前日譚的な何か。或いは残された人のお話。
ゆる〜い気持ちでご覧ください。
私は蛇川由佳乃。年齢27歳、女。特筆する点もない、自分で言うのも何だけど何処にでも見掛けられる普通のOL。
卒業した高校、大学も極々平凡な大学。通っている会社も当然中堅程度の会社で、変わり映えしない実にありふれた毎日を送っている。強いて変わった事を挙げるなら、会社がややブラックよりな事だろうか。給料は意外と悪くはないんだけども労働時間は割と長めだ。と言うか、仕事が結構多い……まあ、慣れればそこまでではないけど。多分退職率は新人の方が多いんだと思う。
まあ、ホントそれ以外に何か自慢できるような事なんて……いや、最近1つ変わったことがあったんだった。それも、良い事じゃなくて悪い事が。
なんと、5日前に同僚が失踪したのだ! しかも、あいつが抱えてた企画が丸々全部私に襲い掛かってきた……!
なんとまあ、傍迷惑な……他の人は今手が空いていないので、あいつの代わりに私が仕事を処理しなければならないらしい。
しかし、私は知っているぞ。あいつの残した仕事の話が出た時に別の仕事を積極的に受け始めた同僚共をなぁ……! 全く、情けない。いやまあ向こうにも事情はあるのかもしれないけど。
あいつ、今度会ったらはっ倒してやるからな……まあ、誘拐とか失踪したのならもう二度と会えないかもしれないけど。全く、恨み言も伝えられない。一応メールとか電話も試したみたけど返信はない。一応自宅も訪ねてみたけど帰って来てないらしく留守だった。
聞くところによると、あいつがいつも利用している電車に乗ったところまでは駅に配置されているカメラに映っていたのだが、何故か電車内の監視カメラにはあいつは映っていなかったらしい。このことは、事情聴取に来た警察官と刑事が話しているところをたまたま耳にして知った。何と言うか、都市伝説にでも出てきそうな話だ。あいつ、如月駅にでも行っちゃったんじゃないだろうな……?
たまに堂々と迷子になったりするような奴だからほんのちょっとだけ心配だが……まあ、あいつならきっと何とかなるだろうきっと。そこらで野垂れ死ぬような奴じゃないし。きっと石に齧り付いてでも生きるだろう。
あいつ、見てくれは悪くないし地味に男供にモテてた上にそこそこに仕事もできて優秀だったからな。働き始めてからかなりの短期間で中間管理職にまで登り詰め、他人に一切興味ないだけで面倒見は良い方……まあ、愛想はないけど。まるで人形みたいな顔して仕事してた。たしか、社長もあいつに興味を持ってた筈。最初は社長も若干下卑た目であいつを見てたけど、最近は何故か珍しい動物でも見てるような感じだったな。まあ、野郎の視線なんてあいつは気にしないだろうが……いつもポーカーフェイスだし。
でも、それは全部仕事の時の話。オフの時、特に一年くらい前に私が強引に飲み会に誘った時は……うう、あいつの酔った時の事なんて忘れよう。あれはちょっと……うん、忘れよう。翌日、普段より一層あいつを見つめる視線は震えちゃった。
っとと、そんな話は良い。早くこの私の頭の位置くらい積み上げられた書類の山と格闘しなければならない。今日1日だけでせめて三分の一くらいまでは済まさないと……さもなければ残業によって私の貴重な休日が破壊される。たまには気ままにショッピングでもして気分をリフレッシュさせたいのだ。お洋服とかアクセとか、買いたい物もいっぱいあるし。
今日も頑張りますか。昨日休日だった分も含めて、頑張らねばならぬ。
「と、言う訳で手伝いなさい」
「え、由佳乃先輩〜今日は私にも用事があってですね……」
「ダメ。今日は逃がさないぞ絶対にな……!」
「ちょ、肩掴まないでくださいよ〜!」
コイツは私の後輩の谷本。短い茶髪と眠たげな眼がトレードマークのウチの新入社員。比較的私と波長が合うので、仕事を教えたりしているので割と仲は良い方なのだが、何故か周囲からは彼女と私が似ているとか言われている。私自身にはそんな自覚はないので、きっと勘違いだろう。全然似てないし。
「ちょっ、私だって残業なんて極力やりたくないですよ! 休日くらいのんびりショッピングとかしたいです! お洋服とかアクセとか欲しいし……」
似てないったら似てないのだ。
「まあ、そう言わずに……あんたは無理のない範囲でいいから協力して、お願い!」
私は手を擦り合わせて頭を下げる。これでも割と追い詰められているのだ。私の心の平穏な為、どうにか協力を取り合わせたいのだ。
私の真摯な思いが伝わったのか、一度ため息を吐いて妹は答えてくれた。
「しょうがないですねぇもう……その代わり、今晩焼肉奢ってくださいよっ」
「なん……だと……」
どうやら私の真摯な思いは伝わっていなかったらしい。この後輩、細身に見えて結構食べるのだ。不味い、先週に出たボーナスが露に消える……
「……そこをなんとか」
「嫌なら手伝わないです。私にも仕事があるので。それじゃ私はこれで」
「分かった! 分かったから!」
私は断腸の思いで後輩の脅迫を受け入れた。これが仕事関連じゃないならビンタくらいしている。それも往復するやつをな。
「で、やると言ったからにはやるけど……この量は凄いですね」
「ふん、辞めると言ってももう遅いからね?」
私は書類を一掬いし、明子に差し出す。3センチくらいかな……まあ、こいつはまだ入りたてだからそれほど忙しくないし、余裕はある筈だ。仕事振りの方は私が叩き込んでいる問題ない。
「はいはい。それにしても由佳乃先輩って同僚が居なくなったのに、あんまり悲しんでるように見えないですね」
「何も思わないことはないけどね。悲しんでる暇がないんだ……いや、割と真面目に」
今手が止まるとマジで仕事に殺される。これが止まるんじゃねぇぞですか? 既にタカキより頑張ってる自負すらあるぞ。
「あ〜……うん、その……頑張ってください」
「お前も頑張るんだよ……」
明子はやや同情気味に書類を受け取り、自分のデスクに向かって行った。
頼むぞ後輩。お前の働きにそこそこ掛かってる。だけど、焼肉の注文は控えめにしておくれ。
◆◆◆
「ンアァァァァァァァ……」
ペンを置き、一度伸びをする。仕事が……仕事が終わらない……ええい、あいつこのクソ忙しい時に仕事抱えすぎだろ! これ3人分くらいの仕事だろ絶対によぉ! 何平気な顔してこの量抱えてるんだよぉ!
「ちょ、由佳乃先輩落ち着いて……」
「私は冷静だ。至って冷静に……この書類の山をシュレッダーにかけることを考えている」
「えいっ」
「ひゃい!?」
谷本はキンキンに冷えた氷の入ったペットボトルを私の服と背中の間に入れてきた。ちょ、おま、真冬にそれはやめろォ!?
「ちょ、この……おいゴルァ!」
「やれやれ……少しは落ち着きました?」
「落ち着かせようとこんな事したのか!? あのなぁ、そうだとしてもやって良い事と悪い事がだなぁ……」
「あ、それよりもう良い時間ですよ。焼肉屋行きましょうよ! そんなシャンプーが大嫌いな飼い猫をどうにかして捕まえようとしている飼い主みたいな顔してても仕事は捗らないでしょう?」
「無視すんな! つーかそれどんな表情よ! ったく……」
まあ……そろそろ良い時間だし、もう今日はあがろうか。正直、もう少しやっといた方が明日以降楽になると思うけど。夏休みの宿題よろしくいつもそんな風にやらないといけない事を済ましていたらいつか大変な事になるだろうし。
「焼肉屋……ぐへへ……」
後輩よ、涎を垂らすのはよせ。女性としてちょっとそれは不味い……いや、人としても充分不味いが。
「はぁ……まあ、いいわ。その代わり、貴女が明日担当する書類が増えます」
「うぇ!? まぁ……いいか。早く行きましょう先輩!」
全く此奴は……まあいいか。さりげなく仕事押し付けられたし、多少は融通が効く後輩は嫌いじゃない。燃費は悪いけど。
私は立ち上がってもう一度伸びをする。その後机の上に忘れ物がないか確認し、問題ないようなので掛けていた仕事カバンを肩に背負う。時計を見ると、7時半くらいだった。いつもよりも30分程遅れているがこの程度なら全然許容範囲だろう。
「あ、由佳乃ちゃん。焼肉行くなら私達も行くよ」
そう話しかけてきたのは件の別の仕事に逃げた私の同期である同僚達OL3人組だ。お前らなぁ……
「はぁ……お前らなあ?」
「えへへ。今日の分が以外と早く終わったし、明日手伝うからさ」
キレそう。しかし、今は猫の手も借りたい状況だ。ぐぬぬ、これが足元を見られる感覚か……
「……こき使ってやるからな? あと割り勘させろ」
「わーいやったー!」
「なんだかんだ、由佳乃ちゃんって甘いよね〜」
「なんで私こんなに舐められてるんだよ!?」
私が何したってんだよ。
「……まあ、自覚ないならいいけど」
「匂わせるのやめろよ……ったく」
こいつらの払う金額をちょっと多めにさせてやる。私をあんまり怒らせるなよ!
◆ ◆ ◆
「んく、んく……プハー! やっぱ仕事上がりはビールですねーセンパーイ!」
「……明日も仕事なんだから、あんまり飲み過ぎないでよ?」
「分かってますってー、おかわりー!」
その言動から何も分かってない事がよく分かるな……まあ、こいつはあまり二日酔いしないし別にいいか。酒代くらいは自腹で払わせよう。酔ってるし勢いで誤魔化せば何とかなる筈だ。こいつバk……げぷんげふん、ちょっと抜けてるし。
「あ、由佳乃ちゃんそのソース取ってー」
「はいはい……」
「由佳乃ちゃん、ちょっと布巾貸してくれない?」
「……うん、いいよ」
「由佳乃ちゃーん、お水入れてー!」
「……分かったよ」
「センパーイ! 一緒に飲みましょうよー!」
「お ま え ら な !」
酒飲んでるのはお前だけだぞ……つーかなんでみんな雑用を私に押し付けるんだよ私だってキレるぞいい加減に!
「ええい、どいつもこいつも私の事馬鹿にしてるのか? はぁ……」
「それでもなんだかんだやってくれるし、由佳乃ちゃんってチョロ……甘いよねー」
「だぁれがチョロ甘だっつーの!!」
うぐぐ……折角の焼肉だってのに既に胃がもたれそうだ。
その胃痛を加速させるかのように、谷本は私に畳み掛ける。
「おや、先輩大丈夫ですか? そんなイライラして……」
「蹴るぞ」
「まあまあ、落ち着いて……ほら、お酒飲みます?」
「……今夜だけだからな。あと、後輩の飲みかけを貰う程私は落ちぶれてない」
「やだ先輩優しい……」
「虫歯が感染りそうだからな」
「酷いです先輩! 私は虫歯を抜いた事なんて一度しかないですよ!」
一度はあるのかよ。
それはそうと、私はお酒を注文した。あんまりお酒にこだわりはないし、まあ適当にビールでいいか。谷本も同じの飲んでるし。
明日も仕事なのを考えるとお酒とかあり得ないが、もう知らん。お酒でも飲んでなきゃやってられんよ。
「お待ちどう様ですー!」
「ああ……」
注文したビールはすぐ届いた。キンキンに冷えていて美味しそうだけど、今一月なんだし、一気飲みするとお腹壊しそうだ……うんちびちび飲もう。
「ほら先輩、一気一気!」
「抉るぞ」
「ど、何処を!?」
この馬鹿みたいに騒いでる後輩は無視して私はビールを飲む。よく冷えていて美味い。やはり、ちょっとづつ飲むに限るな……
「あー、そう言えば……藤野さん、いなくなっちゃったよね」
私はその言葉を聞いて、ビールのジョッキを置いた。
「そうだねー……結局、警察も探してはいるけど全然見つかってないらしいし」
「居なくなった奴の事なんて気にするんじゃない」
私は焼き上がっていた鶏肉を取り、そう言った。ソースは……柚子ぽんでいいか。たまには酸っぱいのも悪くない。
「そんな事する暇あったら、仕事をしろ」
「……ええと、でもこの中だと1番仲良かったよね、由佳乃ちゃん」
「……まぁな」
それは事実だ。近寄り難いオーラを放ってるあいつに話しかけるのはいつも私だった。と言うかあいつを怖がってる奴が私に押し付けてくる。嫌がりながらも断っていないから甘いとか言われるのだろうか。
「……あいつの事だ。その内帰ってくるさ」
「あはは、なーんか理解ある友達って感じ?」
「そんな事ないさ。あいつは小学校から高校まで同じ学校だったが、この会社で再会した時にあいつは私の名前を聞いて「初めまして」って返しやがったんだよ」
「あ、あぁ……そうなんだ」
「くそっ、あいつ一体何なんだよ……クラスが同じになった事だって何回もあったのに顔すら覚えてないのかよ! 私は別にイメチェンなんてしてないぞ!?」
いつの間にか、ビールのジョッキは空になっていた。お皿に盛った筈のお肉もないし、おかわりしよ。
「店員さんおかわり! それでさ、直接あいつに聞いたんだよ。学校同じだったけど本当に覚えてないのかって! そしたらあいつマジで不思議そうな顔した挙句、真顔でごめんなさい全然覚えてないですってさぁ!」
「お、おう……?」
「チキショー! こちとらあいつが行くからって同じ高校行くのを決めたのにぃ! 大学は残念ながら無理だったけどできれば一緒に行きたかったよ!」
「え、えぇ……?」
「折角同じ職場になったってのにぃ! あいつ一体何処に行きやがった! 昨日は手当たり次第に探したんだぞ! あいつの知り合い当たったり、あいつの自宅に行ってみたり、メールとか電話とかしたりしても返信来ないしぃ……つーか、あいつの唯一親しくしてた奴もなんか連絡取れないしぃ……」
「う、ううん……?」
「んもー! なんなんだよあいつぅ! 人がこれだけ心配してお前の事考えてるのにぃ……明美ぃ、お前何処行ったんだよ……わたしはまだおまえになにもできてないの……こんの朴念仁がぁ!」
「せ、先輩……?」
気が付けば、視界がゆらゆらとしていた。あ、なんだか、とても、きもちいい、ような……あはははは。
「コンチキショー! 今夜はもう飲むぞ! 行くぞ谷本、谷本、谷本! 3人でジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」
「ど、何処から突っ込めばいいんですか!?」
◆ ◆ ◆
翌日。会社のオフィスにて。
「うぇっぷ……」
「先輩、大丈夫……じゃないですよね」
か、身体が怠い……頭痛がする……は、吐き気もだ……な、なんてことだ……この私が……気分が悪いだとぉ?
「うう……」
「もう、私より飲んで2日酔いになるなんて……」
「お前だって、結構飲んでただろうに……」
「鍛え方が違います。さあ、お仕事始めますよー」
「納得いかない……っ!? おrrrrr……」
Q.先生って優秀だったの?
A.女子力捨ててる人間を馬鹿にしてはならない。仕事してる時はずっと感情が抜け落ちたような顔してる。社畜顔。
Q.今回登場した女って先生の元友達?
A.いいえ、違います。先生の元友達は中3で知り合って大学まで親しくしてたけど違う会社に就職してそれ以来疎遠になっています。
Q.キマ……キマ……
A.多分ただの構ってちゃんですね。
Q.今回の話って何か意味あるの?
A.いずれ分かるさ。いずれな……
Q.結局先生が遊戯王世界に行った原因って何よ?
A.知らん。そんな事は俺の管轄外だ。
明日は新作のFEやるぞー!