女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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第4話 衣食足り過ぎて

 頭を下げながら、ウルは目を閉じふぅと息をついた。苦手な自己紹介を強引にだけど終わらせたんだ。難局を乗り切った。

 ……代わりに、この人たちの仲間になることになってしまったけど。どうしようかなぁ。

 流された結果を実感してげんなりするも、とにかく顔を元気につくろってから頭をあげる。

 すぐ近くに顔があった。ふたつも。

「ぴ」

 情けない声が漏れる。顔を見てそんな声を出すなんて失礼だったろうか。不安になって身体がこわばったけど、いつの間にか詰め寄っていたふたりは気にしていない様子で、

「ウルちゃん! 私はリコリス、っス! よろしくス!」と若葉色の髪の少女が右手を掴み、

「私、スイ。よろしく」と水色の髪の少女が左手を掴む。

 あっという間に両手を掴まれてしまい、ウルはおろおろとふたりの少女を交互に見回す。

 

 ウルにとって、前世から自己紹介とは()()()()なものだった。名前と顔さえわかればよくて、それ以上なんて気にも留めない。初対面の人間のことなんて知るほど暇ではないから。そして仲良くもならず、それ以上なんてずっとこない。その程度のものだった。

 しかし、ウルの手を掴む少女たちにとってはそうではないようで、ウルが語らない分を引き出そうと、

「ウルちゃんウルちゃん。好きな食べ物はなんスか?」「趣味、とか?」

「え、えっと……カビの生えてない食べ物を探すのが趣味です」

 早く答えようと、ついうっかり混ぜてしまいふたりが微妙な顔になる。ちゃんとひとりずつ答えるべきだった。三人でしゃべることの難しさ。

「~! ウルちゃん。ちょっと待っててっス!」

 リコリスが強く握ってた手をあっさりと放し、ひらひらてのひらを振ってどこかに行ってしまう。

 あ、と思ったけど、もう遅い。きっと失望させてしまった。

 離された手を持てあまし、ゆっくりと降ろそうとすると、スイが手を伸ばして掴んできた。

 ぎゅっと両手を包みこみながら、スイは水色の瞳でじっと見つめてくる。

「ウル。おねがい。私にも敬語なしでいてほしい」

 真正面から見つめられ、ウルは目線から逃げるように顔を背けて首ごと逃げる。

「ぜ、善処シマス」

「やだ」

「おいおいやっていきマス」

「やだ」

「今後の課題に」

「や」

「……り、りょうかい」

「ん!」

 胃をキリキリさせながら、ため口で答える。コミュ障だと自覚しているから、こういう距離の変化が一番怖い。ため口を使ったが最後、距離感のわからないやつという扱いをされる気がする。相手が云ったかどうかなんてしょせん社交辞令の一言で切り捨てられるんだ。

「スイずるーい! 私もウルちゃんと仲良くしたいっスのに!」

「ぶい。ぶいぶい」

 戻ってきたリコリスに、握られた手を見せつけながらスイがドヤ顔をかました。

「ウルちゃんウルちゃん。私にももっと気安くでいいんスよ」

 また片手ずつ握られ、まるで前世で云う大岡裁きのようになる。

 ――ああ、なるほど。そういうことか。つまり、オレはリコリスさんとスイさんがじゃれるための()()にされているのか。

 なら。扱いに差が生まれると、溝になる。

あ、あー。よろしく、リコリス」

「! うん! よろしく!」

 彼女が笑う顔を見て、こっそり安堵の溜息をつく。危なかった。

 

「おふたりさーん。そろそろいーいー?」

 なんだか間延びした声に、ウルはちらりとそちらを向いた。ふたり、とはもちろんリコリスとスイのことで、自分は文字通り『お呼びでない』のだと気づいた時には、ウルはもう顔を向けていた。

 声の主は、背の高いねむたげな青年で、顔を向けても気づいているのかいないのか、皿を持ってぼんやり立っていた。ウルはそこでやっと『お呼びでない』に気がついて、あわてて顔を下に反らし、なんとかごまかそうとする。

「何してるスか? 行こ」

「うあっ」

 ごまかそうと体の向きを変えたとたんに引っ張られ、なすすべもなくすとんとイスに座らされる。

 え、と思う間もなく、目の前にぼんやりな男が皿を置いた。皿にはフチからはみ出しそうな大きなステーキがでん、と乗っている。

「僕はタリスマンだよー」

「あ、ウル、です」

「よろしくねー」

 タリスマンはぞんざいに挨拶するとどこかに行ってしまった。

 え。これ、どうすりゃいいの。

 焼けた肉の存在感に目を奪われそうになりながらも、もてあましてとまどっていると、リコリスとスイが「はい、ウル」とナイフとフォークを手渡してくる。

 それでさすがに察したけれど、今度はそれが思い上がりじゃないかとまた迷う。どうすりゃいいの、と同じ思考に戻る。

 けっきょく、バカで自分本位な勘違いと笑われるのも覚悟しながら、

「あ、いや、オレのならだいじょうぶ、です、だ、よ? こんな上等なのじゃなくて、みんなの残飯でももらえたら」

 云いながらも、肉から目が離せない。

 しょうがないじゃないか。スラムで食べた一番のごちそうだって、ネズミとミミズをなんとか捕まえて、近くの一斗缶(いっとかん)ストーブからくすねた火種と紙で折った鍋で煮たのがせいぜいだったんだ。大きくてあたたかでまともな肉を差し出されたら、釘付けになって当たり前じゃないか。

 断りながらも未練がましく熱視線を送るウルの頬を、スイはぐにぐにと引っ張る。

「そういうこと、云わない。いっぱい食べる」

 太鼓判を押されてひと安心。

 そしてすぐに蒼くなる。なぜ素直に食べたいです、と云わなかったのか。ください、と云わずに引いてみせ、相手にあげると云わせて手に入れる。卑怯(ひきょう)()()き。

「ありがとうございます。実は、食べたかったんです」と、いまさら失策を掻き消せはしないのに喉から声を絞り出し、アピールめいたしぐさで両手を合わせ、「いただきます」。なおも一拍置いて、リコリスやスイ、さらにはザクウやらルティアやら周囲の人全員の顔をちらりとうかがい、そしてようやく手をつけた。

 ステーキの適当なところにナイフを当て、ぎこぎこ引き千切ろうとしたら、一引(ひとひ)き目ですとんと切れた。びっくりしてナイフを見たら、のこぎり状のぎざぎざのない、磨かれ研がれたまっすぐな刃に、今しがたつけた脂がぺたり。

 ステーキも大振(おおぶ)りに切れてしまい、すこし大きな肉片ができてしまった。もちろんもういちど切るべきなのだけど、我慢できずに大口を開けて食べてしまう。

 噛んでほぐれて膨らんだ肉はウルの口いっぱいに広がり、肉を食べる暴力的な快感を伝えてくる。顔を長くし、噛んで、長くして、噛んで、そのたびに肉は膨れて、口から脳まで快感で震えて、頬袋をぱんぱんにしながらウルは咀嚼(そしゃく)しつづける。

 とうとうごくりと音を立てて吞み込めば、(かたまり)(のど)(こす)りながら沈んでいき、胃の()に落ちてじんわり広がる。

 そして、もう一口。

 今度はちゃんとした大きさに切った肉を噛めば、ほぐれて繊維状(せんいじょう)になった肉から透明な旨味(うまみ)の肉汁が舌の下に()まって、今度は十分に味を楽しんでからごくりと嚥下(えんげ)

 そうなればあとはもう猛然(もうぜん)と、肉を口に入れたらもう次の肉片をつくり、しかし口はいつまでもぐにぐにと動かしつづけて、途中でタリスマンがパンを持ってきたら「ありがとうございます」もそこそこ、丸のままかぶりつき、がつがつと食欲を満たし続けた。

「ごちそうさま、でした」と手を合わせたときには、ウルの体は胃から湧きあがる体温活力が指先まで巡り、額には汗までにじんで、元気が溢れ出る。ずっと冷えていた体の芯が、じんわりと温かい。

 ふう、と脂っけの残る息をついて落ち着きを取り戻す。満腹なんて、いつ以来だろう。

「いい食べっぷりだったねー。そんなに食べてもらうと、作ったかいがあるよー」

 タリスマンが変わらずののほほん顔で云ってきて。周囲の人は一様になまあたたかいによによ顔。

「うあ」とうめいて、確かな満足を伝える腹をさする。「……腹いっぱい食べるの、夢だった、ので」

 言い訳めいたつぶやきを漏らしていると、リコリスに両脇に手を差し込まれ、高々と持ち上げられた。

 持ち上げた張本人は、こちらを見上げながら満面の笑みを向け、

「これからはぁ、毎日お腹いっぱい食べさせてあげるっスからね!」

 それは、うれしい。うれしいんだ。だけど、急な上方向の移動のせいでげっぷがでそう。

 知ってか知らずか、彼女はウルを抱き寄せると背中をぽんぽん叩きはじめる。

 ――本当に、わざとじゃないんだよな?

 リコリスを信じ、なされるがままげっぷを我慢する。むふぅ、と頬ずりしてる横で、げぷ、とかしたら台無しだろう。

 なんとか満足してもらうまで耐えきって、降ろしてもらう。

 喉で出かかっている空気を吞み込みなおす。そこに、すっとスイが小ぶりのタルを差し出してきた。マグカップサイズのタルには、こんもりとナッツが詰まっている。

「リーダーのおやつ。みんなくすねてる、から、ウルも持ってって、食べるといい、と思う」

 ザクウが苦笑しながら「初耳なんだけど……」

 受け取っていいのか迷う言葉に宙ぶらりんになる。

 それを察せられたのか、苦笑のままながらも「いっぱいストックにしてあるから、好きにしていいよ」

「ありがとうございます」と、先の反省を活かして素直に受け取る。食欲に負けたとも云う。

 ひとまずタルを置こうと、テーブルに目を向けると、あまりにも自然に、タリスマンが皿を下げようとしていた。

「あ、自分の食った皿は自分で片づけますって」

「んー? だいじょうぶだよー。むしろー、台所はいろいろ仕込み途中のがあるからー入ってほしくないなー」

 本当に入ってほしくないのか、それとも口実なのか判断のつかない言葉を残して、さっさと行ってしまう。

「そうそう。ウルちゃんはのーんびりくつろいでればいいんスよ」

「いや、仕事しないといけないんで」

「仕事?」

 リコリスはちょっと考え込むと「明日からでいいんじゃないスかね」

「いや、そんなわけにはいかないですって」

「ウル。私たちも、今日は、お休み。遊ぼう」

 堂々とサボり宣言かな?

「ウルちゃんウルちゃん」ちょっとヒいていると、ザクウに肩をつつかれる。

「今日はね。万一にでも例のキノコを広めないようにって、外出禁止なの。だから、お休み」

「あー」

 腑に落ちた。

 ……もしかして、仲間にならなかったら、いたたまれない雰囲気の中ここにいなければいけなかったのだろうか。

 ちょっと怖い想像に、ぶるりと震える。

「あれ。ウルちゃん寒いっスか?」

「あ。いやいや。だいじょうぶ」

「そうっスか? 上着持ってきてあげるっスよ?」

 そこでリコリスはぽんと手を叩き合わせると、

「せっかくだし、おさがりの服も持ってくっス! 好きなの選んで行くといいっス!」

「そこまで、してもらわなくても……別に、着られればなんでも」

「あ、ちょっとウル!」やけにあわてたザクウに、むぎゅ、と口に手を当てられた。またか。

「ウル、ウル」とスイが背中に手を添えて「がんばれ」

 え。え。

 急な雰囲気の違いについていけない。

「ウルちゃん」いつのまにか真正面に来ていたリコリスが、その手のひらで両頬(りょうほほ)をがっちり固定して、にっこり迫力のある笑みを向けてくる。

「アイスフリル傭兵団おしゃれ番長のリコリスさんが、ウルちゃんにおしゃれを教えてあげるっスからね」

 一文字一文字噛んで含めるように云うと、彼女は先ほどのようにウルを抱え上げてしまう。

 ウルがすがるような目を振りまいても、助けは得られず、抵抗できないまま連れていかれた。

 

 ――体格が違うから服が合わないと一時(いちじ)は逃れられるかと思ったウルが、同じくらいのルティアによって裏切られ、最終的に解放されたのは数時間後のことだった。

「……おしゃれ、よく、わからん……」




途中、うまみ派に魂を売ったことを告白いたしとうございまする。
あと、あのテンションで、っスっスっスっス書いてるとITNK刑事(逆転裁判)が頭にちらついてしまいました><

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