どうだ?
「……対象に動き、ありません。30分前からずっとあのままです」
ふむ……。人の流れは?
「特別なものは何も。強いて言えば、ちょっと注目を集めています」
チッ。ヤツの容姿は人目を集めるからな……。他に手段は?
「……私が行きましょうか?」
それには及ばん、話がややこしくなるからな。仕方ねェ、結局おれが行かざるを得ないって訳か……。
ご苦労だったな。おまえは戻ってろ、後はおれがやる。
「っ、そんな! トレーナーさん、それじゃトレーナーさんが……!」
心配するない。少しは信じろよ。後のことは全部、おれに任せな……。
おれは戦場に向かう戦士の如く、肩で風を切って歩き出した。決意のこもった瞳を向けるクソガキの視線を背中に背負って……。目を瞑って、決意と共に開いて前へ進む。そうだ、おれは前に進むしかないんだ……。
そしておれは、この道をどこまでもまっすぐに歩き続ける──
「じゃないでしょうがッ! アンタ遅いのよッ!!」
おれはゴンと頭をぶっ叩かれて地面に倒れ伏した。受けた身からしてみても鮮やかな一撃だ。ウマ娘の身体能力に甘んじないその技量。流れるような踏み込みからの天地落とし。意識が……飛びそうだ……。
「バレてないとでも思ってるわけ!? そこ! そこの茂み! 気づかないフリしてあげてたのよ、分かってんの!?」
スカーレットがおれをむんずと掴み上げた。おれは白目を剥いて気絶した。
「起きなさいッ!!」
死ぬ……よ……。ぐしゃっと揺さぶられて、かろうじて発した言葉にも猛獣は聞き入れる気配がない。おれは気合いで目を開いた。ぼやけた視界の中で赤い髪が揺れている。異能力バトル漫画の導入でいきなり襲われて死にかける主人公の気分だった。違うのは、助けが入る見込みがないということか……。
もうすぐ会えるな、ユイ……。おれはゲンドウの如く死後の世界に想いを馳せた。ようやくあいつに会える……。
「──トレーナーさんを離してくださいッ!!」
クソガキの助けが入った。
「心配しなくても死にはしないわ。死んでもらっても困るし。でも……話が違うじゃない? アタシ、1人で来いって言ったわよね?」
薄々おれはもう分かってたがあれだ、1人で来いってなんか、戦隊モノで主人公が人質取られて罠だと分かっててもノコノコ向かっちゃうみたいなアレだよな。いやそうじゃないだろって思うけど、いざ自分がその立場になってみると感じるものもあるというか、もう死ぬ。普通に。
「やめてください、トレーナーさんに酷いことしないでッ! そりゃ、ちょっと、いやかなり、いや相当、いやもうめちゃくちゃダメなところもあるっていうか、もうダメなところしかないっていうか、よくもまあこんなに白々しく生きてられるなって感じですけど、だからってこんなこと!!」
フォローをするのか、貶すのか、どちらかにしてくれ……。おれは頭からダラダラ血を流しながら言った。コロシテクレ……。
「言ってることは正しいわ。だけど電話に出なかったのはコイツよ! 出なさい電話ぁッ! なんで無視するわけ!? 嫌われてるのかなって不安になっちゃうでしょッ!?」
コロシテクレ……。
「ッ、トレーナーさんが誰かを嫌いになるなんてあり得ないことですよ! この人にはそういうの無理じゃないですかっ!!」
おれは白目を剥いて気絶しようとした。というかもうノックアウト寸前というかクソガキが何言ってるのかも怪しい。強いエコーをかけたみたいに曖昧だ。おれは確かにスカーレットの連絡を無視し続けた。報いと思って受け入れるさ。でも……あァ、クソ。やっぱり死んでらんねェ──アヤベを残して……くたばる訳には……
おれは気力だけで保っていたが、クソガキがガバッとおれを奪い返した衝撃でおれは気絶した。がはッ……。
>だいたい4年前(柊木圭、トレーナー1年目)
「……だったら、あなたがカレンのトレーナーになってくれるの?」
「何だ? この学園じゃおまえのトレーナーにならねェと、おまえに忠告もしちゃいけないってのか? バカバカしい。そういうわけでもねーだろ。ハァ……座れ。おまえにはどうも、真剣に話をする必要があるらしい」
第一印象がそれからの人間関係を固定化するという傾向について、カレンはそこまで信用していなかった。それは本質を表すものではないし、だいたい一度や二度話した程度でその人の芯まで分かるなんて、傲慢にも程がある。
「この点について譲歩するつもりはない。なぜなら、おまえが目的のために非合理的で非効率的な手段を選んでいるからだ。目的のために躊躇する必要はない。やると決めたのに、それ以外のことを気にかける必要はあるのか? クラスメイトだかの視線はそんなに大事か? リスナーだかファンだか知らんが、それはおまえの人生を賭けるに値するものか? おまえの全てをそのために捨てても後悔しないでいられるか?」
正確には、柊木と出会ったことで、カレンの考えは変化したと表現するのが正しい。より正確に表現するならば、価値判断基準や善悪の指標まで全て、それが基準になった。
「……でも、カレンにとっては、それもカレンの一部だもん。全部大切なら、全部大切にしたいの。一つだって取りこぼしたくなんてないの……! 大事なものは全部拾ってくの、カレンなら出来るって信じてるの!!」
「しばしば人は口先から出た言葉を、自分の本音と錯覚するが、大抵の場合、それは単なる勢い任せに過ぎない。おれは口先の言葉は信用してないんでね。行動が伴わないなら、結局何の意味もありはしない。どころか意思の力ってのも怪しいもんだ。そりゃ単なる環境要因であって、そいつがどれだけ強く願っていたかってのが変数として実在するのか……疑ってるよ、そんなにいいもんかね」
実際のところケイは懐疑的だった。ウマ娘? レース? トゥインクルシリーズ? ご大層な制度を並べて、肝心の当事者たちのそれがごっこ遊びでないと誰かが証明してくれるのか?
おまえか? おまえにも出来るのか? そのために全部捧げられるのか? この頃のケイは率直に表現して荒んでいた。彼女を失って、死んでいい理由も奪われて、生きる屍のようにただ生きている……もう二度と、アヤベに会えないだろうなと、ケイはこの頃、本気でそう思っていた。
「バカにしないでッ!!」
結局のところ、そんな言葉に動かされる程度の、疑問。彼女の想いは、そんな程度では済まなかったのだ。
「カレンはやり遂げてみせる、誰に何を言われようと、この先何が起きようとっ!! 絶対やってやるんだからっ!!」
それが嘘に思えなくて、だけど彼女の表情は危うくて。
誰かが、コイツのことを助けてやらないと。
そう思った。だからケイは、
「…………。だったら、見せてみろよ。おまえが嘘吐きじゃないって証明して見せろ」
「言われなくたってっ!! 見ず知らずのあなたになんて、目にモノ見せてやるんだからっ!!」
「見ず知らず? 違うな」
運命? 必然? いいや、これは単なる偶然、単なる意地。人と人が出会えば起きる摩擦、それを出会いと呼んだ、それだけのこと。
「おれと契約しろ、クソガキ。おまえの三日坊主を見届けてやるよ。そんで白状しろ、ンな強がり全部ウソでしたってな」
どうなるかなど分からなかった、だけど感情には逆らえなかった。ケイは、合理性だけでは生きていけないことを知っていたし、カレンは感情だけでは解決できないことがあると思い知ったばかりだ。
「おれァ柊木だ。てめェも名乗れ。てめェの望みを言え」
「……、……わたしは"カレンチャン"。世界で1番、わたしがカワイイって証明したい」
「いいだろう。覚悟があるならおれの手を取れ。連れて行ってやるよ、その場所まで」
オルガ・イツカみたいな感じでケイは言い放った。トレーナー1年目、初日の出来事である。
/
ゲエーッ!? おれは走馬灯により飛び起きた。クソ、思い出したくないことを見せてくれるぜ。おれはむくりと体を起こした。ここは……ベンチ?
「……やっと起きたわね」
振り向くとスカーレットが憮然とした表情で座っている。見るに……おれはどうやら、膝枕されていたらしいが……。
「なによ、別にアタシだって、ちょっとは悪かったって思ってるんだから」
スカーレットさんは気まずそうに目を逸らした。今更気づいたが、今日のスカーレットさんのコーデは気合が入っているような気もするが、それを指摘するとまたブン殴られそうな気がするな。ところでキタサンどこいった?
「追い払ったわ。でも多分、どっかから覗き見してるんじゃないかしらね」
おれは周りを見回してみた。視界の端に双眼鏡の反射光が映ったような気もするが、まあ別にいいか……。おれはまだちょっと痛む頭をさすりながら姿勢を直した。チラリとスカーレットさんの様子を伺いつつ口にする。
……怒ってます?
「別に、一回ブン殴ったらちょっとスッキリしたし、もう怒ってないわよ」
ほんとかなぁ……おれは疑いつつも、藪蛇を避けるために深堀りはしないことにする。……寒ィ。おれは一体何やってんだ。ホントは家でゴローとゴロゴロしたかったんだがな(高度なギャグ)。
それで、一体おれになにしようってんですか。もう痛いのはやめてほしいなって思うんですけど。
「アンタがふざけたことばっかやってるからでしょうがッ! ナメたことばっかりしてるとぶっ飛ばすわよ!?」
よしてくれ、おまえが言うと冗談に聞こえません。おれは両手をあげて謝った。ともかくおれに出来ることは限られている。さながら立てこもり犯の要求に黙って従うしかない警察のように、黙って要求に従うだけだ。助けてゴロー。
「ハァ、もう! なんなのよ、こっちの気も知らないで──いい!? アタシは有馬で優勝したわ。つまりアタシが1番ってこと! ってことはアンタに何でも一つ命令出来るってことでしょ!?」
ンな訳ねーだろ。何言ってんだおまえ。大体おれがおまえとそんな約束しましたか?
「えっ? ……話が違うじゃないっ! どういうこと!? 説明しなさい!!」
知らねーよ! 説明してほしいのはこっちの方です! どうせアレだろ、この前テイオーが流してた噂がどうのとか言い出すんだろ!? 噂は噂、事実ではない。分かって!?
とは叫んでみたものの、スカーレットさんがなんかショックを受けたように固まったので、おれは怪訝に思った。え、何その反応は……。
「……そんな、だって、優勝したら何でもお願いを叶えてもらえるって……」
ランプの魔人じゃないんだから……。おれは感じたことのない謎の申し訳なさを感じた。なんだろう、サンタを信じてる子供にそんなモンはいねーんだよって大人気なく言っちゃった後のような、こう……如何ともし難い気まずさと罪悪感だ。い、イヤだな〜……なんかおれが悪者みたいじゃん……。
「アタシ、そのために頑張ったのに……。すっごく、すっごく頑張って、すっごく頑張って勝ったのに……」
ウッ……。や、やめろよ。泣きそうな顔をするな。おれだって困るよ、全部テイオーが悪いんだもん……。そんなの本気にされても困るっていうか、少なくともおまえは無関係だったわけで……とか真っ当な正論をぶつけるたび、スカーレットさんの表情がどんどん泣きそうになっていく。なんなんだよ、クソが……!
おれはぎりッと奥歯を噛み締めた。結局こうなるのかよ……! 分かったよ! 分かった! 冗談、冗談です! 今の全部ウソ! あ〜なんか何でもお願い叶えちゃおっかなァ〜! もう何でもしちゃおっかなァ〜!?
「……グズっ」
イヤァ〜そうだよな〜! あの有馬を勝った現役最強のスカーレットさんのお願いだもんなァ〜! そりゃもうなんだって叶えてやるってのがトレーナーとして当たり前のことっていうか、ねェ〜〜〜!
「……トレーナーの、ばかぁ〜……っ。グズっ、言っとくけど、アタシ、泣いてないからぁ……っ」
そうだね! 泣いてないね! 強くてかっこいいスカーレットさんは泣いてないよ! 大丈夫だよ!
「さん、って付けないでぇ……距離感じてイヤなの〜っ! ヤダヤダヤダ〜……っ!」
よ、幼稚園児か、コイツは。ともあれ内心の戦慄を隠し通せたことは讃えられるべきだと思う。おれはこいつマジかって思いながらも、ぽんぽんとスカーレットさんの頭を撫でたりすることで、落ち着かせるのを試みた。おそらくスカーレットさんの本質は……園児だ。であれば、そうするのが正しいはずだ。
「うぇ〜ん……トレーナーのバカぁ〜……っ!」
よすよす。大丈夫だ、大丈夫だからな。大丈夫だからな。おれは聖母になった気分でスカーレットさんを落ち着かせた。目尻に浮かんでいた涙が引っ込んで落ち着く頃、少し腫れて赤くなった目と、恥ずかしさ? でちょっぴり赤くなった頬で、スカーレットさんは借りてきた猫のようになっていた。
もじもじと内股になってベンチに座るスカーレットさんを見下ろして、おれは正直頭を抱えたかった。信じられるか、これ公衆の面前でやってんだぜ。普通に駅前の……。着地点の見えない中、おれは手探りで前に進むしかなかった。
落ち着いたか? 水……飲むか? ほら。
「……飲む」
おれはもう園児を見守る保育士を体験しているようだ。一体どうしたらおれは解放されるんだ。わからねェ……。そして向こうの物陰からクソガキがひょこっと頭を出しておれを睨んでいる。隠れているつもりなんだろうけど……いやこっちこいよ、お前も保育士になるんだよ。テレパシーを送ってみたが、クソガキはより鋭い目つきでおれを睨むだけだ。
実のところ、おれもいい加減学んではいる。関係は一つひとつ清算して行かなければならない。そうしないと面倒ごとが連鎖する。こんな緩んだ気分ではダメだ。おれは保育士ではなく爆弾処理班……マインスイーパーだ。やり切ってやる。タフガイだ。どんな過酷な環境でも、どんな苦しい出来事でもしぶとく乗り切るタフガイだ。おれはタフガイになる。
「……何よ」
タフガイは些細なことではもちろん、並の人間が飛び上がって驚くような事態も冷静に受け止め、弱音を吐かずにやり遂げるものだ。おれは形而上のタフガイを参考にして、スカーレットさんの照れ隠しのような鋭い瞳を真っ向から受け止めた。
「な、何なのよ! 普段はうるさいくらいお喋りなくせに、こんな時だけ黙らないでくれるかしら!」
タフガイは軽口を叩きながら過酷なミッションに弱音一つ漏らさず向かっていくものだ、多分。おれはタフガイのようにニッと揶揄うように言った。どうした、いつもの調子が出てないんじゃないか?
「うるっさいっ!! ……アタシ、泣いてないから!!」
そう……スね。いや別に、言いふらす気もないけど、まあ本人が恥ずかしがってるなら心のうちに留めておくとしよう。クソガキ、お前もそうしろ。テレパシーを送ってみたが相変わらずだ。
それで……何の用だ? まさかデートのお誘いじゃないんだろ?
「……。…………、………………」
スカーレットさんは黙っていたが、だんだんと顔がヤカンのように熱くなってきたのか、固まって顔を赤くした。え何? 何なの?
「……と、とと、隣に、座りなさいッ!」
はい……?
「いいから! 突っ立ってないで座れっつってんのよ!!」
はい……。おれは言われた通りにした。スカーレットさんの横に腰を下ろす。なんなんだ。横目でちらっと様子を伺うも、蒸気が出そうなほど顔を赤くしてぎゅっと座り込んでいるままだ。……ど、どうするよ。着地点が見えない。おれは振り返って覗き見しているクソガキにアイコンタクトで指示を求めた。じっと睨まれる視線の中におれはそのメッセージを読み取った。なるほどな。オッケーです。
>君の瞳に乾杯。
>(黙って手を握る)
ホンマに言うてる?
>(黙って手を握る)
「ひゃうっ!?」
押し間違えた。スカーレットさんが猫のように飛び上がるが、とりあえず手を離さないでみよう。ちょっと反応が気になる。
「にゃ、にゃに!? にゃ、なな、なに……っ!?」
おお、おおお……? なんか知らんが、こう……主導権を握っている気がするな。スカーレットさんからどんな要求があるかも分からんし、ここらでこう……えー……まあ……どうするか。これは……俺様系になって押し切ろう(?)。おれに会いたくて仕方がなかったんだろう? いけない子猫ちゃんめ……。
「そそそ、そんなわけ…………っ!!」
おれは顎クイした。
「やっ、い、いやっ……」
イヤだと? フン、体は正直みたいだがな? さしたる抵抗もないスカーレットさんの顎をクイっと持ち上げて……ど、どうしよう。スカーレットさんがなんか焦るような表情をしつつもゆっくりと目を閉じて、ちょっと顔を上向けている。おれは好奇心を抑えきれずに、スカーレットさんの唇に人差し指をピトッと当ててみた。
「ん……っ」
ゆっくりを目を開けるスカーレットさん。おれ、冷や汗。
「…………え?」
スカーレットさんの顔の紅潮が硬直(韻踏み)し、揶揄われたことに気がついてプルプルと怒りに震え始めた。なるほど、こうなるか……。バッとおれの手を振り解いて? 右手を振りかぶって? おれの顔面に向かって? 勢いよく〜……?
はい。ということで、また次回お会いしましょう。おれはぶん殴られて10メートルくらい吹っ飛ばされてしんだ。