キョウエイボーガン ~命運は矢となりて駆ける~   作:エガヲ

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これは本編完結後に、後から追加したおまけエピソードとなります。

本編の最初の話はこちら
最新話前編の最初の話はこちら


歩くような速さで 前編(2)

 春は流れ、もう時期梅雨のシーズンの訪れを予感させるような曇り空が広がる、五月二十三日の土曜日――。

 

 熱気こもる阪神レース場ではトゥインクル・シリーズのレースの真っ最中であった。

 芝、一六〇〇メートル――条件戦、露草賞。

 

 スタートしてから一分も経っていないが、展開はすでに終盤へと差しかかり、今、佳境を迎えていた。

 

 観客たちのいるスタンドの近くへ一番先に、一人の小柄なウマ娘がその姿を現す。

 序盤から快調に駆け、先頭をキープしながら、単独でハナを切っている。

 やや遅れくること、その後方。

 後ろに控えた一人が、負けじと先頭に必死に食らいついていく。

 そしてそれに遅れて一人、また一人と……その後に続く。

 

 第四コーナーを曲り終え、残り二〇〇メートル――。

 そこを抜ければゴールは目前。

 しかしそのゴール手前に待ち受けるのは、このコースの特徴となっている緩い下り坂からの急勾配だ。

 

『さあ仁川の舞台はここから坂がある! ここで先頭を捉えることが出来るのでしょうか――』

 

 実況の述べる通り、この急な坂を登りきったらすぐゴールだが、逃げや先行脚質にとっては最後に待つ試練。

 ここで力尽きたところを、後方から追い抜かされる展開もザラではない。

 

 残されたスタミナとパワーを、いかに振り絞れるかの正念場――。

 だが今回はそんな逆転劇は起きようにもなかった。

 

 そんなものは杞憂だと言わんばかりに、先頭を走っているウマ娘の脚色はまったく衰えず、そのままゴールまで突き抜けていった。

 

『先頭変わらず、9番キョウエイボーガン! 一バ身半のリードをつけ、今ゴールしましたっ!』

 

 一着でゴールしたボーガンは、スタンドに向けて双肩を掲げ、応援してくれた観客たち(ファン)に応えながらも、勝利の美酒に酔いしれる。

 けして疲労によるものだけではない、熱いほてりが体内を駆け巡り、気分を高揚させていた。

 無理もない、デビュー以来の勝利……。

 敗北、連敗、そして挫折からの復活。

 切望した一位をようやく手にすることが出来たのだから――。

 

 怪我を乗り越え、キョウエイボーガンは見事、復帰戦を勝ち取った。

 

 ◇◆◇

 

 週明け二日後、月曜日の昼過ぎ――。

 

 ここトレセン学園では、平日のこの時間、ちょうどカフェテリアがもっとも賑わう時間帯だ。

 気の合う友達と仲良く談笑しながら昼食を取る者、時間を惜しんで自主トレーニングに励む者……様々な生徒たちが思い思いに過ごしている。

 そんな各々ランチタイムを満喫している最中を通り抜けながら、キョウエイボーガンは自分の教室へと辿り着く。

 

 トレセン学園に戻ってきたのが、ついさっきのことで、まだ昼食もすませていない。

 一旦寮に戻って身支度を整え、そのまま登校した。

 寮から出る時、このまま休もうかと何度も誘惑に負けそうになったが、授業の遅れも取り戻すのがなにより先決であった。

「おはよう」

 昼休みのためか、ドアは開きっぱなしになっているのでそのまま、教室の中に入る。

 ボーガンの姿に気づいたクラスメイトの何名かは、午後からの重役出勤だというのにも特に意に介さず、普通に挨拶を返してくる。

 ざっと中を見渡してみると、大抵の人は昼休みで出払っているのか、人がまばらであった。

 

(こんなことならやっぱ、昨日一人で帰ればよかったかなぁ……)

 慣れない長距離移動のせいか、妙に疲れが抜けない。

 

 先日の阪神レース場までは、トレセン学園で手配している高速バスを利用した。

 交通費無料かつ二泊三日つきの至れり尽くせりだが、土日開催されるレース出走者をまとめての送迎となるので、出発は土曜の早朝の、帰りは三日後の月曜の午後になってしまう。

 

 もっともこういった遠方のレース場までの移動手段を、共用のバスではなく、新幹線や飛行機など使って移動するのも特に制限されていないが、基本的に自費負担となる。

 ボーガンのトレーナーである長末トレーナーからは「交通費なら私が出しますよ」と言われていたが、そう安いものでもなく、気が引けたので、長距離バスで揺られるのを選んだ。

 

 そんなこんなで、一日休みを間に挟んだとはいえ、阪神遠征の疲れが完全に取れぬ状態であった。

 けれども、トゥインクル・シリーズに出走しているウマ娘なら――ままあることだ。

 

 レース場への長距離移動もさることながら、平日は勉学に歌やダンスレッスン、そしてトレーニングと……。

 ゆっくり休む暇もないようなハードスケジュールなのは、他とさほど変わらない。

 

「ふぅ……落ち着くなぁ……」

 教室の入口のドアからゆっくり時間をかけて自分の席へと着席する。

 そして椅子に座るなり、身体を机に預けながら、一気に襲ってきた疲労感と共に、ため息を吐き出す。

「おやおやボーガンちゃん、何だかお疲れみたいだねー」

 そう隣の席から声をかけられた。

 

 声がした方へ顔を向けると、短くふわふわとした綺麗な栗色の髪をした、ウマ娘としては珍しく耳飾りを左右どちらにも着けていない、どこか小型犬のようなを雰囲気の少女が、何やら嬉しそうに目を細めニコニコと微笑んでいた。

 実年齢よりも幼い顔立ちと、短い髪型も相まってどこか男の子にもみて取れてしまう……そんな風貌であった。

 

「あ、うん。おはよう。えっと……ハヤテ、だっけ……?」

 とっさに名前が出てこなかったが、すんでのところで出てきた。

 実のところボーガンは人の名前を覚えるのが苦手で、よほどのインパクトがなければ普段から交友関係のない者との顔と名前が、なかなか一致しないのであった。

 

「あー今、僕の名前、一瞬出てこなかったでしょー? 隣の席なのにひどいなー」

 そうやってボーガンを少し批難している間も、全然怒っていないのか、笑顔のままだった。

 思えば、いつも笑顔を崩さない、というよりも……笑っている顔しか見たことがなかった。

「あはは……。ごめん、ごめん……」

 相手の表情に引っ張られる形で、バツが悪そうに笑う。

 もう新学年になって二ヶ月を過ぎようとしているのに、まだクラスの半分の人の名前を記憶出来ていない。

 早くクラスメイトの名前を覚えないと……そうボーガンは心の中で反省する。

 

(ん、あれ……。普段そんなに絡みなかったのに、どうしたんだろ……)

 喉に小骨がチクリと刺したような、奇妙な引っかかりを抱く。

 確かに隣の席同士ではあるものの、これまでたまに挨拶を交わす程度の、浅い付き合いでしかない。

 さっきのように急に話しかけられることなど、ほとんどなかった。

 

 というのも、ハヤテの愛嬌の良さも相まってか、彼女の周りには誰かしら人が集まっており、いつも楽しそうにグループで行動している。

 そのため、これまでボーガンとは接点を持っていなかった。

 いつも一緒に居る友達らは今はおらず、一人なのも珍しいが、何か自分に用事でもあったのだろうか、そう改めてハヤテの方を注視すると――ボーガンは目をぎょっとさせた。

 

「――それ……全部食べるの……!?」

 驚きのあまりつい声に出してしまう。

 思わず二度見したほどで、ハヤテの机の上には、ラップに包まれた大量の『焼きそばパン』が山積みにされていた。

 

 まさかあれを一人で食べ切るのだろうか……健啖家なウマ娘ならぺろりと平らげられるかもしれないが、まるで子リスのように両手で持ちながら小さい口で少しずつ食んでいる姿から、とてもそんな風には見えない。

「んー? あ、よかったら食べるー? 実はこんなに食べれなくて困ってたんだー」

 ボーガンが凝視しているのに気づたようで、笑みを浮かべながら、パンを一つ取って差し出してくる。

 

 彼女から話を聞くと――。

 昼食はいつも購買部のパンで済ましているらしく、いつものように購買部に行ったそうだ。

 そこで不思議そうに売店のおばちゃんに、『なぜいつも同じ物を購入しているのか』と訊ねられ、「焼きそばパン好物なんだー」と応えたそうだ。

 すると「ならたーんと食べな!」と、一つしか頼んでいないのに、沢山おまけしてくれたのだという。

 

「なら、いただこうかな……。いただきます」

 余っているのなら変に遠慮する必要もない。

 前の早朝に軽めにパンを一つ食べたぐらいで、ちょうどお腹も空いていたのもあり、せっかくの好意を特に断る理由もなかったので、ご相伴にあずかることにした。

「そーいえば、昨日のレースどうだったー? 復帰戦だったんだよねー」

 最初のパンを食べ終えたハヤテは、二つ目に手をかけながら、ボーガンにそんな問い掛けをしてくる。

「あ、うん――なんとか勝てたよ」

 頂戴した焼きそばパンをかじりながらそう応える。

 まだまだ課題点が残る部分はあったが、自分の走りがちゃんと出来たと、手応えを感じられた、そんな出来栄え(レース)だった。

 

「わー、よかったねー。おめでとーっ!」

 天使のような愛くるしい微笑みを見せながら、両手で小さくぱちぱちとハヤテから拍手をされる。

「あ、ありがと……」

 ボーガンは照れくさそうに、つい笑みをこぼす。

 こうやって素直に祝福されるのは、誰だって嬉しくないはずがない。

 

(……んん、あれ? そういえばあたしが一昨日復帰戦だって、誰かに言ってたっけかな?)

 出走した露草賞は重賞レースでもないただの条件戦で、こう言ってしまっては元も子もないが……さほど注目されるようなレースではない。

 

 ボーガンが露草賞に出ていたのを知るのは、せいぜいボーガンのチームメイトとそのトレーナーぐらいであろう。

 なのにその情報を知っていたのには少し謎だったが、たまたまラジオやテレビなどで中継が流れていたのかもしれない……そう頭の隅に置いやった。

 

「それで、次の出走するレースはもう決まったのー?」

 屈託のない笑顔を見せながら、ハヤテは続けざまにそう訊ねてくる。

「ううん、まだだよ。でもしばらくレース出れなかったから、翌週にでも出走したいかな」

 次のレースについてはまだボーガンのトレーナーとまだ話し合っていない。

 しかし久しぶりのレース場のターフの上を走った感覚を忘れてしまわない内に、早く次のレースに臨みたいと考えている。

 そのことを今日あたり、長末トレーナーに相談する予定を、密かに立てていた。

「ふーん、そうなんだー」

 何かを納得したように一度頷くと、聞きたいことは済んだのか、急に黙りこくるハヤテ。

 

(な、なんかやりづらいなぁ……)

 ただ単に興味本位で雑談したかったのだろうか……どうにもボーガンはハヤテとの距離感が、これまでの会話でつかめずにいた。

 

 二人共、しばし咀嚼音だけが流れ、沈黙が続く――。

 

 なんだか気まずい、間が持たない。

 こちらもなにか話題を振ったほうがいいのだろうかと、ボーガンは妙な焦燥感に駆られてくる。

 

(あ、そうだ。せっかくだから聞いてみようかな……)

 ふと手頃な話題として、先程疑問に思った『なぜ自分が復帰戦だと知っていたのか』を、確かめてみようとする。 

「あ、ところでさ――」

 そうボーガンが口を開いたのと、同じタイミングだった。

 

「――お昼休み中、失礼いたしますわっ!」

 なんとも間が悪いことに、室中に響き渡るほどの、凛としてよく通る大きな声に遮らてしまった。

 

 教室に居た誰もが、その声の主へ振り向く。

 ボーガンとて例外ではなく、何事かと、つい顔を向けてしまった。

 

 ただの偶然か、それとも必然か……その乱入者とふいに目が合う――。

 

 そして突如として教室に現れたウマ娘――黒髪の両サイド縦ロールの髪型の少女は、ボーガンに向けて、不敵に微笑んでみせた。

 

「ようやく見つけましたわよ。キョウエイボーガンさん……」




また新しいウマ娘が出てきましたが、例によってモチーフとなった(以下略)

『ハヤテ』という同名の競走馬が存在しますが、関連は一切はありません。

構成変更のためサブタイトル修正(2023/5/28)

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