時間が取れねぇ…!
人間讃歌石楠花です。
毒ガスクソガキに軽めのデコピン、軽めのビンタ、軽めの腹パンをお見舞いしだけで意識を失った。
腸が煮えくりかえるぐらいにはストレスが限界突破しているが、流石にこれ以上力を強めて殴れば破壊してしまうためギリギリの力にセーブするぐらいには冷静だ。
ただ、額と頬と腹はどす黒く変色してるので、意識が戻った後に地獄を味わって欲しい。俺の打撃による痛みは中々消えないことで有名なので。
ラグドールと2分だけという約束を一方的に漕ぎ着けて駆け出したため、何としてでも2分以内に帰らないといけない。あと、百達も悲しませてはいけない。
どうやら俺は抹殺対象に入っているらしいので。
まぁでも…
「問答無しで即打にしとけば1分でも問題なかったな」
「「「えっ…!?」」」
音も無く皆の元に帰ってきてみれば、驚愕の表情を持って出迎えられた。
「うっ鱗さん!?瞬きの間に姿が消えてしまったので心配したのですよ!?敵が抹殺するために動いている中何かあったんじゃないかと…!?怪我はございませんか!?」
「石楠花君何処に行ってたにゃん!!抹殺対象に選ばれてる中で単独行動するなんて…!!」
「石楠花おめェ無茶するんじゃねェ!!」
「そうだぞ石楠花!伝えることだけ伝えて急にいなくなって…!私らがどれだけ心配したか…!!」
「んっ…!!」
「おお……すまん」
それは…そうか。抹殺対象に選ばれてる奴がいきなり2分だけとか言って急に手が届かない場所に行けば、そらそんな反応になるか。
こればかりは利益のみしか行動基準に反映しない心の持ち用が裏目に出たな。俺達一族なら目的のために平気で他者を切り捨てる。
皆のようは尊ぶ心を持ってないからこそ、心配というあまりにも非合理的な感情から発せられた言葉が、陳腐に思ってしまう訳か。
感情という名のノイズ。今の俺なら理解が出来ないが、襲撃が始まる前までの俺ならば理解が出来ていた。
そして、理解が出来るならば何も感じていなくとも対処できるのが今の俺だ。
「勝手に行動した事はすまん。ただ、なるべく早く対処しないと被害が広がって、最悪の可能性があったからな。距離もそこまでじゃないし、例え敵が俺を見つけても最速で動く俺をどうする事も出来ないと踏んだんだよ」
「えっ…あっ!!ガスが晴れていきますわ!?」
「ガスごと敵の個性ならば、本体叩けば何とかなると思ってね」
「おお!ガスマスク無しで呼吸ができるぜ!」
「ちょっ…鉄哲アンタ!残留してるガスがあったらどうするの!!」
「あっ…わりィ…」
目に見えてガスが無くなったこと、鉄哲が無知故の人柱になって呼吸したことによって、皆ガスマスクを外して顔を見合わせた。
ガスは無くなったことによって、今から被害者が出る事は無くなったが、ガスを吸った事実まで無くなる事はない。
ガスを吸った骨抜や塩崎は今もまだ意識不明だし、B組の集合地点で意識を失っている他生徒達も同様だろう。
「これは…!」
「おまえらっ…!!」
だから…、目の前で意識を失い倒れている共にヒーローを目指す同志達を見て、溢れ出るどす黒い何かで人体が内から裏返る様な怒りを覚えるのは人間として当然の反応なのだろう。
「おいッ!?しっかりしろ!!」
「みんなっ…!!」
「クソッ…!!」
「ん……」
ましてや同じクラスメイトとして切磋琢磨し、B組という塊で寝食を共にした拳藤、鉄哲、泡瀬、小大の負の感情は計り知れないだろう。
俺や百、ラグドールだって無念に苛まれている。
ただ、百はここにA組の生徒はいない、まだ見える範囲で被害が出ていないだけかもしれないが無事でいて欲しいという願望、B組が心配でならない感情、A組に被害が出ていなくて良かったという安堵、その安堵に気づいてしまったが故に感じる罪悪感や自身への嫌悪感、そんな感情が混ざったような顔をしている。
問題ない。俺はその感情を肯定しよう。
何故なら人間とは矛盾した感情をかかえる生物であるのだから。生理現象を疎ましく思う必要がないのと同じだ。
だがすまない。俺は今からその安堵の気持ちに一石を投じなければならない。
「すまない、30秒席を外す」
「えっ!?鱗さん!?」
「またか石楠花君…ッ!」
何度もすまないと思っている。だがガスは無くなったとはいえ、早急に連れてこないと敵に狙われる可能性があるからね。
高速で移動し森を進む。意識を失ったいるようだが場所は問題ない。近くでよかった。
割れ物に触るかのように丁寧に抱き上げ、俺は元来た道を変わらぬ速度で進む。
「きっちり30秒だ。俺は約束は破らない主義でね」
「鱗さん一体どこに……っ!?耳郎さん!?葉隠さん!?」
そう、俺と百のグループより一つ前に出発してしまっていたが故に毒ガスの範囲に入ってしまっていたのだ。
ガスなど気づいた時には手遅れというもの。そのまま気絶してしまったのだろう。
うちのクラスからも被害者が出てしまった。これでB組と合わせてもかなりの数になる。B組はクラスの半分以上が被害にあっているだろう。
「そんなっ…!」
「こんなに被害を出してしまって……っ、不甲斐ないッ…!」
「反省は後にしよう、百、ラグドール。まずは避難と救助を優先しよう。今動ける人数は7人、これだけの人数で倍以上の被害者を安全に避難所に運ばないといけない。あと敵に見つからずという条件下で」
「……ッ!そうね…。落ち込むのは一旦あと、まずは救助が先決にゃん!ありがと石楠花君、でも今一番重要度が高いのは君なんだからね!」
「善処します」
「善処しないで!必ず守って!!」
前向きに検討させていただきます、はい。
例え俺の命が狙われていようと、俺の行動は変わらない。誰に止められないよ。
感情のままに、敵だからと言って生きた人であっても殴殺してないのが理性的である証拠だ。なんなら今から感情のままに大暴れしてもいい。
それでも約束を守って指示に可能な限り従っている俺を褒めて欲しいね。ヒーローを目指す同志が、友達が破壊にあっているのに殺意を内に留めるだけで収まっているこの様を。
「よし、一旦移動するか。百に道具を作ってもらって簡易的なストレッチャー作って運ぶか、一人一人担いで運ぶか…どれが効率いい?問題は森の中で足場が最悪という点があるが…」
「……」
「おい百、それにB組の生徒達、一体いつまで落ち込んでいるつもりだ。やるせない気持ちは分かるが、今大切なのはどうすれば友を避難所に運ぶことができるか考える事じゃないか?」
「「「…ッ!」」」
「ここで悲観して俺達が立ち尽くした問題は解決しないし、もしかすると敵が来て最悪の可能性が起きるかもしれない。俺達はヒーロー、ならやるべき事は…」
「目の前の友を助ける事だ!!…そうだよな!ありがとよ石楠花!もう迷わねェ!!」
「うん!…よしッ!みんなで一刻も早く搬送する方法を考えるよ!」
流石はヒーロー科、切り替えが早い。
そうだよな、たとえ友が被害にあったからと言って動けなくなるような奴は1人もいないよな。動けなければ目の前の友を、ましてや自分でさえ守れない。
いいね、人の可能性。人間擬き達が精神だけは人間たるために足掻く際の煌めきほど輝かしいものはない。
だからどうか、どれだけ手が届かないと分かっていても足掻くことを止めない、暗い現実にさえ抗うための反骨心をこれからも忘れないでくれ。
「木々が邪魔して皆さん纏めて運ぶ手段が限られますわね…」
「問題ない。俺が全てなぎ倒そう」
「あんまり自然破壊しないで欲しいけど…そうも言ってられないにゃん」
個別でも纏めてでも避難所に向かうためには鬱蒼と茂る草木を掻き分けて進まなければならない。根っこが地面から盛り上がり足元も悪く、夜のため視界も最悪だ。
そのため先頭で進むなら俺が一番だろう。俺の目なら暗闇だろうと昼間のように見えるから問題ない。木は殴り飛ばし、草や根は蹴り飛ばして整地してやろう。
そんなことを考えていると、俺の目が何かを捉えた。
見たことないタイプの電磁波がこちらに近づいてくる。生徒や先生、プッシーキャッツの電磁波は覚えている、だがそれらのどのタイプにも該当しない。
それ即ち…
「構えろ、敵が来たぞ」
「「「えっ!?」」」
真っ直ぐにこちらに進んでいる。しかも悠長に歩いて来やがる。
「敵だと!?ダチをやった奴か!?」
「敵がもう…!?いや、それより…ッ!!」
「早く移動させッ…全員は無理か…!ならこれ以上被害が出ないように守れるような何かを…!」
「んっ!!」
狙いは俺かな?まぁこの際どうでもいい。
さて、わざわざ向こうから会いに来てくれているんだ。こちらも挨拶してやらねば。まずは高速で近づいて意識を刈り取り、死なない程度に痛めつけてから目的を吐かせてやろう。
あぁ、死なせなければ何も問題はない。
と、行動に移そうとしたところで服の裾を掴まれていることに気が付いた。
「鱗さん!また一人で先走るつもりでしょう!?ダメですわ…!相手の手札も分かっていないですし、そして何より……正面から来るという事は、余程の自信家か、鱗さんを殺し得る何か奥の手がある証拠ですわ…!」
ふむ……、まぁ一理ある。
「確かにそうだな。真正面からクソ正直に突っ込むなんて、牙を折られた畜生でも出来ることか。止めてくれありがとう、百」
「えっ、えぇ…」
「忠告通り、真正面から突き進むだけでなく、フェイントを入れつつ煽り、釣れたタイミングで死角に回り込んでスカした横っ面に即殺の一撃をお見舞いすることにしよう」
「何も分かってないですわ!?」
大丈夫、ちゃんと分かっているよ。本音を言うと、俺を殺し得る何かがあるのであればそれでいいと思うんだ。人は好奇心には勝てないからね。
俺がテレパスを聞いてからずっと気になっているのは、俺をどうやって殺すつもりなのか、それだけだ。
対人戦有利の個性持ちなのか?
得物の扱いが上手いのか?
情に持ちかけて隙をついてくるのか?
それとも、それとも、それとも…?
人という生き物は、未知の探究心には抗えない。
『好奇心は猫をも殺す』と言うが、俺達からしてみれば好奇心を放置する行為こそが自分を殺している行動に等しい。
世界は未知で溢れている。そして敵方には俺を殺せるという、謎の自信に溢れた未知が、今、俺の目の前に存在している。
あぁ、知らずにはいられない。
たとえその先に待つものが自身の死であろうとも。
「そう言ってるうちに、結構近くまで来たぜ?」
「嘘……ッ!?確かに足音が…」
「さて、下がってな。……おーい!こっちに向かってるのは分かってる。それ以上近づいけば四肢が反対に折れ曲がることになるぜ?」
と、話しかけた返答として返ってきたのは、青く燃え盛る業火だった。
即座に能力を発動し、風圧で豪炎を封殺する。
木とか草とか関係ない。人に向けて、尚且つ森の中で平気で火を使うあたり相当ブッ飛んでいるらしい。
「きゃあっ!」
「熱ッ…!!」
ただどうも余波までは防げるわけもないわけで。生徒達には炎が当たらないように防いだが、草木は燃えて辺り一面が火の海となる。
「よォ、お前が石楠花鱗だな?」
燃え盛る草木の間から、顔と手に特徴的な継ぎ接ぎがある男が現れた。
手から青色の炎が唸り、ニヤけた顔でこちらを見る姿は、どこからどう見ても敵のそれだった。
「お前ら、一瞬の隙をついて目先の火くらい俺が何とかしてやる。だから全員連れて早くここから離れろ。ラグドール、後は任せます」
「何言ってるの!殿ならあちきが…ッ!?」
「このように、無闇矢鱈に火を放ってくる。ラグドールの個性じゃ、火を防ぐのは厳しいでしょ。適材適所行きましょう。俺は後ろの友たちを守るために俺が一歩も動けないと思い腐っている、あの舐め腐った顔と性根を破壊したい」
現にニヤニヤしながら一歩も動かず火ばっかり放っている。
人の神経を逆撫でる様な面が上手いな。まぁいい、すぐその面は破壊されるわけだから、今ぐらいはニヤニヤしてるといい。
「防戦一方だなァ。強ェと聞いていたが、肩透かしか?」
「遠くから火しか放てないボンクラが何か言ってやがる。この程度の熱量じゃ蚊すら殺せねぇぞ?紛い物の蚊取り線香が」
「強がるのはよせよ。見ろ、お前は無事かもしれないが、後ろのお友達はそうじゃなさそうだぜ?蚊も殺せねぇと言ったが、お前のお友達は蚊以下の存在だってことだ」
「俺の友だぜ?そんな簡単にくたばるかよ。あっそうだ、ついでに聞かせてくれ。何で俺も狙う?金でも貰ったか?止めとけよ、品性と命は金で買えねぇぞ?その面を直す方がよっぽど良い。裏から見たまつり縫いの折り返し地点みたいな面してるぜ?」
「聞いてた通り、よく口の回るクソガキだな」
「ピキるなよ、仲良くしよう」
最初に感じたのは違和感だった。
ほんの少しの、直感に近しい何かからの警鐘。
油断しているつもりもない。日常の延長線の様な感覚。
揺らめく陽炎の向こうで、奴が笑った気がした。
気づけば、血に濡れて彼岸の花のように映る手が、背後から俺の腹を突き破っていた。