・ドブカス直哉くんVSゲボカスサイコ主人公
読むのを憚るくらいの直哉くんとカッッッス主人公の話を書きたい。「もうどっちも〇ねばいいんじゃないかな……」がテーマ
・日車さんと、日車さんとは正反対の性格の主人公の話
単純に日車さんがすこなんだ
金曜日、僕は、高校に人集りができているのを眺める。
*
思いついたのは、昨日の夜頃だった。僕は拠点に帰らず、暗くなった景色を眺めていた。空は高いが、分厚い雲が浅い位置で蓋をしている。
道路を見るとはなしに見たが、その時に、たくさんの車が目に入った。次々と高校の方向へ向かっていく。座席には、カメラを携えた人間の姿があった。リポーターか。慌ただしい様子なのが、遠目からも分かる。
あの高校の一連の事件を嗅ぎつけたのだろうか。美味しい情報に飛び付いているのは明らかで、なるほどあれが、人間でいう「面白い」の感覚なのだろうか、と思いもした。
人集りの脇から首を伸ばし、校門を見る。「ああ」と僕は嘆かずにはいられなかった。
警察官が立っていて、背後の建物を封じ込めるように、「keep out」のテープが貼り付けられている。黄色と黒色というのは、視覚的な効果なのか、どうにも胸の内が騒ぎ立てられるような気がした。
一体何人の人間が、昨日だけで原因不明の死を遂げたのだろうか。ドミノ倒しじみた、生徒たちの死体が脳裏にちらついた。
手のひらを、神経の奥に刻まれた術式を見通すように、見下ろす。恐らくあの時、真人に突然縛りを外されたから、制御しきれず術式が暴発したのだろう。
整備されていない機械を、何の予告もなく使おうとしたものだから、古くなった油や錆び付いた箇所が「ふざけるなよ」とボイコットを起こすみたいに、盛大に故障するのと同じかもしれない。マニュアルも用意されていないから、悲惨な事態になってしまった。
と僕は、客観的に考えることで、現実から逃げていた。
今回の事件で、間違いなく、僕は正式に呪術師から狙われる対象になった筈だ。「呪霊なのだから以前から狙われていたし、何も変わらないだろ」と納得しようとしたが、そこに、「危険で悪逆非道な真人の仲間」というブランドが付されば、話は別だ。
特別指定呪霊だとか、千年前の呪霊だとか、そういった記憶にない前科に加えて、今回で大量殺人の罪も重なったのだから、それはどう考えても、満場一致の死刑判決に決まっている。たとえ、その前科二つに心当たりがなくても、後者だけで条件をクリアしている気さえする。
そういえば、その、記憶にない前科二犯について、僕はこの状況になるまで記憶の箪笥の中に押し込めていた。今になって漸く、引き出しの隅から零れ落ちてきて、気付く。これを機に調べるのも、丁度良いタイミングなのかもしれない。
立ち尽くしていると、校門の奥に警察とは別の、黒いスーツ姿が見えた。あれが「窓」か、とすぐに分かった。体育館に飛散した僕の残穢も見つかるだろうか。
僕は、呪術師に報告される前にこの場を離れようと、踵を返す。
暫く歩いて、近場の駅の線路下をくぐり、北口へと抜けた。照明の少ない通路は煤けていて、人間が寄り付かなそうな雰囲気が充満している。
カーブする坂道を足早に上り、狭いトンネルを進んだところ、目の前を誰かが塞いだ。
出口の脇から出てきたらしい。待ち構えていたのか、驚いた様子もなく僕を見上げる。
白髪に紅色を一筆描いたおかっぱ姿で、細く、整った柳眉と、大きく、朱色の目がある。
「…………ああ、キミ、夏油の」
「────
その苦々しさは狼狽や照れ隠しでなく、あからさまな不快感を伴っていた。鬱積が滲んでいる。苦労している者が、「楽するな!」と侮辱されたような怒りもあって、僕は動揺した。
雰囲気だけでここまで凍てつかせることができるのか、というくらいに、鋭利な空気を纏っていた。
「そんなに怒らなくても」
「私の名前はもうご存知の筈ですが」
「ああ、えっと、……
じっと朱い双眸が見てくる。「戻らないんですか」
僕は困惑していたが、裏梅は全く意に介していないようだった。
「……今は戻ろうとは思わないな。あと、キミが気にするとは思っていなかったから、意外だよ」
「それなら、私に行き先を教えてください」
「やだよ。なんというか、それだと意味がない」
恐らく想定済みの返答なのだろう。彼女の態度には、経験済みだと言わんばかりの平常心のようなものが、漂っている。
「あの校舎、見ていたんですが、呪力が空になるほど術式を使ったんですか?」
彼女が眉をひそめた。
「無理やり使わされたんだよ」
僕がそこで話を打ち切るかのように、ピシャリと被せた。
裏梅は、最近夏油が連れてきた呪詛師の一人だ。
他にも、やたらと人的資源から家具を作ろうとする呪詛師だとか、目元の模様が増減する呪詛師だとか、個性的な面々も真人と夏油の配下として増えていたが、彼らは陀艮の領域に踏み入ることはなく、例外として、夏油の側近のような立場の彼女だけは別枠の扱いで、パラソルの下にいたのを、何度か目撃したことがある。
衣服のみならず、肌や髪色まで真っ白なものだから、僕は常夏の海辺に、真冬の雪景色が共存しているように思えて、幾度となく目を奪われた。そこにあったのは、斬新な景色に対する新鮮さではなく、安堵するような既視感で、殊更強く記憶に残っていた。
綺麗だね、と言ったら怪訝な顔で睨まれそうな鋭さは今尚健在だな、と思ったところで、何故か肩の力が抜けていて、その事実に自分で驚いたこともある。その際に、近場にいた漏瑚に「あれは誰なのか」と訊ねたのだけれど、僕らの中で特に人間嫌いな性格をしているのは彼だったから、「知らん」と僕は文字通り一蹴された。
「か」と裏梅が口走って、そしてどういう意図で間違えたかは判然としないが、「貴方は」と言い直した。「今回の、どこに不満があったんですか」
「どこにって」と僕は一瞬、のけぞる。「ほぼ全部だよ。術式の“縛り”を外されたせいで、暴発して、たくさんの生徒を殺した。最悪の気分だよ」
裏梅の目に初めて、今までと違う色が浮かんだ。
驚愕と郎色の間のような、要するに、思いがけない拾い物をしたかのような感覚なのだろう。
「縛り、ですか」
「? うん。ずっと『研磨しない』って条件で、力を最小限まで抑えてたんだ」
裏梅が黙り込む。呆れてものも言えない、といった様子ではなさそうだ。
「寒い地域は水道の水を夜通し、流しっぱなしにすることがあるらしいじゃない。あれと同じだよ」
「……突然何の例えですか」
「僕の術式の回路は、長い間、碌に呪力を流していなかったから、凍りついていたんだ。それを、真人が一気に蛇口を捻ったものだから、爆発した」
「水道管が」「呪力がだよ」
「そんなに使うのが嫌なら、新しくまた“縛り”を設ければいい」と裏梅は、僕の言葉に対し、淡々と応じた。「それだけではないんでしょう、不満だったのは。吉野順平を利用する計画だったのに、必要以上に愛着が湧いたせいで、いずれかは殺すということを、忘れていた。そうでしょう」
ブン、と耳元で羽音がする。黄色と黒色の模様が視界を過ぎった。「keep out」だ。
ここから先は立ち入られたくない領域だ、と胸がざわつく。
「“縛り”を設けられるなら、もうしてるよ」僕はこめかみを押えて、「真人が、何かしやがった。セキュリティというか、暗証番号みたいなものを変えられたんだ。もう僕じゃあ、術式を制御するほか手立てがない」と訴える。「あと愛着って。順平は、別に」
「分かりやすい」裏梅がそこで軽快に言った。「嘘を吐くなら、もっと目に感情を込めて言わないと」
流石に僕も返答に困った。「それ、僕も、夏油に言った覚えがある」
「──そうですか。……貴方は……今後どうしたいんですか? 今逃げたところで、呪術師に狙われるのは分かっているでしょう」
僕はしばらくの間、口を閉ざしていた。随分経ってから、「どうしたいかは、多分ずっと分からないよ。とりあえず、どこかもっと遠くに行きたい」と言った。
「遠く?」
「僕がいたから、あの場所でたくさんの人間が死んだ。でもその僕も、ここにいたらいつか、簡単に呪術師に殺されるだろ。もう嫌なんだ」
「今更だ。貴方にとっては、何事も、嫌なことばかりでしょう」
「その通りだよ」僕は歯を見せて、自嘲する。
「結果的に、全て
それは決して揶揄うようではなく、むしろ、気遣いすら感じ取れる声音だったように思えた。
僕はその言葉を聞きながら、順平と会って何か変われたかな、と彼女と同じ方向を見て、頭をひねる。
**
月曜日の朝、少年は映画館で真人の呪力にあてられたのだ。
個人的な復讐のために道を外れ、術式を学んで、それで例の男子生徒にさっさと復讐してしまおうと目論んでいたわけだ。
真人に抱いた感情は恐らく、憧憬や尊敬だろう。
もしかすると、浮世離れした雰囲気が余計に彼の価値観に合致したのかもしれない。だから、真人の行動が悪事でないと盲信していた可能性もある。
けれど、真人や当時の僕はその真逆の心理状態だった。尊敬もしなければ、哀れみもしない。
知人が死んだらどう思うのか、死に瀕したらどうなるか、それに加えて真人に至っては、利用価値にも期待していたわけだ。
しかしそんな僕が、ただの一度、「話を聞いてくれたうえに」「怖らがられないから」というキッカケで少年に、悪意とは別の感情を抱き始めてしまった。
途中、七海に遭遇した際に似た感情を抱いたことも、起因しているかもしれない。
その変遷を目の当たりにし、真人は相当、驚いたに違いない。呪霊のくせになぜ、そんな見当違いな考え方をするのだ、と困惑しただろう。
僕が簡単に、少年に親しみを覚えた理由は簡単だ。うだつの上がらない生活よりも、彼と話している時間の方が、気が楽だったからだ。考え方や、軸にしている言葉までも親近感を抱けた。
少年は、戦いが苦手なんでしょ、と僕を解釈し、僕もそれが是だと伝えた。
真人が次に何を考えたのかは、やはり想像するほかないが、きっと彼は、その考えが少年のせいではないかと疑ったのではないだろうか。つまり、「挽歌がいつも以上に腑抜けたのは、順平のせいか」と思ったわけだ。
そしてどうしたのか? 僕から離れたところで殺したのだ。
虎杖と合流したところを狙い、絶好のタイミングを測り、虎杖の目の前で術式を使ってみた。そして、死んだ。当たり前だ。真人の術式は、人の手に負えない。
というわけで吉野順平の死は、辿っていけば僕が発端だったとも言える。
けれど、彼からは、僕の術式が作用した証拠である
思考の海から顔を上げ、僕は呼吸をする。重たく湿気た闃寂が広がっている。
裏梅は依然として無表情のままだが、既に凍てつく空気は収まっていた。トンネルの向こうの景色が、名前のない果てに繋がっているように見えた。地面は、三途の川さながらの水溜りができている。
風が吹いたのか、撓垂れた枝から、がさがさと葉を擦る音が零れ落ち、最後の別れを告げるように、空中へと溶ける。
僕はその、栄枯盛衰を体現したような音と動きを、ただ、眺めていた。堪え切れなかった小刻みな惑いが、肩を震わせる。
「やっぱり、どこにも行けないじゃないか」と僕は思わず、声に出す。
「『好きの反対は無関心』なんて初めに言った人は、ちゃんと地獄に落ちたでしょうか」
達観した顔で、その意見こそが正解だと信じてやまない静かな声が頭に響く。
続けて順平の、人から外れ、目が大きく飛び出た、変わり果てた姿が瞼の裏側に写った。
「マザー・テレサで地獄行きなら、やっぱり僕らは、どこにも行けないよ」
だから僕が言いたいのは誤謬の方だって。
順平が慌てて訂正する様が、すぐに思考を割いた。間違った覚え方はしないで、と指摘されたような気がした。胸のあたりが乾き、ぼろぼろと風化して崩れるように穴が開く。
「何か、得られましたか」裏梅が改めて、言う。
「なにも」と答えかけて、ポケットに手を入れる。
たくさんの飴玉に紛れて、一枚の紙切れが指を掠めた。
あった。
次の瞬間には自然と鼻から息を零している。
ああこれは、という思いと、一枚あってもなあ、という思いが綯い交ぜになった。
「────今週末の予定」
「………………は?」
僕は胸の辺りから喉元にかけて、鉛のかたまりが込み上げてくるのを感じた。
ざわざわと葉が揺れる音に交じって、誰かの嗚咽が混じった。
と思えば、それは確かに自分から洩れていた。
咄嗟に目元を擦る。乾いていて、何も溢れていない。ただ喉にせり上がった思いが、息を堰き止め、そして苦しませた。
それから暫く手元の映画のチケットを眺めながら、なにも考えることができなくなる。
胸が痛み、その原因である空洞に、半券の取れかけたしわくちゃのチケットを貼り付け、蓋をしたくなるほどだった。
「どうかしたんですか」
裏梅が、それを見逃すまいとするリポーターのように、口を衝く。それはなんですか。怪しいものなんじゃないですか。言葉になっていない質問が、ひしひしと肌に伝わってくる。
いや、と僕は掠れた声で、答えた。「友達になりたいって、言っとけばよかった」
今話で呪霊の半旬編完結です。でも別に本編は完結じゃないです。
本誌や単行本で裏梅について深堀される前に捏造します(ドブカス)
評価、感想、しおり、お気に入り、誤字報告等、いつも本当にありがとうございます。
地の分ばかりで台詞は少なめという、読むにはなんとも重たく体力消費のデカい拙作ですが、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
次章の流れは大まかには決めているので書き次第投稿したい所存です。
【おまけ(サブタイの由来)】
①月曜日、二百十日の映画館と少年
・二百十日……厄日/9月頭
・映画館と少年……文字通り
②火曜日、きっかけと藹々[1/3]
・藹々……穏やか/薄暗い様子
③火曜日、秋の空に浮かぶ[2/3]
・そのまま月
④火曜日、呪霊と呪術師(4)[3/3]
・七海が関連する話
⑤水曜日、桐一葉に暗れ惑う[1/2]
・桐一葉……桐の葉が1枚おちる様子/衰亡の兆し
・暗れ惑う……悲しみで心が塞がり、迷う様子
⑥水曜日、妄想と噓と空言とトマト[2/2]
・本文より
⑦木曜日、撫子と海月を切り継ぐ[1/3]
・撫子……虎杖
・海月……吉野
・切り継ぐ→継ぎ接ぎ……真人
⑧木曜日、空蝉よりさようなら[2/3]
・空蝉……この世に生きている人間/現世
⑨木曜日、夜迷子と逃避行[3/3]
・夜迷子と……世迷言
⑩金曜日、又候梅に白露
・又候……同じことをもう一度
・梅……そのまま裏梅
・白露……太陽暦で9月8日頃/草木においた露が白く見える
なんだかんだ意味があったりなかったりしました。
当初の予定では5話で終わらせる予定でしたがダブルスコアです。計画性の無さが伺えます。