昔投稿していたものをちょっとだけ改変したもの。
まきちゃんかわいいかきくけこ。

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未成年者の喫煙は法律において禁止されております。
本作品は未成年者の喫煙を推奨するものではありません。

1.喫煙はあなたにとって肺がんの原因の一つになります。
2.喫煙はあなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。
3.喫煙はあなたにとって脳卒中の危険性を高めます。
4.肺気腫を悪化させる危険性を高めます。
5.妊娠中の喫煙は胎児の発育障害や早産の原因の一つになります。
6.たばこの煙はあなたの周りの人、特に乳幼児、子ども、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。
7.ニコチンにより喫煙への依存性が生じます。
8.未成年者の喫煙は健康に対する悪影響やたばこへの依存度を高めます。


無題

 「天国にいちばん近いタバコ」

 

 西木野真姫はよくそんなことを言っていた。それは僕の吸っているタバコの名前の一つだ。彼女はよくできた人形のような笑みを浮かべながらそういった。

 

 「それ吸ってる人、いちばん肺がんで死ぬことが多いんですって」とからかうように言った。「だからそんなふうに呼ばれてるのよ」

 

 「なーんてね。さっきのはウソよ。どうしてラッキー・ストライクが天国にいちばん近いタバコって言われてるか、本当の理由知ってるかしら。あれってもともと戦時中アメリカ軍の兵士に支給されたものらしいわ。だからそういうふうに言われてるの。兵隊さんっていつ死んじゃうかわからないものね」

 

 それにしても、と彼女は端正な顔を歪めながら言う。

 

 「臭うわね、それ」

 

 僕は困ったように笑って、煙を宙に吐き出した。煙は少しだけその場に留まり、そしていつのまにか消えていった。

 

 彼女はポケットからタバコを取り出し、ビックのライターで火をつけた。手慣れた仕草だ。

 

 タバコに火をつけると、彼女はふうっと一息ついた。煙は小さな羽虫のように宙空に浮かんでいった。

 

 それからしばらく僕らの間には沈黙があった。その沈黙はタバコの煙が上へ上へと登っていくのとは逆に、ある種の澱のように深い深い底のほうへと沈んでいった。けれど僕はその沈黙を、有り体に言えば好ましく思っていた。

 

 ときおり僕達が息を吸うほんのわずかな音だけが、その沈黙を埋めていた。

 

 僕達のいる屋上は喫煙スペースだった。

 

 たまに気のない講師たちが一息つきに屋上にやってくる。生徒たちの中でタバコを吸う人も少なくはなく、また予備校内に喫煙所はなかったので、みな自然と屋上へと足を運ぶことになっていた。

 

 珍しいことに、今日は僕達以外の人影は見当たらなかった。みんなどこか別の遠いところに行ってしまったのかもしれない。まるで古い歌みたいだ。

 

 「勉強、進んでる?」と、彼女は言った。

 

 それはとても小さな声だった。あるいは僕に向けて言葉を発したのではなく、彼女自身に向けられた言葉なのかもしれなかった。

 

 「ぼちぼちかな」と、僕は言った。

 

 そう、と彼女は呟き、再び沈黙が僕らの間に降り立った。

 

 

 

 

 僕と西木野真姫は同じ予備校に通っている。彼女は医学部に入るために浪人を選択したようだった。あまり詳しいことは聞いていない。人それぞれ事情があるのだろうし、本人が言わないことを無理に聞く必要もないだろうと思った。

 

 彼女がこの街にあるいちばん大きな病院の一人娘であることは容易に想像がついた。けれど僕にとってそれはあまり大きな意味を持たなかった。それについては、きっと僕以外の誰かが勝手に話したがるに決まっていた。そういうものなのだ。

 

 僕も浪人し、医学部に入るためこの予備校に通っていた。彼女はひときわ目立つ容姿をしていたし、友達も大勢いるようだったので最初は僕らの間に接点というものはまるで存在しなかった。どちらかというと僕は友達を多く持つタイプではなかったし、予備校は受験のためのものと考えていたので、必要以上には周りとコミュニケーションをとることもなかった。

 

 ある日、僕が自習をきりのいいところまで終え一息つこうと屋上に向かうと、西木野真姫がそこで一人、紫煙をくらませているのが目に入った。

 

 僕はそのことを意外に思ったけれど、所詮それは彼女に対する僕のイメージの一つとずれていただけのことであって、なにもおかしいところはなかった。

 

 彼女は屋上に入ってきた僕を一瞥すると、少し意外そうな表情をしたが、すぐに自分の世界へと戻っていった。

 

 僕はデニムのポケットからラッキー・ストライクを取り出し、火をつけた。なんともいえない臭いが鼻孔を刺激する。

 

 僕がぼおっとタバコを吸っていると、彼女が口を開いた。

 

 「あなたも吸うのね」と彼女は言った。

 

 「うん。実はね」と僕は言った。

 

 彼女の雰囲気はクラスにいる時とはどこかが違っているように思えた。その雰囲気は僕に冬眠中のリスを思い出させた。そして彼女がせっせと冬に備えて餌を巣に運び入れる姿を想像した。

 

 彼女は少しだけむっとしたようで、刺のある声で言った。

 

 「なんか変な想像してない?」

 

 彼女の勘の良さに驚き僕は動揺しながら、そんなことないよ、と言った。

 

 ふふん、と彼女は上品に鼻をならし、僕に否定的なニュアンスを伝えた。

 

 「どうしてタバコ吸ってるのって聞かないのね」と彼女は呟いた。その声は夕闇に溶けるように響き、僕のなかにじっと居座った。

 

 聞いてほしいのか、と僕は言った。

 

 彼女は首を横に振り、再びタバコを吸った。彼女のほんの小さな息遣いが耳に届いた気がした。あるいはそれは彼女の息遣いではなく風の音なのかもしれなかった。

 

 そういうわけで、僕たちは喫煙所で会うと少し会話する程度の仲になった。だからといって、僕と西木野真姫のクラスにおける関係はそれほど変化しなかった。僕らはお互いの距離感をしっかりと把握することができた。浪人という小規模な地獄のような生活においてある種の心地よさを感じることができたのは、互いの距離がスモーク・ガラスのように不透明で曖昧なものだったからなのかもしれない。

 

 

 

 

 「私、スクールアイドルをやっていた時期があるの」と彼女は言った。

 

 「スクールアイドル?」と僕は聞き返した。

 

 僕は寡聞にしてそのスクールアイドルというものを知らなかった。最近はテレビを見る機会もあまりなかったし、昔からアイドルとかそういったものにあまり興味を持つことがなかったからだった。

 

 僕がそのことを正直に伝えると、彼女はわずかに笑みを浮かべた。西木野真姫という少女はとても感じのよい笑い方をする女の子なのだ。最近、気づいたことだ。

 

 「部活動の延長みたいなものと考えてもらっていいかしらね。詳しい説明をしてもしょうがないし。要するにアイドルとして活動していたのよ」と彼女は言った。「踊ったり歌ったりはもちろん、作詞や作曲もやったわ」

 

 彼女がスクールアイドルについて語る時の表情はこれまでに見たことのないものだった。それはある種の郷愁と羨望が奇妙に入り混じった表情だった。といっても僕が知っている彼女の表情は、予備校にいるときのものと、タバコを吸っているときのものだけだ。彼女は本来こういう表情をする女の子なのかもしれない。

 

 その表情はなぜだか僕の心を強く捉えて離さなかった。彼女のそれは、不思議な感覚を僕にもたらした。そしてそれはきわめて抽象的なものとして僕のなかに浮かび上がる。世の中には言葉で表現しにくいものがけっこうある。彼女の表情もそういったものの一つだった。

 

 彼女の口に咥えられたピアニッシモ・ワンは絶えることなく煙をはき続ける。

 

 「それは君にとってかけがえのないものだったんだね」と、僕は言った。

 

 彼女はまた笑みを浮かべた。でもそれはこれまでの笑みとちょっと違っていた。僕が見てきた西木野真姫という女の子の表情のなかで、ひときわ悲しい笑顔だった。

 

 僕は少しだけ想像する。

  

 彼女がきらびやかな衣装を纏い、底抜けの明るい笑顔でステージに立っているシーンを。

 

 夕闇が顔を見せ始めていた。薄くなったコーヒーのような闇だ。そして少しづつそれは完全なる夜へと姿を変え始める。

 

 アイドルに戻りたいのかい、と僕は尋ねた。

 

 「いいえ」と彼女は言った。

 

 彼女のその一言は、やけに寂しげに聞こえた。それは夜に移行しようとする空のせいなのかもしれないし、僕の錯覚なのかもしれない。

 

 僕は二本目のタバコに火をつけ、彼女の言葉をゆっくりと待った。その時間はやけにぼんやりとしたように感じた。あるいは僕という存在自身がおぼろげになったように。

 

 「語りすぎちゃったわね」と彼女は言った。

 

 「構わないよ」と僕は言った。

 

彼女はその言葉を聞くと、煙を宙に送り出してからこう言った。

 

 「こういう話をしたらもっと気の効いたことの一つでもいうべきじゃない?」

 

 「あんまり女の子には気を使えないタイプなんだ」

 

 「よくわからないわ」と彼女は言った。

 

 でも、と彼女は続ける。

 

 「そういうのも、悪くないのかもしれないわね」

 

 それからはそういった込み入った話はしなかった。どこのスイーツが美味しい、だとか、これまで吸ったタバコの感想を言い合ったりした。

 

 

 

 

 やけに寒い日だった。冷たい風が僕の体を包み込んでいた。冬の足音が近づいてくるのを教えてくれるような風。僕はいつものように屋上へでて、一人でベンチに座りタバコを吸っていた。僕は彼女を喫煙所に誘ったことはなかった。もちろん彼女も僕を喫煙所に誘ったりすることもなかった。

 

 屋上へと通じる鉄製の扉が開く。ぎいっ、と壊れたロボットみたいな音が僕の耳に届く。それは余計に寒さを強めるタイプの音だった。

 

 彼女は品のいいキャメルのダッフル・コートのポケットに手をつっこみ、寒いわね、と呟きながらこちらに向かって歩いてきた。

 

 ふうっと息を吐きながら、彼女は僕の隣に腰を降ろす。僕は若干の違和感を覚えた。これまで僕たちはどちらかがベンチに座り、もう一方が手すりに寄りかかるというスタイルをとっていたからだった。

 

 僕は彼女が口を開くのをじっくりと待つことにした。その時間はまるで永遠に続くかのようにも思えた。あるいはだれかが「ザ・ワールド」かなにかのスタンド能力でも使ったのかもしれない。

 

 「くだらないってのはわかるのよ。でもやっぱりこの時期に模試の結果が下がるのは応えるものね」と溜息をつく。

 

 「昔だったらこんな事気にもしなかったのにね」

 

 彼女の憂鬱の理由は至極当然のものだった。もちろんくだらないとかそんなもの本番にはぜんぜん関係ないと一蹴するのは簡単なことだった。でもそういう問題では無いのだ。きっと。

 

 僕はなにぶんあまり弁が立つほうではないし、女の子に気の効いたことの一つも言えない人間だったけど、その分沈黙することの大切さを他の人よりは知っていた。19年の間で学んだ、数少ない教訓の一つだった。

 

沈黙が最良の慰めになることもある。

 

 僕はそれに従うことにした。本当は彼女を優しく慰め、あたたかいミルクティーでも買ってあげればいいのかもしれなかった。正しい選択じゃないのかもしれない、とも思った。

 

 僕はタバコに火をつけて、ただひたすら待った。我慢するのは得意なのだ、昔から。タバコの灰が落ちては風に吹かれ、どこか遠くへと運ばれていった。

 

 「そういえば、あなたってそういう人だったわね」と、彼女の口から零れた。そしてほんの小さくだけれど、柔らかく微笑んだ。

 

 ライター忘れちゃったから、火を貸してもらえるかしら、と彼女は言った。

 

 僕はライターを取り出そうとすると、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。西木野真姫という女の子の笑い方は100種類くらいあるのかもしれない。

 

 「火なら、そこにあるじゃない」

 

 彼女の咥えたピアニッシモ・ワンが僕の吸っているラッキー・ストライクにゆっくりと近づいた。ラッキー・ストライクの火種がピアニッシモ・ワンの先端にふれ、彼女のタバコに火がついた。

 

 「やっぱり、ヘンな臭い」

 

 

 


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