非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
今回は本SSの七、八、九話あたりの『非きこもり、JDと薄氷を踏む。』で起こった出来事について軽く触れるので、全く見ていない方はそちらを読んでからの方がいいかもしれません。もちろん、読んでなくても大して問題はありませんが。
軽く推敲しただけなので、誤字脱字残ってるかも。あと、書き溜めなしでちょっと行き当たりばったりなとこもあるので、後話次第では肉付け追加修正の可能性あり。
最近は投稿がシャレにならないくらいドン亀化してるので、今回はスピード重視です。
これは比企谷八幡が大学二年生の物語。
八幡と沙希は同居することになり、様々な出来事が起こっていく。
── Side Hikikomori ──
「お兄ちゃん、今日の花火大会は行かないの?」
勉強の息抜きに昼食を作っていた小町から、何気ないひと言を告げられた。
「花火……?」
初めての単語を耳にしたような反応に、小町は怪訝な顔をする。
「花火だよ花火。空に打ち上げてバーンて花開くやつ」
まるで子供に説明するような口調で話しかけてくるが、俺の意識は別のところにあった。
「あっ!」
「ひゃっ?!」
俺の声に驚き、小町の肩が跳ね上がる。
「あっぶなぁ……危うく指切っちゃうとこだったじゃん!」
「す、すまん」
プンスカする小町を他所に、導き出された答えが思考を支配した。
あれは…………花火だったんじゃないのか。
俺は、あの日のケチャップアートを思い出していた。
誕生日の翌日、呼び出されて向かったバー。店に入る前に、その親父から当初の用事はキャンセルになったと伝えられた。償いなのか、誕生日プレゼントという名の小遣いを渡されたが、目的を失い正直気分は良くない。川崎の作る飯でも食べて、店に来た意味を持たせようとしたその時のオムライスのことである。
大量の蛆虫が中心へと這っているというか、凡そ食べ物に使っていい表現を超越したケチャップアートだった。ケチャップだけでなく、カラシとワサビも併用して色彩豊かにすれば、もしかしたら解読可能な絵になったかもしれない。まぁ、そうしてしまうと『見た目が食べられないオムライス』から『味が食べられないオムライス』に変化していただろうけどな。
話が逸れてしまったが、ケチャップアートに思い至った理由は花火に見える改良方法をごちゃごちゃと考えたかったからじゃない。なぜ花火を描いたか、その理由だ。
前に四〇万と描かれたことがあったが、その内容は俺と川崎に関係するものであった。その時と条件を揃えると、花火も二人に関わるものだと言える。
花火を通じて、川崎と特別な出来事は今まで経験していない。二人に関係するという条件を厳守して、過去にそれがないのであれば、これから俺たち二人に起こるものと憶測できる。
つまり、あれは彼女なりのサインだったのではと愚考していた。
わかってる。川崎が花火に誘われたいなんて、都合のいい妄想だ。しかし、一度考えてしまうとその思考から抜け出せず、なんとなくLINEから川崎の名前をタップしてしまう。
メッセージを送ろうとするが、なんて打てばいいかいきなり躓いてしまう。過去を振り返ると、用もないのにメッセージを送った記憶がない。こういうことは由比ヶ浜や小町の得意だろう。改めて自分に友達が少ないと自覚できる出来事だ。
どう送ればいいのかではなく、違った訊き方をしてみる。
「なぁ小町」
「んー?」
「用もないのにメッセージって送るもんなのか?」
「なにそれ、用もなくて送るとか暇人じゃん」
「だよなぁ」
確かに暇人には違いない。これから花火に誘おうとしているくらいだ。
「それか、好きな人にだけでしょ。そういうのって」
「……!」
参考にしようと小町に探りを入れたが、自分の気持ちの答え合わせというカウンターが返ってきた。急に意識してしまい、気恥ずかしくなった俺はLINEを閉じて気持ちを落ち着けることにした。
── Side JD ──
今日はバイトもないので、久々に帰省した実家でゆっくり過ごすことができる。とはいえ、忙しい両親に代わって家事はするのだが。
しかし、バーで指摘された京華のお世話は、高校時代よりもはっきりと手が掛からなくなっていると言えた。京華も小学生になり、学校の友達と遊ぶことが増えたからだ。親代わりをしていたあたしとしては、少し寂しい。
バーで指摘と言えば、あの時は参った。結局うやむやになったが、まさか息子を紹介されそうになるなんて。断るために思わず『好きな人がいる』と口走ってしまったのには自分で驚いた。そのせいで、比企谷に抱いていた感情の正体に気づけたのは皮肉な話だ。
昼食の準備をしていると、テーブルの上にある花火大会のチラシが目についた。ポートタワーで催されるやつ。オムライスに描いたのも、比企谷に意識してほしかったからだ。あの感じじゃ誘ってもらうのは望み薄だし、あたしから声をかけてみようか。
でも、いきなり二人きりとなるとハードル高いし、どうしたものか……。
考え事をしながら料理は完成していた。父さんは出かけていて、食卓には母さんとあたしと大志、京華の四人だ。
「いただきまーす」「いただきまーす」
「いただきます」「いただきます」
京華が元気良く食べ始め、あたしたちもそれに倣った。食べ始めてしばらくすると京華が興奮気味に喋り出した。
「さーちゃん、一緒に花火見に行こー」
大志を誘わないのは受験で行けないのをなんとなくわかっているからだと思うが、気持ち的には複雑そう。顔に出ていた。
それはそうと、どうやって比企谷を誘おうか頭を悩ませていたが、京華を理由にすれば自然に誘える。
「いいよ、行こっか」
あたしは迷わず同意した。が、それが軽率だったと後悔することになる。
「カリンちゃんも一緒に行くんだよ!」
その子は確か、京華が小学生になってから新しく出来た友達だと記憶している。京華があたし離れするきっかけなので、その娘に対する感情は複雑だ。
「そうなのよ。私も行くし、向こうの親御さんも一緒なんだけど、花火大会って混むから沙希も一緒に来てくれて助かるわ」
「あ、ああ、そうなんだ……」
母さんが京華の言葉に補足を加えると、想像と違う状況にあたしは内心狼狽えた。確かに子連れなら保護者の数は多いに越したことはないが、京華以外もいると目的を果たすのが困難になる。
しかし、受けてしまった以上、覆せば京華が悲しむので他に選択肢はなかった。
「ありがとね。食べ終わったら京華の浴衣を買いに行きましょう。沙希のも買ってあげるから」
「え? い、いいよ、そんなの。あたしに買うくらいなら、京華に別の物でも買ってあげればいいじゃん」
「駄目よ。普段仕送り少なくて悪いと思ってるんだから、こういう時くらい買わせてちょうだい」
負い目に感じていたのか、申し訳なさそうに言ってくるが、それはこちらも同じで、つい目を逸らせてしまう。なんせ今のあたしは、両親の知らない物件で暮らしているのだから。
仕送りしてもらっておいて、勝手しててごめん。心の中でそう謝罪した。
……こんな可愛いの、ほんとにあたしに似合うの? 買ってもらった浴衣を広げて眺めながらぽつりと呟く。
真っ白の下地をキャンバスにした八重桜。その花柄は
母さんもけーちゃんも似合うと言ってくれたけど、贔屓目なのは明らかだろう。
家族以外の感想を聞けないかと思ったが、そんな当てがあるはずも……。
『しゅぽっ』
……あったかもしれない。
【今何してる?】
比企谷からのメッセージだ。普段なら明確な用がなきゃメッセージなんて送ってこないのに、何か予定でもあったかな……?
[浴衣買ってきた]
【浴衣?】
[今夜、親と一緒に京華とお友達を花火に連れてくんで、それ用]
しばらく待っても返事がないので、どうしたのかと考えていると一つの仮説が浮かぶ。
比企谷があたしと同じように、花火に行こうと思ってくれていた? もしかしたら、そのお誘いかもしれないと思うとなんだか胸の奥が温かくなる。
いや、それはあまりに自分にとって都合良く捉え過ぎだ。もはや願望に近い。
では、こちらから誘うべき?
しかし、今回は状況が違う。
普段、あたしが京華を連れているだけの時なら、気軽に誘うことが出来ただろう。京華も比企谷とは顔見知りだし、馴染んでいる。
だが、今夜は京華だけでなく、お友達とその親も同行するのだ。初対面の比企谷を招待するには条件が悪すぎる。
葛藤していると短いメッセージが届き、ラリーは終了した。
【楽しんでこいよ】
あたしは、花火に行くと約束してしまったことに軽く後悔しながら、スマホの画面を閉じた。
── Side Hikikomori ──
交渉の失敗を噛み締めながら、スマホをポケットにしまう。
川崎が予定を空けていなかったというのは、つまりそういうことなのだろう。
俺は激しく後悔していた。過去に嫌というほど経験したではないか。
いつだって期待して、いつも勘違いして、いつからか希望を持つのはやめたはずだったのに……。
「お兄ちゃん」
「っ?!」
想像より遥かに大ダメージを受けていた俺は、小町の呼ぶ声で必要以上に驚悸する。
「どしたの?」
「何がだ?」
平静を保ちながら返事をするが、じっと俺の顔を見つめてくる。
「なんかさぁ、元気ないよ?」
「……夏休みも半ばに差しかかって憂鬱なだけだ」
「大学生がそれ言っちゃったら、高校生で受験生な小町なんて絶望ものなんだけど?」
高校生より夏休みが長い俺に皮肉を返してくる。
俺のことに関しては全てを見透かしてきそうな我が妹から逃れるため、強引に部屋へ避難するとしよう。
「若者より体力ないから休養も多く必要なんだよ。てなわけで、ちょい昼寝してくるわ」
「あ、ちょっと!」
小町が引き留めるも無視して二階へ。ベッドに身体を投げ出し、天井を見つめながら無意識に考え込んだ。
帰省してからまだ二週間も経っていないが、ずいぶん彼女と話していない気がした。バーでシフトが被った時は話しているはずなのに。
いつからだろう。こんなふうに思うようになったのは。川崎は高校時代の同級生であり、奉仕部の一依頼人に過ぎなかった。
しかし、同じ予備校に通っていたこともあって、あの頃から彼女を目で追っていた気がする。
文化祭の衣装を作りたそうにしていた彼女のサインを拾い上げて推薦した。
修学旅行では同じ班になり、生徒会主催の合同クリスマスパーティーでは妹と一緒に参加してもらった。
三年生になると、弟が総武高校に合格して小町と共に入学して後輩となる。
こうして並べてみると、他の同級生より明らかに縁が深かく、意識するなという方が無理な関係性だった。そして現在も借金と同居という理由で関係が繋がっている。
今も彼女のことを考えているのだから、川崎沙希が特別な存在であることを認めざるを得なかった。
「……今日は花火だったか」
微睡みながら、自然と言葉が零れる。川崎との会話が頭に残っていたせいか、どうやら花火大会が気になっていたようだ。
目が覚めて一階のリビングで寛いでいると、休憩のため降りてきた小町と遭遇した。
「ありゃ、どっか出掛けるの?」
ダル着から着替えた俺を一目見ての質問だ。
「もうちょいしたら花火大会行こうと思ってな」
「え……誰と行くの⁉」
「一人だが?」
シームレスで返答すると、逆に小町が固まり恐る恐る口を開く。
「え、もしかして元気なかったのって……、誰か誘って断られたからヤケクソでソロプレイ?」
無駄に鋭い妹がいるとやりにくいが、まぁこんなの小町じゃなくてもわかりそうなもんか。人混みが苦手な俺が、ぼっちで能動的に花火大会へ行こうってんだからな。行動にツッコミどころが多過ぎだ。
「いやな、誕生日の時にも言ったが、イマジナリーメイドを作り出して、そいつと行こうかなと思ってる。『
誤魔化すために諧謔を弄してみたが、逆に空気がえげつないことになってしまった気がする。
「あー……、ブラックゴレイヌ具現化しちゃったかぁ。うん、小町には構わないけど、あんま他の人にそれ話さない方がいいかもね」
呆れながらも乗ってくれる小町。本当に良い妹だと思う。調子に乗って小町に『ホワイトゴレイヌになってくれ』と言いたくなった。誰がゴレイヌだとツッコまれるのが目に浮かぶ。
だが、これ以上諧謔を続けるとさすがに良い妹でも我慢の上限値を超えてしまいそうなので、用意しておいた一般的な方の理由を添える。
「ほんとは、お土産に露店で小町の晩飯買ってくるためだよ」
小町は目を白黒させた後、盛大な溜め息と共に非難してきた。
「小町を誘わないと思ったら、そんなこと考えてたわけ? あのね、小町毎日勉強してるんだよ? 夜にちょっと出掛けるくらい受験に影響なんてないから! むしろここで休まず勉強しても効率が悪いまである。裁量労働制や成果主義の前ではだらだら残業しても意味がないんだよ!」
やだ、小町が俺みたいな思考回路になってる。中学時代に受験ブルーに陥ったとは思えないくらい逞しくなったものだと感心していると、
「何より小町も花火行きたい!」
それは欲望の賜物だった。
俺たちは電車で花火大会のあるポートタワーに向かった。電車内は花火目当ての人で混雑していて、車両の壁に身を置く小町をが潰されないよう気遣った。両肘で突っ張ってスペースを確保すると、向かい合った小町と顔が近い。
「……混んでるな」
「……」
小町が俺の顔を見上げているのに気づき、視線を向けるとジッとこちらを見つめていた。目が合うと、戸惑ったような反応を見せて逸らされてしまう。
お互い無言になったためか、車内の喧騒だけが耳に入ってくる。
「……お兄ちゃんと花火来るのって、いつ以来かな?」
「俺が家族で花火大会に行ったのは小学生以来だし、そんくらいだろ」
「そっかー、じゃあ大人になって花火行くのこれが初めて?」
「高校時代を大人に含まないなら、そうだな」
二年生の夏休みに由比ヶ浜と行ったのを指す。よもや勧めた張本人が覚えていないこともあるまい。
「大学で一緒に行ってくれる友達は出来ていませんか」
「出来てないんだよなぁ、残念ながら」
「合コンに行く仲のご学友がいるのに、花火には行かないのですねぇ?」
「花火大会合コンなんてものがあれば行ったかもしれんが、あいつらとは一〇〇パーセント利害の一致でしか行動しないぞ」
「寂しい人間関係だなぁー」
「ほっとけ」
奴らには本名すら認識されていない程度の仲である。情など生まれようはずもない。
「まぁ受験が終わったら、小町が遊びに行ってあげるよ」
「遠路はるばる来たところで、こっちは千葉より何もないからやめといた方がいい。交通費の無駄だ」
「ケチくさいよお兄ちゃん、可愛い妹が遊びに行ってあげようって言ってるんだからプライスレスでしょーが!」
最近、一人暮らしの家計や借金の関係で、金に細かくなってしまい、つい世知辛い言葉が出てしまった。しかし、負けじと小町節で応戦してくる。
「でも、交通費の無駄とか、雪乃さんと結衣さんの前で言っちゃダメだからね。この前、看病してもらったくせに」
「……そういえばすっかり忘れてたが、雪ノ下たちをこっちに来させるならせめて事前に連絡しろ。大変だったんだぞ」
「なんでさ。熱出してたんだから、むしろナイスタイミングだったって褒めるとこでしょ」
仮病のこっちからすれば、ワンルームで人ひとりを隠蔽させられ、なおかつ俺と川崎それぞれが一人我慢大会を強いられる地獄みたいな一日だったんだぞ。まぁ、真相を打ち明けられないため、理はあちら側にあるのだが、感情的には納得できるものでもない。
「……こっちにも事情ってもんがある」
具体的な説明ができず、無理やり念押す形で会話を終了させるが、意図しない方向に話題を持っていく小町に戦慄を覚えた。
「(あー、もしかして雪乃さんたちにいかがわしいもの見られそうになったとか?)」
小声で弁えてはいるものの、ここ電車内ですよ小町ちゃん! パブリックスペース!
そもそも、今時そういうのってスマホかクラウドに厳重保管だろ。紙媒体とかいつの時代だよ。って、今はこの正論NGで辛い。これで反論したら、いよいよ雪ノ下たちが来て困る理由が見当たらないからだ。
「……やめろと言ったのに、クローゼットを開けようとしてきてな」
中に入ってたのはお宝じゃなく川崎だったが。いや、生身の分、本よりエロ……なんでもありません。
「あー、それはちょっと、なんか……、ごめんなさいでした……」
素直に謝れるなんて、妹界の暴君にしては意外! ……褒めてねえなこれ。
「受験終わったら小町が開けに行ってあげるからね♪」
やっぱ暴君で合ってたわ。いや、むしろ予告だとしたら優しいとさえ感じるまである。
「それとも……」
密着を避けるため、俺の胸に押し付けられていた小町の両腕が、俺の両脇をくぐって背中に回される。
「……また一緒に暮らそっか?」
囁きながら抱き付いてくる妹に、抱いてはいけない感情が湧き上がりそうになる。見れば胸に顔を押し付け、その表情は窺い知れない。
誕生日の日から同衾……これだと性的な意味があるから添い寝だな。それがなくなり、少し兄離れしたものだと理解していたが、この言動はどう受け止めればいいのか。
「そ、そんなことできるわけが……」
傍から見ると発言内容が恋人のそれであり、窘めるわけでもなく消極的な否定で翻意を促す。妹相手にガチ照れしている自分が途方もなく気持ち悪いことを自覚しながら。
「……お兄ちゃんの下宿から通える大学に受かれば出来るよ。それなら……」
言うと同時に抱き締める両の腕に力が籠る。夏着の薄い隔たりが小町の柔らかさを鮮明にし、密着した胸からははっきりとした鼓動が伝わってくる。
「今度は兄妹水入らず……だね」
文字だけ見てれば近親者に向ける言葉だが、その声は異性を意識したものであった。
ごくりと唾を飲み込む音が、周囲の音よりも強く耳に残る。夏の満員電車なのに身体はわずかに震え、指先は冷たく氷のようだ。胸の動悸も、高鳴りといった好意的なものでなく、過度な緊張という負の意味合いが強い。
「……」
「……」
もう一人の冷静な俺が囁きかける。普段の扱いを考えろ。いつもの妹ジョークに決まっている。
そして、驚いたことがあった。小町に告白──恐らくジョーク──された時、真っ先に思い浮かんだのが川崎の顔で、その表情は哀しみを湛えていた。
なぜそんなことが起きたのか自己分析していると、いつもの明るい声で思考を遮られた。
「……本気にした?」
案の定、小町はさっきまでの告白を戯言として明かしてきた。ほ、ほらやっぱりな! でも、いつもより妙に熱が籠ってて、お兄ちゃんちょっとどぎまぎしちゃったよ!
「そんなわけないだろ。仮に小町がこっちに住んだら、何もなくて一週間で千葉が恋しくなると思うぞ」
俺が、小町と一緒に住んだ(と仮定した)所感を述べると、彼女は目をぱちくりさせてから、薄く微笑む。
「……そうかな? 一緒に暮らせば、小町はきっとこう思うよ。やはりお兄ちゃんさえいればいい……ってね」
その言葉は秋波と共に送られた。悪乗りが過ぎるだろ。ペースを握られっぱなしでへどもどしていると、今度は素を見せながら詰め寄ってきた。
「……だいたい、お兄ちゃんがいけないんだからね」
「へ?」
「飛行機とか新幹線の距離でもないのに、帰ってくるのが年二回とか……」
今までの溜まった不満を静かに吐露する。
「一七年も一緒にいたのに、急にいなくなられた小町の気持ちがわかる?」
先ほどの揶揄いよりも真に迫った激白。さすがに申し訳なさ過ぎて身を縮みこませる思いだ。なんせ、親父から仕送りの増額を盾にされて帰るなと言われた。つまり、小町と会う回数を金に換えた男。自分のことながら賭博黙示録の登場人物にいそうなくらい下衆。
「そ、それはまぁ、すまんかった」
「……まったく。お兄ちゃんとこの方が大学に近かったらほんとに住むからね?」
「あー、いや、それは……。うん、そうか。そうかもな」
そうなった場合を想像して脊髄反射で否定したものの、冷静に考えてすぐ肯定しなおした。
「なぁに狼狽えてんの。まさか、ほんとに紙媒体でお宝が保管してあるとかいうんじゃないでしょーね?」
いや、真実はもっと酷い。
「そんなわけないだろ。また一緒に暮らせるなら、それこそ望むところだ」
これは本心である……のだが。
俺に動揺を齎したもう一つの要素が、それと相反するので複雑な心境だった。
小町が本当に下宿に引っ越してくると仮定した場合、当然川崎がいるのでNG。だが、厳密には半年程度の猶予がある。家賃は事故物件で安い上に折半なので、川崎はその分を返済に回していた。生真面目な彼女は、出来るだけバイトのシフトを入れて返済に充てている。俺の見立てでは、半年とかからず完済するだろう。
だから、小町の仮定が始まる頃に川崎はもういない。そこまで踏まえての肯定であり、そして動揺の正体でもあった。なぜかと自問し、導き出された答え。それは──
──俺はきっと、川崎との同居を解消したくないのだろう。
今の接点が『借金と同居』のみであり、それが失われようとしている。これからも川崎と関わり続けたいと願う俺にとって、その事実は何よりも耐え難い。
たとえ入れ違いで小町との同居が成されたとしても、俺の喪失感は埋まらないのではないか。小町には悪いが、それは予感でなく確信めいていた。
その思いとは裏腹に、背中に回された腕に力が込められる。小町が俺の返事に応えてくれた証であり、故に心苦しくもあった。俺の言葉は本心ではあるが、十全でもなかったのだから。
「……もうすぐ着くね」
「ああ」
遠目にポートタワーが見えて、それを合図に減速のブレーキがかかった。小町は身体の安定を保とうと、俺を抱く腕に力を込める。
ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐる。それは実家にいた頃よりもずっと鮮明で、少女から女性へと益々成長しているのだと感じた。
降り立った駅前は人で溢れかえり、万が一にもはぐれないよう小町の左手をしっかりと握った。小町は『にひっ』と笑みを浮かべながら握り返す。
その表情は、先ほどの大人びた馥郁の主からは想像もつかない無垢な少女のものであった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
ちょっと八沙じゃなくて八小になってる気がしないでもない。
次話では軌道修正がんばりま……いや、無理だな。次ももうちょい小町でます。花火大会中は彼女が進行役に近い立場なので。
沙希が出る場面はばっちりプロットに組み込まれているのでそこはご安心を。
次回もなるべく早く書き上げようという意気込みだけはあるので、どうかお待ちください。
それでは次もお楽しみに。