結界師原作終了直後の利守が19世紀末の英国に時間遡航し、そこでのちのウィリアムとルイスと出逢い、そしてその思想に共鳴する――
pixivより転載

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【憂モリ×結界】モリアーティ家の「五男」は日本人である

 モリアーティ兄弟は容姿が整っていることで貴婦人たちに評判だ。ブルネットに緑の目の長男、金髪に赤い目の次男と三男。その中でもこの英国においては際立って目立つ「義弟」がいる。

 夜色の髪と目をした青年。彼は「三男」「四男」と同様モリアーティ家に引き取られ、そして家を焼いた大火事で生き残った子どもだった。

 

 括った長い黒髪。ざらりと靡くそれは人目を惹く。小走りに駆けていく彼の顔かたちも目を集めた。

 東洋人だ。おそらく、日本人。

 日本人らしからぬ長身を洋装に包んだ彼は、紐で縛った本を片手にただ駆けていく。そして、彼はある屋敷の門扉を開いた。

 そんな彼を「お帰りなさい」と出迎える金髪に眼鏡の青年。彼に、黒髪の青年は息を弾ませながら問うた。

「ルイス義兄さん、ウィル義兄さんは?!」

「えぇ、先ほどお帰りになりましたよ」

「やった!」

 声を上げ、どたばたと彼は駆け込んだ。「埃が立ちますよ!」と眼鏡の青年――ルイスに小言を言われながらも構わず、リビングに飛び込む。

「ウィル義兄さん! 久しぶり!」

「やぁ、元気そうだねトシモリ。オックスフォードでの暮らしはどうかな」

 ソファに腰かけ優雅に紅茶を喫する金髪に緋色の目の青年、ウィリアムは、そうして「2人目の義弟」と数か月ぶりの再会を果たした。彼の名はトシモリ・ジェームズ・モリアーティ。オックスフォード大学に通う学生である。

 

 現代日本に生きているはずの「墨村利守」が19世紀末の英国に――それもモリアーティ家に身を寄せているのか。それには少々の説明が必要だ。

 まず、なぜこの時代にいるのか。それについては利守自身よく把握していない。トラックに撥ねられたわけでもなければ通り魔に斬りつけられたというわけでもない。彼はいつも通り、朝起きて朝食を食べ、ランドセルを背負って家を出た。そこで真っ白い光に包まれて――

 気が付くと、彼は19世紀末の英国にいた。それもイーストエンドに。

 そこから彼が自分がどの時代にいるのか、自分がどこの国にいるのか、そしてこの先どう生計を立てていけばいいのか――情報を得るにつれて彼は絶望していったし、ただでさえ物珍しい東洋人の、親のいない子どもということで悪目立ちしてしまった。詳細は省くが、彼は絶望していた。絶望の中、辿り着いたのが潰れた古本屋だった。小説家の父に影響されて本にはなじみが深い。最近は洋書にも手を出していたので、英文はなんとなく読めた。会話は困難だったが――呆然と古本屋を見上げていると、扉が開いた。

『あの、お店に御用ですか? すいません、潰れてしまっているんです』

 出てきたのは金色の髪に赤い目の、聡明そうな少年だった。あとから出て来たのは弟らしいと、髪や目の色、顔立ちを見て判断できた。利守にできたのはそれだけだった。

 少年が利守の窮状を――少なくとも言語もろくにわからず路頭に迷っていることだけは――悟ってくれたあとは早かった。

 少年は英語を教えてくれた。古本屋には日本語を英訳した本も何冊かあり、それを教科書に教えてくれた。少年も自身の日本語を会得していたから、教え合ったという方が近い。ルイスと名乗った少年の弟とも交流を図った。共に暮らして2ヵ月程度で読み書きと、日常会話を熟せるようになったのは教師が良かったからとしか言えない、と利守は思っている。その教師も利守に英語を授ける段階で日本語を会得したが。

 その後、行き場のない利守は少年たち兄弟について孤児院に入ることになった。あからさまに東洋人の見た目をしている利守を、共に過ごしていくうちに少年たちは弟として扱った。

 それからは流れのままだ。

 ルイスはそれから心臓を悪くして、その手術のためにもモリアーティ家に引き取られた。そのときは「弟だ」と言い張ってくれた「兄たち」のために自身もモリアーティに名を連ねることになった。

 そして、あの火事が起きた。

 あの火事の真相を、利守はちゃんと知っている。その場に居合わせたから。本来の「次男」と「母」を瀕死に追い込むところまで見届けたから――

 つまり、利守も少年――今の名をウィリアム。彼の思想に賛同していた。

 東洋人、日本人であるというだけで排斥の目で見てくるような英国の思想にうんざりしていたから。

 

 アルバートが帰ってくるまでには少し時間がかかる。ルイスが淹れてくれた紅茶を喫しながら利守は、ウィリアムと歓談する。歓談というには少々内容は血腥かったが。

「それで義兄さん、次のプランはどんな貴族殺しの事件の相談を受けてるの?」

「それが少々梃子摺っていてね……トシモリ。君の意見も聞きたいところだ」

「僕はウィル義兄さんほどあくどくないよ」

「謙遜は度を過ぎると傲慢だよ。――あぁ、アルバート兄さんが帰ってきた」

「出迎えに行ってくるね」

 そう言ってカップをソーサーに置くと、利守は慌ただしく玄関へと向かった。馬車の音が近づいてくる。未練も感じさせないその行動にウィリアムは擽り笑う。ルイスがそれに苦言を呈す。

「いいんですか兄さん。トシモリにあんな奔放に行動させて」

「いいんだよ、ルイス。トシモリは型破りな行動をすることでこの国の人種差別について一石を投じてもらう。そういう役割を担ってもらうつもりだからね」

 そこで、ルイスは問いたくなった。実際、問うた。

「……それは、兄さん。トシモリを『最後の事件』に連れていくつもりはない、と?」

 それに、ウィリアムは直接は答えなかった。

「貧富の差、階級の差。それについて一石を投じるためのモリアーティプランだ。けれど人種差別についてはこれに含まれない。含むことができなかった。……トシモリには、そのための贄になってもらう」

「……トシモリは、そのことを?」

「勿論、本人も承知の上だよ」

 紅茶を啜りながら、ウィリアムはこともなげに言った。

「すべて終わったあとで、議員にも隙ができるだろう。そこに、トシモリはつけ入ることができる。トシモリは英国初の日本人議員として人種差別の撤廃を訴えてもらうつもりだ」

「……モリアーティプランの最後を考えると、トシモリにとって厳しいものがあるでしょうね」

「なに、大丈夫さ」

 ウィリアムは言った。

「トシモリは強い子だ」

 その一連の会話を、利守は聞いていた。聞いていて、それで立ち去った。

 実に全くその通りだったので。

 

***

 

 それはモリアーティプランも大詰めの頃。

 利守はオックスフォード大学に通い続けていた。身内に犯罪者がいるということで糾弾する者もいたが、利守は構わず講義を受け続けた。

 それも長期休みに入りモリアーティ邸に入ったとき。ルイスが不意に問いかけてきた。

「なぜ? トシモリ」

「なぜ、って? ルイス義兄さん」

「わかっているだろう、トシモリ」

 ルイスは拳を固めた。

「なぜ敢えて今、目立つ真似をする? 今大人しくしていれば――」

「義兄さん。それじゃ意味がないんだよ」

 利守は微笑んだ。慈愛に満ちたような、綿のように疲れたような笑顔だった。

「ルイス義兄さん。きっと、アルバート義兄さんは事が終われば自分に重罰を科す。ウィル義兄さんは自分を生かしておかない。そうなると、家を継ぐのはルイス義兄さん。あなたになる」

「なら」

「だからこそだよ、ルイス義兄さん」

 利守は笑みを深めた。

「ルイス義兄さんはきっと、MI6の『M』を継ぐことになる。そうなると陰で動くことになる……僕は、表舞台で衆目を集める。それが役目だと思ってるんだ」

 その言葉に、ルイスは思わず言葉を継いだ。

「――君は、ウィリアム兄さんが死ぬことを受容すると?」

 その言葉に、利守は彼の言葉の真意を知ったが、だからこそ頷いた。

「僕はね、ずっと前から……出会ったときから、ウィル義兄さんが死にたがっていることを知ってた。それが1番だと、彼は思いこんでいるから。僕はそれを否定できない。

 ――かつて、僕の母が、すべてを考えた上で自分が犠牲になることを選んだ。ウィル義兄さんの選択肢は母を彷彿とさせて……僕にはね、ルイス義兄さん。それを否定できる権利がないんだ」

 そして利守は自室へと戻っていった。

 

 利守が、そんなルイスとフレッドがホームズにウィリアムの助命を求めたことを知ったのはあとのこと。

 ああ、そういう選択肢もあったんだな。利守はロンドンブリッジで対決するウィリアムとホームズを見つめながら、そう思った。

 

 

 これは英国で初の日本人議員が活動をはじめるまでの物語。

 

 

 

 

 

End.


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