憑依したらクレイマンだった件 (転スラネタバレ注意) 作:謎のコーラX
ズドォォォォンッ!!!
落雷をも凌駕する轟音と共に、荒れ地の中央にクレーターが穿たれた。
もうもうと立ち込める砂煙を乱暴に吹き払い、そこに仁王立ちしていたのはプラチナピンクのツインテールを激しく揺らす少女――魔王ミリム・ナーヴァだった。
いつもなら天真爛漫な笑みを浮かべている彼女だが、今その表情にあるのは、明確な焦燥と張り詰めた怒りだった。
ミリムはクレーターの底から一躍してアニスの前に着地すると、その胸ぐらを掴まわんばかりの勢いで怒鳴りつけた。
「アニス! おぬし、一体なんてやつをこの世界に呼び戻してしまったのだ!!」
「う、うぅ……耳元で大声を出すのはやめてくれ、ミリム……」
アニスは名付けによる致命的な魔素不足で、視界がぐにゃぐにゃと歪み、立っているのもやっとという状態だった。アイリーンの肩にだらしなく体重を預け、冷や汗を流しながらも、アニスは辛うじて目の前の異形――ゲールを指差す。
「なぁ、ミリム……。あれは、何なんだ……? ただの名付けのつもりだったのに、私の魔素を根こそぎ持っていきやがった……。あいつは一体、何者なんだよ……」
アニスの問いに、ミリムは忌々しげに顔を歪めた。その青い瞳は、普段とは異なる怪しい光を放っている。
「私とて、奴の正体を直接知っているわけではない。だが昔……まだ私が魔王になって間もない頃、ギィから聞いたことがあるのだ。……あれは、私の父であるヴェルダナーヴァが、かつてはるか昔に封印した、いわば
「生きた……スキル……?」
「そうだ。あらゆる世界のシステム、物理法則、魔力の循環……そのすべてを己の都合の良いように歪める、理外のバグのような存在。――故に、奴はあらゆるスキルの干渉を一切受け付けん!」
ミリムはゲールを睨みつけ、その額に青筋を浮かべた。
「
「……は? 世界の法則を歪める? スキルの干渉を受けない……?」
アニスは完全に混乱していた。
転スラ知識を総動員しても、そんな存在には心当たりがない。何より、魔素枯渇による頭痛のせいで思考が全くまとまらなかった。
だが、アニスの背後に控えていたウルティマは、ミリムの言葉を聞いて楽しげに目を細めた。
「へぇ……。なるほどね、アレが
ふわりと浮き上がったウルティマの周囲に、凶悪なまでの黒い魔素が吹き荒れる。完全に戦闘態勢に入った彼女は、冷酷な笑みをその幼い顔に浮かべた。
「アニス様の邪魔になるっていうなら、ボクが綺麗に消し去ってあげる。……ねぇ、アイリーン?」
「ええ。アニス様の覇道を阻む障害など、全てワタクシが粉砕します」
アイリーンは静かにアニスを椅子へと座らせると、その場で両拳を握り込んだ。
「行くよ、アイリーン!」
「了解しました!」
ウルティマとアイリーン。アニスの誇る二大戦力が、同時に地面を蹴り、爆音と共にゲールへと肉薄し、一気に上空に吹き飛ばした。
「……ム。来ル……カ」
ゲールは不気味に蠢く蝙蝠の羽を羽ばたかせ、黄衣の裾から何十本もの太い触手をムチのようにしならせて迎撃に出る。
「ボクの魔法をどこまで歪められるか、試してみようよ!」
ウルティマが空中で指を弾くと、ゲールの頭上から極大の炎――
だが、ゲールが身に纏う黄衣がフワリと揺れた瞬間、直撃するはずだった極大魔法は、まるで空間のパズルが組み替えられたかのように軌道をぐにゃりと捻じ曲げられ、ゲールの遥か後方の荒れ地を爆発させた。
「あはは! 本当にボクの魔法が届かないや! 面白い、本当に面白いよ!」
ウルティマが楽しげに笑う中、その死角からアイリーンが弾丸の如き速度でゲールの懐へと潜り込んだ。
「スキルが通じないというのなら――純粋な
アイリーンの極限まで魔力を込めた右拳が、ゲールめがけて突き出される。
大気が圧縮され、凄まじい衝撃波がゲールの顔面へと迫る。ゲールは素早く大量の触手を編み込んで強固な肉の盾を作ったが、アイリーンの規格外の怪力はその盾を容赦なくブチ抜いた。
バキィィィィンッ!!!
「……グ、オッ……!?」
リザードマンの強固な鱗が砕け散り、不気味な黒紫色の血が舞う。アイリーンの物理極振りの打撃は、スキルの法則歪曲を突き抜けて、確かにゲールの肉体に深々と突き刺さった。
「捕らえたよ!」
ウルティマがその隙を逃さず、背後からゲールの蝙蝠の羽を掴み、その細い腕からは想像もつかない剛力で羽を強引に引きちぎらんとする。
「……シツコ、イ……。不快、ダ」
ゲールがカタコトで呻くと同時に、彼の周囲の空間がぐにゃりと反転した。物理的な位置関係すらも歪められ、アイリーンとウルティマは、突如として天地が逆転したかのような強烈な三半規管の狂いに襲われ、攻撃の硬直を突かれて吹き飛ばされた。
「クッ……!」
「あいたた……。空間の座標までめちゃくちゃにするなんて、本当にタチが悪いね」
二人は即座に着地し、再びゲールを睨みつける。
ゲールはちぎれかけた蝙蝠の羽と砕けた鱗を、気味の悪い音を立てながら超高速で再生させ、その無機質な瞳でアニスを見つめていた。
「アニス……様。吾輩……貴方、の……忠実な……下僕……」
そのカタコトの言葉に、アニスは背筋が凍るような戦慄を覚える。
この怪物を、自分は本当に名付けだけで従えることができるのだろうか。
「チッ、埒があかん! これ以上アニスの領地を荒らされては、私の気が済まんのだ! 私も混ざるぞ!」
ミリムがしびれを切らしたように拳を鳴らし、一歩前へ踏み出そうとした。
世界の法則すら歪める『生きたスキル』ゲール。それを迎え撃つウルティマ、アイリーン、そして激昂するミリム。
一触即発の戦場に、さらなる混沌の嵐が吹き荒れようとしていた。
「これ以上、我が友の領地で好き勝手させんぞ!!」
ミリムが咆哮すると同時に、その身体から噴き出した魔素が赤黒い光の奔流となって天を衝いた。
光が収まったそこには、先ほどまでの天真爛漫な少女の姿はなかった。
身に纏うのは、禍々しくも神々しい漆黒の鎧状の服装。
その背中からは、竜の意匠が施された禍々しい紫色の翼が大きく広がり、額には紅色の一本の角が鋭く突き出ている。
そしてその手には、世界に七本しか存在しないとされる創世級の剣
「行くぞ、二人とも! あの不快な異形を塵にすら残さず叩き潰す!」
「ボクに指図しないでよ。でも、獲物を狩るタイミングは合わせるさ!」
「アニス様を脅かす不浄、この手で確実に粉砕いたします!」
ミリム、ウルティマ、アイリーンの三人が同時に地面を蹴った。
その踏み込みの衝撃だけで荒れ地が陥没し、凄まじい衝撃波がゲールを襲う。
ゲールは不気味に蠢く蝙蝠の羽を羽ばたかせ、黄衣の隙間から何十本もの太い触手をムチのようにしならせて迎撃に出る。空間の座標を歪め、スキルの干渉を無効化する能力で三人を翻弄しようとするが――この三人の戦闘技術と純粋な質量攻撃は、ゲールの処理能力を完全に凌駕していた。
「無駄だ!」
ミリムがアスラを大上段から振り下ろす。極限まで圧縮された闘気の刃が空間ごとゲールの触手を一刀両断にし、切り口から黒い血が噴き出す。
さらに、アイリーンが死角から踏み込み、その剛拳をゲールの胴体に突き刺した。スキルの干渉を無視する純粋な打撃エネルギーが、リザードマンの鱗を木っ端微塵に粉砕する。
「あはは! そっちがガラ空きだよ!」
ウルティマが鋭い爪でゲールのもう一方の翼を引き裂く。
戦況は完全に、三人の圧倒的有利だった。ゲールの放つ触手は次々に斬られ、千切れ、荒れ地へと転がっていく。
一方、激しい戦闘の余波を見つめていたアニスは、枯渇しかけた頭を必死に働かせていた。
(このままじゃ、戦いの余波だけでみんな吹き飛ぶ……! それに、あのゲールとかいう奴の視線が、さっきから私に固定されてるのが不気味すぎる……!)
「みんな、一回下がるよ……!
アニスは限界寸前の魔力を振り絞り、傍でオロオロしていたラプラスたち中庸道化連、そしてクレイマン(妖死人形)、カリオン、フレイをまとめて安全な後方の高台へと転移させた。
アニス自身もその転移先に留まり、肩で激しく息を荒くしながら、バロールの眼を凝らして戦場を注視する。
その時だった。
三人の猛攻に防戦一方となり、肉体をボロボロにされながらも、ゲールは狂気じみた恍惚の表情を浮かべた。
その濁った瞳は、遠く離れた高台にいるアニスを真っ直ぐに見据えている。
「……ああ……」
これまでの途切れ途切れのカタコトが、嘘のように滑らかで、流暢な響きを持ってゲールの口から漏れ出た。
「そこに……そこにいらっしゃるのですね……。我が、愛しき主よ……。●●●●●様……」
うわ言のように紡がれたその声は、戦場の喧騒を抜けてアニスの鼓膜に直接響き、背筋に冷たい戦慄を走らせた。
「邪魔をするなぁぁぁぁぁっ!!!」
ゲールが絶叫すると同時に、彼の周囲から天を覆い尽くさんばかりの超巨大な暴風が巻き起こった。
周囲の瓦礫を巻き込み、あらゆるものを一瞬で肉片に変える無数の風の刃が、嵐となってミリムたち三人へと襲いかかる。
しかし――。
その凄まじい暴風の嵐を前にして、三人の表情に焦りは一切なかった。
なぜなら、ゲールが激情に任せて放ったその攻撃には、先ほどまで彼女たちを苛立たせていた世界の法則を歪める生きたスキルの特性が全く乗っていなかったからだ。
ただの、威力だけが巨大な風属性の極大攻撃。
そんなものは、この領域に達した者たちには何の意味もなさない。
「アニス様への不敬、大地の底へ沈みなさい」
アイリーンが一歩踏み出し、地面へと拳を叩きつけた。
「消し飛ばしなさい――
彼女が持つ究極能力が発動し、迫り来る暴風のエネルギーは、手のひらへと吸い込まれるようにして完全に無力化され、煙のように霧散していった。
「ボクを風なんかで切り裂けると思っているの? 甘い甘い!」
ウルティマが不敵に、冷酷に微笑む。
「燃えろ――
ウルティマの肉体が、一瞬にして物理・属性攻撃を通さない不滅の炎へと変化する。吹き荒れる風の刃は、彼女の炎の身体を何事もなかったかのようにすり抜けて消えていった。
そして、中央を突破するミリム。
漆黒の鎧を纏い、
ただの風の刃など、ミリムの絶対的な頑強さと、身に纏う圧倒的な妖気の前にはただの微風に過ぎない。ミリムは嵐のただ中を、髪を揺らしながら悠然と、そして冷徹にゲールとの距離を詰めていく。
「これで、しまいなのだ」
ミリムの冷ややかな声が、ゲールの脳裏に響いた。
「これで、しまいなのだ」
瞬間、魔剣アスラ、不滅の炎、そして龍脈を纏った剛拳がゲールを容赦なく襲った。
あらゆる干渉を歪めるゲールであったが、覚醒魔王級による超密度の連撃は、その驚異的な再生速度を完全に凌駕していた。
リザードマンの鱗も、大量の触手も、黄衣さえも、再生不能になるまで微塵に切り刻まれ、バラバラと地上へ落下していく。
光の粒子となって消え行く身体のなかで、ゲールはただ静かに、冷静に呟いた。
「……ナルホド。この、器……では、ここまで……か」
その言葉を最後に、ゲールは完全に塵へと還り、その場から静かに消え去っていった。
完全新規のお話でした、次は結構遅れるかも、別のあげるんで