異世界迷宮で縁壱を目指そう 作:異世界TS奨励委員会
陽滝の力により、私の身体は快調に至った。
やはり陽滝の使える力は血鬼術に近しい。陽滝に見えるというモヤにより、私の身体は強化された。私の今の体調は、問題なく運動ができるほどだった。
「やっぱり……その痣は消えないんだ……」
不審げに呟く陽滝だ。
相川陽滝は敗北を知らない人間だった。自らの持つ比類なき力で全てが叶う、げに恐ろしき強者であった。
ある日、私の病気を治すと言ってやって来た陽滝は、私になにか術のようなものを施した。
目に見えない細胞が、本来の細胞の負担を肩代わりする。陽滝は詳細を告げなかったが、おそらくは、そのような術だろう。
奇跡的な復調に、医者には原因を人体実験さながらに調べまわされそうになったが、そこは親の力だった。人体の神秘ということで済まされ、私は普通の生活を送れるように相なった。代わりと言えば、テレビの取材が来たことか……感動的な話に仕立て上げられ、奇病から回復した私の存在が、日ノ本中に知れ渡った。
陽滝は、私の身体を頑強にする以外にも、何か試しているようであった。今は私の痣が消えぬか、陽滝は陽滝だけに見えるモヤをいじり回している。
「白粉を塗れば目立たぬ……。痣はこのままでいい……」
「でもこの痣、広がってる……。なにか奇妙じゃない?」
その痣は、頬から首筋を伝い、うなじ、さらには頚椎のあたりまでその域を広げている。
理由は、陽滝の力で強くなった身体に、私がすぐ、
「仕方のないことだ……」
実感がある。
表面的には身体は快調を保っているが、ジワジワと呼吸に侵食され続けている。身体を強くすればするほどに、呼吸は力を増していっている。あぁ……だからこ
私が【十五で死ぬ】という命運は変わっていない。それが世界の理であるかのように、呼吸は着実に私の命を蝕んでいっている。
陽滝がそれに気がついているかはわからなかった。
陽滝により動けるようになって来てからだ。私たちは競い続けた。
剣術、柔術などの武道、水泳、陸上競技、さらには庭球や羽球といったあらゆる競技で私たちは戦った。
体の使い方は陽滝よりも、私の方が上だった。だが、陽滝は先を見る力がずば抜けているがゆえ、拮抗する。すんでのところで今は勝てているが、それは前世の四百年の経験という優位があるからこそ。
常に陽滝は成長を重ねている。それも一秒で常人の一年に匹敵するほどの成長であった。すぐに抜かれてしまうのではないかという恐ろしさがある。
囲碁や将棋といった、頭脳を使う遊びでは、私は何度も敗北を喫していた。
上の者として情けなかった……。
「これで痣は隠れるから、完成……」
「すまない……」
私の化粧をするのは専門の者ではなく、陽滝だった。陽滝はなぜか、陽滝以外の者が私に触れる事を、極度に嫌っているようだった。
むろん陽滝はその道の者よりも、化粧の腕前は上。誰も文句を言う者はいない。
自分のことは自分でと、私自身、化粧の
「それじゃあ、私が先だから、行ってくるね!」
「精進せよ……」
「うん」
そう言って、陽滝は私よりも先に行く。
今日は踊りを皆の前で見せる競技会だった。ゆえに、見栄え良く私たちは着飾らされている。
陽滝が舞台に行き、私は控え室で一人、鏡の前に立った。
「……侍の姿か? これが……」
鏡の前に写る自身は、豪華な服飾で身を固めた愛らしき幼女であった。
純黒のドレスに青を基調とした穏やかな装飾がなされている。その布地は、艶の加減、見栄えの良さから、高級な素材をふんだんに使われたものだろう。
陽滝は対照的に、白に赤。色が異なるのみの同じ型の衣装を着ていた。
今、私は化粧で痣を隠しているゆえ、陽滝と見分けのつかないほどに瓜二つだ。もし違いのない衣装ともなれば、双子の私たちを判別することは至極厄介であっただろう。
陽滝が踊りを終え、退場する。皆をわかせる素晴らしい技量を見せつけた陽滝だった。
入れ違いに、私が舞台に登場する。
私は剣を握り、剣にのみ生きる身。踊りについては門外漢。けれども競うともなれば、妥協をするのは無粋の極みだ。
「――――」
舞台に立ち、呼吸を深める。
踊りというのは、剣の型の鍛錬に似ている。ゆえに『透き通る世界』に入る。自身の筋肉を完全に制御する。臓物一つ、血管一つ、細胞一つの動きさえ、操れぬものはなかった。
音楽とともに踊る。
事前の稽古で、どう動くべきかは学んでいる。極限にまで感覚を研ぎ澄まし、動きにぶれも淀みもない。
呼吸も、血液の流れも、視線、瞬きの一つさえ、動きに合わせ、曲に合わせ。流れる汗も化粧を落とさぬように抑制する。
この邪魔をする者のいない舞台の上、決められた動作を再現するのみ。軽やかに足踏みをし、更には回転をする。軸はぶらさず、危うさは決して見せない。
拍子一つずれもしない。指先一つの動きをとってもなめらかに、正確無比。表情筋の一つ一つさえも思うがまま。振り付けを考えたのは高名な演出家だった。その望み通りに動いてみせる。
完璧な踊りであろう。観客に、審査の者たちが息を呑んで見つめていることがわかる。
加えて疲れる終盤に、腕、脚と、激しい動きを繰り返す。常人ならば疲労からの苦しみを見せるはずであるが、私にはそれはない。呼吸により体力は有り余っていた。
あぁ、この踊りは、まだ只人の動きの範疇にある。超人的な動きが可能な呼吸を使える私では、この程度、動いたうちに入りはしない。
完璧なままに終わってみせる。わずかなズレさえなかった。自身でも認められるほどに完全な演技だった。
終わると共に、舞台は万雷の拍手に包まれる。感動からか、涙を流している者もいたが、これは私の力ではなく振り付けを担当した者の力だろう。
今回の大会は、陽滝が二位、そして私の優勝だった。
***
「ふふ……お姉ちゃん……。お姉ちゃん」
相川陽滝は歪な存在だった。
私たちは、日ノ本の国の法に従い、初等教育を受けている。相川家の方針として、格式の高い小学校へと私たちは通っていた。
小学校というのは勉学に勤しむとともに、級友との交流の場であると、世間では認識されている。
しかし陽滝は、私以外の存在が眼中にない。話しかけられれば答える程度で、関係を築こうとはしなかった。
加えて、私と陽滝は、進級で組が変わろうと、同じ組。いくら席替えをしようと隣。
陽滝が何かをしているのであろうことはわかる。だが席替えのたびに当然のように私の隣に座る陽滝は……気味が悪かった。
こうして懐かれるのは本当に不気味だった。
私は陽滝に負けたことも勝ったこともある。陽滝は負けた後に、いつも私に甘えるように抱きついてきていた。
「…………」
「勝ち負けだけが重要じゃない。
そんな陽滝の言葉を、私は理解できなかった。
私が望まれていたのは勝つことのみ。なんの分野も決して……ましてや下の兄弟などに負けては……上の者として……。
前世の記憶に慚愧の念と嫉妬の感情が込み上がるが、表情の筋肉を制御し、表に出すことはしない。
縁壱が特別だったように陽滝も……。
陽滝だけのモヤ……おそらくは血鬼術の鍵になっていたもの……私にも扱えるのではないかといくらか試してみたが、実を結ぶ様子がなかった。
鬼だった前世の頃の経験があれど、やはり人の身では困難なのだろう。
だが、陽滝も同じ人間。
同じ人ならば、必ずや届くはずだ。そう言い聞かせ、初めて陽滝からモヤの存在を知らされた日から、私は諦めずにそのモヤを認識しようと試行錯誤を続けていた。
それはある日のことだった。
私たちの争いにおいて、陽滝は一切の手を抜くことがない。自らの技量を高めることに余念はない。
その日は、自らの力の有効的な活用法を模索するために、陽滝は自分の部屋一面にいくつもの本を並べ、読んでいた。
医学、であったと思う。それが役に立つと、陽滝は重点的に医学の本を、最新の論文も含め、その頭に叩き込んでいた。
そして、それは起こる。
「――はぁっ、はぁ……っ」
珍しく顔を歪める陽滝だった。
隣の部屋で、今よりも身体の制御を極めるべく、『透き通る世界』に入り、瞑想をしていた私だからこそ、それはわかる。
ただならぬ陽滝の様子だった。
「陽滝……! 何事だ!!」
部屋に押し入り、苦しげに息を整える陽滝のもとに歩み寄る。
やはり陽滝の姉として、その辛そうな陽滝の姿を見過ごすわけにはいかなかった。
「お、お姉ちゃん……!? どうして……?」
私が部屋に入って、陽滝が浮かべたのは疑問だった。
なぜ、ここにやって来たのかと、私に問いただした。
「私が、お前の姉ゆえだ。助けて欲しいと思ったら言え。すぐに姉さんが助けにいく。だから何も心配いらない」
「あ、あぁ……」
陽滝は、一人で全てをこなせる。私の知る限りでは、他人に助けを求めたことが、今まで一度たりともない。
その特殊すぎる才能に力。一人でなにもかもを果たすには十分すぎるものだったのだ。
「陽滝……なにがあった……?」
「……うぅ……う……っ」
陽滝は泣いていた。陽滝の涙は生まれてから、初めてみたやもしれない。
頭を撫で、あやし、ゆっくりと急かさずに事情を聞く。
「うぅ……。ふふ……っ……お姉ちゃん……。私には……お姉ちゃんがいた……! あぁ……」
「……!?」
ゾクリと、背筋が冷えた。
似たような感覚を、私は知っている。前世の記憶……確かあれは、初めて鬼舞辻……かつての主に会ったときのように……。
「ふふ……っ、お姉ちゃん……お姉ちゃん」
「……な……!? なにを……」
陽滝が抱きつく。油断していた。
間違いなく私に抱きつきながら、陽滝はなにかをしている。だが、それは私には感じ取れないものだった。陽滝にだけ感じ取れるなにか……。
――結果として現れたのは、息の乱れ。
「はっ……はっ……ひぃっ……」
肺が……『呼吸』が暴走していた。
陽滝のおこなったこと、それは私の肺の強化だろうか。陽滝は、陽滝だけのモヤを使い、私の身体を強化しているようだった。
「ふふ、お姉ちゃん……。私はこのモヤで神経を複製してみたんだ? この『目に見えない神経』を増やせばモヤの『吸収』に『変換』が早くなるんだけど、このモヤを身体に溜めすぎると、こんなふうに身体の形がおかしくなる」
陽滝の掲げた腕を見る。
本来あるべき皮膚が、禍々しい鈍色の鱗へと変貌していた。鬼舞辻無惨の起こす鬼化のような現象が、陽滝の体には起こっている。
「だから、こうになる前に、モヤを『変換』しなくちゃならないんだけど、『吸収』に比べて『変換』の速度が遅い。ううん、『吸収』の効率が良すぎた。足りない『変換』を補うためには、また『目に見えない神経』を増やさなきゃならない。でも『目に見えない神経』を増やすと『吸収』の量も制御できずに増えるから、増えたぶん『変換』のため
すっと、陽滝の体にできた鱗がなくなる。
おそらく本来の体の形を保つために、陽滝は自分の中に溜まったその陽滝だけのモヤを『目に見えない神経』の複製に使ったのだろう。
終わらない繰り返しを、陽滝は続けなくてはならない。
「……うぐ……っ」
「あぁ……私のこの体質……『生まれ持った病』だと思ったけど……違った……。だって
見抜かれている。
陽滝の力で『目に見えない細胞』を使い身体を強くすれば、それに伴い『呼吸』が強まる。強まった『呼吸』の影響から逃れるためには『目に見えない細胞』で身体を強くし続けるしかない。
「は……はぁ……」
陽滝の行なった私の強化により、制御できない私の『呼吸』が暴走し続ける。
それは、目に見える形で、痣の広がりをもって、現れる。頬からうなじ、背中まで広がっていた痣は腕にまで届くほどだった。
「ふふ……大好きだよ、お姉ちゃん。私だけのお姉ちゃん……。あぁ……私たちは同じだった……。ずっと二人で、一緒にいようね……」
「……く……ぅ」
広がる痣と強まる呼吸。そして、間近にいる陽滝という存在の密度を感じ取り、『透き通る世界』が次の段階へと進んだ。
あぁ、陽滝の言う『目に見えない神経』が認識できる。恐ろしい密度で陽滝の中を張り巡らされた神経の数々が『透き通る世界』に映り込んだ。
「ずっと、一緒……――っ!?」
なにかが、何もない空間から引き出され、流れ、陽滝のもとに向かっていくとわかった。
これが、陽滝の言うモヤなのだろうか。だが、その大量に動くモヤに、陽滝は戸惑い、身構えていた。
「えっ?」
そして、そのモヤは、なんの前触れもなく『輝き』へと変わっていく。その『輝き』は、抱き合った私たちを包み込んでいく。だが、ただの『輝き』ではなかった。
熱い……。全てを燃やし尽くすような熱さが私たちを包み込んだ。
不意に現れたその『輝き』が原因だとは理解できる。耐えられないほどではないが、脳に直接響くように熱い。
あぁ、この光はまるで……。
「『太陽』?」
こぼした言葉だった。
私と陽滝、どちらが言ったかはわからない。ただその『輝き』が、『太陽』の光と言うべきものなのは確かだった。
「これは……私が『ずっと二人で一緒に』って願ったから……?」
その現象が起こった理由を陽滝は読み解こうとしている。
私にはわからないことだった。そのモヤについて、陽滝はあらゆる文献を探り、似たような事象の記録を調べていたことを知っている。だからこそ陽滝が、この現象を理解する、最も近い場所にいるのであろう。
「……これは『心中』? そのための力……?」
日の光は、自らごと愛する者を焼き尽くす。陽滝の出した結論はそれだった。
そして陽滝は、熱に浮かされたように笑う。
「あははっ……! ……お姉ちゃん……。この力があれば、きっと私たちは一緒になれる……。まずは色々試さないと……」
陽滝には、私には見えないものが見えている。確か、神経を増やしたと言ったか。脳というのは神経の細胞の集まりでもある。神経を増やしたのならば、その思考を強化することも可能。陽滝ならば、未来を予測できるほどの域に……。
「あぁ……ちょうどいい人がいた……」
私が押し入った部屋だ。
入り口が開け放たれたままだった。外が見える。ふらふらと、幽鬼のように、廊下を歩く人物がいる。
――相川渦波。
一度たりとも勝てず、妹たちと争うことに疲れ、諦め、部屋に閉じこもってしまった兄だった。学校に通う以外、必要以上に部屋を出歩かないが、なにか外に、やむに止まれぬ用事があったのだろう。
陽滝が初めて、兄を認識した瞬間だった。
妹様の属性は原作と違います。
原作では「止まって」と願ったから『氷』の魔法。今回だと「ずっと一緒に」と願ったから『太陽』の魔法。代償は『心中』。
世界「頼むから死んでくれ。お前のような者は生まれてさえこないでくれ。お前が存在していると世界の理が狂うのだ」⊃『心中』