死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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 リアルの後回しにしていた物が、全部一気に雪崩れ込んできました。
 一週間ぶりの投稿ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

【追記】
・2021/11/20
 サブタイトル変更しました。内容に変更はありません。



火曜日、呪霊と呪術師(4) (Day2)[3/3]

 帰り道。

 僕は、いつしか訪れた公園の横道を歩いていた。平日だからか、夕方の割には人通りが多い。足元の石を蹴ろうとするが、爪先は何にもぶつからないまま空振り、顔を上げて前を見る。

 

 すると、正面から走って来た小学生くらいの少年たちが、僕に気付かず向かってくる。およそ腰くらいの高さで、ぶつかることはないが、何となく僕は道を譲って彼らが走り去るのを見届けた。小さくなった笑い声に名残惜しさを感じながら、再び歩き出した。

 ポケットに手を入れたまま脇道を進み、鼻歌を歌う。

 公園の真ん中にある、支柱のように聳え立つ時計を横目に確認し、明るいけれどもう六時過ぎか、と目線を進行方向に戻す。

 

 嗅ぎなれた匂いと馴染み深い呪力の気配に気付いたのは、その時だ。

 

 はっと立ち止まってその方向に顔を向ける。気配は公園内からした。視線を動かすと、ブランコがひとりでに揺れていて、まるで透明人間が夏風に背を押されて、ゆっくり漕いでいるように見えた。それくらい公園内は閑散としていて、視界に人の姿はまず見当たらない。

 平凡で変哲のない公園だからこそ、ますます疑問が募った。

 

 どうして()()()()と、()()()()()を同時に感じるのか。

 

 種の知らない手品を探るかのような好奇心に襲われ、僕はくるりと踵を返すと、入口にある丈の低い車止めを避けて入った。

 

 

 *

 

 

 わざと音を鳴らすようにして砂利を踏み歩く。気配は奥からで、恐らくは生きた人間だ。慎重に、けれど迷いなくそちらへ足を進める。

 こちらに気付いたのか、不意に張り詰めた空気が肌に刺さった。

 そういえば、この公園はずっと前に来たことがあると、何故か今になって記憶が連鎖して蘇った。その時の風景はなぜか比較的しっかりとした骨格をもって、思い出せる。確か公園の前の横断歩道で子供が轢かれ、僕はその飴玉(寿命)を公園で食べていたのだ。

 そんな時に、彼が来た。

 抵抗せずにいると一度殺されたが、話してみると珍しく僕の話を聞いてくれる呪術師で────いや、もう思い出すのはやめておこう。胸に寒々しい風が吹くような、言い知れぬ感情に、ずるずると引き摺り込まれる恐れがあった。

 

 やっとのことで冷静になり理解したのは、公園から真人の呪力は感じるが、それは残り滓に過ぎないということ。やはり本人は、ここには居ない。

 先刻の夏油の言葉を思い返すなら、きっとこの先にいる人物こそが真人と戦った相手で、真人の術式をくらいながらも、生きてこの場まで逃げ仰せたのだろう。

 今は仲間の合流待ちといったところか。合流されると面倒だ。

 さぞかし優秀な呪術師に違いない。が、血の匂いから察するに、深手を負っている。真人の相手をしたのだから怪我くらい当然だ! いやむしろ怪我で済んで良かったじゃないか! と何故か胸を張る心地でいるが、対峙した呪術師を逃がすというのも真人らしくなく、もしかすると怪我でもしたのだろか、はたまた祓われてしまったのだろうか、と思考を巡らせる。

 

 整備された区画との境界線のような石の段差を乗り越え、茂みに足を踏み入れた。

 がさりと草葉を潰す音をきっかけに、相手の意識が完全にこちらへ向く。僕は一応腰を落として、攻撃されたらすぐにでも回避する用意をした。

 

 真人に限って祓われるなんてことは、ない。はずだ。と内なる自分を納得させるように頷く。

 それよりも、そこまで彼を追い詰めた人間の顔くらい拝んでおこう、なんて気概で奥へ進んだ僕は、一瞬にして、心持ちを一変させることになる。

 

 

 

「────…………え」

 どうしてここにいる、と目を瞠る。

 

 声を失った。

 思考が、処理しきれない感情で渋滞を起こした。頭の中は、かっと煮え湯を被ったように熱くなる。

 

 汚れた壁に背中を預け、こちらを睨んでいる男がいた。白いスーツに青いシャツ、柄物のネクタイを身に付けた金髪長身の男だ。そして手には、刀身が剥き出しの鉈が握られている。

 ふと視線を下げて、僕はぎょっとした。

 脇腹を押えた手の隙間から、どす黒い血液が滲んでいるのが見える。息が浅い。顔も心做しか青白く、生命力が液体となって体外へ流れ出ている気がした。打って変わって、今度は急速に頭が冷えていく。

 

「────……なな、み?」

 いつの間にか酷く口が渇いていた。

 再会したくなかった筈なのに、どこかで、ぱっと花開くような暖かさを感じる。この怪我では死んでしまわないか、と危惧する自分もいた。

 重症の男、七海は虚ろに横目でこちらを睨むと、一瞬だけ顔を強張らせて、風で掻き消えそうな声を零す。「…………(はいばら)?」と。

 

「え?」

 一体何のことだろうか。「誰? あと僕は挽歌だよ」と自然に答えていた。僕の名前は挽歌であるし、七海が僕の渾名を自分の中で勝手に付けている可能性を除けば、人違い、いや呪霊違いに他ならない。

 僕の言葉がきっかけになったのか、はっと、まるで意識が切り替わったかのように七海の顔付きが変わった。「何故、アナタがここに」と僕の知る調子で、彼は威圧を伴った声を放った。

知っている(真人の)呪力があったから」と答えるのは簡単だったが、それを根拠として追求されるのも面倒だったので、「血の匂いがしたから」と答えた。嘘ではない。

 七海は訝り、警戒し、軽蔑するような声で「私を殺しに来たんですか」と、よろめきつつ僕と対峙する。鉈を持った腕の肘を曲げ、どんな状況であれ、自分の仕事を全うしなければならない。

 

 僕は、それに張り裂けそうな哀しさを感じながら、苦し紛れに喉に蓋をして、これで良いのだと、ゆっくりと頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことは、なかった。

 

「そうですか」と顎を持ち上げて、背中を壁に預けたまま、ふう、と七海は息を深く吐き出した。

 当然、唖然とする。拍子抜けしたと言っても良い。

 

 十中八九、「アナタ程度ならこの状態でも勝てますよ」と怪我をものともせず、殺し(祓い)に来るものだと思っていた。

 だが現実はどうだ、僕を前に一息吐いていやがる。怒りや安堵を飛び越えて、何をしているんだこいつは、という疑念を抱いた。

「僕、一応、呪霊なんだけど」

「知っています」

 知っているなら、この状況は尚更異常だ。「この前はキミたちに殺されかけて、えっと、一応、怒ってるんだけど」

「でしょうね」七海は冗談で言っているようでもなく、本当に思ったことを口にしている様子だった。「あれで怒らない呪霊がいたら、それはそれで異常だ」

 僕は流石に苦言を呈した。「あのさ、逃げた方がいいんじゃないの?」七海が僅かに僕に視線を向ける。「僕の傍にいると、簡単に、()()()()()()()()らしいじゃん」自分の口から、驚く程に冷たく抑揚のない声が溢れ出た。

 七海はしばらく黙った。予想通り、僕を攻撃するために油断させるために時間を稼いでいるのか、もしくは、ここから退避する算段を整えているのかもしれない。

 

「今ならキミは怪我をしているし、僕でも殺せる」僕は言葉を続ける。

「……本当に私を殺せると?」

 思ってるよ、と答えた方が、七海に臍を噛ませることができる。が、正直に、うっ、と迷ってしまった。僕自身、七海を殺せる程の力量はないし、何より自分でも不思議なほど殺す意欲が湧かなかった。

 そうですか、と七海がじっと僕を見た。付和雷同の精神で、どう切り抜けるかを考えているのだろう。

 攻撃してきたら、間髪入れず、「人間は僕らの敵だから、苦しんで死んでしまえって考えてる。僕ならそれができるよ」と宣言し、さっさと軽蔑されてしまおう、それでこの面倒な心残りも消せて、晴れて真人の仲間になれる、と思った。

 

 

 七海が寄りかかっていた壁から背中を離し、こちらに向き直ったので早速、「僕の術式は、簡単に人を殺せるんだよ」と喋ろうとしたのだが、その瞬間、それよりも少しだけ早く、彼が、「やっぱりアナタは、()()()()()()()」と表情を崩した。

 

 先攻で飛びかかって仕掛けたつもりが、先に技をかけられて出鼻を挫かれた気分だ。「は? いや、あのさ、何言ってるか、分からないんだけど」

 

「私を殺すつもりなんか、更々ないんでしょう」

 七海が、予想していたよりも警戒していないことに、どきりと嫌に胸が跳ね上がった。

 

「あるよ」と張り合って言ってみるが、あまり効果はない。「僕は確かに、呪霊の中じゃ弱い部類かもしれないけど」

「でもアナタの術式は強い。というより、それ以前にアナタには、人を害そうという意思がない」

 まるで僕が捨ててしまおうとしていた言葉を拾い上げて、ほらこれだろう、と見せつけるかのようだった。引き摺り込まれそうになり、僕は歯を食い縛る。「何言ってるんだ、さっきから。今から僕はキミを殺して、それで、」

 七海がふらりと一歩、こちらに歩み寄った。怯んだ僕は口を噤む。「前に、言っていたでしょう」と言って、彼はまた一歩進み、距離を詰める。「人間を進んで害する気は無い、と」ああ、脇腹に滲む赤の面積が増えている、とそんなことをに思考を傾け、後退る。「最初は何を言っているんだ、と思いましたが、今では、それを信じています」

「…………どうして?」僕は既に、じくじくと頭の中の決意を啄まれていたし、これ以上聞けば取り返しが付かなくなるのが分かっていたが、その上で訊ねた。

 七海が僕の前で立ち止まり、「笑っていたでしょう」と言った。

 

「え?」

「迷子の少女を保護して、手を握って、笑ったじゃないですか」

「──────……っ、」喉が絞まり、呼吸が止まる。

 

 そうだった。

 あの時は叶わなかったが、七海に伝えようと思っていた。

 少女が笑ったとき、僕は確かに凝り固まっていた力が抜けた。

 少女に礼を言われたとき、僕は確かに浮き上がるような心地がした。あの少女は今、どうしているだろうか。

 

 もう戻れない、と思った。

 知ってしまった。邪気のない笑顔や、何気ない言葉が、とても優しいのだと気付いてしまった。ガチャン! と音を立てて、自分を隠し続けていた黒い鎖が外された。捨てようとしていた心残りに引き摺り込まれ、体の内側から作り替えられる気分がする。

 例えるなら、ずっと恐ろしいものだ、と信じて閉じていた箱の蓋が開き、唖然としていたら視界いっぱいに、素敵な歌と光と花が飛び出してきたみたいな衝撃。

 

 

 知らなかった!

 もっと早く教えてくれれば良かったのに!

 

 

 

 なんて。

 

 今この瞬間、確実に自分の中で何かが変わった、僕はそう思った。それと同時にどうしてか、急に七海がひどく清廉潔白の高尚な存在に見えてきて、目が眩む。

「あの日、五条さんが来たのは、正直予想外でした」七海は静かに言った。弁明だとか、欺瞞だとか、そういうのでは無い。ただ淡々と事実を述べている気がした。

「そっか」と僕は眩しさを誤魔化すように俯いて、続きを促す。許す許さないの問題は飛び越えて、そういう関係性なのだから仕方がない、という結論に落ち着いた。僕らは病原菌のようなもので、呪術師は医者だ。五条ほどの敏腕医師なら、僅かな病原菌も見逃す筈がない。

 

「アナタの術式は、概ね把握しています。それを踏まえた上で、私は」と七海が区切る。僕が顔を上げると、丁度視線がぶつかった。

 それを待っていたかのように、彼は怪我を一切感じさせない声で、「アナタの祓除を一任された」と宣った。

「──僕の祓除?……一任された?」待ってくれ、と反芻して飲み込む。

「『死を恐れる感情』から生まれた特別指定呪霊、それが、アナタなんでしょう」

「……ああ、なんだ、七海も知ってたんだ」

 思い返せば、無下限呪術の餌食になっていたとき、そんな会話を聞いた気がする。ろくに身動きも思考も図れなかったから、まるで夢現のような状態で、今日までそれを忘れていた。

 ここで以前会った時は、僕を祓うことに消極的だったくせに、どうやら彼は、これからは進んで僕を祓うことに拘るらしい。

 ああ、それはなんだか、とても。

 

 

「というかあのさ、普通、私が祓いますって、本人に言う?」胸の緊張の糸がぱっと解れて、その拍子に長い息を吐き出す。「それに、どうやって僕を祓うつもり?」

「言うわけないでしょう」

「僕はまだ死にたくないから、しぶといよ」

「……分かっています」

 ぽっかりと空いた穴が、建材で補完されていく。そして空虚で暗かった僕の未来に、蝋燭の炎が一本、灯った気がした。

 もう七海を忘れようなんて気持ちは、欠片も無く消し去られていた。だって、向こうが僕と向き合う(僕を祓う)と誓ったのだから!

「そういえば、ハイバラって、誰のこと?」とその流れで僕は七海の言葉を思い出す。「僕を見て言っていたでしょ、合流待ちの仲間?」

 

「────……は?」

 そこでなぜか七海は、難儀な問題に立ち向かったかのように、声音を落とした。「……言ってませんが」

「いや、言ってたって」

「言ってませんが」「だから」

「言ってませ」「分かったよ、分かった」

 答える気がない、というより最早キリがない。

 諦めて僕は、七海の怪我に視線をやった。

 主に腹部から真人の残穢を感じる。術式を直接に受けたのはこの患部らしい。魂の形状を変える、なんて人間には一発で致命傷に成り得る術式だった筈なのに、耐えて、更には、あろうことか真人に追跡させないくらいの傷を負わせたのか。

 

「やっぱり、七海ってすごいな」本人には聞こえないくらいの声量で、呟く。

 

 京都でも思ったことだが、今回のことで再確認した。そんな実力のある相手が、僕を祓うと決めたのか。「挽歌は、強い術式があるのに使わないから、宝の持ち腐れだ」と、以前地下水路で真人に言われた時のことを思い出す。「無頓着過ぎるから、一方的に甚振られるんだよ」と。

 五条とのことを機に、強くて損は無い、と僕も認めた。術式を使い熟せば、確かに呪術師の邪魔をすることくらいできる、という話もした。聞いた真人はとても満足そうに目を細め、そうだろうそうだろう呪霊はそういうもんなんだよ、と首を揺すったものだ。

 

 そうだ行かなければ、と焦った。僕は踵を返し、茂みの奥から砂利の広場へ出ようと、七海に背を向ける。真人に、またあとで、と言われていたことを思い出したからだ。まだこの時は僅かにだが、約束を違うわけにはいかない、という焦燥感があった。

 

「今日はもう行くよ、またね」僕は後ろを振り向かず、捨て台詞のように言って、段差を踏み越えた。

 返事はない。

 代わりに、雑草を数度にわたって踏みつぶす音が聞こえた。酔っ払いが、千鳥足で、道路を右往左往する情景が浮かぶ。

 ふと気になって、背後を振り返った。そして、振り返ったことを後悔する。ああ、やめてくれ、とも思う。憔悴の影を顔から被り、より一層顔色を悪くさせた七海が、覚束無い足取りで倒れまいと気張っていた。

 そういうのはずるいんじゃないか、と内心で嘆く。滲む赤色の面積がまた広がっていた。

 丁度その時、かくんと七海の右膝から力が抜けて、数少ない支えを失った上半身がバランスを崩した。抱いていた焦燥感が、あらぬ方向に振り切れたのが分かった。

 

「! おい、」

 

 僕は、半分無意識的に、半分やけくそ気味に、駆け寄ってしまう。体当たりするように七海の半身を支え、訝しげに僕を見る視線から顔を逸らし、「目の前で死なれたら」と苦し紛れに紡ぐ。「気分が悪い、から」

「……アナタに、やられた訳では」

「…………あー、もういいや、僕のせいじゃなくてもだよ。目の前で倒れたり、死んだりするのは、やめて」

 特にキミは、と言いかけて口を噤む。

 

 七海は何も言わない。ただじっと壁を穿鑿するように、上から僕を見つめ、ぼうっとしていた。付き合いは短いが、呪霊に手を貸され、それを振り払おうとしない辺り、恐らく、七海は怪我の影響で判断能力が鈍くなっている。普通振り払うだろう、呪霊なんかの助けはいらないって。第三者の呪術師が来たら、ぎょっと目を剥いて、僕が洗脳か何かの類をしたのではと疑う光景が目に浮かぶくらいには、桁違いの違和感があった。

 身長の差から仕方がなく、引き摺るようにして木陰のベンチまで七海を運ぶ。とにかく重かった、とでも言っておこうか。筋肉質なのに加え、身体が弛緩しているから当然なのだが、正直に言うと、僕は一瞬その場に落としてしまおうか逡巡した。

 邪念を払い、やっとの思いでベンチに座らせ、僕も横にどさりと腰を落とす。背もたれに頭も乗せてふんぞり返り、夕焼けを仰ぐようにして深く息を吐く。座ってから思ったことだが、木材があまり日に焼けておらず、比較的新しい。僕は、ベンチと公園には何かと縁があるようだ。

 

「なぜ、こんなことを?」七海が疲労で掠れた声で訊く。まだ意識があったのか、と少し驚いた。

 僕は答えを考える。「ああ、ほら、京都で会った時」と口走り、「呪霊から僕を庇ってくれた」と続ける。「これはそれのお礼」

 だから深く突っ込まないでくれ、と念じる。言葉にされたら選択肢を狭められてしまいそうだった。その想いが通じたのか、恐らくは訊ね返す気力が無かったからだろうが、まず七海は「そうですか」とだけ小さく呟き、「意味が分からないくらい、律儀だ」とぼやいた。

「貶してる?」

「……アナタを祓うと、言ったはずですが」

「そうだね、確かに言ってた」僕は頷く。しっかり覚えていた。

「……それ、どういう心情、なんです?」

 僕は答えない。代わりに七海の顔を見れば、蒼白で、額には脂汗が滲んでいる。患部も塞がっていないし、気の遠くなるような痛みも残っているだろう。

「もう喋らない方が良いんじゃないの?」

 七海は浅く息を吸って吐く。生命がヤスリでごりごりと削られていくみたいだ、と思った。七海が何も言い出さないのを好機に、「キミは意識が朦朧としてるから、次会う時は()()()()()()()()()()」と建前に似た前口上を述べる。

「僕は死にたくないけど、だからと言って、特別生きていたいわけでもない」

 

 這うような風が吹き、足元の砂を持ち上げ、埃を舞い上がらせる。自分でもどうしてこんなことを口にするのか、明確な意図もなかったのだが、もしかすると内なる別の自分が、何かを期待しているのかもしれなかった。

 

「だから今は、少しでも自分が『こっちの方が良い』って思った方に、行動してる」

 

 七海は虚ろな目を細め、僕の心情を見透かそうとしてくる。痛みのせいか憔悴の影を被っているから、どんな心境なのかは測りかねるが、確実に思考していた。

 僕としては別に困ることもないが、恥ずかしくはある。

 

 止まった時を動かすように、無機質だがどこか愛嬌のある電子音が鳴った。ぱっと音の方に目を向けると、七海のポケットに刺さっていたスマートフォンに、着信が入ったようだった。呪霊が傍にいると電波が悪くなる場合があるらしいが、今回は偶然にもその例を逃れたらしい。彼は緩慢だがしっかりとした様子でそれを持ち、「はい」と応答した。数十秒の間だが、僕はそこに居てはならない存在だという自負があったので、息を潜めていた。

 電話を切ると七海は「そろそろ仲間の迎えが来る」と呟き、僕を見てから「アナタはどうしますか」と言った。

 

 前にも似たやり取りをしたことを、思い返す。

 

「素直じゃないね」僕はここで、自然に顔の力を抜いた。七海が僅かに目を瞠り、早く行ってくれと言わんばかりに、目を逸らす。

 急ぎながらではあったが、立ち去り際に、「じゃあまたね」と僕は振り返った。「その傷、お大事にね」

「早く行ってください」七海は顔に書いてあることを、そのまま言う。

 

 公園を一足先に出る時に、「また」とたった二文字だが、聴き逃しそうな大きさの音が、耳に飛び込んできた気がした。僕の願望から生まれた幻聴かもしれないが、頬が緩む。思わず引き返して言及したくなった。こういう言葉は、暖かくなるのだと気付いたからだ。

 あんなに雲上の存在に、僕の存在を認知されたのかと思うと、そわそわと落ち着かない気分になる。自分でも意味が分からないが、コンクリートの隙間から懸命に顔を伸ばす蒲公英を見て、「ああ、キミも頑張っているね」と謎の余裕を見せるくらい、浮き足立っていた。

 

 あぁそうだ、まずはこれから、彼と同じくらい清廉な精神を目指そう。呪霊である時点で潔白は無理でも、自分に正直にあろうとすれば、彼みたいに、眩しくて清廉な存在になれるのではないだろうか。

 ほどなく僕は帰路に着く。真人には、またあとで、と言われていたが、「もう期限切れだし無効だろ」という同調の言葉が欲しくて空を見上げた。すると、丁度太陽が沈み、本格的に月とバトンタッチをした頃だった。シフト制だ、と思った。勤務時間が終わったから、裏側に帰ったのだ。僕も、もう諦めて帰宅することに心の方針を固める。真人に付き合う時間も終わったことにしよう。

 今日の真人に付き合う分の挽歌は、シフト終了です。残念。

 

 一体真人は何をするつもりだったのか、数時間前までは気になっていたのに、今となっては、そんなことあっただろうか、と完全に気分が変わっていた。

 まあいいか、と声に出して、月明かりの道を歩く。ただひたすらに気分が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、帰ってきた真人の言葉に、僕は狼狽えた。なんてことを、と掴みかかるようにして言ったかもしれない。

 彼曰く、「順平の家に、宿儺の指を置いて来た」と。そんなことをすればどうなるかなんて、見なくても分かる。

 背後で、夏油が声を出さずに笑った気がした。

 

 

 

 




 評価、しおり、お気に入り等、いつも本当にありがとうございます。この場を借りて、お礼申し上げます。ありがてぇ……ありがてぇ……(感涙)

 その内撒いた伏線とかも回収しなきゃ……

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