女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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シリアス書いてたら日常の書き方忘れたので初投稿です。
思い出すために書きやすいとこ書いたら、そこにたどり着くまでが長かったおはなし。

ちなみに、最初のかたまりは『ぼくのかんがえた(さいきょー)のソシャゲコス』なので、まあ読まなくてもだいじょうぶです。絵にはできなかったよ。

あと、投稿したあとにいろいろあって、すこし文量増やしました。


第8話 リスタート:広がる1歩

 カーテンだけで仕切られたせまい試着室で、しゅるしゅるとウルは服を脱いでいく。

 すこしきつかった一色染めの簡素なジャケットとTシャツを脱ぐと、窮屈(きゅうくつ)さから解放されてひとつ伸び。そのままキャミソールも脱いでしまい、上半身をむき出しにする。その勢いでスカートもかぼちゃパンツも取っ払い、すっぽんぽんになった。

 そのまま、ふと鏡を見る。裸の幼女が写っている。幼女らしいイカ腹こそ出ているものの、全体的にはまだ()せている。とはいっても、むにりとつねれば薄くやわらかい肉をつまむことができた。前世では結局太ったまま痩せられずにいたから、あまり太らないようにしよう。

 全裸の自分というつまらないものを見ていると、仕切りの向こうからザクウの話し声。

 このまま裸で出ていったら、彼、どんな顔をするだろう。ちらりと思い、もちろんやめる。この前の()()()()が許されたからと、調子に乗って繰り返して白けさせるのはもうこりごり。

 それに、と架けられた服を見て。それに、こんなに可愛い服があるんだから、着て、まっとうに褒めてもらいたい。

 まずはパンツを手に取る。さっきまで履いてたかぼちゃパンツとは違う、開きになった状態から両端を結ぶ、いわゆる紐パン。しかもその響きに負けない布面積がすこぶる少ないもの。

 とりあえず紐を一回結んで履いてみたらあんのじょう、鼠蹊部(そけいぶ)が見えるほど。一周回って、そのおしゃれさに負けて心苦しくなる。紐をちょうちょに結ぼうとすれば、不器用、縦結びになった。

 気を取り直し、本命の服を着る。ワンピースなので慣れたもの、スカートのところからすっぽり被り、もぞもぞもぞもぞ、布地を手繰(たぐ)る。腕を通すところは裸エプロンをモチーフにしたのか、エプロン風の前身頃(まえみごろ)から出た太い肩紐だけで背中までつながって、脇や背中は大きく開いている。その上、スカートは絞られておらず、見下ろされるだけでお尻が丸見えになってしまうだろう。さすがに、寒々しくて心もとない。すーすーする。

 ぱっくり開いたお尻の上を塞ぐように、付属の太い腰サポーターのような――もっとおしゃれなのだろうけど、を巻いた。(おび)のように胴を絞る役割は別で、ということらしい。ちゃんと肝心なところを隠すあたり、むやみに肌を出すデザインでないのがわかる。それに、サポーターの留め具は短いベルトだから、ちょう結びができなくてもあんしん。

 さらにそのサポーターの背中に、結ばれた状態で固められた大きなリボンをひっかける。リボンから伸びた端っこは、前に持ってきてリングバックルで腰に巻き付けた。リボンの床に擦れるようなほうの端もリングバックルに巻いてしまえば、これはこれでスカートに沿ったおおきなカーブになってかっこいい。

 そしてその腰に巻いた4本のリボンに、アクセサリー、色付きの砂がはいった小さなビンとか、きれいなガラス玉でできた短い玉すだれにしっぽがついたものとか、をぱちんぱちんと丁寧につけていく。……次からは、着けてからリボンを巻いたほうがいいかもしれない。

 ひととおり終わって改めて見れば、スカート自体は、形こそ∧状に前が切り取られて、膝丈なのにふとももがさらされているものの、装飾はフリルとペチコート(だっただろうか?)とシンプルなのに、アクセサリーで豪華に感じられる。その上、洗う時もアクセサリーを外せばまとめて洗える心遣い。

 チョーカーもあったけど、それはザクウにもらった首輪チョーカーがあるから、ほうっておく。

 満足して、最後に☆★(ほし)があしらわれたニーソックスを履いて、エプロンに☆ミ(りゅうせい)のヘアピンを差し込んで鏡を見た。

 かつて憧れ、諦めた、ソシャゲのコスプレのような素敵な姿に心が躍った。

 自然とにやけた顔になって、更衣室のカーテンを開く。

 

 ――もちろん、ウルは最初から装飾たっぷりの瀟洒(しょうしゃ)な服を着ようとは思っていなかった。偶然の出会いだった。

 その事情を語るには、少し時間をさかのぼらなくてはならない。

 

 ウルが家出、間の抜けた言葉ではあるけれど、あっさりと帰ることにしたことほどは抜けていないだろう、家出をして、(みんな)が起きるよりも前に帰り、そのことをザクウとふたりの内緒として(というより黙っているようにお願いして)、澄ました顔で朝食を食べた、その朝のことである。

「ウルちゃん」とザクウはウルの手を取り、たっぷりのお金が入った袋を乗せる。「はい。これ」

「あ、はい」とウルはいやにあっさり受け取って、不思議そうに袋を開いた。いつもの酒代よりも詰まっていて高そうな硬貨もじゃらじゃら入っている。

「今日酒代多くない? 宴会でもするのか?」

「お酒のお金は別だよ。これ」

「はい。……じゃあ、これなんだ?」

「ウルちゃんのお給料」

「は!?」

 ウルは目を剥いて、袋を二度見。明らかに多い。多すぎる。

「いや、これは多いだろ! 住み込みで、まかない付きで、こんなにはもらえないって!」

「ほら、ウルちゃんは初めてのお給料でしょ? いろいろ必要なものがあるのかなーって」

「あー……いや、でもさぁ」

 遠慮(えんりょ)し続けるウルを、リコリスが後ろから抱きしめ、ぺたぺたと身体中を触る。

「じゃあウルちゃん、服買いに行かないっスか?」

「服?」

「今着てる服もうちっちゃくなってきたじゃないっスか。だから、新しい服買いに行きましょっスよ~」

 ぺたぺた、ぺたぺた。甘えるように身体にからみついておねだりする。ウルが服に興味ないのは知っているけど、着飾って遊びたい、というのが漏れ出していて、まわりの団員は苦笑。

 しかし、ウルの顔は察するよりも前にぴしりとこわばる。

 ここに来てからというもの、まともな食べ物がおいしすぎてついつい食べ過ぎてしまい、服がきつくなってきていたことは気づいていた。上着は前を開けたりしてごまかしていたけど、バレバレだったのか。

「ごめん、なさい。痩せて着られるようにするから――」

「だから、ウル、いっぱい食べる」

 しゃべっている最中に、スイがトマトをまるごと口にねじ込んできた。押し込まれるまま、食べてしまった。完熟だから、ほどよい歯ごたえと甘くプルプルのゼリー質がおいしい。

「ウルちゃんは成長期なんスから、服がちっちゃくなるのは当たり前っスよ。だいじょーぶ、っス!」

 べたべたになった口を手の甲で乱暴に(ぬぐ)いながら、「せい、ちょう?」とつぶやいた。あまりに自分と縁遠(えんどお)い言葉なせいで、うまく結びつかない。

「そっスよ。むしろ服がちっちゃくなったのは元気な証拠! っス! だから、気にしないで新しい服買おっスよ~」

 片手でウルを抱き上げ、もう片手を天に突き上げ盛り上がるリコリスを、団員のひとりがとんとんつつく。

「いや、お前今日のメイン戦力やよね。逃がさんよ?」

 とたんに、リコリスが難しい顔に変わる。ウルを抱きしめながらあーうーあーうーうなっているので、

「あの、リコリスさん? オレは別に今日じゃなくても」

「ダメっス! そんなぴちぴちのままほっとくのはいやっス!」

 うー、と苦虫噛み潰した顔になって、リコリスはウルをうやうやしくザクウに差し出す。

「リーダー、ウルちゃん……の服! よろしくっス! やっぱり見たかったっス……

 未練たっぷりの声までしっかり聞いてしまった。きひひ、と愛想(あいそう)笑い。

 リコリスの気迫に押されたのか、そろりそろりザクウがウルを受け取り抱える。高い高いのように脇に手を差し込まれ、すごくくすぐったい。もじもじしそう。けれど、吊るされながらやると危険だ、とがんばって抑える。

「あの……リーダー、おろして」

 震えた声で頼むと、「あ、うん」すとんとおろされた。なま暖かいこそばゆさが残っててむずむずする。

「ウル。帰ったら、服、見せて」

「あー! 私も私も! 帰ったら見たいっス!」

 なにやら必死に頼まれて、うっかりうなずいてしまう。

「よーし、ウルちゃんの服を楽しみに、やったるっスよー!」やけっぱちに聞こえるのは、気のせいだろうか。

 気合い充分に準備してると思ったら、出掛け際に「ウルちゃん。……楽しみに、してる、っス」「ウル。……行ってきます」とまたぺたぺた全身を撫でていってから、彼女たちは出かけていった。

 それを見送って、きょろきょろ、ザクウだけになったのを確認してから、ウルは大きく息を吐く。

「ふぅ……気づかれなかった、よな? 出てったこと」それからザクウのほうを向いて頭を下げる。「リーダーも。黙っててくれてありがとう」

 ザクウはなぜかもにゃもにゃと歯切れ悪くほほを掻いて「う、うん。そうだね」

 その反応に疑問符が出懸(でか)かった。しかし形になる前にザクウがぱぁんと手を打った音で、忘れてしまった。

「それで、服! 買いに行こっか!」

 服。そうだ、服を買いに行かなければいけないんだ。うっかりうなずいてしまった予定にげんなりする。

 服なんて着られればいい、と前世では買い物ついでにスーパーの安売り服を買って着潰(きつぶ)していたやつが、人の楽しみになれるほどの服を選べるだろうか。そんなわけはない。荷勝(にが)ちしている。

 ここは、裏切るみたいで申し訳ないけど。ザクウに頭を下げ、お願いをする。

「リーダー。悪いけどリーダーのセンスで選んでくれないか? オレは着られりゃなんでもいいから」

「うぅん……ウルちゃんが選んだほうがいいと思うよ? ふたりだってウルちゃんの選んだ服が見たいだろうし」

「そう、なのかなぁ。でもオレ服わかんないしなぁ」

 もにょもにょ煮え切らないでいると、ザクウはまたひとつ手を打った。

「じゃあ、いいお店があるから行ってみようよ! 行ってみてわかんなかったら聞いてくれればいいよ」

 ()()()()。苦手な服屋でも、その言葉にはときめきを感じる。いいお店を紹介してもらえるなんて、特別になったみたいじゃないか。勘違い、しそうになる。

「じゃあ……それで」照れながら、折れた。

「うん! じゃあさっそく行こっか!」と笑う彼がほんとうにうれしそうで、ただ勝手に釣られたことが後ろめたいような、そう思うことも悪いことのような、わけのわからない暗い気持ちになった。

 

 そうして、はじめてのお出かけ。よそ行きの準備なんて高等なものはないので、むしろザクウの準備を待ってからアジトを出る。()()()()のまま行こうとする姿を見て、「(くつ)も買わないとね」と云ってきた。

 アジトとルティアさんの工房という狭い行動範囲はあっという間に越えて、ザクウの、こっちだよ、という案内を聞きながら歩く。頭の中に必死で地図を作る。作ったところで、その地図を有効活用できたためしはない。順々(じゅんじゅん)逆順(ぎゃくじゅん)に自在に辿(たど)ったり、まして複数の地図を脳内で組み合わせてひとつの大きな地図にしたりはできないので、がんばって憶えたところで、ではあるのだけれども。

 映画のような景色を、だからこそ同じに見えて目印がなく、迷子になりそうな道を目をぐるぐる、きょろきょろ、挙動不審(きょどうふしん)に歩く。

 そのせいで、いつの間にか足を止めていたザクウにぶつかってしまった。

「わぷ!? あ、わ、ごめん!」

「わ。だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。わりぃ」

 すこし冷静になって、ウルの視線が前に戻った。

 正面には、たくさんの人でにぎわった大きな通りが横切っていて、横切る人はファンタジーな髪色、ファンタジーな体格、ファンタジーな獣人や服装。いろんな人が横切っていく。

 ことここに至って、ようやく、ウルはファンタジー世界に転生した、そういう景色を一望した。

「ここは市場通りだから、なにかほしいものがあったら買いに来たらいいよ。あっちにマイクくんの酒屋もあるから」

 市場。見回せばたしかに、軒下(のきした)に品物を並べている店が多い。道行く人はそれを買ったり冷やかしたりしている。その売買も素っ気ないものではなく、談笑しながら買っていた。

「うぷ」ウルの顔色が悪くなり、喉が詰まる。

 この光景は、牧歌的だ。別に羊飼いがヨロレイヒではなくて。人が、生きている。有機的だ。

 たとえば、誰かに道を尋ねたとする。きっと、誰に聞いても教えてもらえるだろう。無視されたり追い払われたりしないだろう。そんな感覚。

 だからこそ、単純にこの人数が生きて、それぞれの意志で動いていることに人酔いした。

 ()いで、もし自分がなにかやらかしてしまえば、それも、悪口(わるくち)陰口(かげぐち)となって、野菜の旬のような気軽さで広まっていくだろうことに恐怖を感じた。

 人が怖い。

 たやすく悪意を()き、二枚舌でいい顔しながら後ろ指差して陰で叩き、排斥(はいせき)して知らん顔の人たちに、もう刺されたくはない。

「ウルちゃん。だいじょうぶ?」

 我に返ると、ザクウが顔を覗き込んでいる。

「ああ、わりぃ。こんなに人いっぱいなの初めてで」

 とっさに作り笑いで、当たり障りのない理由のほうをこたえる。

「あー。どうする? ちょっと遠回りしていく?」

「いや! それはいいよ。オレはだいじょうぶだから」

「そう? ……じゃあ、はい」心配そうな顔ながらも、ザクウは手を差し出した。「はぐれないように、手つないでこう」

「ん」その手を素直にぎゅっと握った。この大量の人の中、頼れるものがほしかった。

 彼の手にかじりつきながら、雑踏(ざっとう)の中を歩く。彼は顔が広いのか、すぐに声をかけられた。

「よお。なんだお前、隠し子かぁ?」

 つまらない冗談ではあるけれど、そこからコミュニケーションをどれくらい引っ張る間柄なのかわからないから、おとなしく控えて、紹介する雰囲気までザクウとの会話に気を張って待つ。

「~~。で、その子は?」

「ぁ、ぉ。オレ、ウルって云います。このたびザクウさんの傭兵団に拾っていただきました。よろしくお願いします!」

 なごやかな雰囲気に割り込む胃の痛さをこらえてあいさつをし、ぺこりと礼。

「くくく。これは丁寧に。……傭兵団ってことは戦えるのか?」

「あ、いえいえ!」両手をぶんぶん振って否定。「ハウスキーパーとして、です」

「そうかそうか。じゃ、デートの邪魔しちゃ悪いから、またな」

「うぇ」

 デート、という単語に反応が遅れて、そのあいだに彼は人混みに消えてしまった。

 はぁ、はぁ、とウルは肩で息をしながらへなへなと力を抜いてザクウの腕にすがりつく。

 乗り切った。自分語りをしてはいけない、と絞りすぎると、訂正のためにけっきょく多くしゃべるハメになってしまう。さじ加減が、わからない。

「あはは、緊張した?」

「はひ……」

 へなへなのまま、弱い声。だらんと脱力した身体が預けてくる体重が、ザクウに伝わってくる。

「お、ザクウじゃん。あれ? その子は?」

 別の人が話しかけてくる。ウルはまた姿勢を正し、すこしだけ深呼吸をした。「お、オレ、ウルって云います!」

 

 何度かあいさつを乗り切って、市場通りから脇道に逸れる。

 店の通りを外れ、大きなお屋敷の前でウルはずっと詰まっていた息をほぐすために、大きく吸ってゆっくり吐いた。

「おつかれさま」ザクウの声も、なんだか笑っているような呆れているような。気のせいかもしれない。

 自分でも、たまにびくびくおどおどしたって向こうはオレのことなんか興味ないよ、自意識過剰だよ。そう思う時がある。だから、呆れてもしょうがないのかも。

 自分に呆れたあと、すぐ、普段は見てなくても、たまの不運のように、減点する時だけ憶えられるから、常に気を張ってなきゃいけないんだ。と、またびくびくするのだけど。

 何度か深呼吸して落ち着いてから、疑問に思ったことを聞く。

「リーダー。店ってさっきの通りにあるんじゃないのか?」

「あー。分かりにくいよね。ここがそのお店だよ」

 そう云って指差すのは、目の前の大きなお屋敷。

「え? ……いや、ええ?」

 指先を見て、目で辿(たど)って、お屋敷を見て、まだ戸惑う。お店と云われてなお、そうは見えない。広いには広いけど、あくまで個人の家という佇まい。

「いや、これ普通に家だろ?」

「ふふ。とにかく入ってみよ!」

「あ、お、おう? ……?」

 戸惑っているぶん、強い反発もとっさに出ず、その家のドアの前に立ってしまう。

 ザクウが躊躇(ちゅうちょ)なくドアを開けると、広い玄関に所狭しと吊るされた服と、大きなドラゴンの石像が店番しているカウンター。

「ほんとに店だったのか。でも留守だし、今日は出直したほうがいいんじゃないか?」

「留守じゃないぞ」

 油断していたところに、きれいなソプラノボイスが響く。奥に人がいたのか! と身体を跳ねさせ、びっくりしながらそれっぽいところに目を向けるも、だれも出てこない。

「あの、ザクウさん。いまの声って」

「わたしだよ」

 おもむろに、石像が動いた。

 ドラゴンの石像が滑らかに動いて、びっくりしたまま固まったウルの正面まで歩いてくる。

「こんにちは。わたしはシュユ。この店の店主をしているよ」

「……」「ウルちゃん」

 ぽかん、と口を開けていたウルが、ザクウにつつかれ再起動する。

「あ! あ、ウル、です。このたびザクウさんのところで拾っていただきまして」

 さっきの道で手慣れ、悪く云えば少し雑になったあいさつをする。

 ぺこりと頭を下げて、上げて、まだシュユはじっと石でできた瞳を向けてじっと見てくるので、ウルは?を浮かべ、耐え切れずにやにや頭を掻いて、ついには「じゃ、じゃあ服見せてもらいますね」と逃げようとした。

 一歩後ずさったとたん、シュユの腕が伸びてきて、頭をぺたぺた撫で回し、次は肩、腕上げて、胸からお腹、くるりと回って、背中とおしり、股下ふとももふくらはぎ。全身をくまなく触られた。

「え。え?」

「シュユ、なにやってるの?」

 とまどうウルと、不審そうに声をかけるザクウ。それに構わずシュユはじろじろぺたぺたウルを(いじく)りまわし、

「ほう、ほう、ほほう! お前、同類か! 同類に会ったのは初めてだよ!」心底(しんそこ)愉快(ゆかい)そうに笑う。

「シュユ?」

 ザクウの声で、シュユはくくく、とひとつ笑い収めをすると、

「ウルよ。わたしはこう見ても女だ。安心するといい」

「あ、そうなんですか」

 そういう問題なのかはわからないけれど、まあそういう問題なんだろう。

「……ずいぶんあっさり信じたな? なぜだ?」

 シュユは、大きなドラゴンの石像である身体を広げ、問いかける。たしかに、女だと云われてすんなり信じるにはすこし雄々しい身体かもしれない。

「なぜって」

 なぜ。まあ、前世では肉体と精神の性別は別問題とは聞いていたし、今の自分は人のことを云えるわけでもないし、それに。横目でザクウをちらと見る。それに、そういうの初めてじゃないし。

「……そういうこともあるかと思って」

「くく。ははは! そうだろうそうだろう! そういうこともあるだろうよ!」

 なぜか上機嫌になったシュユが背中を叩いてくる。石でできた手が普通に痛い。

 されるがままにばんばん叩かれていると、ザクウが助け舟を出してくれた。

「それでねシュユ。今日はウルちゃんの服を見にきたの」

「服?」とシュユも叩くのをやめてふたたびウルをじろじろと見る。着替えたりしてないから、ぴちぴちの服のまま。そうとわかっていて見られるのは、さすがに少し恥ずかしい。

「お前くらいの服なら、このあたりにあるよ」と示された一角には、Tシャツやスカートやら、不安になるほどちっちゃなものばかりが吊るされている。自分の身体の大きさを忘れてひるんでいると、「それか、仕立てるなら測ってやろうか?」とメジャーを持ち出され、あわてて固辞(こじ)して吊るされた服に取りかかる。

 赤シャツ黒シャツ白シャツ、無地だったり柄入りだったり、そういえば柄と柄はダメって聞いたことある! けど、この大きくマーク入ってるだけのって、柄なのかな?

 種類の多さに圧倒され、なけなしの知識も役に立たず、薄氷(はくひょう)の上をひやひやと歩くような、顔面蒼白の面持(おもも)ちで服をめくる。

 ――本来、シュユの店に来る客には、こんな必死の形相(ぎょうそう)の人間はいない。服に興味のない人間はたいてい安い代わりに面白みのない、ドワーフ魔道具製の服を買うからだ。わざわざ新品で高価なシュユの店に来る客は、真剣でこそあれ、だれもが楽しそうに服を見る。

 では、ウルはどうだろうか。云うまでもない。それどころか、ウルは前世、女性服の良し悪しは意図的に避けていた。もちろん、男性服にも興味なかったが、それはそれだけであって、買うときに好き嫌いくらいはした。だが、女性服は興味もなく関わりもなく、そして勉強したところでどうだろう。そうしたら道行く人の服を、あれいいなとか、流行だな、とか思いながら見てしまう。そうしてその女性から「うわぁじろじろ見られてる」とか「あんなのに見られるためにおしゃれしてるんじゃないんですけど」とかキモがられるのがオチだろう。興味のない分野で、待っている末路がそれだとして、はたして勉強するだろうか。

 もちろん、これはただファッションに興味のないことへの、一人で考えた理論武装(りろんぶそう)である。ただのエクスキューズである。そして、そのツケを今まさに支払っている。

 センスもない。質の良さもわからない。せめて安いのすら、値段が読めずわからない。頼るよすがはなにもなく、やみくもに無難を求めてぐるぐる目を回して服をあさる、そんなウルを見かねたのか、シュユが声をかけてきた。

「お前、なにをそんなに悩んでるんだ?」

「あ……実は、服を楽しみにしてる、って云われて、下手なの買えないって、思って……あ、いや、下手なのって云うのは言葉のアヤで、その……」

 あっさり白状したあと、もごもごなにかを打ち消している。普段なら、売っているものを下手なものなんて、とか考えて、ごまかしていた。だが今は服を選ぶのでいっぱいいっぱい。そこまで頭が回らず、また、さっきばしばし叩かれてたことでイマイチ気を遣う脳が働かず、するっと出てしまった。

「ああ、リコリスか」とあっさりと言葉の主を当てられて、そこで、あ、別にリーダー個人の特別な店とかじゃなくて、みんな知ってる店だったのか、と浮ついた心が冷えた。

「なら、こっちはどうだ? ワンピースや上下揃いの服なら、大外しはしないだろうよ」

「え! あ、ありがとう!」

 溺れる者の(わら)、蜘蛛の糸、もたらされた救いに、はずんだ声で礼を云う。

 靴とかアクセサリーとかなんて思慮(しりょ)の外であるウルは、これでもう全部解決だと一安心。端をめくって、パーカーワンピだ。そういえば前世でこんな服着た子が、主人公ですから、と自信に満ちていたな、着てみようか……これ丈短い普通のパーカーだった。こっちからか。

 などと余裕をカケラ程度は取り戻して、ウルは眺めるように服をめくり、そうして一着の服を見つけた。

 隅に隠されたように吊るされていたその服は、白くフリフリとしたエプロンと、その下につながったパステルカラーのスカート、それに大きなリボンの付属品もついた――有体(ありてい)に云えば、冒頭でたっぷり描写した、あの服である。

 その、上半身はもとより下半身もガード甘々なメイド風のエプロンドレスを見て、ウルは、これなら着てみたいかも。と思った。

 今までのような、前世でもあるような服だと苦手意識が先に立つけれど、ここまで非現実的な、コスプレじみた服なら、素直にかわいいとか着てみたいとかの前向きな気持ちになれる気がする。

「シュユ。なにあの服」「ああ。あれがいただろ。前のロリコン領主」「あー。子供にばっかり行儀見習いさせてた、あの?」「そう。それが失脚する直前に、仕立てるように注文されたんだよ。でも見ての通り手が込んでるうえ、大量に注文されたから、作ってる間にあのざま。で、次の領主は要らないとさ」「ご、ご愁傷様」「まったくだよ。まあ前払いだったから損はしていないが、せっかく苦労したのに肥やしになったよ」

 ザクウとシュユの話が終わってから、おずおず声をかける。

「これ。着てみてもいいか?」

「え!? ウルちゃん?」

 ザクウがおどろいた声でこっちを見てくる。たしかにこの服はだいぶんと特異なのはわかるけれど、じゃあ無難ってなにと聞かれれば逆戻りだし、特異なせいか自分の中でこの服はもう『服』というより『マンガかアニメのグッズ』のカテゴリになっているから、きっと試してみないと後悔する、気がする。

「……この服、着てみたい」

「そうか」と応えるシュユの声はなんだかやさしかった。「あそこに試着室があるから、着てみるといいよ」

「ありがとう!」

 とコスプレ服を掴んで早足で駆けていく。

 

 そこからの着替えで、冒頭のシーンに戻るのである。

 

 エプロンドレスを着たウルは、はじめてのコスプレにうきうきしながら、カーテンを開けてふたりの前に姿を見せる。

「ど、どう、かな」

 ちらりとザクウの様子をうかがうと、彼は顔を真っ赤にして、素肌の出た胸元や、わき、ふとももに視線を突き刺してから、おずおず「かわいい、けどちょっと露出(ろしゅつ)が多い、と、思うな」かすれた声で云う。普段見せないオスの視線に、さっき特別が勘違いだと知ったことで冷えたところが、ぬくもりを取り戻す。なぜか満足感が湧いてくる。

 ますますこの服が気に入って、にんまりしながら口を開く。

「なあ、シュユ。この服――」

 そこで、ふ、と閃き。悪魔のささやき。

 この服は前払いで作られ、大量に肥やしになってたって云ってた。なら、うまく云えば安く買えるのでは?

 一瞬遅れて、その考えに嫌悪(けんお)する。

 そういう考えの世界で生きていかれなかったから、オレは死んだんじゃないのか。ただ欲しいものを買いたい、ただそれだけのはずなのに、相手の事情につけこんで、助けてやるよとメシア顔。恩を估価(こか)し、いやさ、すべてのものごとは金銭という物差しによってのみ価値が与えられ、助かるだろ、なら安くしてよ、と冷酷な駆け引き、すべて自分の損得で測った世渡り、器用な生き方が幅を利かせた世界で、オレは無価値だとなったんじゃないか。

 自分の(ずい)にその考え方が染みこんでいることに顔色を変えて、そこから目を逸らすように涙目の震え声になって、云い直す。

「――シュユ。この服、売って、くれるか?」

 上目遣いで、ウルが問いかけると、シュユはなぜかザクウをばしっと大きく叩いた。

「ザクウよ」「うう。ごめん」

 いきなりのことに「!?」となっていると、シュユがちょいちょい、と胸元をつついてきた。

「ウルよ。さすがに、下に何か着たほうがいいな」

「ん? ……あー」

 胸元を見れば、エプロンの口がたわんで、裸の胸が(のぞ)いていた。

「リーダーもオトコノコだからなー。刺激が強かったかー。じゃあしょうがないなー」

「うう。そ、そうだから、下にシャツを」

「じゃあ、水着着るか!」

「え!?」

 ザクウを無視した発言。しかし、ウルの中ではもう『ソシャゲっぽい』というイメージになっており、そのせいで露出度は高いほどいい、という結論に達してしまったせいで、水着、なんて云っているのである。

 ザクウの肌を隠してほしいという希望もむなしく、ウルから案が出てうれしくなってしまったシュユの手で水着が運ばれてきてしまう。もちろん、露出度のために、ワンピース型でなくビキニが選ばれた。

「どよ。リーダー」

 わざと前かがみになって、得意顔で水着を着た身体を見せつける。彼が顔を染めながらも、ちらちらと鋭い視線を向けてくることに気をよくした。

 すっかり元気になった声で、「シュユ。これも買いたい!」と云うのであった。

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