ありとあらゆる分岐によって生じる同じようで別の世界。
それがマルチバース。
基本的に言われているその平衡世界はあくまで同じ登場人物が別の選択をした事により生まれた分岐の世界。
それが、人間レベルなのか、星規模なのか。あるいは宇宙規模なのかは定かではないが、それでも、あくまで隣り合うレベルである事が常である。
トールは、妖精國への帰還を目指す際、様々な世界を渡り歩いた。
それは上記のような隣り合う世界のみではなく。
元の世界の面影も無いような全く別の世界を言うこともある。
それこそ人間の選択による分岐を超え、超自然的な現象による分岐すら越え。
生み出される前からそもそも異なっていると言ってもいい世界。
この妖精國と汎人類史が、地球という星の中での出来事の分岐によって生み出された世界であるならば。
目の前のオーディンのいる世界とこの世界は、そもそも根本的な宇宙そのものどころではないレベルで分岐が違う。
もはや隣り合うというには無理があるレベルの違い。
マルチバース。平行世界を大樹と枝で例える者がいたが、木の種類そのものが違っているようなもの。
物理的、魔術的に様々な実験を経てここに舞い戻ったトールだが、本当の意味でこの世界に来れた理由は定かではない。
様々な障害を抱えたままとはいえこの世界に移動したこと自体が奇跡。
トールとてマルチバース先の自分自身へ乗り移るという「ドリームウォーク」という技術の知識はあるが、それを異世界レベルで行うなど聞いたことも無い。
それを、先の会話の前にトールは父に向ってなぜと聞いたところ。
「全能の父である儂が、息子であるお前に会う事がなぜできぬと思う?」
そう切って落とされた。
ありえない。
ありえないが不思議と納得できる迫力があった。
オーディンやヘイムダルの使う一部の技術に暗黒エネルギーを使用するものがある。
それは。専用の装置が無くとも、銀河すら隔てた移動を一瞬で行うビフレストを使用する際にも使われる力。
ドリームウォークも起源は、ダークホールドという言うなれば闇の力から起因するもの。
そう言った意味ではあるいはとは思わされるが、何よりも、目の前にいる父の圧倒的な全能感を思えばそれも当然と納得せざるを得なかった。
そんなオーディンの問いに戸惑っているトールを見やるオーディンは、周り、倒れ伏す者達を見渡しながら。
「これが、お前の望む結末か?」
そう一言、悲しみでも喜びでもない純粋な疑問を投げかけた。
「な、なにを……」
その問いに、なぜここに来たのかという疑問が吹き飛んだ。
戸惑いながらも、しかしトールは答えを口に出した。
「……当然です。父上」
その言葉に嘘は無い。
これは臨んだ結末。
それは疑いようのない事実。
大切な存在の命は救われ、この妖精國を滅びに導く敵である汎人類史の者達の生殺与奪の権利は獲得し、厄際の大本であるケルヌンノスは追い出している。
まさに完璧な勝利。
「これ以上の結末などありえません……」
それが本心。
これ以上何を望む必要があるのか。
「ふむ、それがお主の考えか?」
それで良いのだなと、念を押す父に狼狽するトール。
「どういう、意味なのです?」
「お前は確かに救いたい者を救うことが出来たのだろう。侵略者を打ち倒し、これから迫る
その通り。
それこそがトールの望む未来。
全能のオーディンの保証もあるとなれば盤石である。
「その通りです父上。これ以上望むことはありません。これ以上できることはない」
そのはず。そのはずなのにこの煮え切らないこの感覚はなぜなのか。
「この世界は守られました! 殺されかけたモルガンやバーヴァンシーは無事。ムリアンやウッドワス達も健在。これで妖精國は守られる! 國も今は混乱しておりますがそれもいずれは抑える事ができる。アスガルドに比べればまだまだ未熟な國ですが、ようやく滅びという運命を回避し、國を創るスタートラインに立てたのです! これ以外にどんな結末があるというのです!?」
その姿は親に叱られ、言い訳をまくしたてる子供のよう。
その姿を、憐れむでもなく嗜むでもなく、淡々と、オーディンは言葉を噤む。
「だが、その結末に納得できない者がおろう。他でもない、この世界の住人である者が……」
言って、オーディンはトールのとこで地べたに座る少女を見る。
その視線を受け、こわばった表情を見せる少女、アルトリアは目を伏せる。
「父上、私は、あなたのように全能ではありません。全國民を納得させる國づくりなどまだまだこの妖精國では不可能です」
「だが、少なくともその少女はお前にとっても無視できぬ者であろう」
「何を……」
「トールよ。お前と、お前の愛する者達の世界への抗うというその行為。生き残るために神に抗う事を罪とは思わん。何よりお前はその上で勝利したのだ。それは儂にとっても喜ばしい事だ。父親としてな」
「それならば……」
何故、そのように煮え切らない態度を貫くのかと、問おうとする前に、全能の神たる父は答えを先に出した。
「だが、お前たちのその行為の代償を、その娘は背負わされておるのだ。お前にはその娘を救うべき責任と義務がある。神としての責任が……」
その言葉はまさにトールの父。全能神オーディンの言葉であった。
宇宙の果てにある神の国アスガルド。
何千万年もの間、地球という星を含めた9つの世界を調停し続けた王。
オーディン。
北欧神話にて語られる。全能の神と同じ名前の宇宙人。
他世界による地球への侵略をその地で防いで以来、それを目撃したバイキング達によって神話として語られ、神とされた存在。
あるいは、さまざまな銀河や惑星においてもその力故に神と呼ばれる存在である。
トールにとってのオーディンは、最初は友人であり仕事仲間の父でしかなかった。
まさか、マルチバースとは言え妖精國に渡る為の過程で血を与えられ、義理の息子として迎えられるなど夢にも思っていなかった。
神と呼ばれる父。
全てを見通し、全能の力を持つ彼は、いつも嗜めるようにトールに向かって言っていた。
『我々は決して神ではない』
「――父上の言葉です。なのに今、貴方は俺に神になれと、そう言うのですか?」
「……そうだ」
「何を! 神ではないといつもそう言っていたではないですか!? 父上! 神であるという傲慢さが愚かな選択を呼び込むと! そもそも私は本当はアスガルド人ですらない!! 神を名乗るなどどうして出来ましょう!!」
トールは、そもそもとして、アスガルド人ですらない。マルチバースを渡る実験において、死にかけた末にオーディンの血の輸血によって救われたただの人間。その血によってアスガルド人の要素を足されただけの存在。
そんな相手をして神としてふるまえなどと。トールからすればこの世界にたどり着く以上の無茶である。
「神とは自ら名乗るものではない」
《賢い王は決してすすんで戦はしない》
「だが、そう望まれたのであれば、名乗らねばならん」
《だが、戦う覚悟は必要だ》
オーディンの教え。彼はいつもそうやって例外を示しながら様々な事を教えてくれた。
激昂を鎮めるにはその言葉だけで十分だった。
オーディンのその言葉は、トールの良く知る父親のもので。
その懐かしさに不覚にも安堵を覚えてしまう。
父への反抗する気は失せ、言葉を返すこともなくうつむくのみ。
「何よりも、その娘の望みはお前の望みでもある」
そのトールの態度に構わず続けるオーディンの言葉に、反応を示したのはトールだけではなかった。
アルトリアも、オーディンのその言葉にトールを見る。
驚いた表情を作り、オーディンへと視線を向けるトールを。
「どういう……」
「その娘にとって大事であった失われた者達。それはお前にとっても大切な者達だったと言うことだ……」
「え……」
その言葉に意外そうな反応をしめしたのはアルトリアだった。
「その者達だけではない、何よりもお前はあちらの娘と同じほどに大切だった存在も取りこぼしておる。それをそのまま見捨ててもよいのか?」
倒れ伏すモルガンを見るオーディンの言葉にトールは、不意にその右手首に視線を移す。
襲い掛かる喪失感に悲しみを巡らせながら――
「わからない。わかりません。俺には……だってこの夢は――」
しかしそれを理解する事が出来ない。
「わからなくとも感じてはおろう。お前のその手には時間があるという事も含めてな、今は、理解ができていないだけ……」
言ってオーディンはその手に光を宿し、トールへと光をかざす。
暖かいその光は彼を包みこみ。
やがて泡沫のように消え去った。
その光に包まれたトールは、その見た目に違いは無い。
しかしその雰囲気はどこか今までと違ったもので。
彼は肩を落としながら左手を見る。
「……俺にできるのでしょうか」
その言葉はオーディンにこそ理解できるもので。
傍で聞くアルトリアにはわからない。
事態の落ち着きを察したのか、いつの間にかアルトリアの傍にはトトロットも控えている。
「大丈夫か?アルトリア?」
「う、うん……」
小声での二人のやり取り。
それを一切無視し、二柱の神の対話は続く。
「できるとも、儂は今までのお前のすべてを見続けてきた。記憶はなくとも、愚かと蔑まれようとも、お前を見て嫌う者がいようとも、愛する者だけの為に抗い続けるお前を」
「ですがまだ……俺は自分を神と思う事はできません」
「いいや、既にお前は神なのだ。儂の見定めた未来。滅ぶはずだったアスガルドをお前は救った。アスガルドを滅ぼすスルトを懐柔し、ムスペルヘイムと和平を結んで見せた。お前は全能の神である儂の力を超えた。それをただの人間とは言わん」
「あれは別世界でのソー達との経験があったからこそです。それがなければ俺は何もできなかった」
「それでもお前の努力に違いは無い。行動したのはお前だ。お前の行動が奇跡を呼んだ。それはほかでもないお前自身の力だ」
「父上……」
その言葉を受けたトールは、左手に力を籠める。
左手首に緑の魔法陣が現れ、腕輪のように左手首を巻き取りはじめ、やがて、その緑の魔法陣は左掌に凝縮されていき、緑の宝石を作り出した。
「なに、あれ……」
その石から感じる凄まじい力にアルトリアは声を上げざるをえない。
それに答えたのはほかでもないオーディンだった。
「お主を、この國を救うためのものだ。娘よ、おぬしの願いにあ奴は神として答えようとしているのだ……」
「え……?」
会話の流れが読めなったわけではない。
だが、それでも改めて言われてしまえば、そういった目で見てしまう。
掌の上に浮かぶ緑の宝石。
それに右手を翳し、トールは意識を集中させる。
それはこの石の力を行使するために必要な行為であり。
突然の地響きにそれを邪魔された。
「な、なに!?」
驚愕するアルトリアを余所に、トールは集中を解く。
このままでは、緑の石の力を行使することが出来ない。
やがて、この地響きの原因がケルヌンノスのいた大穴のさらに下にあると看破したトールは、
***
それはブリテンを滅ぼす終末装置。
ブリテンという島が神秘をもったまま存続する事を許さないという世界の都合は、やがてブリテンに自滅装置という物を生み出した。
その名はヴォーティガーン。
巨大な体躯に無限に飲み込む空洞を埋め込んだそれは、虫の形を形成しており誰かはそれを奈落の虫とも呼んでいた。
どのような因果かブリテンの大穴にてケルヌンノスに封じられていた奈落の虫。
その蓋が開かれた今。這い上がらない理由は無い。
モルガンはもとよりカルデア達や神もどき含めすべての存在が大穴の近くの城にいる。
そして都合よく、この妖精國はもとより、人類史を滅ぼすための仇敵達のすべてが愚かな城の中。
これほどまでに都合の良い事があるのだろうか。
穴から這い上がり城ごとすべてを飲み込む。
ただそれだけですべてが終わってしまうという事実。
この高揚感は何からほとばしるものか。
この焦燥感は何からほとばしるものか。
一抹の感情を抱きながら、大口を開け、その大地ごと城を飲み込んでやろうと。
奈落の虫は大口を開け、何も見えない暗闇の中、大穴の外、光の先へ向かっていく。
途中、
――なんだこれは
頭上に広がるのは
上下逆さま。
何故かブリテンの大地が空にある。
何が起きたかわからない。
確かにブリテンの大地から飛び出したはずなのに。
引力は確かに下にあるというのに。
見れば、真下にも上に広がるものと同じ。
ブリテンの大地が広がっていた。
さらなる驚愕。
ブリテンの大地に挟まれ、空は真横に見えている。
これは夢か。
神もどきによる幻術なのか。
ありえない。
夢を語る自分が夢を見させるなどなんという皮肉か。
いや、これは間違いなく現実だ。
そう思わされている夢だと言う可能性もあるが、すべての感覚がこれは現実だと訴えている。
これが何の力なのかは検討もつかない。だが自分はブリテンを滅ぼすもの。
これがブリテンであるならば、飲み込むことは容易い。
空を飛ぶ奈落の虫にとって重力や引力は問題ない。
空をいき。大口を開ければ、上下のブリテンの大地が剥がれ落ち、その大口へ飲み込まれていく。
ブリテンの終末装置の面目躍如とばかりにその勢いはとどまることを知らない。
だが、その力など、歯牙にもかけない事態が起こった。
これは悪夢か。
例えすべての感覚がこれを現実だと訴えようと、巻き起こる現象は悪夢でしかない。
吸い込んだ傍から、ブリテンの大地が増えていく。
吸い込み、大地を崩したと思えば、その下から吸い込まれた薄皮から脱皮するかのようにブリテンが再び現れる。
それはいずれ奈落の虫が吸い込む速度を超え、ブリテンは無限に分裂していく。
それでも吸い込むことをやめはしない。
終末装置としての本能が行動をやめさせない。
やがて分裂していくブリテンの大地は奇妙に曲がり、奈落の虫を囲むように筒の形を作り出す。
筒状になったブリテン。筒の先端には黄昏の空が見える。
やがて、その筒は、回転しながら狭まっていく。
どんどんと、奈落の虫へとブリテンの大地が迫っていく。
このままこの筒が狭まり続ければ果たしてどうなるのかは、想像には難くない。
奈落の虫の吸い込む力が止まる。
――この時、初めて、奈落の虫は、終末装置というその使命を投げ捨てた。
飛ぶ。飛ぶ。飛び続ける。
迫るブリテンから逃げるため。
唯一空く筒の先端。
真横にある黄昏の空へと向かっていく。
その間にもブリテンの大地は迫って来る。
大地に咲く建物や岩。大地そのもの。その全ての隆起が今は命を削り取る刃に見える。
このままでは、このままではブリテンそのものにすりつぶされる。
それだけはあってはならないと全速力で飛び続けて行く。
その間にも回転しながら迫りくるブリテン。
しかし、逃走を企てた成果か。すりつぶされるすんでのところで出口へとたどり着いたその瞬間。
黄昏の空が消え去った。
筒の先端に蓋を閉じるようにブリテンの大地の一部が閉じたのだ。
絶望。としか言いようがなかった。術者の悪趣味を疑うほかない。
ブリテンそのものに殺される。
それはブリテンを滅ぼす終末装置として絶対にあってはならない事態である。
叫ぶ、叫ぶ。その叫び声は虫のような金切声。
しかしその慟哭は誰にも届かない。
回転するブリテンはあまりの高速回転に線にしか見えない。
建物か、大地の隆起か、或いは生えている木々か、尖った部分の先端が奈落の虫の体に触れ、その瞬間ブリテンを装置として作られた粉砕機に、奈落の虫は巻き込まれた。
高速回転に巻き込まれ、その体を振り回される奈落の虫。
やがて、筒の内部は奈落の虫よりも小さくなっていき、その隙間を完全に閉じた。
***
「うそ……」
今の事態の一部始終を見ていたアルトリア。
あれを見た瞬間、その正体を看破したものの、圧倒的なまでの目の前の神にこれ以上の驚愕を隠すことが出来なかった。
だが、それと同時に、これ程までの力を有した神が願いを聞き入れてくれるという事実に戸惑う事しかできはしない。
「これが、神様の力……」
カルデア達の伝聞でしか知りえなかった神を実感するアルトリアであった。
掌を大広間から広がる空に向けていたトールは、目の前で起こった出来事などなんて事のないように目線を外した。
同時に鏡の割れる音。次元の壁を隔てて行われたブリテンの奇妙な現象。分裂し、形を変えていくそのブリテンは、その音と共に消え去った。
トールは再び左掌に浮かぶ緑の石を翳し、右手を動かし、呪文を紡いでいく。
それを呆然と見るアルトリアとトトロットにトールは視線を向けた。
「アルトリア、トトロット」
「え……?」
「ロット?」
これまでからは考えられないほどの優しい声色に戸惑う二人。
「ごめん、君たちを苦しませた」
その言葉に二人は、許すことも怒ることもできはしない。
立場ゆえ仕方のない事だと、そう言うにはあまりにも今の事態含めて複雑すぎた。
「トトロット……」
「う、うん……」
それでも呼ばれれば答えるものだ。
例え敵対していても、どうしようもなくとも、昔のロットの声色に答えないわけにはいかない。
「モルガン――トネリコの事嫌いか……?」
答えはすぐだった。
「ううん、そんなわけないよ。ボクは本当はトネリコにだって幸せになって欲しいから」
それを聞いたトールは安堵の表情を浮かべていく。
「ああ、安心した……」
緑の光はどんどんと強くなっていく。
強まっていく光。
いよいよこの石の力を行使するその瞬間。
「待って!
また一つ邪魔が入る。
その正体は先ほどまで、呆けていた少女アルトリア。
彼女は、これまでの態度がまるで嘘であるかのように、生気に満ちている。
「待って、お願い ダメ!!」
どういうわけか、トールの行動を止めようとする彼女はトールの集中を邪魔しようと駆け寄っていき、それを不可視の壁に邪魔をされた。
「ダメだよ! せっかくここまで来たのに!!」
不可視の壁に縋りながら、まるで人が変わったような態度をとるアルトリアに、驚くのはトトロットだけだった。
「ちが、違うの!! さっきの私の言葉は噓だから!! 私が悪かったから!止めて!お願い!!」
壁をどんどんとたたきながら少女は叫ぶ。
「ここまで来たのに!! 何度も何度も苦しんだのに!!」
少女の突然の奇行にしかしオーディンもトールも大した反応は示さない。
「あなた、トール君のお父さんなんでしょう!! だったら止めて!」
矛先を変えたアルトリアの言葉にオーディンは答えない。
「このまま、私たちの望みを叶えるなんて……そんなの……!! トール君が……!」
壁に縋りつきながら涙を流し、アルトリアは膝をつく。
「ダメだよ……せっかく会えたのに!!」
その姿をトールは一瞥し、その表情に笑顔を浮かべ、改めて緑の石。『タイムストーン』に力を籠める。
すると周囲の建造物たちが動き始め、砕けた壁や床が時が戻るかのように修復されていく。
トールは、巻き戻っていく周囲を確認する。
倒れ伏すウッドワスやムリアンを優し気に見つめ。
そして、モルガンとバーヴァンシーの二人をさらに長く見つめ続ける。
しばしの沈黙。
やがて、名残惜しむ事も無くトールはその視線を目の前の父、オーディンへと向ける。
グリムの肉体からはがされようとしているオーディンに向かい。
「
そう言って、オーディンを見送った。
「ダメェェェェェェェ!!」
アルトリアの叫びむなしく、時は遡る。
これまでの事がなかったように時間が巻き戻っていく。
世界が巻き戻っていく中で、唯一意識を残すのはトールのみ。
やがて、その右手首に腕輪が装着されていく。
『馬鹿者め……! これ以上無い結末だったと言うのに……!』
その腕輪から響く声に、トールは微笑みを崩さない。
「ああ、そうかもしれない……」
『未熟なお前がタイムストーンを操れると思うな! 繰り返せば繰り返すほどお前を蝕んでいくと言うのに……今後、これ以上にお前の望む結末になる可能性のほうが少ないのだ……!』
「――それでも、キミがいないほうがマシだと思ったんだ……」
『……! バカものめっ……』
悲しみと、そのなかにある喜びを隠さないまま、その腕輪ごと、トールは時の流れに飲み込まれていく。
一番最初のループ以外で初めての、トール自身の意思によって行使された巻き戻し作業。
本人も無慈悲に巻き込み、すべてをなかったことにしていった。
***
目が覚めた……
ここはいつもの眠りの間。
『さようなら父上』
先ほどの邂逅。その息子から与えられた別れの言葉。
それの意味することなど明白だ。
それが彼らの望む結末を示唆していることなどわかり切ったこと。
その言葉にこたえる時間はあった。
だがしなかった。するわけにもいかなかった。
目覚めた父親は、懐にある昔息子から与えらえた紙を見ながら。
「いや、また会えるとも……」
そう、呟いた。
***
――なんでこんなことになったんだっけ?
村から逃げて、出会いがあって、森を出て。
と思ったら今度は別れて。
なにがなにやらわけのわからぬ内にこんな事態に。
「どうしたの? 大丈夫?」
そんな疑問を頭に浮かべていたら、不意に声をかけられた。
青い髪に青い羽根。
風の氏族の特徴を持った、気弱そうな少女。
今は一緒に旅をする同行者でもある。
ここはグロスター、妖精國でもっとも栄え、流行激しい道楽の町。
街そのものが意思をもつかのように動くため、ぼうっと突っ立っていては、ネズミだと思っていた何かに踏みつぶされてしまう可能性もある。
いけないと意識を戻す。
青い少女の先には一人の青年。
「大丈夫? やっぱりお金持ちのオーラに充てられて具合悪くなっちゃった? わかるよ。世界が違う人たちと一緒にいるとなんか自分がみみっちくなるんだよな」
なんだか失礼な事を言われた気がするが気にしない。
こんな事態を起こした事に比べれば失礼な言葉など気にならない。
――本当、なんでこんな事になったんだろう。
自分は救世主。
予言の子。
一応、圧制を敷く女王を打ち倒して妖精國に平和をもたらす。
と、言われているのだ。
それなのに、それなのになんで――
「オラ、田舎娘!! とっととしろっつーの!! こっちは貴重な時間を割いてやってるんだよ!!」
「そうだよ。彼女がぼろっぼろに負けたのが原因なんだし、彼女にとっては予想外の時間なんだ。一応は気をつかってあげないと」
「てめぇは一々うるせえんだよ!!」
「あ、あの……喧嘩はやめたほうが……」
――なんで、女王の娘と一緒に旅することになったんだろう。
流行渦巻くその街で、予言の子、アルトリアはまた再び空を見る。
美しく広がる黄昏の空。
その空の下、集った者達の行く末は果たして……
女王編・完
***
『なんだよそれ!! ポッと出てきた人間に皆夢中になって!! 僕だって同じ人間なのに!!』
『彼は多分汎人類史の人間だろうけど、この世界に移動するときに頭をやっちゃったんだろう。自分をドラマとかの物語の登場人物だと思い込んでいるんだろうさ』
『騙されたんなら怒れよ! 乱暴にされたんだったら逃げろっつーの!! なんでアホみたいに笑ってんだよ!!』
『わかるよ。あなたは私と同じ。どうしてそうなっているのかはわからないけど、それでもあなたの苦しみはわかるから……』
『何をすべきかなんて本当の意味ではわからない。これがやるべきことなのかも。けど、少なくともこの街の人たちは助けたいの……! 』
『さあ、次期女王と予言の子の晴れ舞台だ。パーティプロトコル。派手にやろう』
『ああ、本当に、そんなに混乱が好きなら望み通りにしてやるよ。妖精國を滅ぼしてな』
『また会えるなんて……どう言えば良いのか……!』
『――私は、絶対なのだ』
『クソ! 動けよ!! お母さまとブリテンを守らないといけないんだから!! お願いだから動いてよ!!』
『たとえ怪物だろうとなんだろうと私はお前を止める!! それが、この妖精國の騎士としての私の矜持だ!!』
『あなたが描いた身体なの、あなたのおかげで手に入れた身体! それなのに……!!』
『この! DVクソやろォォォォォォォォ!!!』
『怖い……すごく怖いよ……でも、キミのおかげで勇気が湧いたよ。ありがとう』
『愛してる。心の底から』
次回最終章
マイティ・トール:ブリテン・フォーエバー
女王編。
これにて完結。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
次回から最終章になります。
正直女王編が書いてて一番苦しかったので今は解放された気分。
予想通り批判殺到。
低評価爆雷投下。
まあ思ったよりは少なかったですが。
その中でもまあ暴言の数々もこっそり来てまして。
覚悟の上でしたし気にしないよと言いたいですが、ここに書いているあたりお察しください。少し疲れました。
それでもこれをスッ飛ばして何もかもご都合主義じゃあむしろ彼女たちがかわいそうだと思ったので書きました。とはいえ、一応敵味方ちゃんと見せ場なんかを作らなきゃなと思っていたらこんな事態に。予想外。
次回からは色々とがらりと変わると思います。
そりゃあもう暗い話なんて一切無い。楽しい妖精國の旅路になります。
多分。
ここから先はもうただただ妖精國の彼女たちを救うための物語です。
それが最優先。
これだけはネタ晴らししておきます。
ひとまずはここまでこれた事にお礼を。
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。
MARVEL作品をどれくらい触れていますか
-
MCU含め、他媒体の作品も嗜んでいる
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MCUの映画は全て視聴済み
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MCUの映画を1本以上観た事がある
-
一度も触れた事がない