女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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第2話 たとえ望まれなくとも救いの手を

 ザクウはお姫様だっこしたウルを捧げ持ったまま、起こさないように慎重に階段を昇る。ちいさい体格を加味しても羽のように軽い身体。むしろ力を入れすぎないように気をつけながら、そのまま上がってすぐの部屋――先ほどまでウルが寝ていた部屋のドアまで歩いて、足で雑にドアを開けた。部屋はベッドが寝乱れているくらいで、それ以外はきれいなまま。それどころか、用意しておいたサンダルですらそのままの状態で並んでいた。

 ウルをベッドに寝かせる。淡い夜色の髪がふわりと広がった。

 さっき梳いていたときも思ったけれど、ウルの髪はずいぶんと痛んでいる。とは云っても、ウルを着替えさせた女性団員の話では――ザクウは女装こそしているけれど男だという自覚はあるから、そこは任せきりになった――彼女はめっきり汚れていて、浄化魔法を何回もかけたうえでソープの実を丸々一つ使ってようやくそれなりになったという。さっきのスラム生まれという話からして、きっと身支度に割く余力なんてなかったのだろう。

 布団をかける前に、彼女の足をちらりと見る。子供らしからぬ筋張った細い素足は、一階(した)まで歩いたくらいのはずなのにもう黒ずんでいた。このアジトの掃除が行き届いていなくて埃っぽい証拠だ。そんな中を素足で歩かせたことにすこし落ち込みながら、ちいさな足をハンカチで軽くぬぐう。起こさないように慎重にだけど、こそばゆいのか「うぅん……」とちいさく呻く声が鳴る。

 足をきれいに拭き終わったあとで、彼女の身体(からだ)をざっと見回す。

 さっき拭いていた時に気になったけど、足の爪がずいぶんと伸びていた。手のほうも気になって、指先を見る。短い。いや、断面が不規則な曲線になってる。爪を噛み切っていたみたいだ。

 手足は細く表面に浮いた血管がグロテスクなまでにびっしりと走っている。向こう(ずね)も骨が四角形に存在を主張している。服に隠れた場所も、あばら骨が骸骨(がいこつ)のようにはっきり浮き上がっていたらしい。血色の悪いむくんだ顔から、水もろくに飲めていないだろうことは容易に想像がつく。

 すう、すう、と小さく寝息を立てるウル。

 彼女はこんなにちいさい身体で、どれだけの苦労を背負ってきたのだろうか。その苦労の原因も、スラムで生まれたということ以外に白状すべきことなどないのに。

 ザクウはその矮躯にふうわりと布団をかける。そして、寝顔を見ながら手を組んで祈った。

 この()に、しあわせが訪れますように。

 

 すこしの間そうした後、ザクウは起こさないように静かに部屋から出る。慎重に慎重に。

「あの子は寝ましたか? リーダーさん」

 すぐ隣から声がした。ころころとした鈴のような涼しい声。声のほうを向くと、ちいさい女の子がにっこり微笑みながら立っていた。

「ルティア? 起きてたの?」

「はい。リーダーさんが慰められてるところをしっかりと見させていただきました」

 くすくすとからかう声色。

 ――彼女の名前はルティア。ストロベリーブロンドの髪を緩くまとめ瀟洒な雰囲気を漂わせる彼女は、本名がプルルティア・カロン・ドワーフプラネットという、あるドワーフ国王の娘さんだ。つまりお姫様なわけだけど、ドワーフ王国での仕事から縁ができてこの傭兵団に入ってくれている。

 ルティアはくすりと指先を口元に当てると、

()()()()()()()()()()()()()()から、下で話しましょうか」

 くすくすと笑う。ルティアはなんだかいつも楽しそう。

 静かに、でも跳ねるように階段を降りるルティアについていって一階のエントランスに戻ると、机のひとつに人影があった。

「ケイオス? きみも起きてたの?」

「よっ。飲み切ってない酒が気になってな」

 そういってケイオスはちゃぷちゃぷビンを揺らす。

 ――ケイオス。彼は顔つきや体つきにこそ狼人族の血が色濃く表れた獣人のようにも見える。本人も狼人族と云われても否定はしない。けれど実際には家系を熱心に辿ると獣人だけで10以上、それ以外を含めればもっといっぱいの種族をその身に受け継いでいるらしい。ドワーフの血も入っているからか、宴会になるとルティアに付き合わされて、そのまま潰されるのは恒例の光景だ。

「ケイオス。あなたも聞いていましたの?」

「あのちんまいお嬢ちゃんのことか。聞いてたよ」

「あら。それは私もちんまいということでしょうか」

 ウルと同じくらいの体格のルティアが問いかけ、それをごまかすようにケイオスはビンから直接お酒を飲んだ。

「で? リーダー。あの嬢ちゃんのこと、これからどうすんだ?」

「どうする……って?」

 いきなり聞かれて、言葉が詰まる。

 ケイオスはそんなザクウをじっと見て、そして大きく息をついた。ぼりぼりと頭を搔きながら、気まずそうに云ってくる。

「たしかにあの場で嬢ちゃんを助けるのも、置いていけないって拾ってきたのもわかる。だけどよ」そこでまた息をつくと、「犬猫じゃないんだ。世話するからここに置いて、じゃないだろ」

 諭すように云われ、今度こそ返答に窮する。

 ウルのこれから。つまりウルがこの(さき)()きていくためにどうするのか、ということだろう。とにかくウルを連れ帰っただけで、そこまでのことなんて考えてなかった。

「スラムのほかの生き残りは……ムリ、かな……」

 云い終わる前に自分で打ち消す。珍しく前払いしてまで逃げるようにスラムを焼き払う依頼をしていった騎士団のことだ。ほかの生き残りの居場所を教えてくれる可能性は低い。探すあてもない。

「孤児院に連れて行っても無駄でしょうね。あのくらい話せる歳だと、もう院から独立してどこかに住み込みで働くのが普通ですもの」

 立ちすくんだまま考え込む隣で、ルティアは瀟洒に座って残酷な現実を語る。

「そしてスラムから来た子をわざわざ雇うより、ほかに良い選択肢はたくさんあります。それでも雇ってくれるのは――娼館でしょうか。場末の安娼館なら、スラムの()()処女でもちょっと高値を付けられますし、そのあと乱暴に使わせてもお金になります。そうすれば最期までは食べていけるかと」

「ダメ!」

 おもわず声をあげていた。首をぶんぶんと振り、その未来予想を必死に打ち消す。

「それはダメ! そんな目に合わせるためにウルを助けたんじゃない!」

「ダメ、と云われましても。現実として、彼女を雇うところなんてそれくらいでしょう。それともリーダーさんは彼女をまたその日暮らしの路地端生活させるとでも」

 ルティアはあらあら、と頬に手をあてて困ったように云う。ケイオスも「まあそのあたりが妥当だろうな」と同調する。

 たしかに二人の云っていることは真実だ。実際にウルを雇ってくれるところはそんなところしかないのだろう。それに、ウルもきっとその未来を受け入れてしまうのだろう。なんとなくわかる。彼女はきっと「現実なんて、そんなものだ」と諦めて笑いながら食い物にされに行く。そんな子だと感じた。

 だからこそダメだ。そうだ、あの時思ったじゃないか。彼女にしあわせが訪れますようにと。

「……やっぱり、ダメ。ウルをそんな目には合わせない」

「ですから、ダメと云われましても」

「じゃあ、そうだ。ウルにはこのアジトのハウスキーパーをしてもらおう」

 ウルの足が汚れていたところからの安直な発想。だけど、いまはそれしか思い付かない!

「みんなでたまに掃除してたけど、やっぱり忙しくて汚れることも多かったじゃない。それにそう、お洗濯とかもたまっちゃうし。だから、だれか一人家事をやってくれる人を雇ったほうがいいって、そう思わない?」

「それこそ別に嬢ちゃんじゃなくてもいいだろうが」

「うぅ……」

 即座に痛いところを突かれた。たしかにウルありきで考えた案なのは認めざるを得ない。ほかの人のほうがいいと云われればそうだ。でも。

「あら。いいではないですか」

「ルティア?」

 思わぬタイミングで援護が入る。ケイオスも急に梯子を外され「姉御」と漏らした。

「雇う相手も、別段ウルちゃんではいけない理由もないでしょうし。アジトの汚れもずっと気になってましたもの。むしろ明日(あした)明後日(あさって)入ってくれるなら大歓迎です」

「そりゃそうだが……いや、どっかの紹介を背負ってきてるやつらと違って、嬢ちゃんだとアジトのもんかっぱらって逃げる可能性もあるだろうが」

 ケイオスが不承不承といった感じで反論してくる。

「ウルちゃんはそんなことする子じゃないと思う。えっと、そう。実際、さっきウルちゃんが逃げようとしたときも、ウルちゃんの寝てた部屋はきれいなままだった。そんなことする子なら、行きがけの駄賃って荒らすはず、だよ、ね」

 説得できるかの自信がなくなって、語尾が弱まる。ケイオスを見ると、がりがりと首元を搔きながらなにか考え込んでいる。もうひと押し、みたいだけどその材料がない。

「では、こんなのはどうでしょう」

 ルティアがくすくすと笑いながら大きな首輪を取り出す。楽しそうに笑いながら出すにはあまりにも不釣り合いな、魔術回路の書かれた革の武骨な首輪。魔獣使いの人が魔獣に着ける首輪だ。……なんで今?

「ウルちゃんをだましてこの首輪をつけてしまいましょう」

 くすくすと笑いながら、恐ろしいことを云い始めた。

 首輪をくるくると回しながら、ルティアはあくまで楽しそうに、

「魔獣に着けてなくとも、居場所くらいならこの首輪は教えてくれます。それを知らなければ、逃げてもわざわざ途中で捨てたりはしないでしょう。少なくともウルちゃんか持ち逃げされた物のどちらかの場所はわかります」

 ひょい、と首輪を投げ渡される。着ける役目はリーダーであるボクがやれ、ということらしい。

「それなら不安材料はなくなりますね」

 両手を合わせて小さく笑いながら、ルティアがケイオスを見つめる。顔こそ笑っているものの、結論を求める圧力をかもしながら見つめ続ける。

「……わーぁったよ」

 ケイオスは両手をあげるとそう答えた。

 やった。ちいさくガッツポーズ。ウルのことを思ってえへへと笑う。

 

 そんなリーダーの姿を横目に、ケイオスはこっそり問いかけた。

「姉御。もしかして姉御は最初からこの画を描いてたのか?」

 そうでなくちゃ首輪がすぐ出てくるわけはない、と繋げると。ルティアはいっそう深く笑う。

「あら。知らないんですの?」

 大きく大きく、そうしてなお柔らかく笑うと。

「お姫様は子供を見捨てないんですのよ?」

 くすくす。くすすす。

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