ウマ娘の頭悪いサイド   作:パクパクですわ!

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パクパクですわ!

おれはトレーナーだ。名前はまだない。

 

「ありますわよ。何を言っているのかしら」

 

ない。

 

「……。夏目漱石でしょう? 急に影響されたのかしら……」

 

そうだ。おれはトレーナーだが、頭がいいので文学にも目覚めたのだ。かしこい。

 

「もう。バカ言ってないでトレーニングを始めますわよ、それにかしこい人は自分で自分のことをかしこいなどとは言わないのです。わたくしのように」

 

……なんてことだ、そうだったのか。マックイーンはかしこいな。

 

「ふふ、当然ですわ。メジロ家足るもの、速くてかしこいのは当然ですもの」

 

おれは読みかけのぼっちゃんに栞を挟んで立ち上がった。正直そろそろ頭が痛くなってきたので、マックイーンが来てくれて助かった。このままだとおれの頭は爆発していたかもしれなかった。

 

さて、やるか──そうだ、せっかくだしおれも体を動かすぞ! 勝負だマックイーン、トレーナーは強いのだ。

 

「あら。理解(わか)らせをご希望であれば、最初からそのように仰って下さればよかったですのに」

 

くくく。おれには秘策があるのだ──おれが勝ったら、おれの機嫌が良くなってスイーツ食べ放題券をあげるかもしれないな?

 

「……ッ! ひ、卑怯ですわ! クズですわ! 最低ですわ! このわたくしを、メジロの誇りを侮辱していますわ! 物で釣ろうなんて、やっぱりトレーナーさんは最低最悪の人ですわ!」

 

ははは。しっぽの動きで丸わかりだぜ、物に釣られるバカはどっちかな。

 

がちゃ。ドアが開いてナイスネイチャが入ってきた。放課後なので来たのだ。

 

「バカ言ってないでやるよー」

 

誰がバカか。おれはかしこいトレーナーなんだぞ。すごく偉いんだぞ。

 

「はいはい。チョコあげるからちゃんとやりなさい」

 

わーいチョコだー。

 

「ほら、マックイーンにもあげる。新発売のイチゴ味、結構美味しいのよ」

「いいんですの!? やりましたわ、これで気分爆上げですわ! 優勝ですわ!」

「はいはい優勝優勝。さ、今日も張り切っていくわよ!」

 

気分ぶち上がりだ。これはもうやるしかない……。

 

「……チョロいねー。こんなのばっかりで本当に大丈夫なのかしらね」

 

おい、おれは天才なんだが。

 

「はいはい天才天才。すごいねー」

 

むふふ。もっと褒めてくれ。

 

「ちょっとネイチャさん、わたくしの方がすごいですわ!」

「うんうん最強最強。いつも頑張ってて偉いねー、かしこいよーマックイーン。さすがメジロの天皇賞ウマ娘ね、憧れちゃうねー。可愛くてかっこよくてかしこい!」

「かしこいですわ! どすこいですわー!」

 

マックイーンのやる気が上がった!

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれはトレーナーだ。名前はまだない。

 

「お兄さまは、お兄さま……だよ?」

 

お兄さまと呼ぶなクソガキ!

 

「ら、ライスのこと……嫌いになっちゃったの……?」

 

黙れ! おれはおまえの本性なんて見抜いているんだ、その小動物ムーブさえ保てばあとは周りが味方になってくれると思っているんだろうが、大間違いだ!

 

おれが対策を用意していないとでも思ったか。スカーレット! 分かっているな!?

 

「残念だけど、ここにあんたの味方はいないわよ。全く……こんな可愛い子を捕まえてクソガキだなんて、ほんとにそろそろぶちのめしてやろうかしら……」

 

裏切り、だと……?

 

「お、お兄さまは悪くないよ……! ライスが、ライスが悪いの……」

「ん〜もう! トレーナー! 何言わせてんの、さっさとクソガキって言ったことを謝りなさい!」

 

そういうとこだぞ! ライス! スカーレットに隠れてほくそ笑ん出るんじゃない! おまえの狙い通りだと思うなよ……!

 

「す、スカーレットさん……っ、ライス、そんなことしてないよ……!」

「このクズトレーナー! 今日という今日はわからせてやるわ、このねじ曲がったロリコン! 変態! ターフに埋めてやるわ……! こっちは重機引っ張ってきてるんだから!」

 

ふざけんな! 大体重機よりおまえの方が馬力あるだろうが!

 

「だ、大丈夫だよお兄さまっ! ちゃんと、きちんとしたところに……首から上は、地面から出してあげるからね……っ!」

 

なんにも大丈夫じゃねーよ! 埋めるって本気か!? おれを誰だと思っている! おれは天才トレーナーだぞ、おれが埋まって困るのはおまえらなんだぞ!

 

「大丈夫よ。首から上が動くじゃない。ほいほいどっか行っちゃうことも無くなるんだから、お得なことしかないわね」

「だ、大丈夫……だよ。ちゃんと、トレーニングが終わったら出してあげるから……ね?」

 

とか言いながらライスはぬっと巨大な麻袋を取り出した。嬉しそうである。

 

……麻袋、だと? バカな……ゴルシが黙っちゃいないぞ!? あいつがこんな暴挙を許すはずが──!

 

「ゴルシからは免許皆伝を受けているの。私は成長したわ。一年前とは違うってところを見せてあげる。その成長を一番近くで見せてあげるんだから、ちょっとは嬉しそうにしなさいよね」

 

成長はレースで見せろよ! 麻袋なんて誰でも使えるだろうが!

 

「本当にそう思ってる? だとしたら、あんたの目も曇ったわね」

 

なんだと……!?

 

「気付いてる? ライスが今、どこにいるのか」

 

ライスが、なんだ──いや、待て。

 

おかしい。おかしいぞ。ライスが視界から消えている。スカーレットとの会話に気が取られて……違う、意識を誘導された。これは……ミスディレクション……!?

 

ライス、どこだ! どこに消えた!

 

「後ろ……ガラ空き、だよ?」

 

はっ!?

 

ごわごわした布が頭からかぶさった。は、離せ! 話せば分かる(激ウマギャグ)! お、降ろせ! おれをどこに連れて行く気だ!

 

「べっつにー。さっきから言ってるでしょ、あんたがサボらないように、きっちりコートに埋めるんだって。そ、れ、とー……食べ物の恨みもあるしね」

「秋華賞、来週だよね? ライス、スカーレットさんには頑張って欲しいから……」

「そういうこと。きっちり見ておくことね、あたしの一番の走りを!」

 

おれは埋まった(ウマだけに。激ウマギャグ)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え。え、え、え、……ええええええ!? トレーナーが埋まってる、なんでぇー!?」

 

埋まっている。ウマだけに──おれのダジャレブックがまた厚くなるな……。

 

「す、すごいねー、これ。頭だけ飛び出してる……気がつかずに踏むところだったよー。あっちのドリルを使ったの?」

 

ああ。岩盤を砕くために使ったらしい。いいかテイオー、人を入れるくらいの穴を掘るには岩盤があって邪魔だから、ちゃんと砕かないといけないんだ。これはレースに活かせる。

 

「い、いやいやそんなわけないでしょ。レースとドリルに一体何の関係があるのさー、もう……」

 

よく考えてもみろ、バ群の中から抜け出すパワーはドリルとよく似ているだろ。何かしらの参考になる部分はある。パワーが上がるぞ。ついでにおれを地面から引っこ抜いてくれ。

 

「え、でも……引っこ抜くって言ったって、無理に引っこ抜いたらトレーナーの首が千切れちゃうよ。にんじんを収穫するのとは訳が違うんだから」

 

ばかな。

 

「まあいい薬なんじゃない? サボってばっかりのトレーナーなんだから、ちょっとは真面目に見てなよ。ボク着替えてくるね!」

 

テイオーは着替えてきた。

 

ところでだが、部室からなんか飲み物を取ってきてくれないか? おれは喉が乾いている。

 

「うん、分かった。でもやったのってライスとスカーレットでしょ? 放置されてるの?」

 

そうだ。おれは反省しないといけないらしいのだが、なぜおれが反省しなければならないのかが分からん。おれは何も省みないし、そうする必要もないのだ。

 

「でもこの前の夏合宿のとき、似たような感じで砂浜に埋まってたよね。同じ理由なんじゃないの?」

 

ああ。昼休憩の時にうっかり寝落ちしてしまって、起きたら埋まっていた(ウマだけに)。おれも本意ではなかったのだ、貴重な時間を消費してしまったのは反省している。だが今回のはわからん。おれは勝手に人のプリンは食べない人種なのだ、自分のウマ娘に恨まれる要素なんて一つもないはずだ。

 

「ぷ、プリンって言ったって! フタに自分の名前を書いておかないのが悪いと思うなー! ボク!!」

 

なんの話をしているんだ。おれはちゃんと書いているぞ、一つ一つ。

 

「あ、じゃあ違うや……。え? じゃああのプリンは誰のだったんだろう」

 

む。おい、聞き捨てならないぞ。スカーレットは怒っていたんだ、プリンの恨みとも言っていた。おれはさっぱり分からなかったが、もしかしておれは勘違いで埋まっているのか?

 

「い、いや。違うよ! ボクは悪くない! だいたい、冷蔵庫にぽいって捨ててあったんだ! 捨ててあったものをもらって何が悪いのさ! リサイクルと一緒だよ!」

 

ふざけんなおめー! そんな理屈が通るんなら警察なんていらねーじゃねーか! おれに謝れ! おまえの盗み食いのせいでおれは埋まってんだよ! こんなことばっかりしてるからおれはいっつも怒られてんだ!

 

「うるさいうるさい! そもそもトレーナーが全部悪いんじゃないか! 食事制限なんて、ボクに出来るわけないじゃないかー! そんな無理を押し付けてきたのはトレーナーなんだから、責任はトレーナーにあるに決まってる!」

 

黙りやがれ! 暴飲暴食をしたのはお前だろうがー! 何責任転嫁してんだ、お前が一人で痩せられねーからおれが管理してやったってのに逆ギレかー!?

 

「だってトレーナーが教えたんじゃないか! コンビニスイーツの美味しさなんて知らない方がよかったのに、どうしてボクに食べさせたんだよ! トレーナーが遊んでるから、ボク達まで緩んでるんじゃないかー!」

 

黙らんかい! 過程なんてどうでもいいんじゃ、勝てばいいんじゃぁ! さっさと走ってこんかい!

 

「このバカトレーナー! 絶対プレミアムスイーツ食べ放題奢りだからね! じゃないと一週間くらい埋めたままにしてやるんだから!」

 

やってみろやぁ〜! そんなことしてみろ、おれは泣くぞ! ギャン泣きするぞ! そのまま死ぬぞ!

 

「は、反省すればいいんだ! もっとボクに優しくしておけば、もっと真面目にしておけばーって反省しなよ!」

 

おれは日に日にやつれていくんだ……。お腹が減っても何も食べられず、トイレにも行けないし、睡眠だってままならない……。かゆいところがあっても掻けないんだ、おれはそんなの耐えられない!

 

「じ、自業自得だよ!」

 

くっ……。トウカイテイオーっ!

 

「なにさ!」

 

頼む、一生のお願いだ! 穴から出してくれ!

 

「自分で頑張って出ればいいじゃん。もうボク知らない!」

 

出られたらとっくに出てるだろうが! 土が重くて体が動かせないんだよ、念入りに埋められたからな! ビーチの砂場とは訳が違うんだよ!

 

「ふんっ! 指一本も動かせないならちょうどいいよ! ボクの走りを見てたらいいさ!」

 

なにを言うか。おれはいつも見ているだろう。

 

「うそつき。ふん!」

 

不機嫌に鼻を鳴らしてテイオーは走っていった。

 

おれの首から下は入念に埋まっていて(ウマだけに)、腕すらも持ち上がらないのである。おれの鍛え方がきっと足りないのだ。今度からは土に埋められても大丈夫なように鍛えておかなければならない。

 

ということで、おれは誰かに助けてもらわなければ動けない。

 

……あれ? もしかしておれ、ピンチじゃないか? もしかしなくても、テイオーに助けてもらわなきゃいけなかったんじゃ……?

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの光が両眼に焼き付いて、とてもまぶしい。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ──!」

「距離2000もう一本! 顔が俯いてるわよ、姿勢上げなさい! そんなんじゃ勝てないわよ!」

「──ッ、う、ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

シルエットで判別するに、最後の追い込みをやっているのだ。スタミナを限界まで追い込んでいる。スカーレットがストップウォッチ片手に喝を飛ばしていた。

 

テイオーが必死に走っている。よくやるものだ、トレーニングで疲れ切ったところから更に全力を出すのはきつい。その中でタイムと戦うのだ。

 

それにしてもトレーナーの面目が立たない。おれ、別に要らなくね? 今日なんておれ、一つも指示出してないんだが。おれの作ったメニューとかガンガン勝手に改造してやってるし。おれが今日やったことって埋まることぐらいだぞ。どうなってんだ。

 

沈みゆく太陽を背景にして、みんな頑張っている。実に青春的な光景だ。

 

「ひ、ひぃ!? 首、生首が埋まってますわ!? だ、誰ですの!? 事件ですの!? サスペンスですの!?」

 

おれだよ。

 

「あぁ、何ですの……トレーナーさんでしたか。驚かせないでくださいまし」

 

うむ。階段ダッシュやってたのか?

 

「ええ。偶然他の方たちもやっていらしたので、混ぜてもらいましたわ。やはり、誰かと競い合いながらのトレーニングは有効ですわね」

 

あの神社ダッシュはなかなかきつい。おれもやったことがあるが、半分行く前に疲れて登れなくなった。

 

「それで、どうして埋まっているのかしら。ちょっと驚いてしまいましたわ」

 

ちょっとではないだろ。

 

「ちょっとだけですわ。わたくしは悲鳴なんてあげませんもの」

 

そうかな? 本当にそうだったかな?

 

「ねじきりますわよ」

 

そうだね、マックイーンは可愛くてかっこいいから悲鳴なんてあげないね。

 

「ええ、ええ! 当然ですわ! メジロに名を連ねる者の一人として……。ところでトレーナーさん、もう一度言ってくださる?」

 

マックイーンは悲鳴なんてあげないね。

 

「違いますわよ。可愛くてかっこいいの部分ですわ。もっとわたくしを褒めなさい」

 

うむ。褒めたら助けてくれる?

 

「ええ、まあ……。ちょっとしたホラーですし、躓きそうで危ないですから」

 

おまえが居てくれてよかったよ。マックイーンは可愛くてかしこいな。

 

「ふふふ。当然ですわ」

 

えっへんとばかりに、マックイーンは得意げに胸を張った。控えめな口調とは全く逆のポーズ。とてもかしこそうである。

 

「じゃあ、引っ張り上げますわね。少々失礼します──……」

 

マックイーンはおれの顎と首の境目くらいを両手で掴んだ。

 

……おい、待て。

 

「なんですの?」

 

おまえまさか、"おおきなカブ"みたいな感じで引っこ抜く気じゃないだろうな。

 

「ええ、そうするつもりですけれど」

 

やめろ! おれはカブじゃないんだぞ! そんなことしたら首が千切れる!

 

「え、ええ? ではどうすればいいんですの?」

 

それはほら、地道に穴を掘って……。

 

「面倒ですわ!」

 

やめろ、殺す気か!

 

「大丈夫です、トレーナーさんはそんな柔な方ではありません。さあ、気張りなさい!」

 

ひぃぃ! おれを殺す気だ! くそ、正気じゃない! スカーレット、スカーレット! おーい、おーい! このバカ娘を止めてくれ、おーい!

 

「だぁ──れがバカ娘ですの!? もうカチンと来ましたわ、思いっきり引っこ抜いて差し上げますから、どうか千切れないでくださいまし!」

 

むぐっ!?

 

本当にカブを掴んで引っこ抜くような調子だ。すでにその怪力により顎へと力が掛かっている。

 

む、むぐぐー! むごーッ!

 

「ふんっ、はぁぁぁぁ!」

 

ぎゃああああああああああああ!

 

内心での恐怖は声にならなかった。首の骨が折れると思ったが、強烈な地面の抵抗を突破しておれの体は土を崩しながら上がっていく。

 

「ぶっこ抜き、ですわぁぁぁぁぁぁ!」

 

ちょ、待て待て待て待て! おまえ力入れすぎだしぶっこ抜きは麻雀用語──

 

勢い余って、というべきか。

 

おれはまだ、ウマ娘という存在の力を甘く見ていたのかもしれない。

 

まるで海から飛び出すトビウオの如く、あるいはまるでペットボトルロケットの如く。おれは地面から打ち上がった。

 

──夕焼け色に染まるグラウンド。新緑の芝が照らされて眩しい。速度がゼロになった時、おれの視界はまるで止まっているようだった。

 

なんだあれ、とスカーレットが呆れまじりに見上げていた。

 

楽しそう、とライスがぱぁっと笑った。

 

絶句と言った様子で、テイオーが間抜けにおれを見上げていた。

 

冗談ではなかった。ギャグみたいな状況だったが、おれにとっては全く笑えなかった。首は千切れなかったが、これではまるで紐なしバンジー。着地点はターフではなくあの世である。

 

ぎゃあああああああああああああああ!?

 

次々と巡ってくる走馬灯の中の記憶と、真っ赤に染まったトレーニング場がごちゃ混ぜになってぐるぐるしている。

 

いつもよりもちょっとだけ空に近い場所で、おれの絶叫が響き渡っていた。

 




マックイーンのチラシのコラ画像見て一生笑ってる
※続きません。


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