死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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【追記】
・2021/11/20
 サブタイトル変更しました。内容に変更はありません。



火曜日、秋の空に浮かぶ(Day2)[2/3]

 地下水路を離れてからしばらく、河川敷を歩いていると、高架橋の下に男がいた。人一倍目を引く服装で、額には特徴的な前髪が一房垂れている。

 

「またそんな格好して」僕は悪態を吐いた。「いつ通報されても知らないよ」

「そんな人前に出ることはないよ」

 その台詞は、万引き常習犯が「もうしません」と言っている姿を思い起こさせた。

「これは親切な助言なんだけど、見られたら終わりだと思った方が良い」

「表沙汰は挽歌や真人たちに任せるから、安心しなよ」と夏油は表情を変えず、いつもながら不気味にも取れる顔つきで、「じゃ、行こうか」と歩き始める。「歩きながら話そう、キミにも関わることだ」

 

 僕は、夏油に目をやる。黒いパーカーに黒い綿のパンツ、それから額には頭部を一周するような縫合痕、といった容姿になっていて、人間のファッション事情には明るくないが、最悪の組み合わせに思えた。

 

「せめてその傷隠せば良いのに」僕は自然に口から零した。「ああ、違うや。()()()()んだったっけ」

 

 夏油が体をぴくりと強張らせ、ゆっくりと僕を見る。穏やかなのに愛想の欠片もない表情は、すぐにでも人を殺しそうな刃物さながらで、僕は、体の内側から警鐘が鳴り響くのを感じた。脳内で恐怖と嫌悪の感情がぶわりと湧く。

 

「なにか、思い出した?」

 

 ゆっくりと静かに、けれど冷ややかな声で、夏油は言う。答えを違えたら、何かとんでもないことをされるのではないか、という予感があった。

 

「いや、口が勝手に」僕は表面上、冷静を装う。

「そっか、まあいいよ。それで続きだけど」と話が元に戻る。

 

 大したやり取りではなかったけれど、今の会話で、どっと疲れと脂汗が滲んだ。鼻から息を吐き出して、「帰っても良い?」と無理を承知で訊く。

「最近真人と一緒に居て、どう? 吉野順平とは上手くやれている?」

 夏油は僕の声を聞いた上で、続けた。帰っても良いか、という問に対する答えが今の言葉だ。

「ああー、うん」僕は諦めて、「中々、馴染んできてると思うよ、まだ二日目だけど」と肩を竦めた。

 

 すると夏油はそんな返答は予想していなかった、と言わんばかりに、「珍しい」と呟いた。「それだったら、少し困ることがあるかもしれない」

 どうして珍しいと感じたのかは、訊ねなかった。

 

「で、吉野順平()何をするの?」

 

 川の上流へ遡るように歩きながら、僕は真人の言動と夏油の思考回路を加味して、夏油との会話を続けた。

 

「話が早いね」彼は目を細め、じんわりと口角を歪める。「目的は幾つかある」と声音を幾分か低くした。

「まさか仲間に入れようとは、思ってないでしょ」

「キミがしたいなら構わないよ」

「それこそまさかだ。彼は夏油みたいに腹黒くないから、呪詛師に向いてない」

 

 最近分かったことだが、そこですぐに「それ以上生意気な口を利くとどうなるか分かるか」と怒らないところが、夏油の意外な数少ない長所の一つだ。そして、腹の底で勝手に結論を出し、幾つもの過程を省略した答えを出すのが、夏油の数多くある短所の一つだ。こいつはそもそも、頭の回転の速さが僕とは段違いであることを考慮していない。

 

「それを言うなら、人間は皆腹に何かを抱えてる」と夏油は冗談を言うようだった。「呪詛師が全員腹黒だっていうのも、間違いじゃないかもしれないね」

 

 そこで僕は、それは違うな、と直感的に思った。

 脳裏に白い少女の姿が過ぎり、どこかの風景がフラッシュバックする。「そういえば、僕は千年前から生きていたらしいのだけど」と今すぐ口にしても良かったけれど、これ以上話が脱線するのは面倒だったし、何より、それはこの世で絶対に踏み入れてはならない領域の一つのように思えて、止めた。

 

「一番は、宿儺との接触を図るのに、足掛かりにするためだ」

「あ、それなんだけど、今朝聞くまで、虎杖は死んだと思ってたよ」

「……この前言ったのを聞いてなかったのか? 生きてるよ」夏油はうんざりとした様子を隠しもせず、「話は聞いておいてくれる?」と堂々と苦言を呈した。

「ふーん、そうだったっけ」生きていたのかと思うと、ほんの僅かに、胸の内側がすっとした。僕の術式で殺してしまったかと思ったが、違うらしい。「でも虎杖と吉野順平って、何の関係もないだろ」

「いや年齢も近いし、虎杖もあの性格だ。話せばすぐに仲良くなるさ」

 まるで、いつか会うことを前提にしたみたいな言い方だ。まさかと思いはっと顔を上げると、彼は普段と変わらない表情を少し崩し、「もしかすると、今日かもしれない」と胡散臭い笑みを浮かべた。

「……会わせるの?」

「上手くいけば当たりを引ける」

 随分と要領を得ない答えだ。いや、夏油のことだから敢えて誤魔化しているのかもしれない。

「どうやって会わせるつもりなんだよ」

「映画館、行ったんだろう?」

「え? ああ、うん、行ったよ。真人に連行された」そこで僕は、だから何だと言うのだ、と返そうと夏油を見上げたのだが、彼はどうしてか、更にこちらの返答を促すように目を細めていた。もう答えはあげたぞ、と言わんばかりに唇は閉ざされている。

 この男の意図は読めなかったが、ただ見守るような視線は非常に気味が悪く思えた。視線を足元に向け、顎に手を当てて考える。

 

「あ、真人の」と僕は閃いた。「劇場で高校生を殺していたよ。それと改造人間をばら撒いていた」そう言って再度夏油を見た。「その事件の対応が、虎杖ってことか」

 彼は満足気に頷く。「そういうこと」

 

「…………ねえ、それなら真人の居場所も、もう割れてるんじゃないか」

「ああ、だろうね。呪術師も馬鹿じゃない」

「なら真人は、それを知ってるの?」

「知ってても知らなくても、真人はあそこに残るだろう」

 

「────っ、夏油!」

 

「どうした、立ち止まって」

「キミは僕を、殺したいんじゃないの」

「あ、そっち」

 夏油は、拍子抜けしたように言う。真人の方じゃないんだ、と呟いた。「というか、何故そう思った?」

 

 だって、と僕は言い募る。

 少年院の件は僕が彼の提案に乗ったことも、一割程度は自己責任だが、残る九割は間違いなく夏油の悪意によるものだと、確信していた。僕を殺したくないなら、わざわざ宿儺の指を放り込んだ場所に投げ出したりしない。

 しかし今回はどうだ。

 呼び出すことなく放置しておけば、僕は間違いなく残穢を追った呪術師と衝突していた。でも彼はそうせず、ただ話したいと僕を地上に連れ出すと、こうして不毛な会話をしている。はっきり言って意味が分からない。僕を殺したいと考えているのならば、呼び出さずに放置しておけば良かった話だ。僕が本当に死ぬかは、別の問題として。

 因みに真人に関しては、一切心配していなかった。だって真人は僕が思う呪霊像を網羅した、極悪非道の特級呪霊だから、こんな道半ばで消滅するなんてことは、到底考えつかなかった。

 

 推論を伝え終えた僕が口を閉ざすと、じっと聞いていた夏油が口を開く。

「それも一理あるね」

 でも、と一区切りした。

「でも?」

「勘違いしないでくれ」

 夏油は珍しく、本当に珍しく、困惑したように眉根を下げた。

 

「私はキミが嫌いなわけじゃない。むしろ必要だと思っている」

「…………ふーん、そうなんだ」

 僕は、彼の言葉が妙に照れ臭くて視線を逸らす、

 

 わけがない。

 

「ねえ夏油、そういうの()はさ」と夏油を真っ直ぐに見据えて言う。

「ん?」

 

「人間ならもう少し、目に感情を込めて言わないと」そんな顔で、誰が信じるというのだ。

 夏油は虚を衝かれたように、ほんの僅かに瞼を痙攣させると、顔を正面に向けて「覚えておくよ」と嗤った。

 

 

 それから合流地点より川上へ遡ること数分、そこで気付いたことだが、どうやら夏油に明確な目的地はないらしい。代わりに何かを探すように、時折視線を川辺へ向けていた。

 

 一つ思い当たる節があった。「もしかしてこの辺に、虎杖たちが?」

 夏油は即答した。「あまり遠くには行ってないと思ったんだけど、宛が外れたかな」

 僕はその瞬間、警戒心を薄れさせ、例えば近くの川辺の土手であったり、階段に座ったりして談笑している少年と虎杖の姿を想像し、()()()()()()()

 

「敵同士なのに」「どの口が」「何か言った?」

 自分の胸に訊いてみたらどうだ、と彼はわざとらしく肩を上げる。

 

 進行形で隣を歩いている、夏油という呪詛師は、漏瑚や真人によって引き入れられた人間味のない人間で、どうやら僕と昔に会ったことがあるような物言いをするが、僕にとっては雲のように掴みどころのない、不安定な存在だった。今更ここで、夏油は何が目的なんだと問い詰める行為も、絶対に踏み入れてはならない領域の一つに思えた。かと言って、薄ら寒さに縮こまるのも気分が悪い。

 

「一体どこから僕を見てたわけ?」十中八九、七海についてだろうと確信があった。「それに、僕はもう関係ないよ」

「はいはい、そういうことにしておこう。……挽歌」

「なに」

「折角だから一つ訂正しておくと」と彼は前置きをしてから「さっきのは、嘘じゃない」と真剣に言った。「呪霊の中でもキミは嫌いじゃないし、必要な人材だ」

 例の日も偶然見かけたから、指揮下の呪霊に見させていたのだ、と。

 今度は感情が籠っているじゃないか、と僕はあたかも上司であるかのような目線で評価した。

 

 

「ああ、ほら」そこで夏油が、まだ先にある小さな橋を指差す。

「知らないのかい。あれは橋だよ」

「違う、その先」

 

 僕の角度からでは何も、それこそ橋とその下の川しか見えなかったが、夏油は他のものを伝えたがった。足を急かして橋に近寄って、そこから下を覗いた。

 

「あ」僕は思わず、弾けるような声を洩らす。

 

 話し声がした。小さな笑い声が飛び交う。少年だ、と分かった。先程別れた少年が、地下水路から帰る途中に方向転換し、土手で誰かと話しているのだ。相手は誰だ。真人じゃない。彼だ。夏油の言う通り、宿儺の器の虎杖だ。

 

「大当たり」

 夏油は声を出してすぐに、おっと、とぼやいた。大きな揺れと地響きがしたからだろう。

 僕も身体をびくつかせた。誰かの攻撃が来るのを覚悟していたため、随分と臨戦的な体勢になったが、攻撃は飛んでこなかった。

 すぐ下で、少年と虎杖が辺りを見回していた。素早く、向こうから僕が見えないように身を隠す。今のは何だろう、地震だったのかな、それにしても短かったよな、と会話が聞こえる。

 

 さてここからどうするのか、と僕は判断に困ったが、夏油は自然な動作で歩き始めていた。次に行こう、とささめいたかと思うと、すたすたと橋の先へ進んでいる。そこに至って僕は、漸く彼の外見を見た。いつの間にか黒い服のパーカーを被っている。相も変わらず晒された額の縫い傷が、やはりどうしようもなく目立った。

 

「夏油、どこに行くんだよ」僕は口の横に手を添えて、極力声を潜めて言う。

「真人のところ」

 

 夏油に駆け寄り、無駄に大きな図体に身を潜め、後目で橋の下を見やった。二人はまだ、映画の談義に花を咲かせていた。ひどく親しげだ。僕と話していた時とは、違う人間の顔に見える。本来の姿はアレなのではないか、という疑念すら湧いてきた。自然と眉間に皺が寄る。どうしてだろう。何か違うのだろうか。立ち止まって思考に耽けろうとも、夏油が止まる気配はなかった。仕方がなく、後を追う。

 

 でも、まぁ、良かったね、なんて思った。

 

 

 橋から遠ざかった僕たちはまた、川の上流へ向かった。人通りが少なくなる。夏油を避けて、人間たちが無意識の内に違う道を移動しているとしか思えなかった。

 

「さっきの揺れは地下水路からだろうね」隣から、突拍子もなく話が始まった。

 僕は左に目をやり、「まさか呪術師が?」と答える。

「もしくは真人か、いや多分呪術師だな」

「こっちまで揺れたし、色々崩れてそう」

「……真人の心配はしなくていいの?」

「それはいいでしょ。……あ、ならもう、あの秘密基地は使えないか」

「秘密基地……」夏油は頭痛を感じるかのように、溜息と共に目頭に指を添えた。「せめて工房だとかさ、他の物言いがあるよね」

 

「恰好良い言い方をして欲しいの?」

「そういうわけじゃない」

 

「真人、無事なんだろ」

「どうして言い切れる?」夏油は、僕の調子に引き摺られてか、軽い口調で訊ねた。「祓われた可能性だってある」

 

 夏油がその情景を想像し、悔しがる演技をするのを、僕は馬鹿にするようにしてその根拠を口にした。「だって、夏油が焦っていない」

 

「…………私が?」

「真人だって、この先必要な存在の筈だ。キミが焦ってないってことは、無事だって思ってるんだろ」

「──それはそうだけど」と夏油は不意打ちに反抗するが、すぐに、言い募る気力が失せたのか、「ま、無事だろうね」と言い直した。

 

 ここにきて一つ確信したのは、夏油は何故か、僕と真人を呪霊の中でもいっとう重視しているということ。しかしその事実を、そのまま良い傾向であると受け止めていい筈がなかった。

 

「ねぇ、夏油にとっては」僕は言う。「真人たち(僕ら)とは、どういう関係のつもり?」

 唐突の質問には、虚を衝かれたらしい。「そうだな」夏油は顎に手を当てて、あたかも今考えました、という素振りをした。「同盟関係というのはどうだろう、納得した?」

 

「あのさ、夏油。同盟っていうのはさ、対外的な脅威への手段のことだろ」

「そんな国際関係みたいに難しく考えるなよ」

 

 僕は一応、釘を刺す。恐らくは糠にだが。「──内側から裏切られたら、世話ないよ」

 夏油は紙に水が染み込む瞬間のように、じんわりと笑みを顔に広げ、「挽歌は、古典的な考え方をするね」と前に向き直る。

 

 誤魔化した?

 その言葉を問いただそうとした時、夏油が足を止めた。

 

 そして直後、僕の前に腕を持ち上げ、指を立てた。ぎょっとして身体を仰け反らせる。

 

「それ、何か役に立った?」

「うわっ、て……え、それ?」

「宇宙図鑑」

 

 彼は指を、僕の手元に向けた。そこで漸く、僕は地下水路からずっと、宇宙図鑑を持ち歩いていた事実に気気付く。

 

「いやそれよりも………。あー、何かいいや、もう。うん、飴玉とやっぱり似ていたよ、ほとんど同じだったと言っても良い」

 そう言ったけれど僕は、外見の一致に満足して少年の術式に気を取られていたため、他に夏油に伝える言葉を切らしてしまった。

 歩き始めて数秒ほど無言になった辺りで僕は、夏油に、「寿命の塊だってことは、分かってる」と答えた。そして漸く見覚えのある道に出る。

 

「その飴の違いだけど」夏油は少し悩んでから口を開けた。「思うに、保管しているエネルギーの差じゃないかな」

 

「えっ」

 

 まさか、答えるとは思うまい。僕はあっけらかんとした。「それっぽいこと言うじゃん……」

 先を越されたような、絶対に知るはずがないと思った知識を披露されたような、異様な状況に歯噛みする。

 

()()()思っていたんだよ」

 

 僕の心情を察してか、もしかすると表情に出ていたのかもしれないが、夏油は微笑んで続けた。「その飴玉自体が生命力の塊だと仮定したら、そもそも種類によって含有量が違うんじゃないかって。流石に、天体そのものの寿命と同等までは言えないだろうけど」

 

 その話を聞いて、なるほどと僕は考え込まざるを得ない。寿命を生命エネルギーだと考えて、飴玉の見た目によってその生命エネルギーの含有量が違う、という考え方は、正解は知らないものの、随分と的を得ているのではないか、と思った。

 

「たしかこの前、金褐色ぽい飴があっただろ。例えばそれが金星がモチーフだったなら、そこそこ長い」夏油が言う。

「じゃあ地球は」

「そこそこ長いね」夏油が言う。「知らないけど」

「絶対適当に答えたな」

「興味がなかったんだよ、天文学とか」

「でも、じゃあなんで見た目によって含有量が違うとか分かったんだよ」

「昔、どこかで見たんだよ、挽歌に似た考え方の主人公の話。その主人公が宇宙を目指していたから、偶然覚えていた。だから何となく、挽歌も宇宙に憧れがあるのかも、ってね。実際あるかはどうでも良いけど」

 何でも几帳面に覚えていそうな男のくせに、杜撰な面もあるのか。「本?」「だったと思うよ」「じゃあ分からないね。僕は本も映画も興味がない」

 

 夏油は、だろうね、と嘆息する。「ああ、()()の飴玉を見たら教えてよ」と付け加えた。

 

「赤?」「赤褐色でもいい」

「そういえば、見たことないな」僕は可能な限り過去を振り返り、今まで口にした飴玉の色を思い出してみたが、茫洋たる海のような記憶から正確にその情報を拾い上げるのは、ひどく面倒だった。「駄目だ、思い出せない。でもどうして欲しいんだよ」

 夏油は細い目を更に細めて、それがまるで一本の毛糸のように見えたところで、「見てみたいから」と答えた。

 これも嘘だな。「食べたいんだろ、あげないって言ったろ」僕は下瞼でも引っ張って言ってやろうか、と思ったが、流石に止めた。

 

 何故夏油が赤色の飴玉を欲しがったのか。手元の図鑑を開こうとしたが、図鑑を掴んでいた手の表皮が、ぴり、と不自然な刺激を訴える。まるで図鑑を今ここで開くことを憚るようだ、と考えた。僕は数時間前まで眺めていた図鑑を頭に思い浮かべ、そのページを捲る。白色の星、違う。青色の星、違う。茶色の星、違う。赤色の丸、写真じゃなくただの模様だった、違う。黄色の星、違う。

 その瞬間僕は、きつく縛られた縄から抜け出したような爽快感に包まれる。要するに、飽きた。

 

 

 やがて、そういえば、と思い出す。「そうだ、『前から思っていた』って、いつのことだよ」

「いつだと思う?」夏油はそこでまた微笑む。

 

 僕はまたこれか、と少しばかり大袈裟に肩を下げた。「……どうせ、ずっと昔からなんでしょ。隠す気ないだろ」

「挽歌は、そういうの気にしない質だと記憶しているけど」

 お前は僕の何を知っているんだ、と口走りそうになる。「教える気が無いなら、わかりきった口利くなよな」

 

「もう一つアドバイスしてあげようか」足を止めず、真っ直ぐと前を見据える彼は威圧的ではなかったが、鷹揚とした雰囲気があった。例えるなら僕が、「キミからなんか要らないよ」と言い出しても、「そうか」と言い返してくるような、悠揚迫らぬ態度だ。

 

 なら裏をかいてみよう、と思う。

「じゃ教えてよ、アドバイスってなに」

 

 彼が一瞬、目を瞬かせ、口を噤んだ。僕らの間を通り抜けるように、一迅の夏風が駆ける。

 

「まさか本当に訊いてくるとは思わなかった」

「キミが言い出したんじゃないか。もし真人や漏瑚が同じことを言ったら、そっちに訊ねていたよ」

 

 夏油は暫しの間、曖昧に唸っていた。すぐに持ち直して、「彼らだったら、違うことを言っただろうけど」と前置きした。

「違うこと?」

 

「──人間を害さないで、逆に仲良くなりたいなら、それでも良いと思うよ。それこそキミは呪霊なんだから、好きにするべきだ」

 

「……夏油も僕も、真人たちの仲間なら、それは駄目なことだろ」

「その通りだね」と夏油は目を細めた。

 よくもまあ、こうも僕の悩みの種をドンピシャで言い当てるものだ。「実は少年……吉野順平を見て、ちょっと嫌な考えが浮かんでさ」僕はそう言ってみる。

 

「嫌な考え?」

「死に瀕したらどんな顔をするかな、とか、身近な人が死んだらどう思うのかな、とか。でも、それを実践するのは嫌だって思ってる。なんでだろう」

「私に訊かれても」

 夏油は急に答えを勿体ぶらせ、腕を組んだ。前方に顎を持ち上げた。あれに訊ねたらどうだ、と、夕空に浮かぶ白い月を眺めるようだった。

 

 

 僕と夏油はその後、数言だけ声を交わした。それから彼は真人の元へ向かったのだが、僕は途中で引き返すことにした。真人の無事は見なくとも分かるし、何より、夏油とこのまま会話をしていると、彼のペースに飲まれそうだったからだ。

 

「夏油はああ言っていたけど、どうしたらいいかな」

 僕は宙に呟いてみた。返事はない。思わず立ち止まって、朧気な月を眺めてしまった。馬鹿馬鹿しいと思った。同じ目線で同じ空気を吸う生物ならまだしも、空に浮かぶ遠い月が答えるはずがない。

 

 来た道を戻る。不安定な情緒を慰めて、極めて自然体に、落ち着くように言い聞かせる。自分の置かれている状況を見つめ直せば、自ずと相応しい答えは見つかるだろう。簡単で、それこそが正解だ、とも思うが、億劫だとも思える。「やっぱり呪霊らしくないと、いけないかい」

 

 

 




●飴玉について(追記)
・見た目によって含まれている寿命の長さが違う。ただし実際の天体レベルではない。
・夏油()は赤色の飴玉が欲しい。


 感想、評価、しおり、お気に入り等、本当にありがとうございます。大変励みになります。次また七海登場回の予定です。
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