大神を初クリアした感動をどうにかしたくて書きました。だいぶこじつけが酷いのでフワッと軽い気持ちで見てください。

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 アマ公とイッスンの冒険が起きてから約2000年後が僕のヒーローアカデミアの世界であり、“個性”の起源がアマ公の筆業である、というトンデモ設定です。
 ヒロアカの原作キャラ一人も出てきません。

 


アマ公(+α)英雄譚

 

 “個性”と呼ばれる力がある。それは全身から炎を放ったり、両の手を凍らせたり、触れてもないのに漫画のページをめくったりと──その種類は星の数ほどあるが──どれも本来ヒトが持ち合わせることのなかった力だ。今や世界総人口の約8割がそうした何らかの“個性”を持つようになった現代において、しかしながら、その起源は謎に包まれている。

 

 “超常”から“異能”へ。“異能”から“個性”へ。柔らかに呼称を変えながら人から人へと脈々と受け継がれてきた、その力の源流とは。

 

 ある者は言う。それは病気であると。

 未知のウイルスがネズミを介し世界へ広がったのだといわれている。が、明確な論拠は無い。そうした格式張った言葉で並べ立てた推論文(妄想)がこの世界には幾つも転がっていた。

 

 とどのつまり、誰もその真実を知らない。

 超常を日常に。架空(ゆめ)を現実にした力の源は、人の好き勝手に語られるようになった。

 

 

 そうして幾つも綴られてきた物語の中で、──ひっそりと息づく、古いおはなし。

 

 

 “昔々あるところに”。使い古された文言から始まる、とある神様が主人公のおはなしだ。その神様は妖が跋扈する大地に降り立ち、穢れや祟りを打ち払い、濁世を遍く照らしてみせたのだという。

 曰く──喪われたもの悉くを蘇らせて。

 曰く──眼前に立ち塞がる障壁は一文字に断ち。

 曰く──疲れ果てた大地に浄めの花を咲かせ。

 曰く──熱情を糧に万物を爆破せしめ。

 曰く──恵雨にて地を濡らし心を晴らし。

 曰く──弓弦の如く弧を描く月光を呼び。

 曰く──疾風にて禍を吹き祓いて。

 曰く──永久に燃え盛る炎を灯して。

 曰く──幽玄の霧にて時を惑わし。

 曰く──不可思議な理を以て壁を歩き。

 曰く──怒れる雷を撃ち放ち。

 曰く──敵意あるものの魂までも凍てつかせた。

 

 神の御隠れによって一度は散り散りになったこの力は、神様の呼び掛けに応じて再び集い、空をも覆う強大な闇を打ち払った。その時の様を、とある絵巻物はこう綴っている。

 

 “闇が 全てを 覆うとも 忘れてはならぬ”

 “闇を払う 光明の 暖かき 温もりを”

 

 赤い隈取りを施した真白き狼、ならぬ──大神(おおかみ)

 天照とも呼ばれたその神が戦いの後にどうなったか、語るものは少なく、歴史の奔流に呑まれてしまった。長年の世直しの後、神の國にてその足を止め、高き空に還っていったのだとする説もある。

 

 大神の身体は朽ち果て、魂は還った。

 ──そうして残された十三の神業は、いつかと同じに、世の方々に散っていったのだという。一度目は十三の獣が受け継ぎ、【筆神】と化したものだったが、二度目は世の方々に──大地に生きる人々へと受け継がれた。

 幾人もの血脈に筋分かれた、小さく果敢なき力。それは年月を経て受け継がれ、幾重にも混ざり合い──その交わりの度に強くなっていった。それは蝸牛の歩みよりも遅く、微力ながらに、けれど着実に。人々の血の中で少しずつ大きくなったその力は、二千年あまりの時を超えて、芽吹いた(・・・・)

 

 中国軽慶市に生まれたその赤子は、まるで光明が如く(・・・・・)光り輝いていたのだという。

 

 

 

 

「おおい、岳山ァ!」

 

 べちん、と後頭部を叩かれて、岳山(たけやま)一里(いちり)は紫紺の目を瞬かせた。薄く開かれた口からは、と掠れた息が零れる。そのままの姿勢で三秒固まってから、彼はようやく振り返った。

 

「ンだよ。何か用」

「ウワ不機嫌。なに、そっちこそ何かあったの」

「すげー黄昏てたけど。どしたの自転車置場で」

 

 半眼になっていた一里の目が、一瞬大きく見開かれて、それから誤魔化すように伏せられた。ふるりと首を振る。

 

「……いやなんも。ちょっとボーッとしてただけだって」

「マジ?」

「マジ」

「ならいいけど。なんかあったら言えよなァ」

「購買のプレミアムプリン奢ったるからよ。おまえなら(・・・・・)それこそ浴びるように食えんだろ」

「おー、あんがと。また今度頼むな」

 

 緩く笑いながら緩い会話を交わす。友人たちは一里をカラオケに誘いたかったようだが、一里はひとつ苦笑を浮かべてそれを断った。

 

「悪ィけどオレ、これからじいちゃんとこ寄るから」

 

 その返答を聞いて、友人たちは「そっか」と頷いた。半分わかっていたといった様子だが、それもそのはず。学校帰りに一里が“じいちゃん家”に寄るのは珍しいことでもないからだ。

 

「岳山、また倉掃除すんの?」

「まァそんなところ」

「マメだなー」

「オレもまあまあ楽しんでるからいんだよ」

 

 自転車に鍵を挿し、キックスタンドを倒す。姉のお下がりであるママチャリは年季が入っており、ペダルを踏み込むと少し軋んだ音を立てた。友人たちにひらり手を振って、立ちこぎで進んでいく。まだ肌寒い風が一里の黒髪と桜の蕾を揺らした。4月の下旬には開花するだろうかと、ぼんやりと少年は思いを馳せる。

 

 岳山一里が生まれ育ったのは、北海道の片隅だった。広大な大自然に囲まれた、といえば聞こえはいいが、言ってしまえば自然しかない田舎である。それでも一里はこの町が好きだった。“試される大地”だのなんだの揶揄されることもあるが──いや実際冬期の降雪や凍結を舐めてかかると死ぬが──北海道の身が引き締まる寒風は嫌いではなかったし、何より飯が旨い。家族や友達だっている。日々流れる日常に身を任せていいぐらいに、一里はこの町が好きだった。

 

「ん? ……あ! なあ、岳山っておまえだろ?」

 

 ただひとつ、嫌なところを挙げるとすれば。田舎ならではの人間関係や対人社会の狭さだろう。

 

「……、何ですか」

「なあなあ、Mt.レディっておまえの姉さんなのマジ?」

「え!? あの【巨大化】の新人ヒーローの?」

 

 信号待ちの時、隣り合った高校生らしき男子生徒にそう声を掛けられ、一里はぐっと感情を飲み込んで頷いた。その途端、わっと歓声が上がる。

 

「俺めっちゃファンなんだよね」

「かっけーよな! あんなキレーなのに“個性”が【巨大化】ってのもアツいし!」

「……そうですか」

 

 盛り上がる男子高校生の目に、一里の俯きがちの表情など映っていない。一里は男子中学生の平均身長をだいぶ下回っている。小柄で、身内以外には基本的に静かな性格も相俟って、彼に注目が集まることは稀だった。──目立つ身内がいるなら、なおのこと。

 

「なァ、今度サインを──」

 

 信号が青に灯った瞬間に漕ぎ出し、背中に掛かる声を置き去りにする。立ち漕ぎでぐんぐん進んで、店舗がぽつぽつと建ち並ぶ町を抜けて、眼前にブアッとだだっ広い田園風景が広がってようやく、一里は深く息をした。

 

「……はーーーー……」

 

 肩の力が抜けて、一里はサドルに腰を下ろし、のんびりとスピードを緩めた。きぃこ、きぃこ、と古びたママチャリが軋む音や、遠くで農作業をしているご老人たちの声ぐらいしか聞こえない。こうした静寂がどうしようもなく心を落ち着けた。賑やかな場が嫌いというわけではないが、ああいう声に慣れることは難しかった。

 何度も経験してきた。何度も耳にした。

 それでも姉に向けられる称賛の声と、その裏にちらつく比較に、一里は眉間に深い皺を刻んだ。──比較されてるなんて、自分の被害妄想が過ぎるとは自覚しているが──それでもいい気持ちはしなかった。

 

「……“個性”【巨大化】が、なんだってんだ」

 

 奴らが散々褒め称えた姉の裏側を見せてやりたい。基本的にだらしないしテキトーだし、弟のことを奴隷かなんかだと思ってるんだぞ、すぐに理不尽言ってパシるんだぞ、と──そんなことを胸中で叫んで、空しくなってやめた。代わりにハァ、と重い溜め息を吐き出した。そうしてひとつの考えに至る。

 

(あァ……だから、あそこに行きたくなるのか)

 

 長閑な畦道を進んでしばらくすると、小高い丘に繋がる。そこに一里の祖父母の家があった。自転車を停め、短い石段を上り、出迎えるように見えてきた赤い鳥居をくぐる。こじんまりとした神社の裏手に回ると、家からは美味しそうな味噌汁の匂いが漂ってきて、ばあちゃんは台所かなと当たりをつけながら少年は歩みを進める。そうして、

 

「じいちゃん、」

「おお一里、お帰り」

「ただいま」

 

 紙垂や注連縄に飾られた大木に手を合わせていた祖父が、にっこり笑って振り返った。小柄でおっとりした風貌の祖父は、たっぷり蓄えた髭を揺らして穏やかに笑う。

 

「今日も来てくれたのか。……父さんに何か言われとらんか?」

「いんだよ。オレが望んで来てるんだから」

 

 一里が口の端を持ち上げて答えると、祖父はほろほろ笑って目を細めた。ありがとうの、と。滲むようにそう口にして。

 

「じゃあ今日も、絵巻物の整理、頼んだぞ」

 

 その声に了承を返し、一里は大木の横を通り抜け、神社の奥──鬱蒼と覆い繁る森の前に佇む倉に向かった。閂を外し、扉を開ける。ぎぎぎ、と軋む音は重ねてきた時の重さを感じさせた。

 倉は土蔵造りで、漆喰で塗り上げられた壁はひんやりとした空気を弾いていた。高所にある虫籠窓から夕日が注がれ、舞い上がる埃をきらきら輝かせている。倉の中には棚が敷き詰められており、そこに、──件の絵巻物が高く高く積まれていた。

 絵巻物の大半は、料紙を何枚も糊付することで長大な横長の書面を形成している。だから、経年によって糊が剥がれてしまい、1枚ごとにバラバラになってしまうことも多い。そんな時は茶室に飾る茶掛や掛け軸に仕立て直す手もあるのだが、一里の祖父はそうしてひと続きの絵巻物を断簡としてしまうことを拒んだ。温厚そうな祖父が、これだけは、と絵巻物を抱いて言ったのだ。

 

『断ってはいかぬ。絶ってはならぬのだ。

 ──だってこれは、続いていくおはなしなのだから』

 

 絵巻物の修復は手が掛かるし、倉も維持が大変だからいっそ手放すべきだ、と主張する父に対し、断固として首を縦に振らなかった祖父。そんな2人の言い争いを目の当たりにし、幼き日の一里少年は口を開いた。

 

『……おれが、それ、直すよ!』

 

 あの日のことを一里は今でも覚えている。おまえは黙っていなさい、と自分を叱る父よりも、目の端に涙を浮かべた祖父が心底嬉しそうに笑ったことを、よく覚えている。

 それから父の目を盗んで訪ね続けた倉の中で、一里は祖父から絵巻物の修復方法を教わった。ひとつひとつ丁寧に、バラバラになった絵を糊付けしていく。皺だらけの祖父の手が上手く動かなくなってからは、その作業は一里が受け継いだ。祖父から教わったように、物語を繋げていく。経年劣化した料紙は脆く、力加減を間違えれば破損してしまうからと、神経を酷使することも多々あったが、一里にとっては苦ではなかった。

 

『ああ……おまえが繋いでくれて、本当に、よかった……』

 

 ぽつり。祖父がいつかの日、涙と一緒に溢した言葉が、一里の心の湖面を揺らしたのだ。その静かな衝撃を、腹の奥底から立ち上る熱を、少年は忘れない。世界が目映く輝いた瞬間を、ずっとずっと、覚えている。

 

「……さて。やるか」

 

 回想を切り上げて、一里は学ランを腕捲り。棚の隅にしまっていた糊を取り出し、修復途中だった絵巻物を広げた。赤い隈取りを施した真白の狼──天照大神の冒険絵巻だ。平安時代の作品によく似た作風で、落款には『天道大師一寸』とある。

 “一寸”とやらが描いた絵巻の中で、天照大神は数多の妖怪と戦い、数多の人々を救った。地を駆け巡り、空に跳び、時には海をも渡り──その輝かしい姿は、一里少年の心を掴んで離さない。

 

「……やっぱ、スゲー、なぁ」

 

 なんだか、ヒーローよりもヒーローだ。

 そんな感想が寂しげな笑みと一緒にこぼれ落ちた。自分が傷付くことも厭わず、ありとあらゆる艱難辛苦に立ち向かい、そのすべてを奇跡のように解決していく。それに喜び、笑顔華やぐ人々の“幸せ”を力に変えて、世直しの旅を続けていった。

 まさに英雄。まさに、ヒーロー。

 太陽のように輝かしいからこそ、一里は眩しさに堪えきれず、目をきつく細めた。

 

「……オレには、とてもじゃないけど──」

 

 その先は口にできず、ただ舌の根の辺りで蟠った。言葉のなり損ないを飲み込む。じくじくと喉が痛んで、胃の腑が重く感じた。

 その感情が諦念なのだと、一里は14年の人生を以て知っていた。けれどそれを納得できるほど、大きな器は持ち合わせていない。ちっぽけな体躯に収まる、ちっぽけなプライドが、まだ叫ぶのを止めない。

 

「でも、何か、……少しでも、オレにも……」

 

 何かできるんじゃないか。

 オレだから(・・・・・)できることが、あるんじゃないか。

 

 そんな希望を夢想しながら、乾いた苦笑を漏らす。視線は自ずと下を向いていた。俯きがちの目が、──ある一点を見て、大きく見開かれる。

 

「……、穴……?」

 

 倉の隅に、直径10cm弱の穴が空いている。鼠か何かが入り込んだのだろうかと、一里は眉をしかめて腰を上げた。ここには大切な絵巻物が山ほどある。害獣対策はきっちりしなければと、とりあえず穴の様子を確めようと手を翳した。そうして気づく。

 

「……風が、流れてる?」

 

 それは手のひらにほんの少し感じる程度の違和感だったが、微かに、けれど確かに一里の手のひらを擽っていた。彼はしばらく黙考した後、手近にあった木片を穴の中に落としてみる。──こつん、と。静寂の後に聞こえてきた軽い物音は、この穴の下に幾らかの空間が空いていることを示していた。幾らかの空間──それこそ地下室のような空間があると。

 隠された空間。埋もれた地下室。その響きに少年の心がほのかに燃え立つ。一里は内弁慶ではあるが好奇心は旺盛な方だったから、その紫紺の目を煌めかせてしまう。

 

 まるで、冒険の始まりみたいだ。

 

 そんな高揚に浮かれるまま、一里は“個性”を発動した。

 瞬間、彼の姿が服を残して掻き消える(・・・・・)

 

「よ……っ、と、」

 

 訂正──掻き消える(・・・・・)というのは正しくなかった。脱け殻のように残された学ランの下から、もぞもぞと何ものかが動き、くぐもった声を出している。そうして袖口から顔を出したのは、約3cm程に縮んだ(・・・・・・・・)一里少年だった。

 

 “個性”【細小化】。発動すると身長154cmから約3cmの小人に変身する。大きさの調整は不可能であり、ついでに言うと身につける服の大きさも変化できないため、縮むと全裸になってしまうというデメリットがある。……シルバ●アファ●リーの服とかなら着れなくもないが、それは14歳の少年にとって苦汁をジョッキでイッキに等しかった。今は倉の中で、自分以外誰もいないからと、彼はぺたぺた裸足のままで穴に近づいていく。

 穴の中を覗き見ても底は暗く見えない。この中に入ってまた出てこれるのか──まァいざとなれば【細小化】を解除すればいいかと、冒険心に駆られた少年は軽く考えていた。

 

 いざいざ。さァ、──考える前に飛び込め!!

 

「…………っ、とォ!」

 

 3cmの小人にとって3mを超える距離を落下するのは、元のサイズで考えると150mの高さから飛び降りるようなものだ。しかし【細小化】によって変化した身体は身体能力が向上し、特に跳躍に関しては驚異的な俊敏性と柔軟性を誇る。一里は身体を包む浮遊感にひとつ息を飲むも、見事に着地してみせた。ゴムマリのように弾む衝撃をいなし、活かして前に進む。そうして仰ぎ見たそれ(・・)に、一里は大きく目を見開いた。

 

「あ……天照大神……!?」

 

 それは絵巻物で散々見た、天照大神──を模した石像だった。四つ足で地を踏み締め、いつでも跳び掛からんとばかりの体勢だ。白い体毛に赤い隈取りを施し、その黒い目は丸こく、けれど真っ直ぐ前を見つめている。背中に背負った大鏡と、何故かうっすらと白く光を帯びている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことが、頭を垂れたくなるような神聖さを感じさせた。

 

「なんで、こんなとこに、こんなもの……」

 

 四方を土壁に囲まれた、せいぜい8畳ほどの小さな部屋だ。真ん中に佇む石像の他には、その足元に置かれている小さな箱ぐらいしか見当たらない。殺風景にも程がある。

 どうしてこんな部屋の中に、こんな像が置いてあるのか。

 誰が創ったのか、誰が隠したのか、──何のために?

 わからないことは山程あって、一里はただ混乱していた。処理しきれなくて真っ白になった視界。そこに像から放たれる白い光が反射して、ついには悉く真っ白に塗り潰された。

 

 

 

 “流るる筆は五箇のしらべが如く”。

 ある者は彼の筆先を楽の音に例えた。

 

 今この状況を例えるならば、そんな雅なものではないだろう。せいぜい真っ白な紙の上に、無意識の筆先が翻るような、そんな程度のものだろう。小さなこどもの、幼く稚拙な落書きのようなもの。

 けれど。だからこそ、何かを突き動かす熱情が宿る。

 まるで吸い寄せられるようにして、一里はその指先を始点に置いた。まるで“こうする”ことを、生まれる前から知っていたみたいに。当たり前のように、導かれるように、指先がまあるく弧を描いて──始点と終点が、結ばれる。

 

 

 【 咲 】

 

 

 その一文字が一里の眼前に瞬いた、その刹那──ブアッとひときわ強い光が弾けた。まるで洪水のように石像から溢れ出したその光に、一里は目を庇うことすら忘れて瞠目する。光の川が流れたその場所から、幾つもの草が萌え、幾つもの花が開き──天国のように美しい花畑が広がる──そんな幻想を垣間見たのだ。

 

 

 

「……今のは、」

 

 何だったんだ、と。カラカラに乾いた口をようやく動かすことに成功して、一里は瞬きをひとつ。その目にはもう、土くれでできた壁しか映っていなかった。先程と何の変わりもない、古くさい土の匂いに囲まれた地下室──否、

 

 ひとつ、訂正しなければならない。

 先程と何の変わりもない(・・・・・・・・・・)は、誤りだったと。

 

 

「──おんっ」

「ぶえっ!!?」

 

 突然背後から何ものかにのし掛かられて、一里はひしゃげた悲鳴を漏らす。背中に掛かる重みと、何だかつるっとしていながらも弾力のある不思議な感触に、わけもわからず手足をばたつかせる。

 

「ちょ、なん、何なんだよ、オイ……!」

 

 隠された地下室。真白に光る像。光華の奔流。正体不明の何ものか。次から次へと押し寄せる謎に対し、一里のキャパシティは限界を迎えていた。こういう時に恐怖よりも怒りが勝ってしまうのが、一里という少年である。彼は自棄糞気味に腕を振り回し、のし掛かる何かから逃れ出る。警戒心露に振り返ると、そこには。

 

「わふん」

「…………エ?」

 

 そこには。真白の体毛をした、犬……狼がいた。それだけならただの珍しい動物ですんだが、それだけでは終わらない。

 赤い隈取りに、背に負う大きな鏡。こんな特徴を持つ動物、もとい神の姿を、ついさっき見た気がして、一里は視線を泳がせる。地下室に鎮座していた筈の真白の像は──跡形もなく姿を消していた。消えた石像。現れた狼。奇しくもその2つは、見間違えようもないほどに似通っていた。

 まさか。そんな筈ない。そんなわけが。そんな譫言を脳裏に並べ立てながらも、一里の唇はその名を紡ぐ。

 

「……あ、ま、てらす、おおかみ……?」

「おん!」

「イヤ、イヤイヤ “おん!” じゃねぇ!」

 

 人の気も知らないで、眼前のおおかみはブンブンと尻尾を振っている。大きく開いた口からはベロが出ていて、目は団栗のように丸こく輝いている。

 ……超常現象だの、神だの、そんなことを考えているのが馬鹿らしくなるほど、ほんわかした顔をしている。

 

「……なぁんかおまえ、ポアッとしてんなぁ」

 

 思わず一里も苦笑を溢した。肩の力が抜けて、すとんとそのまま力尽きるように地べたに座り込む。そんな一里の顔に鼻先を近付けて、おおかみはぷすぷすと鼻を鳴らした。頬を掠める髭や鼻息がくすぐったくて、一里はその手を伸ばして触れて。しっとりした黒い鼻を、ぽすぽす叩く。

 

「天照大神、なーんて仰々しい名前、似合わないっつーか、なんつーか」

 

 ぼやくように呟く一里に、おおかみは首を傾ける。頭上に?マークを飛ばしている様は、どう贔屓目で見ても太陽を司る最高神には程遠い。大神……狼と呼称することすら凛々しさが足りない気がする。ちょっと不思議で、ちょっと大きめのもふもふわんこ。そんな存在を前に、一里は、からりと笑った。

 

「……アマ公、って、感じだな」

 

 その呼び名を聞いた途端、おおかみの耳と尻尾がぴん!と立った。流石に不敬が過ぎたのかと一里が身構えた瞬間、視界が真っ黒に──真っ白に塗り潰される。再びのし掛かられたのだと気付いたのは、重みで肺の中の空気が押し出されてからだった。

 

「わう!」

「ウワーッ!!? ちょ、なん、やめろ潰すな……舐めるのもヤメロってぇ!!」

 

 

 夕闇迫る倉の底で、いまいち締まらない、1人と1匹……1柱の出会い。べろべろべたべたにされた一里少年はまだ気付いていない。

 

 これが、アマ公との長い旅の始まりであったこと。

 同時刻、別の場所で、最後のOFA(ワンフォーオール)の物語が始まったこと。

 自分がこれから、大いなる闇との戦いに巻き込まれていくということ──その運命の兆しさえ、未だ遠い。

 

 

 されど忘れるな。忘れてはならぬ。

 如何な闇が世を覆うとも、それがどんなに暗くとも、

 

 必ず、必ず──太陽は昇る(・・・・・)

 

 

 

 アマ公(+α)英雄譚

 

 

 

 ……言い忘れていたが、これはとある太陽神が最高のヒーローになるまでの物語であり、

 ──とある少年が、世界最小(・・・・)のヒーローになるまでの物語だ。

 

 

 




 続きはアマ公の異袋の中です。

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