死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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エピローグ
呪霊と呪術師(7)


 

 足音が近付いて来るのが伝わる。

 

 後方を確認したわけではなかったが、誰かが砂浜に来ていたのは分かった。

 生まれたばかりで何もかもが新しく見えていたせいかもしれない。

 ここ数時間、潮鳴りだけに意識を注いでいたため、別の物音や気配に敏感になっている。南国らしい木が立つ白い砂浜、穏やかな波打ち際からは、遙か遠くに水平線が見えた。

 

 さらさらとした砂の踏み心地を楽しむ。

 

 暫く海を眺めていたが、ずっと同じ景色だったわけではない。雲の形も違えば、波の大きさも時間によって変わる。

 散歩しに来る人間も、風の強さ度合いによって増減したし、服装も違った。この国は赤道に近いし、常夏中の夏、ということもあって、きっと暑いのだと思う。

 

 

 数日前、どういうきっかけか、空港から海外行きの飛行機に搭乗した時、それは生まれてからまだ日が浅く、()()()()()()()()()()()僕からすれば普通思い付かない考えだったのだが、当時は、絶対に行くべき場所だ、という確信に近い思いがあった。

 今は、現在地は分からないものの、綺麗な海を見ることができた達成感と、いつまでいようかな、という高揚感を持ち始めている。

 

 

「何をしているんですか」と背後から男に話しかけられる。

 

「呪霊に話しかけるなんて凄いな」と驚くが、不思議と嫌な気はしなかった。「何って、海を見てたんだよ」

 

 振り返る気にならず、波を眺めながら、口を開く。そろそろ夕時だからか、朝とは違った趣があった。

 

「わざわざこの場所で?」

 

 先程よりも近い位置から、穏やかな声が聞こえた。

 少しだけ顔を後ろに背け、足元の砂浜に目を落とす。足音から、相変わらず男が近寄ってきていることが分かる。

 全身は確認していないが、それなりにしっかりした足取りで、迷いがない。

 そしてどういうわけか、敵意も無かった。

 

「不思議なこと訊くね」

 

 僕は背を向けたまま、男に話しかけた。

 

「海に居るのに、海を見ていることが変?」と言って、視線を地平線に向ける。

 

「わざわざ()()()()()で? という意味ですよ」男が答えた。

 

「ああ。何かね、行かなきゃ行けない、って思ったんだよ。こう、思い立ったが吉日、って言葉があるじゃない。あれは本当に正しい言葉だと思うね」

 

 こうしてみると、海の偉大さを改めて知る。口に放り込んだ飴玉を舌で転がしながら、だ。

 文明は水辺から興るらしいし、多くの人間が意識せずとも海に特別な感情を抱くのはそのせいかもしれない。

 

「良い景色は見れましたか」

「良い景色かな。うん、多分そうかも。呪霊が言うのもあれだけど、この景色は凄く良い」

 

 得意げに言ってから思ったが、男からすれば毎日見ていた景色だっただろう。釈迦に説法というやつだったに違いない。

 

「それは良かった」

 

 言いながらも、男は歩みを進める。僕の数メートル後ろまで来てから、そこで漸く足を止めた。

 

「私もこの場所に来られて、良かったと思っていたところです」

「────」

 

 その言葉にはっとして、顔を上げて、振り返る。

 

 金色に近い淡い髪色の男が居る。青色のシャツに白いパンツ。南国なのに暑そうな服装だ。片目付近に傷跡が薄ら残る顔からは、過剰な快活さも、暗い陰険さも感じ取れない。

 例えば、悪人が犯した悪事にも止むを得ない理由があったのだと知った時の。私情が入り交じったあの感情。あれだ、あれに似ている。

 

 眉は下がり、目元は和らいでいる。「仕方がないな」とでも言い出しそうな顔つきだ。その表情が僕に向けられる意味は分からないが、どこかしっくりとくるような感覚があった。

 

 ぼうっとしながら口の中の飴玉を転がす。カラン、と歯にぶつかる音が波に消えた。

 男が僕の口元を見て、ひっそりと眉根を寄せる。気に食わなかっただろうか、と思ったが止める理由もない。

 僕は飴玉の棒を弄っていた指を下ろし、首を傾げる。

 

「それ、美味しくないんでしょう」と口を挟まれたのはその時だ。

 

 よく見れば、男は人種の違う血が混じった顔付きで、顎が引き締まっている。

 この国で生まれ育ったわけではなさそうだが、年齢も不詳だ。

 

「……まあそうだけど。よく分かったね」

 

 男は教えてもらいましたから、と言う。

 

「教えてもらった、って誰に」

「アナタに」彼が言う。

「いや教えてないけど」

「いえ、確かにアナタから」

「ええ?」会ったことは無い、はずだ。

 

 そこで男が、僕の服装に目をやった。

 

 あまりに無言で、じっと見つめてくるため、変な服装だと思われているのだと思い、「最初から着てたんだって」と訊かれてもいないのに弁解する。

 

「キミだって暑そうな格好してるじゃん」

「思い入れがあるので」

「じゃあ、きっと僕も思い入れがあるんだよ」

 

 相手がぽかんと口を開いた。「そうですか」と呟く。

 

 

 何となくポケットに手を入れ、飴玉を一本差し出す。

 深い理由もないし、場を持たせたかったわけでもないが、渡しても良いと思えた。恩を着せるような言い方にはなるが、ここで会ったのも何かの縁だと感じたのだ。

 男の視線が、僕の顔に移動する。何を言われるのかと、思わず身構えて言葉を待った。

 

「食べたところで、何か意味があるんですか? その飴」男がわざとらしく強調して言った。「どうしようもなく空腹ならば、仕方が無いと思いますが」

 

「別に」そう言われると、今僕がムキになって無味の飴玉を舐めているのも、何だか不毛なことに思えた。「あったからだし」

 

「でしょうね」男が曖昧に頷く。「アナタはそういう性格です」

 

「そうなんだよ」

 

 僕はその発言に違和感を感じなかったことに、逆に違和感を抱いた。咥えていた飴玉を引き抜く。半分ほどの大きさに溶けていた。くすんだ赤色や水色、白色が一塊になった飴玉だ。陽射しを反射している。

 おかしなことに彼の言葉を受けてから、なんだか、突如としてそれがつまらないものに見えた。

 先程新たに取り出した飴玉と見比べる。こちらは黄色い。似た色の果物があった気がする。まあ、どちらも等しく無味で()()()()()なのだけれど、途端に興味を失ってしまった。

 僕はそれら二つを片手に持って、辺りを見渡した。

 

 

「……その辺には捨てないでくださいよ」

 

 僕は声を高くしてしまう。「流石に捨てないって」

 

 ゴミ箱に捨てるならまだしも、こんな綺麗な海辺、ましてや愛着を持った場所には、尚更捨てようだなんて思わない。

 その上、道端に物を放り捨てては誰かに怒られると知っていた。肝心の、誰に、という部分は忘れてしまったが。

 

「捨てておきましょうか」

「え、いいの?」

 

 思いもよらぬ提案に、何かを試されている気になって、僕は動揺してしまう。

 

「悪い気もするけど」

「構いませんよ、そのくらい」男は極めて穏やかな表情だった。

 

 男に向き直る。今更だが、呪霊が見えているのにもかかわらず、終始一貫して落ち着いている男は、きっと呪術師なのだろうなと思った。

 だからこそ不思議にも感じる。彼らの仕事は僕らを祓うことだし、馴れ合う必要性なんて一欠片も無いはずだから。

 

 僕はそこで、思いついたことをそのまま口に出した。「僕を祓わないの?」と。

 

「……ええ、まあ」

 

 男は何かを懐かしむかのような面持ちになった。過去の仕事を思い出しているのだろうか。

 僕は手持ち無沙汰に飴玉の棒を弄びながら、続く言葉を待った。

 

 数秒して男が、「今は休職中ですから」と言う。

 

「休職? あぁ、旅行中なんだ」

「いえ、()()()に、こちらに家を建てたんです」

「へえ」

 

 僕は海辺の生活を想像する。

 さざ波の音に耳を傾けながら、積みっぱなしの本を一ページずつゆっくり捲る。時折気分転換に波打ち際を散歩して、眩しさに目を細めながら、「ああ、明日は何をしようかな」と考えるのだ。

 足の指の間を縫う海水は、極上の心地良さを孕んでいるに違いない。

 

「──良いな、それ」

 

 架空の生活に思いを馳せる。悪くない気分だ。

 

 男が、ふっと笑う。「見に来ますか」と。まるで固く結ばれた紐が綻ぶみたいだった。

 

「……少しは警戒するもんじゃないの?」思わず正気を疑う。「一応呪霊だよ、僕」

 

「アナタは無闇矢鱈に、人を呪ったりしないでしょう」

 

 分かりきったような口を利く、と思った。

 でもその言い草にも、嫌な気はしない。

 

「キミのことだし、沢山本があるんでしょ」

 

 何故か僕も分かりきったような口を利く。

 

「ええ。買うだけ買って、読んでない本が積まれてます」

 

「恐ろしい本もありそうだ」口を衝いて出た言葉に、相手が肩を揺らした。良い気になって、僕は黄色い飴玉を男に翳す。「これも上に積んであげる」

 

 カーンと冴え渡られても困りますよ、と不思議なことを言い、男が呆れた顔をした。「崩したら追い出しますからね」とも言う。

 

 彼はそのまま後ろを向いて、「着いてこい」と背中で語り、歩き出す。

 僕もそれに続いて、浜辺から駆け出した。名残るように波間を一度見てから。

 

 

 

「ねえ、キミ、名前は何ていうの?」

「名乗るなら、まずは自分からどうぞ」男が言う。

「忘れちゃったんだよ、だからキミから教えて」

 

 そう強請れば男は、僕に視線を落とす。

 きっと彼は名前を言わない。言うにしても条件を付けるに違いない。そうだろ、言わないだろう、と期待が無効になることに期待する。

 が、彼は口を開いた。名前を告げられる。

 

 拍子抜けして、思わず声が漏れた。「あ、そう。そっか」

 

 例えるならみぞおちに一発食らった気分だった。言うとは思わないだろう普通、と立ち止まり、背中を眺めた。

 一通り思案するが、聞き覚えがありそうで、やっぱり無い。僕の動揺をけらけらと笑う波が重なり、ざぱんと弾ける。

 気付けば彼との距離が離れており、はっとして、置いていかれないように小走りで隣に並ぶ。

 

 それから僕は、こう思った。まるで全世界の海を表しているような名前だ!

 

「……ところで、アナタは本当に自分の名前を忘れてるんですか」

「自慢じゃないけど、そうだね」

 

 僕は答えながらも、跳ねるようにして砂浜を歩いた。

 背後から聞こえる波の(つづみ)が、別れを惜しんでいるのが分かる。

 行くことを惜しまれているような、逆に清々するような、もしかすると新しい出会いを応援してくれているような感覚だった。

 

 そこで、一つ名案を思い付いた。

 

 気付けば、「キミが何か名前付けてよ」と僕は提案している。「どうせなら、新しいやつ」

 

 彼は一瞬きょとんとしたが、なるほど、と顎に手を当てた。ちらりと他所を一瞥してから、ほどなくして口を開く。

 

「こういうのは、どうですか」

 

 一つの単語が、男の口から零れ落ちる。

 

「へえ」僕は反射的に、感嘆した。

 

 その言葉には聞き覚えがあった。

 自分の記憶を過去に遡り、再度、男の姿を頭のてっぺんからつま先まで見つめ、もしかすると本当に会ったことがあるのかもしれない、と思い至った。

 

「それってどんな意味なの?」

 

 男は目尻に皺を寄せる。

 傾いた太陽を眩しそうに、だけどどこか楽しそうに眺めて、「そうですね、それは」と答え始める。

 

「へえ」と僕はもう一度感嘆する。

 

 思っていた言葉と、意味合いが違ったからだ。

 やっぱり、彼と会うのは初めてかもしれない。

 

 

 傾いた陽を見て、常夏の国にも小さな夏の終わりが来ることを知る。そこで、あれもしかして、と嫌な予感が過った。

 

 この名前、結構安直な思考で名付けられたのではないか?

 

 だって今日は丁度、「晩夏(ばんか)」の頃。夏の終わりが近かった。

 

 

 

呪霊と呪術師(了)

 

 

 

 Life goes on!






僕/ーー

 小説情報ページの【挿絵】の状況はこの話。
 交通機関でマレーシアに旅行しに来た白い服の呪霊。飛行機は奇跡的に事故らなかった。
 入国してからずっと海辺に滞在している。この場所に行くべきという衝動に駆られた。
 今は、生を謳歌している。


男/全世界の海を表しているような名前

 年齢不詳。顔に傷跡。
「全世界の海」は、「七つの海」と称されることがある。
 誰かを探して、たまたまクアンタンの浜辺を訪れたところ、変わった呪霊を見つけた。
 今は、のんびりと失った時間を取り戻している。



 ■

 評価、感想、お気に入り、ここすき、誤字報告等本当にありがとうございます!!!ここにきて執筆意欲爆上げしてます!!!書くものないけど!!!

 連載だいぶ序盤に「この呪霊、祓った程度でどうにかなるものなのか」という旨の感想をいただきましたが、丁度その頃この話を書いていたので心臓止まるかと思いました。どうにかなりませんでした、という言葉をもって返答とさせてください。

 あと一話、ほんとに少しだけ投稿して終わりです。よかったら感想とかいただけるとめちゃくちゃ嬉しいです(乞食奴)

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