死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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 新巻ニコニコしながら買いました。やっぱあの辞世の句最高っすね。

 本文について。このあたりの主人公は内心が非常にフラッフラしてますが仕様です。
 いつも評価、しおり、お気に入り等、本当にありがとうございます。そろそろ書き溜めが間に合わなくなってきました。


【追記】
・2021/11/09
 誤字報告ありがとうございます。遅くなりましたが訂正させていただきました。大変助かります。
(修正内容)×嫌煙→〇敬遠

・2021/11/20
 サブタイトル変更しました。内容に変更はありません。



火曜日、きっかけと藹藹(Day2)[1/3]

 火曜日。多分、何かがおかしくなったのはこの日からだ。

 

 

 真人は、朝早くからあの地下水路に赴いた。

 遅れて昼前、太陽が斜め上からコンクリートを照り付ける頃、僕も到着した。拠点を出る際に夏油に引き止められ、立ち話をしてしまったのだ。

 

 昨日と同じ場所へ着けば、少年と真人は哲学的な話をしていた。一体何の話をしてるんだ、と僕は眉を顰める。

 

「『好きの反対は無関心』なんて初めに言った人は、ちゃんと地獄に落ちたでしょうか」

 

 静かな声が響いていた。

 

「悪意を持って人と関わることが、関わらないより正しいなんて有り得ない」

 

「マザー・テレサ!」

 思ったよりも大きな声が出てしまい、慌てて声量を抑える。

 

「彼女で地獄行きなら、僕らはどこに行くのさ」

 

 

 僕が部屋に立ち入って早々口を挟んだからか、もしくは見当違いの指摘を受けたからか、少年は困ったように眉を下げて、続けた。

「僕が言いたいのは誤謬の方です。『好きの反対は嫌い』、なんですよ。日本人って好きですよね、単純な答えを複雑にして悦に浸るの」

 

「皆、言葉遊びが好きなのさ」真人が言う。「何故なら人間は、言い訳をしないと生きていけないからね」

 真人が僕を一瞥したように見えたが、あまりに一瞬過ぎて、気のせいだった気もする。「アレルギーみたいなもんだよ。複雑化しないと、蕁麻疹が出る」

 

「真人さんでも冗談って言うんですね」少年が半ば感心するように言った。

 真人は存在が冗談みたいなもんだよ、と口にしかける。

 

 

 目の前には、昨日見せられた紫色の巨体がある。

 僕は依然醜いなと思っていたのだが、少年は少し目を見開いただけで、あまり衝撃を受けていないのが、横目に見えた。

 まさか今までに見たことは無いだろうが、現実味がないから信じられない、と彼自身も困惑しているのか、とにかく少年は無反応だった。右手に持たされていた小型化した人間を見て、次に顔を上げて紫色の巨体を見て、少年独特の高くも低くもない声でその感想を一言に纏めた。流石に少しは驚いたらしく、「これが、人間」と目をしばたたかせる。

 

「キミ、死体に慣れてるの?」僕は思わず訊ねた。

「どうでしょう」

 少年は前置きをしてから、「それが僕の母だったら、取り乱し、真人さんと……挽歌()()を憎んでいたかもしれません」と言って、手元の小型化した人間を真人に返す。

 

 僕はこれに関与していないのだが、と反論が浮かぶ。「そう………………ん??」

 敬称が変わっていたが、あたかも最初からそうだったかのような流れで呼ばれたため、反応が遅くなった。

 

「それに」少年は続けようとする。

「あれキミ、いつから、」遮って訊ねようと思ったが、視界の奥に映った真人の姿を見て、止めた。「ああ……、まいっか」

 

 手をひらひらと振っていた。十中八九彼が少年に、「挽歌に“さん”は要らないよ」だとか何とか、指示したのだろう。まあ、僕としては別に不快感はないし、むしろ親しみやすいのならそれで良い。真人にしては為になることをしてくれたものだ。

 

 少年は、やはり駄目だっただろうか、と不安そうに眉を下げてたが、僕が続きを促すことでそれを払拭する。

 

 曰く、自分は人間の醜悪さを知っている。だから他人に期待しないし、また他人の死に思う所はない。「無関心こそが人間の行き着く美徳です」と、少年は語った。

 同時に、すとん、と何かが落っこちた。

 

 

「──へえ」無意識に声が溢れる。

 

 

 真人はそんな彼を肯定していた。

 が、他方、僕は、善良な感情の下から湧き上がったどす黒い炎を掻き消すために、腹に力を入れた。

 

 もし目の前で知人が死んだら?

 もし自分が死に瀕したら?

 その時、この少年はどう思うのか、とふつふつと黒い期待が浮かんでは弾けていた。

 

 訊ねてしまえ、いや、むしろやってしまえ! と脳裏で誰かが叫ぶ。じわじわと何かが思考を蝕み始めた。

 

 そうだ、僕は呪霊だ。やりたいことをやってこそだ!

 

 無意識の内に口角が上がっていたらしく、はっとする。それがとても恥ずかしくて、すぐさま口元を覆った。呪霊としての本能に従うならば、きっとこれに沿えばいい。それが正しい呪霊だ。

 でも僕は、その生き方はなんだか、とても息がしづらい気がして止まなかった。

 先日、呪術師に殺されかけたばかりなのに? 内心で自問自答する。ああ、そうだとも。僕は臆病だから、あと一歩が踏み出せないんだ。

 

 一旦炎を消すことに成功し、暗くて悍ましい煙が、腹の底から立ち上る。

 

 

「挽歌、大丈夫?」

 真人の声で意識が引き戻される。「え?」

 

「これから順平の術式を鍛えてあげようって、……もしかして聞いてなかった?」

「……ああー、うん、聞いてなかった」

「取り繕わないんだ」真人が苦笑する。

「僕にできることはないでしょ、そこで図鑑読んでるからさ、何かあったら言ってよ」

 

 そう言って僕は逃げるように、ハンモックに乗せられていた宇宙図鑑を手に取って、段差に腰を下ろした。何か言いたげな真人の視線に反応しないように、細心の注意を払う。

 この心境のまま彼らと話を続けていたら、どうにかなってしまいそうだった。そうなる前に、気分転換がしたい。

 

 そこでようやく諦めたらしい真人は、「仕方がない」と呆れた様子で息を吐き、「始めよっか、順平」と少年を呼ぶ。

「は、はい。お願いします」

 

 真人が少年の背後に回り、後ろから手で包むように側頭部に触れる様子を、後目に見る。あのまま真人が、何かの拍子に術式を好きなように使えば、少年は見るも無惨な姿になるだろう。

 でも()()、その時ではないらしい。

 彼らはそのまま、一貫して穏やかな調子で話を始めた。一先ずは放っておこうと思い、僕は膝に乗せた図鑑に目をやる。

 

 

「何故宇宙図鑑を?」と夏油は言っていた。

 

 何か必要な物はないかと訊ねられた際、僕はこれが欲しい答えたのだ。実の所、大した理由はない。

 が、僕の術式の影響を受けて死んだ人間は、どうやら本来の寿命を捻じ曲げられて死んでいるらしい。であれば、その後に生成される飴玉の見た目も、何かしらの意味があるのではないかと、僕は調べることにした。見た目が宇宙に浮かぶ惑星に似ていたから、宇宙図鑑を選んだ。まるで他人事じゃないか、と周りは思うかもしれないが、今まで本当に他人事のように思ってきたのだから、あながち間違いでもない。

 

 実際、僕は術式を鍛えることを放棄しているから、これもただの暇潰しにほかならなかった。

 

 ページを捲ると、まず大きな惑星の写真が貼り付けられている。横には質量や密度、更には地球からの距離まで記されているが、規模にまるで現実味がない。文章を指でなぞりながら頭の中で言葉を反芻する。これによれば、空に浮かぶ月だって本当は手の届かない位置にあるし、夜に瞬く星だって考えられないほど昔の光だという。まあ月は惑星ではないのだが、ともかくスケールが膨大過ぎて、受け止めるだけで疲労感があった。

 

 ポケットから飴玉を一本取り出す。これは行きがけに見かけた人身事故で、得た飴玉(寿命)だ。カフェオレのような色に白い帯状の線が泳いでいる。二ページ前に戻れば、見た目が瓜二つの惑星があった筈だ。

 

「木星、かな?」

 

 太陽系惑星の一つだ。ガス惑星らしく、質量は地球よりも軽いらしい。

 二つ目の飴を取り出せば、それは薄黄色で、木星のページの近くに似た衛星があった。イオというらしい。硫黄と硫化水素の霧が発生するそうだ。

 だんだん楽しくなってきて、僕は現在持っている飴の他にも、覚えている飴の色も探し出す。やはりと言うべきか予想通り、僕の術式で発生する飴玉は、宇宙の星々に似ていた。

 正確には術式の詳細を解明できていないが、成程と、期待していた成果を得られたような心持ちで、何となく顔を上げて、真人たちを見る。

 

 そしてぽかんと口を開いた。

 

「何それ」

 喉元で声がひっくり返る。

 

「何って、順平の術式だよ」

 真人は中空を眺めて答えた。

 

 

 少年の周りに、手のひら大の海月が飛んでいた。空色の傘に檸檬色の口腕が暗闇に映える。ぷかぷかと漂う姿が愛らしい。

 

 隙間風に流されてるのか、はたまた少年の意思なのかは知らないが、海月が僕の傍に寄ってくる。特に何も考えずに指を口腕に伸ばそうとしたところで、「あっ!」と少年が声を洩らした。

 

「それ、もしかしたら」

「毒?」指を引っ込めつつ、先回りして訊ねる。

 少年が何故か申し訳なさそうに、控えめに頷く。

 

 僕と少年の会話を聞いて、真人は右腕を腰に当てて、無意識にだろう、歪んだ口元を左手で隠した。次に手を外せば穏やかな表情で、「うん、順平は勘も良いね」と称えた。「挽歌は、少しくらい警戒してよね」

 

「あ、えっと」

 

 照れ隠しに頬を掻く少年が後目に見える。「傘のところなら、触っても平気でしょ」と僕は言う。

 

「そこなら多分ね。でも、さっきは絶対、触手に触ろうとしてただろ」

「してない」

「してたよ」

 そこで少年が、息を零した。

 反射的に少年を見ると、彼は小さく笑っていて、僕が見ていることに気が付くと、はっとした様子で姿勢を正す。

 

「順平、どうしたの?」真人が首を傾げた。

「あ、すみません、お二人は仲が良いんだな、って」取り繕うようではなく、少年は素直に白状した。

 

「そうかな?」僕は少年に言う。

「そうでしょ」真人も少年に言う。

 

 視界の斜め上を漂う海月に目を向ける。今気付いたのだが、仄かに発光しているらしい。薄水色の光がぼんやりと滲んでいた。僕を擁護してくれる発言をする気配は、なかった。

 真人がふっと息を吐いて、少年に視線をやる。

 

「順平の術式は、さっきも言った通り“毒”だよ。その海月は式神」と言った。

 

「これが、式神?」

「呪力から精製した毒を、式神の触手から分泌するんだ」

 

 可愛らしい見た目からは戦闘力は感じ取れないが、薔薇に棘があるように、この式神も武器があるのだろう。

「もう少し大きかったら、人間も丸呑みできそう」僕は呟く。

 耳聰く拾い上げた真人が笑った。「そうだね。サイズや強度の可変も順平次第だ。毒の加減なんかも、これから覚えればいい」

 

 真人の術式が非常に強いのは知っていた。しかし、戦闘面は勿論、こうやって術式を持っていただけの少年を、ゼロから育て上げることにも有効だったなんて、汎用性の高さに舌を巻く。普通の呪術師が時間をかけて掴む感覚すらも、真人が居ればすぐに得ることができる。これにはルール違反に近いものを感じた。

 

 もしかして僕にも適応できるのか? いや、やはり止めておこう。

 それより僕の術式は何ができるのか、と考えて、他人の寿命を奪うくらいだ、と思い当たり、惨めな気持ちになる。もっとマシなことはできないのだろうか。

 

「……応援してるよ」それだけ言って、視線を図鑑に戻した。

 少年が、声を引締めたのが分かる。「ありがとうございます!」

 

 そこには気合いのようなものがあり、僕は言葉の食い違いを感じた。

 僕としては、「僕に手伝えることはないけど、頑張ってね」という意図で言ったのだが、彼はどうやら違う受け止め方をしたらしい。

 

 訂正しようと図鑑から顔を上げるが、少年は既に真人と術式の練習を開始していた。ここで口を挟めば、まるで水を差すようではないか。

 僕はそこまで無粋ではない、と自分では思っているので、口を閉ざす。

 頑張って欲しいと思うのも嘘ではない。嫌な思考に蝕まれはしたが、僕はこの少年を気に入りつつあった。

 

 真人が今後、()()()何をしようとしているのか、恐らくは残虐な遊びだろうが、その未来が遠ければ良いな、とも思うし、いつなのか、と待ち侘びてもいる。

 

 

 

 

 

 

「どうして宇宙図鑑を読んでいるんですか?」

 

「気になる?」僕は顔を上げてまっすぐに、少年を見据えた。

「えっと、気に」と言って少年は数秒間、沈黙を要した。何が相応しい返答なのか考えているのが、ありありと見て取れた。「なります 」

 

 僕はそれに答える前に、確認する。

「今は休憩中?」

 

 身体を逸らして少年の後ろを覗くと、真人は奥に居座る紫の巨体と向かい合っていた。これ以上大きくされても困るのだが、一体何をするつもりなのか。

 

 少年は僕の横に屈み、「はい」と答える。「感覚に慣れるために、一度休憩を挟もうって、真人さんが」

 

「あー、便利だよね、真人の術式」

「在り来りな言葉ですけど、本当に凄い力だと思います」

 

 少年は右の手のひらを見つめ、その奥にある己の力を透視するようにして言った。徐に視線を僕に向けて、無意識だろうか、顔を傾ける。まるで、聞きたい質問に踏み出すか、踏み出すまいか、逡巡しているようだった。

 

「この図鑑だけどさ」僕は口を開く。「僕の術式のヒントになるかなって、思ってたんだ」そして、出会って二日目の少年に言葉を洩らした。「ほら」

 

「それは……飴、ですか?」差し出された飴玉に、少年が目を丸くする。

「うん。それは木星」

 

「はい?」

「こっちは黄金色だから、金星」

 

「は、はぁ」

「これは黒いし……なんか怖いからコロー惑星でいいや」

 

「ま、待ってください。挽歌くんは一体何を……」

「これは…色で言ったら地球なのかな」僕はポケットから飴玉を次々と取り出し、少年の手に乗せていく。「何か分かった?」

「はい?」ぎょっとした少年が目を剥いた。自分の思っていた以上に大きな声が出たらしく、慌てて声量を落として、「というかこれは?」と極端にも今度はささめいた。

 

 真人が一瞬振り返るが、すぐに例の紫色に顔を向けたのが見える。

 

 少年の手に積まれたそれが、鈍く輝いているように思えた。「僕の術式で作られた、飴玉」

 

「…………え? これ、本当に飴玉なんですか」自分の知る飴玉と同じものなのか、という意味合いだろう。

「うん」僕は頷く。「何か分かった?」と再度訊ねる。

「いやその、何か分かった? ってどういう意味なんですか?」

「ぶっちゃけ、僕も分からなかったんだよね」

 

「……それじゃあ、僕にも分るはずないよ……あっ」

 

「ああ、いいよ別に、敬語にしなくて」

 

 少し前から少年がどこか迷っている態度だったのは、薄々気付いていた。真人に何を示唆されたのかは知らないが、彼から悪意は感じ取れず、純粋に僕を理解しようとしているのだと分かる。それを自覚した途端、急に内側がむず痒さ訴え始めたので、気を紛らわすために、僕は壁を伝う管を数えた。三、いや四本だ、特に意味は無いが。

 

「これ食べられるんで……食べられるの?」彼が言う。

「一応ね、味はないけど」

「そうなんだ」少年は頷いて、飴玉の一本を薄暗い天井に翳した。「でも、()()()()

「えっ」

「あ、えっと、……何か変なこと言った?」

「いや」

 

 寿命だろ、と五条に指摘されるより前から、きっとこれは良くない物だ、と思っていたので、まさかの感想に思わず驚いてしまった。「変じゃないけど」と言って、少年の手から少しずつ飴玉を回収する。「変じゃ、ないけどさあ」

 

「色んな種類があるんだね」そんな僕を置いて、少年は自然に目元を和らげて言った。

 

「……地球みたいな色も、何本もあるけど、よく見てみると違うんだ」

「へえ」少年は声音を高くして、「地球にそっくりな惑星があるって言うから、それかもね」と朗らかに口走った。

「そっくりな惑星? それ、さっきどこかに載ってたよ、確かケプラー…………ああ、62eだったよ、ほら」

「あれ? 僕が知ってるのはケプラー186fだな……」

「186f? 62eじゃなくて?」

「……いや、438だったかも」

「ええ? どっち?」

「ごめん、忘れちゃった。映画で見た気がしたんだけど」

 

 その少年の言葉の後、一瞬の間が空いて、僕ははっとした。誰も踏み入れていない新雪に足型をつける高揚感に近い感動を、抱く。

「それって」顔を上げて、少年の目を見つめる。丸くしばたたかれた瞳と視線がぶつかった。「同じに見えるけど別の、地球みたいな星もたくさんある、ってこと?」

「まあ」不思議そうに少年は首を触って、「そうなんじゃない、かな」と自信なさげに微笑んだ。

 

 同じに見えて違うもの。

 それは宇宙規模になってもあるのことなのだと、急に親近感が湧き出した。近頃の夏油の発言や、五条の発言を彷彿とさせた。僕には心当たりがないことも、彼らにはあるらしい。それは僕ではない誰かのことなのではないか、と考えていた。だったら僕はただの呪霊違いで被害を受けているのではないか、と。

 あんなにも理解し難く、遠い空の向こうだと思っていたのに、宇宙というのは意外にも共通点があるらしい。宇宙からすれば、突然馴れ馴れしくするな、なんて思うかもしれないが、僕は得体の知れないものの一片を掴むことができた気がした。

 

「それにしても、この飴玉ってどんな効果があるの? 普通に栄養源だったり?」と少年が言ってきた。

 

 僕は山積みになった飴玉をポケットに戻す。少々言い方はあれだが、随分と気安くなったものだと思った。しかしやはり、嫌な気はしない。まるで……そうだ、人間で言うところの友達だ。僕とこの少年は、普通の友達みたいな間柄ではないだろうか。真人はどうにも出会った時から僕に何かを隠しているし、花御とは友達といえるような関わりがまだない。陀艮はそこそこ関わっているが言葉が通じないし、漏瑚には随分前に断られた。

 

 ────あと七海には騙されたし。

 と、考えたところで、どうしてまた七海が選択肢に上がるのか、と自分を嘲った。未練がましいにも程がある。

 

 

「うーん、秘密」僕は答えた。「()()()教えてあげるよ」これがまた会う口実になればいい、とも思う。

「あ…ご、ごめん。急にこんなこと」

 

 だが少年は何を勘違いしたのか、急に要領を得ない言葉を吐いた。僕らのような未知の生態とコミュニケーションを取れるというのは長所だが、些か気を遣いすぎるところは短所と言える。

 

「別に怒ってなんかないって」

「……よかった、僕はてっきり」

「馴れ馴れしかったかも、って?」

「うん」

「気にしないでよ」僕は口に出すが、急に気恥ずかしくなり、そっぽを向く。不自然ではないだろうか、不格好ではないだろうか。天井に張り付いた管から、涎みたいな水粒が滴る。

 

 そこで、ふと少年がじっと僕を見ているのが分かった。

「最初に、映画館の近くで真人さんと、挽歌くんを見た時」彼は言う。

 

「? ああ、あれ昨日だっけ。もっと前に思えてた」

 

「……あの時、僕は『本当にこの人たちは人間なのか?』って思ってた。まあ実際本当に人間じゃなかったけど。とにかく、ちょっと怖かったんだ。……でも、どこかで、遠いけどすごく身近な存在に会う日がやってきた、って感じもあった」

 

「遠いけど身近な存在?」少年も解釈しきれていないのだろう、曖昧な言い方だ。

「ずっと前に会ったことがある人、みたいな」

「会ったことはないよ」

「でも、いずれ会う予定だったような」

「なにそれ。……ああ、まぁでも」と僕は立ち上がって、奥から歩いてくる真人に顔を向けた。

 

 ポケットに手を入れていて、恐らくは中に、いくつかの小型化した人間が入っており、手持ち無沙汰に掻き混ぜていた。

 挨拶代わりに右手を挙げると、彼もポケットから片手を出して、返す。意図はなく、ただの素っ気ない業務的なものだが、この動作にも習慣的な親しみを感じる。

 

「ちょっと嬉しいかも」

「嬉しい?」

「僕は『死』を忌避する感情の呪霊だし、敬遠される類でしょ。だから怖がられないのが、少し嬉しい」

「……いつか会う予定だった気がしたのは、何でだと思う?」

「さあ、それは何とも」

 本当は分かっている。

 

 過去に会ったことがある気がした、というのは随分前に「死」について考えた証拠だ。もともと僕は人間のそういう思考から生まれてしまったのであるし、誰しもが一度は考える議題なのだろう。人生と切っても切り離せない関係だから、初めて会った気がしないというのも頷ける。「死」を怖がらない世界なんて、人類全体が即身仏に賛同して喜んで実行できる、高尚な精神を持ち合わせているくらい、有り得ない。

 

 

 逆に。

 いつか会うかもしれなかった、というのは少年に()()()が来た時の話だろう。虚しくなるし、喉の奥がイガイガと痛くなる気がするから、進んで考えたくはない。

 

 

「休憩は終わり?」僕は訊ねる。

「うん。挽歌、順平に意地悪してないだろうね」

 やってきた真人が、わざとらしく気を遣うふりをした。「順平、そろそろ再開しよう」

「あ、はい! お願いします」

 

「ああ、そうだ。僕は、今日は早めに帰るよ」と口を挟む。

「用事でもあるの?」

「そんなところ」

 

 嘘ではない。

 今朝夏油に呼び止められたのは、夕方頃に合流したいという要望を受けたからだ。

 

 僕は少年院の反省を活かして、最初は断った。呪術師との遭遇を懸念していたというのもある。しかし夏油は、「虎杖悠仁と吉野順平について、話したいことがある」とあろうことか、僕が興味を寄せそうな二人の名前を挙げたのだ。実際虎杖悠仁がどうなっているのか、宿儺はどういう状況なのか気になっていたし、吉野順平を使って何をするつもりなのか、確認したくもあった。

 流石にこれには振り返らざるを得なくなり、渋々合流を承諾するに至った。

 

 僕は壁に寄りかかって、再び術式の練習を始めた少年を傍観していた。少年が指を組むと式神を纏って、間髪入れずに、真人が少年の死角から攻撃を仕掛ける。実戦を想定した、模擬的な鍛錬の動きだ。

 

 はじめは不慣れな動作、例えば足が縺れて自分から体勢を崩すような、ともすれば運動神経が悪いのかと邪推してしまう足の運び方だったり、もしくは、見当外れな方向に式神を動かしたり、そういった動きが目立った。が、何度か攻撃を躱す内にコツを掴んだのか、徐々に行動にキレが増してきた。そもそも真人が本気で攻撃していない時点で、彼も少年を成長させることが目的なのだと分かっていた。

 

 僕も避ける程度ならできるけれど、攻撃はからっきしだったし、実際に彼らの動きに着いて行けるか脳内でシミュレーションをしたが、それも結局、諦めた。どうしたって真人に攻撃できる未来が思い浮かばないし、何より、真人に攻撃を仕掛けたとして、その後の反応が怖かった。

 

 僕は、それからは特に何もしなかった。図鑑を眺めて、時折彼らの練習を観察してから、再び図鑑に目を落とす。何時間経ったのか、恐らくは二時間程度だろうが、斜陽が入口から覗いていた。

 

 

 そろそろ出る時間か、と立ち上がる。正直に言えば気が重い。地面から見えない手が伸びてきて、僕の足を引っ張ろうとしているようだった。

 右手に図鑑を持ったまま、外に繋がる一本道の廊下に爪先を向ける。そのまま彼らの横を通り過ぎようとした。

 

 が、丁度真人の横を通り過ぎた瞬間、小さく、「挽歌、またあとで」と声がして、僕は条件反射的にそちらに視線をやっていた。そして、息を飲んだ。

 

 もう楽しみを堪えきれない、と言わんばかりに震えた声で、頬は邪悪なほど押し上がっている。瞬きの間にそれは鳴りを潜めたが、僕には、今日彼が何かをするのだろう、という確信をもたらした。

 

 ああ、やっぱりそれでこそ真人だ!

 黒くて重い衝動が、胸を突き動かす。

 

 少年に視線を向ける。

 真人の様子に気が付いた様子はない。控えめに、胸ほどの高さで手を振っていた。ばいばい、と声に出さず口を動かしている。

 彼がどうなるのか、どうなってしまうのか、こっそりと不安に思う自分がいた。しかしそれと同時に、真人は一体何をしてくれるのだろうか、と期待する自分がいるのも、また事実だった。

 

 一体僕はどちらに傾倒すれば良いのだろうか。

 何かきっかけがあれば踏み切れそうだ、と思う。

 

 

 

 

 




 この前見てない内にUA滅茶苦茶跳ねた(当社比)時間があったんですけど、何があったんや……?
 
 それはともかくとして、ここまでお読みいただきありがとうございました。


●飴玉について(再まとめ)
・外見が惑星とか星とかに似ている
・寿命の塊(自動補充の残機回復アイテム)
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