死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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 お久しぶりです。試験やらなんやらしてました。

 今章は渋谷事変編への繋ぎなので、現在軸より過去軸メインになりそうです(予想)
 ドゥンドゥン加速させます。八十八橋のところは飛ばします。



起首雷同~渋谷事変前:月に叢雲、花に呪霊
曇りのち呪霊


 

 

 新しい拠点は郊外の古いアパートにあった。

 

 たくさんの人間を受け入れた、と言うか、要するにボロい部屋だ。

 部屋の中には、ここで過去の入居者が昔、孤独死でもしたのかという染みが着いているが、その跡を見る限り、「ここ本当に掃除した?」と確認したくなるような雑さを感じた。

 

 合流後に、真人が攫った人間に盗んできた“呪胎九相図”を食わせて以降、僕もその受肉体の三人とは、夏油に唆される形で何度か交流していた。

「ほら後輩だよ」と。

 

 

壊相(えそう)たち、これやろ」

 

 大きめの箱を持って隣部屋に行くと、壁際に居た壊相が不可解そうに眉を寄せた。

 

「……今度は何ですか、挽歌」

 

 この部屋は変わった匂いのせいで空気が淀んでいる。壊相の隣の脹相と血塗もが、僕を不可解そうに見つめている。和気藹々の雰囲気とはとても言い難く、重苦しい気配があったけれど、彼らの風貌は見事にそこに馴染んでいた。

 この三人は兄弟の割には似てないな、漏瑚の方がまだ友好的ではないか、と思いもした。

 

「人生ゲーム。いつかやろうと思ってたんだ。でも花御は疲れてるし、真人もいないから」僕は箱を机に置いて言った。

 

 そこで、壊相と血塗(けちず)の前に立っていた脹相(ちょうそう)が、「どうしてやる必要がある」と言い放った。髪が黒色で、鼻頭に赤黒い線をつけた、最も人間らしい風貌の男だった。

 

 遊んだことないのかな、と漠然と思っていると、その彼に、「アイツらの中で、オマエの行動は特に理解できない」と睨まれ、なぜそこまで嫌われているのだ、と動揺した。

 

 隣部屋から覗く夏油がくっくと笑いを嚙み殺す声がする。

 血塗は、「兄者、コレなんだ?」と壊相に訊ねる。

 

 さて、どうしようか、と脹相と向かい合うと、じっと睨む警戒強そうな目に薄ら不快さが見えて、暫くして僕は、「夏油とやるの癪じゃん」と言い放つ。「こういうゲームって、人間の術式の勉強になるらしいんだけど」

 

「悲しいこと言わないでくれ」夏油は大袈裟に肩を落とした。「私はいつでも付き合うよと言っているのに」

 

「キミ、そう言ってオセロでボコボコにしてきたの忘れてないからな」

 

 僕は口に出した後で、言葉を選び、脹相たちに向けて、「アレとはやりたくない」と表現してみた。内心では、夏油は信頼できない、と言っていた。

 

「他にも居るだろう、何故俺たちなんだ」

「兄者、俺アレやってみたい」

「挽歌、俺たちもやろう」

「兄弟がやるのなら私も」と壊相が言う。

「キミらの意思決定どうなってるんだ」

 

 そこで脹相は不機嫌を丸出しにして、けれどどこか楽しげに目元を和らげ、席に着いて箱を開けた。率先して、だ。「これを広げるのか」と言う。

 

「あ、うん。ルーレットを回して出た数だけマスを進めるんだ、車の駒を」

 

 血塗が席に着き、続けて壊相が座る。

 僕は遅れて空席を埋めるように腰掛けるが、ふと壁の方向に視線を向けると、丁度壊相が立っていた辺りに、染みが付着していた。なるほど、壊相の染みか。

 

 

 僕たちは示し合わせた訳でもないけれど、口を閉じたままだった。暫くして、皆の意見を代表するような気持ちで僕はこう呟いた。「誰から回す?」

 

 ではルーレットを回して出目が大きい方から、と壊相が提案する。

 淡々とルーレットを回した結果、順番は、血塗(三男)壊相(次男)脹相(長男)、そして最後に僕となった。

 

「予想だけど、僕は転落続きの人生を送るよ。なんせ現実がそうだ」

「現実とゲームは無関係でしょう」

 

 それを聞きながら僕は、確かに、近頃は少し楽しかったし何が起こるか分からないな、と思った。

 

 血塗がルーレットを回した。八が出る。彼は自分の車を緑色の山の上に、進めた。壊相の番が終わり、脹相がルーレットと駒を動かした。

 数十分も経てば、それぞれの手元には色とりどりの紙が置かれているが、職業ごとの給料によっては、勝敗はほぼ決まったようなものだ。

 

 

「今、トップって誰?」

「兄者じゃないか?」血塗が言う。

「俺か」脹相が自分の手元を見下ろす。

 

 彼の目線の先の机には、白い紙幣(十万円札)が積み重なっていた。彼が特別良いマスを踏んだのは、中盤の数回だけだったが、その数回の内容が格別だった。月の裏側スクープと、相撲大会で優勝のマスだ。

 

 職業の名前は、聞き馴染みのない呪文のようだったので、忘れた。とにかく彼はその職業の恩恵を受け続けて、巨額の富を築いていた。

 

 二位は壊相、三位は血塗で、僕は堂々の四位、ビリというわけだ。

 

「挽歌がビリだな」

 

 血塗が言うので、「いや」と僕は眉を顰めた。「いや、人生は山あり谷ありだから、今ここで負けていても勝敗は分からないんだよ。そういう血塗も三位じゃないか。今に僕が追いついてやる」

 

「山あり谷あり、挽歌はビリですね」壊相が詩を読むように言い、朗らかに微笑む。

 

 脹相の頬が綻んだ。「大丈夫だ、血塗。そこの馬鹿が億が一にでも逆転することがあっても、俺がオマエを勝たせる」とルーレットを回す。

 

 

 結局その回は、脹相が危なげなくゴールに辿り着き、順は変わらぬまま、終了した。「おい。オマエのその、()()()はいくらなんだ」

 

 僕は耳を塞ぎ、「あーあー」と聞こえないフリをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関の戸が開く音と真人の声がして、そこで、日が傾いていることに気付いた。今日は一日中曇っていたので、昼間と夕方の区別がつかなかったのだ。雲の切れ間から月が覗くかと思ったが、今のところその気配もない。

 人生ゲームが終わり、全財産の計算も終わり、僕たちは車の駒を触り、壁の染みを眺め、だらしなく駄弁りながら座っている。

 

 隣の部屋から、ぼん、と音が響いた。呆けていた僕は何事かと扉を見てしまった。

 

 音の主が誰なのか視認する前に、脹相が、「呪霊の中でも、真人(アイツ)は一番胡散臭い」と言う。

 

 夏油とかいう呪詛師は更に胡散臭いし、呪霊が描く未来の方が都合が良いから協力するだけだ、とも言う。

 

 

「……呪霊と人間のハーフなんだっけ。人間が嫌いなんだ?」

 

「人間にも術師にも、特段恨みも興味もない」脹相は言ってから、「オマエらの言うことを聞くのも、受肉の恩があるから、というわけでもない」と立ち上がった。

 

「じゃあキミは何を大切にして生きてるの?」僕は見上げて訊ねる。

 

「無論、兄弟だ。俺は弟たちのために生きている」

 

 脹相が言うのを聞き、壊相と血塗に視線を向けた。壊相が脹相を見つめて、その後に血塗と目を合わせた。彼らは何やら強固な信頼感で結ばれているようで、互いを慈しみ、誇りに思っている。

 何気なく、僕は訊ねてしまう。

 

「じゃあ兄弟のために死ねる?」

「は」

 

 案の定、脹相は全身から不快さを醸し出すも、目の奥には「当然だ」と言わんばかりの強さが秘められていた。

 思うに彼は、兄弟のために死ぬ、というより、兄弟のために生きる、の方が相応しいのだろう。

 

 頭の中で、短編集の話が映像として流れる。

 あの主人公も、自分を虐げた他人を最後まで想っていたが、僕にはその感覚すらも恐ろしく感じてしまう。

 

 

 

「──壊相、血塗、お遣い頼むよ」

 

 荷物を持った真人が部屋にやってきて、二人に声をかける。事前に通達済みらしい。

 彼らは文句ひとつ言わず立ち上がると、「任されました」と頷いた。

 

 真人が部屋に入ってくると、血塗が脹相に手を振ってから玄関へ向かい、壊相は僕らに身体の正面を向けたまま、玄関へ向かった。二人が去っていくと、「俺も人生ゲームやらせてよ」と真人が不満そうに言った。

 

 

「今やったばかりなんだけど」僕はもちろん抗議する。

 

「新しいやつ持ってきたから」

「我儘め」

「ほら、夏油もやろうよ。人数は多い方がいい」

「ええ~、夏油はやらないよ」

 

 真人は、僕の文句を無視し、隣の部屋の夏油に声を掛けた。

 

「じゃあ参加しようかな」と答えながら夏油は、部屋に入ると脹相に視線をやった。

 

 釣られて僕たちも、脹相を眺めやる。

 脹相は新しい箱を開き、マップを広げ、無表情で準備を始めていた。不機嫌なオーラが見え隠れする。真人や夏油の言うことは聞くのか、と目をやると、つまらなそうな顔があるだけだ。

 

 

 

 仕方がなく持ち金の配布や駒の準備をしていると、隣の、人気がなくなった部屋に誰かが帰ってきたことに気付いた。冷たく凍っていて、ここ最近で慣れ親しんだ白い気配だ。裏梅に違いない。

 話しかけるのは気まずくて嫌だな、と思いつつも僕は、このメンバーで人生ゲームをするのも嫌だな、と迷った。そして、自分でも驚くべき言葉を投げかける。

 

「裏梅も、()()()()()()()

 

 数秒の間が空く。

 夏油が珍しく、丸く見開いた目を向けてくる。続けて真人が当惑しながらも僕を見た。

 

「…………え、そんなに面識あったの?」

 

 真人の顔には、こちらを詰問する力強さよりも、自分の知らぬ事実に疑問を抱く子供じみた不満があって、僕は口角を上げる。

 どうせなら巻き込んでやる、の心づもりでいた。

 

「こういうのには参加しないと思うけど」夏油が揶揄う。

 

「漏瑚も呼んでみる?」真人は途端に饒舌になった。「麻雀とかならまだしも、こんなゲームしてる漏瑚は想像つかないし」

 

「やらないでしょ漏瑚は。来たら間違いなく、紙幣も駒もマップも燃やされる」

「おい」

 

 なかなか始める様子を見せない僕たちに痺れを切らした脹相が、苛立った声を出す。

 

 よし、始めるぞ、と意気込んだ真人の姿は、さっさと都合の悪い議題から転換させようとする潔さを感じさせた。

 そして更に、「何をするんですか」と現れた裏梅に、「マジかよ」と頬を引き攣らせもした。

 

 

「人生ゲームだよ」僕が言うと、「そうですか」と返事がある。

 

「人数は五人か」脹相が簡潔に言い表す。「俺が参加する必要はないんじゃないか」

 

「それはつまらないだろ」真人があっさりと言った。

 

「……驚いた、キミもこういうの参加する(たち)なんだ」

 

 夏油は急にペースを乱されたのか、かなり驚いていた。

 脹相が先程のルール同様に、順番決めのルーレットを回し始めたのはそのすぐ後だ。

 

 そこで真人が、僕の名を呼んだ。「挽歌、これで勝ったら良いこと教えてあげようか」

 

 どうりでやけに楽しそうだと思った。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 数週間前のことを思い出した。

 

 まだ僕が七海と行動していた頃で、呪霊被害の解決に赴き、そこで補助監督の伊地知の迎えを待っていた時のことだ。

 

 

 腕時計を確認しながら話していた七海は、僕の名前が他者につけられた名前だと分かると、「由来は何ですか」と疑問を呈し、「アナタのような呪霊の名前にしては、皮肉過ぎませんか」とさらりと呟いた。

 

 どうやら彼は、暇つぶしも兼ねているだろうが、呪霊の名前の仕組みに興味があるらしい。

 その後七海は、更に畳み掛けてきた。

 

「人間なら、多くの場合は親が子に名前を与えます」「こう育って欲しいから、この名前、といったように将来を願った名前が付けられることも少なくありません」

「だから、名は体を表す」と、空腹のせいなのか、気の緩みがそうさせるのか、ぽつぽつと溢した。

 

「どう足掻いても人を殺す呪霊に、挽歌なんて皮肉じみた名前を────」

 

 その後の言葉は、あまり耳に入ってこなかった。僕が無意識の内に音を断絶するくらい、考え込んでいたからだ。

 僕は、自分の記憶が確かなら、名前を持って生まれてこなかった。この「挽歌」という名前は真人がくれたもので、彼の意図を考えたことはない。

 

 真人は、何を思ってこの名前を付けたのだろうか?

 

 

「……七海は“七対三”でナナミ。ならそれは相伝の術式?」とキレのない声で訊ねると、「私の家系に呪術師はいません」と即答された。

 

「なおさら呪術師をやる理由が分かんないや。“七つの海”でナナミなら、海の家でもやろうよ」

 

 七海は一瞬、青筋を立てたものの、即座に冷静に戻った。「その名前の由来、一度探ってみてはいかがですか」と息を吐いた。

 

 

 

 

 その発言を受けた僕は、ルーレットを鼻歌交じりに回す真人に、「僕の名前の由来ってなんなの?」と疑問を口にした。「名は体を表すとか何とか、キミ()言ってたよね」と念の為、確認する。

 

 すると気になったのだろうか。軽く顔を上げた裏梅が、真人の顔を一瞥すると、すぐに視線を盤上に落とした。

 

 

「言ったっけ。ゲームから目を逸らそうとしてるだろ。『右隣の人から五千円もらう』だって。ほら、五千円頂戴」

 

 真人が自由気ままに行動するのは、日常茶飯事だったので、僕は別段幻滅することも、憤ることもなかった。

 ほら受け取れよ、と紙を投げる。

 

「突然どうしたんだい」夏油が次に、発言した。ルーレットを回し、七マス分、駒を進める。三千円を手放す。

 

「あんなに興味無さそうだったのに、今になって気になるの?」真人が面白くなさそうに言う。

 

 

 脹相がルーレットを回した。

 辿り着いたマスには、真人の所持する宝石のカードを譲り受ける旨が書かれていた。

 真人が名残惜しそうに頬擦りして、宝石のカードを脹相に渡した。このカードは触りたくない、と脹相が言い、僕と裏梅ももちろん、頷く。

 

 そんなことは無視した真人の話は続く。

 

「俺なりの思い遣りだよ。挽歌、適当な名前付けたら簡単に死んじゃいそうだったし。魂の形にピッタリ当て嵌る名前にしてやったんだ」

 

 順番が巡ってきたので、ルーレットの摘みを指で掴み、回す。十が出た。

 

「ああ、なるほどね」僕は、うんうん全然分からない、と頷いた後で、「また宇宙旅行なんだけど」と進めた駒を投げる。

 

「それ三回目じゃないか!」真人が腹を抱える。

 

「僕の靴の下にキミらが居ると思うと、感慨深いよ」

「手札が約束手形ばっかの多重債務者のくせに」

「こっちは経済を回してんだ!」

「転がされてるの間違いだろ!」

 

「仲が良いね」夏油は目を細めて、縁側で猫を眺める老人さながらの穏やかな表情になる。

 

「煩わしい」と脹相は顎を引いた。

 

 それを聞いた僕は正直、むっとすると同時に気が軽くなった。そうだよな、真人は煩いんだ。

 

 

 

 さて、と真人の言葉を考える。

 七海は皮肉過ぎだ、と評価したが、僕には真人が皮肉の意味で付けたようには思えなかった。

 これでいて、真人は意外にも、本当に意外にも、心を許した呪霊には優しい質だ。

 

 

 うーん、と唸っていると、裏梅が、「不服なんですか」と言った。

 

 本来であればこんな風に、僕の内面事情に他者を介入させるのは不自然に思えるが、あまりに納得できない場合には、知恵を出し合う必要もある。

 

「いや別に。でも何でだと思う?」僕は自分の手元にある、職業のカードを見る。

 

 夏油は肩を竦めた。「これでも真人は、随分長い間悩んだらしいじゃないか。具体的に言うと、その場で決めるくらい」

 

「意図なんて無いだろ」脹相が呟く。

 

「真人なりに、色々考えてくれたんじゃないか。名は体を表す、だっけ?」

 

「なるほど」僕は頷いて、手元の職業カードの裏面を見た。

 

 そうかそうか、やっぱり真人は僕のために「優しい」名前を付けてくれたのか、「優しい」呪霊になって欲しいから、そうしたのかもしれない、七海の言う通りだ、名は体を表すとはこういうことか、と僕は感心した。

 

 なんてことは、まるでない。

 

 

 真人が駒を進めたと同時に、「株券」と夏油に向けて声を上げ、僕にこれみよがしに財産を揺らした。「残念だけど、俺は宇宙旅行はできずに終わりそうだよ、」

 

「裏梅、脹相、アイツらボコボコにしてやってよ」

「俺を巻き込むな」脹相が舌打ちする。

 

 

 

 そして次に、パキン、と音がする。

 

 指圧で駒が悲鳴をあげたのだ。脹相だ、と分かった。先程のやり取りを受けて、苛立ったのか。潰れた車の模型から滓が落ちる。

 

 身体を強張らせる。ぎょっと顔を向ける。

 

「あーっ! コマ壊すなよ!」

 

 真人はすぐに声を出したがすぐに、もーっ、と袋を漁り出した。別の駒を探しているのだろう。

 

 無表情なのに、怒りや悲しみや絶望がありありと浮かんでいた。と思った時には、脹相は駒を握り潰していた。

 

「ど、どうしたの?」

「弟が死んだ」

「…………え?」

 

 何を言っているのか、はじめは把握できなかった。卓上から約束手形をばら撒き、手元の残り少ない紙幣を取り落とした。

 

「そういうの分かるんだ」と夏油は言った。

 

「……嘘だろ。壊相と血塗、どっちも?」僕はぼんやりと言う。さっきまで一緒に話していたじゃないか。

 

 

 最早人生ゲームどころではなく、頭の中では、ここ数日会話をした二人の姿が再上映されている。彼らが、御遣いと称してどこへ向かったのかも、僕は知らない。

 呆気ない、こんなに簡単に死んでしまうのか、というのが最初の感想だった。

 

 

「どういうことだ?」脹相は淡々としているが、業を煮やして語調を強めていた。「受肉体ならまだしも、二人が指一本の呪霊にやられるとは思えん」

 

「指一本?」

 

 呟きながら僕は、少し前、七海と共に指一本分の呪霊と廃村で戦ったことを思い出した。あの件はまだ訊ねていないが、夏油は僕が戦うように仕向けたのではないか、と予想している。

 

 だから、「まだあったかなー」と動揺せず真人が袋を漁る時には、「また夏油が何かしたのか」と訊ねそうになった。

 

 

 ピリリリ、と無機質な電子音が鳴る。夏油のスマートフォンにメールが入ったらしい。「待ってね」と画面に視線を落とす。

 おかしかった。全然気にしていないじゃないか。

 

「報告が入ったよ」と口にする夏油は、一瞬だけ瞼を押し上げたものの、愉快そうに続けた。「壊相・血塗を殺したのは、呪術高専一年、虎杖悠仁とその一派だ」

 

 誰からの報告だ?

 

 

 数週間離れていたからか。いや厳密に言えば、この組織に参入した当初から僕が彼らの計画に消極的だったために、外部にいる協力者や作戦の詳細を知らされていない。

 僕もいつ頃からか既に、彼らは僕が積極的に訊ねない限り話さないつもりなのだ、と感づき始めていたので、この件については断念していた。

 

 

「虎杖、って……何で交戦する羽目になってんだよ、何の御遣いだったんだ」

 

 僕はそう言ってから、夏油、裏梅、脹相と目を向け、最後に真人を見て、「うわ」と椅子から滑りそうになる。

 

 真人は、唇を噛んで堪えていた笑いを、顔全体に溢れさせていた。可笑しくて仕方がない、というより、楽しみを待ちきれない、という表情だった。

 

「宿儺の指の回収だよ」夏油が答えた。「隠れていた指が見つかったから、取りに行って貰ってたんだ」

 

 

 脹相に視線を向ける。

 感情の読めない顔が、じっと夏油を睨んでいた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 裏梅から話しかけられたのは、それから更に数時間ほど経った、後片付けをしていた時だった。

 

 夏油が、一時外出しているタイミングで、真人もそれに着いて行っているので、花御とたわいもない話を繰り広げていたところだった。

 夜の十時過ぎだ。脹相は隣部屋に篭っている。

 

 

「今から少し、付いてきて下さい」裏梅は扉の近くで言った。

 

「キミは一緒に行かなかったんだ」僕はそのことにまず驚き、花御にチラリと視線を向けてから再度裏梅を見た。「何で?」

 

「話があります」

 

「突然だなあ」僕はどう答えたものか悩んだ結果、「ここじゃ駄目なのかな」と曖昧に質問した。「真人たちも、もうじき帰ってくるよ」

 

「ですから」裏梅は答えに詰まった。「いえ。貴方はここを離れていた分、これからのことを何も理解していないでしょう。ある程度実地検分も含め、説明します」

 

「そういうことか」花御を見る。

『どうしました?』

「聞いた方がいいかな?」

 

 花御は暫し慮るように黙り込み、『アナタが思うようにしなさい』と優しく言った。『真人の言い方を真似れば、アナタの魂は少し窮屈そうです』

 

「行って、漏瑚に怒られないかな」僕は気にかける。

 

 無意識の内に、首をすくめていた。中途半端な覚悟で彼らに加担して、果たして自分はどういう気持ちになるだろうか、と思った。よしやってやろう、と泰然としているか、それとも、やっぱりそんな野望に付いて行けないと後悔するか。

 

 花御は僕をじっと眺め、暫く黙っているだけだった。

 やがて、『大丈夫ですよ。漏瑚も、あれでいて結構アナタを気に入っていますから』とだけ零した。

 

「まだ待たせるつもりですか」裏梅が急かすように言った。

 

 別れ際、行ってらっしゃい、と花御は手を振ってきた。

 

 

 

 

 

 外には独特の、夜の静けさが漂っていた。

 

 人間の活気や生気が月に寝かしつけられたような、静謐な空気がある。

 拠点が郊外の辺鄙な土地だからか、目の前の通りには人も疎らで、消えかけの電灯が点々と並んでいる。

 

 裏梅に従い、薄暗い通路を二人で歩いて行った。

 湿ったコンクリートと排気ガスの匂い、そして草臥れたサラリーマンのふかした煙草の煙が混じり、これは確かに花御が憤るわけだと納得する。

 

 

 裏梅を先頭に、裏山の暗い森の中へと向かう。

 

「貴方は現状に満足していますか」裏梅が急に思いついたかのように言った。「呪霊たちの方針に沿えないと、一時は呪術師の側にいましたが。現在はどうですか」と。

 

 その通りではある。裏梅の言うことは、間違いじゃない。

 彼らの大きな目的に引け目を感じ、あの日の真人の一方的な善意が決め手となって逃げたし、七海と共に呪術師の真似事をしたのは中々楽しかった

 

 

 が、「やっぱり、真人たちの傍は変な安心感があるよ」と僕は、裏梅に返した。

 

 落ち葉を踏む音は、一定のペースのまま止まらない。

 

「呪霊同士だからですか」

「僕に名前をくれたのも真人だったし」

「はあ、さっきはあれほど食ってかかっていたのに」

「そこ触れないでよ」僕は苦笑した。

 

 ぱき、と木の枝を踏んでも彼女は意に介さず、淡々と進んでいく。

 

「とにかく、現状に不満を感じていないと言うのであれば、それで結構です」裏梅がそう言ってくる。「貴方がこれからの計画に参入するのは、()()ですが」

 

 

 え、と立ち止まって、裏梅の後ろ姿を見る。

 やはり中途半端な意識で首を突っ込むな、ということか。

 

 すると裏梅が振り返るので、その表情をチラッと窺う。未だかつて見たことのない、温かい目付きだった。

 それが僕には、とてもゆっくりと穴が修繕されるような、足りなかった部分が補われるような瞬間の訪れに思えた。

 

 

「もう、後悔するのも嫌なので」と裏梅は小さく、けれど、確かにそう言ったのだ。

 

「もうって、どういうこと?」僕は動揺しながら、目をしばたたく。

 

 

 裏梅は、少し眉を下げた笑みを浮かべた。どういう理由の笑みなのか理由は分かる筈もなかった。

 

 数秒して裏梅は、着物の袖を振って整えるように改まって、「実は、ずっと前に貴方から、貰い物をしたことがあります」とはじめる。

 

 僕にはそんな覚えはないし、そもそも誰かにあげられるものなんて殆どない、なんて批判的なことは決して言えない。

 

 

 そこで、予想もしないことが起きた。

 何も無かった筈の彼女の手に、気付かない内にひと欠片の氷が握られており、そして、瞬きの間に溶けだしたそこからは、見覚えのある、「飴玉の白い棒」が現れたのだ。

 

 どういうことだ?

 

「何色だった?」と僕は自然と訊ねていた。

 

 

 目前に差し出される棒の、失くしたパズルの破片のような親近感は、感動的再会さながらで、僕は、頭の中で安堵と期待の雫が、じわっと滲むのを感じる。

 

「赤褐色でしたよ」と言いながら、また眉を下げた。「()()()()()を寄越すなんて、何を考えていたんですか」

 

 

 赤色。赤褐色。

 脳内で図鑑のページを数十ページ分、一気に飛ばす。帰って来てから再度調べていた。とても大きな星があった筈だ。

 

 

「いつ、裏梅に飴玉を」と答えた瞬間、僕は思い出した。

 

 探しても探しても見つからなかった秘宝が、何百年経って、軽く地面を爪で引っ掻いたら、見つかったかのような呆気なさだ。

 

 

 




 感想、お気に入り、ここすき、しおり等いつも本当にありがとうございます。励みになります。
 次回から、需要あるか不明ですが主人公の過去掘り下げします。書き溜めしたのでペースよく投稿したい所存。
 一気に風呂敷畳んでくゾ~(妄言)
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