呪霊らしくない呪霊←○○らしくない○○、みたいな。
青空文庫にも入力されている有名作品です、よかったら予想してみてください。
【追記】
・2021/11/20 サブタイトル変更しました。内容に変更はありません。
・2021/11/21 誤字報告ありがとうございます。遅くなりましたが訂正させていただきました。大変助かります。
(修正内容)×”呪い”→〇“呪い”
月曜日、二百十日の映画館と少年(Day1)
月曜日。僕は少年と出会った。
既に夏は終わりに近付いていた。それを察してか、蝉たちが最後の力を振り絞るかのように、盛大に叫んでいる。残暑はまだ厳しい。
突き抜けるような青空は眩しく、思わず目を細めてしまう。ふと遠くの空を見遣ると、湿気た空気と、どんよりと仄暗い雲が這い寄ってきていた。
数時間後には降り出すだろうか。空からたくさんの水が降り注ぐのは、見る分には楽しいが、浴びるのは気分が悪い。
「雨、映画が終わる頃には降りそうだね」僕は空を見上げて言う。「というか、何時間
隣を歩く真人に視線を向ける。真人は、んー、と平坦に伸ばしてから「二時間くらい」と答えた。
僕は今、真人に連れられて映画館を訪れていた。最近どこかへ外出することの多かった真人だが、今日をもってその外出を止めるらしく、僕はその帰りに真人と出会した。いつもの外出は良いのか、と訊けば真人は「だって、もう行く意味ないしね」と、若干つまらなそうに、若干寂しそうに呟いていた。「最近、何してたの?」と続けて訊ねても、真人は曖昧に濁すだけで答えることはしなかった。
だが真人のことだ。
面白いおもちゃを壊しただとか、行きつけのスポットに飽きただとか、その程度の動機だと思う。真人の行動には理解が追いつかないし、多分、逆を言えば、真人は僕の行動に理解が追いつかない。
ふと顔を上げると、少し先に、キネマシネマと書かれた看板が掲げられている。
「そこだよ、映画館」真人が建物を指し示す。壁は汚れていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
「へー、結構古いじゃん」
「新しい方が良かった?」
「どっちでも変わらないよ」僕は口を尖らせる。「映画も、別に興味無いし」
「見れば結構面白いよ。挽歌も、楽しみの一つくらい見つけるべきだ」真人が得意気に言った。我がことのように自慢をして、鼻高々といった様子だが、僕を気遣うような言い方にも思えた。「生きてるんだから楽しまないと。立派な呪霊になれないよ」
「またその話? いいよ別に。これでも好き勝手生きてる」そこで引っ掛かりを感じ、真人を睨む。「というか、立派な呪霊って何だ。僕はキミより長生きしてる」
「でも俺の方が強いよ」
「当たり前じゃないか、何言ってるんだ」
「挽歌は相変わらず、反応がおかしいな」
映画館の入口は電気が消えていて、寂れて見える。受付のスタッフは窓の向こうで朝食を口に運んでいて、表情は険しく不機嫌そうだ。千客万来の雰囲気とはとても言い難く、興味を引く気配はなかったけれど、真人の様相は見事にそこに溶け込んでいた。
もしかして近頃はここに通い詰めていたのか、そこまで映画鑑賞に勤しむ気概が分からない、と思いもした。
「どれ見ようかな。あ、これなんか良いじゃない。ミミズ人間3だって」ポスターを指差す真人が言った。
「ええ、やだ。何かおどろおどろしいよ、このポスター」
そこで、僕らの後にやってきた人間の、「あの、すみません」という声がした。まさか僕らに声をかけたのか、と驚いて振り向く。ボーダーの服を着て、片側の前髪が不揃いに伸びた、高校生くらいの繊細そうな、細身の少年だった。もしかして見えているのか、と呆気に取られていると、その少年は、「すみません」と再度声を出し、窓口のスタッフに呼びかけていた。ああ、僕らじゃなかったか、と息を吐く。
真人が馬鹿にしたように笑いを嚙み殺す。「行くよ、挽歌」と弾んだ声音で紡ぐと、無賃で廊下の奥に進んだ。
さて、どんな映画なのか、と真人に続くと、背中に視線を感じて、何の気なしに僕は振り返り、「えっと」と目をしばたたいた。「……やっぱり、見えてる?」
「──ミミズ人間3、大人一枚で」少年は窓口のスタッフと会話を始めた。片手には財布を持ち、もう片手は人差し指を立てている。
僕に気付いた様子は、無い。
*
例の、血腥いポスターの映画だが、中々に毒のある内容だった。
席に着いて暫く、僕はスクリーンを真剣に眺めていた。真人が選んだ映画だし、これを見れば映画の何たるかを理解できると自分を説得し、一つ一つのシーンに目を凝らした。が、徐々にエスカレートする凄惨な映像と、残虐な行為にげんなりと肩を落として、見ることをやめた。
前方の席で騒ぎ散らす高校生を見る方が、まだ面白味があった。
まるで世界の中心は自分たちだと言わんばかりの、騒がしい声と陽気な態度は、この重苦しい劇場の中とは不釣り合いに感じる。
視線を左側にずらせば、先程入口に居た少年が座っている。頬杖を着き、時折忌々しそうに首を前方に向けると、苛ついた様子で体勢を変える。大人しそうな風貌なのに、見る映画は随分と残虐的だな、という感想を抱く。
「結構自由なんだね、映画館って」僕は小さくささめいた後で、隣席の真人を見て、「知らなかったよ」と伝えてみた。内心では、これのどこが面白いんだ、と言っていた。
「うーん、普段はこんなんじゃないんだけど」
「普段がおかしいのかもしれないよ」
「普段はおかしくないんだよ」
どっと笑い声が聞こえた。僕と真人は喧騒に目を向ける。
「やっぱり煩いね。ちょっと注意してこようかな」と真人が言う。
「注意?」
「挽歌はそのまま座って、ちゃんと映画見てて」
どうやら、僕が真剣に映画を見ていないことを知っていたらしい。そこで真人は面倒臭そうに立ち上がって、けれどどこか愉快げに口角を歪め、席の間の通路を歩き出した。わざわざ注意しに、だ。真人のことだから、どうせろくなことにならない、と心構えを忘れずにしておく。
彼は騒ぐ三人の高校生たちの後ろに立ち、「キミたち」と声をかける。「マナーは守ろうね」
真人の背中越しにそれを眺めていると、不自然に高校生たちの体が隆起した。明かりが落とされ、スクリーンしか光源がない環境で、僕は確かにその瞬間を見た。
真人に触れられた人間の内、一人は頭部が二手に分かれて、一人は鼻から上半分が伸び広がり、一人は顔の真ん中でぱっくりと割れて、
喧騒が止んだおかげで、劇場には静寂がやってきて、館内の音響設備が、元気を取り戻して健気に働く。スクリーンに映る女性は、まるでその犯行を見てしまったかのように、大きな口で悲鳴を上げていた。
「ほら、静かになった。挽歌も、映画を見るときは静かにね、マナーだから」
席に戻ってきた真人がひそひそと言うのを聞きながら、僕は高校生たちだったものを眺める。スクリーンの光を浴びて、血痕が不気味に照らされていた。
「随分と思い切りがいいね」
「呪霊は、やりたいことをやりたいときにやって、殺したいときに殺すんだよ」
「ふーん」相槌を打ちつつも、理由はそれだけでは無いと思った。多分、今日の真人は少しだけ、虫の居所が悪かった。それは今朝鉢合わせたときから分かっている。
真人はその予想に覆い被せるように、続けた。「ほら、マザー・テレサも言ってただろ。『神様は、ただ挑戦することを望んでいるだけ』って。動機なんていいんだよ、やりたいことをやれば。あれと同じ」
「会ったことがあるような言い方だ」
「はい、話は終わり。真面目に映画見よ」真人は椅子に更に沈まった。
「じゃあ最後に聞いていい?」
「最後ね」視線はスクリーンに向いたままだ。
僕は声量を落として訊く。「真人は、映画のどこを、面白いと思ったの?」
真人は少し悩んでから、「映像の美的センスとか」とだけ呟いた。
よりにもよってそこか。
真人の理論を適用するなら、僕が「もう映画を見る気にならない」と言えば、感情の赴くままに劇場を出て良い筈だ。しかし、真人は恐らくそれを許さない。
見てるか、と真人が横目で視線を寄越すので、僕はたじろぎ、ちゃんと見てるよ、と顔を逸らすしかなかった。
スクリーンを見続け、椅子に座り直し、ぼんやりと登場人物の台詞を反芻し、再度椅子に座り直す。
その動作を繰り返して漸く、ストーリーが終わった。黒塗りの背景に、白い英字の羅列が流れ始める。狂騒的なクラシックの音楽が、バックグラウンドで踊っていた。
一通り映画は見たが、これといって得たものはなかった。強いて言うならば、折角ならこの英字も最後まで見ていてやろう、という意地くらいだ。
そんな英字の羅列も終わりが見えてきた頃、真人が立ち上がった。帰るのか、と続いて僕も立ち上がる。
真人は両腕を上に伸ばしながら、出口の明かりに向かって歩き出し、「行こう」と声に出さず言った。
「この、文字が沢山流れてくるの、良いね。音楽も素敵だ」
「ああ、エンドロールね」真人は、えらく自慢げに答えた。「最後まで見た感想がそれだけ?」
「逆に訊くけど、真人は、ストーリーを面白いと思った?」
「俺たちに人間の価値観を押し付けるのが、そもそも間違いだよ」
そう言って真人は、顔を逸らしたように見えた。
やっぱりつまらないんじゃないか、と内心で愚痴を垂れる。
劇場を出て廊下を歩くと、入る前は薄暗かったはずの館内がやけに明るく見えた。僕と真人は特に話すことも無かったので、無言で、カーペットを踏み歩く音だけが響く。
その道中、真人は徐にポケットから何かを投げ捨てた。
「花御が怒るんじゃなかった?」と僕はすかさず言う。
真人は、最初は何のことか思い当たらなかったようだが、すぐに納得した様子で「これは平気でしょ」と落としたものを指さす。
見下ろすと、それは蠢蠢と微動していて、真人が合図をすると肥大化した。「うわっ」と僕は思わず声を上げて退く。
「屋上に行ってな、きっと誰か来てくれるよ」
真人がそれらに声をかければ、それらは四足歩行で、よたよたと階段を駆け上がった。わざとらしい残穢を振りまきながら。
上階から「洗剤」やら、「お弁当」やらの言葉が聞こえる。十中八九、あの趣味の悪い生物の
「行こうか」
「行こうか、じゃないよ」
階段を下りた後で、狭い通路にぽつんと設置された裏口の扉を開ける。入口とは別の、裏手の路地に繋がっていた。汚くはないが、灰色の煤けた壁に囲まれていて、人間たちが近寄り難い雰囲気がある。
二時間と少し前までは晴天だったが、どうやら映画を見ている間に雲が足を伸ばしたらしく、悪天へと様変わりしていた。低く唸るような雷の声がし始める。
「挽歌はこの後、予定ある?」
前方を歩きながら、真人は形式的に訊ねた。僕は彼の、鼻歌でも歌い始めそうな背中にうんざりした後で、「無いよ」とぼそっと言った。
「ならあそこに行こう」と真人は提案する。
「あそこって、あぁ、地下水路のとこ? 何で?」と僕は確認する。
「実験してるんだ、挽歌も見においでよ」
「えー、人間を手のひらサイズにするやつなら前にも、……あとさっきも見たじゃん」
「それじゃないよ、新しいのを始めたんだ」だから、成果を見に来い、と言う。こちらの意見は聞きやしない。
「新しい実験って、何を始めたの? つまらなかったら帰るよ。探し物があるんだ」
最近、とある図鑑に興味を抱き、僕はそれを拠点で読んでいたのだが、ある日、気付けばなくなっていた。最後に見た際、どこに置いたか覚えていなかったので、暇な時に虱潰しをするように探していたのだ。
真人が振り返る。
何か言おうと口を開くと同時に、後方から慌ただしく走る音が聞こえた。僕も振り返れば、そのタイミングで丁度、一人の少年が通路から現れた。
あ、と口を開く。
先の映画館で会った少年だ。不揃いに伸びた前髪は跳ねていて、呼吸が早く、肩は少し上下している。映画館から僕らを追いかけて来たのだと、瞬時に分かった。
やはり見えていたんじゃないか。最初はそう思ったが、多分真人が術式を使った瞬間に、そういった才能が開花したのだろうと、僕は予想した。
「あの」少年が、今度こそ僕らに話しかけた。「映画館の、あれ、アナタがやったんですか」と動揺した様子を見せた。
あれ、とは真人が注意という名目で行った、惨たらしい殺害行為だ。少年は明かりが点った瞬間、さぞかし驚いたことだろう。
「へぇ君、俺たちが見えるんだ」真人がすっと目を細めた。何か悪巧みをする際の表情に似ている。「やったのが俺ならどうする? 責める?」
少年が息を飲んだ。「真人」と僕は咎めるように口出しする。面倒事に関わりたくなかった。
しかし真人は続ける。「彼らは君にとって、特別だった?」
「……それ、もし特別だったら?」特に意図は無いが口を挟む。
「え? 別に、あぁそう、って感じだけど……」真人が目を丸くして、僕に言う。当たり前だろ、とでも続けそうな態度だ。
僕は、こいつはこんな調子だがどう思った? と確認するように少年の方に顔を向け、そして目を見開いた。
「……ねぇキミ、大丈夫?」
少年の息が荒くなり、強く握り締められた拳は、怒りからか、戦慄いている。俯いており、表情は確認できないかと思ったところ、ばっと顔を上げた。目が血走っている。
「僕にも」と徐に少年が呟いた。「僕にも、同じことができますか?」
僕と真人は顔を突合せ、きょとんと目を丸くした。
ぽつぽつと降り始めた雨粒が、コンクリートを黒く塗る。雨から逃れるように、僕らは路地を進んだ。
*
どうやら少年は真人の興味を引いたらしく、真人は軽々しい口調で、「多分できるかな、どうだろう。取り敢えず着いてきなよ」と安易に言った。僕にもできるか、と質問した少年に対する返事らしい。
雨が降っていたが、まだ霧に近い小雨であったので少年も特に気にすることなく、真人の案内に続いた。
地下水路に辿り着いた後で、真人は通路を先導する。薄暗いが、非常灯の光が地面を照らしている。奥へ進んで数分すると、拓けた部屋で立ち止まった。僕にも見覚えのある空間だった。
「俺は真人、君は?」と真人は言いながら、ハンモックに飛び乗った。紐の両端を、パイプと壁の突起に結び付けて固定しているらしい。器用なものだ、と感心する。
「因みにこっちのは挽歌」と口を動かしつつハンモックの中央に座り直し、安定した座り心地を確かめると、今度は傍らに置いてあった図鑑に手を伸ばした。日本妖怪全集と書かれたものと、
「あ、それ僕の」
僕が思わず口にすると真人が、「借りてる」と細い顎を持ち上げた。
「失くしたと思ってたのに」そう呟くと、「後で返すよ」と真人が宇宙図鑑をひらひらと振る。無断で借りて自分の秘密基地に置くなんて、と指摘しようとしたが、止めた。
「真人に貸した覚えなんて、無いんだけど」と言うと、今度は揶揄うような声音で「残念、夏油に許可は取った」と満面の笑みを浮かべる。
「あ、その」
「っと、ごめん。キミの名前は?」僕が言って、少年を比較的汚れていない段差に座らせる。「真人も言ったけど、僕は挽歌。僕らが見えるなんて凄いね、しかも驚くどころか着いて来ちゃうなんて、どうかしてるよ」
「……僕は、吉野順平です」少年は気まずそうに目を逸らして、下から僕と真人を上目で見つめた。「あの、お二人って」
「人間じゃないよ、呪霊っていうんだ。……ああ、って言っても分からないか」真人が白々しい親切心を浮かべているのが、空間に反響して、分かった。
「呪霊?」
「人間から漏出した呪力、まあ、負のエネルギーとでも考えてくれれば良いよ。その呪力の集合体なんだ、所謂“呪い”って言われる存在」
「呪い……、さっきのはそのエネルギーを利用して?」と顎に手を当てて、少年が言う。
「そうだね。才能ありそうだし、君にもできるよ、俺が教えてあげる」
「あ、ありがとう、ございます」
「あと挽歌は……そうだな、何か困ったことがあったら連れて行きなよ、きっと君を助けてくれる」と真人は、僕が会話に参加する気がないことを見越した上なのか、わざとらしく巻き込んできた。
「なんでよ、……あ、いや、まあ別に、気が向いたら、良いけど」
本人の目の前で否定する気には、なれなかった。僕は言いながら少年の手前の段差に腰を下ろし、水面に顔を向ける。揺れる水面には、僕の顔が映ることはない。しかし映っていたのなら、僕は眉を下げ、不服そうに口を尖らせて、覗き込む自分を労うような目をしていただろう。元気出しなよ、と言ってくるようだったので、「そうだね」と僕は溜息を吐く。
暫くは真人が少年に呪術師や呪詛師、呪霊について説明する時間が過ぎた。雨水で増したかさのせいなのか、流水の音はいつもよりも大きく鳴り、その後を追いかけるように、石造りの壁に反響する。僕の後方では真人たちが会話を交わしている。流水音、反響音、そして会話の声がごちゃ混ぜになって僕の周りを飛び交う。
「でも、人々が常に恐れているのは、そんなお伽噺じゃないだろう?」
真人が日本妖怪全集を開いたまま、腹の上に置いた。少し前までは、特級仮想怨霊についての話をしていた。
少年が一拍の空白の後に、「天災とか?」と考え付いた言葉を口にする。
「君との会話は、ストレスがなくて助かるよ」ハンモックから上体を起こした真人は、にっこり、と優しく微笑み、再び横たわる。
そのわざとらしい笑みを見せるためだけに、身を起こしたらしい。僕はその様子を横目に見てから、少年を見て、いたたまれない気持ちになる。褒められなれていないのか、それとも既に憧憬を抱きつつある真人だからなのか、少年の顔には隠しきれない喜びがあった。
僕は膝を抱えて、真人の演説に耳を傾ける。「大地を、森を、海を、人々は恐れ続けてきた」真人は言いながら、腕を天井に向け、何かを掴むようにした。「それらに向けられた呪力は大き過ぎるが故に、形を得る前に知恵をつけ、今まで息を潜めていたんだ」
そして、ぴょんとハンモックから飛び降りると、少年に近寄り、目の前で立ち止まる。左手で不揃いに伸びた前髪を横に流し、彼の顔を覗く。
僕は聞きながらふむふむ、と頷いていた。が、「皆誇らしい、俺の仲間さ」と言ったところで、停止する。何となくしっくりこなかった。というのも、僕は彼らと同じ志を未だ持っていないのだ。そのため、呪霊という括りで判断するなら、同僚という言葉の方が正しいのではないかと思っている。
そこで少年が弱々しい声で、「真人さんは、なんの呪いなんですか?」と零した。僕から真人の顔は見えないが、少年がはっと息を飲む声がする。
空気が変わった、ようにも思える。
先程までの朗らかさからは一変し、呪いとしての貫禄のようなものが窺えた。
「──人間。俺は、人が人を憎み恐れた腹から、産まれた呪いだよ」
穏やかに水面を静かに揺らす声で、真人が言う。
「っ、人間……から…」
真人は少年の顔から手を離すと、くるりと軽快に振り返って僕を見る。また空気が変わった。今度はからりと晴れた空のような雰囲気で、いつもの真人より演技がかった顔付きだ。
「ああ、挽歌も面白い呪いなんだ」真人は少年に質問を促すように、敢えて僕に視線を向けた。
何が目的だ、と僕は訊ねようとするが、それよりも早く少年が口を開く。
「挽歌さんは、一体……?」
「真人」僕は今度こそ真人を睨む。「僕が嫌がるの、分かっててやってるだろ」
彼は返答の代わりに、肩を竦めて舌を出した。少年には見えない角度なのが厭らしい。
「あ、す、すみません。やっぱり」
「……いいよ別に、隠すもんでもないし」こんな少年に気を遣わせることが、居心地悪く、僕は渋々口にする。そういえば、僕が自分の産まれを説明する機会は、最近ではいつ以来だっただろうか。
「僕は、皆が『死』を忌避する感情から、産まれた呪いだよ」
改めて思うが、本当に面倒くさい感情から産まれたものだ。「死にたくない」という思いの集合体だから、当然、僕も死にたくないと常日頃考えている。生まれてきたせいで、『死』という明確な終わりを自覚するのだから、そもそも生まれてくること自体が間違いだ、というのが持論だ。
真人には以前、「反出生主義の呪霊なんて、本当に変わってるね」と感心されたことがある。もしかすると、珍生物を見るような目付きだったかもしれない。
「死を忌避する感情……、死ぬのが怖いとか、死にたくない、とか?」
目を瞠る。「その通り、察しが良いね」
「あっ、いえ」少年が頬を掻く。
一通り自己紹介というか、呪霊についての説明を終えた僕らは、次は呪術師の説明を始めることにした。主に真人がだが、一言説明すると少年は想像の倍以上を理解するので、会話は滞りなく進んだ。その点に関しては、真人も満足そうにしている。
「そうだ、渦巻きのボタンをしている学生に会ったら、仲良くするといい」真人が言った。「彼らは呪術師なんだ、きっと
少年は一度口をぽかんと開けてから、はっとした様子で反応する。「っ、渦巻きのボタン……分かりました」
僕に距離を詰めようとする意志と経験が足りないからか、そしてもしかすると性格的魅力が足りないからか、真人の方が親睦を深める技術が高かった。前触れもなく名前で呼ばれた少年は、一瞬驚いた様子を見せるも、不快感を抱いた様子は一切見て取れなかった。
会話の内容も、名前呼びの衝撃に流されてしまったらしく、大人しく頷いた。
それが紛れもなく、重大なミスであると気付くことなく。
呪術師は僕らの敵であるという前提知識があっても、真人の発言に違和感を抱くことをしなかった。ちらりと真人を一瞥すると、案の定、口角を歪めている。瞬きの間に、それは見間違えであったかのように、抜け落ちたが。
少年を使った新しい遊び方でも考えているのだろうか。
呪術師と聞いて思い出すのは、やはり先日の五条のことだ。それと付随して、七海のことも。
僕が、「彼なら何か変えてくれるのでは」と、一方的な期待を寄せていただけで、七海も僕も、本来は敵同士だ。今後何かを話すこともなければ、結託することもない。真人たちと行動すれば、将来的には大規模な呪い合いに発展するだろう。
そう考えていると、無性に腹が立ち、そんな自分に驚く。僕らしくない、と思った。
思考を切り替えるために、今は何時なのか確かめようと、立ち上がる。外に繋がる通路を覗くと、出口に見える小さな空から、夕焼けの茜色が射していた。それを見て、漸く今が夕方であるということに気付く。
「もうこんな時間なんだ」僕が二人に聞こえるくらいの声で言う。
「ああ、本当だ、少し話し過ぎたね。順平、また明日おいで」真人が僕の隣に来て、出口を覗く。「明日から教えてあげるよ、術式」
少年はきょとんとして、僕らに倣って出口を覗く。そしてぎょっとした様子で肩を上げて、「もうこんな時間に」と焦りを見せた。「今日は、ありがとうございました!」と忙しなく頭を下げる。
「じゃ、またね、順平」真人が手を振る。
「はい」少年が柔らかく目元を和らげる。
家で誰かが待っているのだろうか。
僕は、もう来ない方が良いだろうに、と思いつつも声に出すことはしなかった。
少年の姿が見えなくなった数秒後、ガラリと雰囲気が一変した真人は、もう我慢できないと肩を揺らす。「っくく、楽しくなりそうだね」と言って、上機嫌に笑った。
僕は肩を落として、「どうせ、ろくなことにならない」と呟く。というか、ろくなことをしない。
「ノリが悪いなぁ、挽歌は」
「今日は僕も帰るよ」肩を落として、そのまま出口に向かって歩くが、真人が「あ」と弾けるような声を出すので、思わず足を止める。
「なに?」
「まだ実験を見てもらってない」
そんなことか、とじっとり目を細める。「面倒くさいやつだな、キミは」
「挽歌には負けるよ」
「帰るね」
「そう言わずにさ、ほら」
渋々真人の後に続き、先程の部屋から更に奥に進む。細く狭い通路は苔が生えていて、ひんやりとした空気が漂っていた。
真人が立ち止まり、半身になって、前を見ろと促す。少し狭い部屋が見えた。しかしそれが間違いであると気付いたのは、か細い声が聞こえてきたからだ。
部屋が狭いのではなかった。部屋に居座る存在が大き過ぎるのだ。その点を考えれば、むしろ部屋は広く天井も高い。
それは、十メートルはゆうに超えていた。全体的にぶくぶくと太った紫色の肉が垂れ下がり、自力で立つことすらままならないほど、足は細い。首周りの肉が重いのか、気道確保のために、顔は斜め上の中空を向いている。目はかけ離れていて、大きな唇は腫れぼったい。
元が人間だとして、その性別は男なのか女なのか、そして年齢はいくつなのか、全くもって予想できなかった。
「──……ねぇ、これ、人間?」僕は呆然と見つめてから、やっとの思いで訊ねた。
「そうだよ、一人の人間をどこまで大きくできるのかの実験」
声を失う。なんて残虐なことを、という意味ではなく、なんて気色の悪いものを、という意味で、だ。
「真人、お願いだからこれ実用化しないでよね、気持ち悪い」
僕は汚物を吐き捨てるように言った。
「えー、こっちは術式の練習してるんだよ、挽歌と違って」
「僕だって、色々知ろうと思って勉強してたんだよ」真人を睨む。「誰かさんが、図鑑持って行っちゃったから、できなくなってるけど」
「……酷いことをするもんだなあ」
「おい、キミのことだよ、キミの」
終始、真人は僕を試すような目付きで見ていた。
けれど生憎、僕は察しの悪さに定評がある。彼にどんな意図があるのか、彼が何を求めているのか、予想する気もなく、気付けば意識することすらも忘れていたものだから、終いには真人は諦めて乾いた笑いを零した。
そういえば、僕らの会話の合間に時折、「おかあさん」とアレが呟く音が混じり込んでいたが、僕も真人も気にすることはなかった。
僕が原因でああなってしまったならまだしも、僕が関係していないのなら、特に何も思うことはない。
先日、評価バーに色が付いていました。気付くのが遅くなり申し訳ないです。この場を借りてお礼申し上げます。
いつもながら評価、感想、しおり、お気に入り等、本当にありがとうございます。非常に励みになります。感想乞食民なのでいつでも大募集です。
これからも、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
私事ですが、幼魚と逆罰編の真人の悪辣さが最高に胸糞悪くて大好きです。なるべく拙作にも落とし込めるように頑張ります。
今話の最後の赤文字とかが最初の一歩ですね。