影の揺籃、嘲弄の雨   作:麸饅頭(粒)

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Ep:00

<彼女の場合>

 

 

呆気なく死んだ。

気が付いたら自分の部屋のベッドの上だった。

……私は誰だ? 日系二世、千影・クレイドル、二十二歳。好きな色は白、日傘と帽子はマストアイテム、ついでに好物はタマゴサラダのサンドイッチ、アーカムシティ在住、ミスカトニック大学の学生。

あれは所謂、明晰夢というやつなのだろう。

ただ居合わせただけで何の意味もなく殺される、理不尽な夢は忘れよう。

そう、思った。

それでも夢は続いた。

ある時はバカンスに出かけたインスマスでよく分からないまま殺され、ある時はアルバイトの帰りに覇道財閥の屋敷の前を通りかかっただけで殺された。

どの時も、ただそこにいただけで殺された。

理不尽で無意味な死は続いた。

十と一回目の朝、夢だと思い込むことにした。

百と一回目の朝、現実と夢の区別が曖昧になった。

千と一回目の朝、現実だと気付かされた。

一万と一回目の朝、生き延びる可能性の模索を決めた。

一億と一回目の朝、死に続ける可能性しかないことに絶望した。

一兆と一回目の朝、死んだままでいられる可能性に賭けてみようと思った。

一京と一回目の朝、目が覚めて、生きていることに気が触れた。

一垓と一回目の朝、狂い過ぎて正気に返った。

一秭と一回目の朝、どうせ死ぬしかないなら、多少無茶をしてでも抗ってやろうと思った。

一穣と一回目の朝、抗う手段に辿り着いた。

一溝と一回目の朝、蟷螂の斧でも、自分を殺すモノに毛ほどだが傷を付けられると分かった。

一澗と一回目の朝、自分を殺すモノに一矢を報いることができた。

一正と一回目の朝、人間から外れたモノになりかけていることに気が付いた。

一載と一回目の朝、人間を外れた。

一極と一回目の朝、殺す側のナニカになった。

恒河沙の朝、オーディエンスになった。

阿僧祇の朝、全部が何となくどーでもよくなった。

那由他の朝、全てに幕が下りて――千影・クレイドルだったわたしは、わたしの揺籃で慈しみ育てる仔を求めることを決めました。

揺籃はそこで仔を慈しみ育ててこそ意味があるのです。

揺籃にとってそこで慈しみ育てる行為そのものが既に報酬なのです、何の見返りも私は求めはしません。

かつての私が数えるのも馬鹿らしい繰り返しの中でわたしを育てたように、わたしはわたしの仔を慈しみ育てましょう。

ああ、何処の世界にわたしの仔はいるのでしょう。

現に傷付き、現に苦しみ、現に救いを求められないわたしの仔を、わたしは探しに参りましょう。

 

 

 

 

 

<少女の場合>

 

 

世界陸上のTV見ながら「すごいわねえ」とか「あんなに早く走れるものなんだね」とか言ってる、私の親のヒトたちは、じゃあ車より早く走る学生って何だよと言っても、「だって麻帆良だから」と言う。

だから挨拶ぐらいしか話せない――何が「だって麻帆良だから」なのか、理解できなかったから。

既に引きこもり候補生だった小学校中学年当時の私、長谷川千雨にとって、先生もクラスのみんなも話の通じないオバケみたいなもんだった。

自動車会社の二足歩行ロボットでスゲーって言ってるけどじゃあ外を走り回ってるロボットは?

格闘ゲームの必殺技とかカッケーって言ってるけど似たようなことリアルでできてるヒトたちは?

言ったところで「だって麻帆良だし」、だから学校でも話さない。

嘘川なんて渾名を付けられて、毎日いじめられましたが、何か?

その日もいじめられて、転んで膝すりむいた。

怪我して血が出たら、とたんに「嘘川がわりーんだからなー!」とか言って逃げてったあいつら、八尺様に祟られろ。

洒落怖カデゴリの不憫系おねショタの萌え系巨乳美人じゃない、リアル系の八尺様にな!

理不尽だよなあ、と思いながら公園のベンチでぼけっとしていたら、八尺様が出た。

……違った、色白美人です。だから師匠様(おかあさま)、日傘をバットのよーに構えないで下さいよイタイケな仔の若さゆえの過ちじゃないですかやだー。

白メインの貴婦人系スタイルの色白美人です。色白美人です。

オール白じゃなくて白ベースだったけど、うっかり八尺様だーとか言っちゃいました。

おねーさん……後の師匠様(おかあさま)は、私のアホっぽい「八尺様だー」を笑顔で有耶無耶にして、どうしたの、って聞いてきた。

何で気にするの、って聞いたら、あなたみたいな小さい女の子が、膝をすりむいてベンチに座っていたら、普通は気にするものでしょう? って。

……普通、って言われてついうっかり、私は言っちゃった――普通って何なの? 上の学校の人が車より早く走れること? アニメに出てくるみたいなロボットがそこらにあること? って。

そしたら師匠様(おかあさま)は、優雅に小首を傾げて、それは普通とは言わないのではないかしら? って。

でも、みんな「だって麻帆良だから」って言ってるよ? って言ったら、おかしいのは「だって麻帆良だから」で片付けてしまっている方々ではないかしら? って。

あの時は本当に、本当に死にそうなくらい嬉しかった。

私の言ってることをおかしいとか、嘘だとか言わないひとがいることが、滅茶苦茶嬉しかった。

そうよねえ、大泣きしたものねえ……って人の回想にしれっと入り込まないで下さいよ 師匠様(おかあさま)

そんでまあ、色々とギリギリだった私はチョロイン並みに師匠様(おかあさま)に秒殺された訳でして。

いやだって、親ですら私の言ってることを理解してくれないってのが年単位で積もってて、周りからは嘘つき呼ばわりってキッツい状況ですよ? チョロくても仕方ないと思う。私は悪くない。(キリッ)

で、まあ、色々あって私は師匠様(おかあさま)の仔になった。

……なってからは違う意味で地獄だったけどな! 具体的には狂いに狂って一週回って正気に戻るレベル。

ただしそこで終わらないのが師匠様(おかあさま)クオリティ、そこに痺れない憧れない。

まあ、「色々」の過程で麻帆良って場所がどういう場所なのかを知った時は、正直やってらんねえって思ったね。

魔法使いとか、あいつらタヒれと本気で思った。

この木何の木げふんげふん、あのアホみてーにでかい木を利用するんだったら勝手にすればいいけど、外来種の癖に何でそんな態度でけーんだよ特定外来種なんたら法で駆除されろ。

大体、学園都市とか作ること自体おかしくないか? 恨みを買ってる連中が溜まってる場所とか、そいつら恨んでる連中が狙わねー訳ねえってのに、何で一般人囲うのボケなのハゲなのバカなの死ぬの?

ぶっちゃけ、魔法使いが「弱気を助け強きを挫く自分」に酔うための小道具として、あいつらが守ってやらなきゃいけない一般人囲って敵呼び込んでんじゃねーの? と本気で思った。

ある意味、核の炎に包まれてモヒカンがヒャッハーする世紀末以上にイカレた場所の只中で、師匠様(おかあさま)の仔になって――SAN値的なものがガリゴリとマッハで削れたけど、お陰で私長谷川千雨は、今日も元気に生きてます。

因みに師匠様(おかあさま)は、揺籃期は終わりね、と新たに育てる仔を求めてどこぞにふらっと旅立たれました。

まあ、思いもかけない時に思いもかけないとこからひょっこり出てきそうなのが師匠様(おかあさま)クオリティなんで、今生の別れとは思ってないし。

つうか、ぶっちゃけ今の自分が人類カテゴリに入るのか微妙な気もするけど大丈夫だ問題ない。たぶん。

……長谷川千雨、本日より麻帆良学園中等部です。

 


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