『――おそらくオレは向こうに徹底マークされるだろうよ』
チーム対抗戦が始まる前の作戦会議の際、ルーブルは真っ先にそのことを予見していた。
そして一計を案じる。
『んで、それを逆手に取るってぇわけよ――』
全ては想定済み……彼女の思惑の内であった。
謀は、上手くいっていると思いこんでいる時が、最大の油断を生む。
あえて向こうの思惑に乗り、ルーブルが囮となって、隙きを作る――。
これまでの展開は、ヒダカベルベットの作戦通りではなく、逆にルーブルの手のひらで転がされていただけだったのだ。
「たあああぁぁぁっ!!」
前を遮るものは何もないマーチは脚を回し、ぐんぐんとスピードを上げながらコーナーのインコースを攻める。
そのままルーブルたちを追い越し、ハナを奪おうとする。
「「――行かせないっ!!」」
やらせはしないかと、ベルベットチームの二人が同時に叫んでハモる。
何人たりともここを通す訳にはいかない。
もしここで先頭を許してしまっては、これまでの作戦が台無しになる。
二人はルーブルのマークを一旦外し、臨機応変に最短距離で、今度はマーチの進行方向を塞ぎにかかろうとする。
――が。
「そいつあ通らねえよ――ッ」
それすらもルーブルは読んでいた。
この二人の目的が逃げ潰しの、足止め要因であることはすでに見抜いている。
ならば今度はマーチを塞ぎにくるのは、想像だに難しくない。
今まで散々やられた分、きっちりとやり返す。
右隣に詰め寄って身体を差し込み、カウンターでブロックする。
「なあに釣りはいらねぇ取っときなあ!」
喰らい付いたら二度と離さない。
体格差を物ともせず、二人の動きを完全に読み切って、執拗に追い詰める。
「「ク……ッ」」
この二人は
相手の動きをよく研究・観察していたし、勝負勘も悪くなかった。
何より息の合った見事なコンビネーションであった。
だが――相手が悪すぎた。
GⅠという大舞台で数多の強豪たちとしのぎを削ってきたルーブルを御するには、いささか経験不足といえた。
このレース中の短い間、ルーブルは何度もブロックを受ける内に、相手の挙動の際の癖、身体の予備動作などを憶込んでいったのだ。
だからこそ出来る芸当――相手の動きの一歩先を予知し、絶妙に身体が接触しないほどのギリギリのラインを攻める。
急にここまで身体を入れられては、とっさに接触を避けて、踏み出そうした脚が萎縮してしまう。
そうやってたった一人の怪物に、すべてを翻弄される。
ルーブルのアシストが華麗に決まり、マーチはルーブルたちを難なく抜けて、先頭へと躍り出る。
そしてボーガンも流れに続けと、チームが入れ替わるように順位を上げ、マーチと二人で先団を駆けて行った。
◇◆◇
コーナーを曲がり終え、とうにトラックの一周目はすぎ、直線を走っていた。
(してやられましたわ……)
焦燥にかられるベルベットは、次なる一手を模索する。
流れは完全に向こうのペースだ。
このまま逃げウマ娘に好きなように逃げさせては、取り返しがつかなくなる。
今からでも自分が追うべきか……追い込みをかけるには予定より早くなってしまうが、この位置からなら、まだ届く……。
ここで思い悩んでいる猶予はない。
思案している間にも、どんどんリードを広げられていくのだから。
(――読めましたわッ)
だからこんな時こそ、正しく情報を読み取り、整理する。
ヒダカベルベットは冷静に情勢を
つい焦って先頭を追いくなる場面だが、ここからゴールまでは遠く、ゆうに六〇〇メートル以上も距離がある。
そんな全力スプリントは長続きするはずもない。
向こうも、自分も――。
ならば付き合うだけ損で、ロングスパートもいいところ、むざむざ脚を使わされるだけだ。
そう――それこそ向こうの思う壺……つまりはフェイク。
ああやって場をかき乱し、注意を自分から逸らしたことで、フリーになった本命といえるルーブルが最後に今度こそ、仕掛けてくるはず。
ここはじっと堪える時……ベルベットは大局を見渡す。
残り四〇〇メートル地点、仕掛けるならばそこだ――目標を定める。
そしてそのベルベットの予想は的中した――。
目論見通り、第三コーナー途中、残り四〇〇メートルより手前で、先頭をいくマーチの脚色が急に鈍り出した。
明らかに息切れさせながら、スピードを落とし外へヨレていく。
あれだけ快足を飛ばしすぎては、やはりスタミナが保たかなかったのだ。
それも無理からぬ話し……。
ルーブルやボーガン、ベルベットたちとは違い、まだマーチはデビュー前で、本格化を迎えておらず、身体がまだ完全に出来上がっていない。
元より中距離よりも短い距離の方を得意としており、言うならば、むしろここまでよく走りきった方であった。
(いける、いけますわ――!)
どうやら幸運はベルベットの方に傾いたのか、好機がやってくる。
ゴールまで四〇〇メートルの地点はもうすぐそこだ。
ベルベットはゴールに向けて、いざ体勢を整える。
その刹那――。
「――――ッ」
減速していくマーチの影から、まるでそれを発射台にしたかのように、誰かが勢いよく飛び出してきた。
◇◆◇
「……ご、ごめんボーガンちゃん~、もう無理かも~……」
「ありがとうマーチ……後はあたしに任せて――!」
息を荒げながら限界を迎えたマーチの横を、バトンタッチするかのようにすり抜け、ボーガンが前に出る。
あの時、一緒に抜け出していたボーガンは、その後ずっと身を潜めるように、マーチ背後へピッタリと付き、
これこそがルーブルの立てた作戦の全貌。
三人の内誰か一人でも、一着になればいい。
そのためにあえてエースを囮として使い、ラストでゴールを獲るアンカー役をギリギリまで牽引して、脚を温存させる。
全ては
そのおかげでボーガンはだいぶ消耗を抑えられており、ゴールまでの余力は十分であった。
いつもであればボーガンの脚質の性質上、自分が先頭に位置していないと調子が上がらない。
だが今回はこれまでずっと仲間たちの後ろに控えて、じっと堪えることを選んだ。
対抗レース開始前――。
『あたしがマーチを引いた方が……もしくはあたしの方が囮役で、ルーブル先輩がゴール狙ったほうがいいんじゃ……』
ルーブルから今回の作戦を聞いた時、重要な役割を担う係を任され、少し荷が重い気がしたので、最初は配役を変えてもらおうとした。
『んにゃ……マークされるオレの方が囮に向いてらあ。それに――ボーガンのちっせえ身体じゃ、マーチの風よけにはなんねえだろ?』
『小さいって言わないで下さいっ!』
先程まで難しい表情を浮かべていたが、コンプレックスをいじらてたので条件反射でプンスカ怒ってみせると、二人からどっと笑いが起きた。
ボーガンの緊張をほぐすため、あえてそんな事を言ったのだろう。
『ま、そんなに固くなるこたぁねえ、気楽にやろうやあ。心配すんな、おめえさんならきっとやれるさ、ゴールを獲れるさ』
『うんうん。マーチも頑張って、ボーガンちゃんを引っ張るよ~』
「――ハァッ!」
ルーブルからマーチへ、そしてマーチからボーガンへ――二人から託されたタスキ。
その思いを力に変え、温存していた脚を全開にする。
それはまるで今から走り出したかのような、力強い速度を発揮していた。
「――くぅぅぅ!!」
最後方に控えていたベルベットは、またしてもやられた――そう思いながらも、負けじとピッチを上げ、スパートを掛ける。
ここで追いかけなければもはや勝機はない、いまがその勝負の時だ。
そのベルベットのスピードは終盤まで余力を蓄えていただけあって、次々と前にいたウマ娘たちをごぼう抜きしていく。
破竹の勢いで猛然と駆け、先頭のボーガンを捉えようと、凄まじい追い上げを見せる。
――残り三〇〇メートル。
――二〇〇メートル。
最終コーナーを曲がり、最後の直線へと差し掛かる。
「やあああ――――ッ!」
「はああぁぁぁ――――ッ!!」
両者、ラストスパート。
ベルベットが恐ろしい末脚で迫るも、ボーガンは一向にとどまることを知らない。
わずかに先頭とリードを縮められるも、相手に影すら踏ませない。
一馬身半――それが絶対的な壁となって二人を隔離する。
そのまま順位は変わらず、ゴール板代わりにラフインが立っているところのゴーラインを割った。
審議の必要もない……一着はキョウエイボーガンであった!
まるでチームの力や団結力を見せつけるような、文句のつけようもない完勝。
圧倒的な結束力を見せ、ボーガンたちのチームが完全勝利した。
次回で前編最終話です。
アプリの、チムレしかりチャンミしかりハオハルしかり、チームで走ってる感がないよなぁと思って、ちゃんとチームレースする話が書きたくて書き始めたのが、今回の発端。
なんか途中から弱虫ペダルっぽくなってたけど気にしない・・・
構成変更のためサブタイトル修正(2023/5/28)