死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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 本日2話目。
 渋谷事変、4話目です。



呪霊と呪術師(6)[1/2]

 

 すり鉢状に沈んだ地面の中央に、相変わらず獄門疆は鎮座している。先程と変わった点は、と言えば、羂索がそれを指で弾いて揺らしたり、爪先で小突いたりしているところだろう。

 

 想像し難い質量を持っていた先程とは違い、軽量化が進み、起き上がり小法師のような挙動ができるようになっていた。動かせるようになるのも、時間の問題だろう。覚悟を決める。

 

 行くか。息を吐く。

 

 

 

           *

 七海

 

 

 行かなければ。

 

 

 眠りに落ちるのとはまるで違う浮遊感が、七海を震わせた。

 全身が焼け付くように熱いのに寒くて仕方がない。

 

 七海は自らの意識が今にも泡のように弾け、そのまま溶けて消失してしまう、そういった危うさの中、どうにか意識を繋ぎとめていた。

 

 行かなければ、と思った。

 肉体の感覚は最早消えている。強い使命感だけが心の芯をぎゅっと掴んでいる。身体が無理やり突き動かされて苦しい。

 

 そうだ、本が読みたい、と思った。人間としての感情が、最後に蜘蛛の糸を垂らすかのように現れた。マレーシア、クアンタン、海辺に家を立てよう。そういった考えが、さざ波のように寄せては返す。

 

「違う」

 

 伏黒を助けに行かなければ、と足を引きずり歩く。

 火山頭の呪霊に触れられた後、身体が何かに覆われた感覚だけがあった。燃えているのだと気付いた頃には、七海は何も見えなくなっていた。

 

 伏黒は?

 真希は、直毘人は無事なのだろうか。

 ()()()()は。

 

 ふと前を見ると、爛れた視界に、異形の集団がこちらをじっと眺めているのが映った。囲まれていた。無邪気な殺気が、周りから、絡みつくように漂ってくる。

 

 疲れた。

 疲れたな。疲れたんだ。もう充分やったさ。七海は駆け出した。

 

 音もなく、地面を蹴りながら、するすると異形の間を縫うように行く。相手を叩き切ることだけを考える。腕を振るう。拳に力を入れ、一度、振るい、もう一度力を入れる。黒目がぐるんと上を向きそうになった。歯を食い縛り意識を繋ぎ止める。右側から走ってくる異形に視線を向ける。個々の力は強くはないものの、それぞれが臆せず、走ってくる。タイミングを計る。ふっと息を洩らし、腕の神経に呪力を集め、相手の身体を屠る。

 

 

 やがて静かになったところで、顔を上げた。

 ぽつんと一人、誰かが立っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 特級呪物がなぜ破壊できないか、知らないだろうから教えてやろうか。

 

 まず、呪術師が高専の忌庫に溜め込んでるやつの大半が、強大な呪力を宿していて、破壊不能な代物なんだ。その中でも、摂取すると呪物に宿った呪力の主が、精神と肉体を支配して肉体の形状を変態させる。これを受肉と言ってね。

 

 真人はそう言った。

 僕の返事を待たずに、特級呪物について語り始める。

 

 相手が興味を持てて且つ共感できる内容を、目をきらきらさせ、興奮をあらわにしながら、わーわーと喋られるのなら、聞いている側は渋々耳を傾けるのかもしれないが、彼はいたって小馬鹿にしたように、どうせお前は暇なんだろうと言わんばかりの様子で、僕に配慮もなしに話すのだから不快感しかなかった。

 ただ、真人が前述の通りの様子で優しく僕に語り掛けてくるのなら、それはそれで戦々恐々としていたに違いない。

 

 祓いきれない強力な呪いを抑え込む手段には、封印がある。経年劣化で綻ぶこともあるから、呪術師は、それの補強も定期的に行わなければならない。

 

「──その特級呪物。あえて外に置いといて、魔除けにすることもあるんだろ」

 

 僕はその内容に全くもって興味が無かったが、記憶にある情報をつらつらと諳んじると、真人はまさに豆を顔面に打たれたかのような表情で、きょとんとし、「あ、見たことあるんだ」と言った。

 

「長生きしてるって言ったでしょ。見たことくらいあるよ」

「優しく教えてあげようとした俺が馬鹿みたいじゃないか」

 

 そういった彼は不貞腐れたように、陀艮の領域(パラソルの下)に置かれたビーチチェアに全身を預けた。砂浜でぼんやりと沖を眺めていた僕に対し、寝転がって話をしている。

 

「そもそも話を聞くとも、教えてくれとも言ってない」

 

 溜め息を吐きながら僕は、波の花から()()へと顔を向ける。

 人間でいえば二十前後の容姿だろう。少年とも青年とも言い難い雰囲気がある。長い髪に、高い鼻、二つの縫合痕が大きく顔を走り、人相が良いとは言い難いものの、個性はある。そう思った。

 

 僕の不躾で淡白な発言を面白がったのか、真人はさらに話を続けた。

 興味のない内容を、目をきらきらさせ、興奮をあらわにしながら、わーわーと喋りはじめ、鬱陶しかった。

 

「教えるのならさっさと結論を言わんか」

 

 隣のパラソルの下にいる、知り合った頃から数えれば最も歴の長い()()である漏瑚が、砂浜を掘削するように貧乏揺すりをし、苛ついた口調で言った。

 

『漏瑚』と花御がたしなめる。その後で、『真人も、挽歌を揶揄うのはどうかと』と聞き取れない言語を紡いだ。

 

 それを不快に感じた漏瑚が憤慨するのも、ここ最近で何度も見た光景である。

 

 

 この空間に滞在するようになったのは()()()()()()()だ。

 人気のない森林や山の中にいるのに飽き、何となく街におりてきた際、この真人という呪霊に出会ったのだ。僕はその時背中を向けていて、後ろから彼に肩を叩かれたので、危うく飛び跳ねそうになった。

 

 久しく誰かと会話していなかったものの、流石に驚いたので、「なに」と一言だけ返答した。すると相手は目を瞠るもすぐに笑みを浮かべて、「いや」と言葉を探し、そして発した台詞が、「面白いやつがいるなって思って」だった。

 

 

 小馬鹿にして喋っていた彼は、花御の言葉で急に冷めたようで、「そうだね」と答え合わせを始めた。「特級呪物は祓えない(破壊できない)のは、そういう縛りだから」

 

「縛り?」

「“生命を止め他に害を為さない”、その代わりに、存在を保証される」

 

 僕は眉間に皺を寄せる。「それって意味あるの?」

 

「あるさ。強い呪物は、その縛りですら歳月をかけて弛緩させ、呪いを寄せる」

 

 疑問点しかなく、さらに顔を顰めると真人が頭を搔く。「さっき、摂取すると呪物に宿った呪力の主が、精神と肉体を支配して肉体の形状を変態させる、って説明したのは聞いてた?」

 

「あぁ、受肉だっけ」

「それは人間だけじゃなく、呪霊(俺たち)も場合によっては対象なんだよ。挽歌が見たって言う魔除け、美味しそうだなって思わなかった?」

「思わなかった」

「それを食べると、雑魚呪霊なら一瞬で喰われる。魂ごと持っていかれて、特級呪物の呪力の主に成り代わられる。そうだな、例えば、両面宿儺なんかは確実だね」

 

 視界の端でさりげなくと言うべきかあからさまにと言うべきか、コレクションである大量の宿儺の指を収納した巻物を、ちらりと見せてくる漏瑚と、それを視界に入れた瞬間腹を抱えた真人を、ぼんやりと見つめている、かつての自分を想像した。

 

 

 

 

 

 

 

「キミだろ。特級呪物(両面宿儺の指)、あそこに置いたの」僕は言った。

 

 長いエスカレーターを下り、改札を飛び越え、東京メトロ地下五階、副都心線のホームの階段を下りてきたところだった。

 

 男は、変わらずそこいた。

 袈裟を纏い、胡散臭い表情は狐じみているが、夏油という器の名残だろう。泥のような悪意が表皮に滲み出ている気がした。

 

「数ヶ月前にさ、呪術師と廃村に行ったんだ。そこで宿儺の指を食べた呪霊と戦った」

 

 相手の口角が歪にじんわりと持ち上がる。

 

「……あの土地は中々に思い出深い場所でね」

 

 羂索は否定も肯定も示さず、肩を竦めた。対話を望むのなら、と僕は視線で次の言葉を促す。

 

「かつて友人と会った場所だ。相手は珍しい術式を持っていて、出来ることなら私と一緒に来て欲しかったが、断られてしまった」

「へえ。利用したかったんだ?」

「まさか。純粋に叶えてあげたかったんだ。死にたくもないけど生きていたくもない、っていう我儘をね」

「そう、優しいね。それでその友人は、どんな術式を持ってたの?」

 

 羂索は一貫して腹心を悟らせなかった。ただのっぺりとした笑みを浮かべている。僕も不思議と落ち着いた心地で訊ねていた。

 

「奪おうと思えば、どんな相手からも寿命を奪って吸収する術式」それと、と羂索は軽々に続けた。「奪った寿命を他人に付与、もしくは蘇生に回す、なんて使い方もあった。何度思い出しても素晴らしい可能性だ。未練がましく、その仕組みを模した()()も作ってしまうくらいには後悔した」

 

 すぐに廃村で見つけた反魂人形のことだ、と思い当たる。何かを食べて、吸収したエネルギーを蘇生に回す。失敗作だったから不完全なシステムで終わっていたが、間違いなく元となったのは僕の術式だろう。

 

 そうすると自ずと、彼の目的に確信が持ててくる。殺して、回収して、自分の糧とするのだろう。

 惜しむ気持ちがないと言えば嘘になる。僕の胸の奥の蝋燭の灯りが、慰めるようにゆらりと光を揺らした。

 

 吐く息が震えた。

 意を決して、矢筈を弓の弦にかけ、照準を合わせるようにこう口にする。

 

「でもまた、その術式を得るチャンスが訪れた。違う?」

 

 のっぺりと貼り付けていた微笑みが剥がれた。邪悪と純粋を綯い交ぜにしたような顔で、羂索が心底嬉しそうに、「やっとか」と笑った。

 

「────長かった。やっと、思い出してくれて良かった。薤露」

 

 やっぱりか、と僕は胸の内で何度も繰り返す。

 やっぱり、友達になりたいって言ったのは嘘か。「違うよ。今の僕は挽歌だ」

 

 

 

 

         *

 七海

 

 

 前に佇むつぎはぎの呪霊を見る。

 消えかけの魂を費やし、思うままに改造人間を屠っていた七海の前に、気付けば真人(そいつ)は居た。

 

 その長い髪が垂れた顔は、見えた。

 薄青色の前髪越しに、七海を睨んでいるであろう真人の目も一瞬窺えたが、内包する感情までは把握できない。

 

 が、死に(てい)でのこのこと現れる呪術師なんてものは、流石のこの呪霊も予想外だったのではないか。そう考えると、その時だけは爽快な思いを覚えた。

 

 立っている感覚が薄い。もはや夢見心地だ。

 自分を含め二人しかないのに、誰かに見られている気配すらした。

 

 もしかすると草葉の陰から故人たちが、七海が無惨な死を迎えるのを、今か今かと、まるで映画を見るように鑑賞しているのかもしれない。

 致命傷を負い、命の炎が消えかかっていた。頭が重たくなり、身体から力が抜けそうになる。

 視界が一際強く瞬いた。七海の足がかくんと曲がり、バランスが崩れる。咄嗟に踏ん張り、体勢を整える。

 

「死にかけじゃん、七三(しちさん)術師」相手はこちらを嘲るように、ふん、と鼻で笑うようにした。「その様子じゃ漏瑚かな。そんな状態で最後まで仕事? 随分と熱心だね」

 

「いたんですか」

「いたよ、ずっとね。アンタを待ってた」

 

 七海の頭に疑問符が過ぎったのを真人も察したのか、「挽歌のことだよ」と言った。「挽歌に余計なことを教えたのは、アンタだろ」

 

「余計なこと、の範囲は?」心当たりはあったが、ピンポイントで該当する項目が思い付かなかったのは事実だ。「生憎、無駄話をする時間は、持ち合わせていませんので」

 

 真人は顎を引き、七海の溶けた左側の眼窩を突き刺すかのような面持ちで、数秒黙った。

 七海も口を閉じ、相手の返答を待つ。

 途中で、パンツのポケットの中身が強い熱を帯びた気がした。反射的に表情筋が引き攣る。

 

「ああ、傷が痛むのか」真人が言った。「顔を顰ませたけど。漏瑚がやったのかな」

「そんなところです」

 

 真人は小馬鹿にしたいのか、それとも納得したのか、どちらとも取れる息を漏らした。

 

「で、そうだな。単刀直入に言うよ、七三(しちさん)。俺は挽歌の敵討ちに来たんだよ」

「敵討ちですか」

 

 今のところ手にかけた記憶はない。

 七海はそう認識していた。祓う支度は整っていてもまだ直接的な攻撃していない。

 何故かと言えば、あれ以来挽歌と会っていないからだ。

 

「挽歌は、『死を畏れる感情』から生まれた呪霊だ。挽歌だけは、死の恐怖を克服しちゃいけなかった」

「そうですね」

 

 足元に倒れていた改造人間が呻く。既に息はなく、死後の痙攣に近い。

 つまり何なのだ、と会話に茶々を入れ急かしてくるかのようだ。誰かの気持ちを代弁しているのだろうか。

 

「もし、『死の恐怖』を凌駕する、()()()()()()()を見つけたら? 楽しいことに興味を持ったら?」

 

 真人は唄うように言い、七海が挽歌と行動した期間について指摘してくる。

 

「アイツは次に死ぬ時、『まあ、でも楽しかったし、仕方がないか』って思うんだよ。そういう性格なんだ。幸せな生活を送ったら、終わり(死の間際)に満足して、帳尻合わせだと納得するんだ。山あり谷ありだって。すると、一度死んだら蘇らない」

 

「そんな単純でいいんですか、呪霊」七海は揶揄う。

 

「挽歌の場合は、だよ。生まれる原因となった感情の本質が、人間に近過ぎたんだ。生きる側を選べるとしたら、あの類の呪霊は確実に、人間側を選ぶだろうね」

「確かに、呪霊らしくありませんでした」

「人間側を選ばれたらどうしようもなかった。なんせ、すぐ満足して死んでいただろうから」

 

 貴方を祓わず見逃す理由はない、と挽歌に脅しをかけたことがあった。

 その時、誰かに感謝される温かさに気付いてしまったから、その理由を知りたいのだ、と反論してきたのは流石に驚いた。

 それがまるで、生き甲斐に縋って、呪術師の世界に戻ってきた自分自身を見ているようだったから。流石の七海も手を差し伸べてしまうほどだった。

 

 

「ああ、やっぱりアンタも気付いてたんだ」と真人が吐き捨ててくる。「挽歌を真の意味で殺す方法」と言ったかと思えば、「()()()()だっただろ。要するに、挽歌が思う、幸せな記憶を作ってやればいい」と腕をゆったり広げる。

 

「薄々勘づいていただけです」七海は言った。

 

 本音だったのだが、よく言うよ、と真人はつまらなそうに人差し指を向けてきた。

 

「“幸せ(それ)”を自覚した瞬間が、挽歌が本当の死を迎えるタイミングだ」と口にしてから、「おめでとう、七三(しちさん)術師。アンタは、間違いなく『死の恐怖の呪霊』の祓除に成功したよ」と、心底軽蔑する視線で賞賛を送ってくる。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ずるっと滑って転びそうになり、足を踏ん張る。下を向くと鼻からぽたぽたと血が溢れて、地面に花が咲く。

 

「諦めが悪いな」

「どこが」

「強がらなくていいよ」

 

 激しい音と共に、足元の地面が弾け飛んだのはその時だ。

 羂索が放った呪霊に、後ろから攻撃されたのだ。狙いを外した威嚇射撃のようだったが、これ以上、逃げ回れば次は本当に撃ち抜かれるのは間違いない。

 

「今の挽歌程度の呪力じゃ、私を殺せないよ」

 

 ぱん、と目の前が真っ暗になる。思考は真っ白だ。爆発するような衝撃と、頭蓋が砕ける痛みが伝わる。

 今のは何度目だ。何度目の、死だ?

 まだだ、と踏ん張る心地で蘇ると目を開けるより先に、地面を蹴って距離をとる。

 僕は息も絶え絶えに口を開いた。

 

「今、この瞬間も、陀艮がたくさんの人間を、吸い込んでいるだろ」

 

 羂索が、「ああ。この作戦の一環だからね」と黒い球体の呪霊を取り出す。

 

 短く息を吐いた。「陀艮は、強いからね」

 

 作戦成功に向けて力を奮う陀艮を思い浮かべ、意識を強く保つ。弱気になるな。僕は呼吸を整えて、半身の力をだらんと抜く。

 

「その人間たちが今、何を考えているか、分かる?」

 

 そう言って、陀艮が活動している方向を指差した。

 

「さあ、興味もないから」羂索はかぶりを振る。「気にしたこともなかった」

 

「僕には分かる」

「へえ。何を考えているか、分かるのか?」

 

「分かる」と言ってから、するりと空間ごと握り潰すように手に力を込めた。「皆、同じことを考えてるよ」と言うやいなや、羂索が立つ一帯を呪力の波で覆った。

 

 羂索は動作を一旦停止し、じっとしている。

 

「死にたくないってさ。最悪の気分だ、よ!」

 

 気分は、さながら地に根を下ろし、養分を吸い上げる大樹のようだった。

 一分、いや一秒ごとに、爪先から頭の頂上まで溢れるほどの呪力が漲っていく。未だかつてないほど、思考が冴え渡っていた。穴の空いたコップに水を注ぎ続けるのと同じだ。万能感が滾る。今なら何でもできる気がした。

 

 真人に見せてやりたい、と僕は全身の力を抜く。

 そうこうしている間にも全身には呪力が漲っていく。真人と僕は似たもの同士だから、と考えていた。なら名前を借りてもいいよね、真人。いやむしろ、こっちが先か。すっと息を吸って、初めての単語を口にする。

 

 

「──()()()()

 

 黒々とした呪力の波が羂索に向かい、その手を伸ばし、得体の知れない揺れを見せる。絶望感よりも、安堵や懐古を思わせる穏やかさで、じっと見ている内に、自分の頭の中の雑念が消えていく気分になった。

 目に映る波が、自分自身のエネルギーであり、物語の終わり(エンドロール)であり、そして、自らの魂であるかのような、感動を抱き、見蕩れた。

 羂索を囲い守るように盾に徹していた、百足のような呪霊たちが、波に飲まれ、次の瞬間、忽然と死に消える。邪魔という邪魔が消え去り、周囲は青天白日に包まれている。僕にはそう見えた。

 

 視線の先に立ちつくす、羂索は驚きに目を瞠っていた。「ああ」と感嘆する。

 

「嗚呼──畏怖の念による呪力の増幅が、リアルタイムで行われているわけか!」

 

 面白い、と羂索は弾けるように笑った。「ますます取り込む必要ができた」

 

 

 

 

 

       *

 七海

 

 

「だから、アイツは人間から寿命を奪う行為を嫌悪していた」

 

 静かに、淡々と話してくる真人の声には感情が篭っていないため、七海はどのような表情なのかと拝みたくなった。

 ただ、意図的に感情を抑えようとする気概は見て取れたから、なんとも言えない気持ちになる。

 

「俺も色々と工夫したんだ。挽歌は会った時から、なぜか術式に()()()()()縛りがかかって、自由に人間を殺せないようになっていたから、沢山殺せるように溶かしてあげた。人殺しは嫌いだったみたいだし、強制的に命を奪うような、嫌いな行為をするようし向ければ、“生きている”という状況に絶望するだろ。すれば、真の意味では死なない」

「天与呪縛に似ていますね」

「ある種のそれだよ。『生きるのも苦しいけど死にたくない』と思っている限り、『絶対に死ぬことができない』生態だったんだ。それで、一応呪霊仲間だし、無意味に死なせるのも非合理的だろ」

「その割には、随分と私怨もあったようですが」

 

 七海は言ってみるが、真人は無言になった。

 

「地下水路に残った紫色の変死体。心当たりがあるでしょう」

 

 それにも答えはない。

 

 

 大きな体長、紫色に膨張した肌は、幼い少女の面影など微塵も残していなかった。

 

 変死体を見つける少し前、挽歌と住宅街で遭遇し、五条が乱入して来た頃に、七海は迷子の少女を母親の元に送り届けた。筈だった。

 地下水路で七海が見つけたのは、十メートルをゆうに超えた紫色の巨体で、元が人間だとしても、その性別は男なのか女なのか、そして年齢はいくつなのか、全くもって予想できなかった。

 何かを喋ろうと腫れた唇が痙攣していたが、空気が洩れる音だけが伝わってくる。

 あまりに残酷な光景に、こんなことをした相手は、死ぬまで苦しむべきではないか、なんて思ってしまう。

 

 

「すみません」と七海は内心で救えなかった少女に謝罪し、拳に力を入れる。関わったばかりに。

 

「生きていることに満足しない限り、あの呪霊は死なない。そうですね」

 

「まあね」と応える真人は、さっきからそう言ってるだろ、という様子だった。「()()()()()に気付かせたのは、あの餓鬼も同じだった」と肩を竦める。

 

「だから、殺したんですか」

「そうだよ」

「それは吉野順平もそうですか」

 

「そっちは元からその予定だった。挽歌が想定以上に肩入れしただけさ」真人は表情一つ変えない。「ま、餓鬼の方は腹いせに思われても仕方がないね。……ここまで聞けば、アンタに会いに来た理由にも納得がいくだろ」

 

 挽歌が死ぬ可能性を作った七海に、腹いせをしに来たのだろう。

 

 息を吐く。動機があまりにも人間臭過ぎる。あいつも、こいつも、何が呪霊だ。

 蛍光灯が点滅する天井に目をやれば、地上から、戦闘を想像させる地響きと爆発音が響いた。

 しかし七海は不思議なことに、諦念や無力感を抱くより先に、頑張らなければ、と感じていた。ここが踏ん張りどころだ。

 

 

「ああ、だとすれば」と七海は笑うでも、嘆くでもなく、のんびりと言った。「皮肉ですね」

 

 七海と真人の支線が合い、二人の間の空気が少し冷気を帯びた気がした。

 

 




 評価、お気に入り等本当にありがとうございます。
 予約投稿の次話は24時に投稿予定です。次で渋谷事変終わります。
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