死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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 初投稿です。ちょっと残酷描写強めかもです。
 今話の時系列は〈2017年夏ごろ〉を想定してます。




原作開始前(?~百鬼夜行)
晴れのち呪霊


 

 

 今年の夏も例年通り、過去最高の暑さを更新したらしい。空からの熱線を地面が照り返し、アスファルトの上の景色が揺れた。

 周りには背の高いオフィスビルが立ち並んでいる。壁一面に張られた窓ガラスに、人々の行動が反射して映った。

 

 時刻は昼頃、社外に昼食を取りに赴く人々が多く見られる。

 

 信号機が、赤から青に変わった時のことだ。

 一人の男が、スマートフォンを耳に当てていた。電話越しなのに顔を綻ばせ、横断歩道に一歩踏み出す。隠しきれていない感情が溢れて、特徴的な垂れ目が、更に細められる。

 

 

 会話の相手は交際者だろうか。男の頬にはほんのりと紅が滲んでいた。手のひらを天に翳し、薬指を折り曲げて、「楽しみにしてて」と男が笑う。

 

 

 縦に並んだ信号機は変わらず青色に点灯していた。

 向こう岸に渡ることを許可する、橋渡しのようにも見えた。

 

 昼下がりの夏空は高く遠く、雲一つ浮かんでいない。己の存在がちっぽけに思えるくらい、雄大さを謳っている。肺全体を使って深呼吸をすると、胸の内が洗われるようだった。

 

 

 

 そういえば横断歩道を歩く時、幼い子供は、白線と黒線がある内の黒を踏んだら死ぬ、というルールを設けて遊ぶことがあるらしい。

 

 男が視線を下に向けて、足を大股に広げ、白い線を踏む。

 白は安全地帯で、黒はマグマ。十数年前を懐かしむように、目元を和らげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数秒後。

 それを否定するように、一台の車が、僕の目の前で、男を撥ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 太腿に、バンパーが突っ込んだのが見えた。

 

 関節を無視し、進行方向に向かって膝が折れる。右腕を下に、胴体がボンネットに倒れ込む。嫌な音が鳴った。

 足が掬い上げられる。勢いが収まらないまま頭部がフロントガラスにぶつかり、そこを起点とするように、上体が車体を転がる。回転した身体が路上に投げ出された。

 

 砂漠の枯れ草のように回り、ある時、勢いが鈍くなる。

 首が不自然な方向に曲がっていた。

 

 

 撥ねたまま暴れ牛となった車は、数メートル先の電柱にぶつかり、炎と煙が上った。衝撃でボンネットは拉げ、フロントガラスが砕け散る。車体の前身が平たい。遠目から見ただけだが、運転手の生存は絶望的と言えるだろう。

 

 

 泣き叫ぶようなブレーキ音が、後を引くように、道路上に黒い軌跡を描いていた。

 余韻を晴天が呑み込んで、しんと静まり返った直後、人々の悲鳴が響き渡った。朗らかな昼間は影を潜め、一瞬にして非日常へと変貌を遂げる。

 

 横たわった男は、一度びくりと痙攣を起こすと、微動もしなくなった。頭部を中心として全身から、赤い水溜まりが広がる。

 先程まで見せていた快活な笑顔は、今となっては見る影もない。

 

 

 僕の足元に、数秒前まで男が持っていたスマートフォンが転がり込んだ。

 落下の衝撃で、画面には角から花弁が開くような罅が入っていた。どうやら未だに通話は繋がっているらしく、男の身を案じる様子の、悲痛な女の声が頻りに呼びかけてくる。

 さてどう答えるべきか、と腰を屈めて画面を覗き込む。彼女からすれば、突然電話相手が轟音の後に応答しなくなったのだから、それはそれは不安なことだろう。

 

 安否を確認しに向かう勇気ある通行人に囲まれた男を一瞥し、素直に「多分死んでいる」と答えるべきか思案し、口を開く。

 

 

 喉を震わせて音を発する、その前に不意に肩を叩かれた。

 大方予想はついている。恐らく例の同僚だろう。

 

 

「キミ、()()()()()()?」

 

 仕方がないやつだ、と咎めるような口調だが、どこか喜色を隠しきれていない。

 

「人畜無害とか、それでよく言うよね」

 

 

 振り返ると案の定、顔に縫合痕のある男が、和らいだ表情で僕を見ていた。

 

 僕たちは、人の思いという不安定な概念から生まれるため、決まって人型をとるとは限らない。

 しかし目の前のこの男は、人が人を憎む思いから生まれたことが起因したのか、一般的な人間によく似た形をしていた。

 

 二十代前半ほどの見た目の、薄青の髪にオッドアイの男だ。その外見から、浮世離れした印象を与える。事実、非人間という観点においては、誤りとは言えないので、比較的内面に相応しい外見と言えるだろう。

 

 彼の言葉が心外で、眉間に皺を寄せる。

 

 

「別に、僕は何もしてないよ、真人」

 屈んでいた腰を持ち上げ、真人に顔を向ける。

「そこで人間が死んでるのに?」

 真人が視線を持ち上げて、道路を指差す。

 

 救急車を呼ぶ人間や、男を心配する人間に紛れて、スマートフォンのカメラを現場に向ける人間が散見された。それら全ては、僕によって引き起こされたと、真人は証言したいらしい。

 

「偶然だよ」

 意識を道路上に戻し、僕は答える。

「見てただけ、あそこの人たちと同じ」

 

 肘を真っ直ぐ伸ばし、一心不乱にカメラを向ける人間たちを、人差し指で示す。彼らの引き攣った口角は、惨状を楽しむんでいるようにも見えるし、現実を読み込めていないようにも見える。

 

「人間って不思議だよね、目の前で同類が死んでるのに、写真撮ろうとするんだもの」

 

 謎を紐解く学者のように、真人が人々の群れに足を踏み入れるので、何となく僕も彼の後に着いて行った。

「一種の防衛本能だよ、珍しいことじゃない」僕は言う。

 

「防衛本能?」真人が振り返って、首を傾げる。

「これは現実じゃなくて、アトラクションの一種だ! って思い込めば、ショックを抑え込めるでしょ」

 

 例え見知らぬ人間とはいえ、目の前で、生命が尽きる瞬間を見届ければ、それなりにショックを受けるだろう。誰かが呼んだ救急車のサイレンが、遠くに響く。自動車を運転する人々は、訓練されているのか、救急車が近付くと一様に避ける動きをするのを、見たことがある。

 

 

 倒れた男を前に、まるで自分が被害を受けたような表情を浮かべる人々の、間を縫って傍らに膝を着いた。

 

 安らかとは言い難い表情だ。苦痛と言うよりも、何が起きたか知らぬ間に、意識が途絶えたという顔をしている。

 僕が、直接的に手を下したわけではないが、少しだけ申し訳なさを抱いた。

 

 男の胸の辺りに手を翳し、掴み取る仕草をする。続いて、手の中にコロンと何かが転がる感覚が伝わった。この動作に、特に意味は無い。気分でやっている所作だ。

 手を返して中を見る。棒付きの、綺麗な青色の飴玉が握られていた。甘いのだろうか、それとも酸っぱいのだろうか、淡い期待を胸に、包み紙を剥いで口の中に放り込む。

 

 

「なんだかんだ、やっぱわざとでしょ」

 

 真人が人々の表情を覗き込む。美術品を鑑賞するというより、新しい玩具を弄ぶ感覚に近い。

 

「お腹空いてたの?」

 

 カランと舌で飴を転がす。見た目に反して、味はしなかった。

「だから、わざとじゃないって」

 

「あっちはいいの?」

 

 真人が、電柱に刺さった自動車に視線を向けた。運転手が中から出てくる様子は無い。

 

「……折角だし、貰おうかな」

「やっぱわざとじゃん」

「違うよ」

「えー、そうかな。キミがいて、そこで人間が死んだんだから、キミのせいだよ」

「何もしてなくても?」

 

 真人は一度肩を竦めると、「何もしてなくても」と笑った。そこで僕は、「真人が言うなら、そうなのかもしれない」と諦めて、彼と共に笑い合う。

 

 

 

 なんてことはしない。口を閉ざして、立ち上がった。

 未遂犯でもなければ、不能犯でもない。実行の着手に至る前の段階なのだから、とにかく僕は無実だった。

 

 

「無視するなよ」真人が口を尖らせる。

「面倒臭いやつだな」僕は胸の中で答えた。

 

 

 

 

 

 

 事後、数分で到着した救急車から、素早い動作で人が降りてくる。同時にパトカーに乗った警察も見られたので、小走りで電柱に近寄る。中を覗く気分にはなれず、割れた窓越しに、掴み取る仕草をする。

 再び手の中を見れば、今度の飴玉は黄金色に煌めいていた。

 

 口に咥えたままの飴玉の棒を引き抜き、空に翳す。一度口に入れたものを出す行為は、行儀が悪いことだと、人間の間では揶揄されるようだが、生憎僕には関係ない。

 二回り分程溶かされた青色の飴玉が、太陽光に照らされて艷めいている。光を受け止めた青色の中に、翠色や白色の煌めきが、見えた気がした。

 

 

「美味しいの? それ」

 

 真人は、引き摺らない性格だ。先程まで拗ねていたように見えて、切り替えが早いので、今は新しいことに興味を抱いていた。

 僕は首肯しようとして、動きを止める。味がしない物を、美味しいと言って良いのか悩んだからだ。

 

「分かんないけど、不味くはない」

 

 棒を指で摘み、くるくると回転させる。市井には惑星キャンディーというお菓子がある、と聞いたことがあった。もしかすると、今僕が食べている飴に似ているのかもしれない。

 

「美味しいなら、俺も食べてみたかったのに」

「食べる?」

 片手に持ったままの、まだ包み紙が巻かれた黄金色の飴を、冗談半分で差し出す。

「いいよ、まだこっち食べてるし」

「美味しくないんでしょ?」

「味は無いなあ」

「じゃあ要らなーい」

 真人は我儘な子供のように語尾を伸ばすと、横断歩道の向こう岸へと歩き出した。

「おい」

 

 他人を呼び止めておいて、先に進み出した真人の背中を睨む。生まれたての子供のくせに、年長者に対する礼儀がなっていない。そう憤慨してみようとするが、やはりそこまで重大な問題ではないと思い直す。

 

 僕は他の同僚からは、「落ち着いている」だとか、「何も考えていなさそう」だとか、そのように評価されることが多い。

 前者はともかく、後者には遺憾の意を評する。

 

 

 ふと射るような視線を感じ、規制が敷かれ始めた人混みに、視線を移動させた。そこで二人の人間が目に付く。

 

 

 一人は明らかに、僕が振り返ると同時に、大袈裟なほど顔を背けたので、日頃から見える側の人物だったのだと思う。僕らを不用意に見てはいけない存在だと、知っている人間の動きだった。

 

 背筋は伸びているし、清潔感のある短髪の男だ。

 しかし眼鏡の下に薄らと残る隈の跡と、こけて見える頬からは、実年齢よりも少し老いているような印象を与える。疲労感なのか、焦燥感なのか、頭からくたびれた影のようなものを被っていて、苦労が滲み出ているように思えた。

 

 もう一人は、と視線をずらしたところで、虚を衝かれた気分になった。

 

 見た目は先程の男と比べても、遜色ないと言えるくらい平凡だ。しかし、額周りに描かれた縫い傷と、未だに僕を見続ける視線は、異質と言わざるを得ない。逸らすわけでもなければ、睨みつける訳でもない。ただ僕を観測しているだけのようだった。動物園の檻の向こうを覗く人間の方が、まだマシな表情をしていた。

 

 暫し数メートル越しに見つめ合い、逸らし時を測る。これは機会を逃すと面倒臭いやつだという確信があった。

 彼に見覚えはないが、どこか懐かしさに似た感情を抱く。

 

 救急車が足早に発進したのをキッカケに、互いに視線を逸らした。

 不思議なこともあるのだと、居心地の悪さを感じながら、横断歩道を渡りきった真人に意識を戻す。

 

 

 

「遅いよ、挽歌(ばんか)

 

 

 彼に真人という名前があるように、僕らには、決まった個体名が付けられている。世界情勢や土地造形が変わっても、それだけは変わり得ないらしい。

 

 らしい、というのは僕が自分の名前を忘れてしまい、「()鹿()だなぁ」と驚愕した真人が新しく命名したから、僕には関係ないことだったのだ。その後に、「名は体を表す、って言葉知ってる?」と付け加えられたのも、関係ないことだと思いたい。

 

 咥えたままの飴を、舌で半回転させる。カランと、歯にぶつかって鳴る音が小気味良い。

 

 

「珍しいね、見えてる人がいたんだ」

 すっと目を細めて、真人が人混みを見遣る。「()()()()?」

 

「何が?」意図が読めなくて、僕は訊ねた。

 

 

 真人が今度はきょとんと目を丸くして、「何がって。殺すかどうかに決まってるじゃない」と至極当然のように言った。「キミの犯行も見られちゃったわけだし」

 

 真人のその言葉に、思わず目を瞠る。僕を心配する物言いに驚いたのではなく、この期に及んでまだその話を引き摺るのか、と半ば呆れにも似た気持ちが湧き上がっていた。

 

「殺したいなら殺せば良いんじゃない?」真人を追い越すように、横断歩道の白線を踏み越えて歩道を歩く。「僕は行くけど」

 

 

 パトカーに乗った警察官が、検分を始めるのを横目に観察する。事故発生当時は、それほど多くの人間が野次馬に集まったわけではなかったが、騒ぎを聞き付けたのか、カメラで撮した映像や写真を見たのか、今は当初の二倍ほどの人数の人集りができていた。

 物見遊山気分で訪れるにしても、もう少し別の物の方が良いのではないか、と思わなくもないが、人間にも価値観の違いという物がある。

 僕が「面白くない」と思っても、彼らにとっては「面白い」に該当するのかもしれない。

 

 

 人集りと僕を交互に、二、三巡ほど視線を送った真人が小走りで僕の横に追いついた。

 生まれたのは僕の方が先なのに、身長は真人の方が大きいので、自ずと僕の歩幅が大きくなる。

 

 歩きながら、口内で転がしている、小指の爪よりも小さくなった飴玉を、奥歯で噛み砕いて嚥下すると、飾り気のない棒だけが残った。

 指で摘んで棒を引き抜く。中途半端に噛み砕いたせいか、先端に飴の欠片が残っていたが、これっぽっちの為に舌で削る労力を勿体なく思い、諦めて棒を中腹で折った。

 

 僕が次に何をしようとしたのかを察したのか、真人が口を開く。

 

「それ、この辺に捨てたら花御が怒るよ」まるで体験談のように言うな、と思った。「ゴミはゴミ箱に、って」

 

「じゃあ、漏瑚に燃やしてもらおうかなぁ」

「それはそれで漏瑚が怒ると思うよ」

 

 真人に言われ、頭の中で想像してみる。

 まず僕が一本の飴の棒を持って漏瑚に、「これを燃やして」と頼む。すると漏瑚は血走った大きな目を更に大きくさせ、青筋を浮き上がらせるだろう。その後は、呆れ返って言葉も出ない内に燃やしてくれるか、怒りに任せて僕ごと灰にするかのどちらかに決まっていた。

 

 恐らく、僕は後者だと予想する。頻繁に話すようになったのは最近だが、漏瑚はそういう奴だと認識していた。

 

 

 僕は辺りを見回しながら、「大人しく自動販売機を探すことにするよ」と、遠回しに真人にも探すよう伝えた。

 

「自動販売機? 何で?」

 真人は辺りを見回さず、僕を見下ろした。

 

「大体近くにペットボトルのゴミ箱あるでしょ」

「それはペットボトル用のゴミ箱なんじゃないの?」

「結構無視して、違うゴミを入れる人がいるんだ」

「へぇ、詳しいね」

 真人が辺りに視線を遣りながら続けた。

 

「やっぱ長生きしてると、人間の暮らしに詳しくなるんだ」

 

「いや、別にそういう……」

 僕は平坦な地面で躓いた気分になり、言葉を詰まらせる。

 

 

 確かに、比較的産まれたばかりの真人よりは、断然人間の生態に詳しい自信はあるが、何もゴミの分別事情でそれを知らしめたいという意図はなかった。

 寧ろ、そんな観点で感心されるのは、少々居心地が悪い。

 

 

 

 数十メートル歩いて、「あそこ、自動販売機あるよ」と真人が公園の中にある自動販売機を見て、人差し指を向けた。横には、ペットボトルと缶を分別して捨てられるゴミ箱が併設されている。

 

 わざわざ入って、そこに飴の棒を一本入れる気分にはなれなかった。

 

 

 

 

 





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