死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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夜長の訪れ

 公園の芝生が広がる場所で、虎杖が両腕を組みながら歩き回っていた。

 

 自分の管轄を超えているため、どう対処すべきか悩んでいるように見え、僕は何度もブランコから立ち上がりかけるが、虎杖がこちらの魂胆を見透かしたのか、「駄目だ、訊きたいことはたくさんあるんだ」と言ってくるため、諦める。

 

 

「やっぱり、あんまり信じられないんだけど。挽歌は本当に、あの高校で人を殺したのかよ」

 

 

 生きている上で、何人もの人間の死に関与しているわけだから、今回も別段珍しいことではないのは分かる。

が、呪術師のいる環境で、あれだけの人数を一度に殺してしまったのは最悪だった。

 

 と僕は、後悔の理由をそう決定づけた。

「まあ、殺すつもりは全くなかったんだけどなぁ……」

 

 

「でもオマエ、海里の婆ちゃんのこと助けてたろ」虎杖は自らに言い聞かせるようだった。「それに、順平とも友達というか、仲良かったんだろ」

 

 頷こうとしたものの僕は、前者は、初めて抱いた自分の関心に従っただけであったし、後者は、相手方がどう思っていたかを確かめる術もなく、単純に肯定できることでもないだろうことも分かった。

 

 虎杖が何を言いたいのか理解できず、僕は首を傾げる。

 

「だから?」

「いやだからって。挽歌、俺には、オマエがあのツギハギの呪霊の仲間だとは思えねーんだよ」

 

「仲間!」僕は言ってから、「キミが想像してる関係とはちょっと違う」と回りくどく、「仲間ではない」と伝えてみたが、なんと彼は妙に納得した素振りをしてから、「ああ、なんか厄介な性格してんのね」と呟いた。

 

 

「俺を殺した時はさ、後悔してたろ」

 

 僕は急に居心地が悪くなり、足元に視線を落とす。

「キミがそう思うなら、そうなんじゃないかな」

 

「やっぱさ、俺の知ってる呪霊と違うんだよな」

 

「おい、仲間外れみたいに言うなよ」と鼻を鳴らす。

 

 じっと観察されるような気配を感じて、首を向けると、虎杖が目の前に立っていた。真剣な表情だ。

 

「本当に、殺したのか」

 

「っ…………何て言ったって、信じないだろ」と言いながらも、僕は内心で否定したくて堪らない。「殺したよ、殺した」

 

 殺したくなかったに決まっている。

 意識もなかった。

 制御が効かなかった、暴発だったんだ。

 言い訳は次から次へと湧き上がるが、一つとして表層には現れない。

 

 

「そうか。じゃあ、俺たちの敵だよな」

「敵だよ」

 

「そうか。じゃあ」

 虎杖は平坦な声で言って、更に一歩近付く。

 

 

 何度かは殺されるだろうか。

死にたくない。

 大丈夫だ、ここ数日は飴玉をよく口にしていたし、呪力も先程使ったから周りに術式は伝播しない筈だ、と自らを落ち着かせる。

死にたくない。

 生き返ったら、隙を見て、逃げれば良い。

 

 

 

 

 

 

「──いっぺん、高専来いよ」

 

「────は?」

 

 

 僕は顔を上げて、訊ねてしまう。

 

「殺さないの? 怒ってるだろ、たくさん殺したんだよ」

「許すわけじゃねぇよ。ただ今ここで挽歌を祓うのも、何か違ぇ気がした」

「尚更意味がわからない。許さないなら祓えば良い。それが呪術師なんだろ。僕は呪霊なんだよ」

 

 

「だってオマエさ」

 

 虎杖は言うか言うまいか逡巡し、やがて何故か悩まし気な顔をして、口を開く。

 

「さっき笑ってたし。それに『ありがとう』って言葉、()()()()()()

「え」

 

 僕はその瞬間、いつかの日の会話を思い出していた。

「笑っていたでしょう」

 

「ならまだ、オマエにしかできねぇことがあるかもしれない」

 虎杖が放つ言葉が、薄らと頭に染み込んでいく。

 新しい意見は受け入れ難いものだったが、虎杖の喋り方が淡々としているせいか、僕は抵抗を感じずに、耳を傾けることができた。

 

 あの日も、何を言っているんだ、と突き返すこともできたのだ。

「迷子の少女を保護して、手を握って、笑ったじゃないですか」

 

 

 そしてあの言葉を思い出す。

「やっぱりアナタは、()()()()()()()

 

 

 

**

 

 

 

 あれから何分、いや何十分経ったのか判然としない。

 ただ意識が正常に戻った時には、僕は何故か虎杖と談笑していた。

 

 

「そういや挽歌って、何の呪霊なの?」

「……すごい軽々しいな。別に隠してはないから良いんだけど」

「そうなの?」

「僕は意外と有名らしいから」

 

 聞いてないの? の意味を込めて首を傾げるが、虎杖は目をしばたたかせるだけで、期待した答えは返ってこない。

 一度殺した時も、四割くらいは僕のせいなんだけれどな。まるで自分だけが意識し過ぎているだけみたいで、羞恥心がむくむくと立ち上る。

 

 どうやら情報は随分と厳重に管理されているらしい。ますます僕は、自分が何者か分からなくなる。

 

 

「それで?」

 

「それでって」僕は困りながら返事をした。「人々が、死ぬのが怖い、って思う感情」

 

「へえー」虎杖はブランコをガチャガチャと漕ぎ、そして硬直した。「え?」

 

「え?」

「え、そういうのもアリなの?」

「何、そういうのって。アリも何も居るからね。あんまりバラさないでよ、指名手配掛けられてるみたいなんだ」

「バラすも何も……。てか、そんな海賊みたいな扱いあんの? 懸賞金かかってたり?」

 

「海賊?」現代では聞かない言葉だ。「いるの?」

 

「あ、漫画は読まないんだ」

「読まないよ。興味もないし」

「絶対ハマるって。あれ日本人が絶対に読む漫画だから」

「決めつけないでよ」

「挽歌だって、薄々思ってるだろ。意外と興味ないって決めつけてることでも、見てみると意外と楽しいものなんだって。な」

「ソウイウモノナンダー」

「あ、映画とかどうよ。そろそろゾンビ映画の公開日なんだよ」

 

「一度死んだ人間がゾンビ映画って、どうなの」

 

 僕は困りながら受け答えた。

 そしてポケットを漁ると、何かが手に当たる。

 

 一枚の紙切れと、いくつかの飴玉だ。

 

 紙切れに書かれた題名こそ知らなかったが、思い当たる節はあった。微妙な内容のホラー映画だ。

 映画の内容よりも、意味も分からず持ち続けている期日切れの紙切れを、失くしてしまうことの方が、僕には恐ろしかった。

 黙り込んだ僕に、虎杖が気付いた様子はない。

 

 

「それを言ったら、オマエだって一度死んでなかったっけ。あの程度じゃ死なない感じか。それとも蘇った?」ブランコを止めると小声で言ってきた。

 

 本当によく喋る奴だな、と感心する。

 時計に目をやれば、午後の十時をゆうに過ぎていた。こんな時間まで出歩いていて平気なのか、と僕は思った。

 

「……どっちもだね」

 

 僕の言葉を飲み込むのに数秒要すると虎杖は、真剣な顔で僕を見て、「じゃあ、オマエはどうやって祓うんだよ」と疑問までぶつけてきた。

 

 愕然とするが、喋ることはできた。「それ普通訊く?」

 

 

 おかげで僕はブランコを止めるまでの間に、隣のブランコの虎杖に向かい、「分かんないよ。そもそも、生まれちゃったから生きてるだけで、好きで生きてるわけでもないし。死にたくないだけなんだよ、僕は」と文句を言ってやれた。

 

 

「何だそれ」虎杖は意味不明だという顔をした。「生まれちゃったから、って。呪霊は人間に悪さするのが基本じゃねぇの?」

 

「あー……」

 

 僕は、少なくとも数週間前までは、人間を害する呪霊の気持ちは分からないでもなかった。呪霊(僕たち)が自我を持った時には、既に人間に対する憎悪が芽生えている。

 了承した覚えもないのに、死への旅は始まっている。「人間なんて」と言いたい気持ちは理解できた。ちょっと待って、望んたわけじゃない、仕切り直させてよ。

 

 

「……人間がそんな感情を抱かなければ、ってのは思うよ」

「じゃあ憎い?」

「まあ、うん、憎くないって言ったら嘘になるけどさ」

「呪霊だし全部が善良なわけじゃないか」

「……そうだね、でも進んで殺したいとは思ってない。それは本当だ」

 

 客観的に見れば、証拠や説得力はなく、常習犯や詐欺師の言い逃れを真似する小悪党としか考えられない。だから、「高専に来いよ」と言われても、それが僕にとって善い道になるとは、到底思えない。

 

 目の前の柵に座られ、「なるほどな」と頷かれた。

 

 見定められている心地がするので、自分の手の中にある飴玉を、ぎゅっと握りしめた。無機的な固さがあり、そのせいで指先が白む。

 

 

「お願いだ」と僕は思わず、言っていた。「このまま逃がしてほしい。高専には行けないけど、どこか遠いところへ行くから」

 

 

「なんだよ」業を煮やしたのかと思えばそうではなく、歓心を得た様子だった。「そんなに()()()()()なら、尚更来ればいいじゃんか」

 

「それは……」

 

 

 頭がまだぼうっとしていたせいだろう。夢を見ている気分だった。着いて行こうかな。浮き足立つ思考を鎮め、静心を取り戻すため呼吸を整える。

 が、その後に、「()()」 と無意識的に口走った。

 

「それは違う。僕が本当に嫌なのは、僕のせいで誰かが死ぬことなんだ」

 

 虎杖が固まった。

 

 予想外の言葉となると、誰であれ困惑の反応が返ってくる。どんなに寄り添おうとも意に添えなければ、限界も生じる。

 このまま彼の話を聞いていれば、僕は確実に、向こう側に傾いていた。

 

 

 冷静になれたのは、真人の言葉を思い出したからだ。

 

 

 

 

「君は今まで通り、余計なことをせず呪霊として生きるべきだ。じゃないと、いつか本当に死ぬよ」

 

 挽歌のためなんだよ、という断定の仕方に僕は少々ムキになったが、もしかすると真人はこの時が来ることを予想して言ったのではないか、とドキリとした。

 

 言葉の真意は不明だ。しかし呪霊側に辟易したからといって、呪術師側に転向すれば解決するわけでもない。

 

 虎杖と共に行けば息がしやすくなるのでは、と考えたが、やめた。一般的な善行を積むことで、誰かに認められる可能性はある。手を取った方が得策だ。

 挑戦だよ、上手くいく、大丈夫だ。自分が言い聞かせてくる。嫌なことを迫られないはずだ、と。「本当にそうか?」揶揄するように、内なる自分と、想像上の真人が囁いてくる。

 

 何をしようとも、興味も持てずに全部を睥睨して終わるのがお前の常ではないか。

 意識が芽生えた頃、出生自体を後悔したことに始まる、お前の生涯の、抗えない、大きな核ではないか。

 

 

 

 

「……見知った人が目の前で死んだら、普通、虎杖はなんて思う?」

「…………何の話だ?」

 

 虎杖の顔面はぎゅっと絞るように歪んだ。

 怒りを浮かべたのではなく、自分の不安が顕にならないように、感情を抑え込むためだ。

 

「あの高校で、たくさんの人を殺した時のことは、正直言えば何も覚えてない。でも吉野順平がああなった時、僕はすごく焦った。頭が真っ白になったよ。もう助からないって理解できちゃったし」

 

 虎杖は暫く黙っていた。擦れた木々の葉が発する音だけが、響いた。

 

「それが、僕のせいで死んだわけじゃない、って分かった時、どんなことを考えたと思う?」

 

 思い出し、肩に力が入った。

「『あ、本当だ。僕のせいじゃないや』だよ」と実際に相手に言ってみせようと口を開くも、声が出ない。

 

「……それは、善くない(悪い)感情か」

 

 虎杖が静かに訊ねてくる。

 只事ではない、と分かったのかもしれない。憤りを覚えながらも、こちらの出方を伺うようで、そのことに僕は安堵を感じる。ちくちく、と胸に痛みが走る。

 

 

「──そうだよ。僕は、僕のせいで誰かが死ぬのが嫌なだけ。だから……要するに、誰かの『死』の()()()()()のが嫌なだけなんだよ」

 

「オマエ、」

 虎杖が初めてそこで心の揺れ動きを見せた。彼の図太い神経にも、漸く懐疑心が芽生えたのかもしれない。

 

「なに」

「それが、挽歌の本質ってことか」と虎杖が腰を上げかける。

 

「そうだね」と僕は言う。もうこれ程評価を地に落としておけば、虎杖の考えに変化が起きている可能性は高かった。「詳しく聞きたい? あ、でも、あんまり言ったら祓われちゃうよね」と皮肉めいた口調でわざと言い、彼の顔を見た。

 

 

 虎杖の顔が強張る。

 

 先程は、僕がまるで同志であるかのように振舞っていたのが、いまや、見慣れた呪術師の気配だ。「待て、何言ってんだよ」と苦しそうに言った。

 

 この調子だ。あと少し。僕は思った。こうして、少しずつ自分との価値観の相違に壁を作っていけば良い。

 ポケットから飴玉を取り出そうとしたが、そこで、目の前の虎杖の視線が鋭く動くのが分かった。すぐにピンと来る。

 

 ポケットの中の、異様な量の飴玉に気付いたのだろう。

 

 虎杖は直感的に、これが何か察し始めている。たぶん、そうだ。

 僕の指先は冷たくなっていた。

 ポケットの中の大量の飴玉は、もともと体育館の生徒の寿命だ。ただの飴ではない。僕の術式で人が死ねば、死んだ人間の本来の寿命が形となる仕組みで発生した、殺害の証拠だ。虎杖はそのことを知らない。だからこそ、不審に思っている。

 

 

 食べてやろうじゃないか、と僕は自棄気味に思った。

 

 

 術式の開示により、状況がどうなるのかは、起きてみないと分からない。少なくとも、虎杖には大きな衝撃を与えるだろう。決定打にならずとも、取り乱し、僕を軽率に殺しに動くことはできなくなるはずだ。

 

 そして、その隙にこの場から僕は解放される。きっとそうなる。もちろん、自分が更に狙われる可能性は否定できなかったが、高をくくってもいた。

 足を止めたのが間違いだった、早く遠くに行こう。

 

 ポケットから鮮やかな、金褐色の飴玉を取り出す。金星に似てるよね、と夏油が言っていた。エネルギーの含有量はそれなりに多いよ、多分、と。

 

 口に含む。

 

 

 

 

 その直後だ。

 立て続けに、色々なことが起きた。

 

 

 まず、前方で虎杖の声が上がった。

 

 呆れた声で、「嘘つけ」と小声で突っ込んだ。きっとただ「そうであってくれ(理想)」を口にしたに過ぎないが、その真っ直ぐな声に、胸の奥の、灯っていた蝋燭の火が反応した。

 

 その時、僕は飴玉を口にしていたものだから、驚いた拍子に腕が大きく波打つことになる。「よくぞ見破った!」と触発されたのかもしれない。

 指から離れた棒が、僕の意志に背き、飴玉に至っては喉の奥に滑り、咽頭を塞いだ。嘔吐く。

 

 

「!? うっ、ぉぇ、ゲホッ、けほ」

 

 

 その隙を虎杖は見逃さなかった。柵から立ち上がり、僕に接近した。

 この状況で、飴玉を喉に詰まらせ、虎杖が攻撃に移るきっかけが生まれるだなんて、何という無様! と僕は嘆く。

 

 虎杖が呪力を纏い腕を振るえば、それでおしまいだ。僕はブランコからすぐに立ち上がりかけた。

 

 

 

 が、思った衝撃は来なかった。

 

 嘔吐き悶えたまま、顔を上げる。虎杖は腕を持ち上げてはいなかった。

 それどころか、腕をだらんと下げ、電池が切れたかのように、微動だにしていない。上半身は後方に軽く逸らされている。

 

 数秒経ったあたりでようやく咳が収まり、すぐに俯き、飴玉を喉から引き出した。

 

 

 溜息を吐き、顔を上げて起き上がると、額に激痛が走る

 呻く。

 

 

 何が起きたのか分からず、それは何らかの敵が、例えば僕を許さない呪術師が、攻撃を仕掛けてきたようにも思え、冷や汗がどっと出るのだが、「だったら何で」と芯のある声が聞こえてくるので、違うと分かった。

 

 虎杖だ。

 

 顔を上げるのを見計らっていたらしく、顎を持ち上げ、頭を振り下ろしたが、それが、立ち上がったばかりの僕の額にぶつかったのだ。

 当たりどころが悪かったのか、それとも虎杖が相当の石頭なのか、骨が割れたと勘違いするくらい、かなり、いや非常に、痛い。

 

 僕はブランコの席からも落ち、更に地面に後頭部をぶつけながら額を抑える。

 我慢でどうにかできる痛みでもなく、身を捩るようにし、くねくねとやっていると、真上から見下ろす虎杖と目が合った。

 

 

「だったら何で」虎杖は再度口にして、言葉を続けるのに精一杯だからか、僕のことを気にかけず、「何で、そんな気分悪そうな顔してんだ!」と言っている。

 

「痛いからだよ」「そうじゃねえ」

 

 

 

***

 

 

 

 すぐに復活するだろうと楽観的だったのか、僕が意外にも、時間を要するため、虎杖は心做しか心配そうな面持ちになる。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「まあ」と上体を起こしてみせたが、鈍い痛みが走り、体勢を崩す。不時着する思いで、地面に大の字に伸びる。「すごく痛いよ。何すんの。気分悪そうな顔って、失礼じゃないか」

 

「誤魔化すなよ。……責任を負いたくねえって、それもあるのかもしんねぇけど」

 

 困惑する僕を尻目に、虎杖は更に声を大きくした。

()()()()()()()、お礼言われて。海里の婆ちゃんの暴走止めたのも、海里を傷付けさせたくなかったからだ。────オマエ本当は、なんつーか、呪霊に向いてねえんじゃねぇの」

 

 

 僕は息を鼻から大きく、吸い込んだ。胸を膨らませ、一旦止める。吐き出した途端、力が抜け、震えた。強がることしかできない。

 

「……向いてる向いてないの問題で、生きてない」僕は上体を起こして頭を抱えた。「こっちしか、居られないんだよ、呪霊(僕たち)は」

 

 そして、激しくなりはじめた胸の鼓動に、視界を歪ませ、顔を覆うように手を下ろし、その場に蹲ってしまったところで、もはやどうでも良くなった。

 もう嫌だ、何もかも嫌だ。どうすれば良いんだ。

 

「……どうすればって」

「こんなに苦しい思いをするなら、生きていたくなんてないのに、死にたくないから死ねないんだ」

「オマエまじで蘇るのか」

「蘇るよ、絶対、断言する。死ねないくせに、逝く場所も還る場所もない」

 居心地の良かった場所も捨ててきた。

 

 虎杖はそこで口を噤み、僕をじっと見つめてきた。顔ではなく、着ている服や仕草まで観察するようにした。「なに」と訊ねるより先に、彼が手を伸ばしたので、僕は飛び起きそうになった。

 

 

「オマエにできる、今すべきことは」と彼は言葉を区切った。「取るべき責任を取ることだ」

 

「…………責任?」

「オマエは、自分がしたことが悪いことだって分かってるんだろ。だから、オマエはそれを認めて、償えばいい。そうすれば、多分、挽歌も、挽歌のいる環境も息がしやすくなる」

 

「悪いこと?」したくてしたわけじゃないのに?

 

 朦朧とした感覚の中、返事をする。精神疲労からか、それとも、虎杖の言葉が心地良いからか、もしくは、恐らくこれが正解だろうが、自分の直面している現実から逃避するためからか、眠気に近いものを覚えていた。

 

 

「だから来いよ」虎杖は静かに、続けた。「一緒に償えば、大丈夫だ」

 

 一体何が大丈夫だというのだ、と僕は思いつつも、反応できなかった。このまま宛もなく逃げ続けるよりは、虎杖の言う通り着いて行った方が良い、とも感じた。

 それなりに自分は術式の暴走に抵抗した。頑張ったではないか。

 顔を上げて夜空に瞬く星を見遣りながら、思った。よくやったんじゃないか、僕は。

 

 虎杖の口にした、「大丈夫だ」の言葉を反芻する。そうか、大丈夫なのか、とほっとする。

 

 暗闇をさ迷い、迷子になっている僕からすれば、その「大丈夫だ」の言葉は道を照らす月光に他ならず、後はその、「大丈夫」な計画に乗れば間違いないんじゃないか、と思った。

 

 

 

 

「キミは、相手の線引きを飛び越えるのが上手なのかも」僕は伝える。「そう言われるでしょ」

 

「え」虎杖は責められたとでも思ったのか、頬を掻いた。「俺何もしてないけど。あ、頭打ったわ」

 

 

「自然みたいに、そばに居ても不安にならない、というか。真っ直ぐすぎ、というか。あとその件は正直、まだ痛い。あの硬さは人間じゃない」

「不安にならない、って、オマエの基準ほんと分かんないな。それに呪霊が人間じゃないって言うの、どうなの」

 

 公園で二人で向かい合っていると、僕は薄暗い裏道で恐喝に遭う学生のような気分になった。

 

「話すつもりもなかったことを喋っちゃった」

「そ? んじゃ、そろそろ帰らなきゃだし、行こうぜ」

 僕はようやく気持ちも落ち着き、歩き出そうとしたが、不意に思い立ち、「あのさ」と話し始めていた。「虎杖は何で呪術師やってんの?」

 

 虎杖はきょとんとしたが、「なんだよ急に」と小さく笑みを浮かべる。「宿儺の指食っちまったからな」

 

「そうじゃなくて」僕は直ぐにかぶりを振る。「続ける原動力、みたいなもの」

 

 

 宿儺の指を口にしてしまった決定打は知り得ないが、恐らく、その下準備を整えたのは夏油だと、確信に近い予想はあった。

 虎杖も苦労しているな、と思う。もちろん巻き込まれたこともだが、それより宿儺が自分の中にいるという状況に、同情していた。普段宿儺は何をしているのだろうか。

 

 

「ああ」と虎杖は曖昧に言う。当時の自分を思い出すように、決意を秘めた顔になった。「生き様に後悔はしたくないから」

 

 頭にはすぐさま、高校で確認した理解できない感情が思い浮かんだ。あの感情よりかはまだ理解できた。七海を思い出す。何故悔いがないのか? と思った。

 彼と自分は何が違うのか、それともそもそも、七海は僕を陥れるための存在だったのか? ぐるぐると思考が滞る。

 

 そして。

 

「ねえ、七海は無事?」と言いかけたが、口にしなかった。

 

 

 

 

 歩いてくる男が見えた。

 

 既に虎杖という呪術師と話しているものだから気にかけていなかったのだが、こちらに向かって真っ直ぐにやってくる。

 その顔を見ると、懐かしさと、欣喜、無事だったことに対する安堵、を上回る焦燥感と恐怖が沸き立ち、僕はあの日の記憶を遡り始めていた。彼が真正面に立ち、冷徹な表情から眉をひそめたところで、漸く自分の仕出かした事の重大さを理解した。

 

 数週間前、校庭を見下ろした時以来だ。

 理解できない存在が立ち塞がる。

 

 

「言いたいことは、分かりますね」と()()は言った。

 

 

 ざわざわと焦りが背筋を走り抜ける。

 その時点で、僕の立てていた甘い逃亡計画が、上手くいかないことを察した。

 

 

 

 




 七海ろくに出せませんでした。次回出します。
 会話がやけに長ったらしいですが、一応今後の展開的に書いておきたいなと思いこうなりました。


 たくさんの評価、感想、お気に入り、しおり、ここすき等、本当にありがとうございます。皆様のおかげでここ数日ランキングにお邪魔しております。とても嬉しいです……気づいたらバー伸びてましたし……暖かい感想や一言、高評価を頂けてモチベ爆上げしてます。重ねてお礼申し上げます!!!わーい!!嬉しい!!!

 どうぞよいお年を!来年もよろしくお願いいたします。
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