『ブラックプロテウス、前哨戦に引き続きこのゴールドカップの舞台でも一人旅! 後続とは数えるのも億劫になるくらいの差が開いたままゴールイン!
レースを走り終えて、一息つく。前哨戦の後すぐに挑んだゴールドカップの舞台だが、出走人数はわずか8人。その中で逃げはやっぱり私だけで。結果として前哨戦と同じような流れで勝ってしまった。20秒ほどして後ろを振り向けば体力を使い果たしたであろう7人のウマ娘がターフに崩れ落ちている。
対する私は二本の脚でしっかりと深いターフを踏みしめ、余力をまだ残していた。多分、このペースであれば後6000mほどは走れてしまうと思う。とりあえずいつも通りファンサービスでもしておこう。
『勝者がゆっくりとターフを回って手を振っていますね。余力充分と言ったところか! 対する他ウマ娘は立ち上がることすら出来ない! 正しく魔王の蹂躙劇だ!』
実況のセリフと共に会場が沸いている。何か悪口を言われているような気もするけど、盛り上がってるからいいかな?
あまり長居してもあれなのでウイナーズサークルでいつも通り礼をしたのちにさっさと引っ込むことにする。
「お疲れ様です。テウスさん。今回も流石でしたね!」
「乙名史さん。ありがとうございます。トレーナーさんは?」
「車を手配してくれていますよ」
そう言って乙名史さんが道案内してくれるように歩き出したので後をついていく。ちなみにウイニングライブはこっちではやらないらしいので、走り終わってステージ衣装に着替える必要はない。そのままホテルに帰ってお風呂に入って休めるくらいだ。
ちなみにGⅠにも拘らず今日のレースは普通に平日に行われている。そこも日本とは違ってちょっと驚いたくらいだ。
「今週のメインレースですが、観戦するんですよね?」
「ええ、何しろ『あの人』が出るらしいので。こればかりはちゃんと見ておかないとと」
今週行われる予定のメインレース。その名もキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。凱旋門賞やダービーと並んで欧州を代表する中距離レースの一つであり、私は出る予定はないのだが今回観戦することに決めた。せっかくイギリスに居るのだし、そう言ったメインレースの雰囲気を味わって帰らないのは損だ。
それに日本で一度対戦したあの人が参戦するらしいという噂を聞きつけたためこのレースだけは外せない。本場での彼女の走り、果たして彼女の本気がどの程度なのか知りたい。
そんなことを考えつつ、そのレースに思いを馳せるのだった。
『本日のメインレース、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。今スタートしました!』
そんなこんなでKGVI&QESの日。フルゲート埋まったそのレースを観客席から眺めている。
流石は超有名レースなだけあって会場も超満員。歴史があるレースはさすがに雰囲気からして違う気がする。
「元々キングジョージ6世ステークスは2マイル、約3200mのレースだったんだぞ。そのままだったら多分お前が走ってたんだろうな」
とはトレーナーさんの談である。そのままの距離なら絶対に出走していただろう。ちなみに凱旋門賞と1週違いのレースだったらしいのでその場合多分凱旋門賞ウィークは見送るか行けるなら連闘していたことだろう。そんな羽目にならなくてよかった。
レースに目を戻す。現状中盤戦に移行したくらいで、見知った影が一つするりと抜け出していくのが見えた。そうしてそのまま先頭を奪うと最終コーナーを回って、一人抜け出した状態で駆け抜けてくる。
やはりこのウマ娘は、強い。身体の不調に悩まされながらも欧州三冠を獲ったのは伊達ではないという事か。
『昨年に引き続き今年もやはりこのウマ娘だ! 神に愛されしウマ娘が連覇を決めた! その名も、ラムタラ!』
何の波乱もなく、彼女が勝った。傍から見ればそうとしか見えない勝ち方でKGVI&QESの連覇を決めたウマ娘、ラムタラ。
本来は引退するはずだったが、その宣言を取り消しKGVI&QESの舞台に鉄砲*1で乗り込んできた欧州三冠ウマ娘。
彼女の心境にどういった変化があったのかはまだ知らない。この後可能であれば少し話してみたいけれど、教えてくれるかはわからない。
けれど、彼女の走りには陰りは見えなかった。彼女にとってのホームグラウンドでこれだけの走りを出来るのならば、本調子であると見て間違いないだろう。
「ほら、テウス。話を聞きに行くんだろ? アポは取ってあるから」
「ああ、そうですね、行きましょう」
トレーナーさんの案内でラムタラさんの控室まで歩いていく。アポを取ってあると言ったのは間違いではなかったらしくすんなりと控室前までたどり着くことが出来た。
数度深呼吸をしたのち、扉をノックする。程なくして返事があったので、意を決して中に入る。
「失礼します──ラムタラさん。お久しぶりです」
「久しぶりね──ブラックプロテウス。会いたかったわ」
「わぷっ!?」
彼女が私に駆け寄って抱きしめてくる。何だかいい匂いが……じゃなくて!
「あら、ごめんなさい。ハグは文化じゃなかったわね」
くすくすと笑いながら離れるラムタラさん。どうやら揶揄われたらしい。
「ふふ、怒らないで頂戴。ああそうだ。ゴールドカップ、見てたわ。おめでとう。流石は私に勝ったウマ娘ね」
「ありがとうございます。ラムタラさんこそ、今回の勝利おめでとうございます」
お互いに健闘を称えあう。私のレースを見ていてくれたのは驚きだったけれど、向こうは向こうでこちらのことを意識してくれていたということだろうか?
「貴女が見ていたより結構薄氷のような勝利だったけれどね、いまも、ほら」
そう言ってラムタラさんが脚を指さすと、痛々しいほどのテーピングの後がそこには有った。
「脚の不安はやっぱり治っていなくてね。何とかギリギリ間に合わせたって感じなのよ」
そうか、彼女は
「貴女の次はグッドウッドカップかしら、その後はドンカスターカップよね。貴女ほど次に出るレースが楽しみなウマ娘は初めてよ」
そう言ってくすくすと笑う。彼女のこういった笑い方を見るのは初めてだ。結構よく笑うウマ娘なのかもしれない。
「そうですね。その後は決めかねていますが……」
「あら、カドラン賞確定ではないのね? ならこれからする頼みごとにも少しだけ望みが出てきたわね」
「望み、ですか?」
「ええ。私が貴女にする、最初で最後のワガママ。あの時貴女に見せられなかった全力を、貴女に見せたい。だから──お願いするわ。私と一緒に、凱旋門賞に出てほしいの。脚のことなら心配しないでいいわ。120%の力が出せるように調整するつもり」
眼を見る。真剣な眼だ。あの時ジャパンカップで見たような、何処か諦めたような眼じゃない。ただひたすらに、目の前の相手に勝ちたいと言う、ウマ娘にとって至上ともいえる思いが込められた視線。私は、逸らすことが出来なかった。
「──トレーナーさん。調整をお願いできますか」
「あ、ああ……お前がいいなら、わかった。でも、いいのか?」
「構いません。カドラン賞には来年出ます。でも、ラムタラさんと走れる凱旋門賞は、きっと今年だけです」
おそらく彼女は、もう後のことなんて考えていないだろう。自分の競走人生全てを懸けて、凱旋門賞に臨んでくるはずだ。
なら私は、その想いに応えたい。私の全身全霊を持って、彼女を迎え撃とう──
そう決意を新たに、彼女の控室を後にするのだった。