霊夢が夏にさよならする話

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ちょっとだけ、童心に帰れる季節


思い出は水深5cmに

 八月七日

 

 夏。茹だるような暑さと、痛いくらいに肌を刺す日差しが毎日のように続くから、私は嫌い。食欲も膨れないし、蚊にもたくさん刺されるし、最近は打ち水だって効き目を見せないから好きになれる要素なんてこれっぽっちもありはしない。

 だから毎年夏が来るたびに、早く終わってくれないかなって思ってる。

 

「暑いな」

「うん」

 

 辺り一面から聞こえる蝉の声がうるさくて、それでもやっと聞こえた魔理沙の声に返事をした。もうこんな会話を二、三回は続けている。いい加減怠け過ぎている。もしかしたら、暑さでお互い頭がやられてしまったのかもしれない。

 

「ねえ、ずっとこうしてるつもり?」

「いや、そんな事はないけどさ……」

 

 痺れを切らして問いただしてみたら、どこか歯切れの悪い答えが返ってきた。ちょっといじらしそうな態度であったものだから、何かあるのかなって疑問に思った。

 そろそろ、お昼ご飯の時間になる頃だった。家にあるもので済まそうと思って、何があったかを考えてると、ふと素麺がある事を思い出した。

 

「素麺でも食べる?」

「食べる」

 

 少しの間も置かない、びっくりするくらい早い返答だった。あんまりにも早かったから、さっきまでのおかしな態度はずっとお昼ご飯を待っていたんだろうなと確信した。魔理沙の事だから、どうせ家に碌な食べ物がなくて、たかりに来たんだろう。自分から言い出さなかったのは、きっと意地を張っていたんだと思った。

 でもそれに気付くと、暑さで頭がやられてたのは私だけだったって事にも気付いてしまって、ちょっぴり腹が立った。

 

 

 

「さっきからずっと気になってるんだけど」

 

 と素麺を啜りながら魔理沙は言った。

 

「なに?」

「いや、向こうのほう。ちょっと見てみろよ」

 

 勿体ぶって内容を教えてくれないから、もどかしく思った。魔理沙は縁側を指し示していて、そこに何かがいる事を伝えていた。

 わざわざ食事を中断して、魔理沙の言う方へ向かった。覗いてみるとそれは小さくて黒っぽいもので、もう少し近付くとそれは紛れもなくカブトムシであった。

 

「あーカブトムシがいるわね」

「生きてるやつ?」

「多分」

 

 カブトムシを指で小突くと、びっくりしたように動き回った。適当に生きてるなんて言ったけど、ちゃんと生きてるやつだった。

 

「うん。やっぱり生きてるやつ」

「どうする? 捕まえて飼う?」

「いや、逃がすわよ」

 

 そりゃ逃すに決まっている。だってこのまま放置してる内に家の中を飛び回りでもしたら、たまったものじゃない。飼うなんてもってのほかだ。第一、カブトムシが何を食べるかもよく知らない。木から出る蜂蜜みたいなものだっけ。

 カブトムシを逃がそうと思って、しつこく指で押してみた。さっきとは違って全然動こうとしないから、じれったくなって掴んで持ち上げた。足をばたばたと忙しなく動かしていて、その様子がちょっと滑稽で可哀想だったから、本当は放り投げてやるつもりだったけど、その辺の木に乗せてあげた。

 

「逃がしてきた」

「お疲れ」

 

 外から戻って素麺を食べた。思ったよりもおつゆが温くなってたから、もう少し冷やせば良かったと思った。

 もう二人とも食べ終わるくらいになったら、蚊が飛んでる音が聞こえた。耳元を通り過ぎるあの不快な音、それはいつも突然にやってくるものだから、声が漏れ出るくらい驚いてしまった。

 

「うわっ」

「あ、霊夢も聞こえたか?」

「うん。蚊がいるわね」

 

 蚊取り線香を焚こうってなった。二人でごちそうさまをした後、箪笥に入ってる蚊取り線香を持ってきた。火をつけると、か細い煙が上がった。ただの煙臭さと違う、ちょっと独特な優しい匂いで、部屋中がいっぱいになった。

 

「この匂い、なんでか好きなんだよなあ」

「そうね。理由は分かんないけど、嫌いじゃない」

 

 いつの間にか、一匹の蚊が畳に落ちていた。脚をぴたりと閉じていて、もう動かなかった。

 

 一番暑い時間帯は過ぎて、過ごしやすくなってきた。蚊に刺されない安心と蚊取り線香の匂いに包まれたせいか、段々と眠気を感じるようになった。魔理沙は一足先に昼寝を決め込んでいたみたいで、横向きになって寝息を立てていた。その寝方だと顔に畳の痕が付くんじゃないかと思ったけど、起きた後にからかってやろうと思ったからそのままにしておいた。

 

 

 八月十三日

 

 お昼過ぎ、買い物の為に里に行ったら精霊馬を飾ってある家を見かけて、もうお盆に入るんだなって思った。それを魔理沙に言ったら、お前はお盆の行事とかやらないのかって聞かれた。

 

「うちに迎える先祖なんているのかどうかも知らないから、いつもやってないわよ」

「そうか。まあ、私もやってないしな」

 

 今はもうすっかり日が沈んで、何処を見ても真っ暗だった。魔理沙は買い物から帰ってきた頃にはもう家に勝手に上がり込んでいて、それからずっと居座っていた。

 夏の夜は、明るい時とは打って変わって静かな顔を見せる。お日様が上ってる間は、いつもうるさい蝉達を筆頭に、沢山の存在が生き生きとして自分をアピールしている。でもいざ暗くなったら、みんなそれが嘘であったかのように寝ちゃうんだ。だから静か。とても落ち着く時間帯。

 

 急に、どんっていう鈍い破裂音みたいなのが聞こえた。びっくりして外を見たら、夜の空に大きな光が飛んでいた。

 

「あれ? 花火?」

 

 それは恐らく、里で打ち上げられている花火だった。

 

「里の花火大会って今日だったっけ。いつもは七月の終わりとか八月の初めとかじゃなかった?」

「あーそれか。確か、最初の予定日に大雨降ったせいで延期になったんだよ。今日はその予備日だろう」

「ふーん」

 

 そういえば、里の人が花火大会が出来なくて残念がっていたのを思い出した。きっと今頃はみんな盛り上がっているんだろう。魔理沙がちょっと嬉しそうに話してたのも、きっと楽しみにしていたからなんだろうなと思った。

 ふと思いついて隣にいる魔理沙をちらりと見たら、暗闇の中、瞳が花火に照らされて輝いて見えた。ちょっと綺麗だった。

 

「せっかく静かだったのに、騒がしくなったわね」

「まあ良いじゃないか。これも風情だよ」

「私はもう少し静かな方が好きよ」

「ふむ。じゃあ線香花火でもどうだ?」

 

 そう言って魔理沙は奥の方に向かったと思うと、線香花火が入った袋を持って戻ってきた。

 

「随分用意がいいのね」

「花火大会があるって聞いて買ってきた。こういうのも良いもんだろう」

「そうね。良いんじゃないの」

 

 袋から線香花火を取り出そうとしたら、少し離れた所に何かいるのを見つけた。夜だからはっきりとは分からなかったけれど、どこか見覚えがある気がして近付いたら、それはカブトムシだった。

 

「あ、カブトムシ」

「また? 最近よく来るよな。お前のことが好きなんじゃないのか」

「そんな事ないって。魔理沙がいる時によく来るし、逆にあんたの事が好きなんじゃないの」

 

 最近、どういう訳かカブトムシが縁側にやってくる。私にカブトムシの個体を見分けられるような術はないけど、いつも決まって一匹だけやって来るものだから、勝手に同じやつなんだろうなと決めつけていた。

 

「向こうの花火にびっくりしちゃったのかな」

「うーん、そうかもなあ」

「このまま花火やると危ないから逃がしとく?」

「いや、このままでいいんじゃないか。カブトムシにとっちゃ花火を間近で見れるっていう体験は貴重だろう」

 

 私がカブトムシに気を取られている間に、魔理沙が袋を開けて線香花火を二つほど取り出していた。その後、片方に火を付けて、もう片方は私に渡してくれた。

 

「私のも火を付けてくれれば良かったのに」

「自分で付けるのがいいんじゃないか」

「いいよもう。魔理沙、火ちょうだい」

 

 魔理沙の線香花火に私の線香花火を近付ける。パチパチと乾いた音を破裂させて飛び散る火花が、私のものに飛び移った。小さな火がついて紙の部分が燃えた後、魔理沙のものと同じように小さな火花が現れ始めた。次第に火花の量が増えていって、まるで一個の花のようになった。

 

「やっぱこっちの方が好きかなあ。ちっちゃくて綺麗だしさ」

「私は打ち上げるやつの方が好きだけどなあ。派手でいいんだよ、あれ」

「それも好きだけどね。こっちの方が静かでいいのよ。落ち着く」

 

 喋っている内に、あんなに沢山出ていた筈の火花が少なくなってきた。もうすぐ終わっちゃうんだなと思うとちょっとセンチメンタルな気分になる。

 

「あっ」

 

 丸い火の玉が、パチッと一際大きな音を出して地面に落ちた。少しの間地面の上で赤く燃えていたけど、すぐに力尽きてしまった。

 数秒経って、魔理沙の線香花火も終わってしまったみたいだった。私より早く火を付けたのに、私のものよりも長く光り続けていたのがちょっとずるいと思った。

 

「いいなあ。羨ましい」

「まあまあ、まだあるからさ」

 

 そうは言っても魔理沙が買ってきたものは、あと十個もないくらいだった。二人でやるならきっと数分の内に終わってしまうだろう。まあ、でも花火ってきっとこういうものだから、少し先の未来を想像して寂しくなるくらいが丁度いいのかなとも思った。

 

 

 八月二十二日

 

 朝起きて、西瓜を冷やしに行った。昨日仕事の報酬で貰ったものを今日のうちに食べてしまおうと思って、早起きして氷水を作った。氷水の中に西瓜を入れた後、何分か様子を見ていた。触ってみるといい具合にひんやりしていて大丈夫そうだなって思った。夏の朝っていうのはそれなりに涼しいとは思うけど、でもやっぱり蒸しているから、たとえ朝からでも冷たさを堪能するのは気持ちが良かった。

 

「おはよう霊夢。なにしてんだ?」

 

 しばらく氷水の心地良さを味わっていると、魔理沙が縁側から顔を覗かせて声を掛けてきた。

 

「ああ、おはよう。昨日もらった西瓜を冷やしてたのよ」

「西瓜か。なんだかんだ言って食べてないな」

「魔理沙にもあげるわよ。一人で食べたらお腹こわしちゃうかもしれないし」

 

 それを聞くと魔理沙は満足したような笑顔で顔を引っ込めていった。すごく嬉しそうな様子だったから、こっちも釣られて、お昼に食べようと思ってた西瓜が余計に楽しみになった。

 気付くと、口の中に唾液が沢山出ていて、自分のはしたなさに恥ずかしくなった。待ちきれなくなりそうだったけど、一番美味しい時間帯に食べたかったから頑張って我慢した。

 

 顔を洗って、朝ごはんの準備をした。魔理沙も手伝ってくれて、一緒に食べることになった。魔理沙は昨日からうちに来ていて、帰るのが面倒になったからという理由で泊まっていた。今日も西瓜を食べる約束をしているから、少なくともお昼まではいるんだろうけど、もしかしたらまた泊まるんじゃないかなと思った。

 

 二人でいただきますをして、朝ごはんを食べた。少し前は夏バテ気味で朝はあんまり食べられそうになかったけど、最近は朝でも食べられるようになっていた。食べられるようになると体力がついて、日中を過ごす余裕がでてくるから前ほど夏を辛いと思わなくなった。

 

 いつの間にかそよ風が家の中に入ってきて、風鈴が鳴りだした。ちりんちりんっていう音が、可愛らしくて心地が良い。暑さがひどい時はこの音を楽しめるようなゆとりもないけれど、朝方なら存分にそれを味わえていた。

 

「最近は暑いばかりで風もなかったから、風鈴の音も久しぶりに聴いた気がする」

「そう言われてみればそうかもねえ。私もちゃんと意識して聴くのは久しぶりかも」

 

 二人でそんな話をして、風鈴を見た。いつしか風は止んでしまって、風鈴の音も徐々に小さくなっていった。音が一切消えてしまって、少しだけ静かになった。

 

 最後に残っていたきゅうりの漬物を取ろうとしたら、先に魔理沙に取られてしまった。声を漏らした時にはもう手遅れで、既に魔理沙の口元に吸い込まれていた。

 悔しさのあまり魔理沙にじっと視線を送っていたら、魔理沙の腕が小麦色っぽくなっている事に気付いた。

 

「魔理沙、日に焼けた?」

「ん? ああ、そうかも。結構外で飛び回ってたからな」

 

 そういえば、私もちょっと日焼けしたような気がする。あんまり外に出ていたつもりはないのに、夏場はすぐに焼けちゃうから困りものだ。

 

「まあ大丈夫だよ。夏が終わればすぐに元に戻るって」

「うん、そうね」

 

 ふと、夏が終わればって言葉を聞いて、今日が何日だったか気になった。

 八月二十二日。もう八月が終わるまで十日もなかった。八月が終わると、夏が終わったような気がする。何でだろう、九月でもまだ暑い日は続いたりするのに。いつもそれが疑問だった。

 

「もうすぐ八月も終わりね」

「今年も、もう三分の一しか残ってないんだな」

「早いなあ、一年」

 

 一年って長いようで短い。そう思うと、なんだか変な気分になる。

 

 二人とも、ご飯を食べ終えて片付けをした。歯を磨いて、お皿を洗って、それから洗濯をした。洗濯物を干し終わったら、もうお日様が一番高く上る頃になっていた。そろそろ冷やしていた西瓜の食べ頃だなと思って取りに行ったら、西瓜の上に一匹のカブトムシがとまっていた。

 

「あんた、また来たんだ」

 

 カブトムシはいつものように私が来ても逃げなかった。それどころかずっと西瓜の上にいて、まるで涼んでいるみたいだった。

 

「いいよ。あんたにも西瓜あげる。最近よく来てるし」

 

 カブトムシが乗ったままの西瓜を持ち上げて家の中に持っていった。初めのうちは家の中で暴れられでもしたら大変だとか思ってたけど、なんでかこいつはずっと大人しくしてたから、きっと大丈夫だろうと思った。

 

「まりさー。そろそろ西瓜食べるー?」

「おーやっとか。待ちくたびれたぜ」

 

 居間でごろごろと怠けていた魔理沙も、西瓜って言葉を聞いて勢いよく起き上がった。やっぱり食べるのを楽しみにしていたんだなと思った。

 

 西瓜を台所に持っていく途中でカブトムシを縁側に置いていった。流石に台所まで連れて行くわけにはいかなかった。色々と邪魔になるだろうし、家の中に入れるのは、やっぱりちょっと怖いもの。

 台所に着いて西瓜を切り始めたら、ちょっと先のことが頭に浮かんだ。人間二人とカブトムシ一匹が一緒になって西瓜を食べる。そんなおかしな光景を目に浮かべたまでは良かったけど、あんまりにも奇妙なものだったから一体どんな顔をしていいのか分からなかった。

 

 

 八月三十一日

 

 今日で八月が終わるって言うのに、いまいち実感が湧かない。まだ暑いし、蚊にもまだ刺されるし、嫌な要素は沢山残っている。だから、ほんとうに、夏が終わる気がしないんだ。

 

「でも、終わるんだよ。夏はさ」

「そんなの分かってるわよ」

 

 別に夏が去っていくのが嫌な訳じゃない。嫌いな事ばっかだし、毎年早く秋になってくれないかなって思ってる。ただ、終わる気がしないってだけだ。

 

「ま、その話はいいとして。それで、今日はおっきい荷物があるっぽいけど、なんか持ってきたの?」

 

 魔理沙がうちに訪ねてきた時、結構重たそうな荷物を背負っていた。床に置くときも慎重に置いていたし、中身が何かずっと気になっていた。

 

「いやあ、夏の終わりに感傷的になるだろう霊夢を予想してさ」

「ならないわよ」

「まあ、怒んなって。それで、結構良い酒が手に入ったもんだからな。一緒に呑もうって訳だよ」

 

 魔理沙にしては気が利くなと思った。毎年経験してるものに対して感傷的になるなんて事は、分からないけど、多分ないだろうからそこは否定する。でも、お酒を持ってきてくれたのは単純に嬉しかったから、それについては素直にお礼を言っておいた。

 

 そろそろ干しておいた洗濯物を取り込もうと思って外に出た。空を見ると、大きな入道雲が近くまで来ていて、天気が怪しくなっていた。早いとこ終わらせようと思って、ちゃんと乾いてる事を確認した後、急いで家の中に持っていった。

 夕立が降る前に一通り作業を終えられたのにほっとしていると、縁側にまたあのカブトムシがいるのを見つけた。

 

「あ、今日も来たんだ」

 

 私にとってこのカブトムシは、もうすっかり常連客であって馴染み深いものになっていた。だから特に気を付けることもなく、カブトムシの隣に腰掛けて、お世辞にも良いと言えないお天気模様を眺めていた。

 

「そろそろ天気が崩れるだろうし、帰った方がいいんじゃないの」

 

 来て早々に悪いとは思ったけど、雨が降る前に何処かに避難させた方ががいいと思った。夕立っていうのは大体激しいものだし、虫からしたら結構危ない筈だ。だから、いつかやったように掴んで近くの木まで運んでやろうと思った。

 

「あれ?」

 

 いざ持ち上げてみたら、前に持ち上げた時よりも凄く軽くなっていた。加えて、抵抗の様子とかも一切なくて、ぴくりとも動かなかった。指でつついてみたりしたけど、やっぱりなんの反応も見せなくて、諦めてその場に置いて、ほんの少しだけ呆然として、そこでやっとこのカブトムシが死んでいるんだって理解できた。

 

「魔理沙、ちょっとこっち来て」

 

 どうしていいか分からなくなって、魔理沙を呼んだ。どうしたあっていう気の抜けた返事と一緒に魔理沙がこっちの方に近づいてきた。

 

「なんかあったのか?」

「いつもきてたカブトムシ、死んじゃった」

「……あー」

 

 魔理沙もなんて言ったいいか分からなそうな顔をしていた。その視線はカブトムシの方に向かっていて、私を気遣うような素振りには見えなかった。それだけ二人ともこのカブトムシに愛着が湧いてたんだなって、今になって実感した。

 

 

 

「埋めようか」

 

 気付いたら、そんな言葉が聞こえた。二人の内のどちらかが言った筈だけど、でもどっちが言ったのか全然分からなかった。けど、この際それはどうでもいい事だった。

 

 家の周りを適当に探して、土が柔らかそうな所を見つけた。そこを魔理沙と一緒に掘りだして、カブトムシの体が全部入るくらいの深さの穴にした。縁側からもう動かないカブトムシを持ってきて、その穴の中にそっと入れた。

 いざ土を被せようとしたら、鼻先にぽつって何かが当たった感触があった。それからその感触がどんどん増えていって急に大雨になった。夕立が始まったみたいだった。

 

「霊夢、風邪ひくから今は中に入ろう。どうせにわか雨だ。すぐ止むよ」

 

 ほんとはちゃんと埋めてやりたかったけど、仕方ないと思って魔理沙の言う事に従った。形だけでも埋まるように、カブトムシの上に少しだけ土を被せて、そのまま走って家の中に戻った。大丈夫かどうか不安になって途中で振り返ってみたけど、結局何も出来ずにそのまま走る事しか出来なかった。

 

 

 

「随分長く降ったなあ」

 

 魔理沙がそう呟いたのを聞いて外を見たら、雨はようやく止んで晴れ間が覗いていた。普通の夕立は一時間くらいで収まるのに今日のは二、三時間ほど続いていたから、魔理沙の言うようにかなり長く降っていたんだと思う。外に出てみると、かなり涼しくなっていた。過ごしやすくて快適な気温に思えた。

 ずっと気になっていたカブトムシを埋めた穴に向かうと、辺り一面がどうしようも無いほどに水浸しになっていた。もう何処に穴を掘ったのかも見分けがつかなくて、水が引いたとしても泥まみれで大変な事になっているのは簡単に想像がついた。

 

「……せっかくお墓作ろうとしたのに、ぐちゃぐちゃになっちゃったなあ」

「この辺、そんなに水はけ良くなかったんだな。まあ、それに、あれだけの雨だったからしょうがないって」

 

 なんだかすごく悲観的な気分になった。自分でも情けない言葉を口にしたなって思った。

 

 気付くとひぐらしが鳴いていて、空は真っ赤に燃えていた。沈んでく太陽は雲のせいで見えないけれど、それでももう日が暮れているのは分かった。なんとなく、夏が終わるんだって気がした。

 

 今思えば、あのカブトムシはこの夏の思い出の象徴だった。一緒に花火を見て、一緒に西瓜を食べて、一緒に夏を過ごしてた。それが、今日、八月三十一日に死んじゃった。夏の終わりに。

 

「夏の思い出があんな水浸しってのも、なんか嫌な終わり方だなあ」

 

 そう呟いた。納得がいかなくて、ちょっと愚痴を言ってやりたくなった。

 

「夏の思い出、か」

 

 魔理沙はそう口にして、穴があった筈の水たまりを眺めていた。それから、少し目線を上に向けて、途端にどこか納得したような顔になった。

 

「まあ、いいんじゃないのか? 水浸しでもさ」

「え?」

「だって、土の中に埋まった思い出よりも、水底に沈んだ思い出の方が、かっこいい響きだと思わないか?」

 

 それを聞いてしばらくは何を言っているか分からなくて、やっと理解できたと思ったら、なんだかおかしくなって吹き出してしまった。私を元気付けようとして出した言葉なのは分かっているけれど、でも笑うのを我慢し切れなかった。

 

「水底なんて、大袈裟過ぎよ。ただの水たまりだもん」

「いいだろう。前向きに捉えた結果だ。おい、そんなに笑う事じゃないだろ」

「だって、台詞がくさいんだもの」

 

 堪え切れなくて、ひたすらに笑った。その間、魔理沙は不満気な顔をして私を睨んでいた。その様子も無性に面白く思えるから余計に笑いが込み上げてきて、ずっと笑っていた。

 

「あー面白かった」

「お前、笑い過ぎて涙出てるけど、そんなに面白かったのかよ」

「まあね」

「心外だ」

 

 吹っ切れた気がして、気分が良かった。魔理沙には、照れ臭いからお礼は言わないけど、心の中で感謝をした。

 結局、このびしょびしょの状態じゃ何も出来ないだろうから、今日の所はひとまず帰ろうってなった。家に戻る間も魔理沙はまだ不満そうな様子だから、魔理沙には悪いなことしたなって思った。

 

 家に戻る途中で、もう一回後ろを振り返った。相変わらずの水たまりが見えて、ちょっとだけ足が止まった。吹っ切れた筈だったのに、やっぱりちょっと名残惜しかった。

 

「魔理沙、先行ってて。笑い過ぎたから、ちょっと涼んでから行くわ」

「ん、わかったよ」

 

 魔理沙が家に入っていったのを確認して、水浸しになったカブトムシのお墓まで戻った。もう一回どこに穴を掘ったかのかが知りたくて、水たまりをじっと見つめた。でも、泥で濁っているから何も見えなくて、どこまでいっても大まかな見当しかつかなかった。

 終わって欲しくない。茶色に染まった水たまりを見て、そう思った。自分にも魔理沙にも嘘をついていた。感傷的にならないなんて嘘で、どんなに堪えようとしてもそういう気分になってしまう。

 ほんとうは寂しい、夏の終わりが。だって、色んなことをして、色んなもの食べて、そうやって過ごした夏が、楽しくなかった訳がない。とても、心地良かった。あの時出た涙も、きっと笑い過ぎただけじゃなくて、心の何処かで寂しかったのを我慢しきれなくなって、それを笑って誤魔化していただけなんだ。

 

 ひぐらしが鳴いて、空が真っ赤に燃えている。沈んでいく太陽は雲のせいで見えないけど、寧ろそれが寂しさを増長させる。

 カブトムシ、私の夏は、もうどこか遠くにいってしまう。夏なんて嫌いな筈だったのに、それなのに、いつの間にか沢山の思い出ができていた。

 寂しくてたまらないけれど、でも、そろそろ、夏にさよならを言わなきゃいけない。儚かった思い出に、お別れをするんだ。

 

 ふと、魔理沙が言った台詞を思い出す。水底に沈んだ思い出。あの時は大袈裟だと笑ったけれど、でも、それにしてもかっこいいとも思ってしまった。

 夏の思い出は水底に、いや、水深五センチメートルに沈んでいる。そう、それでいい。そんなにかっこつける必要なんてないんだ。だって、思い出を埋めた穴は、そんな大層なものじゃなくて、それに、私の夏はもう充分綺麗だったから。

 

 




夏にさようなら

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