──この世界には、神様がいる。
そう言ったマヤノトップガンの表情は、嘘一切の偽りは無く。
本当に実際に見てきたような口ぶりで、その言葉を紡いだ。
ただ。彼女の過去の話を聞いていると、それが本当のことであるのは俺だって「分かってしまう」のは当然のことと言えるだろう。
「マヤが色々とこの世界について知った原因……だよな?」
「うん、そうだね。神様なんて言ったけど……そう名乗ったわけじゃないし、本当にそうかは分かんないけど」
「じゃあ、なんでそう思ったんだ?」
「直感……って言えたらよかったんだけど、分からされただけ。高潔な神聖さと悪魔のような純粋さに、直接目を焼かれたんだよ」
彼女の昔の話と照らし合わせると、恐らくその神様に会ったというのは入学式のころ。
丁度今日と同じ日で……テイオーたちが入学した二年前と言った所だろうか。
そしてその時期の彼女の話を聞いていると、とあることを思い出してしまう。
俺が頻繁に見た──真っ白な場所の夢を。
「生きてるかさえ、判断を下すには余りにも情報が足りな過ぎたほど一瞬しか見てないけどね」
「……俺も、見たことがあるかもしれない。真っ白な場所にぽつんと立っているウマ娘が、夢の中で俺に話しかけてきたことがあった」
「スターちゃん、そこまで見えてたんだ……。多分、マヤが見てたのと同じだと思うけど……」
「なんかそのウマ娘が俺に対して、星をその目に映せ……ってずっと言ってきてたな」
「それは……間違いなく、三神様はスターちゃんを通して世界を──いや、テイオーちゃんの話を覗きたいっていう意志の表れだと思う」
「テイオーの話……?」
マヤの口からテイオーという言葉が飛び出してきた瞬間、俺の耳がぴくりと反応してしまう。
世界を覗きたいと言っていたのに、まさかの特定個人の指定。
そしてそれがテイオーの話となれば、考え深くなるのも仕方ない事だろう。
「まず前提として……三女神様はこっちの世界に来れないから、誰かを通してじゃないと世界を見れないの。そのせいで、マヤたちみたいな観測者が必要になってくる」
「常に監視……というか、視界ジャックされてるのか? 世界を見るためだけに?」
「物語を多角的に見るためだと思うけど、複数のウマ娘から覗いてるよ。しかも本人には、無許可だし。そしてテイオーちゃんの話に戻るんだけど、ここでスターちゃんが特別な存在であることに関わって来るんだけど……」
そう言われて最初に思ったのは「何故」という疑問。
俺の体が他のヒトより多少なりとも優れて特別な存在で有ったとしても、これがテイオーと関わってくるなんて想像が付かなかった。
共通点がないように見える物事の一体どこが、この世界において繋がっているのだろうか。
そう思って待った彼女が一息に吐ききった言葉は、俺の存在すら揺るがすには十分すぎるほど重い告白だった。
「三女神様の目的はね。テイオーちゃんが『菊花賞』に勝つまでの物語を、自分が見たいからという理由でどんな手段を使っても見ること」
ぞくりとした、冷たい本能的な寒さが背筋を伝う。
転生してから記憶にある限り、一度も体感したことのない線を通されるような感覚を。
目の前に立っている彼女は、俺に指をさしてくるりと空中に『星』と『望遠鏡』を描いた。
「そしてそれを実現するために、三女神様はアナタを──スターちゃんを特別性に作った」
~~~~~~~~
洪水のように溢れてくるような情報量に頭が混乱してしまいそうな中で、俺の心は意外にも冷静だった。
あまりに現実味が無さ過ぎて、しっかりとした思考が回らなくなってしまったのだろうか。
ただそんな状態でも薄っすらと俺の表面に浮かんでくるのは、言語化できない感情。
これが何なのか結論づけるまで、俺は彼女の話を一つ一つ聞かないといけない。そんな気がした。
「……話を整理しようか。まず、三女神様の目的から詳しく聞いてもいいか?」
「……分かった。三女神様の目的は、この世界を覗く事なのはさっき話したよね」
「だけど分からないことがある。なんで『トウカイテイオー』なんだ?」
これがまず最初に疑問に思ったこと。三女神様がこちらの世界を見れないから、中継地点を作るのはまだ理解できる。
ただ、何故ここでテイオーが名指しなのか。
そうマヤに訊ねて帰ってきた答えは、また想像につかないものだった。
「スターちゃんが知ってるように、前世──ウマ娘がいなくて競馬があった世界ってあるじゃん?」
「……競馬ってことがあるのは、覚えてるな。どういうものなのかも、この世界と同じレースがあるのはなんとなく分かる」
「なら、競馬の説明は省略しても大丈夫かな。……トウカイテイオー号はね、競馬ある世界では菊花賞を取れなかったんだよね」
「テイオーは、負けたのか……?」
「それよりもっと酷いよ。トウカイテイオー号はダービーで骨を折って、菊花賞を棄権した歴史があるの」
「……っつ!」
ぴくりと思い出すかのように、尻尾が揺れる。
ダービーと聞いて思い出したのは、テイオーの左足への力のかけ方。
あの時はすぐに病院に行って捻挫というまだ軽傷で済んでいたが……まさか、俺が走り方を矯正していなければ。
「ご明察。テイオーちゃん、多分骨折れてたよ」
「そこは、俺がテイオーの走りに気付いて直したのが正解で、本当に安心出来る──まさか」
「本当に情報が揃ったら、察しがいいね。多分考えてることは正解だよ」
夕方に近づいて薄暗くなってきたこの部屋の中で、彼女と視線を交わす。
そして、その言葉を吐いたのは全く同じタイミングだった。
「「三女神様は、テイオーが菊花賞を勝つ歴史の物語を見たかった」」
──よくできました。
あぁ。これでなんとなく理解できたことが沢山ある。
きっと三女神様は、俺の知らない「トウカイテイオー」の歴史を知っていて。
その中でテイオーが菊花賞を取れなかったから、ウマ娘の世界で好きな物語を見るために色々と動いているということ。
そして、俺がそのテイオーを見るために「特別扱い」受けているのは。
「あぁ……そうか。星を映せって、そういうことだったんだな」
やっと分かった。この口に出す言葉を持て余していた状態。俺は、怒っているのか。
俺の意志と想いが繋がっていたテイオーとの出会いを、こんなことで片付けられたくないという怒り。
この物語は、俺とテイオーだけが知っておきたいという独占心。
今まで全く感じた事のない想いの行き場を失って視線を揺らしていると、マヤが首を横に振って優しく話しかけてきた。
「だけど、魂は確かにアナタ自身だけのモノのだよ」
「え……?」
「だって三女神様が本当にテイオーちゃんを見たいだけなら、自意識なんて作るなんて余計な事しなくていい。ただ動かせる都合のいい操り人形にすればいいのに、それをしなかった」
「確かに……そうか。なんでだ……?」
言われてみれば、確かに納得しかない。
三女神様がテイオーの物語を見たいだけなら、世界を映すカメラに自我なんて必要ない。
そもそもそんなことしたら、俺とテイオーが出会わない可能性だってすらある。
事実として昔の俺は部屋に引きこもっており、テイオーとの始めての出会いは偶然だったはず。
そんな奇跡の巡り合いだから、俺たちはこの出会いを運命だと確信しているわけで。
ただ仮に三女神様が好き勝手に運命を操作できたら、この想いすらも仕込まれていたとなってしまうが……。
「流石に無いと思うよ。そんなこと出来たら、三女神様が夢の中で別にスターちゃんに絡みに行く必要ないじゃん」
「逆に、必死に俺をテイオーに合わせようとまでしてたな……。まるで、合わないと困るなんて言うかのように。そうなると、俺はどちらかというと三女神様からしたら想定外だった……のか?」
「間違いなく考えてなかっただろうね。三女神様からしたら、自分で好き勝手操作できるアバターが欲しかったはず。でも、そうはならなかったんだから」
トウカイテイオーの物語を間近で見たいなら、ゲームをやるみたいにキャラクターを操作した方が絶対にいい。
誰かを通してしか世界を見れないのにわざわざそこまでして物語を見るなんて、相当な熱量が無いとしないはず。
そしてこれは勘なのだが……神様という「物語を作る側」が「物語を見る側」に回るなんて考えられなかった。
見るだけじゃなくて、その「トウカイテイオーの物語」を作り上げるために操作する肉体が欲しくなるのは当然というべきか。
「それはきっと正しいよ。現にスターちゃんは三女神様から特別性にカスタムされてるからね」
「もしかして、これって俺が特別性って言ってたことに関係するのか?」
「そうだね。これこそがわざわざ三女神様が介入したかったって、なによりの証拠なんじゃないかな。だって操作するなら性能いい方が都合いいでしょ?」
そう言われて自分のことを思い出すように唸っていると、彼女がいくつか俺の体について教えてくれた。
「まずはその目!」
これはカメラでいうところのレンズの役割を果たしており、現実世界を映せるように微細な動きや詳細な所まで見えるとのこと。確かに言われてみたら、俺は何かを見落としたという覚えはない。
「そして、頭!」
他人より、明らかに記憶力がいいこと。言わずもがな、物語を正確に記録しておくため。自分の目と組み合わせると、一度見たものを真似できたりするのはこれの応用だ。
「あと体も!」
更に、他人よりも回復力が高いことまで。行動不能になるのを避けるため、病気には掛からずけがはすぐに治るらしい。俺が多少無理しても寝れば治ってしまうのは、これが原因だったのか。
「細かいところまで見ると、まだあるけど……次が最後のお話」
そんな感じで大体は触れたマヤがトンと手の平で叩いた場所は、自らの心臓の部分。
そこは、ウマ娘である俺が「持っていない」箇所に関係するものだった。
「前言ってたオーバードライブについて、答え合わせしよっか」
~~~~~~~~
オーバードライブ。
それは現状俺とテイオーの間で確認されていた「領域」とは違った、一見の非現実的な現象。
どちらもレース中に走っているウマ娘の限界を引き出す能力なのは変わりないが、違うのはその仕組み。
領域は一般的にはゾーンと呼ばれており、超集中状態のことを指す。これは別にウマ娘だけに起こる特別な現象ではなく、科学的にも証明されている現象だ。
一方「オーバードライブ」に関しては、全く情報が無く非科学的な面が多い。
誰にも観測が出来ないのに加えて、俺がテイオーの中にいるような感覚になっているのも説明が付かない。
更に決め手となるのが、オーバードライブ発動中の俺は、まるで「魂」が抜けたみたいに行動が出来なくなってしまうこと。
それらの理由があるため、オーバードライブに関しては「レース中に発動できる領域に近しいモノ」だという事と。
「マヤがあの時言ってた、ウマソウルが関係してるってことくらいだな。俺が知っているのは」
「……なんか、これに関しては逆に知らない方が多くてほっとした気がする。いや当たり前のはずなんだけどね?」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「探偵さん?」
そんなどこかで聞いたような軽口を叩きながら、最初よりもはるかに楽な気持ちでマヤと会話する。
最初こそ幾分か切羽詰まっていた会話だったような気もするが……これも彼女が色々と気を使ってくれているからだろう。
さらりと世界の重要なことを話しているはずなのに、重い事だと思わせないような話し方が上手い。
なんだか、俺にトレーナーがいたらこうだったのだろうかと。思ってしまうくらいに。
「さてさて『オーバードライブ』がどう『ウマソウル』に絡んでるか説明するには……まず、ウマソウルの性質に目を向けなきゃいけないね」
「性質?」
「普段だとあまり気にならないことなんだけど……ウマソウルは、人々からの想いを受け取って背負うっていう本質があるんだよね」
彼女にそう説明されて最初にピンと来たのは、ウマ娘のレースそのもの。
人気という概念やウイニングライブという、深くは考えなかったが違和感を感じていたモノに対して絡んでくるような感じがする。
その感覚は間違っていなかったみたいで、マヤは頷きながら続きについて話してくれた。
「例えば大きなG1レース。大勢のファンの期待や応援が、ウマソウルに影響していく。それは本当に1㎜くらいの微々たるものかもしれないけど、確かに走ってるウマ娘の背中を押してくれているの」
「なんかよくウマ娘って限界を超えた力を出せるって言うよな。これが関係しているのか?」
「間違いないだろうね。ウイニングライブも、ウマソウルにファンの想いを乗せる儀式なのかも」
儀式とはちょっと固い表現なのかもしれないが、確かに言われてみたらなんとなく腑に落ちる部分もある。
あれだけの声援を受けるコンテンツなど、この世界でトゥインクルシリーズくらいだろう。
それが三女神やウマソウルなどが絡んでるとなれば、まぁ当然といえば当然か。
「それで、オーバードライブの話に戻るんだけど……この力の仕組みは割とシンプル。ウマソウルが誰かの想いを受け取ること」
思った以上にシンプルな回答をさせてしまい、ここまで悩んでいた俺の力が抜けてしまっていくのを感じてしまった。
もっと複雑な仕組みだと思い込んでいたので、その落差に驚いたというか。
「でもさっきも言った通り、人々の想いは微々たるもの。それが『現象』として観測されたのは、この世界でも一つだけだった」
「……それって、もしかして」
「それが有マ記念、オグリキャップの引退レース。あれだけは本当に想いの集まり方が、凄かったから」
オグリキャップ。
トゥインクルシリーズの歴史を振り返っても、あれほど特異点と言えるスターはいないだろう。
彼女の引退レースは、当時はもうとんでもない勢いを見せたと聞いている。
何せ「神はいる」とまで言わせたまでのレースだ。
そしてタマモクロスさんが言っていた「みんなと一緒に走ってる気持ちになっていた」とう証言まで合わせると……確かにつじつまが合う。
だが、そうなると。
「俺とテイオーはオーバードライブではなくないか?」
「おっと、しっかり気付いてくれたね」
「人から受け取る微々たる想いが蓄積して、ウマ娘から更なる力を引き出すのがオーバードライブなら……二人で完結してるのはおかしいように見えるな。それに、俺から魂抜けるのもよく分からない」
今言ったように、それだけでは未だに説明の付かないことが多数出てくる。
もし俺たちに起こっている現象がオーバードライブだったら、これも例外にもなりそうだが。
例外にしては、なんだか外れすぎてる気もする。
「これは今まで説明したお話の総決算だね。かなり特殊な事情だから、難しいんだけども」
「なんか応用って感じがするな」
「整理して説明していくから、分からなかったら手を上げてね。まず二人の間に起こってるのはオーバードライブで間違いないよ。だた、スターちゃんの体が特殊すぎるの」
ここで俺の体が絡んでくるのは、もはや予定調和といった所か。
魂の話をしているとなると……関係してくるのは、俺にウマソウルが存在していない部分だろうか。
「まずテイオーちゃんのウマソウルに対して、スターちゃんの想いが入るの。その一瞬、想いを渡す為に魂と魂が繋がるための経路が作られる」
「普通ならここで終わりなんだけど……スターちゃんにはウマソウルを置く場所が空っぽだから、変なバグが発生しちゃう」
「本来なら存在しないいけない場所に、ウマソウルが無い。そうなると、テイオーちゃんのウマソウルが経路を通じて、その隙間を埋めようとするために移動しそうになる」
「だけど、本来世界の法則として正しいのはテイオーちゃんの方。その結果本来想いだけを渡す通路が、元に戻ろうとする関係でスターちゃんの魂を引っ張っちゃう。そして……テイオーちゃんと混ざり合っちゃうって感じかな」
「そして本当はちょっとしか渡されない想いなのに、スターちゃんがテイオーちゃんの魂の中で直接渡してるからオーバードライブが発生出来る条件を満たしてる....…っていうのが答えだね!」
なるほど。
本当に簡略的に言うと、俺の魂がテイオーに引っ張り出されてついて行ったということか。
まるで、引きこもりだった俺が彼女のおかげで外に出れたかのように。
「自力で100から120の力を出せるようにするのが領域。100しか入らない上限がとっぱわれて、幾らでも人々の想いを力に変えられるようになるのがオーバードライブだよ。いわゆる青天井って奴だね」
「発動条件とかも教えて貰えたりするか? 練習中に試したんだけど、どうにも出来なくてな……」
「本番レース中に、お互いの魂が接続する瞬間だよ。さっきウイニングライブが儀式って言ったけど、レースも想いを集めやすい一つの舞台なのかもね」
聞けば聞くほど世界は思った以上に上手く作られていて、それ故に俺の異常さが際立って来る。
この世界に存在しなかったはずの異物なのだから、それも当然と言えばそれまでだが……。
ある意味ここに立っているのは、三女神様が動いてくれたおかげとも言えるかもしれない。
その点では、俺は神様に感謝しないとな。
「さて……一旦これで一通り終わったかな。じゃあおまけに、質問コーナーしよっか!先生に質問ある人―!」
「じゃあ……俺からいいか?」
「どうぞどうぞ!」
疑問が一つ解消されると、また一つ疑問が湧いてくる。
ただ分からない所は、今のうちに聞いておいた方がいい。
だって、一つ出来た目標が──三女神に『お礼参りする』ことなのだから。
きっとそれは、二つの意味で。
「はてさて……そこの君も、質問するなら今のうちかもね?」
☆小話
ここでは語られなかったが、姉妹であるスターちゃんとカフェには「逆」の要素が多数ある。
・スターちゃんの髪の色とカフェの髪の色
・スターちゃんの尻尾の先の色が黒な事とカフェのアホ毛が白い事
・スターちゃんの現実を捉える瞳とカフェの現実意外を捉える瞳
・スターちゃんの誕生日9/20に6か月と15日を足すと、カフェの誕生日の3/10になる事。
三女神様が本当に作ろうとしていたウマ娘は、果たしてどんなスペックだったのでしょうか。
スターゲイザーが「星の観測者」というのから察していた人も多いかと思いますが、これらは全て最初から決まっていた設定です。
作者の自己満と言ったらそれまでですが、なかなか綺麗に話を作れていたのではないのでしょうか。
因みに前回のタイトルの読み方は「とい」で今回は「かい」です。
次は「質問解答」と「桜花爛漫」でお送りいたします。
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