死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

31 / 39
名体不二と■■[3/3]

 

 薤露

 

 

 動けるくらいには回復したので、拠点に戻ろうとすると誰かが、僕を呼び止めた。

 

「……何でいるんだよ、羂索」と僕は、咄嗟に口にしていた。

 

 それは先程宿儺と交わした会話によって沸いた疑念が、言葉となって現れたものだった。

 

 

 羂索が平然と立ち止まり、内面を探るように目を細め、片手を挙げた。「()()()話に来たに決まっているじゃないか」と言い訳がましく言ったのが不気味だった。

 

 近づいてきた途端に、ぴりぴりとした空気が肌を刺した。呪力と敵意の独特の気配だ。不穏さと安心感が漂う。簡潔に言えば、疑心暗鬼になっていた。

 

 

「どうした」と羂索が声をかけ、悩ましげに手を顎に当てた。「呪力も相当消費しているね。宿儺と何かしていたのか」

 

「戦ってた」

 

 僕は考えるのが面倒になり、投げやりに言った。疑ったところで羂索は今のところ、僕には何もしていない。

 

「さっき、宿儺に何度も殺されて、ボロ布になったところ」

 

 近場で立ち止まった羂索は腕を組み、無惨な姿となった家屋を眺めていた。暫く僕の方には顔も向けない。

 それに従って僕も辺りを見渡せば、当時の記憶が頭に蘇った。

 

 

「宿儺と最初に攻撃した村だ」と僕は呟いた。「僕の身代わりになった人間もいた」と言うと、頭が割れた死体が思い浮かぶ。

 

「それは恐ろしいね」と羂索は、恐ろしいことなどこの世には存在しないと知っているかのような、声を出す。

 

 

 僕は所在なく、村と森の間をうろうろした。

 村を見学する羂索の傍に行くべきか、それとも森の方へ向かって、「宿儺のところに帰るね」と宣言すべきか、悩んでいる。

 

 気付くと、羂索が僕を見ていて、はっとした。跳びはねることこそしなかったが、驚いた。

 よい生地の装束を揺らして、顔をこちらに向け、「薤露」と平坦に呼ぶ。

 

 

「あ、うん」と羂索の方に歩み寄る。「どうかした?」と訊ねてみる。

 

「警戒しないんだ」一瞬、羂索はきょとんとしたがすぐに、いつもの表情で顎を引き、「本当に、呪霊らしくないね」と小声で言う。

 

 それは羂索らしからぬ発言に思え、僕は思わず、ぽかんとする。同時に、その方が薤露らしい、と言った裏梅の発言を思い出す。

 宿儺に徹底的に嬲られたことで緊張していた頭が、ふんわりと紐を解かれたかのように緩んだ。警戒しすぎたのかもしれない。

 

「ほら……その方が、僕らしいだろ」

 

 

 

「そうだ」

 

 羂索は、並び立った僕よりずっと目線が高いので、見下ろして声を落としてくるようだった。

 

「お願いがあるんだけど」

「お願いって」

 

 僕が誰かの望みを叶えられることなど何一つない気がした。

 

「どんなことだろう」

「飴玉を持っているだろう」

「うん」

 

「一本、私に()()()()()()()()()

 

「え、それは」と僕は口走り、「それは嫌だ」と自然と断言していた。「あげたくない」

 

 羂索は何もかも詮索するような例の目で、じっと僕を見た。

 何故か分からないが、しまった、と思った。唾を飲み、一歩足を退く。

 ぱっと羂索が口を綻ばせる。

 

 

「そう、なら仕方がない」

 

 

 複雑な気持ちが、瞬間的に交錯する。

 

 簡単に引き下がるということはつまり、飴玉を諦めたということなのか、それとも他の手段を考えているだけなのか、と思い悩んだ。

 どくん、どくん、と緊迫感が脈打つ。

 

 

「……いいの?」

「無理強いしてもね。いいよ、諦めるさ」

 

 羂索はにこりともせず、しかも、僕から目を離しもしない。

 

「はあ」

 

 僕は弱々しい相槌を打つ。その様子を見てか、羂索がふっと息を洩らした。

 

「じゃあ、私とも戦ってみるかい」

「じゃあ、じゃない」

 

 当然、僕は、背筋に冷たいものが当てられた感覚になる。どういう考え方をしたらその結論に至るのだ。

 

「実を言うとね、蘇生の仕組みが知りたいんだ」

「は?」

「飴玉を食べて、死んだ後に蘇生する仕組みだよ」

 

 ああ、と僕は低い声を洩らすことしかできない。

 

「薤露の術式は、本当に未知の領域なんだ。自然の摂理に反していると言ってもいい。持て余すなんて惜しいくらいにね」

「……何が言いたいの?」

「私と一緒に来ないか。キミの可能性は、留めておくのも、いつか手放してしまうのも勿体ない」

 

 なんだそれは。

 

 

 やはり羂索は怪しくないのかもしれない。ただの変なやつなのかも。

 ほっとすると同時に、新たな疑問が浮かぶ。一緒に来ないか、とは何だ。疑心暗鬼、落ち着かない。

 

 

「私は、未来のために色々な術師や呪霊に声を掛けていてね」と顔を上げた。「是非、薤露にも未来を生きて欲しいんだ」

 

「未来?」と僕は口にしていた。

 

 横から、羂索の小さな笑い声が聞こえた。

 

「そうだ。この前、面白い提案の話をしただろう。『死なない方法』がある、と」

 

 

 話が不穏さを帯び始めたまま、崩れた家屋を眺める。

 逃げろ、と思いつつ、どうにかなるのでは、と期待してもいた。

 僕はこの期に及んでまだ、羂索を信じたいと思っている。

 

 

「そんなに怪しまなくていいんだけどな」

 

 羂索は、自分の考えが如何に安全かを誇っているかのようだった。

 

「そうしたら、いつか私が薤露の願いを叶えてあげる」

「僕の願い、って何のこと」

「いつか終わらせてあげるよ」

 

「は?」

 

 

 僕は遂に発作を起こしたかのように、羂索を突き飛ばして、大きく飛び退いた。

 驚愕と恐怖に、同時に駆られたからだ。

 

 もう駄目だ、これ以上は危ない。全身の毛が逆立って、冷や汗が湧き出す気がした。

 

 

「え、いや。なに、死にたくないって、言ってるじゃないか」

 

「でも生きていたくもないだろ?」

 

 言いながらも相手は、僕に向かって歩いてくる。

 

「っ、近寄るな」

 

 咄嗟に手を翳す。指が震えていた。

 

 

「じゃあ契約でもいい。私と契約しないか」と羂索はひとり頷く。それから、急に地面に目を落とすと、顎をくいくいと動かし、「ほら、キミの大事な飴玉、落ちてるよ」と口を動かした。

 

 

 慌てて、下に視線をやる。しまっていた筈の飴玉がいつの間にか転がっていた。後退った際に踵がぶつかり、回転し、そして止まる。

 拾おうとしたところで、羂索の声がする。

 

「その飴玉は、誰から取ったんだ。他人を蹴落として生きる気分はどうだ、薤露はそれで満足してるのか?」

「急に何を言って……僕は、死にたくないだけで、そんな」

「本当に面倒な性格だな。そんな性格だから、自分の矛盾に苦しんでるんだろうね」

 

 同情するようでいて、無関心。そんな気がした。

 彼の言葉を無視し、黄色の飴玉に手を伸ばす。そこで、風がどういうわけか僕の背面から吹き、手から逃げるように、また転がった。

 

 

 ────これ、誰から取ったんだっけ。

 

 ゾッとする。

 宿儺に着いて行けば、呪霊の生き方を学べると思った。でも僕には向いていないと、遠回しに裏梅にも指摘された。そうだよな、と僕も納得した筈だった。

 

 ────では、これはいつ、誰から取った?

 

 

 いつの間にか、楽しんで殺したのではないか?

 

 

「私なら、薤露が誰かを殺さなくても、死なずにいられるようにしてやれる」

「そんなこと、できるわけない」

「できるよ」

 

 本当に?

 

 ざわめく風の音が、僕を責め立てるように思えて仕方がない。

 暫くして、まさか、と思い至った。これは、僕の中の罪悪感が溢れ出したんじゃないか、と。

 頭の中に浮かぶ、膨大な数の死体や飴玉に気を失いそうになる。

 知らぬ間に、羂索の提案に乗ろうとしていることに気が付いた。目と耳に洪水が押し寄せ、頭が真っ暗になった。

 

 ほら。

 手を取ろう。

 

 僕は、「誰かを殺さなくても生きられるなんて、最高じゃないか」と考えていた。

 そんな生き方を夢見てたんだ、良いじゃんそれ、と。

 

 

 

 

 ────精々足掻くんだな。

 

 その言葉が、僕の頭を突いた。

 

 

「羂索、やっぱりそれは駄目だ」

 

 僕は頭を振り、強がった笑みを浮かべる。

 

「あ、そう?」

「多分、そうしないと怒られる」

 

 怒られる? と相手は不思議そうに首を傾げた。

 アイツのさっきの無茶は、これのためだったのかな。だとしても、もっと他に穏便な方法があっただろうに。

 

 

「と言っても、引き下がる気は無いからなあ」

 

 羂索が言う。二、三歩進んだところだった。

 

「賭けようか。薤露が私を殺せたら、諦めよう。殺せなかったら、今じゃなくて良い、私の提案を前向きに検討しておいてくれ」

 

 

 ぐっと唇を閉じた。逃げられないと察したから、暴れもしない。

 ただ、どうにかしなければ、という思いだけが僕の足を前に踏み出させていた。そうしなければ、僕は何もできずにこの男に引きずり込まれる。そんな予感があった。

 

 

 向こうが指を組む。

 羂索の手札は知らないが、術式を使うつもりだ、とはすぐに分かった。

 ぴりぴりとした緊張感を察する。

 呪力の枯渇により、頭がずきっとした響きを訴えるが、それでも既に僕は術式を発動させている。

 

 

 

 

 薤露

 

 

 

 赤い社に戻ると裏梅が、「どちらに行っていたんですか?」と冷たく言ってくる。

 

「いや、ちょっとそこまで」僕は答えた。

 

 ではその無様な姿はそこで? と更に訊ねてきた。うんそう、としか言えない。

 

「今日の分の、人間の調理は終わってますよ。薤露がどこかで死んでいる間に」裏梅が報告する。

 

「偏見だ」

「事実でしょう」

 

 そうだけど、と僕は言ったが、裏梅は、貴方いつか本当に死にますよ、と眉をひそめた。

 

「でも、人間よりは長生きする」

 

「それはそうでしょうね」裏梅もそこは認めた。「ただ近頃の呪術師に勝てませんよね? 対処法が判明したら終わりですよ」

 

「今や、呪詛師の動きにもおどおどする始末だ」

「死にたくないんですよね?」

 

 僕は、裏梅の顔をじっと見た。

 今日の彼女はいつもの冷徹さの下に、余計なものが挟まったかのような違和感があった。

 胸に鬼胎を抱いているようにも思える。要するに、いつもの彼女らしくない。

 

 妙な緊張感があった。

 佇まいを直す。周りが窮屈になっている気がした。居心地が悪く感じる。

 

 そうだよ、死にたくないのは変わらない、と言いかけたにもかかわらず僕は、「キミもいつか死んじゃうんだよね」と訊ねていた。

 

 何故なのだろう。

 裏梅に咎められたことに反対したかったからか。もしくは、羂索に示された術式の使い方が頭に引っかかっていたからか。

 

 

「そうですね」と裏梅は別段、気分を害するでもなく答えた。

 

 ああ、と僕は声を上げた。

 

 自然と、()()()()()呪力が回り出す。

 手の中に新しい飴玉が収まる気配がある。羂索の言う通りだったのは癪だが、術式の進化には、動機が必要らしいな、と苦笑いする。

 僕が一番怖いのは、死ぬことだ。それは変わらない。

 でも、その二番目に何かが浮上してくることだってあるのだ。これで僕は思い悩まなくて済む、と思った。

 

 

「はい、どうぞ。裏梅あげる」

「……? ()()()()()()、ですか。要りませんよ、貴方にしか価値はないでしょう。変なものを押し付けないで下さい」

「そんなことはない」

 

 僕はこれだけは明言できた。

 

「僕はどうやら、『生死』に関することなら得意分野みたいで」

「なんですか」

「簡単に言うと、()()()()()()

 

 真剣に伝えるべきだと分かっているのに、僕の口には自然と笑みが浮かんでいる。

 

 

「──……え」受け取った裏梅が言う。

 

 

 既に、その飴玉の効果を理解した様子だ。

 凄いな、と声を出しそうになった。僕がようやく身に付けた新しい技なのに、と。

 その思考力の分だけ僕よりは呪霊向きに見えた。

 

 

「こんなもの、おいそれと作れるものなんですか」と彼女が言ってくる。

 

 そうだな、と僕は少しだけ考え、「無理だね。精々一本ずつくらいが限界だ。そもそも、僕が()()()()『やるぞ!』ってならないと作れないし」と言った。

 

「……はあ」

 

「いや、やっぱり忘れて」かぶりを振った。「名前をくれた、恩返しだと思ってよ」

 

 裏梅は、僕の言葉を突き放そうとはしなかった。顔を若干斜めに傾けて、頭の中を探るような表情になった。

 目を細めて、料理の順番を考えている。そういう時の顔だ。

 

「……まあ、どうするかは別として、受け取ります」

「持っててくれるなら、僕としては、それでいいや」

 

 

 何もせずにまごつくより、自分にできる何かをしたのであれば、どんな結果になろうとも受け止められると思った。

 その後、裏梅が恐ろしい提案してきたのは、日が傾いて虫の声が鳴り出した頃だ。

 

 

「お礼に、お(まじな)いでもして差し上げましょうか」

 

 僕はその言い方に、ぎょっとする。「キミ、自分の家名、分かってる?」

 

 返答が気に食わなかったのか不快感を顕にしたが、「(のろ)いではなく、願掛けですよ」と答えた。「早く、何かありませんか」

 

 僕は困った気分になる。

 

「ええ、なんだろ。誰かに命が脅かされることがありませんように、とか」

 

「……貴方自身の問題では」裏梅は真顔で指摘してくる。

 

「別に好んで首を突っ込んだりしてない」

 

「へえ」何か言いたげな顔でこちらを見る。

 

「それは侮蔑の目だ」

「いえ、別に」

 

 そういった具合で途中まで会話が続いたのだけれど、その後で、「何でそんなに拘るの?」と質問すると、黙ってしまう。「なんだかやっぱり、今日の裏梅は不思議だよ」

 

 

 宿儺以外にここまで気を配るなんて、初対面の彼女からは考え付かない。

 僕は、衣替えしたことを指摘するような心持ちで、軽快に言ってみるのだが、裏梅は微妙な顔で言い淀むだけだった。

 少しして、追求される立場に苛立ったのか彼女は矛先を僕に向けた。

 

「おかしいのは貴方です。何かありましたか」

 

 思わぬ反撃に、ぎくり、と肩を強張らせる。

 

「いや、いつも通りだけど」

 

 裏梅に死んで欲しくないと思いました。なんて言った暁にはどうなるか、恐ろしくて想像もしたくない。

 

 

「一つ、指摘させてください」とまず裏梅は言った。

 

「どうぞ」

「嘘を吐くなら、目にも感情を込めるんですよ。……薤露の場合、そもそも態度で分かりますが」

 

「難しいことを」

 

 大袈裟に唸りながら、腕を組んだりして、僕は言う。

 

「いつかはできるようにするよ。……よし、この話は止めよう、お呪いの話にしよう、お呪い」

 

 僕は半ば自棄を起こしたように、手を挙げて提案してみた。投げやりな気分だった。

 

「じゃあ……僕が今後、無闇矢鱈に人を殺さないように、術式を抑えてよ。思い付いたら殺せちゃうなんて、危なくて仕方がない」

 

「いいですよ」

「えっ」

「所詮お(まじな)いですから、効果は無いでしょうけど」

「まって、やっぱり」

 

 あれよあれよという間に、裏梅は僕の額に指をコツン、と当てた。

 言いたいことはいくつかあった。

 思い切り良過ぎない?

 冗談の取り消しは可能かな?

 

 あと何でそんなに変な顔をしている?

 

 

 

 暫くして、そっと目を開ければ、裏梅は料理の道具を片付けていた。意識が飛んでいたのかもしれない。

 

 彼女の独り言だけが空気に溶けるように僕に届いたが、それは、「残るわけありませんけど」という言葉だったものだから、実際の発言だったのか空耳なのか、僕には判断がつかない。

 

 

 足音が聞こえた。

 

 立ち上がって桟橋の向こうを確認すれば、歩いて来ているのは宿儺で、「どけ。俺の前に立ち塞がるな、邪魔だ」と睨まれた。

 

 先程の、羂索との格闘の時以上の緊張感が身体中を走る。すぐに退かなければ、と脇に寄ろうとしたが自分の足を踏んでしまい、体勢を崩す。

 鼻で笑われて惨めになるも、やはり殺されない。頬が緩む。裏梅にも飴玉を渡すことができた。それらのことは僕を穏和な気持ちにした。

 

 改めて裏梅にも、友人になってくれと頼んでみるのも良いかもしれない。

 流れに身を任せた生活を、脱却する一歩を踏み出せたのではないか。

 

 

 真に脱却するため、僕はその数日後、羂索に自分の意志を話した。

 キミの提示した面白い提案とやらは怪しいし、自分はそうまでして未来を生きたくない、と伝えた。

 

 その言葉は羂索の心を動かした。

 そしてその結果、宿儺は忽然と姿を消し、僕は羂索と裏梅の二人により、相性最悪の呪物の中に封印される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして封印された今、しゃがみ込んだ僕の脇で、六道やら輪廻やらから抜け出せなかった骸骨たちが、蠢いていた。

 

 こうなる前の直前の会話から、背景を察する。

 宿儺は多分、羂索の策略に乗った。そして、事情をある程度知っていた裏梅も、羂索の策略に乗り、僕を保管しておくことにした。

 以前の戦闘で()()()通り、僕は羂索を斥けることができず、閉じ込められるに至った。そういうことだ。

 

 確かに、生きると死ぬとでは大違いだ。白と黒、天国と地獄、誰を犠牲にしようが罪悪感から逃れようが、死なないことこそが重要なのだ。

 僕が一番、そのことを知っている。

 

 

「死んだら全部、お終いですからね」

 

 

 もっともな話だ。

 呪術師と呪詛師、呪霊の争いの場合だけでなく、ありとあらゆる状況で当てはまる。

 

 

「私なら、薤露が誰かを殺さなくても、死なずにいられるようにしてやれる」

 

 

 羂索は言っていたが、このような場所であれば、その発言を好意的に捉えること自体が困難なのだ。

 

 膝を抱えた僕の横を、骸骨たちが崩れ落ちそうになりながら歩いて行く、音がする。

 生まれ変わりに行くのだろうか、死に迷いに行くのだろうか。

 やめておけよ、と止めてやれる余裕はない。

 

 ここに居れば、僕は死なない。死なないのは嬉しいが、常に死後の世界と隣り合わせなのは辛い。想像するだけで、胸が苦しくなる。

 

「薤露は、生まれてきて良かった、と思える理由を探している」と以前裏梅に指摘されたが、この空間では、その、「理由」は永遠に見つからない。

 

 だって、今この状態は、生きているとは言えないだろう。

 

 そこでふと僕は、「お前が犠牲にしてきた人間たちは、そんなことを考える暇もなかった」と咎められている気分になった。

 急に、身体の中に重しが乗っかる。

 

 僕が今まで身代わりにしてきた過去を考えれば、ここで四の五の言い続けるのは、この上ない我儘に思えた。

 

 

「──……いいよ、待てばいいんだ。いつか出してくれるって言ってたし」

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けて、息を吸う。呼吸を忘れていた。

 四方八方から見られている気がしてならない。「源信」の考えと僕の存在は、絶対に相容れない。というより、僕と相性が悪過ぎる。「死の恐怖」からの救済なんて、僕と対岸に位置する教えだ。

 

 どうにか気を紛らわす他ない。

 足首まで浸かる水が厄介だが、耳を澄まし、骸骨たちの存在に意識を集中させた。

 集中が途切れぬように、不要なことを考えないように、と念じる。

 

 からん、がしゃん、からん。

 転んで倒れても、起き上がって徘徊する光景が瞼に浮かぶようだ。

 

 軽快で小気味良いじゃないか! 頑張れ頑張れ! きっと地獄から抜け出せるよ!

 急に胸の内側が、明るい気持ちで溢れ、多幸感に満ちていく。

 

 よし、僕も!

 

 

 

 なんて。

 我に返る。

 次の瞬間には、地獄に僕まで連れて行かれ、すべておしまい、死にたくないと考えることもできず、全部、真っ黒で苦しい道に放り出されるかもしれない。

 

 どうする。どうする。

 

 いつしか、周りの骸骨たちに、もういいよ、と殺されることを、僕は無意識に期待していた。

 ここはもう嫌だ。では? どうする。どうするのだ。

 

 僕は、自分の頭がどんどん重くなるのが分かった。極度の緊張のため、息が上がり、形容しがたい恐怖で胸が締め付けられる。

 頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「百、いや千年だ。その先でまた会おう」

 

 目を覚ます。もうそろそろ出して貰えるだろうか?

 代わり映えしない暗闇と、増え続ける骸骨たちが、僕をじわじわと絶望の縁に押しやってくる。

 

「……もういい、どうしたら出れるんだ。出られるなら何でもいい」

 

 僕は敢えて口に出すことで、()()()()骸骨たちの音を阻んだ。もう好きに駆け回ってくれ。でも僕の周りに来るのは止めてくれ。

 地獄と隣合わせのまま、何の進展も無ければ、何の変化もなく時間が経ち、ただひたすらに精神だけが削られた。

 

 

 うるさい、うるさいうるさいうるさい。うるさいうるさい!

 

 

 どうする? どうする?

 頭の中が必死に回転する。脱出方法を、未来図を、頭の中で紙に描き、消しては、素早く描き直す。

 

 思考が、黒々とした水で押し流される。氾濫し、今まで得た記憶や思い浮かべた感情を、消し去るかのように巻き込んでいく。

 僕はその、得体のしれない濁流に身を任せた。胸に灯りかけた小さな火を、かき消していく。

 

 

「────

 

 その奔流が止んだ途端、気持ちが切り替わった。

 頭の中の未練が消え、陰りや逡巡もなく、空っぽになる。

 すーっと冷静になった、と僕は感じた。

 

 

 

 

 もういいや、とまず思った。

 久方ぶりに、術式に呪力を回す。

 今度は誰かに向けて展開するのではなく、自分を覆うように。ゆっくり、じんわりと染みていく。

 痛みはなく、身体から力が抜ける感覚だけがある。慣れ親しんだ空気が這い寄り、微睡んで、目の前がぼやける。

 

 ()()()()と引き換えに、地獄から抜け出せる筈だ。解脱だ、なんて思った。これで良い。むしろこれごと壊れれば良い。無理だけど。

 

 

 叶うのなら、もう生まれませんように、とそれだけ念じる。

 

 

 

 

「嘘を吐くなら、目にも感情を込めるんですよ」

 

 随分前に聞いた呆れた声が、最後に頭に響いた。

 それは難しいよ、とあの時僕は感じたと思う。こうなった今は関係ないけれど。

 

 

 ────今は薤露と仲良くなりたいかな。

 

 

「……ああ、そういえば」

 

 ■■(羂索)はどんな顔をしていたっけ。

 

 

 自らが水底へ沈んでいく感覚に襲われる。

 何かに気付いた気がするが、それは零れ落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 最初に抱いたのは、恐怖だった。

 

 意識が持ち上げられ、地面を踏む感覚がある。葉が揺れる音がした。風だ。

 ゆっくり歩き出そうとしたが、思った以上に身体に力が入らず、四つん這いになり、そうこうしている内に目が開いた。妙な虚脱感に苛まれる。

 

 前に明るい空間があり、顔を上げれば、そこにあったのは木々に囲まれた湖畔だった。

 そこまで広くなく、静かで、半ばで()()()桟橋が掛かっている。鳥の声や風の音はするが、人気はなかった。

 

 人里から隠れているようにも、切り離されているようにも思える。不思議な神聖さがあり、爽やかな空気が正面から僕を包んだ。

 

 

 ()()()()()

 

 生まれてしまったのだ。

 始まってしまったからには、終わりがある。生まれたのなら、いつか死ぬのだろう。ああいやだ、死にたくない。最悪だ、どうして生まれてしまったんだ。

 木漏れ日が降り注ぐ森も、陽の光を反射する水面も、ひとつ一つが僕をどん底に突き落とすきっかけになった。

 

 

「…………どこだよ、此処」

 

 今まで自分はどこか閉塞的な空間に居た気がしたが、その場所ごとどこかに吹き飛んでしまったかのような並々ならぬ解放感があった。

 

 僕は四肢に力を込めて立ち上がると、桟橋に向かおうとしたがそこで、無性に胸が痛んだ。

 手で押さえるものの、その痛みは暫く消えない。

 

 記憶を探る。当然ながら、何も思い出せなかった。

 それから真っ先にやったことは、朽ちた桟橋を渡るための挑戦だった。はじめは遠慮がちに足を踏み出したものの、落ちる気配はない。だんだんと足を進めていき、その内崩落するかもしれないと警戒していたのだが、軋む音がするだけで壊れる気配はなかった。

 

 足を踏み出す度に胸が痛み、さらには、()()()()橋の終わりに辿り着くと、目頭も痛くなった。

 何かがあった筈なのに、と疑問を抱く自分を不思議に思った。頭の中で灰色の映像が瞬間的に蘇るが、注視しようとすると目眩がした。

 

 

 大丈夫だ、と言葉に出している。

 きっとこれから何か良いことがある筈だ。大丈夫だ。落ち着いて。落ち着いて。早まって死んでしまうのは一番良くない、と言い聞かせた。

 

 大きく息を吐き、吸う。深呼吸を繰り返す。

 最悪の気分を追いやるように、澄んだ空気が胸を満たし、気分が和らいでいく。

 人里に降りる気にはならないし、暫くここでゆっくりしよう。ここは()()、死ぬことは無いはずだから。

 

「生きていられるなら、どこでもいいけど」

 

 もう少しだけ、此処にいよう。

 

 

 

 

 




【補足】

・宿儺は暇つぶしの達人でしたが、薤露には無理でした。
・主人公が序盤から術式に変な縛りがかかっていたのは、おまじないのせいです。
・拙作の『金曜日、又候梅に白露』の話は、タイトルでもろ過去を示唆してたりします。
・白い呪術師(呪詛師)という点で、過去軸と現在軸は裏梅と七海で対比していたり。

・などなど小ネタばら撒いていました。次はそろそろ渋谷に突入準備したい。


 キリが悪くて大変申し訳ありませんが、リアルの都合で少し更新止まります。
 評価、お気に入り、しおり等、いつも本当にありがとうございます。更新の糧になります。
 終わらせる気はあるので、気が向いたらまた見てやってください(土下座)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。