死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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 前話の続き。
 時系列は呪胎戴天の数日前くらいです。


原作開始~呪胎戴天
梅雨前線と呪霊戦線


 

「遅い」

「ごめんって」

 

 

 季節は初夏を越え、既に入梅した頃になっていた。漏瑚に呼び出されていた僕は、どんよりと重たい灰空の下、待ち合わせの場所に走った。雨は降っていないが、今にも一雨降り出しそうなほど水分を含んだ雲が、太陽を隠している。

 

 薄暗い街並みを見ていたら、少々時間に遅れたらしい。例の如く、漏瑚は頭頂部の火山は小規模の噴火を起こした。周囲の気温が上がった気がする。

 

 

「それで、用って何。真人や花御は?」

 

 辺りを見渡すが、漏瑚の他に呪霊の姿はない。陀艮は花御と一緒にいるだろうから、花御が居なければ居ないだろう。

 漏瑚は待ちくたびれたのか、パイプを咥えて一服している。吸うと悲鳴が聞こえる、悪趣味なやつだ。

 

「何で僕を呼んだのさ」

 

 漏瑚が杖を鳴らす。

「フン、儂も出来ることなら貴様なんぞ呼びとうなかったわ」

 

「じゃあ帰るよ」視線を移動させると、腕を掴まれる。

「待て、話を聞かんか!」

 

 

 僕たちは郊外の商店街に来ていた。過疎化の影響か、立ち並ぶ店にはシャッターが降りている。灰色の商店街は、みすぼらしいがどこか趣深い。黒南風が通りを走り去ると、尚更物悲しさが増した。

 

 歩いていると、右手側の十数メートル先に、凹んだ空間がある。錆び付いて、角が割れている青いベンチを見るに、恐らくかつては休憩所として、買い物に来た客が利用していたのだろうが、今は見る影もない。

 

「何でこんなとこに来たの、拠点の候補?」

 

 僕が素朴な疑問を口にすると、漏瑚が、「呪詛師に声を掛けられた」と端的に説明した。

「儂らに協力したい」パイプから口を離し、窄めてから息を吹く。「と、言っていた」

 

「変な人」僕は口走る。

「そう言うな。だから今日は本当に信用に足り得るか、見定めてやろうと思っているのだ」

 

 果たして彼の言う見定めに僕は必要なのか、と一瞬思ったが、今更どうにもならない。漏瑚もその思考を読み取ったのか、僕を見てから、大きく息を吐き出した。溜息を吐きたいのはこっちの方だ、と眉間に皺が寄る。

 

 面倒に巻き込まれるのが嫌で、わざとゆっくり歩くが、比例して周囲の気温が上がり始めたので、慌てて僕は足取りを軽くさせた。

 誰のせいか考えなくとも察しが付いた。犯人が僕を突き刺すように睨む。

 

「何さ」

 

 一体何を言われるのだ、と口を尖らせていると相手が僕から視線を外して、「あの人間だ」と呟いて顎を持ち上げる。

 まるで偉い人間の商談みたいだね、と言いそうになるのを堪え、「ああ、あの人ね」と適当にぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 ぱたぱたと雨が降り始めた。

 紫陽花の葉を雨粒が揺らし、軽快な音を奏でている。きっと蝸牛も居ることだろう。

 

 人気の無い路地裏を覗き込む。

 

「……ねぇ、滅茶苦茶目立つよ、あの人」「静かにしておれ」

「こんなに人の居ない路地裏で、袈裟だよ袈裟」「……貴様は黙っとれ」

「ええでも、怖い人だったら」

「いい加減にせんか貴様ァ!」

 

 

 何かされる前に、すかさず目の前の路地裏に飛び込む。

 

 そして、「あれ、何だかこの人間見覚えがあるぞ」と僕は、漏瑚の金切り声に耳を塞ぎながら、自分の記憶を出来る限り遡った。だが、正体を掴めそうで掴めない。あと一歩で思い出せそうだという時に、記憶の海原から掬い上げても、手のひらから零れ落ちる。

 

 焦れったく思い、手掛かりを探すために、男の方に意識を向ける。

 

 こちらの会話が聞こえたらしく、袈裟の男が、一瞬、意味ありげに口角を上げた。が、すぐさまそれを片手で隠してから、誤魔化しの咳払いを一つ演じる。「やあ、来てくれて良かったよ」

 

 特徴的な前髪だ。

 晒された額を一周するような、独特な縫い傷が殊更目立つ。黒髪は腰まであり、切れ長な目は狐を思わせる。喋り方は穏やかだったが、腹に何か抱えている気がした。見覚えは、無い。

 

 そんな男が、温度の感じられない視線で漏瑚を見下ろした。ふと、黒目が僕を向く。

 

 目が合った。

 

 

「どうした、挽歌」漏瑚が不審さと心配を同時に浮かべた。「急に()退()()()()()

 

 ぞくり、と背筋が凍る錯覚を抱いた。彼の特徴的な糸目と視線が交わった瞬間、まるで首を絞められたかのような息苦しさを感じ、気付けば、僕は漏瑚の後ろに飛び退いていた。

 

「あ、ああ、いや、なんでもない」

 

 そして僕は、平然を装って漏瑚の隣に再び並ぶ。先程の寒気は気の所為だ。この男には過去に会ったこともないし、心配することは何も無い。と、言い聞かせる。

 

「キミは、漏瑚の仲間?」袈裟の男は長髪を揺らして、懐疑半分愉快さ半分の顔で、向き直る。「よろしく頼むよ」

 

 僕は、あー、と迷ってから渋々首肯する。

 

 本当は嫌だけど、と思っていると、いつの間にか冷え切った空気を纏った漏瑚が、「夏油、一応此奴も儂の仲間だ」と言った。

 

「何かおかしなことをしたわけでは、あるまいな?」

 

「まさか、会ったのも今回が初めてだよ」

 彼はそこまで言ってから、「ね?」と、まるで釘を刺すように僕を見る。

 

 事実、会ったのは初めてだろうし、彼が僕になにかしたわけでもない。だから男は嘘を吐いていないのだが、一度根付いた恐怖心は薄れなかった。

 

 ただ、隣の漏瑚があまりに険悪なものだから、「うん、ビックリしただけ」と取り繕う。

 

「チッ、紛らわしいヤツめ」

 漏瑚が悪態をつく。不快さと焦燥を同時に浮かべている。

 

 察するに、「大嫌いな人間の前だから、無様を晒すな」と思っているに違いない。しかし、僕を「仲間」と形容してくれたことは、むず痒くも悪い気はしなかった。

 

 

「さて、それより今日は一つ伝えたいことがあってね」と会話の始まりを担ったのは、袈裟の男の台詞だ。夏油というらしい。やはり、聞き覚えは無い。

 

「困ったことに、今のままでは私たちは、呪術師に手も足も出ないからね」と苦労を微塵も滲ませない口調で、「布石を打ってきたんだ」と指を立てた。「キミたちにも、近い内に朗報を届けられる」

 

「朗報?」

 えらく勿体ぶった話し方をするな、と首を傾げる。

 

「驚かないで聞いて欲しいんだけど、両面宿儺を、ちょっとね」

 夏油が、とっておきを準備したぞ、という表情で言った。得意気ですらある。

 

 

「両面宿儺が何?」察しの悪い僕は訊ねた。

「ッ、受肉させたのは貴様か!」察しの良い漏瑚は叫ぶ。

 

 

「いや、それに関しては私は何もしていないよ。ただ、偶然あの現場にあった宿儺の指を、偶然飲み込んだ虎杖という子供が、偶然器として適合しただけだ」

 

 絶対嘘だろ、と僕は内心で野次を飛ばす。その瞬間に夏油が、僕に突き刺すような視線を移動させたので、まさか思考が読まれたわけではあるまいな、とぎょっとした。間髪入れず、僕は逃げるように視線を逸らす。

 

 逸らした先に居た漏瑚を見れば、彼は依然として、これでもかというほど目を瞠っていた。零れ落ちないだろうか、それ。

 

「宿儺で何をするつもりだ」表面上の冷静さを取り戻した漏瑚が、訊ねる。

 

「何って、帰って来てもらうんだよ、現世に」彼はゆったりとした仕草で、聞く人によれば卒倒しそうな内容を告げた。「私たちのためにもね」

 

 

 僕は会話に介入する気になれず、現実的にも、精神的にも、一歩引いたところから彼らの会話を眺む。両面宿儺が、呪いの王と呼ばれているのは流石に知っていたし、彼の受肉がどれほど重大なことかも理解していた。ただ、漠然と自分には関係がないことだろう、と高を括っていたのだ。

 

 雨が、ぱたぱたと天蓋に張り付く音がする。小雨とはいえ、ここから数時間も降れば、立派な大雨になるだろう。重たい雲が目下に影を落としていた。

 

「実力はどれ程だ」

 漏瑚が声を低くする。受肉した両面宿儺の強さのことだろう。僕より強いに違いない。

 

「大凡の予想しか出来ない」夏油が顎に手を当てて、「だから」と続けた。「指一本は使うよ」

 

 不敵に微笑む姿からは、ただの呪詛師とは思えないほどの貫禄が見え隠れしている。「今日はその報告に来たんだ。実は既に、一本設置してある」

 

「貴重な一本を、か?」その重みを理解しているのか、と漏瑚が圧をかけたのが分かる。

 

「ここまでしないと、それこそ意味が無い」

 夏油の声は変わらず平坦だ。

 

 たかが指一本とはいえ、両面宿儺の現存している指は二十本。内何本かが紛失して、何本かは呪術師の手に渡っているのだから、その希少価値は語るまでもない。

 夏油はその一本を、釣りの餌に使ったようなものだ。漏瑚がこの態度を示すのも納得がいく。

 

 

 それより、と僕は隣の漏瑚を見下ろす。

 

 ぷくぷくと頭の火山が泡を膨らませている。文字通り思考もヒートアップしているのだろう。

 夏油との会話には、僕の必要性を一欠片も感じられなかった。

 やっぱり来なくて良かったんじゃなかろうか、と声に出さず独り言ちる。

 

「それで? 結果はいつになる」

「そうだな、来週までには必ず」

「……本当に勝算はあるのだろうな?」

「勿論、それは信用してくれて構わないよ」夏油がそう言って、ついと僕に視線を移した。

 

 

「キミからは、何か質問ある?」

 

「え?」

 

 

 最初の視線以来、僕に意識を向けなかったくせに、どうしてここにきて反応を示すのか、理解に苦しむ。もう完全に蚊帳の外に居る気になっていたものだから、驚きで肩が跳ね上がった。

 漏瑚が、そんな僕の醜態を見てか、顔を顰める。非常に目敏い奴だ。

 

「挽歌、だったか。キミからも何かあれば答えるよ」

 僕は悩む。「ないけど」

 

 

 

「──あれ、本当に?」

 

 

 夏油がここで初めて、表情を崩した。目を丸くさせて、きょとんと瞬いている。そこまで意外に感じるものか? と、僕も釣られてたじろぐ。

 

「ない、かも」

 

 そんな反応を見ると、実は自分も質問があるのかもしれない、と錯覚を起こしそうになった。何か体の良い返事はないか惟るが、漏瑚の溜息でそれも打ち止めになる。

 僕と夏油は、まるで息が合った風に、漏瑚の台詞を促すために視線を移動させた。

 

「夏油、貴様の策も概ね理解した」そのまま、くるりと夏油に背中を向けて続ける。「次の機会には他の仲間も連れて来よう」

 

 遠回しに、次の会合を約束し、且つ、協力体制を受け入れ仲間を率いて来ることを宣言している。と僕は思った。

 

 そして加えて言うならば、僕は漏瑚の手伝い役から解雇されたのだ。とも思った。

 

「話が早くて助かるよ、漏瑚」夏油が笑みを浮かべる。

「ではな」漏瑚が路地裏を出て、歩き出す。「行くぞ挽歌」

「え? ああ、うん」

 

 

 雨はしとしとと、執念深く降り止まない。考えすぎかもしれないが、僕らが帰ろうとするタイミングを見計らって、この場に留めようと、強さが増したようにも思えた。

 

 漏瑚は一切後ろを確認せず、立ち止まっている僕を置いて、躊躇なく来た道を戻って行く。連れてきたくせに、帰る時は放置とは良い身分だ。

 それを視認して、帰らなければな、とは思いつつも、僕は背後に残る夏油を振り返った。

 

 

 夏油も、そうなることが分かっていたのか、思慮深そうな表情で、向き直った姿勢のまま待ち構えていた。相変わらずどこか不気味で、低温度の視線は、僕の挙動一つ一つを物笑いの種にしている気がする。

 

 

「キミ、挽歌って呼ばれてるんだ」

 

 口火を切ったのは夏油の方だった。僕は何か言おうと、開きかけていた唇を閉じる。

 

「初対面って、まあ、あながち間違いでは無いけど、よく言うよ」

 

「……え?」

「え?」

 

 そこで僕は、彼が、何か大きな思い違いをしているのだと思った。

 だから様子がおかしいのだ、そうに決まっている。

 そして事実の確認も含めて、訊ねることにした。「初対面だよね?」と。

 

 二度目だった、彼が表情を崩すのは。きょとん、と音がつきそうなほど顔を呆けさせると、数秒後には、次第に湧き上がる笑いに堪えきれなくなり、遂には肩を揺らし始めた。

 

 不審に思って、眉を顰める。

 

「質問してって言ったのは夏油でしょ」

「ああ、いや、悪いね。他意は無い」

「絶対嘘だ」今度は言葉にして言う。

──……、いや、挽歌か。挽歌、両面宿儺に聞き覚えは?」

 

「やっぱり馬鹿にしてるだろ」特に憤る気は無いが、「両面宿儺くらい聞いたことあるよ」と、弁解を図ることにした。「滅茶苦茶強いって有名な、呪いの王だろ」

 

 

 

「──あぁ、そう」

 

 

 三度目。今度は冷ややかな声と一緒に。仮面が剥がれた表情には、落胆と期待が入り交じっている気がした。相反する二つの感情が両立していると感じたのは、夏油の笑みが、あまりにも禍々しいものだったからだ。思わず、喉が引き攣るくらいには。

「っキミ、何か怒って」

「挽歌。一つ提案があるんだけど、どうかな」

「な……提案?」「そう」

 

 彼は僕の虚勢を見透かしてか、優位を崩さない。そんな相手の提案を承諾したくなく、訊く前に断ろうとするが、ふいに真人や漏瑚たちの顔が過ぎった。

 彼らは、基本的に僕に関与しないし、仲間と言う割には淡白な関係性だ。例えば僕が、「仲間から抜けるね」と言っても、「いつか言うと思った」と返してくるような、あっさりとした気配がある。

 

 そんな立場の自分が成果を上げたら、彼らはどんな反応をするのか、と僕は想像する。

 

 

「提案、ね」

 

 一度、漏瑚が去った方向を確認する。既に背中は遠く小さくなっていて、僕に気付かずそこまで歩いたのなら、逆に賞賛に値する程だが、恐らくはわざとだ。

 

 その時、ぱっと、視界が明るくなる。雨空のせいで暗くなった商店街に、光が点ったのだ。昼白色に染った店並に息を呑む。ああ、此処にもまだ人が居たんだ。

 

 そして僕は閃きに似たものを感じ、意を決して、夏油を振り返り、口を開く。

 

 

 

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