誤解なきよう言っておくが、おれの好みのタイプは年上の黒髪ロングなお姉さんだ。こればかりははっきり明言させてもらう。別に初恋がどうとかそういうんじゃなくて、なんというか……男というのは本能的に大人のお姉さんを求めてしまうものだ。イヤ主語は大きくない。大きいのは主観だ。おれは誰に向けるでもない言い訳を続けていた。
もっと誤解なきよう言っておくと、別に見た目はそこまで重要ではないというか、イヤ可愛いとか綺麗とか、見てくれも大事だよ? 身も蓋もないけどそこ誤魔化してもしゃーないっていうか。というか男なんてみんな単純だからな、デンジみたいなモンではある。
はっきり言わせてもらうが、隣の家に引っ越してきたゆるふわ天然お姉さんが何かの間違いでおれに惚れてくれないかなって思ってる。これはもう本能的なモンだ。どんなに硬派を気取ろうが、男なんて薄皮一枚剥けばそんなモンだと断言できる。
「ホントかなぁ。それにしてはトレーナーさん、あたしに冷たすぎると思うんですけど?」
そうかなぁ? むしろ優しすぎるくらいだと思いますけどねぇ。
「扱いが雑なんです。いいですか、女の子にはお姫様のように扱われたい時があるんです」
おれだって王様みたいに扱われたい時がありますよ。もっとも、今お姫様みたいに扱われているのはおれの方なのだが。
おれはキタサンにおんぶしてもらいながら帰路についていた。スカーレットさんにぶん殴られた結果、全身のダメージにより生まれたての子鹿のようになってしまい動けなくなったためである。普通に頑張ってタクシーとかで帰りたかった。
「……。あたし、邪魔ですか?」
え〜〜。クソ面倒臭い質問をされておれは言葉に詰まった、というか言葉を選ばざるを得なかった。正直に言ったらまたなんか面倒なことになる予感がしたからだ。
こんなケースでは場合分けして考えるのが最適だ。よし……ケース1、カット。
ウン。別にさっさと帰ってくれても良かったんだぜ。
「いきなり呼び出しといてそれですか!? 朝から急に、スカーレットさんに呼び出されたからオマエも来いって言われて慌てて準備して、ぶっ飛ばされたトレーナーさんのために争って、それで邪魔だからウンって!? トレーナーさんッ! あたしだって、なんでもかんでも許すわけじゃないんですよ!?」
まあ、そうなるか。よし……ケース2だ。シーンスタート。
おまえがいてくれて良かったよ、キタサン。おまえがいないとおれはダメなのかもな。
「……もう。しょうがないですね、トレーナーさんはホントに、あたしがいないとダメなんですから。……ホントに、こんなどうしようもないトレーナーさんのこと、見捨てないであげられるのなんて、あたしだけなんですからね」
パーフェクトコミュニケーションだ。この調子で行こう。ところでさぁ、スカーレットったら怒って帰っちゃったじゃん? あれなんで怒ってんの? ちょっとからかっただけやんね。
「ホンキで言ってるんですか? トレーナーさん、ちょっとライン越えてましたよ」
そんなこと言われてもな。キス待ちみたいな顔されても困る。そもそもスカーレットさんはなんの用だったんかね。
「……信じらんない。白々しいにも程がありますよ。どこからどう見たってデートでしたよ、あれは」
おまえはホントおれのことなんだと思ってんの。あのね、おれにも言い分はありますよ。まずデートと言うな、おでかけと言え。
「なんなんですかその変な意識。デートはデート、おでかけなんかじゃありません。トレーナーさんってエリさんとそういうことしなかったんですか?」
連れ回されたことはあった。だがヤツはスピードスターでな。ハンドルを握られると生きた心地がしなかった。カリフォルニアのスピードスターだったからな。
「エリさんが運転してたんですか? 車を?」
そりゃおれが持ってるわけないからな。イヤ誤解するなよ、おれとてそろそろ取ろうと思ってる。今年もおれはあんまり休めなさそうだけど、隙間を縫って教習所に通おうと思ってるんだ。かっこいいスポーツカーとか買ってな。
「……、……トレーナーさんには似合いませんよ。もっとこう、ぼろっちいファミリーカーみたいなのの方が、似合ってます」
なんでやねん。おまえなに言ってもいいと思ってんのか。いいだろ別に、おれが何乗ったって。
「どうせそんな高いのなんて買わないですよ。トレーナーさんはちっとも自分のためにお金を使わないみたいですし? だったら文句を言うのは筋違いってモンなんじゃないですか?」
なんだトゲトゲしい。だいたいな、おまえがおれの金の使い道にケチつけるのも筋違いだぞ。そんなモンおれの勝手だろ。
「それが冷たいって言ってるんです。……そういうのやめてほしいです」
ちッ……。イヤだねェ、こういうの。お気持ちにゃうんざりだ、おれが言い返さねェとタカ括りやがって……。
「その辺に捨てて帰りますよ」
捨てないで〜! おれマジで死んじゃう! 朝には冷たくなって発見されるぞ! 捨てないで〜!
「ホントにしょうがないなぁ。いいですよ、あたしはなんだってしてあげます。でも別に、なんでも許してあげるわけじゃないんですから。そこのところ、ちゃんと分かってください。自分の担当ウマ娘が問題児ばっかりだって分かってるなら、扱いを間違えないで」
……口には出さないが。
コイツ……なんか……重くね……? おれは内心首を傾げた。な……なんだ、この……うーん? なんだ? 湿った火薬みたいなatmosphere(英語)を感じる。しかし今やおれはコイツ無しでは家にも帰れないわけだし……。
このままほっとくと……具体的にどうなるかはわからんが、いずれなんかエラいことになりそうな気もする……が……まあこんな小娘ぐらいなんとかなるか。そんなことより帰って猫と一緒に寝たいなー。というか聞いて? ついにゴローがおれに懐き始めてくれてさあ、あの猫むにゃむにゃ言いながら腹の上乗ってくれたんだよ、もうたまらん。ホントに生きてて良かった。
「ホントですか? 良かったですね、トレーナーさん。あれだけ色々騒いだ甲斐があったってものですね!」
おまえはおれに優しいのか冷たいのかはっきりしてくんない? なんで急に刺してくるのかなぁ。言わなくていいことってあるやんね、知ってる?
「あはは、どの口が喋ってるんですか。よくもまあ自分を棚上げしてペラペラと……。ホンットこの人どうしようもないなー。何回酷い目に遭っても懲りないんだから……。ドMなんですか?」
キタサンよ。もしかしてだが、おまえとは腹を割って話す必要があるのか? 一体おまえはおれのことなんだと思ってるの? この際はっきり言わせてもらうがな、おまえ時々怖いぞ。
「どういう意味ですか。トレーナーさんこそあたしのことなんだと……」
なんだよ?
「……トレーナーさんにとって、キタサンブラックは、どういう存在なんですか」
何急に。怖いんだけど。
「いい機会だな、って。もうすぐ1年経つじゃないですか。あたし……こんなことになるなんて、想像もつかなかった」
そりゃおれのセリフだな。ハァ……4月くらいのまだ遊べてた頃に戻りたい。チーム運営ってのは想像以上に面倒が多い。仕事が多すぎる。もう日付変わるまで働きたくない。休みが欲しい。休暇とって北海道に行きたい……。
「あっ、いいですね! アルファードのみなさんで旅行行きませんか!?」
えー……。おれが引率やるハメになるだろ、絶対ヤダよ。
「じゃ、命令でーす。トレーナーさんの行きたいところに連れてってください!」
ハァ……。あーあ、悪夢だ悪夢。頭も体も痛い……。やっぱ賭け事なんてするモンじゃねーや。これも全部シュヴァちのせいだ。どうやらヤツには本格的に責任を取ってもらう必要があるらしい。
「人のせいにしないでくださーい。っていうか、前々から思ってましたけど、トレーナーさんってあたしのことナメてますよね」
おまえは優しいからな。甘えてんのさ。
「……ホント、トレーナーさんはどうしようもないです」
……ち、チョロい。おれはどうやらキタサンの弱点を見つけてしまったらしいな。どうもダメ男製造機のケがある。頼られると弱い。頼んだとか言われたら断れるはずがないだろう。特攻だ、これは使える。
「……しょうがないじゃないですか。頼ってくれる人は助けてあげたいです、たとえトレーナーさんみたいなしょうがない人でも。トレーナーさんみたいなどうしようもない人でも! だいたい、頼んだとか言われて断れないのはトレーナーさんも一緒です、あたしにどうこう言えるんですか」
あのね、おれァ仕事でこれやってんの。一緒にすんなよマジで。だいたいおまえらは事あるごとにおれを漫画主人公みたいなお人よしとして扱うがな、こっちはリアルに生きてンの。上条さんみたいなのは無理なの、わかります?
「ホント、素直じゃないなぁ。でも、トレーナーさんならそんな風にグダグダ言うかなって思いました」
こんなクソガキにおれの言動を予測されていた事実がイヤすぎる。やりにくいったらない。かといってどうなって欲しいかというと、それも難しいところだ。1番いいのはそもそも担当とかになってないことだ。どうなるにせよグチグチ文句言われることに間違いはない。おれの人間性は終わってるからな。イヤ自覚はあるのか。
おれはイヤ〜な事実に向き合わざるを得なかった。じゃあどっちにしろ面倒なことにはなってたんじゃねェか。結局解決策は一つだけで、おれがもうちょい真面目になるということ以外にこの面倒から逃れる術はない、そんなことは分かってる。分かってはいるが、出来るかは別問題。性根ってのはほとほと厄介だ。
「ホント面倒だなぁ。もう断言しちゃいますけど、トレーナーさんが更生することなんてあり得ないんですから、さっさと受け入れちゃえばいいのに」
おまえはもう少しおれに遠慮しろ。事実でも言っていいことと言っちゃダメなことがあるでしょうに。救いはないんスか。
「……適当ばっか言って。ホンキなわけでもないくせに」
クソガキがおれをヒョイっと背負い直した。おれとしては、全体重をこんなクソガキの背中に預けるほかなく、男としてのプライドもクソもない。
はぁ。良くねェなこういうの。大体おれァ真面目なのはキライなんだ。ずっと銀魂みたいな空気感で行こうと思ってるわけ。そこにマジレスされるとおれも真顔になっちゃうのよ。もっと忖度してくんない?
「ダメです」
そこをなんとかさぁ。口ではこんなこと言ってるけどブラック企業も真っ青なぐらい働いてんだぜ。プライベートぐらい好きにさせろよ。
「知りませんよそんなこと。っていうか思い出しましたけど! トレーナーさん結婚しちゃダメですよ!?」
そのくだりもっかいやらなきゃいけないの? あとなんでおまえがおれの結婚事情に口出ししてんの?
「それは、だって、担当ですし……」
関係あるか? 大体おまえ、あの時聞き耳でも立ててたんか。びっくりしてつい逃げちゃっただろ。ああいうのやめてくれる?
「しょうがないじゃないですか。みんなでかるた大会やるって話してたのに、トレーナーさん全然戻ってこないし、呼びに行ったらなんか騒いでる声が聞こえるし、結婚するとか聞こえたから、突入はしますよ」
そうだっけ。そういやそんな話もしてたような気もするが……。おれは寒天の冷たさに身震いした。まだまだ冷える。寒いが、クソガキの背中が暖かい……。
もしかしてだけどさ、おれって今モテ期来てるのか? おれが出し抜けにそう口にすると、クソガキがびっくりしたような顔で振り返った。
「……、…………、と、トレーナーさんの考えすぎじゃないですか? 日頃の行いを思い出してくださいよ、そんな訳ないじゃないですか?」
それもそうか。どうやらおれの考えすぎだったらしいな。土台ガキどもにモテても嬉しくもなんともねェや。はァ〜、ゆるふわロングなお姉さんはどこに行ったら会えンのかね。
「……。その、夜の街とか、女の人がいっぱいいるところとか、トレーナーさんはそういうところ行っちゃダメですよ」
まったく、人とただ話すのに金かかかるなどアホらしい、弁護士の相談料でもあるまいし。しかし全く興味がないかと言われると即座に否定はできない。はっきり言っておれは大人のお姉さんとお酒飲みながらイチャイチャしてみたい。
「ダメですッ!!」
おわッ、びっくりした……。でっかい声を出すな。びっくりするだろ。
「ダメったらダメです。絶対ダメです。そんなこと、許しませんよ──」
クソガキの態度が豹変した。急に立ち止まってブツブツなんか言ってる上に、おれを背負っている両腕にも妙に力が入っていた。
怖いなー。いや冗談、冗談です。だいたい行こうと思ってもそんな暇はありませんからね。大丈夫ですよー、もう。
「……失言しても、ふざけても、隠し事しても、いいですよ。でも、あたしに嘘だけはつかないでください。それだけで……──いいですから──」
は、はい……。
一体なんだってんだ、おれは恐れ戦きながら頷くしかなかった。スカーレットさんの件よりよっぽど怖いじゃねえか。そうしておれは、全身バキバキのまま正月を終えたのだった。本当にロクでもない年末年始だったぜ。
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唐突だが……
御大は実に忙しい毎日を送っている。学園の通常業務に始まり、決済書やら稟議書やらの重要書類には当然、すべて理事長のハンコがいるのだが、我らのちびっこ理事長は基本的に可愛いだけで役には立たない置物であるために、結局は御大がすべてチェックすることになるのだ。
うちの学園が他と違う点はレース関係に尽きる。URAとの日常的な調整はもちろん、年間のレース計画そのものに関わることすらあるらしい。もちろんトレセンとURAはズブズブの関係なので、こうしましょうああしましょうだの煩わしいのが山積みだ。
とはいえ結局は高校。いくら足が速いからといって、バカを卒業させるわけにはいかない。学園内の運営、教師の先生方がなんかあったときに指示を仰ぐのはちびっこ理事長……に見せかけて、やはり御大だ。基本的にちびっこ理事長は優しいだけの置物だからだ。なんかあったときは如何でしょう理事長とか言いながら御大のこと見てるからな。
面倒なのはガキどもが怪我した時だ。すっ転んで擦りむいた程度であればいいが、骨折なりなんなりしたらまず保護者に連絡、説明、管理体制に口を出され、誠に申し訳ありませんってトレーナーと一緒に頭を下げたり下げなかったりするわけだ。そしてレース中の事故が最悪だ。
速度が速度だけに、それは交通事故と呼んで差し支えない。幸いなことにここ数年はそのようなことは起きていないが……。
ともかく何が言いたいかというと、御大の仕事は多岐に渡る。それでも朝は生徒たちに挨拶するために校門に立ってるってんだから、尊敬の一言に尽きる。
流石にちょっとおれも思うところがあって御大に伝えたことがある。流石に秘書でも雇ったらどうスかってな。したらトレーナーさんが手伝ってくれれば解決しますよって笑顔で言われてさぁ。笑っていたが、本心に違いあるまい。おれは事あるごとに過去のやらかしを引き合いに出されて仕事を手伝わされている。
そして、今度もまた面倒ごとをおれに押し付けてきたというわけだ。誰か助けて〜!
グランドライブぅ?
「紹介しますね。こちら、URAからいらっしゃいましたライトハローさんです」
おれが胡乱げな目を向けると、茶髪のゆるふわ系な女がぺこりと頭を下げた。
「ライトハローです。柊木トレーナーの噂は予々聞いています、お会いできて光栄です!」
はぁ、どうも。柊木です……。しかしなんの噂なんだか知らんが……御大に急に呼び出されて面倒ごとでなかったケースは存在しないため、おれは警戒していた。URAからのお客人が一体おれに何の用だ?
「先立ってお伝えした通り、今年からグランドライブを復活させる計画があります。ライトハローさんはその責任者なんですよ」
はァ、そうなんすね。お若いのにご立派ですなぁ。
「グランドライブはすべてのウマ娘が輝くステージ。しかし現状では、その実現可能性や生徒へと負担など、幾らかの問題があると言わざるを得ないでしょう。そこで、ある種の実験的なものとして、グランドライブのモデルケースを実行することになったんです」
ほえー。
「そこでトレーナーさんには、トレセン側の協力者としてライトハローさんにご協力をお願いします」
はいはい、おれがご協力を……えっ? おれは思わず聞き返してしまった。え……この人、おれの忙しさ知ってるよな。というかそうなった原因だよな、え? パッと思いつくだけでもおれがやらないといけない理由が全くない。え? ほ、他の人に頼むってわけには……?
ウソだよな、先生……おれが御大を見つめると、大人の微笑みが帰ってきた。
「知っての通り、レースの世界は非常に厳しいものです。その中で、ウマ娘により広い自己実現の機会を与えられるなら、素晴らしいことです。そうは思いませんか?」
そ、う……スね……?
「実のところURA内部でも、グランドライブの復活に対しては意見が割れているのです。そのため、このモデルケースを成功させられるか否かは、大きな分岐点になるでしょう。この学園にとって、そしてウマ娘たちにとって……。学園側との折衝のためにも、有能なトレーナーの協力は必須です。そうですよね?」
そ……う、スか……ね……?
あの……先生……。おれ、今年は医療部の件に集中したいなーって思ってて……それになんかチームメンバーも増えそうだし……これ以上働くと労基監査入った時マジでヤバいと思ったり、思わなかったり……するんです、けど……。
「業務命令です。グランドライブの開催に協力してください」
……はい。おれは項垂れた。申し訳なさそうなゆるふわ女の慌てた声が聞こえてくる。
「あ、あのっ、その、お忙しいのは重々承知していますっ! だけど、柊木トレーナーのお力が必要なんですっ! お願いできませんかっ!?」
……頭ぁ下げる必要はないスよ。おれはハァッとため息をついて顔を上げた。グランドライブだかなんだか知らんが、御大がこう言ってる以上はやる他になく、これも勤め人の定めだ。そこで申し訳なさそうにされるのもやりづらい。
ライトハローさんだっけ? ま、よろしこお願いします。おれは右手を差し出して握手を促した。ゆるふわ女が顔を明るくしてぎゅっとおれの手を握った。
それと──
この件を成功させたら、流石に一つ貸しだからな。おれはそんな思いを込めてこっそり御大を睨んだ。御大は微笑んだのち、ゆるふわ女に見えないようにちっちゃく片手でメンゴってした。オイ。