「二人、お似合いだよなぁ」
そう言いつつ、退こうとはしない。出来ない。
そんな心は解れて絡まって。
負けず嫌いの、その先に。

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18話の後から19話までの話だと思ってください。
本編では「ごめん、蝶野さん。バスケのためだから」となった辺りです。
相変わらず低カロリーな出来になっております、スナック感覚でどうぞ。


アオのハコ#18.5 宵闇を抜けて

 おやすみなさいは言ったけど。部屋に戻る気がしない。階段に腰かけたまま、大喜くんの笑顔を思い出す。蝶野さんと同じ、掛け値なしの笑顔。似た者同士というか、通じあっている事が一目で分かる。

「ふむ。二人、お似合いだよなぁ」

 少なくとも、蝶野さんは――大喜くんを、想っている。それは間違いないだろう。大喜くんがどうなのかは分からないけど、もし蝶野さんが一歩踏み込もうとすれば、…………大喜くんは優しいから…………きっと受け入れる。あの二人は何だかんだで、幸せな関係になるだろう。周りにも祝福される、同い年のベストカップル。

 ……でもなぁ、でもなぁ……。そうなると、私は完全に邪魔者だ。異性の同居人、ってどっちにとっても邪魔でしかない。蝶野さんにしたら大喜くんを取られると思うだろうし、大喜くんは大喜くんで色々…まあオトコノコだから色々…考えちゃうかもしれないし。蝶野さんも大喜くんも、凄く良い子だ。二人が笑顔でいてくれるのは、私にとっても嬉しいことなん…だ。私がいなくなったら、二人は何の問題もなく結ばれるんだろうし。だったら私は、猪又家から…………うーん。

「違う……な」

 それは、違う。私はここにいたい。大喜くんが蝶野さんを好きなんじゃないか、って思ったあの時は、出ていくことも考えられた。……家賃とか保証人とか考えると、現実味は薄かったけれども。バスケの為にもちゃんとした環境に身をおかないといけないし、冷静に考えればここを出るのは選択肢として成立しない。それに――

「大喜くん、が……なぁ」

 私が日本に残ったのは、残れたのは、大喜くんが思い出させてくれたから。あの日の悔しさを、あの日の挫折を、あの日の誓いを。彼がいたから、踏み留まれた。そして、前に進む事が出来た。だからこそ、一緒にいたいと思う。いなければならないと思う。弱くて脆い私を、支えて欲しい。つまり私は、私も――好きなんだろうな。

 …それは、蝶野さんを裏切ることに他ならない。知らなかったならまだしも、私は既に気付いてしまっている。例え大喜くんの想いが蝶野さんに向いていたとしても、今私が割って入れば二人の関係は破綻するだろう。蝶野さんの笑顔を曇らせるなんて……嫌だ。大喜くんにだって笑っていて欲しい。私にとって弟妹みたいな二人を、不幸にしたくない。

 でも、そんなのはあまりにも都合がよすぎる。私が身を引けば、なんてやはり納得いかない。どうせいつだって、全部残さずとることなんて出来ない。だったら、せめて自分が後悔しない道を選びたいと思う。

 

 ベッドに横たわって天上を見上げながら、ふと隣室の気配へと意識を向けてみる。僅かな物音は、寝返りか何かだろうか。それとも大喜くん、……ナニかしてるんだろうか。……オトコノコだもん、話に聞く限りじゃ結構な頻度でスる物らしいしなぁ……。まぁ兄弟がいるわけでもそういう仲の人がいるわけでもないから、実際どうかは知らないけど。でもこっちの気配も伝わっていたりするのかな、私が起きているのも…もしかしたら気づいているだろうか。

 ――もし今、向こうへ行ったら。……………………もし、一線を踏み越えたなら。大喜くんを、私だけのものに出来るかもしれない。御膳立てはできているようなものだ。優しい大喜くんは私を受け入れるだろう、責任だって取ろうとするだろう。居候からお嫁さんにスライドってわけだ。やろうと思えば、すぐにでも。立ち上がって扉を開け隣へ行き、そして――後は勢いに任せれば良い。そうすれば、そう、すれば、そう…してしまえば…

「――なに、考えてるんだろうな…私は…」

 力尽くにも程がある。そんな事して、どうするんだ。下手をすればそれこそ、この家にはいられなくなる。と言うより確実にいられなくなり、猪又家そのものが崩壊しかねない。それに蝶野さんを最悪な形で裏切ることになる。蝶野さんの気持ちを踏みにじって、悲嘆にくれさせて。何もかも引っ掻き回して。それで私は、何を満足するんだろうか。一方的な我儘でなにもかもメチャクチャにしてしまうのか。

「はは……笑える。また、台無しにしちゃう気なのかな」

 ここにいる事自体、家族の形を台無しにしての事だ。我儘を行って離れた私には、帰る場所もない。既に鹿野家は建物だけ残して空っぽ、そう遠くない未来には人手に渡る。卒業して、それで向こうに行けるかも分からない。家族が私を再び迎えてくれる保証なんて、ない。それでも我儘を通してここにいるのに、また我儘で潰すのか。

 結局私は、なにもかも我儘なだけだ。何が後悔しない道だ。自分の家族を我儘で振り回して、居候先でもまた我儘に暴れて…か。私は、本当に情けない先輩だ。ここまで情けないと、泣くに泣けない。いっそ本当に、出ていってしまおうか。それもまた、我儘か。癇癪に任せて暴れようなんて、止めて貰うのを期待するなんて、本当に心底情けない。

「あぁ……もう」

 夜の帳の中で、虚しさを噛み締めながら息を吐く。心はグチャグチャで、眠る気も起きなくて。自己嫌悪の闇に堕ちながら、時間だけが過ぎていく。私は、どうするべきなのか。我儘を通しきるのも押し殺すのも、どちらも選ぶことが出来ない。

 いや、私だけが選んでも仕方ない。私一人の話じゃない。となると、どうしたものか。私の思いと二人の思いと、どっちも大切だ。全部残さず取れないなら、なら、――。

 

 

 どんなに悩んでも、それでも朝は来る。寝不足でいつもより頭は鈍り、身体のコンディションも悪い。とは言え――それを隠しきってこその私だ。後輩の前で、格好悪い所は見せられない。私は、私なんだから。負けるのが嫌で、折れるのが嫌で。だからこそ、いっそ。

「大喜くん、ちょっといいかな」

 朝練の合間に大喜くんを捕まえ、対峙する。普段は同居がバレないように距離を置いてるけど、今日は特別だ。……ちょっと離れて様子を伺っている蝶野さんにも手招きして呼び寄せて。そうじゃないとフェアじゃない。と言うか二人だけで話すなら家で良いんだから。

「えーと、二人とも。ちょっと聞いて欲しいんだけどね」

 さぁ、言おう。正々堂々と。全力で。真っ向から。

 ――宣戦布告だ。

 




鹿野家がどうなっているかは、これ書いてる時点では原作で語られてません。オリジナル設定です。
あと扇町さんは和やかな家庭というものに縁がない人生を送ってきたので、どうも家庭内の不和を前提にする癖があります。
色々ごめんなさい。でも私が悪いんじゃないし。


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