非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。 作:なごみムナカタ
とりあえず出しましたが、後日肉付けや追加修正も視野に入れております。
あと大変申し訳ありませんが、分割した弊害で沙希出ません。
次話は必ず出ますので、サキサキファンの皆様、もう少々お待ちください。
これは比企谷八幡が大学二年生の物語。
八幡と沙希は同居することになり、様々な出来事が起こっていく。
そびえ立つ千葉ポートタワーの壁面にぼんやりとした夕日が反射する。ハーフミラーガラスに等しく映る人々。その中に混じる浴衣姿が目を引いた。
「どしたの? そんなにキョロキョロして」
隣を歩く小町は不思議そうに俺の顔を覗き込む。言われてみれば何で見ていたのか。浴衣なんて珍しくもないのに。その原因をなんとなく探り当てようと自問する。
しかし、くてりと首を傾け、あどけない笑顔で見つめてくる小町。こんな世界一可愛い妹(しかもJK)を連れて花火デートに向かっているというのに、些末なことに心を砕くなど不遜すぎる。俺は考えるのをやめた。
「なんでもない。……行くか」
俺たちはゆっくりと歩き出して、人混みの流れに身を任せた。楽し気な子供の声を背にして、暮れなずむ空を見ると、花火が始まるまでまだ時間がありそうだった。それなら先に露店グルメで腹ごしらえを済ませるとしよう。
露店の並ぶエリアまで辿り着くと、高級レストランへエスコートするように手を引いて誘う。
「さあ、ようこそ露店ビュッフェへ」
おどけて見せる俺に合わせて、小町もいつもの調子で答える。
「ほうほう、なかなかバリエーションの豊富なパーティーのようで。ちなみに、お兄ちゃんのお勧めなどはありますかな?」
「聞きたいか? お兄ちゃんの完璧なる露店フルコースを案内してやろう」
「是非是非!」
俺は自信に満ちた表情で小町を件の露店へとエスコートする。
「着いたぞ」
「おー、どれどれ……、え゛⁉」
普段の天使も真っ青な小町の美声からは想像できない野太い音が洩れる。左右の露店を見遣り、こっちじゃないの? と目だけで訴えてくるのも無理はない。俺たちの目の前にある露店は……的屋だったからだ。
「……正気? 昔から目が腐ってるけど、ついに視力まで失っちゃったの?」
「はは……、まぁ聞け」
一色曰く、目の腐り具合は改善傾向にあるらしいがな。と、心の中で細やかな反論をしてみる。
「この露店はオードブルだ」
「はぁ?」
訳が分からないといった表情でこちらを窺う小町。
「……もしかして、射的で取れた景品が前菜? え、お菓子しか食べ物ないけど?」
困惑するのも無理はない。俺も他人にここへ案内されていたら、同じく怪訝な目を向けるだろう。だが、自分発なら違う解釈でこう説明する。
「前菜のことをオードブルと呼ぶが、言葉を直訳すると『作品の外』という意味もある。つまり」
「つまり?」
「腹を空かせて食欲を促進させることが前菜の役割であり、この射的が
「おバカ、射的でどうお腹空かせるのさ」
「ほら、あちらのお姉さんのように……」
言いながら、露店でわいわい楽しんでいる子連れの浴衣女子……の隣で射的に熱中する女性客を指差す。
「チ。また外れたか……おじさん、もう一回」
「ああやって、熱くなってカロリーを燃焼させれば前菜としての役割を充分に……」
「お財布の方が先に痩せ細っちゃうでしょ。まだ受験勉強の方がカロリー使うよ、ボケナス、八幡」
「……ん、八幡?」
久しぶりに聞いた罵倒三段活用に表情筋を引くつかせていると、名前を呼ばれ、そちらに向き直る。
「比企谷じゃないか。比企谷妹も」
「あ、平塚先生こんばんはー」
「…………どうも」
射的でカロリー消費のお手本を見せてくれていたお姉さんが、先日バーで管をまいていた我が恩師であった。
「射的に熱中してたようですが、そんなに欲しいものがあったんですか?」
「(いやなに。
急に小声になったと思ったら、その彼に聞こえないよう体裁を気にしたのだろう。ちらりと横目で見ると、すぐに顔ごとそちらに向いて見事な二度見をした。
「なっ、ど、どこだ⁉ 彼がいない! まさか、迷子になったのか⁈ この人混みだし、無理もないかもしれんが……、そうだ連絡、携帯を……!」
「お連れさんなら、三回くらい前の射的中にいなくなってたよ」
「ああ……」「うわぁ……」
的屋のおっちゃんの証言を聞き、俺と小町は思わず同情の声を洩らす。平塚先生は
子連れの浴衣女性とすれ違い、人混みを避けた場所で落ち着かせると、ぶつぶつと独り言を繰り返す。
「ぐ……、なぜ……だっ……! やってみないかと勧めてきたのは向こうなのに……」
「熱中しすぎて彼が静止するのも耳に入ってなかったのでは?」
「ぐはっ……!」
バーでも逃げられていたし、なぜ同じことを繰り返してしまうのか。聖闘士を見習えよ。あいつら同じ技が二度と通じないんだぞ。少年漫画好きな平塚先生にとってもいいお手本になると思う。世界各地へ修行に行って聖衣を持ってこいという意味じゃないからな?
「ところで今日は生徒の見回りじゃないんですか?」
前に若手教師はこういった祭りの見回りにかり出されると話していたので、軽い気持ちで訊いてみた。しかし、それは悪手だったかもしれない。不機嫌な声が返ってくる。
「…………今年は見回り役ではない」
「あ、ですよね。でなきゃ射的なんてできないですし」
仕事に関しては真面目な人だ。見回り中にデートで露店めぐりなんてしないだろう。……しないと信じたい。
「若手がかり出されると言っていたような……」
そこまでしゃべって明らかな失策だとようやく気づく。
「……今年はたまたまだ。たまたま私より若いのが多かっただけ……まだ二〇代……私はまだ若いんだ……」
俯いてぶつぶつとうわ言のように囁き続ける平塚先生。怖いだけでなく、痛々しいまである。この先、どのような話題を振ればいいのか皆目見当もつかず、目隠しで地雷原を歩くイメージが浮かんだ。とはいえ、バーで散々弄り倒したのでいまさらであるが。
バーといえば……思い当たるのと平塚先生が口を開くのは同時だった。
「ところで、今日は川崎と一緒じゃないのかね?」
「あ」
「川崎? なんで大志くん?」
止める間もなく、平塚先生は俺に都合の悪い情報を口にしてしまう。厄介なことになるかもしれない。警戒心を胸に秘めつつ、会話の趨勢を見守る。
「川崎弟ではないよ。姉の方の川崎だ」
「なんで沙希さんが一緒だと思ったんです?」
「先日、比企谷がバイトするバーで飲んだら、川崎も働いていたのでな。てっきり今日も一緒かと。比企谷、妹くんに言っていなかったのか」
「聞いてないです」
小町は言いながら、身体ごとこちらに向けて抗議の視線を送ってくる。
「わざわざ言うほどのことじゃない……と思いまして」
途中から小町の圧に負け、つい敬語になってしまう。
「なら花火に沙希さん誘えば良かったじゃん」
「……川崎もそんな暇じゃないだろ」
ぶっきらぼうに答えると何かを察したのか、バツの悪そうな顔をする。
「……あー、そういうこと……、お兄ちゃんどんまい」
そう言いながら俺の右腕にしがみついてくる。小町なりの気遣いだろうが、それを快く思わない者がこの場にいることを認識してほしかった。
「けっ、いちゃつきおって。血が繋がっていなかったら補導しているところだ」
教師にあるまじき発言をしながら凄む平塚先生。冗談とはいえ、兄妹仲にまで皮肉めいた鞘当てをしてくるあたり、病み具合が透けて見える。……結婚、焦ってるなぁ。
「いやだなー平塚先生。こんなの別に大したことじゃないですよー。つい最近まで一緒に寝てましたけど、今は寝なくなりましたしね」
「おい」
「一緒に、だと?」
私怨で補導されたいのかこいつは。小町の余計な一言で、落ち着き始めた平塚先生の情緒が再び乱れた。
「たとえ兄妹でも男女仲睦まじくてごめんなさいね、って言いたいのか! そうなんだろう!?」
「しょ、傷心のお兄ちゃんを慰めてあげただけであります!」
その迫力に気圧され、小町はつい本音が口を衝いてしまう。
「傷心だとぉ?」
怪訝な表情で疑心を隠そうともしない。だが、可愛い教え子を心配する気持ちも本当なのか、やがて居住まいを正し、俺へと顔を向けた。
「……ふむ。話してみたまえ」
小町め。特大の地雷を……、ピンを外して四秒後の手榴弾をパスされた気分だ。それって容赦なく殺しにきてますね。
小町は俺が一人で花火大会に行こうとしていた経緯もあり、川崎を誘えなかったことに至れたが、情報の少ない平塚先生が察するのは無理だろう。
なら馬鹿正直に話さずともやり過ごせる。そうして選ばれた話題によって、平塚先生のウザ絡みを益々助長させる結果となることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。
「……実はですね、この前初めて合コンというものに参加したのですが、連絡先の一つもゲットできず落ち込んでいたんですよ」
「⁈」「⁉」
二人とも驚きの表情を見せるが、何に対して驚いたのかはそれぞれ違うだろう。それを見越して、川崎のことは黙っておいてくれと小町に目で合図する。
「なっ、なんだ、と……? ご、合コン? あの高二病で、合コンなど唾棄すべき男女の品評会に参加すること自体が自然と恋人のできなかった負け組の証明だと変に悟った雰囲気を出しながら宣う比企谷が……?」
酷い言われようであるが、反論できる高校生活を送っていなかった自分の落ち度だ。甘んじて受け入れよう。
「ぐっ、くく……、お、お兄ちゃん、言われてるよ。良かったね、こんなにもお兄ちゃんをわかってくれる理解者がいて」
嬉しくねぇよ。もう高二病は患ってないし、今の俺を正しく評価してくれ。笑いを堪えながら同調する小町に心の中で釘を刺す。とはいえ、合コンに関してはその認識であってるから困る。
「しかし、なるほど……比企谷もついに彼女を欲する年頃になったか」
「既に成人した男に向かって随分な言い様ですね。そういうのは自分の息子にでも言って……はっ⁉」
失言に気づくも、既に平塚先生の表情から色が消えていた。その瞳にはみるみる涙が溜まっていく。
「ああ、うちの兄がすいません! おバカ、早く謝って」
「あ、あくまでも一般論で他意はないです、ないですから泣かないでください! ほら、わたしの
オードリー春日の持ちネタよろしくこの身に制裁を望んだが、衝撃のファーストブリットは着弾しなかった。川崎のボディブローとどちらが効くか、比べられないのはちょっとだけ心残りである。
「…………ふ、いいんだよ。どうせ私は息子を持つどころか結婚できるかもわからないのだから。最近は男なんぞ絶滅しろと願うことも一度や二度じゃない。そうなれば女どもは等しく異性と結婚できなくなるからな……ざまぁみろ! 天才かっ!」
あー、完全に闇に堕ちていらっしゃる。抹殺対象である元教え子に向かって吐露する内容じゃねえだろ、それ。小町も平塚先生の世迷言を聞いてドン引きしていた。あと男限定してるけど、それ緩やかに女も滅亡しちゃうんで人類滅亡祈願ですから。まぁ、地球にとっては優しいかもしれないけど。
「それより、俺が連絡先を聞けなかった相談に乗ってくれるのでは?」
これ以上、闇に引きずり込まれないよう話を戻して、何とか気を逸らそうと試みる。
「……こちらから訊いておいてなんだが、私を差し置いて君だけが幸せになるのは些か抵抗があるのだが」
負のオーラに包まれながら口にしたその言葉は説得力がある。俺としても本気で相談してたわけじゃないので、このまま有耶無耶になっても構わなかったのだが、我が妹が恐ろしいことを口にした。
「あ、お兄ちゃん、今度また合コンしたいって言ってたよね! 平塚先生もどうですかー? なーんて!」
「おま、それは、」
「なにっ⁉」
瞬く間に負のオーラが霧散し、尋常ではなく食い付いてくる。
「本当か!?」
「いやまぁ、そんな話はしてましたが……」
気圧されながらも平塚先生の欲する答えを返すと、柔和な表情に塗り替え、語りかけてきた。
「……そうだな。可愛い元教え子が悩んでいるのに、それを見過ごすわけにはいかないな、うん」
掌を返すように親身になる恩師のことを白けた目で睨め付ける。合コン目当てなのが見え見えの態度なんだよなぁ。少しは隠して?
そもそも平均年齢
様々な葛藤に苛まれている俺を他所に、平塚先生は本心では頼んでもいない『女子と連絡先を交換する』アドバイスを語り出す。
「いいか比企谷。女の子は共感してほしい生き物なのだよ」
「はぁ」
女の子って……まぁそれは置いておくとして、思ったよりもありきたりな助言だったので、つい適当に聞き流してしまう。だが、段々と話がおかしな方向へと流れていく。
「──なのに、ちょっとスクライドネタでおどけたら男が引くんだぞ! ……それに引き換え、私のファーストブリットを甘んじてその身に受けようとする君の姿勢には感動すら覚えたよ」
「それは、えっと、ありがとうございます?」
お褒めの言葉をいただいてしまったが、そんな共感力の高い俺でも連絡先を交換できないのだから、平塚先生の称賛が疑わしく思えてしまう。
「さっきの彼も『射的なんて小学校以来ですよ』とか抜かしおって、毎年年中行事みたいに参加してる私に対する当てつけか!」
少年の心を持つアラサー女性ってなかなかレアだと思うんですよね。なので、彼を責めないであげてほしい。
「しかもだ。私は彼のために景品を取ろうと必死だったのに、その献身を打ち捨てて置き去りにする。そんなことが許されて良いはずがない!」
射的に熱中していた姿だけは見ていたので、十中八九平塚先生の方が先に彼の心を置き去りにしたと考えられる。
「それに彼が『お、ブランド牛肉なんてあるんだ』って言うから狙ったが、あんなもの落とせるわけないだろ! あの的箱、鉛でも仕込まれているのか! 肉のカーテンなのか! 肉だけに!」
うまいこと言ったつもりかもしれないけど、ネタのチョイスがもう初老だろ。身体は大人、頭脳は初老! 名探偵も真っ青なキャッチコピーである。
「
「えぇ……っと、ですね……」
思い切り間違ってますよ、とは言えずに言葉を濁す。それ一番やっちゃいけない願掛けでしょ、高額景品なんか落ちるわけないんだから。自ら結婚できない縛りしてどうすんすか……。世界はもっと平塚先生に優しくあるべきだと思う。
気づけば、俺の悩み相談から平塚先生の愚痴吐き大会へと様相が変容していた。
対処に困っていると、小町が飴を差し出す。
「まぁまぁ平塚先生、これ食べますかー?」
「…………食べる」
「はい、お兄ちゃんもどうぞー」
いつの間に露店で買ってきたのか、いちご飴を渡された。
「ああ、さんきゅーな小町(悪い、助かった)」
「(まぁ、小町もちょーっと余計なこと言っちゃったし、その償いということで)」
いちご飴を舐めながらこっそりサムズアップする小町。それにしても、飴で誤魔化せるとは……身体は大人、頭脳は初老、心の中は小学生! トンデモ成人未婚女性、その名も現国教師平塚静! キャッチフレーズがブラッシュアップされちまったよ。とても本人の前では口にできないけどな。
その後の露店ビュッフェは、目についたものを片っ端から買い食いしていくフリースタイルとなった。急先鋒である平塚先生は、獰猛に焼き鳥を食みながら何気なく訊ねてくる。
「しかし、せっかくの花火大会だというのに雪ノ下と由比ヶ浜は誘わなかったのかね」
言われてみれば二人を誘うことは頭になかった。先に川崎を誘っていたせいで、無意識に避けていたのかもしれない。小町も、俺を見つめてどう答えるのか待っていた。
「……機会がなかったもので」
つい適当な返事をしてしまったが、川崎に声をかけたことを隠すのなら誤魔化すしかない。
「そうか。まぁ環境が変われば人の付き合い方も変化していくものだし、こればかりは仕方がないよ」
そう口にする声音は柔らかだが、その表情は寂しげだ。言外に『残念だが』と付け加えられたようで視線が泳いだ。
あんなにも奉仕部で長く過ごしていたのに、口実がなければ連絡の一つもまともに取れない。引き合わせてくれた平塚先生に申し訳なく思えてしまう。
「それだけ新しい環境に馴染んだ証拠でもあるのかもしれないな」
「馴染ん、で、ますかね……? 全くそんな実感ありませんが……」
大学では俺をヒキタニと認識している奴ばかりなので、平塚先生の指摘は疑わしい。
「……その分だと、きっと馴染んではいないのだろうな」
俺の反応を見て、すぐに前言撤回する。潔さと共に、変な方向で俺への信頼が高くて泣けてくる。
「だが、それを抜きにしても、人との関係性は環境に大きく依存するという話だよ」
喰らい終えた焼き串で俺を指しながら、言葉を続けた。
「人付き合いというのは、そう簡単には終わらない。だが、総武高校を卒業したら、奉仕部に所属していた頃のように毎日会うことはなくなっただろう? やれ誰かの誕生日だ飲み会だと何かにつけて三ヶ月にいっぺんくらいの頻度になるんじゃないかと思ってね」
割りと当たり前のことといえばそれまでだが、それでも見てきたかのように細部まで言い当てられると、軽く動揺もする。
「現に異動してからの私と君の関係が、それを証明しているじゃないか」
「まぁ……そうですね」
実際、俺は平塚先生の連絡先は知っているし、メールの
「もっとも、私と君では誕生日や三ヶ月にいっぺんの機会すらも難しかったが、今月だけで二回も出逢えたのは強い縁を感じるな」
──縁
その言葉が俺の胸に強く突き刺さる。
理由は何となくわかっていた。なのに、気づかない振りをした。
「そう言われると、俺と先生は驚きのしぶとさで繋がっていますね」
「違いない。ただな……」
ついおどけて空気を変えようとすると、続く言葉が俺を現実に連れ戻す。
「……その縁も、何もしなければいずれは途絶えてしまうだろう」
鼓動が大きく跳ねる。一聴すると、俺と平塚先生の関係性を揶揄したものだが、同時にあの二人との関係を
そんな顔をさせてしまったことに心の中で謝罪しながら、耳だけはその機能を保っていると、続く平塚先生の言葉は柔和な声色へと変容していた。
「ただの『縁』が、努力を積み重ねることで『繋がり』に変わるのだよ」
果たしてそれは、一体誰に向けられた言葉だろう。
雪ノ下雪乃か。
由比ヶ浜結衣か。
皮肉めいた自嘲と取れなくもない。
どれもが正しくもあり、しかし俺の中ではそのどれでもなかった。
確かに雪ノ下と由比ヶ浜とは関わりを持つ努力を怠っていた。今でも縁が途絶えていないのは、一重に二人の尽力に依るもので、そこは感謝している。その延命と恩師の苦言によって、これから緩やかにでも繋がりを維持していくことだろう。
だが、真っ先に思い浮かべたのは雪ノ下でも由比ヶ浜でもない。その二人以上に、縁だけで俺との関係が紡がれた
顧みると、俺と川崎の関係は強い縁の連続だった。
出会いは放課後の屋上で、運命的な風が調査票を弄んだことから始まり、小町の友達が川崎の
いつの間にか同じ予備校に通っていたことも、保育園で知り合った京華の姉が川崎の姉であったりと、MMORPGの主要都市で度々エンカウントするフレンド並みに世界の狭さを実感させてくれる。
そして、高校を卒業して完全に途切れたはずの縁が、あの消費者金融で再び繋がれたのである。
驚くべきは、これら全てが偶発的に起こったことだ。雪ノ下のように、
「……とはいえ私もその努力を怠ってきた人間だからね。お互い様ということにしようじゃないか。はは!」
最後は清々しく豪快に笑って締める。これは口が裂けても言ってはいけないことだから、内心で思うだけに留めるが、雪ノ下たちのように平塚先生の方から歩み寄ってくれても繋がりは保てたわけで……。
わかってる。おまいう案件なのは重々わかってる。気持ち良いくらいの他責思考なのは、他ならぬ俺自身が最もよく理解していたが、心に思うくらいは許してくれ。この国は『思想及び良心の自由』が保障されているのだから。……って、俺のプライドを守るための
心の中で盛大に責任転嫁された平塚先生だが、そんなこと知る由もない彼女は、空気を読まず要求してきた。
「ん、んん……それで合コンの予定なんだが、いつ頃になりそうだね?」
「えぇ……」「この人、凄いな……」
さっきまでのご高説が台無しだよ! 男の絶滅願望どこいった? 俺も小町も、平塚先生の結婚に対する貪欲さに改めて引いていた。
結局、締まらない形で会話を終えた俺たちは、花火に備えて見物場所を探すことにする。
花火の時間が近づくのに比例して、人口密度が確実に上がっていた。様々な人たちが導かれるように歩いていく。手慰みに水ヨーヨーを弾ませている浴衣姿の女性。子連れの家族。お揃いのお面を着けたバカップル。俺たちもそれに倣って花火の見える所へと移動していた。
見やすい場所を求めると、自然と有料エリアの方へ向かってしまう。迂闊に留まると警備に目をつけられそうで落ち着かない。それに、過去にも似たような場面で望ましくない展開が起こったことを思い出した。
触らぬ神に祟りなし。その一念で有料エリアへ向かう流れから外れようとした俺たちに、声をかける人物がいた。
「あれ、ヒキタニと……平塚先生?」
普段通りの呼び名だが、声は一年半振りに聞く。……普段通りと表現してしまうあたり、呼び名の知名度が本名を超えてしまってる懸念がある。諦念と、僅かに抱いたもやもやを張本人にぶつけるべく、声の主を睥睨した。
「おお、葉山か。転属して二年、いやもっと経つか。久しいな、元気にしていたかね?」
「お久しぶりです、平塚先生。先生もお変わりないようで安心しました」
内情を知っている俺からすれば、それが社交辞令なのか皮肉なのか判断がつかない。まだ独身なのを揶揄する高度な嫌味かと勘ぐってしまうくらいだ。
考えがつい顔に出てしまい、怪訝な面持ちで葉山を見やる。すると、俺を見た葉山は予想外に驚いていた。
「ヒキタニも久しぶり。そちらは、彼女さん……かな?」
「は?」「⁉」「ほう」
俺の腕を抱く小町を見て、唐突にぶっこんでくる葉山。一年半振りに話しかけた言葉がそれか。
だが、小町を彼女だと勘違いしたことに対してはグッジョブだ。いや、待てよ。お前小町とは一年間在学が被ってたのに、この世界の妹・比企谷小町に覚えがないとは不敬極まりない。やっぱりお前は死罪だ。上告は認めない。
「や、やだなー、妹です妹、比企谷小町です!」
慌てて腕を離して取り繕う小町。大げさ過ぎる手の放し方が、汚兄ちゃん扱いされたみたいで、ちょっと傷ついたよ……。
「それは、すまなかった。妹さんが大人っぽくなっていたから、気づけなかったよ」
「もー、葉山先輩はお上手ですね!」
二人の全く気持ちが籠ってなさそうな薄ら寒い様式美を見せられる中、平塚先生が皮肉めいた助言をしてくる。
「これがイケメンというやつか……君も少しは見習ったらどうかね?」
「俺が真似してもキモいだけかと。あんた、わかってて言ってるでしょ」
「いや、存外喜ばれる場合もあると思っているよ。まぁ、相手によるな」
「いますかね、そんな相手?」
「例えば、私とか、な」
ちょっとだけ真剣な面持ちで流し目を送ってくる。なんだよ、勘違いしちゃうだろ。そんな平塚先生に応えようと、葉山のお手本を参考に、少し捻った言葉を返しておく。
「同じ場面で平塚先生相手にだったら『すみません。昔にくらべて回春していたせいで、気づけませんでした』って言うとこですね」
それを聞いて、きょとんとした後、顔を赤く染めながら捲し立ててきた。
「き、きき、君は私が、かか、
そっちじゃねえし、声がでけぇよ。買う方じゃなくて回る方な。認知バイアスが働いたのか、現国教師であっても口頭では伝わらなかったようだ。まぁ、よくよく考えると『買春』に置き換えても意味が通っちゃってるし、
「誤解です。『回る』と書く方の
「回しゅ……! な、なぜ、わざわざそんな紛らわしい言い回しをするんだ! それに『昔にくらべて』なんて枕詞つけられたら、逆に昔は老いていたと突き付けられるみたいで素直に喜べん!」
そう。そこがこの一捻りの意図するところだったので、察してくれて満足です。
一人納得していると、いつの間にか二人が苦笑いしていることに気づいた。
「バカなことやってないで、観覧できる場所探そうよ」
呆れながら提案する小町に対して、意外にも葉山がそれに答える。
「なら、これを届けるのに付いてきてくれれば、力になれるかもしれないよ」
そう言って手にしていたドリンクを見せてきた。露店へ買いに行かされていたのだろう。こいつをパシれる人間は数少ないし、葉山の提案からその人物の特定もできてしまった。
俺はその
「悪いが遠慮しておく。行くぞ小町」
「待ちたまえ。悪くない提案じゃないか」
俺の意図に反し、平塚先生が間髪入れず左腕を絡め取る。放してくれ、このままだと貴賓席で鎮座する魔王の元へ連行されてしまう。しっかり準備してから戦闘開始できるのがシンボルエンカウントの利点じゃなかったのか? 一定距離に近づいたら強制イベント開始で接敵させられるとか、何のためのシンボルエンカウントなんだよ! とんでもねぇクソゲーだわ!
しかし、俺流イケメン発言で余計な心的ストレスを与えてしまった手前、強く否定することも憚られる。
「……わかりましたから、せめて肘関節は極めないようお願います」
「心外だな。こんなに優しく包み込んでいるというのに」
「ほらほら、行こうよ。お兄ちゃん」
奉仕部入部したての頃を当て擦った抗議も、平塚先生はどこ吹く風だ。それどころか、それに倣って反対の腕を小町が抱え、文字通り連行される形となる。俺に味方はいなかった。
葉山は、俺たちを連れ立って有料エリアの中へと進む。着いた先の貴賓席には、いつぞやのように会いたくない浴衣美人の姿があった。
見てる分には目の保養だが、関わると碌な目に遭わせてこない雪ノ下陽乃その人である。
「あれー? 比企谷くん。静ちゃんと妹ちゃんも」
彼女は葉山からドリンクを受け取ると、こちらを一瞥しながら口を開いた。
「ありがと。それにしても、久しぶりだねー、比企谷くん」
「……そうですね」
この人の声を聞くと、未だにゾクりとした悪寒が背筋を撫でる。その原因を作った元同級生を無言で睨め付けながら、努めて無感情に気のない返事をした。
まぁ、いつもと違って味方がいる分、救いがある。いざとなれば、元恩師と元同級生を弾除けにするつもりなので、嫌々だが彼女の暇潰しに臨むのであった。
つづく
いかがでしたでしょうか。
まーた使ってしまったよ平塚先生。
この人、鉄板ボケがあるから展開に困らないのが助かる。
あんまり擦り過ぎても飽きてきちゃうので程々にしなければいけないのですが。
葉山と陽乃さん出したのに、沙希出せなくて本当にすみません。次回は絶対出します。
それでは次もお楽しみに。