まぁやれと言われた以上協力はする。全力を出すとは約束できないがね。冬も夏も怪我人は次から次へ運ばれていくよ。おれの都合などお構いなしにな。
実のところ、ウマ娘という奇怪な連中の秘密を、なんとなくおれは察している。大体保健室としてのアルファードは実際のところ過大評価だというのが実情だ。医学部中退が運営なんかやってる時点でお察しでしょ……と、言いたいところだが、なぜかガキどもはすぐ元気になるのだ。
それに無理矢理にでも理屈をつけるとするなら、すぐに無理してトレーニングしようとする連中に、適切な処置なりリハビリなりメンタルケアなりを行うことで……なんか効果がある……いや、そんなことは当たり前なのだが。もう正直よくわかんない。おれは雰囲気でトレーナーをやっている。
おれはあのゆるふわ女と今後の計画だかについての簡単な打ち合わせを終えた。しかし……妙なデジャヴを感じるというか、おれはあのゆるふわに会った事があるような気がする。いや別に実際に会ったというわけではなく……つまり、何が言いたいかというと、こう……有象無象のモブウマ娘の雰囲気があるんだよな。
「めっちゃ失礼だなこの人。それ本人に言ってないですよね?」
流石のおれでもそこまでではない。しかしまた面倒なことになった。ライブねェ……ネイチャよ、おまえはどう思う?
「いいじゃないですか〜。まぁどっちかといえば、あんまりライブで歌う経験のない子たち向けっていう話ですよね。こういう言い方は、アタシ的にはちょっと上から目線みたいでイヤなんですけど〜……」
ふむ……。
「でもなんでせんせーなの?」
ほんとそれな。もう勘弁してくださいって感じだ。ただやると言った以上はやる他にない。
「……まぁ、せんせーはそういうの得意そうだし。誰からも頼りにされちゃって〜」
ハァ……。っていうかおまえトレーニング行けよ。何サボってんだ。
「はいせんせー。やる気がありませーん」
なんなんだ。おれはモニターから顔を上げてネイチャを見た。フリフリと首を振って、だらっと体の力を抜いてグデっとしている。
おれは嘆息した。うーん……トレーナーとしては叱ったりするべきなんだろうが、まぁ別にネイチャはしっかりしてるしまぁいいか。ちょっと小腹が減ったな……そういやゆるふわ女から謎にお菓子もらってたんだよね。おまえも食うか?
「へー。なに?」
クッキー詰め合わせだ。実のところこういう甘いもんは美味くて困る。それにこういう小物を貰うのも困りもんだ。チームの皆さんで召し上がってくださいとか言われてもさぁ。こういうワイロには弱い。ネイチャは興味深そうにクッキーの箱を眺めて、ヒョイっと一つ摘んだ。
「……せんせーさ、結婚するの?」
……ま、またこの流れやるのか? 唐突なネイチャの発言におれは慄いた。なんなんだ。
「っていうかさ、またアルファードのメンバー増えるって聞いたんだけど」
誰から聞いたんだ? っていうかそうなの? というか結局誰がアルファードに入ることになったんだ? そういやシュヴァちの手続きの件もやっておかなくては。それでマックは……あれ? あいつがウチに来て、で、テイオーの心はマックがへし折ってくれたはずなので、あいつはしばらく大人しくするはず……で、いいんだっけ……?
「……次から次へ、ホイホイと……」
オイやめろ、虫を集めるハチミツみたいに言うな。
「それで。説明してくれる?」
ネイチャがいつになくガチトーンだ。こいつはいつも茶化すような感じでなんちゃらかんちゃらじゃないですか〜とか言うので、敬語がなくなるとちょっとガチ感出て怖い。そういやおまえさぁ、キタサンどうにかしてくんない? あの子最近ちょっと怖いんだけど。
「アタシに言われても。怖いって具体的には?」
やけに視線を感じるというか……なんかずっと見てくる。背後からな。普通に命を狙われているんじゃないかと疑っている。気がついたら真後ろとかでずっと見てるからな。ビビったわ。あと何かにつけておれン家来ようとする。アマギのお世話しますとか言って、ついでになんかおれの世話も焼こうとしてくる。
「あらあら。そーですかそーですか〜……」
マジでビビったんだけどさぁ。朝起きるやんね、これ今朝の話ね? なんか起きたらあのガキいてさぁ。朝ごはん出来てますよとか言われてもう良くわかんなくてさぁ。でも足元にゴロー寝てるやんね。恐怖と可愛さが同時に襲いかかってきておれはもう頭がおかしくなりそうだった。これ今朝の話だよ。マジで合鍵返してくれねーかな。おれのプライベートどこ? おいネイチャよ、合鍵返せこの野郎。
「あのね。せんせーさ、どうせまたしばらく家に帰れないとか言い出すでしょ。また新しいこと任されたんでしょ? 帰るのが面倒だから〜とか言い出してさ」
……ウン。なります。
「生き物飼ってるのにそんな生活は、ちょっと責任感に欠けるんじゃないですか」
……。
はい。その通りです。完全におまえが正しいです。
「ほんっと〜にも〜。しょうがないな〜、せんせーはさ〜。そんな生活を補ってあげてる可愛い可愛い担当にそんな態度取っちゃうんだからさ〜」
チッ。全くおまえは可愛い担当だぜ。
「……えっ? あ〜……えっ? 今なんて? もっかい言って?」
慎み深くお断り申し上げる。おれはクッキーの包みを破いてかじった。甘い。
「ほらほら〜、どうしたんですか〜? 可愛い可愛い担当がどうかしましたか〜? どーも、可愛い可愛い担当のネイチャさんですよ〜?」
ネイチャがダルいモードに入った。めんどくせェな。
ガラっと扉が開いてクソガキがやってきた。目を向けると、テイオーが立っていた……の、だが……。
……な、なんだ? おれとネイチャは揃ってテイオーを見つめた。異様なほど静かというか、クソガキ特有の騒がしさがカケラもない。マネキンのように突っ立っている……。バカな。一体こいつに何があった?
「トレーナー、元気?」
あ、アイムファイン……センキュー?
「テイオー、どうしたのなんか、元気なくない?」
「ボクは元気だよ」
……!? おれは驚きを口の中で噛み潰した。こんなテイオー見たことない。テイオーはテクテク歩いてきて、パイプ椅子の上にゆっくりと腰を下ろした。そしてポケットから小さな手帳を取り出してめくり、おれたちに紙面を見せた。
会話はマックイーンに聞かれている
……!?
「ネイチャ、トレーナーと何してたの?」
「え……っと、別に特に、何もしてなかったケド?」
「そうなの? トレーナー」
……。
いや、こいつが堂々とトレーニングサボっていたんでな。説教してたところだ。おれは精一杯努めて冷静を装った。明らかにチェンソーマンでやったところだ。しかし予習は完璧、ここは『見』──
「いやいや〜、逆ですってば。せんせーがだらしないからアタシが説教してたの。まったく、こんなしょうもない嘘ばっかついて、せんせーはホントどうしようもないんだから。も〜」
ネイチャの言動は見事だと言わざるを得ない。瞬時におれの意図を察し、普段通りを見事に装った。こんなことを言いながら、これでいいんだよね? みたいな感じでアイコンタクトしてくれる。本当に都合のいい女……。
それより今度は何だ? おまえが部室に来るとロクなことがないんだがな。これ以上の面倒ごとはゴメンだぜ。
「も〜、トレーナーってばボクのことなんだと思ってるのさ。そんな毎回トラブルを持ち込んでるみたいな言い方やめてよ〜」
テイオーがメモ帳をめくった。
たすけて
まったく震えるぜ! 今、まさにトラブルを持ち込んでいる身で、よくもまあいけしゃあしゃあと、このガキ……! 助けてだと!? こっちのセリフだ。今おれは一体何に巻き込まれているんだ。
ネイチャがチラッとおれに視線を流す。おれは……頷いた。いいだろう。このクソガキをマックから助け出す。
「それよりさ、トレーナーって今彼女いないじゃん? なんで? 結婚しないの?」
やっぱりこのガキを助けるのはやめよう。なんの因果でおれはこんなクソガキを助けないといけないんだ。
ウソついて
……。
おいクソガキ。言っておくがな、こんな生活してて彼女がどうのとか出来るわけねーだろ。普通に仕事しててもおまえみたいなのが次から次へと面倒を持ち込むだろうが。おれは半分ほど本音で答えてみた。
「ふーん。でもさ〜、そういうのを受け入れてくれる子もいると思うけどな〜」
……こいつ、なんか喋らされてんな。明らかにセリフを用意されている。下手人は……マック、しかいない。しかし……何? 腹にダイナマイトでも巻きつけられてんの? ボマーに脅されてんの?
犯人の心理を考えるなら……そう遠くにはいない。想定外の事態が起きた時のために近くには居たいと思うだろう。おそらくマックは……近くで監視しているはずだ。
おれはネイチャをチラッと見た。そういやネイチャ、ちょっと御大に書類届けてくんない?
「え? うん、別にいいけど。急ぎなの?」
一応今日中に出せって言われてるからな。おれは白紙のコピー用紙をネイチャに手渡した。ネイチャは受け取って、チラッと白紙に視線を落として、またおれを見た。おれは外の景色を目で追った。
多分学内のどっかにいるはずだ。もしかしたら近くにいるかもしれんし、ちょっと探してくれるとありがたい。
「……うん、分かった。じゃあ後でご褒美くださいね〜」
へーへー。そんじゃ頼ンまぁ。ネイチャが手ぶらで部室を後にする。……マックの捜索はネイチャがやってくれるはずだ。あとはおれが時間を稼げばいいはず。
「ぶっちゃけトレーナーさ、マックイーンのことどう思ってるの?」
き、急に? おれは話の流れについていけなかった。テイオーは相変わらずマネキンのような表情を崩さない。
「この前結婚どうのってあったじゃん。ぶっちゃけトレーナーも満更じゃなかったりするんじゃない?」
まぁ逆玉だからな。金持ちと結婚ってのは心躍るシチュエーションだと認めざるを得ないだろう。
「イヤそういうんじゃなくてさ。マックイーンをどう思ってるかってことだよー」
……こいつ、喋らされてるんだよな? おれは疑った。慎重に答える。
そりゃガチ婚相手としてどうって話か? おれァローリングサンダーじゃないって何度言えばいいんだ?
会話はマックイーンに聞かれている
イヤそれはもう見たんだけど……。マックが聞いてるからヨイショしとけってか? 仕方あるまい。テイオーがマックに何を言われて……イヤ、どう脅されたかは知らんし、相変わらず着地点は見えないが……。
まぁマックは可愛いしな。上品さと食欲に溢れてて……その……お腹周りが健康的だ。マックと結婚出来るヤツは幸運? だろうな。すぐ何かしらの面倒ごとを持ち込むから退屈しないというか、お嬢様らしくないというか、いやいい意味でな? いい意味で……。
おれは精一杯マックのいいところを列挙しようとしたが、どうしても本心が漏れ出てしまった。テイオーが何とも言えない顔をして顔を横に振っている。え? マックを褒めとけばいいんじゃないの?
「トレーナー、いい大人が高校生狙うのはマズいんじゃない?」
別に狙ってない。ほんっとにこの年頃は色恋沙汰が大好きだな。隙あらばねじ込んでくるというか。そういや気まずくて聞けなかったんだけどさ、おまえこの前なんか……あれじゃん。マックにトレーナーと結婚したいんでしょとか言ってたじゃん。あれどういう意味?
テイオーが焦ったような顔をしてブンブンと首を横に振った。
テイオーくーん。どうしたのかなー。喋ってよー。
「とッ……トレーナー! これ! この文字! 読めないの!?」
テイオーがメモ帳を指でビシビシと叩いた。いや口に出しちゃったら岸部隊長ごっこやってる意味がないだろ。はァ……茶番はここまでだな。おいマック、聞いてんだろ。出てこい。
「ちょ、トレーナー! ボクの努力を無駄にしないでくれる!?」
……待ってみたが、マックが入ってくる気配がなかった。多分外でネイチャが近くにいるであろうマックを探してくれているはずだし、何か話してるかもしらん。
「ハァ……。も〜……どうしてくれるの、トレーナー」
テイオーがポケットから通話状態のスマホを取り出して、通話を切った。あぁ、そういう……で、なんなんだ。
「マックイーンに言われてたんだよ。トレーナーに色々喋らせろって」
なんだ色々って。
「……トレーナーももう分かってるでしょ? トボけなくていいから。あのね、マックイーンはトレーナーのこと大好きなんだよ」
……まあ、そうでしょうね。おれはため息をついた。ちっとも嬉しくない。あんな甘ったれに……面倒の種だ。
「何言ってんの。トレーナーだってマックのこと好きでしょ?」
仕方あるまい。あんなもちもち可愛いに決まってる。決まってるが、流石にちょっと、おれはマックが食欲大魔神だということを知り過ぎている。惚れた腫れたにはならねーよ。
「まァそうだよね。ハァ、マックイーンになんて報告したらいいんだろ……」
その件だ。おまえマックになんて脅されてんだ? それとも完全に心が折れちまったのか?
「……全部トレーナーのせいだよ。弱み握られたの。もうサイアクだよ」
なんだ弱みって。トイレ?
「ぶっ殺すよ? 違うよ、この前の地下牢監禁の時にさ、トレーナーが逃げてった後、ボクだけなんかお仕置きとか言って……ああもう言えない! なんでボクが自分の弱みをトレーナーに話さなきゃなんないワケ!?」
全く情けねェ。あのテイオーが今やこのザマかよ、見てらんねェな。
「うるさいよっ!! トレーナー、言っとくけどね! 自分だけ安全圏にいるとでも思ってんの!? そんなワケないからね!? ハァ〜……」
テイオー。一つ忠告しておくがな、おまえはこれまで、おれに数々の面倒ごと……いやクソイベントを持ち込んで来たがな、その結果、いつもどうなったか覚えてるか?
「なに」
おれは酷い目に遭う。だが……おまえも酷い目に遭う。
「……」
分かってるだろ。もういい加減学ぼうや、おれたちは敵同士なんかじゃない。協力できることがあるはずだろ?
「イヤ、この前の一件はトレーナーがボクを巻き込んだんでしょ。どの口で言ってんの」
うるさい。
「ハァ!? このっ、その言葉、そのままそっくり返すよっ!! トレーナーこそ何かにつけてボクを攻撃してくるじゃん! それで結局いつも共倒れになってるんだからね!? なに分かったようなこと言ってるの!? このアンポンタン!」
なんだと!? このっ、だからそういうのをやめろと……っ! 一旦そういうのを水に流して仲良くしようって言ってんだ、このバカ!
「だーれーがーバーカーだーっーてー!?」
テイオーがおれの腕を捻り上げた。があああああああああ! 分かった、分かった!! 謝るよ、謝る! おれが悪かった、だからおまえもおれを許せ!
「ふん。まあいいよ、ボクだってこれ以上酷い目に遭いたくないもん」
ハァ、ハァ……。クソ、ああ……和解だ。仲直りだ、テイオー。そうするだけで大半の面倒がなくなるはずだ。おれは右手を差し出した。テイオーはまだ不機嫌な顔のまま、ガシッとおれの手を握った。
「忘れてないよね、今年からボクもアルファードだから」
……。ああ、もちろんだ。歓迎するぜ、ようこそ我がチームに。
おれは努めて穏やかに両腕を広げた。
そうしてここに、長い因縁が解け、おれたちは和解と相成ったのだ……。テイオーがふっと雰囲気を緩めて、嬉しそうな顔をする。
……。
…………バカがよ。和解だぁ? そんなワケねーだろ。寝ぼけるのも大概にしろってんだ……。舐めやがってよ……。共倒れ? 一蓮托生? おれがいつまでも同じ間違いを繰り返すとでも? そうなると分かっているなら、対策しないわけがない。
積りに積もった恨みは、こんな言葉一つで消えねェぞ。おれはにこやかな顔の裏側で決意する。泣いて謝るまで許さねェからな。あとマックも許さん。
毎回同じオチにさせてたまるかよ。おれの復讐劇が始まろうとしていた。