、幾度もの死を乗り越えた海賊。彼女を前にすれば、世界を滅ぼす嵐でさえ凪の如くか。

 

「さあ、ぶっ放しな野郎ども! あ? 船が空飛んでる、だあ? 今更そんなこと驚いてんじゃないよ! 世界が違うんだ、船も空を飛ぶだろうさ!」

「ああ、飛行用の船ならあるぞ。使い勝手が良くないのであまり使われていないが」

「マジで!?」

 

 ……アトリと気が合うな、あいつ。

 軽口を飛ばしあいながらも、船という船を飛び移っては嵐の鎧を次々と剥がしている。

 まだ向こうの規模は底知らずだが、削れば削っただけ、世界(セファール)に被害が行くのが遅くなる。

 

「く、ぅ……っ」

 

 嵐の奥底から、小さく苦悶の声が聞こえてくる。

 どれだけ嵐を削っても、どこにいるのかも分からない本体が傷つくことはないと思うが……制御に支障が出るのだろう。

 こうして相手を困らせて、時間を稼いだだけ、本体を探す好機も生まれる。

 

「っと、生温い嵐かと思ったら、ちょっとはやるじゃないか」

 

 しかし、向こうもやられっぱなしではないようで、風の圧が突如強まり、英霊が乗っていた船を粉々に押し潰す。

 それに巻き込まれるほど鈍くはなく、少年の前に降り立った。

 

「ドレイク、まだいける?」

「おうさ。少しは海賊らしいところを見せてやらないと、来た甲斐もないってもんさね。とはいえ、だ。戦う以外にも、用事があってね」

「用事?」

 

 嵐はうちの連中が相手取ることで、彼女への追撃を防いでいる。

 武器を持ち、油断なく向こうを見つめながらも、契約者たる少年に話しかける。

 

「こっちの状況は喚ばれたサーヴァントたちを通してカルデアに伝わっている。んで、その情報をもとに探偵サマやら学者先生やらが真名の有力候補を割り出してくれたのさ。ま、アタシらの世界のそれとは、根本的に違う存在なんだろうけど、呼称はあった方がいいだろ?」

「ッ、ドレイクさん、その真名とは……!?」

「イルルヤンカシュ――嵐神の敵を宿命付けられた蛇竜だとさ!」

 

 それを聞かされた二人とも、あまりピンと来ていない辺り、それほどメジャーな伝説ではないようだが……どの道、目の前に広がる嵐とはまったく違う存在なのだろう。

 先の男に付けられていた銘――ウルリクムミもまた同様。

 いつか、世界が変わる前は意味のあった名前であっても、今の時代においては一つの敵を示す名前でしかない。

 だが、重畳。それらしい名前が分かったのであれば、いつまでも無名の嵐である必要はない。

 この場の全員……いいや、巨神国全域に、声を拡散して伝達を行う。

 

「――傾聴! これより巨神国西沿岸部の巨大嵐(スーパーセル)を、特級侵略種、イルルヤンカシュと呼称するわ! 風の一凪ぎが世界を侵す、この世界最大の敵よ! 各防衛機構担当は嵐への警戒も怠らないこと!」

 

 今やあれがただの嵐でないことを分かっていない者はいないと思うが、念のため。

 するとそこから数秒の後、巨神国の中心部から魔力砲の群れが飛んできた。

 ずいぶんと準備が早いな――そういえば、一人野良のサーヴァントが召喚されていると聞いた。

 各地の機構の改良も急速で進んでいるようだが、これはそいつの指揮だろう。

 とはいえ……手数は多いがあの規模の嵐に対して、有効打にはなっていない。

 そう見るや、肩を竦めたキツネ女が、こちらに歩いてきた。

 

「なんとまあ、よく躾けられた部隊ですこと。とはいえいささか威力不足な様子。仕方ありません、これも契約……私も力の限り、貢献するといたしましょう」

「……力の限りとか、縁起でもないわね。まあ、今回ばかりはあんたみたいなのでも頼りにしないといけないんだけど」

「信用していただけているようで何より。では、あの偏屈学者様のところまで送ってくださいます?」

「はいはい。行ってきなさいな」

 

 正直……この悪性を好き勝手させておくのは避けたいのだが、そうも言っていられない事態だ。

 少なくとも、これはこっち側で成立した悪性じゃないし、悪さをすることはないと信じるしかあるまい。

 この女の兵器運用能力で、防衛機構の数々がイルルヤンカシュに対しても有効になるのなら、願ったり叶ったりというものだろう。

 もう一人のサーヴァントの座標を洗い出し、キツネ女を転移させる。これでまた一手、勝ちに近付いて――。

 

「……もう、うっとうしいなあ!」

 

 次の瞬間、黒雲の立ち込める嵐の奥底がきらりと輝き、蠢く魔力が増幅する。

 練り上げられた殺意が向く先は、汎人類史の少年――!

 

「ッ、マスター!」

「まず――!」

 

 少女が咄嗟に大盾で庇おうとするも、準備もなしに防げる攻撃でないことは明らかだった。

 ……っ、仕方ない。

 彼らの前に転移する。直後、降り注いだ閃光で、視界が埋め尽くされた。

 

「あ……――――!」

「ヘカテさん……!?」

 

 衝撃は大したことはない、そう自分に言い聞かせる。

 演算回路がいくつか焼き切れたことを自覚する。

 体中に罅が入る。機能の拡張に伴って増設していった魔術回路のうち、老朽化したものが耐えきれず弾け飛ぶ。

 とはいえ――起動は間に合ったか。体内に防衛用の魔術を仕込んでおいたのが功を奏した。もっとも、誰かを庇うための備えでは、断じてなかったのだが。

 

「問題ないわ! それより動かないこと! 今展開しているのは個人用の対粛正防御障壁! 少しでも動いたら消し飛ぶわよ!」

 

 しかしこれは……私たちが踏みしめている地面の方がもたないか。

 

「く……、セファール、セファールッ!」

『っ――何、ヘカテ』

「ごめん、中枢だけは死んでも守るから、耐えて!」

 

 謝罪だけ告げて、通信を一方的に切る。

 そうしている間に攻撃は止む。

 中心に溜まった魔力は、セファール以外の単一の存在が果たしてそこまでの量を制御できるのかと疑問に思うほどの、冗談みたいな密度になっていた。

 そして――まずいな、皆が戦っている場所からは見えていないだろうが、嵐の上方に魔力溜まりが動いている。

 雷の牙が並ぶ、黒雲の竜頭。その輝く瞳は、真っ直ぐ巨神国の中心部――セファールに向けられていた。

 あれは、セファールを直接攻撃するつもりか!

 

「ヒルデッ! 霊脈石柱、一番から八番、全部起動しなさい! 全速力よ!」

『は、はいっ!』

 

 準備しておいて助かったか――指示に従ったヒルデが巨神国の各地に仕込んでおいた石柱を展開する。

 巨神国の北側半分の八本。そして南側の八本は、私の方で起動する。

 あとは……問答無用だ。十六本を繋いだ範囲の外側にいる人間、ワルキューレ、動物……片っ端から捉えて、その内側に転移させる。

 ああ、くそ、こっちも準備しておくんだった。自分の詰めの甘さを呪いつつも、並行して十六本を紡ぐ。

 あの一本一本が、何百年間も魔力を貯め込んだ触媒だ。普段巨神国の運営資源の一部でしかないそれの真髄を知っているのは、私のみ。

 

「あれは……ヘカテさん!」

 

 竜頭にマシュも気付いたらしいが、はるか上空のそれに対応する手段は持っていない。

 今回は彼らの出番ではない。まだ、この後戦ってもらわないといけないのだ。無茶をさせても仕方ない。

 

「あんたたちは少しでも体を休ませなさい! こういうときのために用意してきた切り札なのよ――出し惜しんでいられるかっての!」

 

 竜の首が伸び、この場で戦っている者たちを放置して――凄まじい速度で巨神国の中心に向かって突っ込んでいく。

 ここにきて、露骨な行動を取ってきたものだ。だが、重畳。

 そう来るのならば、私の城塞(しんでん)も無駄にはならないというものだ――!

 

「これは新天地に在りし冥府の最後の名残! 目覚めよ――『決戦術式・冥府城塞(ヘカティック・サーベラス)』!」

 

 巨神国を囲むように展開される死色の城壁に、嵐の竜頭が激突し、霧散する。

 これが私に二つある切り札の一つ。事前準備をしていなければ、構築に相応の時間の掛かる大儀式。

 ……こいつを今の私が、いつまで維持しきれるか。

 そんな弱音を吐きかけるが、我慢だ。もう一つの方を使う必要さえ出てくるかもしれないのだから、その余裕も保っておかないと。

 さあ、後半戦だ――嵐の動きを悟り、移動を始める面々を見ながら、私も気を引き締め直した。




■アルトリア・ペンドラゴン[オルタ](ランサー)
下乳上。ぐだの呼び出したサーヴァントの一騎。
嵐の王の顕現として呪詛の嵐に真っ向から対峙することができる。
聖槍による攻撃は重度の呪いを伴うため、呪いによって強化される嵐に対しては相性が悪いのだが、強化以上の被害を齎したため差し引きでプラス。
へかてさま「最果ての塔の影って……? なんてもん持ってんの汎人類史の英霊は……!?」

■フランシス・ドレイク
ぐだの呼び出したサーヴァントの一騎。
こちらも嵐の王としての性質を有し、加えて幾度も嵐を乗り越えた海賊としての生きざま、そして何より「星」に属する性質から、嵐に対して最高の相性を持つ。
カルデアには召喚された英霊が持ち帰った情報しかフィードバックされていないため、カルデアの知識担当が出した推測を伝えに来る役目も担った。
へかてさま「星の開拓者、か……羨ましいわね、まったく」

■イルルヤンカシュ
破天海域イルルヤンカシュ。救世者たる嵐の蛇竜に与えられた銘。
ヒッタイト神話に語られる、嵐神と対立する強大なる蛇。
天を司る神と戦う蛇竜という、多くの神話体系に見られる宿命の神敵。類似例として、インド神話のヴリトラやギリシャ神話のテュフォンが挙げられる。
この世界におけるイルルヤンカシュは汎人類史のそれとは異なり、“とある村”から見出されたただの人間に集まった神々の妄念の具現。

■『決戦術式・冥府城塞(ヘカティック・サーベラス)
ヘカテが二つ持つ切り札のうちの一つ。
大魔術さえ瞬時に構築できるヘカテをして、発動に長い時間と膨大な魔力を必要とする特級の魔術式。
ヘカテは侵略種との戦いが本格化する前から、この魔術が必要になる「巨神国防衛」の時が必ず訪れると見越して、魔力を貯め込み術式を事前に構築する石柱を巨神国の各所に配置していた。
かつて放棄した冥府の属性により、主に死者や病、呪いといったものに大して強力な特攻性能を有する陣地防衛術式。
守りだけでなく、強大な攻撃機能をも有するが、現在のヘカテがそれを運用するには、大規模な固有結界を複数同時に維持するにも等しい負荷がかかるようだ。
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