女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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いつもの2倍の長さになったのに、ほんへとあんまり関係ないな隊長?
ほんとうはこの後にちょっと続く予定だったけど、さすがにそこまでいくと長すぎィなので分割。悪いがもう少しだけ、追加で待っててくれないか?

実際これだけの長さだとどうなのかは真面目に気になるので、アンケをとりとうございまする。
長すぎてブラウザバックする兄貴姉貴も、アンケだけは回答してもらえると嬉しいです。


第4.5話 アジトキーパー・ウルの一日

 アジトキーパー・ウルの朝は早い。

 ふかふかベッドの上で目を覚ますと、上体を起こして組んだ両手を前に伸ばす。さらに肩ごと上に伸ばし、ふっと手をほどく。ベッドから降りてサンダルをつっかけ、さらに身体いっぱいに伸びをひとつ。

 まだちょっと寝ぼけた頭を乱暴にがしがしすると、ナッツをひとつかみ。乱暴にばらりと口に放りこむ。固いけれど噛めば砕けるほどよい歯ごたえと、ほんのり塩気(しおけ)が脳の覚醒(かくせい)を促してくれる。

 しばらくハムスターのように頬をいっぱいにして、ごくりと呑み込めば頭はもうしっかり覚醒。

 さて。今日も一日お仕事だ。

 朝一番は洗濯から。みんなはまだ寝ているから、起こさないようそろりそろりと部屋を出る。初めての、逃げ出そうとした夜に似た足取り。あの時のビン鳴子(なるこ)(実際はただ放置された空きビンだった)は片づけたから、特に障害もなく階下にたどり着く。

「おはよー」タリスマンはさすがに早起きで、台所から顔を出して挨拶してくる。

「おはようございまぁす」挨拶を返す。

 彼が台所に引っ込むのを見送り、中庭への扉を引き開ける。外はまだ暗いものの、満月の明かりがほんのり景色を照らしている。

 満月、か。スラム住まいの時には気にする余裕もなかったけど、この世界は月が()()()()。アジトで過ごして15日ほどになるけど、前世ならちょうど満ち欠け1つ分の間もずっと丸々太っている。欠けなければ当然満月もない。月、とだけ表現される。欠けない月。『欠けることなき望月の』という文句が浮かんだけど、何か違う気がする。*1首にかかったチョーカーを手で(もてあそ)びながら、すこし思い出す努力をしてみる。でもやっぱり思い出せないし、前世のことだから聞くこともできない。もやもやする。

 諦めてチョーカーから手を離した。おしゃれにかけたヘッドホンのように首を大きく囲む、首輪モチーフに異世界らしい蒼い線のはいったチョーカー。ザクウがつけてくれた。

 きひひ、と口から笑いが漏れる。ザクウがチョーカーをくれた時のことを思い出したから。

 

 リコリスに服を着せ替えられて「おしゃれ、よく、わからん」とうめいていたとき。ザクウが、「ウルちゃんはあんまりこういうの好きじゃないのかなぁ」と、このチョーカーを持ってしょんぼりしていた。

「それって……チョーカーってやつ、だよな? そういうのはわかりやすいから、えーと、好きだよ」これは本心だった。髪飾り(シュシュ)を腕に、とかの応用も効かない首専用なら、おしゃれがわからずとも悩むこともない。

 でも、この返答だったのは疲れていたのだろう。「じゃあ、あげる!」とやけに上擦った声で云われることを予想できなかったのだから。

 上擦った声だったのは気を使って云ったんだと想像がついたし、もちろん遠慮もした。しかし、ウルちゃんに着けてほしい、と一点張りされ、着けてあげるとまで云われ押し切られてしまった。

 正直。ザクウが後ろで金具を止めて、首元で揺れるチョーカーを見たとき、実はうれしかった。

「ありがとうございます」と、云わなければの義務感でない、心からのお礼が云えた。

 

 ほんのり光る、ファンタジーらしいチョーカーをしばらく見つめていた。

 ふ、と我に返る。ぼんやりしてたら早起きの意味がない。あわてて中庭に出る。

 庭の隅にある吊られたドラム缶のような物体、これはルティアが作った"洗濯機"。洗濯物を放り込みソープの実とか云う名前の木の実を入れれば、洗濯に脱水までしてくれる、前世と比較しても遜色ない発明品だ。

 洗濯板とかを使わなくていいことに感謝をしながら、洗濯物を詰めて洗濯機のスイッチを入れれば、ドラム缶が静かに回り始める。静音性ならむしろ前世より上なんじゃなかろうか。

 とはいえ、洗濯が終わるまでは時間がかかる。そのあいだに身支度をしなければ。

 部屋に戻って、寝間着を脱ぐ。今日は洗わなくていいか、と寝乱れたベッドにそのままポイ。クローゼットを開け、服を一式取り出す。一着分ずつセットになっているのは、リコリスが最終的に()()()()()()()()()()()してくれたから、オレは何も考えずに着るだけでいい。スカートの前後ろに気を付けつつ、服を着替える。最後にポケットにナッツを詰め込んで部屋を出た。

 いつもならまだ洗濯が終わるまで時間がある。途中で寄り道をしつつ中庭に戻っても、(あん)(じょう)、ドラム缶洗濯機がぐるぐると回っていた。

 最後の身支度に、ポンプ式井戸から水を出して顔を洗い口をゆすぐ。

 さて。お楽しみタイムだ。

 寄り道して取ってきた、飲み残しの酒。気の抜けたビールをぐびりとラッパ。くうう。空きっ腹に流し込むアルコールがたまらない!

 ポケットを膨らませるナッツをビールの親友に変えて、月や回るドラム缶を見ながら迎え酒。美味(うま)い。美味(うま)いぞー!

 ドラム缶が停まるまで飲み続け、洗濯物を取り出して、次をどさどさ入れる。男衆2回に女性1回の3回分あるから、休ませてる時間はない。

 洗った洗濯物を一着一着()す。ここら辺は前世と変わらないから、慣れたものだ。

 1回目を干し終えたところで、ちょうど月が沈んで空が明るくなってきた。

 2回目を取り出して女性物を入れる。前世ならともかく、いまさらこだわらずにさっさか手でつかんでドラム缶に突っ込む。

 そして2回目を干し始めたところで気づいた。ザクウのがある。生地がいたみやすいからとネットで包んで、中からは特徴的な森ガール服が出てくるから、わかりやすい。全部ネットにまとまっているせいで、ザクウのパンツがボクサー型の短パンだと知ってしまった。……ちょっと、恥ずかしい。

 ザクウのは一手間で済むけれど、それ以上大変なのが女性陣の服だ。干す場所からして、外からも中からも容易には見えない場所に持っていき、さらに蚊帳(かや)で囲む。洗濯物そのものも、日光で色()せないように裏返し、シワにならないように生地を傷めないように繊細(せんさい)な力加減で伸ばし、フリルなどの飾りにも気を遣う。

 おしゃれ着は特別丁寧(ていねい)に扱うべきなのはわかっている。でも、前世では男の中でもずぼら組、(たた)まず山積みにした服を上から取って、洗った服をまた上に積むせいで、数着のヘビーローテーションが自然と完成していた、そんな身としては丁寧洗濯はまだちょっと手慣れない。

 なんだかんだ緊張の女性服洗いが終われば、もう日は昇っている。今日もいい天気。せっかく干したんだから、よく乾いてほしいものだ。

 アジトの中に戻ると、もうみんな起きていて、楽しそうに朝食を食べていた。朝から元気な雰囲気の中、ウルは邪魔しないように無音で扉を閉めて、すみっこをこそこそ歩き、飲み切った酒ビンを空きビンの山に隠した。

 そのまま、壁に手のひらをべっとりつけながら寄りかかる。目も注目(ピント)を外して視界をぼんやりぼやけさせ、耳も感度をおもいっきり下げて言葉として認識しないワイワイガヤガヤ、喧騒の波を聞く。耳目に抽象的な『楽しそう』だけを認識させ、そうして外れた場所で見ているのが好きだ。なんだか一番しっくりくる。

 しばらくそうして眺めていると、急に視界の端からなにかを差し出された。びっくりしたのをなんとか隠し、そちらを向く。

「ウルちゃん。これあげるー」

 ぼんやりしているあいだにきたのだろう、タリスマンが差し出していたのは、フォークに刺してある肉。

「……あ、ありがとうございます」

 まだ驚愕(きょうがく)が残っていてうまく出ない言葉を絞り、肉を口に入れる。魚の骨のように上下に切り込みがはいっていたのに、いざ噛むと弾力が強くて嚙み応えがあって歯が喜ぶ。塩気の濃い味も、一仕事終えた身体に沁みる。噛み続けていたら肉汁もたっぷり溢れ、塩気と混ざってまた味わい深い。

「美味いですね。これ」

「よかったー。それタンなんだけどーほら、みんな野営のときとかー、内臓(モツ)も食べてもらうからーアジトではふつーのお肉がいいって、あまってたんだよねー」

「へぇ。こんな美味いのにもったいないですね」

「ウルちゃんが食べてくれるならーいっぱい盛っとくねー」

「あ! ありがとうございます」

 これは素直にうれしい。実際美味かったし、前世でもモツ系も(タン)横隔膜(ハラミ)心臓(ハツ)――あれ、全部筋肉だな。好きだったし、あまってるなら遠慮なく。

「じゃあ、これがウルちゃんのー」とステーキにタンを乗せた皿を渡される。付け合わせももらってるとはいえ、朝から重いメニューなのは、今世では当たり前なのか、この傭兵団だけなのかはまだ聞けていない。

「あと、ルティアのおかわりがそろそろだからー、これ持ってってー」とさらにステーキを渡される。

 さっきのタンのフォークをそのまま使おうと口に咥えて、ステーキを両手に。転んだら喉の奥に刺さるやつ。転ばなかったけど。

 ルティアのところまで歩いて、ステーキを置いてフォークに持ち変える。

「あら。ありがとう」

 ルティアの礼に会釈で返す。そのまま席を離れようとすると、「どうしました? 食事ならここで食べればいいではないですか」と空席を指さされた。

「あ、は、はい!」

 せっかくのお誘いだ。断るのも失礼だし、それに朝はあんまりのんびりしてるとみんなが食べ終わって、そこでまだ食べてたら洗い物までしているタリスマンに迷惑をかけてしまう。

 ルティアと同席して、いただきます。食べながらしゃべるのは苦手。ルティアも話しかけてこないのをいいことに、食べるのに集中。むう、やっぱり肉は美味いなぁ。

 食べ終わってふと見たら、ルティアも食べ終わってのんびり飲み物を飲んでいた。

「あ、ルティアさんの皿も持っていきます」

「ふふ。ありがとう」

 しばらく、食べ終わった人を見つけては皿を運ぶ。そろそろみんなは仕事に出る準備を始めだすから、邪魔にならないように。

「ウルちゃんウルちゃん! おいしいお肉狩ってくるっスね!」

「おー。いってらっしゃい」

「ウル。いって、くる」

「はーい。いってらっしゃい」

 出かける面々とあいさつを交わしつつ、広間を掃除。今日が休みの人たちも、なんだかんだ出かけていく。インドア派としてはびっくり。

「ではウルちゃん。困ったら来てくださいね」

 最後に、ルティアが出ていく。彼女はドワーフだから、最前線にはあまり出ないでアジトの隣に建てた工房で鍛冶や製作作業がメインらしい。

 

 ひとりになった。ふう、と息をつく。

 ひと仕事をして腹いっぱい食べたせいでちょっと眠い。でもさすがにひとりになってすぐ寝るのは体裁が悪い。とりあえず手を動かして眠気を払おう。

 アジトキーパーとしてのメインの仕事は掃除だ。むしろ、任されている仕事のほぼすべてが掃除といっても過言ではない。料理はしない、洗濯も大変な部分は洗濯機、買い出しも肉は狩り、野菜も何日かに一回アジトまで配達が来る。これで掃除しなければむしろ仕事がない。

 ザクウには、掃除する場所としては個人の部屋以外で、気になった場所をやればいい、と云われている。アジトは広いから毎日全体はやらなくていい、とも。なので、自分ルールとして毎日掃除するのは広間、トイレ、床すべて。あとは7日で全体を掃除できるようにローテーション。

 眠気を抑えながら、掃除。みんなが出かけたらまずトイレの換気から。尾籠(びろう)だけど、やっぱり集団生活のトイレは毎日掃除しなくちゃ。でも、みんなやっぱりトイレがあるうちに行っておきたいようで、見送ってすぐ入ると少し()()()。だから最初に窓を全開にしておいて、ほかの掃除をしているあいだに新鮮な空気に入れ替えておく。

 今日のデイリー掃除は各所に飾られたインテリア。上から下へのセオリーに従い最初に回して、ぱたぱた埃を落とす。金属質なインテリアの掃除方法はわからないから、とりあえずで埃取りしかできない。金属と云えばルティアさん。機を見て聞いておかねば。ひととおり終わったら次は床。土足のまま床にあがるのが一般的な文化だから、砂粒の混じったゴミをほうきで掃き出す。おおざっぱにきれいにしたら、雑巾でしっかり磨く。床やついでに壁の汚れも拭いたら、今度は台拭きに持ち替えてテーブルを拭く。そうしてようやく最後にトイレをがしがし。

 並びたてれば多忙に聞こえるけれど、実際はたっぷり時間もあるし、ひとりだからと気楽に大あくびしながらゆっくりやっている。

 そんな態度でもだいたい昼過ぎには終わってしまう。朝がっつりな分、昼はご飯がない。だから、こうなってしまえば夕方まで暇だ。

 眠気(ねむけ)も限界だし、とおひるねを敢行する。決定。

 寝すぎないように、広間のイスの座面をつなげて、平たい木のベッドにしちゃう。寝っ転がる。固い。とりあえず、おやすみ。

 

 ひと眠りしたら、太陽の位置でだいたいの時間を確認。毎日おひるねしてるから、慣れたもので洗濯物を取り込む時間。

 女性陣やザクウ、ファッションに個性のある人のものは、(ひと)別に畳んで分けられる。だけど、服は着られればなんでもいい派のものはどれも似たようなもので、どれが誰のかわからない。しょうがなくシャツやズボンといったカテゴリでまとめておく。

 大体を畳んで、テーブルに乗せていたとき。

 コンコン。「こんちゃー。酒屋のマイクでぇす」

「はーい」

 素早く対人用の気持ちを作って、アジトのドアを開ける。外には、リヤカーを括り付けられた犬っぽい(動物)と、生意気そうな顔の少年、マイク。

「よっす。今日もいつもの、できてっか?」

 マイクはさっきの敬語をさっさと捨て、勝手知ったると広間をずんずん進む。ウルもそれを当然のように眺めながら、

「酒ビンならもう洗ってあるから持ってって」

 いちおう酒ビン、と確認はしたけど、彼はもういつもビンを置いてある場所まで行って箱に詰め始めている。その手つきは慣れたものだ。なにせ、毎日やっているのだから。

 野菜の配達は(狩りついでによくわかんないハッパも持って帰ってくるとはいえ)数日ごとなのに、酒は毎日ビンを回収してもらい新しいのを配達してもらう、というのはなんだか恥ずかしいものがあるけれど、そのおかげで盗み飲みもできるのだから困ったものだ。

 そう思っているうちに酒ビンはリヤカーに乗せられ、新しい酒が運び込まれた。

「じゃ、昨日の分の金くれ」

「りょー」

 マイクの手に、預かったお金をそのまま渡す。

「悪いけど、いつも通り数えてくれな」

「おまえまだ金の数え方おぼえてないのかよ……」

 きひひ。笑ってごまかす。

 マイクはため息をつきながらもチャリチャリお金を数えだした。彼は、前に数え方を教えてくれようとしたけど、金銀銅どころか金属が6種類、それぞれに大小の大きさまであって、刻んである額面も読めないときたせいであえなく断念した。

「よし。ぴったりだな」数え終えお金をしまうと、彼は入れ替わりに紙を一枚取り出す。「じゃあ、明日は……っと」

 いつもなら、明日払うべき金額を教えてくれるはず。しかし今日は、紙にむかってうんうんうなり、指を折ったり戻したり。

「どした?」と聞くと、

「いや」としばらくはうなっていたマイクもやがて放るような口調で「今日はビン代返す分を引くのに手間取ってて……わりいな」

 詳しい金額を聞けば、ビンの保証金で返ってくる分のお金を引いてくれるときに偶然大銅貨をまたぐ引き方になったせいで、崩し方がわからなくなったようだ。

 あらためて大銅貨と小銅貨の額面を聞いて、素早く脳内計算。

「じゃあ大銅貨が6に小銅貨が38か、な?」と返せば、目を見開いている。

「おまえ計算できんの?」

「お金の数え方わからないのは、見分けつかないのと額面憶えてないだけだからな」

「いや致命的だろそれ」苦笑しつつも、「助かったよ。ありがとな」

「別に。へーきへーき」

 相変わらず読めない、金額の書かれた紙をもらってマイクを見送る。充分に見えなくなってから、彼の落としていった土を掃き出して、ぐいっと伸び。マイクを見送ったら、そろそろみんな帰ってくる時間だ。

 

 最初に帰ってきたのはザクウだった。

 彼はリーダーなだけあって、現場に出ず交渉やらに行くことも多い。初めて話した時のことを思うと、彼にそんな器用なマネができるかは心配になる。魑魅魍魎(ちみもうりょう)に飛び込めるタイプには思えない。知らず知らずいいように使われてるんじゃないか心配になる。とはいえ、そんなこと聞けるわけはないけれど。

「おかえり。リーダー」ほかのメンバーに合わせて変えた呼び方で呼びかけると、

「ただいま。ウルちゃん」と疲れ顔のザクウがほころぶようにほほえんだ。

 交渉で愛想(あいそう)を使い尽くしたのだろう。一人にしてあげようと、彼の前に汲んで間もないまだ冷たい水を出すと、仕事がある風を装ってどこか行こうとした。

「ねーねーウルちゃん」

「うぇ!? あ、うん」

 読み違えた。どうやら土産話をしたい気分だったらしく、他愛のない話を振ってくる。(いわ)く、子供が遊んでいるのを見かけたら遊びのルールがちょっと変わってた、とか、可愛い花を見つけたから摘んできた、とか。渡された一輪の花をくるくる回しながら相槌を打つ。花は……押し花にしよう。

 話上手なせいでついつい聞き入っていると、にわかに外が騒がしくなってきた。

「みんな帰ってきたね。行こっか」

「そうだな」

 ドアを開けてお出迎え。くたびれた様子のみんなが「ただいま」と個々のタイミングで合唱するのを聞いてから、「おかえり」と応える。

 直後、ぱたぱたと一団の中から小柄な人影が近寄ってきた。

「ウル。ただいま」

「おかえり、スイ」

 にまにま笑うスイに手を掴まれ引っぱられ、広間を抜けて、中庭まで連れ出された。(ひら)けたところでスイはおもむろにカバンに手を入れ、

「じゃん。今日の、獲物(えもの)

 ドヤ顔でカバンの何倍も大きな獣の死骸を取り出した。

 何度見ても壮観だ。小さなカバンは『魔道具』で、異空間にしまった大きな死骸を『魔力』で強化した腕力でもって掴みだした、らしい。あいにく『魔力』に話が行くとさっぱりなので、前世の国民的青ダヌキ*2みたいだなーとただただ感心。

 反応を見て満足したのか、スイのドヤ顔がますます深くなっているのをほほえましく見ていると、雑談しながらゆっくり追いついてきた団員が、肩に手を置きながら

「こいつは手強い分うまいからな。上等な肉が食えそうだ。な!」

 うう。まずいことになった。楽しい雑談に合流することほどむずかしいことはない。盛り上がり具合を見抜いて、おどけすぎず、真面目くさらず、気の利いたなにかを期待されている。

 頭をむやみに空回りさせ、けっきょく、

「いやぁ、ごはんのためにありがとうございます。楽しみですね。ふへへ」唐突に仰々しいお辞儀をして笑うことで冗談らしくする窮余(きゅうよ)一策(いっさく)

「ああ。楽しみにしなよ」

 苦笑する団員の前に、スイが割り込んできて、

「ウル。私も、がんばった」

「スイもありがとな。楽しみだよ」

「ん!」

 スイのおかげで、さほど盛り下がらずに一区切り。ほっと一息。

 

「ほらほら。見せ終わったなら、お風呂はいってさっぱりするっスよ」

 リコリスがスイの肩をつついて呼びかける。このふたりは団員内でもコンビ扱いされているらしく、やっぱり揃っているのが自然に見える。

「ウルちゃんもお風呂行くっスよー!」

 リコリスに連れられて、すぐとなりの銭湯までいっしょに行く。入るのは当然女湯だ。初日はさすがにどうかとは思ったものの、じゃあ男湯に入りたいかと云われればそれはそれで嫌な程度には女の身体である自覚はあるわけで。そのせいか、脱衣所ですっぽんぽんになる女性団員たちを見ても全然ムラムラしない。特に何も思わず自分も裸になる。

 むしろ、身体をすみずみまで(こす)っているときとかに、ああ、もう股間になにもついていないんだな、こんなに小さい身体になったんだな、という何とも云えない感慨が訪れる。その程度で済んでいるのは、自分のアイデンティティの軸足が性別ではなかったのだろうか。それとも、()()()()()()とか、いっそ大人の階段を登ったりしたらまた違うのだろうか。

 ざばりと泡を洗い流す。

 とはいえ、さすがに元男の自覚もある。まだまだ手を出す気にはなれないし、元童貞でもあるぶん大人の階段(そういうこと)は夢見がちでいたい。

 いつもの感慨を終え、湯船に向かおうとした。しかし、身体を洗っているルティアを見つけ進路を変更。

「お疲れ様です。あ、背中洗いますよ」

「あら。ではお願いいたしますね」

 ルティアからスポンジを受け取り、背中をわしわし擦る。背中自体はすぐに洗い終わったものの、「じゃあ流しますねー」とお湯をかけたら洗い終わりでそのまま湯船に入るところだった。流れでそのままついていって隣に浸かる。

「そういえばルティアさん。なんでここ工房と銭湯が併設されてるんですか?」

 せっかくなので、気になっていたことを聞いてみる。

「それですか。……鍛冶をするときは、火を焚くんですよ」

「あ、わかりますわかります。金属を溶かすんですよね」

「あら。よく知っていますね。では、その火のエネルギーは使った後魔道具に貯められるのは知って……知らなかったようですね」

「すいません。『魔道具』はさっぱりで」

「ふふ。いいのですよ。そのエネルギーを使って、このお風呂は沸かされているのです」

「へぇー。……あれ。貯められるんだったら、また次の日の鍛冶に使えばいいんじゃ」

「それはダメなんです。ドワーフの間では、鍛冶に使う火は処女火(バージンファイア)でなくてはならない、という伝統がありますので」

「そーだったんですか。ありがとうございます」

「いえいえ」

 会話しているうちに身体が芯までぽかぽかにあたたまった。ちいさくなったせいか、そういうのも早い。広い湯船なのに堪能できないのはちょっと残念。

 ルティアにあいさつをして、あがってしまう。

「ウル」

 脱衣所でスイが待っていた。疑問に思った瞬間、彼女が詰め寄ってくる。

「ルティアの背中、洗ってた」

「お、おう」

「今度、私にも」

 スイは魔法で背中洗ってた、と云うのは野暮なんだろう。それはさすがにわかる。

「じゃあ、明日洗うから……」

「楽しみ」満足気な顔になった。

 

 そのままスイといっしょに夕食。食べながらスイの今日の活躍を聞く。(会話でなく、一方的な聞き役なら食べながらでもできる。)

 話の内容もファンタジーな冒険活劇らしいワクワクするものであり、またそれを実際に行った相手が語って、その成果を食べているのだからものすごい。

 食べ終わってから目がしょぼしょぼし始めたスイをリコリスがまた連れていく。元気が切れる前に歯磨きとかをさせるためだ。眠たそうな声で「ウル。おやすみ」と去っていく姿を見送ってから、食器を下げたり、テーブルを拭いたりする。その時に空きビンをまとめるふりをしてこっそり飲み残しも少しガメておく。明日用だ。

 みんなが寝静まってから、月明かりのもと、中庭で空きビンを洗い始める。この時うっかり室内に戻ると、夜の街に繰り出した団員がこっそり戻るのに邪魔になるから、できるだけ中庭で完結させる。

 洗いながら、やっぱり我慢できず酒を飲む。ビール、ビール! やっぱり気の抜けてないのも飲みたい! 

 喉ではじける炭酸のうまさよ。がぶがぶとビンを垂直にして溺れるように飲む。アルコールが脳を焼く。気持ちいい!

 飲みながらも、数十分程度でビンは洗い終わる。

 ドワーフのルティアを筆頭に大酒飲みもいるとはいっても、さすがに一日ではそんなに量はない。むしろ、階段にまで溜め込んでいたときはどれだけやっていなかったのだろう。

 室内に空きビン山をつくって、それから眠る。

 朝星夜星(あさぼしよぼし)の働き。でもその代わり衣食住揃っているのだから、文句はない。身に余るくらいだ。

 よし。明日もがんばろう。

*1
『望月の欠けたることもなしと思へば』

*2
云うまでもないが『ドラえもん』




あ、そうだ(唐突)
推理小説を読んでかっこよかったから、プロローグ冒頭に明治の文豪の引用をいれました。ほんへに変更はありません。

4.5話の長さについて

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