死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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渋谷事変、1話目です。



渋谷事変:朝鳩の海と呪霊
手向けに茅花流し


 

 一駅分の電車に乗るために、ホームに立っていた。

 茶色の線が車体に引かれた電車が、目の前に静止している。

 

 ホームの柱には「明治神宮前」と書かれていて、その下に、一つ隣の駅の名前、「渋谷」も小さく記されていた。

 

 そこが、僕たちの目指す場所だ。

 

 夜の九時近いのにも拘わらず、周囲には乗客が大勢いる。

 具体的な描写を言うとすると、目が六つ以上ある人型もいれば、口唇が身体の大半を占める異形もいた。

 

 それぞれが礼儀正しく、床に印字されたホームドアのマークに向かって二列に並んでいる。

 ゆらゆらと揺れる肉体が、街中にある、送風機で立ち上がるビニール人形のようにも見えた。人間と同じ行動をしているのに、風体が()()()()だから、自分の目がおかしいのかと錯覚してしまう。

 

 

 

「そろそろ電車に乗るよ」

 

 その声に顔を上げると、いつも通り平然とした態度の真人が、僕の隣に立っていた。先程まで周辺の人間を片っ端から変形させていた奴の雰囲気とは、到底思えない。彼らの死に際の畏怖の感情が、とくとくと僕に染み込んでくるのが分かった。

 

 そんな状況でも真人は、配慮とも揶揄ともつかない声をかけてくる。

 

「乗り遅れたりするなよ」

 

「それよりもさ」僕は顔を顰めて、辺りを見渡してみせた。「僕たちが乗れるスペース、ある?」

 

「詰めてもらうから大丈夫だって」

「狭いよ」

 

「我儘だなあ」真人は縫い目のある頬を押し上げた。「じゃ、一車両貸切にしよう。他のは詰め込んでも大丈夫でしょ。ね、もう死んでるし」

 

 悪い呪霊だなあ、と言いたくもなるが、「賛成」と僕は頷き、また辺りを見渡した。全員、完全に真人の統治下にある。

 

 開いたドアに乗り込みながら僕は、みんな無事だといいな、と渋谷に来る前のことを思い出していた。

 

 真人と羂索を筆頭とした、呪術師と呪霊の主義主張を巡る戦い、後の「渋谷事変」の、決行直前のことだ。

 

 

 *

 

 

「五条悟とは、儂と花御、それから脹相が()る」

 

 その発言に僕は瞬きを素早くして、漏瑚を見つめた。

 

「三人って、本気で言ってるの」

「この状況で冗談を言うものか」

「漏瑚の冗談はつまらないけど、これは本当だよ」

 

 真人は反対はしなかったが、渋々譲歩したといった様子だ。予め知っていたのは間違いないだろうが、真人も最初から参戦したかったのだと思う。漏瑚は真人の発言に対して憤怒の青筋を立てるが、真人は気にすることなく続けた。

 

「でも、別にずっとってわけじゃない。安心してよ、俺と挽歌も途中から参加する」

「途中から?」

「隣の駅から電車に乗って行くんだ。もちろん手ぶらじゃない。改造した人間たちを電車に詰め込んで行く。ところで挽歌はさ、駅に着いた電車を見た人間たちが次に、何をすると思う?」

 

 僕は少し時間を置いて、想像する。

 見えない何者かの力によって、さっきまで隣に居た人が次々と血を飛散させて死んでいく。迫り来る、しかしいつ訪れるか分からない死の恐怖に襲われ、思考が凍結した頃、目の前にまるで救世の方舟のような電車が辿り着く。

 

 そうしたら、人間はどうするか。

 

「……逃げようとして電車に駆け込む、かな」

「だろ? で、中に乗せた改造人間に、渋谷に閉じ込めた人間たちを食べてもらう」

「大丈夫かな。あっという間に人質が減りそうだけど」

「それも目的の一つだよ。改造人間たちは無実の人間を殺す。一方、五条悟はその無実の人間を守りたい。でも守るためには、呪霊(俺たち)と改造人間をいち早く殺さなければならない」

 

 真人はうっそりと笑みを深めた。

 

「するとアイツは、領域の展開を選択肢に入れざるを得なくなる」

 

 なんてったって効率的だからね。

 

 

 

 

 渋谷の高い建物の上から、僕たちは蟻のような大きさの人間たちを眺めていた。歩行者用信号の変わるのを待つ人たちが、横断歩道の手前で並んでいる。近くの犬の像の広場を見る。人々に目をやる。立ち止まって、手元のスマートフォンに視線を落としている。

 それを見て、ああ、と納得する。

 

「そっか。僕たちの目的は、文字通り『五条悟の足止め』だから、思考する時間を作ればいいのか」

 

 そういうこと、と真人は頷いた。

 

「ついでに、人間を常に死の恐怖に晒しておけば、そのまま挽歌の力にもなるだろ」

 

 ぶー、と陀艮がひと鳴きした。無理するなよ、と、言ったように思えた。

 僕は胸が弾んだ。ここ何年もの間、純粋に気遣われたことなどなかったからだろう。

 

「それで、その、僕は何をすればいい?」

 

 早口になりそうになるのを堪えながら、訊ねた。

 

「いつも通り」一言、真人が言った。

 

「貴様は居るだけで良い」漏瑚の言い方は投げやりで、僕は一瞬困ってしまう。「以前よりも、術式は使えるものになったのだろう? ならば意図的に、人間を、死に近付けることも容易いはずだ」

 

 近付けるも何も、と僕は答える。「多分、その渋谷の環境なら、完全に()()()()()ことだって」

 

 漏瑚の顔色を確認したついでに、真人の様子を目で撫でるように確認すれば、僕の返答を聞いて、呆れ笑いを溢している。

 

「見栄張んなよ」その声は、こちらの羞恥心を突くような無遠慮な声ではあったが、軽蔑が混じっていないことは確かだった。「相変わらず、人間を殺すのが嫌いなのは、変わってないんだろ」

 

『無理を強いるつもりはありません』隣の花御が言う。

 

 続けざまに優しい発言を投げられ、僕は狼狽えた。

 

 これからの戦いの苛烈さを想像してしまうと、身体が怯み、決心が揺らぐのを抑えねばならない。妙な疎外感を覚え、息が詰まり、意味もなく心拍数が跳ね上がるようだった。

 僕は言葉を選びながらも、最悪の結末を意識しないように、と心がけた。

 

「皆は、命をかけてるんだろ」

「フン。貴様一人居ようが居まいが、さして変わらん」

 

「まあ、そりゃ」僕もその言葉には賛同する。「でも、だって、中途半端じゃないか」

 

 ぶー、と最初に陀艮が鳴いた。

 また賛同の声か、と思ったのだが、更に真人と花御が続けた言葉を聞き、僕の視界は鮮烈なまでに輝いた。

 

「挽歌は挽歌で、やることがあるんだろ」

『適材適所ですよ。アナタは、任されたことを熟してください』

「────」

 

 陀艮は空中をくすぐるかのように、息を洩らした。

 なんだよ、と釣られて息を吐いた。なんだ、最初から仲間外れじゃなくて、きちんと勘定に入れられているじゃないか。

 

 今の僕にとっては、彼らのなんてことない一言が、僕の生きてきた時間の集大成を表す魔法の言葉のように思えた。胸の奥から、なんというか、陳腐で温かな液体が溢れてくるのが分かる。この気持ちをギュッと固めて、飴玉にしたら甘い味がするような気がした。

 

「そっか」と僕はどうやら、微笑んでいるようだった。

 

 

 

 青信号が点き、人々がぞろぞろと動き出す。その様子は、足止めで失った時間を、どうにか取り返そうとするとする執念深さが窺えた。

 彼らは年に一度の仮装イベントに備え、沸き立ち、溜まり、いずれ僕らの餌食になるのか。

 僕は先程まで、焦燥感にじわじわと蝕まれていた精神が少し、凪いでいることに気付いた。従容不迫とまではいかないが、異常な義務感からは解き放たれている。暫く渋谷の景色を見下ろした後で、花御がこちらに顔を向けてくる。心做しか空気は諭すようだった。

 

『挽歌、私たち呪霊の命は廻るものです』

 

「まあ」僕は少し考えた後に言った。「花御みたいな精霊寄りの呪霊なら、廻るってのも納得できる」

 

『アナタもですよ』と花御は続けた。『真人も漏瑚も陀艮も、アナタも、命は廻ります』

 

「だけど死ぬのは怖いことだろ」

『一般的には、それが一番恐ろしいことでしょうね。しかも、それは誰しもに必ずやってくる』

「うん、絶対に避けられないからね」

『でも廻ります。死んでも、また次に繋がります』

 

 僕は一瞬言葉に詰まるが、花御の慈しむような空気を感じ取り、唾を飲む。

 

「それは、降った雨が、やがて雲になるみたいに?」

『ええ、廻るんです』

 

 また生まれるのも辛いし嫌だよ、と僕は言いかけるが、これは蛇足だろうなと考え直して口を閉ざした。

 

 数時間後の未来を渇する漏瑚が、早くも移動を始める。陀艮も、ぶふー、と鳴くと担当場所へ向かうため、もぞもぞと動き出した。

 だから死んでもいつかまた会えます、と花御は穏やかに言う。それは、無意識的に僕が抱いていた、死の恐怖とは()()()()を解きほぐそうとしているようだった。

 

 でも廻った後の新しい魂は僕の知る皆じゃないもんな、と僕は思わずにはいられない。

 視線を伏せる。

 同じに見えて違うもの。これほどまでに残酷な言葉が、この世にはあるのだろうか。

 

 胸が締め付けられるように痛むものだから、大きく息を吸って気を紛らわす他ない。

 

 

 *

 

 

 無事だといいな、と僕は改めて呟く。

 

 その時に、車両が揺れた。

 大きな振動ではないと思ったのだが、気を抜きすぎていたからか、もしくは通過した線路の方から()()()()()を感じたからか、隣の座席に、手を着いてしまう。

 

 咄嗟に窓ガラスに頬を貼り付けるように、窓の外を見た。すぐにみっともない格好であることを自覚し、僕は咳払いをして座り直す。

 

 それから、真人が人を食った態度で正面の座席から僕を眺めていることに気付いた。小馬鹿にした顔をしている。

 もしや花御があの場所にいるのも作戦の内だったのか? と慌てて、伝えられていた作戦の内容を振り返るが、そんな内容は思い当たらず、首を傾げる。

 

「ねえ、今通ったところに花御いなかった?」

「花御?」

 

 僕は不思議に思って訊ねるが、そうしたところ真人の顔が、鳩が豆鉄砲を食ったかのように、はてと宙を見た。

 あれ。と僕は目をしばたたく。

 

 

 揺れる電車は僅かに速度を落とし始める。渋谷のホームが近付いてきているのだろう。

 窓の外は暗く、車内の景色が明るく感じていた。

 目的地に近付くにつれ、人間たちの恐怖の感情が鉄の車体を貫通し、ぼたぼたと流れ込んでくる。電車が再び一際大きく、がたん、と揺れた。

 

「よく揺れるね」

「轢いたんじゃない? 誰か」

「ああ、線路を走ってきちゃったのか」

「溢れるほどいーっぱいいるからね」

 

 暗い洞窟を潜っているようでもあったが、やがて仄かに明るい空間が出現する。目的のホームが見え始めた。

 真人が立ち上がった。

 

「そろそろだ、行くよ。挽歌」

「うん、真人」

 

 僕は一度、左側の車両を向いて、扉に頬を貼り付けた改造人間たちを見た。視線が合ってしまい、誤魔化すように振り返ってから立ち上がる。

 真人の隣に並べば、こちらを一瞥するのが視界の隅に写った。

 

 

 速度を落とし、そして、目的地に止まった。

 なかなか扉は開かず、待てを強要され、餌に噛み付くのを我慢するかのような、間がある。

 他の人間を突き飛ばし、我先に飛び込もうと駆ける人々を眺める形となった。彼らも数秒後には死んでいるのだろう。反射的に、嫌悪感と使命感を天秤にかける。

 

 でも僕は、僕に任されたことを成さなければ。

 もう決めたことだ。そうだろ?

 

 次の瞬間、コックを捻るように、僕は呪力を回す。

 

 

 

 *

 

 

 

 犇めく改造人間たちが人間を貪り食う光景ではなく。群衆の中で待ち構える五条悟でもなく。ひしひしと肌に染み込む死の恐怖でもなく。

 

 僕が最も絶望感を抱いたのは、先に戦っていた漏瑚の一言だった。

 

 

 

「花御は死んだ」

 

 周囲から音が消えた。

 僕は何も言えないでいる。真人はそれまでの愉快を体現したような言動を止め、一瞬の硬直を生じさせてから、引き攣った唇で言葉を捻る。

 

「……マジ?」

 

 辿ってきた線路を振り返った。

 そういうことか。僅かな残滓を感じた壁面を思い出し、ガツンと頭が殴られたかのような衝撃に襲われる。

 

「命は廻ります」と諭すような花御の声を思い出し、体の芯が、ぶるっ、と震えた。嫋やかな声が鼓膜を内側から刺激する。

 

 花御、花御、と頭の中で繰り返し音にする。投げかける言葉はもちろん反響することなく虚しく吸い込まれ、別離を悟った。

 悲しいとは思えなかった。ただ、胸が軋み、息が苦しく、足の力が抜けそうになった。

 

 

「引き返すなら、ここが最後のチャンスだよ」

 

 静かに語りかけてくる真人の声を皮切りに、消えていた音が完全に戻ってくる。悲鳴、殴打、爆発音が木霊した。

 花御は死んでしまった。次に死ぬのは、()()()()()かもしれない。

 胸の辺りに穴が空く感覚に襲われた。

 

「いや」自然と口はこう動いていた。「それでも、やるよ」

 

 真人もその時は驚くような様子は見せなかった。

 僕の方に一瞥をくれ、そこには、不服を表す渋々の色があったが、目立つような不貞腐れはなく、「そ。じゃあ、始めよっか」と僕と漏瑚に、軽薄で無邪気な物言いをした。

 

 

 その直後だ。

 真人がびゅん、と何かに乗ってホームの中央へ飛んだ。目の前にいた実体がぶれ、次の瞬間には空中へ飛翔した。続けて、どぶっ、と柔らかい壁に力強く衝突したかのような音がする。

 五条悟が立っていた。

 

 拳が相手に届かないことを笑った真人は、五条の弾丸じみた攻撃を避け続ける。

 

「挽歌、作戦通りだ!」

 

 漏瑚はそれだけ言い放つと、応戦しに向かう。その背中には、確かに悲しみを背負っていた。

 ふと視線をずらせば、やる気なさげで、幽鬼に似た脹相の姿も見えた。今なら兄弟を失った脹相の喪失感も、理解できる気がした。

 

 最早迷いもなかった。

 花御の分まで、と自分に言い聞かせる。

 

 

 吹き抜けの天井を見上げた。

 花御の術式で生やされた木の根がネットとなり、上階から零れ落ちた沢山の人間を抱えている。

 網に捕まった魚のようだった。目が見開かれた一匹と、不思議と目が合う。その中に、星が走った。

 

 

「──あそこから落ちたら、死んじゃうかな」

 

 

 みしり、と根が軋んだのは、そのすぐ後だった。

 弛んだかと思うと中央部分の根がへし折れた。その根の破折はやがて上部へ伝うと、裂け、間もなく崩壊していく。

 

 同僚たち(呪詛師や呪霊)の手によって、穴に突き落とされた人間たちを溜めていたのだが、()()()()()、重さに耐えきれなくなったのだ。バケツの水をひっくり返すかのようだ。 

 

 僕はそれを眺めたまま、落下地点へ近寄るために、焦らず足を動かす。

 いくつかが、運悪く、潰れる音がした。手を伸ばして、指を広げて、掴む。下唇を噛み締める。

 

 

 五条の舌打ちが聞こえた。真人と漏瑚が満足気に顔を歪めたのが分かる。

 今頃上階の同僚たちが、上手い具合に人間たちを穴に放り込んでいるのだろう。

 

 僕たちの仕事は、五条悟に思考させること。

 次々と犠牲者が増える前に彼は、いち早く僕たちを祓わ(殺さ)なければならない。そのために必要となるのは、領域の展開だ。

 

 しかし、領域を展開することはそれ即ち、領域内の人間諸共犠牲にすることを意味する。

 振り返り見ると、真人と漏瑚と脹相は相変わらず、五条悟への攻撃の手を緩めない。

 

 息を吐く。喉を震わせる。

 

 

「──あんな物騒な場所の近くにいたら、死んじゃうかな」

 

 

 今度は脹相の赤血操術がきっかけだったかもしれない。

 偶然、真人の「撥体(ばったい)」と軌道が被り、方向が逸れてしまう。すると弾けた血液の弾丸が支柱や天井に突き刺さり、爆発したかと思うと、大柄な瓦礫が降り注ぐ。

 

 手を伸ばして、指を広げて、そっと包む。

 黒々とした虚無感とやるせなさの苦味が舌に乗り、いたたまれなくなる。

 

「貰うね」と言った後、少しでも楽になりたくて僕は、「ごめんね」と続ける。

 

 十分な距離が取れている筈なのに、五条悟が、底冷えする眼差しを僕に向ける。身体を強張らせるが、彼は真人たちに囲まれており、こちらへは来なかった。ほっと胸を撫で下ろす。

 これが嵐の前の静けさだと気付いたのは、それから数秒経った頃だ。

 

 

「壊れた天井の下なんて」と続けて言いかけていた。

 

 どくん、と不自然に鼓動が大きく跳ね上がる。高所から足を踏み外すかのような、寒気があった。

 

「マジか?」と真人が呟いたのは、その時だった。

 

 

 未来が見えた。

 正確には、未来が見えた、と感じただけだった。既知感(デジャヴ)だ。閑静な住宅街で、死ぬ一歩手前まで追いやられた記憶が蘇る。

 青い瞳に光が差した。何も考えられなくなる。予感がした。

 五条が指を組むのとほぼ同時に、僕は咄嗟に口を衝く。

 

「崩落で潰されて、死んじゃうかも──」

 

 身体がうつ伏せの状態に傾いた。

 地面に倒れてしまう、と怖くなった。頭上から瓦礫が降り注いでいるのだと、そこで気付く。ぎゅっと目蓋を力強く閉じた。

 

 領域展開、という言葉が脳に到達する前に、僕は意識を放り投げる。

 

 

 

 周囲で肉が引き千切られる音が響いた。不快な赤い水音を含んだ、惨憺な噪音だ。水風船が弾けるようでもある。

 

「危なかった」と辺りを見渡す。「皆は無事かな」

 

「オマエみたいのが来るのは、予想外だった」

 

 それが誰の声なのかはすぐに分かった。

 僕は振り返る勇気もないので、細く息を震わせる。

 

「すごいね。この短時間で、改造人間たちを皆倒したんだ」僕は怯えを押し隠す。「僕の仲間たちは?」

 

「オマエが死んでる間に対処したよ」

「祓ってはないみたいで、安心した」

 

 群衆に紛れて呆然と虚空を見つめている彼らを指差した。ぽかんと開いた口と、微睡んだ目が、間抜けだ。肉体から魂を抜いたら、きっとこういう姿になるんだろう。

 

「七海のとこから逃げたらしいな」

「……逃げるも何も、僕はこっち側にしか居られない」

「七海も祓えなかったなら、やっぱりあの時、問答無用で殺しておけばよかったよ」

「……あ、それは。いやでも、それは、無駄じゃなかった」

 

 だって、と続けて口だけ動かして、頬を綻ばせた。

 

「──────」

 

 その僅かな間も、五条はじっと青い視線で刺し貫いてくるだけだ。

 

 

 

 

「ところで、僕はここに()()()()()()()、って言われてる。その意味、キミなら分かるだろ?」

「面倒だな……。オマエみたいな雑魚が、何でここまで生きてこれたんだか」

「その発言とは全く関係はないし、こう言ってはなんだけど、僕は今、ちょっと怒ってる」

「どの口が」

 

 そう言ったところで五条は即座に、足元に目線を向けた。

 そこには、不気味な立方体が転がっている。薄汚れた布が巻かれていて、思わず無い尻尾を巻いて逃げ出したくなる見た目をしている。

 

「よかった、間に合って」

 

 遅いんだよ羂索、という言葉を置き換える。

 

「獄門疆」という声がした。「開門」

 

 それは同時に、足元の特級呪物の活性化を促した。

 空気が変わったかのようだ。頭が重くなる。閉じ込められた恐怖が過ぎる。

 

 宙に浮かび上がり四方に伸びた邪悪な仕掛けが、目を覚ました。中央の大きな眼球が、五条悟を視認する。

 

 思わず振り返った僕の方が、息を吸った時、ひいっと震えた音を鳴らした。腹の上の辺りが重く、痛い。

 刹那の時間だったが、間違いなく危険を感じ取った五条が飛び退こうとした頃、袈裟を着た夏油(羂索)がやってくる。

 

 

「は」五条の整った顔に、歪みができた。「なんで」

 

「や、悟」と細められた目は作り物だ。「久しいね」

 

 

 彼らの異質な邂逅が、間近にある。次の瞬間には、獄門疆から伸びた仕掛けが五条を拘束した。今生で五条悟と会うのは、これが最後にしたいものだ。

 邪魔をしないよう息を潜める以外、僕にできることはない。

 

 




 評価、感想、お気に入り、しおり等本当にありがとうございます。大変励みになります。誤字報告も大変助かります。
 次話はまだ加筆中です。近日中には投稿できるよう頑張ります。

 ①真人の無為転変治療法→②(裏)梅のおまじない解除→③動機と求道心パワー等のおかげで、最終章になってようやく主人公本領発揮の予定です。
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