六月初めのある日のこと、俺はユウキと、いつものようにトレジャーハンティングに繰り出していた。
ユウキ「いや~、今日は中々お宝見つからないねー」
アルファ「そうだなぁー、ユウキのお宝センサーが反応しないもんな~」
ALO、新生アインクラッドに聳え立つ迷宮区タワーにて、四方八方から迫りくるモンスターをバッタバッタとなぎ倒しながら、俺達はぼやくようにダンジョン内を練り歩いている。
ユウキ「あっ、また行き止まりだ」
アルファ「やっぱツキが無い時はとことんってことか…」
これで何回目なんだろう。
トラップ付き宝箱さえ置かれていない行き止まりを前にして、俺は思わずガックシと肩を落とした。
ユウキ「ね、アルファ。あの壁、ちょっと壊せそうじゃない?」
ふと、ユウキが俺の肩を叩いたかと思ったら、向こうの白い壁を指差しながらそう言う。
どうにもユウキは、中々宝箱に出会えないせいか、とうとう目の前の壁に幻覚を見たらしい。
俺はそんなユウキを可愛らしくも可哀想にも思いながら、
「…何を仰るんですかユウキさん。壊れる壁と壊れない壁には、滅茶苦茶分かり辛いけどちゃんと目印が──」
と、呆れた口調で今更ながらな説明をしてやろうとした、その時のことだ。
ユウキは徐に腰から愛剣を抜き出し、その刀身に青いライトエフェクトを凝縮させ──
ユウキ「…えいっ!!」ガッシャーンッ!ガラガラガラ……
──目の前にあったはずの壁を、ソードスキルによって粉々にぶち壊してしまった。
アルファ「ファっ!?」
俺は目ん玉を飛び出させながら、現れた隠し部屋を見つめる。
ユウキはそんな俺を差し置いて、「わーい!!」と無邪気な声をあげながら隠し部屋に飛び出していった。
ユウキ「ほらっ、アルファ!!ボクの言った通りじゃん!!もう、駄目だなぁ~、仮想世界何年生なのさ~」
遅れて隠し部屋にやって来た俺に向けて、ユウキはニマニマとしながらわき腹を小突いてくる。
アルファ「流石はユウキのお宝センサーだな…」
うん、素直にすごいと思う。
たぶんユウキって、俺とは違ってお宝の為の嗅覚みたいなの持ってるんだろうな。
ユウキ「お宝お宝おったから~♪」
と、彼女は踊り出しそうな様子で鼻歌を歌いながら、それでも、宝箱にトラップが仕掛けられていないことはしっかりと確認してから、それを勢いよく開けた。
アルファ「何が入ってたんだ?」
彼女の傍に寄ってそう訊ねると、ユウキはこてんと首を傾げながら、「…なんだろ、これ」と俺にそれを見せてくれる。
そんなユウキの手に握られていたのは、何処にでもありそうな一冊の本だった。
アルファ「…魔導書?」
ユウキ「んー、違うんじゃない~?」
俺達はその謎の本を見つめながら、口々に言葉を交わし合う。
ユウキ「えーっと、題名は…」
ユウキ「『モノトーンな恋をした』だって」
アルファ「なんだそれ、小説か?」
俺がユウキにそう訊ね返すと、「ちょっと斜め読みしてみるよ~。あ~!なるほどなるほど…」と、彼女はぺらぺらと本を捲りながら、何やら納得したように首をこくこくと縦に振っていた。
ユウキ「んーっとね、本が苦手なアルファの為に、内容を要約してあげると…」
ユウキ「どうやらヒッシャさん、新しい小説を書いたみたいだよ?」
アルファ「ひ、ヒッシャ…?」
聞き慣れないその言葉に、俺は思わず疑問を零す。
ユウキ「うん、宝箱の中にこれが入ってたのは、ボクとアルファの力を借りたかったみたい」
アルファ「え、どういうことだ?俺とユウキの力を借りる?本に?」
ユウキ「でもそれ以上に、ボクとアルファを愛してくれたみんなにも知ってもらいたかったっぽいね~」
アルファ「???」
ユウキ「あれ?アルファはあんまり意味わかってない感じ?」
アルファ「そりゃ…まぁ、ヒッシャって誰だよって話で…」
ユウキ「ま、分からないなら分からないでも良いと思うよ、ボクは」
そう言って結局、ユウキは俺にヒッシャなる人物のことを何一つとして解説することなく、次々に言葉を続けていった。
ユウキ「でね?肝心の本の内容なんだけど、題名の通り、今回は全15話構成で語られる恋愛もの。それもヒッシャさん、オリジナル作品頑張ってみたんだって!」
ユウキ「文体もちょっと変えてみたっぽいね。全部で十五万字ぐらいのお話だから、いつも通り一話辺りは平均一万字程度らしいよ~」
アルファ「は、はぁ…」
ユウキ「ヒッシャさんの言葉を要約すると、今回の物語、全体的に面白いものに仕上がったとのことです」
ユウキ「でも、4話目と5話目は目に見えて物語が動かないから、そこでマンネリしちゃうかもらしいんだ」
ユウキ「まぁそこを越えたら、今度は焦らした分だけ展開が秒読みで動き出すみたい!」
ユウキ「だからめげずに読んでくださいお願いします、ってヒッシャさんは必死に言ってるね」
そこでようやく、ユウキの話は終わったようだった。
正直、ユウキが言ってることはほとんど意味が分からなかったけれど、「それ、売れない作家が良くする言い訳なんじゃ…」と俺は思ったままの言葉で応じる。
すると突然、ユウキは何者かの視線を恐れるように、迷宮区のあちこちに顔を向けた。
俺たちの周囲に誰も居ないことを改めて把握したらしい彼女は、深く安堵したように胸に手を当てて息を吐き出す。
それから、ユウキはまるで俺に厳重注意をするみたいに、
ユウキ「…アルファ、あんまりヒッシャさんに失礼なこと言ってると、セリフが伏字にされちゃうよ?」
と、俺の耳元に囁いた。
アルファ「…セリフが伏字?今日はユウキの言ってることが一段と良く分からない気がする…」
ユウキの言葉を自分の口で繰り返してみるも、やっぱりその意味は全く見えてこない。
俺が深く首を傾げていると、「とにかくさ、アルファ。取り敢えず、よろしくお願いします!ってみんなに言っとこ?」と、ユウキは俺と身体をくっ付けながら言った。
アルファ「お、おう」
もうこの際ユウキの言ってることなんて何でも良いか。
適当に考える事を放棄した俺は、取り敢えずユウキに頷き返す。
ユウキ「じゃ、行くよー!」
ユウキ「せーの!」
アルファ&ユウキ「「新作をどうか、よろしくお願いします!!」」
う~ん…何の意味があったんだろう、これ。
満足そうな笑顔を浮かべているユウキの傍ら、俺は最後まで、頭の中が謎でいっぱいになっていた。
ユウキ「うん、面白いお宝も手に入ったし、今日はトレジャーハント終わりにしよっか」
彼女はそう言って隠し部屋から踵を返そうとする。
アルファ「…んじゃあ今から何する?このままボス部屋にでも突撃──」
と、同じく隠し部屋を後にしようとした俺は、本当に適当な会話を続けようとして、
けれどもユウキは俺の言葉に首を傾げながら、
ユウキ「──何言ってるの?アルファ。お家に帰って受験勉強だよ?」
と、極々当たり前のように俺に言った。
アルファ「え」
アルファ「で、でも…まだ夏休みも始まってないし…さっきもリアルで散々一緒にやったし…」
ユウキ「だーめ!!そんなこと言って気を抜いてたら、ボクと一緒の大学に行けなくなっちゃうかもじゃん!!」
ユウキ「さっ、お家に帰って勉強するよ!!」
そうして彼女は俺の言い訳に一切耳を傾けることなく、そしてその場から駆け出そうとした俺を逃がすことなくガッチリと掴み、迷宮区タワーの出口をずんずんと目指していった。
アルファ「だ、誰か…助けて…くれ…」
鬼だ、悪魔だ。
そんなことを散々喚きながらも、為す術も無くユウキに連行された俺は、その後、二人仲良く受験勉強に身を投じることになったのだった。