そんなリサには恋人がいた。
公私ともに支えてくれる恋人の存在。
しかし、リサにはそんな恋人に対して、言えない秘密を抱えていた…。
社会人パロになっています。リサ達の年齢は30歳くらいと思って読んで頂けたらと思います。
尚、この小説は以前、pixivに投稿したものです。
リサ姉と呼ばれていたのはいつまでだっただろうか?
そう考えながら今井リサは会社から帰路に着いていた。夏に片足を突っ込み、ジメジメとした空気感を身にまとっていた。
リサ姉…か。今じゃリサおばさんの方がしっくりきたりして。
心の中で苦笑いをしながら、軽く伸びをしてみる。少し伸びをしただけにも関わらず、身体の節々から「ポキッ」と言う鈍い音が響いた。
「ただいま…。」
それから10分後、リサは自宅に到着していた。この玄関を開けた瞬間がなんとも言えない安心感が毎回、襲ってくる。
「おかえりなさい。」
リサが玄関でヒールの靴を脱ぐ為にリビングがある方向に背中を向けていると、その背中に向かって声がかけられた。相手を労うような言い方の中に嬉しさも含まれているようだった。
「香澄。ただいま。」
「遅かったね。お疲れ様。」
さっき伸びをしたせいか背中に痛みを感じながらリサは持っていたカバンを香澄に預けた。
「今日は遅くなるかもって言ったじゃん。」
「そうだけど…。寂しかったの!」
すっかり大人になり、美女に大変身した香澄だったが、寂しかったと言う時には子供らしさを感じ、今は無くなっているが髪から耳が2本生えているよあに見えた。
―――――――――――――――――――――――――――
私には好きな人がいた。
その人は私たちのバンドだったRoseliaのボーカルだった。
高校を卒業してすぐ、Roseliaの活動とバイトと慣れない大学生活をなんとか送っていた。
“彼氏ができたの。”
そんなある日、私の好きな人は静かに、そしてクールに言った。
けど、ビックリして顔を見たら真っ赤になってたっけ。
私は「おめでとう!」と言いながら手を握ってブンブン振り回した。
私の好きな人は大袈裟よと困ったように言った。
そうでもしないと、私は失恋で泣いてしまいそうだったから。
カランと言う音に瞑っていた目を静かに開けた。目の前にはマンションが並んでおり、決して綺麗な景色ではないのだが、リサは今いるベランダからの殺風景な景色が好きであった。
「はぁ。また思い出しちゃった。」
右手に持ったブランデーが入ったグラス越しにマンション群を見てみる。この一室、一室に、人間が住んでおり、幸せな家庭もあれば、独身で都会の荒波にもまれ、疲れきった顔をしている人もいるかもしれない。
「なーんてね。私は自分のことで精一杯だよ。」
リサはそう言うと、ブランデーを口に含んだ。先程、プカプカと浮かんでいる氷が揺れた音で現実に引き戻してくれたお礼を心の中で言いながら…。
「リサさん。」
ベランダからリビングに通じる扉をカラカラと音を立てながら香澄が入ってきた。昔と変わらず、天真爛漫な彼女だが、私が一人になりたいと思って、このベランダに来ると、このブランデーを渡しに来る時以外、決してこのベランダに近づかない。昔のイメージは壁があったら無理矢理、壊してでも踏み込んでくると思っていたが、一緒に住み始めてからはしっかり空気が読めるんだとギャップを感じた。
「どーしたのっ?」
私はさっきの回想を完全に忘れる為に、明るく言った。いやいや。私、自分の歳を考えなさい。明るく言おうと思ったらウインクしちゃったじゃん!
「…たまには私も一緒に飲みたいなって思って。良い?」
「良いよ。…良いけど、香澄、お酒弱いじゃん。」
「うん。だから、もうお風呂もリサさんが帰る前に済ませて、寝るだけにしてるから。だから、酔っても、後は寝るだけ。」
香澄はそう言うと、カフェオレに似た色が入ったグラスを、ベランダに置いてある小さな机にコトっと置いた。
「…カルーアミルク?」
「うん。甘くて美味しいから。」
香澄はそう言ったが、一度置いたグラスになかなか手を付けなかった。
「飲まないの?」
「飲むよ?」
「なら、ほら。」
私が香澄に向けてグラスを差し出すと、一瞬「?」を浮かべていたが、すぐに私の行動を理解したのか、カルーアミルクの入ったグラスを持って、私のグラスに軽く当てた。
「乾杯。」
「うん。乾杯。」
香澄がニコッと微笑みながら言った。マンションから発せられる光のせいか、その姿は妖艶に見え、思わずドキッとしてしまった。これが、好きな人なら香澄の手を取り、抱きしめていたのではないか。
「…なんかあったの?」
乾杯後、1口、カルーアミルクを含むように飲んだ香澄は「美味しい」と呟くように言った。そして、またテーブルにカルーアミルクを置いたタイミングで私は口を開いた。
「何かって?」
「ほら、香澄が飲みたいって、珍しいじゃん?だから、何かあったのかなぁって。」
「何もないよ。ただ、なんとなく…だよ。」
香澄の笑みを零した。しかし、乾杯の時の微笑みとは大きくかけ離れていた。笑っているのに苦しそうな、息が詰まりそうな雰囲気だった。
「嘘、ついてるでしょ?」
私はあえて、意地悪そうな言い方をした。香澄が嘘を言っているのは長年、一緒にいて分かった。と、言うか、香澄の嘘は本当に分かりやすい。そして、嘘を言う時は、大体、私に心配をかけたかくない時と言うのも分かっている。
「ついて…ないよ。」
嘘をついている人間は右上に視線を向ける。昔見たテレビの偉い評論家みたいな人が言っていた。私はそんな人、いないよと思っていたが、目の前に大きな瞳を右上に向けている人がいると本当だったんだと思ってしまう。
「…本当に?」
「…うん。」
香澄が、何で悩んでいるのか、はたまた私に何か言いたいことがあるのか分からないが、あえて喋りやすいように意地悪な言い方をしたのに、本当に喋ってくれそうになかった。
だったら、何で私の側に来たんだろ…。
私はそう思うと、香澄に視線を向けた。すると、香澄は、私の方をジッと見ていた。けど、私と目が合うとすぐに目線を逸らし、あまり綺麗ではない景色を見ていた。
香澄の悩みの原因は私…なの?
香澄の口から聞いた訳ではないから、私の考えが合っているか分からないが、香澄の視線から何故かそう感じとってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――
ベランダでの簡単な飲み会が始まって30分後、私たちは寝室にいた。あれからすぐ、ジメジメとした気候に耐えれなくなり、部屋の中に入り、私はシャワーを浴びた。そして、もう寝てるかもと思って、寝室を開けると、香澄はベッドに腰掛けて、スマホを見ていた。
「まだ、起きてたんだ。」
「うん。ニュース見てた。」
「そっか。飲んだから、もう寝てるかと思ったよ。」
私がそう言いながらベッドによじ登るように横になると、香澄もゆっくりと布団に入った。私がシャワーを浴びている間に付けてくれたのであろうエアコンのお陰で、室内は快適な空間になっていた。
「寒くない?」
「大丈夫。ありがとう。」
私がそう言うと、香澄がおずおずと近づいてきた。そして、私の耳元で「いい?」と呟いた。
たった2文字なのだが、その2文字が私には何トンもの重みにかんじてしまう。その重みに抗えない私は小さく頷くしたなかった。
「んっ。」
私が頷いた瞬間には、香澄は私の首にキスを落としていた。軽いキスを何度も雨のように振らせ、始めは擽ったいだけなのだが、しばらくすると、甘い声が出てしまうから不思議だ。
「リサさん。こっち向いて。」
また、耳元で香澄の声が響く。それだけでビクッと身体を震わせてしまい、私はどんだけスイッチが入るのが早いのかと呆れそうだった。そして、私が香澄の方に顔を向けると、今度は唇にまたキスの雨を降らせた。
友希那とキスしたら…こんな感じだったのかな?
私がそう思うと、不意にキスが止んだ。なんで?と思いつつ、香澄の顔を見ると、また苦しそうな表情を浮かべていた。
「香澄?」
「リサさん、よくよく考えたら、今日、残業で疲れてましたよね?」
「え?いや、別に平気だけど…。」
「無理しないでください。すみません…気づかなくて。…おやすみなさい。」
「か、香澄?」
香澄は私に背を向けると、私からの問いかけに返事をする事はなくなった。
そんな、中途半端にされたら私が寝れないじゃん!
私が香澄にちょっとだけムッとしたが、先程の会話で、香澄が敬語に戻った事を思い出した。付き合いましょうとなり、初めはなかなか敬語が抜けなかった彼女。しかし、こんだけ長く一緒にいると、流石に敬語で喋る事はなかった。
はぁ。友希那を考えている事バレたのかな?…まさかね。
私は、諦めて目を瞑った。今まで、香澄とは散々、抱き合ったり、キスしたり、それ以上の事をしてきた。その度に、私は好きだった人…友希那を重ねていた。
私って、最低だなぁ。
何処か他人事のように感じながら、私は深い眠りにへと落ちてしまっていた。
―――――――――――――――――――――――――――
「紗夜~!久しぶりっ☆」
香澄に中途半端な状態にされ、寝れないと思いつつ、爆睡してしまった私。本当に爆睡してしまったのと、アラームをセットし忘れたせいで、目を覚ました時は遅刻確定だった。
「お久しぶりです。今井さん。…平日なのに、大丈夫なんですか?」
「大丈夫!…まぁ、本当は寝坊したからズル休みしちゃったんだけどね。有給が余ってたのもあるけど。」
あははと誤魔化すように言ってみるも、紗夜は私の目の前で盛大に「はぁ~。」とため息をついた。
「それで、暇だったから私を誘ったと。」
「そうだね。いいじゃん!奇跡的に同じマンションに住んでるんだから!暇つぶしになってるでしょ?」
「私がいつ暇って言いましたか?」
苦虫を噛み潰したような顔で言う紗夜は盛大にため息をついていた。そんな顔しなくても良いのに。
「イイじゃん!付き合ってよ~!」
私が紗夜の腕を持ってブンブン振り回すと「分かりましたから!」と叫び声をあげた。パッと手を離すと、キッと睨まれてしまった。
「ご、ごめんって~。」
「貴方は全く…。高校時代はこんな自堕落な生活はしてなかったでしょ?」
「そうかな?あまり変わってないつもりだよ。」
紗夜はどうか知らないが、人間、誰しも、ちゃんとしているように見えても、サボりたい時だってある。私だって普段からサボっている訳ではないし、今日だって、言い換えれば有給消化だ。
「そうでしょうか。…私は戸山さんと暮らし始めてから貴方は変わってしまったように感じますが。」
「そんなことないよ!私は私だよ。」
「…私と何年、友人をしていると思っていますか?」
紗夜はそう言うと、また私をキッと睨んだ。その視線からは「何でもお見通し」と言っているようで、私は嫌な汗を背中にかいていた。
「…っ。…高校時代からの付き合いだけど?」
「…まぁ、良いわ。ところで、戸山さんは居られないのですか?」
「パートだよ。」
私は紗夜の表情や言い回しに、怒りなのか恐怖なのかよく分からない感情を持ってしまった。そのせいもあって、かなりぶっきらぼうな言い方になっていた。
「パート?戸山さん、働いてたのですか?確か、数ヶ月前まで、働いてなかったですよね?」
「うん。なんか良い仕事を紹介して貰ったらしいよ。てか、香澄が居たら私は寝坊なんてしてなかったよ。」
「……。戸山さんは何のパートをしているのですか?」
「さあ?」
私が首を傾げながら言うと、明らかに紗夜の表情が変わっていった。これは怒っているなぁとすぐに分かった。
「さぁって、貴方達、恋人でしょ!?」
「恋人…まぁ、そうだね。」
「それなのに、知らないって、どういう事ですか!」
「知らないものは知らないんだからしょうがないじゃん。」
私は大袈裟に肩をすくめて見せた。そして、そのまま紗夜の顔を伺ってみる。あれ?もう怒ってない?いや、呆れてるだけか。
「確認なんですが、貴方は本当に戸山さんのことが好きなんですか?」
「多分ね。」
「では、もう一つ質問です。まだあの孤高の歌姫のことが好きなんですか?」
「…どうだろうね。」
紗夜が言った孤高の歌姫とは友希那の二つ名みたいな物だ。テレビや雑誌なのでよく名前と一緒に言われている。私たちから見たら、Roseliaのボーカルだった頃からそのイメージがあるのだが、テレビでは「自分達がこの二つ名を考えました。ドヤァ。」という感じが伝わって来て、何とも言えない気持ち悪さが込み上げている。
「多分って、えらく曖昧なんですね。」
「私もそう思うよ。何か飲む?」
「頂きます。」
私は立ち上がると、台所に立った。さて、コーヒーは何処に片付けているのかな。コーヒーカップは何処かな。と思いながらとりあえず、台所の引き出しや棚を全て開け閉めしてみる。
「今井さん、料理しなくなったんですか?」
そんな私の手際が悪すぎる行動を見て、紗夜は驚いた表情で私を見ていた。昔の私を知っている人はあまりにも綺麗に片付いていて、尚且つ、普段から台所を使っている形式があれば、私がまだ料理が好きなんだと思うはずである。
「仕事が忙しくてしなくなったよ。それに、香澄が作ってくれるから。…あっ。こんなところにあったか。」
私はお目当てのコーヒーを見つけると、お湯を沸かそうと、周りをキョロキョロと見た。ヤカンは何処なんだろ…。
「そうなんですか。料理は戸山さんの分担なんですね。ちょっと意外ですね。」
「料理って言うか、家事は香澄が全部やってくれてるよ?」
「そうなんですか?今井さん、至れり尽くせりなんですね。」
紗夜の発言に私は普段の生活を思い浮かべてみる。朝起きたら、朝食は出来てるし、寝癖があれば、櫛で解いてくれて、会社に着ていくスーツもきちんとシワ一つなくハンガーにかけてくれていて、お弁当もきちんと作ってくれている。家に帰れば、夕飯が温かい状態で準備されていて、晩酌もベストなタイミングで出てくる。あれ?私、何もしてない?
「今井さんの表情から察するに、私の言った事は図星みたいですね。」
「まぁ、うん。そうだね。」
「こんなに尽くしてくれているのに、貴方から好かれてないなんて。」
私は言い返そうと紗夜の方に顔を向けたが、口を噤んだ。何も言い返す言葉が浮かばなかったからだった。
「はぁ。貴方達の関係に口を出す気は一切なかったのですが、考えた方が良いんじゃないでしょうか。お互いのためにならない気がします。」
「…そんな事…。」
「いえ。貴方達がやっている事は傷舐め合いです。」
紗夜の言葉は私がいつも晩酌しているブランデーの様に冷たいものだった。でも、ブランデーは酔わす物だが、紗夜の言葉は酔いを覚ます冷水のようだった。
―――――――――――――――――――――――――――
紗夜が帰ってから2時間後。いや、帰ったと言うより、私を見捨てて行ったという方が正しいかもしれない。しかし、それくらいでは私はへこたれない。
「って言う訳でひまりを呼んだの!紗夜ってば酷くない!?」
「酷いのはリサさんの方です!酔っ払い過ぎですよ!」
紗夜が帰ってから冷蔵庫に沢山あったビールを次々と開けてしまった私はすっかり酔ってしまった。あれ?なんでひまりを呼んだんだっけ?まっいいか。
「ひまり~!ひまりだけだよ~!私に構ってくるのはー!」
「だから、リサさん落ち着いて下さいって!香澄がいるじゃないですか!」
「今いないもーん!パートに行ってるもん!」
私が拗ねたように言うと、ひまりは盛大にため息をついた。そんなあからさまに面倒くさそうにしなくてもいいじゃん!
「リサさん。香澄も頑張って働いてるんだから、リサさんも会社に行かないと。」
「明日行くもん。」
私は机の上にある缶ビールに手を伸ばした。しかし、すぐにひまりにスっと取られてしまった。
「もうダメですよ!1、2、3…って6本も開けてるじゃないですか!」
「え~。いいじゃん!有給なんだしさ。」
「リサさん?」
可愛いはずの後輩にキッと睨まれた私は、ソファーの角で小さくなるしかなかった。ひまりが帰ったら飲も。
「いじけてもダメですからね?」
「はーい。分かったよ。ちょっと酔い覚めてきたし。」
「本当ですか?…まぁ、いいや。ところで、ずっと気になっていたことを聞いてもいいですか?」
「なーに?」
ひまりは改まったように座り直しながら口を開いた。そんなひまりの様子なんて、酔った私が気づくはずもなく、だらけながら返事をした。いや、返事をしてしまった。
「香澄の何処が好きなんですか?」
ひまりの様子からこの質問が来ると予想して、話を逸らさなければならなかった。なんでひまりを呼んでしまったのか、私の心は後悔で埋め尽くされていた。
「え~?恥ずかしいから内緒だよー!」
「誤魔化さないで下さい!」
なんとか話を逸らそうと、おどけてみたが、今日のひまりは私の目を真っ直ぐと見ていた。その目は答えるまで帰らないと言っているようだった。それは困る。だって、ビールが飲めないじゃん。
「…怒らない?」
「分かりません。」
「…はぁ。分かったよ。ちゃんと言うよ。…香澄の何処が好きか分かんない。それが答え。」
「…やっぱり。」
「え?」
「香澄と話しているとリサさんの話題ばかりなんです。けど、リサさんから香澄の話題って出ないなとかなり前から気になっていたんです。」
「そんな事ないでしょ。」
「ありますよ。」
私は止まりかけている脳細胞にムチを入れ、無理矢理叩き起し、過去のひまりとの会話を思い出してみる。…やば。確かに、香澄の話題を出した記憶がない。
「…いや。香澄の事を話題に出さないのは、恥ずかしいからって言うのもあるのは本当だからね?」
だって、話が進んだら夜の事とかも聞かれるじゃん?それは流石にキツいって。
「そうですか。なら、100歩譲ってそれはOKとして…。なんで、好きかどうか分からない人と恋人をやっているんですか?」
「…まさか、ひまりに尋問される日がくるとはね~。」
「良いから!…答えて…下さい…よ。」
「…泣かなくても良いじゃん。涙脆いのは昔から変わらないね。」
突然泣き出したひまりに、ティッシュを渡す。ひまりはそれを素直に受け取ると「だって~。香澄が…。」と言いながら鼻をかみだした。
「香澄と恋人している理由だよね。…ごめん。これだけは言えない。」
私が床に目線を下げながら言った。ひまりから目線を外したせいで、ひまりの顔が見えなくなってしまった。ひまりはどんな顔をしているのかな…。やっぱり怒ってるよね。
「はぁ~…。分かりました。そんな思い詰めた表情をされたら、これ以上聞けません。でも、いつか必ず教えて下さいね。」
ひまりの言葉に私は小さく頷いた。そして、頷くと同時に心の中でごめんと謝った。多分、ひまりに、いや、他人にこの事を話す日なんか絶対に来ないから…。
私が香澄を湊友希那の代わりにしているなんて…。
日本中の重力がこの部屋に集まったのかと聞きたくなるくらい、雰囲気が悪くなってしまっていた。そんな中、私は最初から思っていた疑問をひまりにぶつける事にしてみた。
「ねぇ。」
「なんですか?」
「ひまりって、なんで私の家にいるの?」
「…え?リサさんが寂しいから来てー!って電話して来たんじゃないですか!」
「…え?マジ?ゴメンっ!覚えてない…。」
「もぉー!いくらたまたま近くに住んでるからって、それはないでしょー!?」
ぷくっと頬を膨らますひまりを見て、私は本当にお酒を控えようかと考えていた。…多分、無理だと思うけどさ。私がそう考えていると、だんだんと瞼が重たくなっている事に気づいた。横でひまりが何か言っているが、私にはその話を聞く気力は残っていなかった。
―――――――――――――――――――――――――――
夢を見ている。
だって、私、羽丘の制服姿じゃん。
夢じゃなきゃ、こんなことありえないもん。
うわぁ…。今の歳で制服はキツイなぁ。
せめて、夢なんだから、容姿も若くしてくれたら良いのに。
人間、不思議と夢を見ている時に「あぁ。これは夢をみているなぁ。」と気づく時がある。正に私がこの状況だった。これだけ、鮮明な夢を見ているんだから、目が覚めるのも近いのかもしれない。だから、私は少しだけ慌てながら、夢で立っているこの場所を確認する為にキョロキョロと周りを確認した。
ここって…公園じゃん。
私は懐かしさに浸りながらも苦笑いを浮かべていた。だって、ここは…。
「…ぐすっ…友希那…。」
私が勝手に恋をして、勝手にフラれ、憔悴しきっていた時に来てた公園だ。
…よりによってフラれた直後じゃん。
「泣き止まきゃ…。跡が残っちゃう…。」
「リサ先輩?」
嘘…。まさか…。この場面…なの…。
夢の中の私がパッと顔をあげると、そこには香澄が立っていた。当時、大学1年生の私と高校3年生の香澄。久々に会ってしまった時の事であった。
「リサ先輩…?どうしたんですか?」
「う、ううん…。何でもないよ!ゴミが目に入っちゃって。」
夢の中の私がそう言うと、香澄は「大変!」と言いながら、駆け足で夢の中の私に近づいて行った。
「大丈夫だよ☆ありがとう!って、香澄も目が腫れてるじゃん!どうしたの?」
「あ、あはは…。やっぱり、分かります?」
私が見ている場所からは香澄の後頭部しか見えなかった。けど、この時の香澄の顔はよく覚えてる…。あんなに苦しそうな笑顔、初めて見たから…。
「分かるよ。話…聞くよ?」
「えっと…。良いです…か?」
香澄はそう言うと、リサの座っていたベンチの横に腰掛けた。今よりもだいぶ幼い香澄を見て、私は思わず可愛いと思ってしまっていた。
「勿論!で、どうしたの?ポピパの誰かと喧嘩しちゃった?」
「喧嘩ではないです…。グスッ…。リサ先輩…。私…私…。フラれちゃいました…。」
「へ!?…誰に?」
「有咲…です。」
香澄の話を聞き、夢の中の私は目を見開いていた。そりゃ、驚くよ。自分の身近に女の子を恋愛対象と見ていた人がいたことにも驚いたし、自分とフラれた日まで一緒ってことも驚いたなぁ。
「マ、マジ!?」
「…はい。」
多分、沢山泣いたと容易に想像できる香澄の腫れた目から、また大粒の涙が流れていた。そして、香澄はポツリポツリと事の経緯を話し始めていた。
「…有咲に彼氏…。」
「…はい。…喜ばなきゃいけない…のに…。私、逃げちゃった…。」
「…香澄の気持ち…分かるなぁ…。」
「え?」
「さっきは、目にゴミが入って泣いてたって言ったけどね。…実は、私もなんだ。友希那のこと、大好きだったけど…。彼氏が出来ちゃったんだって。」
夢の中の私は苦笑いを浮かべながら言った。その表情を見て、私も苦笑いを浮かべていた。
私、この頃は…人の為に無理してたんだなぁ。
今だったら同じ事、言えない…かも。
「リサ…先輩も…。」
「…凄い偶然だね。」
「…ねぇ。香澄?…私達…付き合わない?」
夢の中の私がそう言うと、香澄は目を見開いていた。…さっき、有咲にフラれたと聞いた時の夢の中の私みたいに。
「リサ…先輩?何を…。」
「深く考えないで。お互い、フラれた直後でしょ?」
「…はい。」
「だから、お互いさ、相手の事を忘れる為にお付き合いしたい。」
「…それって、私がリサ先輩を利用するって事ですか?」
「それはお互い様だよ。私も香澄を利用するんだから。」
夢の中の私が香澄に向かって微笑んでいた。この微笑みを見た私は気持ち悪さから、吐きそうになっていた。
…まさか、目が覚めたら本当に吐いてるとは思わなかったよ。
夢から覚めた私を待っていたのは自分の吐瀉物の処理からだった。相当、飲んでいたのもあると思うが、やはり、あの夢は私にとってストレスになっているのかも知れない。なんとか、処理が済み、テーブルに目をやると手紙が置いてあった。その手紙に目をやると、差出人はひまりからで、帰る事と飲みすぎないようにと言う内容であった。
「今、何時?」
私が時計に目をやると、18時になろうとしていた。
「香澄、遅くない?…買い物でもしているのかな?」
私が呑気にそんな事を考えていると、そんな私に喝を入れるように、スマホが爆音と共に着信を知らせた。
「…知らない番号だ…。」
一瞬、出ようかどうしようか悩んだが、仕事の電話だといけないので警戒しながら出た。
「…もしもし。」
「あっ。今井リサさんのスマホで間違いないでしょうか。」
「…はい。」
「私、花咲川病院の看護師の木本と申します。そちらで同居されている戸山香澄さんが、救急車で運ばれたのですが…。」
私はこの言葉を聞くとすぐに立ち上がり、財布とマンションの鍵を掴み、玄関から飛びだしていた。
―――――――――――――――――――――――――――
病院から連絡をもらった25分後、私はやっと病院に着いていた。タクシーはすぐに捕まったが、渋滞が酷く、思ったより時間がかかってしまった。昼間、かなりの量のお酒を飲んでいたが、さっきの電話により、酔いは何処かへと飛んで行ってしまっていた。
「すみません。さっき、救急車で運ばれた戸山香澄の関係者なのですが…。」
「すみませんが、どういうご関係ですか?」
最近の病院はここまで聞かれるのかと私は驚いた。聞けばすぐに教えて貰えると思っていた。
「恋人です。」
「へ?…あ、あぁ、そうなんですね。えっと、8階の東病棟に行ってください。そこに行ったら改めて、ナースステーションで部屋番号を聞いてください。」
私が香澄との関係を正直に答えると、受付のお姉さんは戸惑いながらも教えてくれた。私は手短にお礼を言うと、すぐにエレベーターに向かった。
お願い!…香澄!…無事でいて!
運ばれたこと以外、何も聞いていなかった私はこの時、最悪な状況ばかり思い浮かべていた。
香澄がいなくなったら…。私は生きていけるのかな。
そんな事を考えているとチンという温かみが何も感じられない無機質な音がエレベーターの到着を教えてくれていた。その音で我に帰った私は慌てて、エレベーターに飛び乗り「8」と書かれたボタンを押していた。
ドキドキするな…。あぁ…。私、ダメかも知れない…。
エレベーターが私をだんだんと上に連れていく。数字が大きくなればなるほど、私の心臓も激しくなっていっていた。
「着いちゃった…。」
8階に到着した私は香澄の元に行きたくない気持ちになってしまっていた。最悪な妄想はピークに達しており、ドアを開けたら白い布が顔に掛かっているのではないかとさえ思っていた。しかし、いつまでもこうしている訳にも行かず、私は東病棟のナースステーションに足を進めた。
「あ、あのー。」
ナースステーションに着いた私は中にいた看護師さんに香澄がいる病室を聞く為に声をかけた。そして、1階の受付と同様のやりとりをした。私がまた恋人ですと言うと、目を丸くさせられた。
「え、えっと…。815ですね。個室です。」
「ありがとうございます。」
私はまた礼を言うと、足早に香澄の病室に向かった。正直、女同士で付き合うのはおかしいですか?と言いたいくらいムカッとしていたが、今は香澄の元に早く行きたかった。そして、私は看護師さんの様子を見て、香澄が亡くなっていない事に気付き、ホッとしていた。もし、亡くなっていたのなら、もっと違う対応だったであろう。
「香澄?入るよ?」
病室の前まで来た私はノックと共に声をかけた。病室の中から「はーい」と言う声が聞こえ、私はまた安心した気持ちになっていた。
「リサさん。心配かけてゴメンなさい。」
香澄が私の顔を見て、すぐに頭を下げて言った。点滴が繋がれてはいるが、それ以外は何も変わったところはなく、更には起き上がって、テレビを観ていた。
「私の事は良いから。大丈夫なの?なんで運ばれたの?」
「うん。大丈夫。ただの過労と貧血だから。仕事中に倒れちゃって。」
「…過労?…貧血?」
「うん。だから、一晩は様子を見る為に入院だけど、何も無かったら、明日、退院だって。」
苦笑いを浮かべる香澄に私はパッと目を逸らし、俯いてしまっていた。
香澄が過労…。そう言えば、ベランダで一緒に飲んだ時も、何かありそうだったのに、何も言わなかった。それに、夜の営みを途中で終わった事なんてなかったのに、止められたし…。なんでだろ…。ひょっとして…。
私はある1つの答えにたどり着くと、ギュッと握りこぶしを作った。少し伸びた爪が手のひらに食いこんでいた。
「リサさん!?」
「へっ?な、なに?」
「私の話、聞いてた?」
「ご、ごめん。聞いてなかった…。か、香澄、ちょっと良いかな?」
「ん?なに?」
「…香澄が…。香澄の過労の原因って、私だよね?私がまだ、友希那の事、思ってたから…。だから…その…香澄のこと、利用してたから…。」
そう言いながら私は目に涙を貯めていた。そして、どんな反応を香澄がしているのかと思い、恐る恐る香澄を見た。
「リサさんは何を言っているの?」
そこには可愛く首を傾げ「へ?」という言葉がぴったりな表情をした香澄がいた。あっ。これは私の早とちり…みたいだ。
「え?…えっと…。違ってた?」
「だから、私が過労で倒れたのは、新しい職場で、ちょっと大変な仕事を頼まれたから、緊張してて、何日かなかなか寝れなかったのと、女の子の日が重なっちゃったからだよ。」
「えーっと。私が話を聞いていなかった時、それを言ってたの?」
「そうだよっ!」
「あの…。香澄さん?…私の発言はなかった事にならない?」
「えー?どうしよっかなぁー?」
私的には、だいぶ爆弾発言をしたつもりだったが、香澄はニコニコとして楽しそうな雰囲気であった。この雰囲気はかなりの違和感でしかなく、私はてっきり泣くか怒るかそんな反応をすると思っていた。…まさか…。
「香澄…。ひょっとして、気づいてたの?」
「気づいてたよ?だって、リサさんの事、大好きだから、分かっちゃうよ。」
「分かってるのに…苦しくなかったの?嫌じゃなかったの?」
「う~ん。嫌な時期もあったかなぁ。でも、絶対にリサさんも振り向かせたいと思って一生懸命、家事とか必死になって覚えだしてからは気にならなくなったよ。こんなに頑張ってるんだから、振り向いてくれるって信じてたから。」
香澄はそう言うと、私に微笑んでいた。これが、病室ではなく、綺麗な夜景の前だったりしたら、思わず抱きしめていただろう。あれ?これ、似たような事を最近思ったような。あぁ!ベランダでか。
「で、で、でもさ!昨日、ベランダで飲んだ時、苦しそうな、なんか悩んでいる感じだったじゃん!私が友希那の事を思い出してた事に気づいたんじゃないの?」
「あれは、ただ、仕事の事を相談しようかどうしようか悩んでたんだよ?」
「そんな悩みなら言ってよ!」
「リサさん、私のパート先、知ってる?」
香澄がまたニコッと笑いながら言った。その言葉に私は「うっ。」と詰まる事しか出来なかった。
「じゃあ…。その…。昨日の夜はなんで、途中で辞めちゃったの?」
「昨日?あぁ!あれは、女の子の日が近いことを思い出したからだよ。してる最中に来ちゃったら大変だから。…それにしても途中で辞めるのは辛かった~。」
「なんで言わなかったの?私が疲れてるからって言ってたじゃん。」
「だって、恥ずかしいじゃん!恥ずかしくてリサさんに思わず敬語で話しかけちゃうくらいだったんだからー!」
香澄は少しだけ頬を赤くすると、視線を私から外した。その姿が異様に可愛く感じてしまい、私は微笑んだ。
「香澄はさ…。」
「なに?」
「その、私のどこが好き…なの?」
「あはは!」
私が恥ずかしがって質問すると、香澄は一瞬、キョトンとしたが、すぐに頬を緩ませ、笑いだしていた。
「わ、笑う事ないじゃん!」
「だって!リサさん顔真っ赤なんだもん!あはは!」
「香澄!?」
「あー。笑った。…リサさんの好きなところでしょ?リサさんは私が高校生の時…。有咲にフラれた時に私を救ってくれた恩人。そして、一緒に暮らし始めて、リサさんの優しさに沢山触れて、大好きになっちゃいました。」
「優しい…?私が?」
「はい。私が寝込んだ時は本当に心配そうな顔をして、仕事を休んでまで看病してくれたし、どんだけ疲れていても…私が…その…求めたら、必ず答えてくれるし。」
指を折りながら私のいい所を言う香澄に私は先程よりも顔を真っ赤にした。顔が暑くて堪らない経験を久々に体験した気がした。
「そ、そんなの普通じゃん!」
「それを普通と言いきれる所も優しいなと思うよ。」
「も、もう辞めてよ!」
「あはは!リサさん可愛い!」
私が恥ずかしがっていると、香澄はギュッと抱き締めてきた。毎日のようにハグをされているが、いつもよりもホッとするような気持ちになり、思わず私も抱き締めてしまった。
「リサさん!?」
「どうしたの?」
「え?う、うん。リサさんが抱き締め返してくれたのって、多分初めてだから。」
「そうだっけ?まぁ、イイじゃん!」
私がそう言うと、香澄は私の胸に顔を填めてしまった。香澄の吐息が胸にかかり、なんとも言えない気持ちになってしまった。
「リサさん。」
しばらく、顔を填めていた香澄だったが、顔を上げると、小さな声で私を呼んだ。
「どーしたの?」
「絶対に振り向かせてみせますからね!」
香澄はそう言うと、またギュッと強く抱きしめた。
香澄は知らない。
私が既に香澄でいっぱいになっている事を。
病院に運ばれ気づいたが、香澄がいなくなったらと思うと耐えられる気がしない。
それはつまり、香澄のことが好き…いや、好き以上に大切な存在になっているかも知れない。
それにしても、香澄の悩みや気持ちに全く気付いていなかった。
空気の読むのは得意だと自負していたが、どうやら私の心は鈍感になってしまったらしい。
「私もまだまだだなぁ。」
「へ?何が?」
「何でもないよ。退院したら何が食べたい?久々に作るよ?」
「本当!?えーっと…。う~ん。」
腕を組んで本気で悩む香澄を見で、私はまたニコッと笑っていた。
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香澄が退院してから数日後。
「リサさん!」
「どうしたの?☆」
「隣、いいですか?」
私はもちろんと言うと「やった!」と言いながら香澄が私の横へとやって来た。私の手にはブランデーが入ったグラスが握られており、いつものベランダで過ごしていた。
「何考えてたの?」
「香澄のことを好きになった経緯をだよ。」
「…へ?」
「だから、香澄を…」
「き、聞こえたよ!それは聞こえたけど、本当に!?」
「本当だよ。あはは…。もうちょっとロマンチックなところで言うつもりだったけど、我慢出来なくなっちゃった。」
私が香澄の方を見ると、目に涙をたくさん貯めていた。その潤んだ目には外の景色が反射しており、なんて事もないマンション達が、とても鮮やかに映っていた。
「綺麗。」
私が静かに言った時には香澄の腕をいつの間にか掴んで、抱き寄せていた。「ひゃっ」と少し驚いた声を香澄は出したが、それ以上、言葉を発する事をなかった。
私が香澄の唇を奪っていたからだった。
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~おまけ~入院中の一コマ
「ところで、香澄は結局、なんのパートをしてるの?」
「プラネタリウムのナレーターだよ。」
「マジ!?香澄凄いじゃん!」
「凄いのかな?でも、緊張で寝れなくなるなんて…。高校生の時はどんなステージでもキラキラドキドキしてたのに。」
「あはは。私達も歳を取っちゃったんだよ。」
「…だね。でも、今はキラキラドキドキしてるよ!」
「今?」
「うん!だって、リサさんと一緒にいるから!」
私の彼女は昔と変わらず、無意識にコーヒーカップのように振り回すらしい。しかし、そのコーヒーカップの回転は不思議と心地良いものだった。
1話完結にも関わらず、長い内容となってしまい申し訳ありません。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
名前→ぴぽ
代表作→日常の中にチョコより甘い香りを
https://syosetu.org/novel/172914/
一言→改めまして、この度はこのようなイベントに参加させて頂き、ありがとうございます。
なかなか忙しく、小説も投稿できない状態ですが、仲良くして頂けたら幸いです。
改めまして、本当にありがとうございました。