※短編。6話くらいで完結予定
この話は、わたし、カンナギタウンのアマナがちょっとだけ勇気を出して自分のやりたいことをやってみる話……そう、自分の『これから』に『納得』するための……そんな話。
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冬。トバリシティにあるポケモンスクールでは、卒業を間近に控えた生徒たちが卒業後の進路に向けて忙しなく準備をしていた。
進路はさまざまで、普通に就職する者、大学の入学試験を受ける者、旅をしてポケモントレーナーになる者、あるいはジムトレーナーを目指す者などいろいろいる。
そして昼休み、今日も2人の女子生徒が机を突き合わせて弁当を食べながら卒業後の進路について話し合っていた。
「アスカは卒業したらポケモントレーナーになって旅するんだっけ?」
目の前でわくわくした顔で卒業後の自分を想像している友達を見ながら、ああ、そういえばそんな時期なんだなと他人事のようにアマナは思った。
普通の子は卒業後の進路を自分で決めるものなんだなあ。
「うんうん! わたしは旅する! ジムバッジ8個集めてポケモンリーグに挑戦するんだ〜!」
「アスカはバトル強いもんねえ。それもありだね。あ、チャンピオンになる前にサイン貰っとこっかな。それでアスカがチャンピオンになったらわたしは後方彼女面で古参アピするから」
「あはは、なにそれ! でもチャンピオンになるってことは……アマナのお姉ちゃんを倒すってことだよ。いいの?」
夢みがちな話題から一気にトーンを落としてアスカは言った。アマナの姉がシンオウチャンピオン・シロナであることはスクールでは有名な話である。姉に似てアマナもポケモンバトルは強いほうだが、だからといって旅に出ようとは思わなかった。
というより、思えないというのが正しい。
「いいのって何がさ」
「イヤイヤ、普通家族がチャンピオンだったらそっち応援するでしょー! お姉ちゃんはアスカなんかに負けないくらい強いんだから、とかさ」
「別に……お姉ちゃん全然家に帰ってこないし、なんかわたしとは別の世界の人間のような気がして。だからお姉ちゃんがポケモンリーグのチャンピオンだなんて言われても実感ないんだよね……」
アマナはどこか投げやりにそんなことを言う。その目線はひどくつまらなさそうだった。それを見てアスカは少し言いづらそうに口を開いた。
「ねえ……アマナはやっぱり実家継ぐの?」
まただ、アマナは心の中でため息をついた。将来の話になると、だいたいみんなわたしにそういうことを聞く。アスカはわたしをライバル視しているらしく、暗に一緒にポケモントレーナーになろうと何度も誘ってくる。
カンナギ神社の神職である
「何度も言ってるけど、わたしは生まれた時から家を継ぐって決まっちゃってるからね」
「……アマナはそれでいいの? やりたいことないの?」
「まあ、別に」
嘘である。
ぎこちなく呟いて、アマナは出来るだけ平静を装った。夢というほどのものじゃないけれど、アマナにも興味のあることはいくらかあった。アスカのようにパートナーと旅に出てみたいと思ったこともある。
机の横に下げたカバンに突っ込んであるモンスターボールが目に入った。アマナはなんとなくパートナーと目が合ったような気がした。
「寂しいなあ、ライバルがポケモントレーナーにならないなんて」
わたしだって寂しいよ。卒業したらみんなお姉ちゃんみたいに遠い場所に行っちゃう気がしてさ。
そんな言葉が喉まで出かかって止まる。八つ当たりして夢いっぱいの友達の心にモヤモヤしたものを残したくない。
心底残念そうなアスカの表情から目をそらすようにアマナは窓の外を見た。外のグラウンドではルクシオとロゼリアがバトルしている。熱心にパートナーに指示を飛ばすクラスメイトの声が聞こえる。あの2人はジムトレーナー目指すって言ってたなあ。楽しそう。
はあ、わたしもお姉ちゃんみたいに町を飛び出して自分の好きなことをやれたなら、どれだけよかっただろう?
※
アマナはテンガン山の東の麓にあるカンナギタウンに住んでいる。ポケモンスクールもないような田舎町だ。歴史的に重要な遺跡や古代から続くという由緒正しい神社もあるが、年に一回ある『かんなぎ祭り』という行事がある以外は観光客もそれほどいない静かな町である。
テンガン山への登山者はほとんどが準備のしやすい都会のハクタイシティ側から登るし、キッサキシティに行くにも飛行機便がある。だからカンナギタウン側からテンガン山へ登ろうという物好きはほとんどいない。
ところでアマナが通っているのはトバリシティのポケモンスクールだ。
トバリシティからカンナギタウンまではバスで片道2時間程度かかる。往復4時間の道のりを週5でアマナは通っていた。
※
「ただいま〜。ってあれ?」
陽も沈み始めるころ、スクールから帰ってきてがらがらと玄関の扉を開けたアマナは目をぱちくりさせた。土間に田舎のカンナギタウンには似合わない高級そうな黒い靴が並べられていたのである。
こんな時間にお客さんかしら。それならバタバタしないほうがいいかも。
アマナはそろりそろりと廊下を歩くとこっそりと居間を覗いた。そこでは見慣れた顔が祖母と向かい合って話をしているのが見えた。気を遣って損した。盛大にため息をつく。
「なーんだあ、お客さんかと思ったらお姉ちゃんかあ」
「こらアマナ! 人前でため息をつくとは何事か!」
「人前って別にお姉ちゃんだからいいじゃん……」
アマナが口を尖らせてぶーたれると祖母の目がカッと見開かれる。ゲッ、これはマジで怒ってる時の顔だ。めんどくさ、とりあえず謝っとこ。
「人間の本質は日常での振る舞いにこそ宿るもの。たとえ家族だとしても最低限の礼儀は保たねばならぬ。おまえは次代の
「……ごめんなさい」
「なんですその気のない返事は!」
「まあまあおばあちゃん……そこまで言わなくても」
アマナが内心で面倒くさがっているのがバレたようで祖母はピシャリと一喝してくる。アマナを庇うように口を挟んだのは姉のシロナだった。祖母の鋭い目線がシロナを射抜いた。ゲッ、これはヤバい。マジで怒られるやつ。姉妹は同じことを思った。
「シロナ! おまえもおまえだよ! まったく連絡もろくによこさずあちらこちらをふらふらと! それだけならまだしも何も言わずに突然帰ってくるなど! いい大人になって恥ずかしくないのか!」
「うっ……だってたまたま近くに用事があったから顔見せようと思っただけで……そんな大した理由は……だから連絡しなくてもまあいいか、って……」
祖母から目を逸らしながらシロナは弁解するがその声はどんどん小さくなっていく。
「まあいいか、じゃない!」
「ご、ごめんなさいこれからはちゃんと連絡するから……」
縮こまっているシロナを見ながら、アマナはありゃりゃと内心でため息をついた。
わたしもお姉ちゃん帰ってくるなんて聞いてなかったし、いきなり帰ってきたら融通きかないおばあちゃんはそりゃ怒るよ。そういえば、お姉ちゃん割とこういうところズボラで適当なんだよな……。
外面はめっちゃよさそうなのにね。なんてテレビや雑誌でよく見る、よそ行き向けのシロナの姿をアマナは思い出した。
「アマナ! おまえも関係ない顔してるんじゃない!」
「ゲッ、ごめんなさい」
ゲッ、と言ってしまったせいで説教がさらに追加された。夕食も祖父と祖母、シロナとアマナの4人で囲んだものの、この日の祖母の機嫌は悪く、祖父が雰囲気を良くしようと気を遣うものの効果はなかった。
そしてシロナとアマナはよくわからない緊張感のままその日の夕食を終えるのだった。
※
「久しぶりのおばあちゃんの説教は効いたわね……」
シロナは久しぶりに帰ってきた自分の部屋のベッドに腰掛けてぐったりした表情でつぶやいた。こんなチャンピオンとしての威厳ゼロのだらしない姿を知っているのは家族くらいのものだ。
「まあ突然帰ってくるお姉ちゃんが悪いよ。わたしは別に慣れてるけど。そもそもおばあちゃんに怒られるのなんかしょっちゅうだし」
アマナは薄い座布団に正座で座りながら、ローテーブルの上に置かれた湯呑みを口につけた。背筋もしっかり伸びていてどこか堂に入った雰囲気がある。
これもまた祖母の教育の影響である。
「……ちょうどアマナがスクールを卒業する頃だなって思ったのよ。だから帰ってきたの」
「えっ、なんで?」
予想外の言葉を聞いてアマナの茶を飲む手が止まる。
「なんでって……妹の卒業祝いくらいあたしだってしたいと思うわよ」
「卒業祝いかー……」
アマナはそれを聞いてなんともどんよりした気分になる。お姉ちゃんが自分を気にかけてくれるのは嬉しくないわけでもないけれど、わたしにとって卒業は自由を失うのと同じことだ。カンナギ神社の
「卒業、うれしくない?」
「そういうわけじゃないけどさあ……はあ」
お姉ちゃんが家を継いでくれてたらわたしだって卒業するの嬉しかったよ。なんて言うことはできない。
家族の誰かが役目を継がなければいけない。それがたまたま自分だっただけ。それはしょうがない。お姉ちゃんに当たったところで何も変わらない。家族がうまく回っていくならそれでよい。そうやってアマナはいつも自分の気持ちを言わずに心に押し込めていた。
暗い気持ちを振り払うようにアマナは口を開いた。
「ていうかさ、お姉ちゃんよくわたしが今年卒業するなんてわかったね。あまり会ってないから忘れてるかと思ってた」
「忘れるわけないじゃない。あまり帰ってこられないのは……ごめんね」
シロナはそう言ってやや寂しそうに微笑んだ。その表情の裏に潜んでいるものにアマナは気づかなかった。
「わかってるよ。仕事が忙しいんでしょ。ま、こうやってたまに帰ってきてくれるならいいんじゃない。おじいちゃんとおばあちゃんも喜ぶしさ」
「そうかしら」
「そうだよ」
おばあちゃんはあんな風だけど内心ではホッとしてるだろう。ただ、わたしは自分が喜ぶとは言わない。
シロナは机に飾ってある写真立てをちらりと見た。チャンピオンになったばかりの自分とまだ幼いアマナが笑顔で並んで写っている。この部屋の時間はずいぶん前から止まっているように思えた。
目線を戻すと、そこには表情を変えずに淡々とお茶を飲んでいるアマナがいる。この子の笑顔を最後に見たのはいつだろう。
「不思議ね。こうしてみると、アマナがスクールに入学した時がついこの間みたいに思えるわ。大人になると時間の進みが早いっていうけど、ホントみたい」
「人はそうやってあっという間に歳をとっていくらしいよ。お姉ちゃんも早く結婚したらどう?」
「今はそういうんじゃないのよ」
「仕事に生きる女ってやつか〜」
別に焦ることでもないし、そもそも結婚しない生き方だってある。なんてことはふたりともわかっている。なのにこんなことを言うのは妹の姉へのちょっとした反抗心である。
アマナは姉のことが嫌いではない。かといって大好きと言うわけでもない。そもそも10歳も歳の離れた姉妹だ。シロナはアマナが幼い頃に旅に出てしまっていたし、家族として長い時間を過ごした記憶がない。アマナにとってシロナは自分には計り知れない仕事をやっている、たまに帰ってくるレアキャラにすぎない。
「スクールはどうなの? 楽しい?」
「まあ普通かな」
「そ、そっか」
それで会話が止まる。2人の距離感は節目行事にたまに会う親戚くらいのそれだ。シロナはアマナの日常を知らないし、その逆も然りである。
お互いのことになるとぎこちなくなる。シロナとアマナはそんな姉妹だった。
・独自設定要素
カンナギタウンには古代から続く神社があるよ。
昔から巫(かんなぎ)って役目を持った一族が神社を管理してるよ。
シロナとアマナはその一族の娘だよ。
シロナに祖父・祖母・妹がいるのは原作設定。それ以外は独自設定。