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―――それは誰もが予期しない出来事だった。
入学式から一週間、次第に学校生活にも馴染み、それぞれのグループが出来上がりつつある。そして、Aクラスには二つの派閥が出来上がろうとしていた。
一つは葛城康平をリーダーとした葛城派、もう一つが坂柳有栖をリーダーとした坂柳派である。いずれクラスを二分するであろう派閥争いが起きることは、誰しも容易に想像し得た。
既にとある情報がAクラスには蔓延していた。
それは『この学校が実力主義で、生徒を四クラスで実力毎に分けている』といった内容だ。
何処から流れた噂なのか、それが真実なのか誰も知りえない。
ただ、それが本当だとすれば『Aクラスでなければ高校の恩恵を賜ることが出来ない』が指し示すのはクラス間での闘争だった。
デマか真実かも定かでないこの情報であるが、二人の生徒によってAクラス内から外に漏れることは無かった。
坂柳派は、今のAクラスという地位を守るのではなく、他をどんどん蹴り落としていこう、という過激な主張を。
葛城派は、今のAクラスという地位を守り、保守的に行こうという堅実な主張をした。
二人のリーダーは互いに譲ることなく、放課後まで使っての話し合いは延長戦に足を踏み入れかけている。
この言い争いに、答えなんかない。どちらかが折れるまで終わらない無為な物。
時計の針は18時を示そうとしている。
残り時間は一分程度といったところか。
「葛城くん、ここまでにしておきませんか? どのみち、平行線を辿るばかりでは無為な時間の浪費。後日、時間を改めてもう一度場を作りましょう」
坂柳はかれこれ二時間近く続いた論争に嫌気がやしていた。
二つの派閥があり、二人の支配者がいる。そして、その二人は互いに真逆の主張を行っている。
ならば、この論争で妥協案など出せる訳もなく、仮に坂柳の主張を通すというのなら、必ず葛城派の生徒たちは反抗するだろう。
どちらに付けば勝てる、という問題では無い。
彼ら、従う者にも思想がある。言うならば過激派と保守派だ。生来の平和主義者が、他人を貶めることを良しとするわけが無い。
これは根本的な問題だ。40人もの生徒がいる。彼らには彼らなりの考え方がある。思想がある。主張がある。信念がある。
それを一人の支配者が変えてしまうなど、到底不可能に近い。
いずれ不満は溜まるものだ。そんな爆弾を抱えたままクラス間闘争を行うなど、悪手でしかない。かといって、二つの派閥に割れたままでは、それこそそのもの自体が弱点となる。
どうしたものか、と坂柳はため息を吐いた。
「確かにそうだ。俺たちは互いの主張のメリットデメリットを明確に提示できない。クラス間の争いがどういったものか、というのが把握出来ていない以上、この論争は不毛だろう」
葛城も同様の考えを持っていたようだ。
二人のリーダーが同じ結論に至った以上、最早この場はお開きになる。
次の論争までに、明確なメリットを提示できる情報を用意しなければならないと、両者の視線が交錯する。
そして、時計の針は18時を指し示した。
同時に、とある机の上に置かれた端末からアラームがけたたましく鳴り響いた。
「―――なんだ? 端末はマナーモードにしておくよう伝えた筈だが」
葛城が音の方向に視線を向けた。
坂柳は、葛城と同時にその端末の持ち主が誰であるのか理解した。
神室真澄だ。
「―――時間です」
「何を⋯⋯」
神室が席を立つと同時に、教室の扉が開いた。
「―――は?」
「おい、なんだよ」
「何が起きて⋯⋯」
教室に足を踏み入れたのは三人の生徒だった。
彼らはそのまま教壇まで歩くと、直立したまま動かなくなる。
その姿は、まるで従者のようで―――、
「おい! ここはAクラスだぞ!」
「他クラスの奴らが何しに来たんだ!」
Aクラスの生徒は一瞬何が起きているのか分からず呆然としていたが、一人二人と、三人の他クラスの生徒の糾弾を始めた。
最早、葛城と坂柳にも状況が理解出来ていなかった。
しかし、この状況を作り出した生徒が誰かは知っている。
「神室さん、一体何をしようと―――」
二人が視線を向けると同時に神室も教壇へと歩み寄ると、他クラスの三人と同じく直立したまま動かなくなる。
この時、葛城は思い至ってはいなかったが、坂柳は一つの懸念を抱いていた。
それは自分は人の上に立つ人間である、つまり支配者であると自負する坂柳しか持てないシンパシーのようなものだ。
入学式の日、行われた自己紹介が脳裏に蘇る。
あの日、坂柳が目を付けた生徒は二人いたのだ。
一人は坂柳の対抗馬、葛城康平。そして彼女の予想は正しく、今は敵対派閥のリーダーとして君臨している。
もう一人は不可思議な存在だった。
喧騒に包まれた教室内で、もう一つ動きがあった。
一人の生徒が、ゆっくりとした足取りで教壇に向かっていくのだ。
あぁ、そうだこの生徒がそのもう一人だ。
あの日以来、特にその存在を主張することなく静かに佇んでいた男子生徒。
ただ、その容姿の美麗さから度々話題に挙がっていた、曰くイケメン男子。
坂柳と同じ存在。同じ匂いを放つ者。
「―――全員、席に着け」
教壇に立つとその男子生徒は静かに、そして威圧的な声音でそう言った。
席を立っていた葛城が、腰が抜けたように席に着く。その光景を見てしまった坂柳はようやく理解した。
葛城康平がリーダーというのならば、坂柳有栖は支配者だった。それは生来の気質からくるものだろう。
葛城は村長であるならば、坂柳はその土地の支配権を持つ領主だ。しかし、領主すらも支配してしまう者がいる。
葛城は理解してしまったのだ。自分では到底及ばない存在がいることを。
そして、坂柳もまた―――
「―――二度言わせるな、席に着け」
誰が予期しただろうか。
この状況を。
―――三上士郎という絶対君主の存在を。
/4
「ようやく静かになったな。あまり手間を取らせてくれるな、お前たちにAクラスの自負があるのならば」
三上士郎はそう言い放つと、教室全体を一瞥する。
その視線はAクラスの生徒一人一人の顔を脳裏に焼きつけるように、ゆっくりと丁寧に移り変わる。
あまりの異様な光景に、視線を向けられた生徒は肩をびくつかせた。
「さて、質問があるだろうが、生憎全員の質問に答えるほど俺は暇では無い。代表して二人の生徒に質問を行ってもらう。まずは葛城、お前からだ」
「―――あぁ、そう、だな。では一つ目の質問だ。⋯⋯三上、お前の後ろの生徒たちは何だ? 神室はまだしも、なぜ他クラスの生徒がここにいる?」
「答えよう。彼らは俺の、三上士郎の賛同者だ。紹介させてもらう。まずは左からBクラス、姫野ユキ。Cクラス、椎名ひより。Dクラス綾小路清隆だ。神室は全員知っているだろう。この場にいる理由は、各クラスの代表としてこの場にいる為だ。厳密に言えば、Aクラス以外の3クラスが俺に賛同しているという証明になるからだ。⋯⋯安心しろ、彼らがこの教室内で言葉を発することはない」
葛城の質問に対し、三上は厳格に答えた。
その一挙一動に、全ての者の視線が奪われる。
あれほど騒がしかったというのに、今は葛城と三上の声しか聞こえなくなっていた。誰しもが、言葉を発することすら出来ない程に三上士郎の存在に萎縮してしまっていたのだ。
不意に三上の視線が坂柳に向けられる。
その吸い込まれるような瞳に、坂柳の肩が揺れた。
「次は坂柳の番だ。葛城と坂柳の二人から交互に質問を受け付ける。他の生徒は言葉を発することを許さない。さて、質問はあるか坂柳有栖」
「―――聞きたいことは、山ほどありますが⋯⋯三上くん、Aクラス以外の3クラスが貴方に賛同しているとの事ですが、貴方は一体何をしようとしているのでしょうか?」
「答えよう。だが、その質問に答えるには、お前たちの疑問をひとつ解決しなければならない。お前たちが耳にしているCPについての噂は本当だ。そして、それを流したのは俺だ」
三上の言葉一つ一つに重みがあった。
まるで上から押さえつけられているような、絶対君主が放つ重圧に全員が、坂柳さえもが、跪きたい衝動に駆られる。
「情報を流してから様子を見ていたが、お前たちは本当に愚かだな。他クラスが行動を移している中、内輪で揉めていた。だから、他クラスに目が向かない。既にBクラス、Cクラス、Dクラスは行動を完了したぞ。そして、結論も出した。彼らは俺に従い、全員がAクラスとしての特権を得ることに賛同した」
「ま、待ってください。一体何を言って―――」
「クラスの移動に必要なptは2000万pt。3年後に全員がAクラスとして卒業する」
「現実的ではありません! そんなこと、不可能ですっ」
「それを決めるのはお前では無い坂柳有栖。そして、質問以外の発言を許した記憶もない」
「―――っもう、しわけありません。発言を慎みます」
坂柳は焦燥していた。
もし、三上の発言が真実であるのならば、クラス間闘争すら起きない可能性がある。まず現実的な案とは到底思えないが、三上にはそれが可能だと思わせるカリスマ性があった。
このままでは、坂柳は支配者として君臨することも、己を思想を証明することさえも、出来なくなってしまう。
本来なら坂柳は三上の発言を冷笑し、鼻で笑い飛ばしただろう。いや、この話を聞くことも無く教室を出ていたかもしれない。
ただ、それは出来ない。
何故なら、Aクラス以外の生徒、つまり120人いる生徒が全て敵に回るかもしれないからだ。
先程、三上が言い放ったクラス間の移動が2000万ptで可能ならば、他者をDクラスに落とすこともptで実現出来るということ、引いては退学すらも視野に入れなければならない。
あぁ、彼が様子を見ていた理由がわかった。
直ぐにAクラスを支配しなかったのは、徹底的に坂柳という一個人を封じ込めるためだ。
葛城がこの案に賛同することは目に見えて分かる。と、すれば三上にとって敵対するであろう坂柳派だけを封じ込めてしまえばいいのだ。
クラスを二分するとはいったが、実際の所、全員がいずれかの派閥に入っている訳では無い。
そして、寧ろ現状では葛城派が16人、坂柳派が11人と葛城の支持者の方が多かった。そして中立である残りの三上を除いた12人は確実に三上を賛同する。
つまり、最早この場は三上とその賛同者である149人と、坂柳派11人の戦いになってしまっている。
あぁ、初めから坂柳に対抗する手段は無かった。
彼は、三上士郎は既に勝っていた。
舞台に立つこともなく、坂柳に勝利していた。
支配者として坂柳有栖は、三上に勝てない。格が違ったのだ。
いや、まだだ。
支配者として坂柳は三上に到底及ばない。
だが、一人の天才としてはまだ不明瞭だ。
坂柳有栖が個人で三上に勝利すれば、なんの問題も無い。
坂柳こそが本物の天才であると証明するしか、残された道は無い。
「葛城、お前の番だ」
「あ、あぁ。俺は全面的に三上の計画に賛同するつもりだ。だが、坂柳と同じで到底実現可能なものとは思わない。単純計算で24億ptが必要なはずだが、一体どうするつもりなのか教えて欲しい」
「答えよう。まず必要な前提が―――」
退路は絶たれた。
最早、坂柳には進むしか方法は無い。
今に見ていろ絶対君主。
坂柳有栖こそが本物の天才であると証明してやろう。
/5
「流石ですっ士郎くん! 見て下さい神室さん、あの綾小路くんと互角に、いや互角以上に渡り合ってます!」
「はいはい。いつものことでしょ」
坂柳が興奮した様子で神室の肩を揺らしていたが、軽く流されていた。出会ったばっかりの坂柳とは思えない姿だな。
あの時はまだ士郎に対して敵対的で、何かと勝負を挑んでいたが負ける度に目が死んでいるのを見た時は流石に心配したぞ。
最後ら辺は泣きながら勝負を挑んでいたからな。
「て、てめぇらいつも、こん、なことし、てんの、か? 正気じゃ、ねぇ」
龍園が途切れ途切れにそう零した。
その声音には恐れのようなものがある。失礼だな、オレたちをバケモノみたいに言うな。
オレ、士郎、龍園、アルベルトの4人は今、筋力トレーニングを行っていた。アルベルトも龍園もそれなりに身体能力に自信があったみたいだが、オレと士郎がやっているトレーニングを実際にやってみて、もうダウンしそうになっていた。
「嘆かわしいな龍園、もう音を上げたのか?」
士郎が余裕そうな表情でそう笑った。生徒会として職務を全うする時は厳格な態度をとってはいるが、士郎も高校生。こうしてプライベートな場面だとよく笑ったり、オレと共にふざけることもある。
因みにオレたちは今、逆立ちをして腕立てをしている。俗にいうところの逆立ち腕立て伏せだ。なかなか全身を効率よく鍛えることが出来るため、オレと士郎も重宝する筋トレである。
龍園は初めての試みである為、まずは逆立ちを維持し続ける。アルベルトはオレたち同様に逆立ち腕立て伏せを行っているが、オレと士郎は少し違う。オレたちは重りをつけた上でやっているのだ。
「このトレーニングはかなりキツいが、実に効率的なトレーニングだ。体重が重くなればなるほど、負荷がかかる。つまり筋肉をつけて重くなる分、更に負荷がかかるようになっている」
「―――Crazy」
「あの、アルベルトが、こう言ってんだ、よ。イカれ、てるぜ、テメェ、ら二人はよ」
アルベルトはもう腕がプルプルと震え、全身の汗が水溜まりを作っていた。
「―――時間です」
オレたちの傍でタイマーを持ったまま立っていたひよりがそう言うと、途端に龍園とアルベルトが崩れ落ちた。
龍園は立ち上がれない様子だが、少し余裕そうだ。アルベルトの方はもう過呼吸を起こしかねないくらい大きく呼吸をしていた。何だか可哀想だな。
「さて、何回だった?」
「士郎くんが312回、清隆くんが298回です。二人とも一か月前より十回も増えています。凄いですね」
「そ、そりゃ、毎日こんな頭おかしいとやってたら増えるだろう、が」
肩で息をしている龍園に伊吹がタオルを投げ捨てていた。仰向けの龍園の顔面に白いタオルが叩きつけられる。
「ぐっ、伊吹テメェ」
「日頃の行い」
因みにこの場には他にも石崎や佐藤がいる。石崎は二分前にぶっ倒れて起き上がれていない。流石に休憩無しでトレーニングをしたのは間違いだったな。オレと士郎のペース配分じゃ、他の3人にはキツかったようだ。
「す、凄いね綾小路くん! かっこよかったよ!」
「あぁ、ありがとう佐藤」
駆け寄ってきた佐藤からタオルを受け取る。
ふと横を見ると、士郎に坂柳が駆け寄っていた。甲斐甲斐しく汗をタオルで吹いているが、士郎は少し鬱陶しそうだった。
あ、神室に引き離された。
「清隆くん、お水です」
神室に抱えられて首根っこを掴まれた猫のようになった坂柳を横目に、ひよりがトコトコと水の入ったボトルを両手に抱いて駆け寄ってくる。
「助かる」
「いえ、私は見ていることしか出来ないので。友人として出来ることはこうして、補助的なことだけですから」
「いや、ひよりはよくやってくれていると思うぞ」
「そうでしょうか? 少しでも清隆くんと士郎くんの助けになっていれば、私としても嬉しいですね」
そう言って照れ臭そうに微笑むひよりを見て、オレも自然と口角を上げていた。
「むーずるいなぁ」
隣で佐藤が頬を膨らませて不満げにオレとひよりを見ていた。
「何がだ?」
「わ、私も名前で呼んで?」
「別に構わないが、麻耶の方こそいいのか?」
「ぁ、おっ、あ」
名前で呼ぶと麻耶は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
うーん、ダメだな。オレも随分と士郎に影響されているらしい。あの場所にいた頃は、こんなプレイボーイのようなセリフを言うことは無かっただろう。
「どうした? 真っ赤だぞ?」
「ず、ずるいよっ!」
ポコスカと麻耶に殴られながら、オレは笑っていた。
こうして、自然に笑うことが出来るようになれたのは、士郎のおかげだ。いや、士郎だけじゃないオレと関わってくれている友人たちのおかげだろう。
ホワイトルームでは教わることがない人との関係性。
友人と過ごす時間は、勝ち負けなんかどうでもよくしてくれた。あと、2年ほどの猶予しかオレには残されてはいないが、この学校に来て本当に良かったと思える。
こんな高校生活も悪くは無い。
「よし、そろそろいいだろう」
士郎がそう言いながらオレに手を伸ばした。
「そうだな」
その差し伸べられた手を取ると、オレは立ち上がる。オレと士郎は視線を合わせ、笑った。
「龍園、アルベルトいつまで寝ている。石崎をたたき起こしたらもうワンセットだ」
「―――バカかお前ら! 死ぬぞ! 見ろ、アルベルトが痙攣しだした!」
そんな龍園の悲痛な悲鳴がトレーニングルームに響いた。
・坂柳
即落ち二コマ。
・葛城
まぁ争い事は好きじゃないし、全員Aクラス計画には賛同した。
・神室真澄
実は一番最初に士郎に目をつけられ、口説き落とされた人。理由は単純に士郎の好みだった為。
・姫野ユキ
士郎を初期から支持している。どうやって口説き落とされたかは今後に。
・椎名ひより
本編と同じく士郎によって綾小路と引き合わされた。趣味も合うし、なかなか良好な関係を築いている。
・龍園翔
てめぇら正気じゃねぇ!
・伊吹澪
まぁ最初から龍園は気に入らなかったので、これはこれでよし。いつも龍園といる姿を目撃されることから、実は二人は付き合っているのではないかとまことしやかに囁かれている。
・石崎大地
龍園と伊吹が二人でショッピングモールを歩いていた姿を目撃して何とも言えない顔になった。(宇宙猫)
・山田アルベルト
綾小路と士郎の筋肉を尊敬している。
・綾小路清隆
士郎と友人たちのおかげで自然と笑うことさえ可能になった。本編よりも青春を堪能している。
・佐藤麻耶
原作同様に綾小路に惚れた。かわいい。
・三上士郎
綾小路青春応援委員会の会長。
リメイク版置いておきます。
https://syosetu.org/novel/324281/