女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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第1話 彼のものは彼か彼女か

「……うん?」

 目をさますと、ウルの目に知らない天井が映っていた。

 あれ。てっきり死んだと思ってたのに。しかも天井なんてひさびさ、

「天井!?」大声を出しそうになり、あわてて自分の口をふさぐ。

 スラム住まいが気を付けるべきは、寝てる間に(おそ)われること。知らない場所で大声なんてご法度だ。叫ぼうとした言葉をそのまま飲み込む。まずは人攫(ひとさら)いのアジトと仮定して、脱出方法を探るべきだ。

 ベッド脇に面した窓に近づき、カーテンの隙間(すきま)を薄く開けた。夜らしく大きな満月が光を振りまいている。隙間を押さえたままにして光を入れ、きょろきょろと自分がいる部屋を見渡した。扉と引き出しのついたタンスに書き物机、そこにいくつかの置物。調度品はどれも使用されている雰囲気はない。空き部屋か?

 カーテンに開けた隙間から今度は外を覗く。地面は少し遠い。二階のようだがここから逃げてしまおうか? いや、今生の自分はひょろひょろのガリガリだ。飛び降りたりすれば足を痛めて、逃げ切れる可能性などなくなるだろう。階段を探して降りるのがより確実、のはずだ。

 ――それにしても、こんな環境なんていつぶりだろうか。

 掛布団までついたふかふかベッド、着替えさせられたらしき清潔な服、そもそも雨風をしのげる部屋。どれもスラムでは望むべくもないものだ。

 うへぇ、と舌を出した。スラムでウルを執拗に狙っていた男が、それなりに整った設備――スラムにしては、と付くけれど――を持っていると自慢していたのを思い出したからだ。スラムのヘッド面で女の子を侍らせながら『俺のもとに来れば食うに困らない生活させてやる』などと何度も言い寄ってきたが、元男として男に抱かれるのなんかごめんだ、と無視していたっけ。

 ぶんぶんとかぶりを振り、思考を現在に戻す。思い出に浸るのはあと。まずは脱出しなければ。

 ベッドを降りると、はだしのまま抜き足差し足忍び足。ドアノブを掴んで、ゆっくりと開ける。頭だけを出してクリアリング。薄暗く静かな廊下。誰もいないみたいだ。

 拍子抜けした気分で廊下を歩く。部屋の左すぐに見えていた角を曲がると、すぐに階段もあった。なんだ。楽勝じゃないか。

 ゴン。

 階段の手すりの上。手を伸ばした平たいところにビンが乗っていた。指先が触れてしまい、バランスを崩して落下しそうになる。

 心臓がきゅっとなりながら、あわてて手を伸ばした。やみくもにつかんだ結果、ビンの飲み口ぎりぎりを握りこむことに成功する。奇跡だ。

 ウルはビンを抱きしめながら、へなへなと腰から崩れ落ちる。

 油断した。あぶなかった。

 はぁはぁと荒い息を吐きながら、うずくまってビンをゆっくりと置く。飲み残しがビンのなかでちゃぷんと音を立てる。その音すら恐ろしい。

 身体全体を揺らすような心拍を収めるため、顔をあげてゆっくり深呼吸。

 すー、はー。

 そのまま階段に目を向けると、下りようとしていた階段にも大小さまざまなビンがずらりと並んでいるのが見えた。床に近い目線にならなければわからなかった。

 ――なんだよこれ。新手の鳴子(なるこ)かなにかかよ。

 気づかずに蹴とばしたが最後、ドミノ式に騒音が鳴り響いただろう。気づけたことに安堵しながら、慎重に階段を下りる。窓から見た感じ、ここが一階のはず。なら、下手に扉を開けるよりも窓から出たほうが外に通じているだろう――。

「ありゃ。もう起きちゃったの?」

「ぴぃ!」

 今度こそ大声を出してしまった。

 ぎぎぎ、と振り向くと、見憶えのある少女が立っていた。意識を失う前、最後に会った少女。こいつがここまで拉致してきたのか。

「ポーションで治療できたとはいっても、あの寄生キノコ食べちゃったんだし。もうちょっとゆっくり休んだほうがいいよ?」

 少女は頬に指先を当てながら、何事か云ってくる。

 やばい。見つかった。

 逃げるか?

 いや、窓はこいつより向こう側に見えるだけ。ドアは――しめた! 壁沿いにある!

 どこかの部屋に通じてるかも知れないけど、この際ぜいたく云ってられない。なんとかドアの向こうに飛び込んで、窓があれば脱出。なかったら――知るか!

 とにかく。なんとかこいつの目をかいくぐってドアまでたどり着かなくては。

 落ちていたビンを素早く拾い逆手に持つ。残っていた酒の雫が手にしたたり落ちてきた。アルコールのにおいがする。にちゃついて気持ち悪い。

「わわっ。危ないからそんなの下ろして? ね? いい子だから」

 凶器になりそうな鈍器を構えたのに、眼前の相手は余裕を崩さない。ジェスチャーまで入れてあやすように云ってくる。余裕面(よゆうづら)がちょっとイラっときた。

 ウルは見せつけるように正面にビンを構えながら、少しずつドアのほうに移動する。あくまで間合いを図る風を(よそお)い慎重に、慎重に。

「ここはどこだ?」

 ついでに質問を投げる。注意をそらせるならなんでもよかったが、聞けるなら聞いておきたい。

「ここはボクたちのアジトだよ」

 不穏な単語だが、案外あっさり答えが返ってきた。

 この調子なら、質問していれば注意を引けそうだ。

「ボクたちの、か。なんだか幹部みたいな口振りだな」

「まあ、ボクはここのリーダーだけど……」

 適当にカマかけたら、予想外の答え。

「へぇ。リーダーかよ。かわいい顔してずいぶん偉いんだな」

「かわいい? えへへ。そうかなぁ」

「そうだよ。かわいいのに優秀なんてすごいと思う。大人数の前で話したりするのも似合いそうだ」

「そんなことないよー。ボクたちはそんないっぱいいないし」

「少数精鋭ってやつか。人望があるんだな」

「そう……だね。優秀なひとたちに恵まれてるよ」

 じりじりと横滑りしながら、適当におだてる。それにしても情報がボロボロ出てくるな。ありがたいが大丈夫なのかこいつ。

「優秀ならなおさらだ。そういう奴らは自分の価値を見積もれてる。そのうえであんたについてきていることが証拠だろうぜ」

「自分の価値、かぁ。あんまりそういう考え方はしたことないなぁ」

「じゃああんたはどう考えてるんだ?」

「それはー。うーん……」

 今だ! ビンを投げてドアを開けて、あとは脱出を――

「だーめ」

 思い描いた動作は叶わなかった。

 瞬く間に近づいてきた少女に、投擲(とうてき)のためにと振りかぶった腕を受け止められ、ビンそのものも取り上げられる。振りほどこうとするも、腕一本が全然揺らぎもしない。

「夜遅くに騒ぐと起こしちゃうかもだから。わかって?」

「くそが!」

 思わず悪態をつく。逃げようとしたのも全部お見通しってことかよ!

「そんな汚い言葉つかわないの。よーしよーし」

 少女がウルを抱きしめて、頭をなでてくる。

 今世で――年齢(とし)は測る術がなかったけど、初めての人のぬくもりに思わず力が抜けてしまう。硬い身体から感じるあたたかい体温に、おもわず顔が緩む。

 ――硬い?

 感触が信じられず、すりすりと頬を少女の腹に押し付ける。布越しだけど、やっぱり硬くてごつごつしている。

「あ!」

 少女が声をあげて離れた。人肌が離れ、今まで触れていた場所がすっと冷えた。――すこし、名残惜しい。

「えーと、その……あはは」

「なんだよ」

 緩んでいた自覚のある顔を引き締め、あいまいに笑っている少女をにらみつける。

「えと、ごめん……その、ね。実はボク、男なんだ」

「……お。おう」

 思考が停まった。じろじろと上から下まで見てしまう。女の子にしか見えない。

 ……マジか。

 

 こっちでちょっとお話ししようか。

 少女――男らしいが、に手を引かれウルはしぶしぶ歩き出す。改めて周りを見ると、どうやら寄合場所らしく何セットもテーブルやイスが並んでいる。イスがゆったり間隔で四つ並んだ長テーブルだが、いくつかにはビンがそびえたったままになっていて、雑然としている。少女(男)はそのなかをウルの手を引きながら月明かりの差し込む窓のほうへ引っ張っていった。暗さに順応した目には、すこしまぶしい。

「じゃあここに座って」

 にこにこと笑う少女(男)が、わざわざ窓際のテーブルのお誕生席にイスを準備してきた。しょうがなくそこに座ると、少女(男)も角を挟んで斜め前に座った。

 念願の窓の近くに来たけれど、読んでいると云わんばかりに少女(男)が窓の前にいる。逃げようとしたところでさっきの轍を踏むのがオチだろう。それを悟ったウルは、テーブルに行儀悪く頬杖をついて少女(男)をじっとりとにらんだ。

 窓からの光を後光のように背負う少女(男)。たしかにふわふわした体のラインの出づらい服を着ているものの、生成り色をした――前世では森ガールとか云った服装はこいつのくりくりとした目や肩にかかる金髪、なによりぽやぽやとした雰囲気にとても合っている。さっきの体の感触がなければ男と云われても信じられないところだ。

「え、えへへ。なにかなぁ?」

 見つめすぎたせいか、少女(男)がえへえへ笑いながら頬を掻く。そのしぐさもまた似合っている。

「いや。別に。その格好めちゃくちゃ似合ってるなってだけだが」

「ほんと!? 嬉しい! ありがとう!」

 あからさまにふてくされている相手からの雑な褒め言葉でも、心の底から嬉しそうにしている。ずいぶんとお人よしのようだ。

 本当にこいつは人攫いなのか? 一瞬そんな考えがよぎるも、小さくかぶりを振ってその考えを振り払う。どんなにお人よしに見えても、裏で何やってるかなんてわかったもんではない。

「あらためて、ボクはザクウ。このアイスフリル傭兵団の……リーダーをやってるよ」

「傭兵団? 人攫いじゃなくてか?」

「ひ、人攫い? 違うって!」

「またまた。別に希望を持たせなくていいって。スラム生まれでスラム育ちの純粋スラム人を引っ張りこんでやることなんて人身売買くらいだろ?」

「ほんとに違うよ!?」

「あ、それかその前に()()か? 悪いけど俺はまだ膜があるから、そうすると安くなっちまうけどな」

「まく!? うう、ちぃがうよぉ……」

 少女(男)――ザクウは赤くなった顔を両手で抑えると、あうあうとうつむいた。

 どうにでもなぁれと自棄(ヤケ)になっていたが、予想外だ。

 ――このリアクション、もしかして本当に裏のない傭兵団とやらなのだろうか? だとしたら、わざわざオレをアジトにまで連れてきた理由はなんだ?

 ウルが思考を巡らせていると、ザクウががばりと顔をあげる。

「名前! そうだ、名前聞いていい?」

「ゴンベエ」

「うそでしょ」

「チッ……ウルだよ」

 この分なら騙せると思ったが、そこまでお人よしじゃなかったか。

「ウルちゃん」と呼んでから、ザクウはすこしだけもごもごと口を動かす。明るい場所でじっと見ても、見た目は掛け値なしの正統派美少女そのもの。その顔がしかめ面になり唇を開けたり閉じたりする姿はなにやら愛らしさを感じる。なんだか小動物みたいだな、と頭に浮かべたところで、彼はようやく言葉を紡いだ。

「よく聞いてね。ウルちゃん、きみのいたスラムはもうないの」

 一度云ってしまえば、あとは堰を切ったように言葉が紡がれる。さきほどまでくりくりしていた目を悲しげに伏せながら話し続ける。

「きみのいたスラムいっぱいに寄生キノコが繫殖した、って話が来た時にはもうどうしようもなくなってた。その情報すらスラムから脱出できたわずかな人が騎士団に捕まって初めて伝わったから。だから――だから、騎士団の人はボクたちの傭兵団にスラムを焼き払う依頼をした。寄生された人ごと焼いて、これ以上広まらないように。ボクたちはそれを受けて、スラムを焼いたんだ」

 話しているあいだに、彼の声はどんどんと沈んだトーンになっていく。顔も下を向き、うつむいてしまい顔も見えない。

「ごめんなさい、ウルちゃん。きみのいたスラムの人たちを、ボクたちは焼いた。キノコに寄生されて、でも、まだ生きてたかもしれない人を、きみの仲間を、焼いたんだ」

 もはやザクウの顔はテーブルにつかんばかりに沈み込み、言葉から懺悔の思いがはっきりと伝わってくる。肩を震わせ頭を差し出している姿は見ていて痛々しい。

 ウルは(こうべ)を垂れるザクウを困った顔で見つめ、うつむいた頭にゆっくりと手を伸ばし、その(ひたい)にてのひらを触れる。

 びくりと動いた頭を、掌底(しょうてい)で力いっぱい押し上げ前を向かせる。涙に(うる)んだ目がまんまるになり、おどろいた顔でこっちを見てくる。

「別に。謝んなくていい」

 アイアンクローになっている腕もそのままに、きょとんと見つめてくる(ほう)け顔に向かってきひひと笑いかける。

「あのスラムでオレはわりとひとりだったから。仲間と云えるほどのやつはいなかったしな」

 思い出してみると、ずっとひとりで食料やらをあさって会話らしい会話をしないまま終わった日も多く、生涯で一番話したやつも例のヘッド気取り――しかもそれすら数日に一回くらいという体たらくだ。死んで燃やされたとしても、冷たいだろうが手を合わせて冥福をくらいの感慨しかない。

「それに、寄生キノコ――っと、それってあの赤くてぶつぶつがいっぱいのいかにも危険そうなキノコだよな?」

 聞くと、ザクウは沈んだ声のままながらも「なんで危険そうってわかってて食べたのさ……」とつぶやく。そういえばなんで食べたんだっけ?

「まあ、たぶん腹減ってたんだろ。で、そのキノコを食った身としてはあれは食ったら死ぬ。死ぬほど苦しんだ後すぐ死ぬ。だから、生きてるやつを焼いたわけじゃない。むしろ火葬で弔ってもらえるなんてスラム暮らしには最高のプレゼントだ。だから、だな……」そこで今度はウルがもごもご。ザクウから離した手を首にあてひとしきり唸ると、怒ったように、

「だから! 別に気に病む必要はない! はず、だ!」

 逆ギレのような叩きつける勢いになってしまった。肩で息をしながら、少し冷静になった頭でちらりと見ると、ザクウは呆け顔のままぽかんとこちらを見ていた。

 しまった。なにか間違えたか……?

 気まずい雰囲気が一瞬だけ漂う。失敗の気配に喉が急速にひりつく。

 ザクウはぽかんと開いたままの口を閉じると、涙を浮かべたままふわりとほほえんだ。

 男だとわかっていても見惚れてしまうかわいらしいほほえみ。

「わ、と」ほうけていたら、椅子に座ったまま抱きしめられていた。虚を突かれ、つい抱き返してしまう。

「ありがとう。ウルちゃん」

 頬がつくほどの距離。耳元でささやかれ、こそばゆい。

 座ったままのせいか、身体にすこし距離がある。さみしい。おもわず抱きしめる力が強くなる。

 くすりと笑う声で、腕の力を自覚した。恥ずかしいけど、離れがたい。ザクウの体温があたたかい。

 すー、すー、と手櫛(てぐし)をかけられる。すこし大きめの手指で、ゆっくりと、なんども髪を梳かれる。

 すこしだけ乱暴に、指が頭皮をなでる感覚が心地いい。

 すー、すー。

 彼のぬくもり。彼のにおい。彼の感触。手櫛の音。

 すー、すー。

 

 ザクウが気が付いた時、ウルは腕の中でゆるく寝息を立てていた。

 彼はもういちど頭をなでると、起こさないよう慎重にお姫様だっこをする。朝までゆっくり寝かせてあげよう。

 月明かりに、ウルの寝顔が照らし出される。口が開いた、ほにゃほにゃと緩みきった寝顔だった。

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