女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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 スマホからなので初投稿です。
 続きものだからその終わりまでは書こうと思ったけど、やっぱりダメだったよ。
 もしかしたら続きの投稿のときにこっそり変えるかも知れへんな……。


第6話 理想と現実ー2

 『スリープ』の言葉で意識が遠のいた、そのあと。

 ひさびさに、夢を見た。

 ふと、あ、これ夢だ。と直感する、()()夢。だけど明晰夢(めいせきむ)のように自由にはできず、勝手に動くあの夢。

 

 蛍光灯に照らされた白いフロア。パソコンに電話、電気製品に囲まれた机。――どうということはない普通のオフィス。

 前世でおなじみの光景も、もはや懐かしい。

 その片隅で、陰気な男がどんより雰囲気を背負い座っていた。

 前世の"オレ"だ。

 仕事をすればミスをして、何度も失敗しなければ学ばない、立ち直るにも時間がかかり、がんばってがんばってやっとこさ下の上。そんなウスノロ。それが"オレ"。

 そして会社組織というものは、捕らぬ狸の皮算用(かわざんよう)、これだけの利益を見込んでいたのに、誰かさんのミスのせいで目減りしてしまった、それを『損害』と呼ぶ場所だ。

 だから。だから、こうなるのは必然だったのだろう。

 上司が近づいてきて、"オレ"の肩を叩く。

「ああ、■■。君の今期の勤務評価、(最低)ランクになったから」

「はあ」ピンと来ていない"オレ"に、上司はさらに説明を重ねる。

「■■。ウチの会社では、最低評価になった社員は、自分で、辞めますって云わなければいけないんだ。わかるか? 会社から辞めろとは云わないが、会社のため、自分から辞めますと云うと規定で決まっているんだ」

 それは辞めろという宣告となにが違うのだろう。ガワだけ法律を守ってます、そのためだけの迂遠(うえん)

 いや、今はそうじゃない。それは困る。無職になったらどうやって食べていけばいいんだ。

 しかし、頭の回転が(にぶ)く言葉が出ず黙っている"オレ"に、上司は、

「今月末までは席を置いておいてやるから、そのあいだに引き継ぎはしてくれよ。会社が困るからな」

 云い捨て、用は済んだと上司は遠ざかっていく。

 ひとり残された"オレ"の中では、身体がばらばらにほどけて、どんよりが身体を暴れだし、墨色(すみいろ)に光るゲルを口から吐き戻すような、

 心が折れる感覚がした。

 

 クビになって、しばらくは職を探した。就職だけでなく、バイトも探した。飢えをしのげるならなんでもよかった。

 しかし、職を探せば経験豊富(けいけんほうふ)即戦力(そくせんりょく)。希望にあふれる新卒。

 バイトを探せば賃金(ちんぎん)の安い高校生。深夜もガンガン(はい)れる体力自慢。

 より条件のいい人と競合(きょうごう)し、落ちた。落選(らくせん)した。

 もちろん"オレ"も必死で努力したけれど、それで受かるほど器用ならそもそもクビになんてなっていない。

 10円の駄菓子で粘土の味がする古米を食い、食費を切り詰め切り詰め、その金を履歴書(りれきしょ)証明写真(しょうめいしゃしん)に変え、だましだましやってはきたものの、貯蓄は目減りし、安アパートすら出ていかなくてはならないほどに追い詰められた。

 そのさなか。就活のためと見ていたネットニュースを読んでいると、あるひとつの記事が載っていた。

 (いわ)く、授業についていけない子供たちにも才能があるものがいるのだから、支援の手を伸ばしてあげなければ。

 (いわ)く、社会の輪から外れたひとたちにも有能な人材が眠っているのだから、支援の手を伸ばしてあげなければ。

 ああ。

 そうか。

 これが世の真理か。

 役に立つかもしれないから、支援してもらえるのだ。可能性があるからなのだ。投資なのだ。

 ならば、もう額に『無能』と焼印を刻まれた落ちこぼれになんて、救いの手はこないのだ。

 ああ、世間様になんにも貢献できない、非才(ひさい)で無能な役立たずの落ちこぼれには、世間は用はないらしい。

 スマホを放り、床に寝そべりくつくつと笑った。

 死のうと思った。

 

 思うだけで死ねるのならこんな(とし)まで生きていない。まずは死に場所を考えた。人間至るところ青山(せいざん)あり、とは云っても自殺は数少ない死に場所を選べる死に方である。特権だ。

 まず考えるのは。このアパートはどうだろうか。

 いや、死んで()()()()となるのはいやだ。死ぬときすら迷惑をかけると後ろ指を差されるのはいやだ。静かに死にたい。

 いっそ酒でもしこたま呑んで、道端(みちばた)で凍死するのはどうだろう。名案だとは思ったけれど、さすがウスノロ、すでに肌寒い季節はすぎてあたたかい。酔いつぶれたところで身ぐるみ剝がされ笑われながらほうほうのていで逃げるのがオチだ。

 考え考え、死に場所は有名な自殺の名所に落ち着いた。大勢の中の数字の1になれば、さほど迷惑ではないと思った。

 せっかくだから、最期の豪遊、新幹線に乗って樹海に行き、少しだけ森林浴を楽しんだ。名所らしい、自殺の前に電話しろという看板があったけれど、やはり自分には関係のない、まだ絞れば旨味が出る人向けなのだろう。"オレ"はそれをただ見逃した。

 さて。

 そこそこ奥まで分けいって、景気づけに酒を何本かカラにして勢いをつけてから、ようやくロープを取り出した。片方は木の枝に、片方はわっかにして、見るからにという形。なんか芸術的。

 首を通す。縄目が喉に食い込むのを感じる。

 あとはもう跳べば死ねる、跳べば死ねる、そう念じたとたんに、足がぴくりとも動かなくなった。

 ただ足元の台から一歩だけ。それができない。うなりながら全身に力を()めても、こわばるばかり。上半身をナナメにしてバランスを崩そうとしても、会釈(えしゃく)程度すら動かない。

 息を荒くして固まることしばらく、あきらめてロープを外す。この動きはやたらとスムーズ。

 自棄(やけ)になって酒を一気飲みして、いっそアル中で死んでしまえ、酔っぱらってからふらふらカッターを取り出し腕に走る血管めがけて振り下ろす。

 しかしこれもまた腕に近付いたとたん急停止。あとはうんともすんともいわず、やっぱりあきらめるまで動かず腕は無傷。

 ――くそ。

 自殺すらできないのか。

 原因はわかっている。死にたくないのだ。

 もう生きてはいかれない。頭では、わかっている。しかし、人間獣(にんげんじゅう)としての本能が死にたくないと抗っている。生きるあてもないというのに。

 脱力。とぼとぼ名所をあとにして、深夜の明かりひとつない畑だらけの道をふらふらさまよう。

 どうすればいいのだろう。人生もだが、現状も、片道切符で充分と残りの金は酒と自殺セットに換えてしまった。

 無一文。素寒貧。

 ええい、死ぬなら本望だ、殺さば殺せ、と野宿のために公園を探そうとした、そのとき。

「おお。お、おおおおい、金、出せ! 持ってんだろ!」

 深夜の静けさを破る大きなだみ声。

 心臓を跳ねさせながら声の方向に顔を向けると、強盗がいた。絵に描いたような、赤ら顔に無精ひげ、ご丁寧にてかてかの上着を着て、素手で包丁を向けてきている。

 オレのほうもまだ酔いが残っていて、向き直ると胸を張って「ない!」と叫んだ。

「ないわけないだろ! 出せ!」

「ないものはない!」

「いいから出せって!」

「ないったらない!」

 酔っ払い同士の醜い言い争いの果てに、強盗はとうとう涙ぐみ、「頼むよ、スッちまったんだよ。鉄板のはずだったんだよ。金がないと困るんだよ。絶対当たるはずだったんだよ」

 グチグチと泣いていたかと思うと、急に顔をあげて、血走った目で「出さなきゃ、こうだ! 俺はできるんだ! やるやつなんだ!」

 目をつぶってドスドスドス、と鈍重(どんじゅう)な突進をしてきて、そのまま"オレ"の腹に包丁を突き立てた。

 直後、強盗は目を開けると慌てふためき、「あ。やっちまった! やっちまった! あああああ」

 根元まで刺さった包丁を見て、返り血を浴びた手を見て、そのまま一目散に逃げていく。

 せっかくなんだから、カバンくらい持っていけばいいのに。そう思える程度には、"オレ"のほうには余裕があった。

 そりゃ刺された場所は痛くて熱くて苦しいけど、絶望感はクビ宣告のときほどはない。冷静に、頭を打たないようにゆっくりと路上に横たわる。

 まさか、自殺する勇気がなかったら殺されるとは。意外なところで最後の運が残っていた。それとも、今日死ぬのは運命だったのかな。

 ふっと、さっきまでいた樹海から、連想する。その葉っぱに人の生涯がすべて書かれた伝説の樹がある、らしい。きっと、一枚がざぶとんのように大きくて、その表裏にびっちりと、どう成功して、どう失敗して、どう挫折して、どう立ち直って、どう幸せになって、几帳面な字で書いてあって。オレのぶんは枝からちろりと生えた脇芽(わきめ)に萌えたちっちゃな葉に2文字、『死ぬ』とだけ書いてあるのだろう。

 風がぼんやりと吹いて、物音やエンジン音がかすかに聞こえる。どこか遠くで、人の生活は続いていく。お互いに貢献して、すこしずつ誰かの力になり、それで本人もまわりも幸せになる、そんな人たちのための狭き門のユートピア。

 さっきの強盗も、きっとその油断ならない楽園から弾かれた人なのだろう。そして、(死んだ人はいい人だ)オレを殺した人殺しとして警察が捕まえて、そうして人々はユートピアを守るのだろう。

 おなじく楽園から追放された、同情すべき同胞(どうほう)に、なにかひとつ、してやりたい。

 袖を伸ばし、腹に突き立つ包丁の持ち手を念入りに拭ってから、引っこ抜く。血がどばりと吹き出す。抜いた包丁はどうしようもないから、水路に(ほお)った。

 きっとこれでも、優秀な番人たちには障害になりはしないのだろう。彼を捕まえてしまうのだろう。自己満足。

 でも、せずにはいられなかった。

 無茶をしたせいか、ぼどぼどと血が出て、もう痛くないかわりに息苦しくて寒気がする。

 やっと、死ねる。

 疲れた。もう、やだなあ。

 

 急に、場面が切り替わる。ガレキだらけの荒涼とした、転生してから見慣れたスラム。

 夢特有の、唐突な場面転換。それもまた夢見るときの柔軟性で受け止めた。

 スラムの片隅で、ウルは寝袋にしていた大きな麻袋からもぞもぞ這い出る。

 そのまま全裸で伸びをすると、麻袋を拾い口を何度か折る。ちょうどいい丈にしてから改めて被って、穴から頭と手を出して貫頭衣(かんとうい)とした。

 ほかには持ち物はない。財産はこの穴だらけの麻袋ひとつだけ。毎日食い物を探して拾い食いして、それだけで一日を終えて寝る。その日暮らし。

 ときたま『スラムのヘッド』とかいう男をはじめに、話しかけてくる人がいるが、基本的にはひとりぼっち。

 ……正直、今生はやりなおすチャンスだと思った。

 前世で学んだ、たったひとつのこと。才能、愛嬌、お役立ち、勤勉、ユーモア、そういうものがなければ、人は見向きもしてくれない。学びを活かして、媚びを売って生き延びようと思いもした。

 だが、そんなに器用なことできるはずもなく、前世から持ってきた人見知りやらプライドやら人への恐怖心やらはもはや熟成しきっており、性根から人を避ける生き方が染みついていて、もはややりなおせるはずもなく、やがてひとりでさまようようになっていた。

 まあ、前世と違って草一本にまでは所有権がない世界、食うものを選ばなければ生き延びることくらいはできる。最初は迷ったけれど、飢えの苦しみには耐えきれなくて、なんでも食べた。

 とはいえたまに見つける残飯というごちそうがあればいいなと今日もふらふら。食欲、睡眠欲。性欲は……どうでもいいかな。

「ん?」

 不意に、物音が聞こえた。自分以外の、あきらかな人の気配。

 人見知りとして、無防備に近づいたりはせず物陰に隠れ、こっそり様子をうかがった。

 だが。気配の主は、覗かれていることなんて考えていないだろう狂乱の目でひたすらにキノコを口に押し込んでいる。

 見知らぬ少年が、近くのキノコがびっしりと生えた()()()()からぶちりとひとつ千切っては口いっぱいに押し込んで、飲み込むより前にまた手に取り押し込む。

 キノコのかたまりもまた、それに応えるようにすぐに新しいキノコを生やし、また少年が千切っていく。

 食欲に支配されキノコを(むさぼ)る姿。人としての尊厳をすべてかなぐり捨てた姿を見て、ウルの口にもよだれが溜まりはじめた。

 しょうがないだろう。だって、スラムで腹いっぱいの食い物なんて、望めるはずもない。

 しかし、それが目の前にある。いくらでも食い物の湧く、素敵なかたまり。

 そうだ。いくらでも湧くなら、ご相伴にあずかってもいいんじゃなかろうか。せめて、すこし。ひとつかふたつ。

 誘惑に負け、ウルはふらふら物陰から進み出る。すると少年は急に動くのをやめてぶるぶる震えだした。思わず逃げようと後ずさり。

 少年はすこし震えたあと今度はばったり倒れ、口から太い(すじ)を吐き出した!

 ウルがあっけにとられているうちに、少年は筋に埋もれ、筋からはキノコがびっしり生え、キノコに覆われたキノコマンになると、どこかへうぞうぞ歩いて行った。

「え……えぇ……?」

 とんでもない光景に、しばらくウルはキノコマンの去っていった方角に顔を向けて(ほう)けていた。

 はっと正気に戻ったあと、あきらかな原因であろう残されたキノコのかたまりに近づいてみる。キノコは血のように真っ赤で、笠は奇妙に歪んでいて、その上びっしりとぶつぶつが粒立っている。見るからに、という外見であり、食べた末路ももはや明白だ。

 見なかったことにしよう。

 こんなもの食べたら……こんなもの食べたら?

 いや。

 食べないで、生き延びて。それで、どうだと云うのか。

 生きるために食いつないで。食うために生きて。そして、いつかは野垂れ死ぬ。それに、何の意味があるのだろう。ここでこれを食べて死ぬのと、何の違いがあるのだろう。ただ苦しい苦しいと生きていくことに、何の価値があるのだろう。

 それならいっそ、ここで一時(いっとき)でも腹いっぱい食べ、さっさと死ぬことこそが、最良なのではないだろうか。

 さいわい、いくらオレでも『食う』ことならできるだろう。なにせ、この人生はそれしかなかったのだから。

 ひとつ、大きく息を吐いて、ひざまづくと、かたまりに手を伸ばして、毒々しい色をした救いの手を、とった。

 

 そうして、そこで目が覚めた。

 起き上がる気力もなく、そのまま天井を見上げてぼんやりする。

 ああ。そうだった。そうだった。

 ふたつの死を(けみ)した果てに、ようやく掴んだ真実を、どうして忘れていたのだろう。

 オレは、死ぬべき人間なのだ。生きていく権利を買うための代金を、持ち合わせてはいないのだ。一生を生きる上で、これくらいは成果を出せ、これくらいは世間に貢献しろ、という期待に応えられはしないのだ。

 あんのじょう、部屋を出たら廊下の掃除はオレの時よりキレイになされていて、階下ではリコリスとスイがそれをしてくれたと話をしている。

 あわてて階段を降りて、寝ていた分を取り返そうとしたら、スイが「もっと頼って」と、リーダーが「わがままを云って」と、やさしい声で、仕事を取り上げた。

 まだ。まだ、彼らはやさしいから。1の成果は(あと)ででもいい。今は0.1、0.01でもすこしずつ役立ち度が上がっていけばいい。そう思っているのかもしれない。どんなにハードルを下げようとも、跳ぶ能力がないものには、跳べやしないのに。

 他の人のように、もう失敗されてはたまらないと思ったのだろう、働こうとしたオレを押しとどめ、彼ら自身が片づけてしまったように、失望してしまうのが正しいのに。

 いや。悪いのは、オレだ。

 ハウスキーピングをしてもらう、そう云われたときにできると云ってしまった。いや、自分でもできるとやる前は思っていた。24時間働けます。なんだってできます。しかし、しょせんはただの夢想家の世迷言。浮誇(ふこ)妄言(もうげん)。実際にやってみては苦労が積もり、疲れてきたところで怠け者が顔を出す。ちょっとくらい力を抜いて、頑固(がんこ)な汚れはあとで腰を据えてやればいいじゃない。

 あとであとでとすこしずつ、そうしていつか見破られる。手を抜いていたことがバレて、どうしようもなくなってしまう。

 リーダーたちはやさしいから云わないだけで、やさしいから思わないだけで、オレは信頼を裏切ったのだ。

 前世ではしぶしぶだったあの言葉を、愛着ができた彼らだからこそ、オレは自ら行おう。

――これ以上迷惑をかける前に、自ら辞めなければならない。

 悪因(あくいん)悪果(あっか)。オレの行いはすべて悪い結果に終わるのだから。

 

 そして、前世と同じように、後始末。まさか何もせずいなくなって、すべてなかったことにしてください、としてしまっては迷惑の上塗り。

 部屋をまっさらに掃除して、シーツやもらった服といっしょに明日のぶんの洗濯。すべてを元通りにして、ふたたび麻袋の貫頭衣へと戻る。

 アジトを出る直前、まだ真夜中のはずなのに、タリスマンがキッチンの鍋でなにかしている。当たり前のように、夜中にも仕事をする。ああいう人が、いいんだ。ああいう人を世の中が欲してるんだ。

 アクでもとっていたのか、割合すぐに鍋を閉じてまたどこかに行く。それを見送ってから、そろりそろり、アジトから出ていった。

 アジトの外。意外と時間を食ってしまい、空のすみっこが白んできている。なんとなく、そちらに背を向けてまだ夜のほうに歩き出した。

 はだしでずりずり、すり足同然で歩くせいで、足の裏が擦れて痛い。スラムにいたころははだしなんて平気だったのに。

 ふと感じた空腹を紛らわせるために、爪を噛む。厚ぼったく伸びた爪が口の中を不快に突き刺す。おいしくない。

 はぁ。浅くため息をついて猫背になる。うつむいたせいで、首元の首輪チョーカーが視界にはいった。

「あ」

 しまった。置いてこなければいけなかったのに。なまじ着け外ししていたせいで、うっかり着けてしまった。

 今から戻ろうにも、さすがにそろそろ誰かが起きているだろう。そこに戻っていってなんてしたら、引き留められる。期待ではない。まさかそのまま見送りました、なんて損確定の行動をしてくれるわけないから。

 とりあえず外そうと、ぶきっちょに手を回したとき、これをくれた時のリーダーの顔がよみがえった。思えば、生まれて初めて、他人にアクセサリーをつけてもらえた。……もうちょっとだけ。めどが立つまで着けていても、いいかな。

 石造りの通りをとぼとぼ歩く。どこに向かっているかはわからないけれど、とにかく歩いた。ひたすら、まっすぐにアジトを離れた。

 下を向いて歩いていると、急に道路がぴかっと光った。首筋が熱い。日の出だ。

 輝く道路にただひとつ、自分の落とす影だけが暗闇をつくっている。それを見るのがいやになり、顔をあげた。

 視界いっぱいに映画のような街並みが広がり、(しろ)(あか)水色(みずいろ)、パステルカラーの人が作った建物が光を浴びて輝いていた。まぶしさに酔い、吐き気がする。

 ウルはすっかり参ってしまい、くらくらとめまい。身体がまたうつむこうとする、その直前。光を浴びてなおよどんでいる、一点の染みが視界の隅に映りこむ。

 顔をあげなおしてはっきり見る。あれは、樹だ。鬱蒼(うっそう)と茂っている、昏い森だ。

 あそこだ。直感する。あそここそが、オレの最後の死に場所だ。

 きっと、獰猛(どうもう)な野生動物がいるだろう。自分じゃ死ねない臆病者のため、あっさりと牙を立ててくれる動物がいてくれるだろう。危機感もなくぶらついて、ただ出くわせばあとは相手任せ。この世から、かけらも残らず消えられる。

 こんどこそ、うまくやってみせる。失敗続きでも、三度目の正直。

 だから。

 だから、後ろから聞こえるこの足音は、関係ないものであってくれ。

 もう少しなんだ。

 オレのことなんか、気にしなくていいから。

「ウルちゃん! 待って!」

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