女装した傭兵団長とキノコにまみれたTS娘   作:甘枝寒月

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適当に区切ったら、思ったより短かったので初投稿です。
なのになんでいつもと同じ月一投稿に……?


第7話 理想と現実ー3

 ウルちゃん、と呼ばれて、立ち止まり、そうしてそのまま動けなくなる。

 たとえば、ここで振り向いて、彼のほうを向いて、そしたらきっと彼は喜んで駆け寄ってきて、感動の再会になるだろう。出来すぎだ。まるでそのために出ていったみたい。そう思うと、振り向けない。

 なら、逃げたとする。呼ばれて、立ち止まり、そして逃げる。明確な拒絶。傷つけないためにこっそり出ていったのに、そんなことでは意味がない。傷つけたくない。そう思うと、逃げられない。

 まごまご、逃げるでもなく振り返るでもなく立ち尽くしているあいだに、足音はみるみる近づいて、背後まで迫って荒い息が聞こえるほどになっても、まだそっぽを向いていると、「ウル、ちゃん」と肩に手を置かれた。ぽん、とそっと置かれたのに、身体はおおげさにびくんと跳ねてしまう。

 それでもなお、もはや手遅れとわかっているのになお意地を張って振り向かずにいると、肩の手にくっとひっぱられ、思わずくるりと半回転。とうとうザクウと向き合う形になってしまった。

 ちらりと見上げ、ウルは顔をしかめて目を伏せた。不満とか殊勝とかが態度に出たのではない。逆光が眩しくて。嘘だ。太陽を云い訳にして、ウルは猫背になって下を向く。

 じっとザクウの足を見つめて身を固くしていると、彼はおもむろにスカートを手で押さえてひざを曲げ、顔の高さを合わせてきた。やわらかな髪が少し乱れて、薄く開いたくちびるから、はあはあとまだ整わない息遣いを漏らしながら、それでもしっかりと大きくて潤んだ瞳で見つめてくる。必死さ丸わかりの姿で真剣に見つめられると、ちょっとだけうれしさが湧き上がってくる。身勝手な。やっぱり追いかけられたかったんじゃないのか。

 だめだ。こんな気分だと、もしも帰ろうとか云われたら、うっかりうんとか返しそうになる。心にむんと力を()め、つっぱねてやる、オレはやるんだ、と思い直した。

「ウルちゃん。ごめん!」

「え?」

 予想外の一声(いっせい)に、籠めた力が空回り。ふっと抜けてしまう。その反応を見てか、ザクウも目をくりんと丸くして、

「え? ……っと、ウルちゃん、休みなしでお賃金(ちんぎん)もなしで働いてたから、怒って出てっちゃったんだと思って……」

「いやいや! 違うって! そんなことないよ。リーダーは悪くない」

 まさか。悪いのはオレなのに。リーダーが気に病むところなんてないのに。どうしてここまでやさしいんだ。

 このやさしさを曇らせちゃいけない。リーダーのためにも、オレはいてはいけないんだ。

「じゃあ……どうして?」

 不安そうな顔を見ながら、嘘を云うための決意を固める。

 これから死ぬなんて云えば、純粋なやさしさで引き留められてしまう。

 ここ一度だけ、騙されてくれ。頼むから。

「いや、実はさ。働いてみたのはいいんだけど、オレにはもっと気楽なほうが合ってたんだよな。好きな時に起きてさ、ぷらぷらしてさ、好きなだけ寝てさ。だから、辞めちゃおうかな~って」

 もちろん、一から十まで噓っぱち。だけどどうか、信じてくれ。

「な、なんだよ。そんなに見つめちゃって」噓つきの(さが)、口の端がぐにゃりと歪みそうになるのを隠すため、照れ笑いの形に取り繕う。にやにやゴマカシ笑いのオレを、彼は澄んだ瞳でまっすぐに見据えて、やがて長いまつげを伏せてゆっくり息を吐いた。まばたきのあとには、より鋭い視線で射貫(いぬ)いてきて。

「それでも、さ。いったん帰ろう? あの部屋に住んでたほうが、屋根もあるし、ベッドもあるし。ごはんだって心配いらないよ。だから、働くかは置いておいて、帰ろう?」

 最悪だ。それじゃダメなんだ。タダ飯喰らい。思いやりの、穀潰(ごくつぶ)し。何も返せない、役立たず。

 助けてもらえばいい、助けられただけ助けてあげればいい、完璧な人間なんていない、助け合いだ。したり顔で云う人は、きっと知らない。何もできないいたたまれなさを。助けになりたいのに手出しすれば邪魔になる、もどかしい切なさを。

 できればオレだって、誰かの助けになりたいよ。一度でいい。たった一度、君がいてよかった。君のおかげでうまくいった。頼りにしてる。そう、云われたい。――生きててよかった。そう云いたい。そう云われたい。

 だけど、もうダメなんだ。零点(れいてん)。落ち、(こぼ)れ。一生分の失敗を舐めたというのに、どうして自信が持てるというのだろう。

「気持ちはうれしいけど、遠慮しとく。新しい人(やと)ったら、あの部屋も必要になるだろ」

 じっと見ている真剣な顔に向けて、安心させようと笑いかける。

「なあに。生きてればまた会えるって!」

 しくじった。こだわった。()()()()()()()()()としなければならなかったのに、つい予定が漏れた。いや。言葉のアヤだ。気づかないでくれ。

 これ以上ボロを出す前に、離れようとする。

「ウルちゃん!」

 その、前に。抱きしめられた。

 やわらかな服の下にある、筋肉質ながっちりとした感触。あわてていたせいか、甘い香りの中にすこし、すーっとする汗の混じったにおい。痛くないのに力強さを感じる腕から、彼のぬくもりがじんわりと広がってくる。

「ウルちゃん。お願い。行かないで」

 ぎゅうと抱きしめ、ザクウはしっかりとこちらを向いて引き留めてくる。(うる)んだ瞳から、ほろりと涙が零れる。

「もちろん、ウルちゃんが掃除してくれたり洗濯してくれたりしたのもうれしかった。でも、一番はね。帰ってきたらおかえりって云ってもらえて、いっぱいお話しして、ご飯をおいしそうに食べてる顔を見て、また明日いってらっしゃいって見送ってもらえて。それが、うれしかったの」

 息がくすぐってくるほどの距離で、ほほえみながらやさしい言葉を投げてくる。

 やめてくれ。ぬくもりを伝えないでくれ。(こいねが)わないでくれ。もとより、ふにゃふにゃの決意。死にたくない、離れたくない、でもしなきゃいけない。そういう義務感でなんとかここまでやってきたんだ。

 あなたに望まれたら、もう。

「ウルちゃん。きみがいないと、さみしいよ」

 いっそう力強く抱きしめられて、オレは、折れた。

「わか、った。かえ、る」

 たどたどしく口に出すと、ザクウはぱあっと笑顔を咲かせる。

 ――きっと、オレは遅すぎたのだろう。彼がほだされるよりも前、()()()、オレは死んでいるべきだったのだ。

 ――きっと、オレは早すぎたのだろう。いくらやさしいザクウでも愛想を尽かすほどになってから、こっそり消えるべきだったのだ。

 いつか、彼はこの日を後悔する。いまさら厄介払いできないと悩む日がくる。それがわかっていて、それでも笑顔になってほしくてうなずいたのは、やはり間違いだったのだろうか。

 未来は真っ暗で、考えなしのオレには、わからない。

「じゃあ、かえろっか」

 抱きつきは(ほど)いても、そのまま自然と手をつないできたザクウに従い、一歩(いっぽ)(ある)く。

 その瞬間、足に激痛が走った。

「いっっっっっ!?」

 急な痛みにのけぞり、ザクウの腕にもたれかかる。不意打ちに頭が真っ白になる。

「ど、どうしたの?」

「い、いや、足の指が、痛くなって……」

 さっきまでの鬱々(うつうつ)とした思考も全部ふっとんで、うっかり素の返答になる。

「足? ……ちょっと、ごめん」

 ひょい、とザクウは軽々とウルを持ち上げ、周囲に置いてあった木箱に座らせる。そのまま自身はウルのもとにひざまづいて、足の裏側を(すが)めて見ると、顔を上げ、

「指にトゲが刺さってるね。もう、はだしで歩いたら危ないよ」

「あー。悪いわ」

「あ」

 ザクウの注意を適当にあしらおうとしたら、途中で急にザクウが真っ赤な顔で横を向いてしまう。耳まで真っ赤にして、もじもじとこちらを見ようとしてはまた目を戻し。

 なんで、と思ったけど、気が付いた。

 はだしと同じように、下着とかも全部置いていって、この貫頭衣ひとつだけになったんだった。

 つまり、下から覗けば。

 ……どうしようか。普通なら、騒ぐとか気まずいままとか、なのだろうけど。ザクウにだったら、事故だってこともあるし、まあ見られたくらいで騒ぐほどでもない。じゃあ気まずいまま? それよりは。

 勇気を出して、ザクウの耳元に口を寄せて。

「見たいなら素直にそう云えばいいのに。スケベ」

「ち、ちがうの! そんなつもりじゃ」

「わかってるよ。冗談だって」

「~~~! も、もう!」

 うまくいった。上半身がまるごと拍動しているような緊張のまま、そっと胸をなでおろす。

 もしかしたら、傷つけるかもしれない強い言葉。今までなら怖くて使えなかった言葉。

 だけど、ザクウはぷりぷりしているだけで、ほんわかおだやかな雰囲気のまま。気まずさもなくなっている。

 雰囲気がなおったことに安心して、話を戻す。

「で、トゲはどうしよう。指で取れっかな?」

「だめ。指で取ったらカケラが残っちゃうかもだから、帰ってからトゲ抜き使って取ろ」

 ふたたびザクウはウルを抱き上げ、お姫様抱っこ。そうして、アジトのほうへと歩き始めた。

「え? いや、だいじょうぶだよ。指だけ浮かせて歩けば歩けるから」

「もう。わざわざそんな無茶しないで。頼って。……それに、あばれると、その」

「あっ……はい」

 やわらかな笑顔だった彼が、また頬を赤く染めだして注意するものだから。しおしおとおとなしく身を任せる。

 そのまま、彼に抱きあげられたままで、太陽のほうに向かって連れられていった。


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